【悪役を押し付けられた者】   作:ラスキル

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今は脱皮しかけの蝉みたいな状態。
聖杯とアンリマユも飲み込んでしまえばこうなるのかもしれない。




桜と怪物 「貴方とわたし」

時は少し戻る。

 

「それで...一体どうするんだ」

 

イリヤを背負い、命懸けで走り抜けてきた遠坂に声をかける。先ほどまで肩で息をしていたのが嘘のように、遠坂は冷静に燃え盛る町を見下ろしていた。

町では未だ怪物達が暴れ回っている。

本当であれば今すぐ走り出してアイツらを倒すべきなのだろう。

だが、そうすれば桜は救えない。中にいる怪物がきっと桜を....

だから俺は選ばなくてはいけない。

 

「当然、地下の大空洞に向かうわ。きっとそこに向かったんだろうし。

 何より町のことに構ってる暇はないの。

 怪物の目的は知らないけど、あの娘たちを放っておけばこの町だけでは済まないかもしれない」

 

「......」

 

「じゃあ、出発する前にお互いの目的を確認しておきましょうか」

 

俺は、

 

「私は、———桜を殺すわ」

 

「俺は、———桜を救う」

 

桜の、桜だけの味方でいることを選んだ。

 

呆れるほど桜が、大切だったんだ。

叶わないと知りながらも、約束をした。

叶わないと知りながら、お互いを励まし合った。

 

けど此処には残ったものは何もない。

なら、取り戻しに行かないと。

それが俺の願いなんだから。

 

「...行きましょう。足は用意してあるから」

 

玄関の外からクラクションが響く。

 

 

時間がない。

すぐにでも柳洞寺の地下へ向かわなければならない。

しかし、奴らは行かせまいと続々集まってきている。

空を飛び交う黒龍、暴れ狂う魔猪、血を求める食屍鬼が蔓延る道をなんとかして突破する必要があるのだが。

 

「———おっと、危ない」

 

勢いよく踏まれるアクセル。

無惨にも吹き飛ばされる食屍鬼。いくら束になろうと猛スピードで走る自動車の前では肉壁にすらならない。

 

「ちょっと綺礼!?アンタ安全運転ぐらいできないわけ!!?」

 

襲いくる黒龍達を撃ち落としながら遠坂が吠える。

 

「無茶を言う。止まってしまえば彼らの腹の中に収まってしまうというのに。

 それに、もはや交通機関など機能していない。スピード超過できる機会など今しかあるまい」

 

時速100キロを超える無謀なスピードでクラシックカーを疾駆させる神父。時には轢き飛ばし、時には華麗なハンドル捌きで回避するという運転テクニックのお陰もあってか彼らは無傷でたどり着くことができそうだ。

しかし、なぜこの男が協力してくれるのか、士郎は疑問を抱く。

 

「あれが完全に顕現するのは私にとって都合が悪い...残された時間も少ないのでな。

 なに、目的の一致という単純なものに過ぎない。私は自身の願いを見届けるためにお前達に協力するだけだ」

 

くくくっ、と笑いながら神父は答える。

 

相変わらず気に食わないと思いながら窓の外を見る。

 

燃え盛る町。

ビルの頂上では巨大な竜が産声を上げている。

車から流れるラジオからは旅客機も墜落したようだと慌てた様子で速報を読み上げられていた。

きっと、この現状を解決したとしても、町と人々には十年前の比にならないほどの傷跡が残り続けることになる。

それでも、何もかも手遅れになる前に終わらせなくちゃいけない。

 

「あの怪物達は全て奴の子供...いや、眷属というべきか。

 魔術は効くもののすぐに再生を繰り返し、暴食を始める。さながら女王蟻と働き蟻だな。今なお人間を食い続けてエネルギーを親に供給し続けている。

 よくもまあ、あそこまで数を増やしたものだ。素体である人間を組み換えるのは中々手に余るというのに。正真正銘伝承通りの怪物だよ彼は」

 

妖精に攫われた人間が怪物になり、そして自分で人間を怪物にしているのだ。

もう、アレを人間とは思わない。

アレは人間にはなれない哀れな存在だ。

 

