【選択】
この時代,作物の不作や病の流行は珍しいものではなかった。
この日立ち寄った村も,同様に飢饉に見舞われている様子だった。ここのところ、雨も降らず農作物が育たない。水不足と飢えに苦しみ、誰もが生きる気力をなくしている。既に餓死者が出始め、村人の全滅も目に見えていた。
「行こう。もう助からない」
「・・・あぁ」
これも自然の摂理の一つ、わざわざ関わる理由もない。そうやって私たちは村を離れる。
【考えたくない】
まだ幼い頃,老婆が山に捨てられるのを見たことがある。
父に捨てられ,雌熊に育てられた私はよく人里近くの森を狩場にしていた。その頃だったと思う。
老婆を背負ってきた男たちが,すまない,すまない,と何度も繰り返し,老婆を森に置いた。もう自分で動くことができない老婆は,声もあげずポロポロと涙を流した。
その頃は人と関わることは少なく,彼らが何をしているのかも理解できなかった。少し大きくなって,改めて思い返せば自分も昔あのように捨てられたのだろう。忘れようとしても忘れられなかった。
それを今になって時折思い出す。
あと何十年もすれば,あの老婆のようになるのか。足腰が弱り,自分で動くことなど叶わぬ,自分で生きることができなくなるのか。
死ぬことは怖い。
でも,それ以上に,もっと怖いのは・・・メラニオスが。
最期には彼にそばにいて欲しい。けれど,醜くなった自分を見て欲しくはない。ならば,せめて別れを言ってから?
“考えたくない“
そう言って思考を閉ざす。彼と出会ってから随分と弱くなってしまった。彼のせいだ,こんなに女々しくなって。
それでも,
隣で眠る彼をみる。
彼の肩に寄り添い,その顔をみる。
それでも好きだ。汝が,どれだけ否定しようと。汝がいない暮らしなど,考えたくもない。
ため息を吐く。
それ以上は無駄だと考え,やめることにし,再び眠りにつく。
お願いだ。どうか,私のことを。
『君を愛している』
どうか,この夢が覚めぬように。
【夢】
赤子は,横抱きにするとぐずる。縦抱きにすると機嫌良くした。
アタランテが自分の胸にもたれかかせるように抱いていると,メラニオスは彼女の背中から赤子を覗き込む。
実を言うと,少々暑苦しい。赤子の体温は高すぎて,ただでさえ夏だというのに,この子を抱いていると余計に汗をかいてしまう。
「孝行な子だ」
メラニオスがふと,そんなことを溢した。
「孝行?」
布でよだれを拭き取りながら,彼に尋ねる。このように幼く,半開きの口からはよだれを垂らしていると言うのに。
アタランテは,なぜこの子が親孝行なのか分からなかった。それがメラニオスに伝わったのか,彼はアタランテに目を合わせ微笑む。
「この時期に生まれてくれた・・・冬産まれは大変だから」
ああ,そうか。
冬に産まれれば,食糧も少なく,凍える寒さの中で乳をやらねばならない。無事に冬を越せる保証もない。けれど,夏生まれなら少しだけ準備ができる。夏の間にたくさん食べ,力も付けれるだろう。
「よかったな。孝行者だと父に褒められたぞ」
私はその言葉をかけられたことがなかった。だから,自分の子にはしてあげたい。生まれてきてよかったと思えるように。
赤子の顔を優しく撫でる。ふあ,と赤子は欠伸をする。若い夫婦はそれを見て,声を出して笑った。
━━━そんな,ありえない夢を見る。この家で,ただ一人。自分の死を待ちながら。ある夏の暑い日のことだった。
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