【悪役を押し付けられた者】   作:ラスキル

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桜と怪物 「冬木炎上」

『ご案内します.客室乗務員は安全業務を行ないます.恐れ入りますがお手伝いが必要な方は後ほどお知らせ下さい...』

 

静かな機内に乗務員のアナウンスが響く.

機体名ボーキング334はもう間も無く優雅な空の旅へと出発しようとしていた.

 

“はぁぁぁ“

男はようやく離陸かとあくびを零した.

“今回の里帰りは散々だった“

男は自分の右腕をさすりながら誰に言うでもなく呟く.別に腕が痛むわけではない、ただ何となく気味が悪いのだ.

機体は離陸を始め、窓の外には冬木の街並みが広がる.

 

今でも目を瞑ると鮮明に思い出せる.

“俺は確かに化け物に襲われた...間違いねえ“

あの日、男は酔っ払っていた.

久しぶりに帰ってきた故郷、気分が高揚していたのは間違いない.そのせいで普段は行かないであろう裏路地なんかに迷い込んでしまった.

そこで出会った.

“うっ...“

その姿を思い出すと吐き気が襲ってくる.

アレは絶対人間などではない.アレが人間であってなるものか.

あの夜、男は化け物に出会った.

触手に塗れたソレは男を見つけた時、ニヤリと笑い(...いや口があったのか定かではないが確かに笑っていた)男の腕を触手でもぎ取った.

“うぅぅぅ...“

幻視の痛みが襲いかかる.

そうだ、確かにもぎ取られた.だから男に右腕があることが可笑しいのだ.

笑っていた、あの化け物は笑っていた.ああ、聴こえる.咀嚼音を鳴らしながら笑い合う声が.

何度も医者に訴えた.

 

『俺は見たんだよ触手の化け物を!この右腕をもぎ取られたんだ!...今はあるだろうって?

 うるせえ!本当なんだよ!信じてくれよぉ!』

 

しかし答えは“幻覚だ“、“酔っていたのでしょう“、など相手にされなかった.

笑い声が脳裏に響く.

ニュースにもなった.男の他にも同じ症状を訴える連中はいたのだ.だが、集団幻覚だと決めつけられ相手にされることはなかった.

“あのヤブ医者共め、買収されてるに違いねえ“

 

比較的正気だと判断された男は病院を退院し、帰路に着こうとしている.

アレは幻覚だと受け入れれば楽な話だ.だが、それはできない.

だって、今この瞬間にもあの化け物の笑い声が響いて....

 

『ハラ、減った』

 

“あぁ?“

異変に気づく.

“な、何だよこれ...どうしちまったんだよ、おい!“

男のないはずの右腕が突如として踊り狂い始めた.

まるで餌を求める蛇のようなソレは、男の意志関係なく暴れ出す.

“だ、誰か! おい、助けろよお!“

助けを呼ぶ.周りには他の乗客もいるが、男が助けを呼ぶ理由が分からないのだろう.側から見れば男が腕を振り回し気狂いのように叫んでいるのだから関わりたくないと思うのは日本人の性か.

そのうち、男の叫びを聞き乗務員が駆け付けつける.

不審そうに男を見て声を掛けるが、

 

「お客さま? 危険ですのでお席にお座りくださ———い゛ががごばば...!!」

 

しかし、それ以上の言葉は続かなかった.

“あ?え、あ、ああああああ“

乗務員を見つけた右腕は突如伸縮し.....乗務員の体を貫いた.

腕は四方八方に触手を伸ばし、次々に乗務員の体を喰らいつくしていく.

血飛沫が機内に飛び散り、ようやく状況を理解した乗客たちは一斉にパニックに陥る.

 

「いっ、いやああああああ!」

「やめろぉ! く、来るな食べないでくれ」

「ひぃ、化け物!!」

 

だが、ここは空中の監獄.いくら席を立ち、逃げようが無駄なのだ.

触手は一度目の食事を終えると、まだ満足していないのか次の獲物に目をつける.

触手は歓喜する.“ああ、ここにはたくさんのご馳走がある“

 

「——いやあああああッ——たすっ、助けて!!!!!」

「だれがぁぁぁがごばばふうばば...!!」

「赤いよぉ全部赤いよぉぉぉぉばばほぶっぶけ...!」

 

縦横無尽に喰らい尽くす触手.

男を中心にして惨劇が繰り広げられる.右腕は男の意志などもう受け付けない.主の命を果たすため、触手は暴れるのだ.

