それはあらゆるものを魅了し、あらゆる物を癒します。一目見れば神でさえも見惚れてしまい、それを食べればあらゆる病、呪いも消え去るでしょう。
青年はいつもより足早にアタランテのもとに向かった。
ただただ、彼女のことが気がかりだった。
”アタランテ...いる?”
返事はない。
でも、中に人がいるのは間違いない。申し訳ないと思いながらも中に入らせてもらう。
「...っ...ふぅ...ふぅ」
彼女はそこにいた。
横たわり、苦しそうにうめき声をあげている。
”大丈夫⁉なんだ...この熱”
額を触るとものすごい熱さ。水をかければ蒸発してしまいそうなほど熱い。とにかく何とかしなくちゃと、水で濡らした布を額に当てるが
ジュゥゥゥ...
焼け石に水とはこのことであろう。何度冷やそうとしても意味をなさない。これはただの風邪じゃない、まるで呪いのような...
”どうすれば...僕はどうすればいい、僕は...”
「...だ...だ、だれか...」
彼女が助けを、いや、熱によるうわ言だろう。手をこちらに差し伸べてくる。思わず手を握るが、どうしてあげればいいか分からない。
分からない、分からない、分からない...ああ、焦っちゃダメだ。考えるんだ、考えなきゃ。なにか、なにか方法は、きっと、きっとあるはず。
...そうだ!あれが残ってる。曲がりなりにも神が授けたものだ、きっとそれなら...
『ーーー何でここまで必死になってるんだ?』
声が聞こえた。
何で必死か?そんなの決まってる
『ここで見捨ててもいいんじゃない?』
否。それはあり得ない。
僕は彼女の見せる笑顔が好きだ。声が好きだ。顔が好きだ。彼女の全てが好きなんだ。
だからこそ走り出す、自分の天幕へと。神に頼るようなのは癪だが、この際手段は選ばない。
"黄金の林檎"あれならきっと治すことが出来るはず。
『きっと僕は後悔する。こんなことなら初めから....』
ああ、僕は彼女を愛しているーーーー
◇◇◇
"これで、よしっと"
流石に切って食べさせるのは難しいから、食べやすいように林檎をすり潰す。
相変わらず彼女はうなされているが、無理矢理でも食べさせる。
「んぐっーーーー」
効果はすぐに現れたようだ。
飲み込まれた林檎はアタランテの身体の中で黄金に輝き、その力を発揮した。
あれだけかいていた汗も落ち着き、あれだけ苦しみで歪んでいた顔も和らいで見える。
「すぅ...すぅ...すぅ....」
これほど効果があるとは驚いたが、本当によかった。これなら明日には大分落ち着いている筈だ。
"はあ〜よかった"
思わず座り込んでしまいそうになる。
"...さて、行かなきゃ"
まだ、やることはある。休むのは後でいい。
―――天幕を出て、神殿の方へ走り出す。
◇◇◇
王様は困っていました。
娘が提案した"自分に競争で勝つ"
そんなもの、直ぐに終わると思っていました。ですがいつまで経っても娘に勝てる男は現れません。
それもそのはず、彼女はギリシャにおいて最も足の速い狩人なのですから。
時には大勢の男で挑ませました。時には妨害をさせました。時には...そのすべてを娘は打ち破り何日たっても勝者が出ることはなく、只々、男たちの死体の山が連なっていくばかりです。
「なぜだ、なぜだ!どうしてこうも思い通りにいかない!!」
王様は嘆きます。全て上手くいくはずだったのに、なぜ自分ばかり、アイツが悪い、なぜ従わない。そういった想いばかりが湧きおこります。
―――その嘆きが届いたのでしょう
王様は再び神に縋りました。
「おお、神よ!女神アフロディーテよ!どうか、どうか私に神託を!!」
あるいは利用されたのかもしれませんが―――
『―――いいでしょう、スコイネウス王。お前の願い聞き入れてあげます。』
おお!、と歓喜の声を上げます。まさか神から直接お言葉を聞けるとは思ってもみなかったのです。
ですが、
『でも、貴方、自分の顔よく見たことがあるのかしら?―――私、醜いものは嫌いなの』
王様は鏡をとって自分の鏡を見てみると、そこには、酷くやせ細り、頬もこけ、とても王族とは見えない容姿。他人の目に怯え、自身の存在意義すら見失い、王としても親としても価値はなく、ただ不気味な存在がそこには映っていました。
「どうか心配しないで頂戴。お前はただ、私の言う通りに動く人形になればいいのよ。幾ら醜い人形でもその価値程度はあるでしょう。」
目の前に女神がその御身を現します。全てを包み込むようなその美貌。そしてのぞき込まれれば何も考えられなくなるほど美しい魔眼。
王様は段々と消えゆくその意識の中、思い浮かんだのは、娘の顔―――ではなく、”これで私の願いは叶う”という歪んだ希望に満ちたものでした。
◇◇◇
"ザーザー"と雨が降り、雷鳴が響き渡る。いつの間にか天候が崩れたらしい。
神殿の中には怪しげな光がともり、二人の声のみが響く。
「あらあら、どうしたの?そんなに睨んじゃ怖いわ」
"...あれは貴女の仕業か?"
