【悪役を押し付けられた者】   作:ラスキル

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なりふり構わない怪物。もう誰の言葉も彼には届かない


桜と怪物 「反転」

ここで始めて、ギルガメッシュは眉を顰めた。

 

「何...?」

 

突如響いた鍵の閉まる音。その瞬間、ギルガメッシュの背後に展開されていた黄金の歪みが消え失せる。

それは、何者かが「王の財宝」に干渉したという事実を示していた。

「王の財宝」を溜め込んでいるバビロンの宝物庫。それはこの世の何処かに現存しているとも、この世ならざる異空間にあるとも言われる。その宝物庫が一斉に閉じたのだ。

勿論、ギルガメッシュ自身がそのような真似はしない。

しかし、ギルガメッシュ以外にそれが出来るものなどいるのだろうか?

 

『——ようやく、隙を見せた』

 

声が聞こえた。

人のものではない。金属が擦れるような不協和音に塗れた言語。

 

「貴様...」

 

触手の怪物は散らばった肉片を取り込み完全に再生する。

起き上がり、ギルガメッシュに向かって笑った。

腕の様な形状の触手を掲げる。

 

「まだ、それを」

『約束したもんね?ずっと護っていたんだよ』

 

そこには煌びやかな拵えの鍵が握られていた。

宝物庫の鍵。

文字通り宝物庫を開くためだけの逸品である。しかしながら、常人が持っていたとしても意味はなく、ただの鍵にすぎない。

僅かながら動揺するギルガメッシュに向けその言葉を吐き出す。

 

『僕だって「掛け直す」ぐらいはできるさ。...中々その隙を見せないから随分と痛手を負った。これほど血を流したのは何百年ぶりだろう』

 

ギルガメッシュにとって致命的ともいえるその一言。

だが、王は問題ないと言わんばかりに不敵に笑って見せた。

 

「吠えるではないか。もはや残ってないとも考えていたが、思い違いだったようだ。

 ——だが、それがどうした? 今の貴様如き、残りの財で事足りる」

 

ギルガメッシュがこの程度で心折れるはずもなく、既に射出された財を持って対処を行う。

今の英雄王には油断も慢心もなかった。

 

『——だめだよギル。相手は僕じゃない、だろ?』

 

ただ間違っていたのは一つ。

旧友の相手に気を向けすぎたか、それとも最初から仕組まれたことだったか、今となってはどうでもいいことだが。

はなから怪物は一人で勝つつもりなど毛頭なかったのである。

 

最初に異変に気づいたのは現在のマスターである凛だった。

 

「———ギルガメッシュ!! 後....!?」

 

空気が凍る。

 

辺りが死んだ様に静まり返る。

黒い影がいつの間にかそこに存在した。

それに気づき、後ろを振り返るが既に遅い。

 

影は既に、ギルガメッシュを打ち倒すための存在を吐き出していた。

 

もはや、その姿にかつての面影はなく、黒い鎧に身を包んだ黒き騎士王。

泥に塗れた騎士は既に、その剣を振りかぶっている。

 

「——約束された勝利(エクス...)...

 

それは偽物ではなく、本物の星の光。

されど黒く染まり、全てを覆い尽くす光を呑む闇。

反転した極光がギルガメッシュを包み込んだ。

 

 ◇

 

『...』

 

歩行だけなら何とかなるというレベルまで体の再生は完了している。だが、外見はどうにもならない。

一歩進むごとに、塵と化し消えゆく手足。それを過剰ともいえる魔力で即座に再生する。本来であれば必要のない英霊としての皮を被り、マスターを得たのもこのためである。マスターという供給装置としての楔がなければこの世界に存在するのも不可能に近いのだ。

...そこまで認めたくないのであれば、いっそのこと守護者でも回してくれれば良いのに。それをしないあたり今はまだ脅威として見られてはいないということか。

 

『あぁ...腹が空いた』

 

サクラの魔力は現界するには充分といったほどの魔力が供給されている。

それでも、それでも足りない。

底が抜けた柄杓の様に零れ落ちていく。決して満たされることはない。

いくら泥を飲み込もうが変わらぬことだった。

 

「フ...フハハ...よもや、そこまで堕ちておったか」

 

既に満身創痍のギルガメッシュがそこに居た。四肢を黒い触手に囚われ、先程までとは立場が逆転している。

良かった。まだ残ってると怪物は歓喜した。

 

「冗談が過ぎるぞ。貴様にその泥は荷が重過ぎるだろうに」

 

それを飲み干した王は怪物の行為を愚かだと言った。

人類の悪意そのものを怪物は背負えないと断言する。

 

『確かに、あまり美味しいとは感じなかった。...だが、取り込んでみれば馴染むこと馴染むこと。実に気分が良いぜ?』

「何度でも言おう。愚かにも程があるぞ、貴様...!」

『ふひひひ、その様では負け惜しみに過ぎんよ』

 

言葉に表わすのも恐ろしい笑い声が響く。

怪物は快楽に酔いしれ、体を踊らせた。

 

『ひひっ、ヒハハハハッ....ゴホッ、ゲホッ...くそ』

 

とはいえ、あまり時間は残っていない。

この戦闘は代償があまりにも大きすぎた。これ以上は避けるべきだろう。

何より、補給を急がなければ。

 

怪物は大きく口を開ける。

 

『...お別れだギルガメッシュ。数千年かかったがようやく言えた。

 これはとても喜ばしいことだとは思わないかい?』

 

腹部に牙が突き立てられる。

ギルガメッシュは苦悶の声一つ上げない。王はその命が消えるまで敵を前に膝を屈することはなかった。最後まで裁定者としてその場に立ち続けた。

それでも、少しづつ、少しづつ怪物に飲み込まれていく。

これにより、ギルガメッシュの敗退は決定的となる。

 

最後に怒りに満ちた目を向け、そして

 

「——大馬鹿者が」

 

諦めた様な苦笑と共に、飲み込まれていった。

 

 

『うっ...ぐっ...』

 

反転した騎士が進む先には悶え苦しむ怪物の姿があった。

その姿は共に野を駆け、夢を語り合った彼の姿とは似ても似つかない。目の前にまで近づいてもこちらに気づく様子はない。それほどの非常時か。

辺りには黒い影、そして泥が蠢いており、まるで怪物を守護するようだ。

 

『ふぅっ...ふうぅ...おのれ、食い破る気かこのッ...!』

 

怪物はギルガメッシュを捕食したのは良いものの、その消化に手間取っている。

このままでは逆に肉体の主導権を奪われかねない。さすがは英雄王というだけのことはある。

聖杯の泥を飲み干し受肉したギルガメッシュが、ただ食われただけで終わらなかったことは怪物にとって予想外のことだった。

 

『大人しく、その霊基を渡せば良いものを.....何を見ているセイバー、貴様にはもう用はない。さっさと沈んでいろ』

 

ようやく目の前の存在に気がついたのか、忌々しげな声色で告げた。

現在のマスターでもない彼の指示に従う義理はないが、セイバーが彼にできることはもう何もない。

 

「...哀れだな」

 

そう言葉を残して影に沈んでいった。

怪物にその言葉は届いたのか、否か。それとも、誰の言葉も彼に届くことはないのかもしれない。

 

『フハハハハ...もうすぐ、もうすぐだ。これで我の願いは叶う。

 これで終わる。全てを終われる———』

 

虚しい叫びが夜の森に響く。

活動を開始できるまで、あと数時間。それで全てが終わる。怪物はそう確信したのであった。




次回 「怪物の日」

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