「そうだ。

 彼を哀れな人間だと考えるのはやめておけ衛宮士郎。

 アレは人間気取りの紛い物、人間らしい行為を期待してはいけない。

 彼はもはや同情される被害者ではなく、糾弾される加害者へと回ったのだ、下手に哀れむとお前が食われてしまうぞ」

 

「...分かってる。

 俺はあいつから桜を取り返す。ただ、それだけだ」

 

もとより八つ当たりに付き合うつもりはない。

 

 

障害物を乗り越え車は石段の前で停車した。

出迎えはない。

闇に沈む柳洞寺は、異界そのものと化しており異質な力を放っていた。

上空には風が出ているのか、耳を澄ませば、ごうごうと強く大気を蹴る音がする。

 

「じゃあコトミネ。次はアインツベルン城に向かって。わたし、取りに行かなくちゃいけない物があるの」

「...いいだろう。寄り掛かった船だ。最後まで見届けさせて貰うとしよう。

 ではな、君たちの健闘を祈る」

 

車から降りず、そのまま城へと向かおうとするイリヤ。

 

「イリヤ...」

「大丈夫よ士郎。わたしにもアインツベルンとして果たすべき役目があるだけ」

 

俺にはイリヤに課せられた役目などよくわからない。

でも、ここで名前を呼んでおかないと取り返しがつかない、そんな気がしてしまった。

 

「生きていたら、また会いましょう。

 ———頑張ってね。お兄ちゃん」

 

手を振り去っていく彼女になにも言えず見送る。

伸ばした手で虚空を掴むことしかできなかった。

 

「...階段の上に力を感じます。境内の裏手にある池に儀式的な場が作られているようですが」

 

「いえ、あっちに用はないわ。上にあるのは見せかけの、ただ聖杯を欲するマスター用の門よ。

 聖杯戦争の大聖杯(おおもと)に行こうっていうんなら、上じゃなくて下に行かないとね」

 

階段を離れ、遠坂は森の中に入っていく。

それに続いてライダーも。その後を俺は小走りでついていく。

 

「ライダー大丈夫か?」

 

「...多少の重圧はありますが、耐えられるレベルです。それにこの土地はサーヴァントにとって最適な霊脈です。大気に満ちた魔力を吸い上げれば回復は容易いでしょう」

 

「そうか。辛いだろうが、少しの間我慢してくれ」

 

木々をかき分けて、夜の山を歩いていく。

山には獣道さえなく、ほとんど絶壁じみた岩肌を降りることさえあった。

 

数分たっただろうか。

ようやく、それらしい洞窟を見つけた。

 

「...ここよ」

 

遠坂が洞窟の中を指を刺す。

しかし、どう見ても一メートルほど進めば行き止まってしまうようにしか見えない。

 

「なるほど、天然の洞窟ですが、人間が入れないこともない。ここから一メートルほどで行き止まっているように見えますが、魔術による偽装が感じられます」

 

なるほど、これなら中に入ったところですぐに岩にぶつかると一目で分かり、真っ当な人間なら入ろうとすら思わない。

 

遠坂は振り返らずに暗い闇へと突入していく。

 

「先にどうぞ。後は私が守ります」

 

頷いて闇に潜る。

 

水に濡れた地面を急足で進んでいく。

地面は急激な角度で下へ下へ傾いている。

狭く、息苦しい闇の圧迫。

足を滑らせれば、すぐさま無限の闇へ転がり落ちていきそうだ。

 

「士郎。今のうち聞いておく」

 

...と。

先行する遠坂が、唐突に話しかけてきた。

 

「いいけど、なにさ」

「宝石剣。なんで作ってくれたの」

 

そっけない質問。

それはまるで、下に降り続ける作業に飽きて、暇つぶしに口にしたようなもの。

 

「なんでって」

「———だから。わたしは桜を殺すって言ってるのよ。あの怪物がどうしようが、あの子は救えない。まだ人の皮を被っているうちは諸共殺せるだろうし。

 そんなわたしに武器を預けていいのかってコト」

 

なるほど、と頷いた。

それは、まあ確かに、遠坂の言う通りである。

 

「—————————」

 

背後からも悪寒が襲ってくる。

ライダーのものだろう。

彼女にとって桜は似たもの、自分と同じ境遇だと感じている。

それゆえ、桜を殺す武器を作り出した俺の行動に疑問があるのだろう。

 