"アア、アア、あ゛あ゛あ゛"

天井、窓、至る所を突き破る。

乗客だけでは満足できない触手は、男を飲み込み機内を飛び出し右翼、左翼、それぞれのエンジンを破壊し、空の監獄を地上へ堕とす.

 

「機長!機体の制御が利きません!!」

「なんだと!!!?

 くそっ、何があった? エンジントラブルか!?」

「い、いえ...エンジン、全機停止.このままだと、確実に墜落します!」

 

「っ....『メーデー、メーデー、メーデー.こちらボーキング334、操縦不能...どうz』...げギギいつつつt」

 

『ボーキング334....すまない.そちらの音声が聞き取りづらい.もう一度、どうぞ』

 

「『が、が、が、が』」

 

『ボーキング334?、こちら管制室.ボーキング334、応答を...』

 

 

 

『めー...メーーデーーー??、メ〜〜〜〜〜〜〜デ〜〜〜〜〜!!メへぇェぇぇデぇぇぇぇ』

 

 

この通信を最後にボーキング334は突如180°旋回、その後、冬木市内に炎上しながら墜落.機体上には謎の生物がいたという目撃情報も後に寄せられたが詳細は不明のままである.

 

なんにせよ、これが後に伝えられる第二次冬木大災害の始まりだった.

 

「院長!大変です、例の患者さん達が...!」

 

「例の?...ああ、集団幻覚の連中か.どうした、また夜泣きが酷いのか? PTSD治療薬でも投与しておけ」

 

「い、いえ.違うんです!

 あの患者さん達、堰を切ったかのように暴れ出して———」

 

その数秒後、院内は地獄と化す.

肉の芽を埋めつけられた人間は怪物へと変性し、町中に飛び出す。

 

『おがああああさん、おがあああさんわたじ、わたじ、おながすいだああああ!!』

 

「あんた、どうしたのよ...ひっ、なによその姿!!」

 

『■■■■■■■———!!!?』

 

「なんだあれ?猪か、それにしてもこんな街中に...おい、おいおいおい!こっちに突っ込んでくる気かよぉぉぉ」

 

「なあ空見てみろよ.あの飛行機、燃えてね?」

「うわっ、マジかよ...こっちに向かってきてないk———」

 

魔猪、魔狼、竜種...神話の黒い怪物達は主のために肉を喰らう.

彼らに意識はない.ただ命令に従い暴れ、暴食する.

 

「———リン!」

「解ってるってぇのーーーーーっ!!」

 

一体一体の力はさして無い。

一般人でも拳銃さえ用いてやれば十分倒すことはできる。それが魔術による攻撃であれば過剰すぎる程だ。

 

「なっ...!?」

「しぶとさは親と同様ってことね。リン、コイツらを相手にしてもキリが無いわ」

 

親の特性が埋め込まれた怪物達は一度死んだ程度では無駄。

傷ついた箇所はすぐさま回復し、再び肉を喰らい始める。

 

「ああ、もう!

 捕まりなさいイリヤ。全力で駆け抜けるわよ!!」

 

少女達は走る。

周りはまさに地獄絵図。泣き叫び、助けをこう人々に足が止まりかけるが、それを食いしばって耐える。

今はただ、衛宮邸へと走り続けることしかできなかった。

 

 

「ひい、ふう、みい...ざっと30か...年はとりたくないものね。昔はもう少し上手くできたんだけど」

 

過去に行った規模と比べるとどうしても劣ってしまう。不満はあるが、時間稼ぎにはなるだろう。

分体から供給される魔力は徐々に集まってきており、これであればなんとか実行できそうではある。

 

「さて、わたしはそろそろ行きますね」

 

後ろに佇む騎士に声をかける。

騎士は、ただ頷く。今の主は目の前の怪物であり、その決断に口を挟むことはない。

 

「始まりの地、大聖杯のもとに向かいます。アナタは邪魔者が来ないよう門番の役目を果たしなさい。

 ...ああ、でも姉さんがきたら通してあげてくださいね?わたしが殺しますから」

 

くすくすと笑う。

それは少女が笑っているのか、怪物なのか判断はできない。

楽し気な怪物に騎士は問う。

 

「シロウ...衛宮士郎はどうする?」

 

「そりゃあ勿論ーーーあっ.....っ.....なに?」

 

その問いに少女は答えることが出来なかった。

 

 

「此度も、結果のみを見せられるとはな」

 

神父は燃え盛る町を見下ろす。

裁定者は消え、残るは己の醜い願望のみ。

 

「客席からは見えぬと言うのならば、私も舞台に上がるとしよう」

 

悪の誕生を祝うために、傍観者は舞台に上がるーーー




次回 「顕現」

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