...殺される。
躱す余裕などなく、宝石剣で心臓を突き刺されると理解できた。
体は反撃を試みる。だが、間に合わないだろう。
“——————殺される、んだ“
恐怖はなかった/怖い、怖い、怖い。
他人に傷つけられるのは慣れている/嫌だ、嫌だ、嫌だ。
見慣れた光景だ。ひどく当然な結果/姉さん、姉さん、姉さん。
放出された魔力は体を破裂させるだろう。
痛いのは嫌だなあ、と目を瞑る。けど、このまま消えてしまえば、わたしたちはそれなりに楽だろうと少しだけホッとした。
「———あ?」
けれど痛みは来ない。終わりは来ない。
代わりに、とても温かい気持ちになる(それを怪物は理解できない)
その正体が何であるか気がついた瞬間。
間桐桜は消えかけていた意識を取り戻した。
抱きしめられていた。
今にも崩れ落ちそうな癖に、しっかりと優しく、力強く。
腹を食い破られ、ポタポタと血を流す遠坂凛が少女の体を抱きしめている。
「...あーあ。人のこと言えないな、わたしも」
ぼんやりとした声。
それは少女が求めていた、温かくて優しい、姉としての遠坂凛の声。
なんてことはない。
凛は、ここ一番というタイミングで気づいてしまった。
たとえ変わり果ててしまっても、目の前で間桐桜を見た途端、自分には桜を殺せないなー、と肉親としての情を、当たり前のように感じてしまった。
「...ねえ、聞こえてる桜?
ごめんね、最後まで勝手な姉貴で...本当にごめんね」
もっと早く気づくべきだった。
自分はこんなにも桜を愛しているのだと。
「桜の事が好きだし」
(わたしは嫌いでした)
「いつも笑って欲しかったし」
(泣いちゃえって思っていました)
「....わたしが辛ければ辛いほど、アンタが楽できているんだって信じてた」
(いつも、いつも、姉さんに助けてって言ってました)
一生で一度だけの、姉妹の抱擁。
凛は自らの腹部を貫いた妹を、二度と手放さないように、優しく抱き留める。
「—————————助けてあげられなくて、ごめんね」
...体温が消えていく。
恨み言など一つもない。
凛は、自分の死ではなく、抱きしめた少女を救ってやれない事だけを後悔し、
「...それと、ありがと。 そのリボン、ずっと、着けていてくれて、嬉しかっ....」
舞い散った赤い花のように、祭壇に崩れ落ちた。
「......」
重みが消えた。
あれほど暖かった体温と一緒に、姉だった人が消えた。
「...何だっていうんだ。驚かせやがって」
もう一人が口を開く。
残念そうに、姉だったものを見下ろしている。
彼は、先ほどの攻防がまるで無かったかのように、再び大聖杯の方へ体を向ける。
「良かったね、サクラ。これで君を縛るものが一つ消えた」
深い意識の底で二人は向かい合う。
名前も、顔も、何もかも不確かな怪物は嬉しそうに、少女に話しかける。
「———、もう」
少女の苦悩は少女だけのものだ。
それを理解し、解放することなど他人にはできない。それは怪物も同じことだ。
結局のところ、分かり合えるはずなどないのだ。
「もういいです」
「は?」
...何処で間違えてしまったのか。
全部あったのだ。
あんなに求めていたものは、本当はすぐ近くにあった。
「違ったんです。 わたしは姉さん...お父様がいて、お母様がいる、あの家に帰りたかった。ただ、家族といるあの幸せだった家に帰りたかっただけだったんだ....」
それを、あんなに想ってくれていた家族を、わたしが———自分の手で壊してしまった。
「あなたも、同じでしょう?」
怪物を見る。
彼は怒っているのか、泣いているのか、その表情は霧がかったようで分からない。
帰りたい。
それはそう。確かに怪物は帰りたがっている。
しかし、少女と違う点が一つある。
それは、
「...人が人を忘れる順番を知っているかい? 最初に声、次に顔、そして最後に思い出を忘れてしまうんだ。
うん、帰りたいさ。でもね、もう思い出せないんだ。
僕は誰を愛していたんだろう。どこに帰ればいいんだろう...もう疲れてしまった」
怪物は帰る場所なんてとっくに忘却してること。
故に諦めている。
何千年も探し続けたところで、過去へは戻れない。
手を伸ばそうにも届かない月のように、そこへは戻れないのだ。
「まぁ...君たちの家族愛?、うん、綺麗だね。 僕にもそういったことを大切にしていた時があったのかもしれない。久しく忘れていたよ」
だから、終わることを選んだ。
決して帰れないというなら、もうどうでもいいのだ。
怪物としての役目を終えて死ぬ。
それでこの物語はエンディングを迎える。
「———けどね、サクラ...それは都合が良すぎるだろう?」
怪物は桜の首を掴む。
「今更引き返したところでもう遅い。
勿体ない、お前につながる胎児を堕すのは。なら僕が貰う。その胎盤ごと喰い千切って、この星全ての敵となってくれよう...!」
「———あ、ああ」
見下ろされる桜はもうどうすることもできず、ただ食らわれるのを待つのみ。
目の前にいるのは自分の味方などではない。
正真正銘、悪としての怪物なのだ。
大きな口が開かれた、その時
「——————桜ッ!!」
正義の味方がやってきた。
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