【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#100 デス・オブ・レッドキャップ part2

手甲(ガントレット)から衝撃波(ショックウェーブ)を放つ。

よく分かんねーロボットに直撃して吹っ飛ばす。

 

……これを、何度も繰り返してる。

 

 

「チッ……!」

 

 

手甲(ガントレット)に装填されていた小型のバッテリーが跳ね上がる。

 

空になった証拠だ。

オレはベルトに手を伸ばし……最後の一個を手に取る。

 

 

……クソ。

普通に撃ってるだけじゃ無理だ。

 

オレの衝撃波(ショックウェーブ)じゃ倒せねぇ。

奴のボディは衝撃を吸収でもしてんのか?

あんだけぶつけて傷一つねぇんだから……振動や衝撃に耐性があると考えても間違いねぇか。

もうちょい早めに気付くべきだった、が。

 

 

物音がする。

ロボットが立ち上がろうとしている音だ。

 

 

このロボット、オレとは相性が悪い。

クソみてぇな相性だ。

 

 

バッテリーを手甲(ガントレット)に装填しながら走る。

逃げるように逆方向に、だ。

 

一旦距離を取りたかった。

 

 

クッソ!

今日はマジで走ってばかりだ!

 

息がやべぇ!

喉も痛ぇし、肺も痛ぇ!

普段から運動してねぇのが悪いのか?

 

酒も、タバコも、マジで控えとくんだった!

 

 

あぁ、もう、マジで今更考えても仕方ねぇが。

 

 

ロボットが完全に立ち上がり、右手を突き出す。

赤く輝いて……火球が飛び出した。

 

……あぁ!?

距離を取ったって意味がねぇじゃねぇか!

疲労困憊で頭が回ってねぇのか、オレは!?

 

 

「ク、ソが!」

 

 

身体を振り向かせて、片方の手甲(ガントレット)を突き出す。

トリガーを押して、衝撃波(ショックウェーブ)を放つ。

 

炎を掻き消して、ロボットが倒れた。

 

 

どうせ、全くダメージはねぇ。

 

 

「……だが」

 

 

手甲(ガントレット)のバッテリーも残り少ねぇ。

オレは逆に、ロボットへ接近する。

 

両腕の手甲(ガントレット)を操作し、出力を上げる。

 

 

博打(ギャンブル)は……嫌いじゃねぇ」

 

 

一発撃てば……手甲(ガントレット)がブッ壊れちまうぐらいの出力だ。

 

……後の事を考えて、温存するつもりだったが。

オレがアイツを助けにいく必要は……無くなった。

 

女のガキを助けるのは悪人じゃねぇ……そりゃあ、ヒーロー様だろうが。

 

スパイダーマン、アイツのことは嫌いだが……信用はしている。

アイツは……マジで、ヒーローだからだ。

どうしようもない程にバカで、未熟だが……善性だけは信じられる。

 

だから、ここで出し惜しみはもう要らねぇ。

後は託せる。

 

 

ボタンを長押しして、手甲(ガントレット)を起動する。

 

振動して、光が漏れる。

エネルギーが飽和してる証拠だ。

 

 

オレはそのまま、走って……ロボットへ近付く。

 

距離が遠過ぎたら、倒し切れねぇかも知れねぇ。

近寄ってブッ放す。

それが唯一の勝利への方程式だ。

 

 

ロボットが腕を上げて、火球を飛ばして来た。

 

 

撃ちやがった!

 

だが、手甲(ガントレット)は……使えねぇ。

ここは素手で凌ぐ必要がある。

 

 

当たったら……即死だ。

沸騰してドロドロに溶けて死んじまうだろうな。

 

 

怖え。

だが、ビビってられねぇ。

 

オレは何度か死にかけて……アイツに助けてもらった。

だから、アイツの為なら命を懸けても良い。

 

まぁ、死ぬつもりはねぇけどな。

 

 

オレは右に向かって、飛び込んだ。

スパイダーマンみてぇに側転したり、カッコよく回避なんて出来ねぇ。

 

情けなく、泥臭く……転ぶように飛び込んだ。

 

 

火球はオレの頭上を通り抜けて……壁に着弾した。

熱気がスーツ越しにも感じられた。

 

 

「へっ、下手くそが!」

 

 

無理矢理、膝を立てて両腕をロボットへ構えた。

振り返り、オレの方を見たが……遅ぇ。

 

 

「ブッ壊れろ!」

 

 

ボタンから指を離せば……両腕の手甲(ガントレット)がスパークした。

飽和したエネルギーが衝突して、破裂音を響かせる。

 

瞬間、手甲(ガントレット)から衝撃波(ショックウェーブ)が放たれた。

左右の腕で発生した衝撃波(ショックウェーブ)は巻き込みあって、まるで竜巻のように螺旋回転を始める。

 

コンクリートを引っぺがして、周りのビルのガラスを砕き、突き進む。

 

ロボットは避ける事なく、その衝撃波(ショックウェーブ)を受けて……一瞬、宙に浮いた。

 

そして……体が真っ二つに裂けた。

肩から、腰にかけて……斜めに引き裂かれた。

 

 

「ざまぁみやがれ……」

 

 

手甲(ガントレット)の中で、中指を立てた。

 

ロボットはそのまま弾き飛ばされて、地面に墜落した。

コンクリートの床をメチャクチャにして……倒れた。

 

 

オレは息を切らして……へたり込む。

う、腕がヤベェ。

 

多分、骨折してる。

強くてデケェ砲弾を、ひ弱な砲身で撃てばどうなる?