だから、正直に俺の気持ちを打ち明ける。

 

「そうだな。よくない、よくないけど、遠坂がいてくれないと桜は助けられない。桜を助けたいんなら、一人より二人の方が確実だ。

 ...それに、剣を投影するのは借りがあるからだ。

 俺は遠坂を勝たせるっていう約束を果たせなかった。だから、この借りだけはキチンと返しておきたかったんだ」

 

もう随分前に感じる。

セイバーを失った後、俺は遠坂に助力を求めた。

遠坂はそれに応じてくれて、確かに約束したんだ。

遠坂を勝たせる。

聖杯戦争の勝者を遠坂にすると約束した。...それはもう守れない。

だから、借りだけが残っている。

 

あの時。

何も無かった俺を信じてくれた、遠坂凛っていう、好きだった女の子の為に返さなきゃいけないんだ。

 

「そう。律儀ね、貴方」

「ああ。遠坂ほどじゃないけどな」

 

会話はそれで終わった。

俺たちは互いの顔も見れず、黄泉への道へと降りていく。

 

ぐらりと洞窟が揺れた。

巨大な何かが落ちたような音と共に。

奥で何が起こっているのか、想像もつかない。

この洞窟には生命力で満ちている。

それがあまりに生々しい。

活気に満ち、生を謳歌しようとする誕生の空気。それが奥の空間から流されてきている。

 

「「「————————————」」」

 

交わす言葉はない。

ここは死地だ。

声をかけ合うなど余分な行為をすれば死につながる。

 

 

しばらく進むと、大きく開けた空洞が広がる。

横幅は学校のグラウンドほど。

天井は闇に霞んで見えないが、数十メートルほどの高さだろう。

 

そこに、

絶対の殺気を纏って、セイバーが待っていた。

空洞には彼女しかいない。

桜も...怪物もいない。

立ち塞がっているのは、黒く変貌した彼女だけだ。

 

「凛。私は貴方と争う理由はない。くれぐれも私に剣を向けないように。———貴方をここで殺してしまっては、彼の命令に背いてしまう」

 

「...!」

 

セイバーは静かな、以前と変わらぬ声で、後ろで宝石剣を握りしめた遠坂を諌める。

 

「どういうつもり? 貴方はここの門番よね、セイバー」

「はい。相手がなんであれ、ここを通るものは潰す。ですが——」

「わたしは例外。そう...あの子まだ消えてなかったんだ。我慢強い子だとは思っていたけどここまでとはね。

 

セイバーは頷く。

 

「...せめてもの情けってやつね」

 

短く呟き、遠坂はセイバーへと歩き出す。

 

「遠坂」

「悪いわね。そいうわけだから先に行かせてもらうわ」

 

堂々とセイバーの横を通り過ぎていく。

その姿が闇に溶け込む寸前。

 

「アンタがどうなるかは知らないけど、わたしは信頼してるんだから、ちゃんと期待に応えてよね」

 

「...?」

 

こんな時だってのに、目的語がない文句を言われても、うまく頭が働かないのだが。

 

「だ、だから...その、桜を助けたいっていうんなら遅くなるなってコト!。ケリがついた後に来られて文句言われても迷惑なのよ!」

 

そのまま振り返らずに遠坂は奥へと消えていった。

 

今ので気合いが入った。

要するに、自分が終わらせる前に来いと、遠坂なりの応援なんだ。

まったく、何処からそんな自信が湧いてくるのか...いや、勝算のない勝負はしないタイプだもんな遠坂は。

 

「それは不可能だ、シロウ。貴方はここで死ぬ」

「...セイバー。どうあっても退かないんだな」

「くどい。それが私の役目と言いました」

 

左腕の聖骸布を握りしめる。

俺たちは敵同士。

それはもう覆りようのない事実。

 

それを、

 

「———そうか。なら、ここでお前を消滅させる」

 

はっきりと認識するために言葉にした。

 

セイバーの剣が上がる。

その剣気はライダーを捉えている。

 

「...シロウ。私では魔力を上回る彼女を石化することはできませんが、重圧をかける事はできる。全力でかかれば、二分は拮抗できるでしょう」

 

ライダーの眼がセイバーを捉える。

 

「状況は私が作ります。貴方は動かず、気を逃さぬよう」

 