怒り、殺意、それらすべてを押し込めて冷静に問いかける。
アタランテのあの熱、ただの風邪なのではない。"呪い"、いや、もっとタチの悪いもの
女神は一瞬キョトンとしたものの、すぐに笑いながら答える
「ねえ、逆に聞きたいのだけど―――私以外にいると思ったの?」
聞くまでもなかった、この時間はなんて無駄だったのだろう。
隠していた殺意を剝き出しにし、女神に向かって走り出す。姿を黒い獣に変化させ、喉元に喰らいつかんと牙をむきだす。もう一度喰らってしまえばいいのだ、あの時のようにもう一度。
「相変らず野蛮なのね。でも―――」
"ガキンッ"
喰らいついた、そのはずなのに!はじかれる、何度噛みつこうがはじかれる!
女神は一歩もそこを動かず、ただこっちを嘲笑うように笑みを浮かべる。
「やっぱり弱ってるのでしょう?この程度の魔力障壁を破れないなんて笑っちゃう。」
クソッ、ギルめ、とんでもない置き土産をしてくれたものだ。ここまで弱体化しているなんて思わなかった。いくらなんでも罰には大きすぎる。
「これがあの”怪物”だなんて。ゼウスは聞いても信じないでしょうね、彼が一番あなたを恐れているのですもの」
最初から分かっていたということか。だが、なぜ?
”なにが目的?僕が狙いなら彼女は関係ないはずだ”
「ふふっ、それとこれは話が別なの。でもそうね、理由があるとしたら”気に入らなかった”。ただそれだけよ
...は?気に入らなかった?それだけで、そんな理由で?
「何が純潔を守るよ。気取っちゃって、それを誇りに思っていることも、それに群がる男達も、それを美しいと思う貴方も、すべてが気に入らないわ。いい?世界で最も美しいのはこの私、女神アフロディーテなの。」
ーーーああ、これはそういう存在なのだろう。決して分かり合うことはできない、そもそも”これ”とは価値基準が異なっているのだ。
「最初は黄金の林檎をポセイドンの孫に分け与え...本当ならそれで終わるはずだったのけれど、あの子、林檎を盗まれたらしくって」
...あの日か。あんまりにも綺麗な林檎だったからつい魔が差した。あの青年には少し悪いことをしてしまったな。
成程成程、この状況は自業自得というわけか。まあいい、彼女が誰の物にもならないのならそれで
「そんな時に”怪物”、貴方を見つけたのよ。ええ、しかもあの女に恋をしているのでしょう?」
時間の無駄だ。この場で殺されないということは、僕を排除する手段は今のところないのだろう。早く彼女の元へ戻ろう。
「しかも、あの呪いを解こうと必死になっちゃって、本当に健気ねえ」
人の姿に戻り、出口の方へ足早く向かう。
「―――でもこのままじゃあ、あの子は誰かの物になってしまうわよねえ?それでもいいの?」
...足を止めてしまった。
耳を傾けてはいけない、振り向いてはいけない、決して惑わされてはならない。
「ふふっ。ねえ、取引をしましょう。この黄金林檎を貴方に授けてあげる。その林檎であの子に勝ちなさい」
...?
女神が黄金色に輝く林檎を差し出してくる。
"なにが目的だ。そんなことしてお前になんの意味がある?"
「単純なことよ、私を楽しませなさいな。貴方がどんな風に結末を迎えるか、その瞬間を見てみたいのよ」
”...僕は死ぬつもりはない”
「何言ってるの?此処がどこだか分かっていて?ここは私たちオリュンポスの神が祝福する地、ギリシャなのよ。貴方を恨む神々は山ほどいるわ。...まあ、ほとんどの神はその姿を見るだけで逃げ出すでしょうけど」
差し出された林檎を凝視してしまう、目が離せない。
アタランテと競争したとしても僕が勝てる可能性は低い。それほどまでに彼女の速さは本物なのだ。
”...一つだけ聞きたいことがあるんだ”
「あら何かしら?」
”王は...スコイネウス王は親として、娘を愛していたの?”
もはや王は手遅れだ。あの生気を失った顔、女神の人形としての役割を果たしているに過ぎない。既に意思などないに等しいに違いない。
でも、親として、人として、愛情があってもいいではないか。でなければ、あまりにもアタランテが...
「―――ぷっ」
”......”
「ぷっ、あーははははは!馬鹿じゃない?あのような男に?愛?そんなものあるわけないじゃない、アレはね自分の娘がいたことすらハナから忘れていたのよ?娘のことなんか子供を産む道具としか考えちゃいなかったわよ」
”...そう”
怪物は林檎を乱暴に奪い取り、再び出口へと足を進める。
背後に響くは女神の笑い声
ただ、今は彼女のもとに急ぐことしか考えは浮かばなかった。
シャルルマーニュピックアップ、100連爆死しますた。テンション、ガン萎えでず。
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