「ライダー」

 

「———では、私の命を貴方に預けます。士郎」

 

ライダーの姿が掻き消える。

高速の足を以って、黒い騎兵は剣士へと疾走する———

 

 

 

黒い波が迫る。

遠坂凛というちっぽけな人間を逃すまいと両手を広げ、覆い被さるように襲いかかる。

 

それを

 

Es last frei.(解放)Werkzung(斬撃)———!」

 

黄金の一閃が切り開く。

巨人を模った呪いを一瞬にして六体。

際限なく湧き上がるそれを、凛は一刀の元に両断する。

 

「は———」

 

驚きはその呪いを行使する、怪物のもの。

彼が目を見張るのも当然だ。

巨人は怪物自身の能力ではなく、依代としている間桐桜の虚数魔術によるものであるが、その一体一体がサーヴァントの宝具に匹敵する出力を持っている。

巨人は人間である遠坂凛にとって、一体だけであろうと逃れられない死の化身なのだ。

それを既に六体。

しかも悉く一撃で消滅させられている。当の彼女は苦も無く崖を駆け上がってくる。

 

七体目の巨人も切り伏せられる。

 

「そんな、なぜ———」

 

「しつこいっての...!」

 

宝石剣が光を放つ。

透明だった刀身は七色に彩られ、その中心から桁外れの魔力が生み出され、

 

「Es last frei.Eilesalve———!」

 

大空洞を、眩いばかりの黄金色が照らしあげる...!

 

「ふっ——————!」

 

接近を拒んでいた影の巨人たちを一掃し、凛は崖を上がり切った。

目前には間桐桜の形をした怪物。

黒き怪物は愕然と、ここまで駆け上がってきた人間の少女を凝視する。

 

「なんで———そんな、わけ」

 

...少女の呟きと共に、無数の巨人が立ち上がる。

その数は先ほどの比ではない。

少女の焦りか、それとも怪物の生存本能が告げているのか。

遠坂凛という、取るに足らない人間一人に対し、過剰といえる魔力が溢れ出す。

 

「———大盤振る舞いなこと。協会の人間がいたら卒倒するわよ。それだけの貯蔵力があれば、むこう千年は家を永続できるってね」

 

「———それを切り伏せる姉さんはなんですか。今のわたしは、姉さんの魔力の何千倍もの量を引き出せるのに。姉さんには一人だって(わたし)を消す魔力なんてないのに、なんで」

 

「どうしても何も、純粋な力比べをしてるだけよ。

 わたしは呪いの解呪なんてできない。単に、影を作り出してる貴方たちの魔力を、わたしの魔力で打ち消しているだけ。桜はともかく、貴方なら見て分かるでしょう?」

 

「それが嘘だっていってるんだ...!

 姉さんにそれだけの魔力はない。いいや、さっきから何度も放ってる光は、まるで」

 

かつて肉体を消滅されかけた、星の聖剣の光そのものではないか、と怪物は顔を歪ませる。

“ずるい“、“ずるい“と少女の意識が揺れ動く。

それを無理矢理押さえ付け、思考を巡らす。

 

あの剣はセイバーの宝具を写したものか?それとも私を殺すための限定武装———

いや、違う。

私はその光を恐れていない。

その剣、聖剣とも似ても似つかないその剣は()()()()()()

 

「説明が必要かしら。これはセイバーの宝具のコピーでもないし、怪物殺しの魔剣でもない。これはね、遠坂に伝わる宝石剣で、その名を」

 

「「ゼルレッチ」」...っ」

 

二つの声が重なった。

 

「そうか、宝石魔術...シュバインオーグに連なるものだったか」

 

「...なに、知ってるの貴方。じゃあ、説明するのも馬鹿らしいけど、要するに貴方の天敵よ。

 今の貴方は魂を永久機関にして魔力を生み出し続ける、第三魔法の出来損ない。

 そしてわたしは、無限に列なる並行世界を旅する爺さんの模造品、第二魔法のコピー品ってコト...!」

 

———宝石剣が振るわれる。

 

短剣は光を放ち、彼らを守る影を消滅させる。

 

それは、確かに単純な力勝負だった。

どのような魔術———いや、魔法を使ったのか。

 

今の凛は、確かに、怪物に匹敵するほどの魔力の貯蔵があるのだ。

 

光の衝撃により洞窟は激しく揺れる。

巨人は次々に引き裂かれる。

 

「っ——————あ」

 

「このままどっちかの力が尽きるまで打ち合いをするのも悪くないけど、貴方が動けないうちに終わらしてあげる。

 かかってきなさい。貴方が何をしてきてもわたしには届かない。

 荒療治だけど、ま、諦めてちょうだい。ちょっと強くなったぐらいで我儘放題したこと、後悔させてあげる」

「———!」

 

閃光が煌めく。

 

「っ...!

 まだまだぁ!!」

「Eien,Zwei,RandVercchwinden——————!!」

 

複数の巨人が展開されるが、圧倒的な光によってねじ伏せられる。

 

「————————————」

 

目の前の光景を、間桐桜は理解できない。

姉への恐怖だけで巨人を使役する。

それを容赦なく打ち払う光の剣。

 

間桐桜は怯え、混乱していた。/怪物は勝利を確信する。

それ故に気付かない。/それに気付いている。

遠坂凛の額の汗。

一撃振るうごとに腕の筋肉を切断していく、宝石剣の、その代償に。

 

「ははっ———愚かだ。愚かだ!

 ただの人の身で際限なく振るえるはずないだろう。貯蔵の差もそれでは意味がない!!お前の体が持たない!!

 わたしの、僕の勝ちだ。潔く砕けろ!!」

 

「———なら、大聖杯ごと砕くまで!」

 

両者の力は互角ではない。

遠坂凛と黒き怪物。二人の戦力差は変わっていない。

怪物の魔力貯蔵量は数億どころではない。時代の一生を持ってしても使えきれぬ量を、惜しみなく放出する。

 

振るわれる光。

千の魔力に対する千の光ならば、確かに拮抗することはできる。

だが、遠坂凛の魔力は百にも届かない。

その矛盾。

本来ならば成立しない拮抗を生み出すものは、言うまでもなく彼女が持つ“剣“の力だ。

 

一撃ごとに千の力を生み出し、更なる魔力を補充する光の短剣。

それは遠坂凛の魔力を増幅してのことではない。

彼女はただ、この大空洞に満ちる魔力を集め、宝石剣に載せて放ってるだけである。

 

「どうして...!!どうしていきなり、そんな都合よくわたしに追いつくんですか!《うるさいうるさい 出てくるな 出てこなくていい》 姉さんの魔力じゃわたしに飲まれるしかないのに...!《あああ 忌まわしき老害が!!》」

 

「それが間違いだっていうのよ。いくら出鱈目な貯蔵があっても、それを使うのは術者でしょう。

 分からない? どんなに水があっても、外に出す量は蛇口の大きさに左右される。

 アンタの敗因はね、間桐桜って肉体を選んだこと。あの子の瞬間放出量は一千弱。

 なら、どんなに貯蔵があっても、一度に放出できる魔力はわたしとさして変わらないのよ...!!

 それが思い浮かばないあたり、とんだ三流ねアンタ!」

 

「っ—————————」

 

「だから! わたしが用意するのはアンタと同じ貯蔵量じゃなく、毎回一千程度の魔力でいい...!

 そんなバカみたいに肥大な魔力なんて、今のアンタには宝の持ち腐れよ———!」

 

なるほど、確かにこの大空洞に満ちる魔力であれば届く.

一度きりならば魔力の助けを借りて巨人を退けられるだろう。

 

———だがその後は続かない。

 

大気に満ちる魔力とて有限だ。

使い切ってしまえば人間と同じ、その回復には膨大な時間が必要になる。

 

この大空洞で、遠坂凛が怪物に対抗できるのはたった一度きりのはずである。

 

———だが。それが、もし、仮に。

 

ここに、もう一つの「大空洞」があるとしたら、対抗できる回数はもう一度だけ増えることになる。

 

その“もしも“を実現させるのが彼女が持つ宝石剣の力。

合わせ鏡のように連なる「ここと同じ場所」に穴をあけ、そこから未だ使い切っていない「大空洞の魔力」引き出す。

文字通り、平行世界の運営を司る第二魔法の力の一端。 

 

「デタラメがぁ....!」

 

「どう、わかった? そっちが無尽蔵なら、こっちは無制限ってコト....!!」

 

...何度目かの地響きが木霊する。

凛の宝石剣は影を斬り払うだけではない。

その余りある火力で、少しずつ大空洞を崩壊へと導く。

 

そうなっては大聖杯を飲み込むという怪物の目的を果たせない。

このまま徒に戦いを続けてしまえば怪物の敗北となる。

仮に、遠坂凛の体力が尽きるまで攻め続けたとしても、その後に待つのは洞窟の崩壊なのだ。

 

「は———あ、あ———」

 

...影が止まる。

大きく肩を揺らし、苦しげに吐息を漏らして、怪物(間桐桜)は悠然と佇む姉を睨む。

 

「...舞い上がっていた頭も、これで少しは冷えたでしょ」

 

「...何で、何で、何で ——————何でそうやって都合よく! そんなのって不公平です!!」

 

繰り返される攻防。

無意味と知りながら、自らの首を締めると理解しながら、桜は叫び続ける。

 

長く、長く鬱積し続けた、唯一の肉親への恨みを。

 

「良いなあ姉さんは、運命も人徳も正しさも、いつでも綺麗なものばかりに囲まれて!

 いつもいつも姉さんばっかり愛されて。正しいなら、綺麗なら汚くなったわたしを殺したっていいんですか!」

 

(幸せになりたかった)

 

「褒めて欲しかった!羨ましかった!遠坂の家に残った姉さんが憎かった!!

 良いじゃないですか、一度くらい。一度でいいから、姉さんに勝ちたかった。褒めて欲しかった。頑張ったねって。ただそれだけだったのに...!

 なのにどうして、そんなことも許してくれないんですか.....!!」

 

(おかえりって言って欲しかった)

 

「帰りたかった。わたしの家はすぐそばにあるのにっ!

 同じ姉妹で、同じ家に生まれたのに、どうしてわたしだけ...」

 

(もう一度、会いたかった)

 

「何で、何で、こんな役を押し付けられないといけないんですか。

 わたしは、人間になりたいだけなのに。

 人間として生きていたいだけなのに!」

 

泣いている。

泣いて縋ってくる怪物を、彼女は無言で切り伏せる。

 

「わたしのせいじゃない。わたしをこういう風にしたのはお爺様(妖精)で、わたしのせいじゃない...!

 何で救ってくれないんですか! 何で見てくれないんですか! 何で奪っていくんですか!

 わたしだって好きで怪物になったんじゃないのに...! みんなが、お前たちが追い詰めるからこうなるしかなかったのに...!」

 

もう、ぐちゃぐちゃになった言語を

 

 

「——————ふうん。だからどうしたって言うの、それ」

 

 

同情など、彼女は一切せず切り捨てた。

 

「そういうこともあるでしょ。泣き言を言ったところで今更何が変わるわけでもないし、怪物になったのならそれはそれでいいんじゃない?

 だって、散々楽しんだでしょ、アンタ達」

 

冷酷な全肯定。

...怪物の叫びは、行き過ぎてはいたが、温かさを求めただけの行為だった。

 

それを否定された。

怪物であることを肯定された。

 

そうなったのは運が悪かっただけ。そうなったのはお前が弱かったからだ、と。

 

「よくも——よくも、そんな——]

 

「ごめんなさいね。アンタの気持ちなんか分からないし、正直言って興味もないわ」

 

それを合図に遠坂凛は走り出す。

 

怪物は動けない。

間桐桜の意識と怪物の意識が一致しない。

迫る脅威をただ見つめることしかできない。

 

狙うは心臓。

そこに宝石剣を魔力を一斉に放出させる。

いかに強大な力があろうと、依代にしているのは一人の少女。体ごと爆散して仕舞えば再生は困難なのだ。

 

「————————ひっ」

 

遠坂凛はあっさりと間合いをつめる。

...確実に殺った。

これでおしまい、と短剣を振り上げ、

 

 

 

 

——————あ、ダメだこれ。

 

 

 

 

自分の敗けを、悟ってしまった。

 

 

———ずん。

 

と、鈍い音がした。

 

 





さて、次回の桜と怪物は

『悪役』

の予定です。なんとかこの話で最終回にできればいいなと考えています。

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