 

そりゃあ、砲身はブッ壊れるだろ?

そういう事だ。

 

 

……あー、あとさっき無理に避けた時に、足を捻っちまってる。

痛ぇ。

 

 

地面に倒れそうになりながら……オレはロボットを見た。

 

 

 

 

その目は、まだ、光っていた。

 

 

「……いっ!?」

 

 

まだ機能停止してねぇのか!?

どんだけ頑丈なんだよ、クソが!

 

身体に辛うじて付いている腕が、オレの方へ向けられた。

 

 

やべぇ、やべぇ、避け──

 

 

足が、動かねぇ。

立てねぇ。

 

手甲(ガントレット)はエネルギー切れだ。

……いいや、そもそも、最大出力で撃っちまったせいでブッ壊れてやがる。

 

 

ロボットの腕が赤く、光り始めた。

 

 

ヤベェ、マジで死──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、何かがロボットに落ちた。

一瞬、見えたが……オレンジ色の球体だった。

 

 

「あ?」

 

 

爆発した。

 

 

ロボットが溜め込んでいた熱気が撒き散らされて、スーツを叩いた。

 

 

ロボットの砕けていた腕が千切れて、吹っ飛ぶ。

目が光を止めて、地面に倒れた。

 

 

落ちて来たのは爆弾だった。

……誰が落とした?

 

 

視線を上に上げると……空飛ぶスケートボード擬きに乗った、緑色のプロテクターを装備したガキがいた。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

そう言って降りて来たのは……あぁ、クソ。

前にいっぺん、オレを刺しやがったクソガキ。

ハリー・オズボーンだ。

 

 

「これが大丈夫に見えるなら……目ぇ、腐ってるぜ……」

 

「……大丈夫そうだな」

 

 

ハリーが腕を組んで鼻を鳴らした。

……癪に触る態度だ。

 

そうして、オレは後ろを見て……ギョッとした。

 

シニスター・シックスの時に見た、ヒーローどもがこちらに向かって来ている。

 

アレだ。

オカルトパワーの拳法野郎。

肌が硬ぇマッチョマン。

デアデビル。

……空飛ぶ女探偵は休業か?

 

アレか?

ディフェンダーズって奴だったか?

 

 

「あんだよ……ゾロゾロと……」

 

「ピ、スパイダーマンが逐次、位置情報を送っていてくれたんだ……君のいる位置も、僕達に届いていたんだ」

 

「……あぁ、なるほどな」

 

 

オレはコンクリートの冷たさを確かめつつ、ため息を吐いた。

 

……クソ。

結局、あの蜘蛛野郎のお手柄って訳か。

ムカつくぜ。

 

 

「……で?お前らは蜘蛛野郎を追うのか?」

 

「いや……」

 

「あ?じゃあ、何のために来たんだよ?」

 

 

……耳に、ジェット音が聞こえる。

クソガキから目を逸らし、振り返る。

 

スパイダーマンが追ってた方向から、聞こえてる。

それも一つ、二つじゃねぇ。

幾重にも重なった音だ、

 

 

目を凝らせば……ロボットが大量に飛んで来ていた。

ジェット音はそいつらが飛んでる音だ。

 

 

「……は?」

 

 

思わず驚いて声を出したのも、仕方ねぇだろ。

 

こんだけ必死こいて……それでも一人じゃ勝てなかったロボットが、あんな、両手で数えらんねぇ数で来たんだから。

 

 

だが、そんなオレをよそに……横にいるハリー・オズボーンは驚いていても……それほど焦っては居なかった。

 

何でそんなに落ち着いてられるのか分からなくて、オレはクソガキを睨んだ。

 

 

「オイ、アレと戦うためってか?」

 

「そうだよ」

 

 

なるほど、たしかにヤベェ。

蜘蛛野郎を追いかけてられねぇぐらいヤベェ。

 

だが……正直に言うと──

 

 

「足りねぇだろ……ロボットどもを見ろよ。コレじゃ全然足りねぇ」

 

 

ディフェンダーズ……一人に対して……何体いるんだ?

囲まれてボコられて終わりだ……勝てる訳がねぇ。

 

 

「大丈夫さ。僕達だけじゃないからね」

 

「あ?他に仲間が──

 

 

その言葉に、オレは首を傾げた瞬間──

 

 

直後、丸い円盤が空を飛ぶロボットに命中した。

首の部分を切断されたロボットは地面へと墜落する。

そして、その円盤は跳ね返った。

 

 

「あ、ありゃあ……」

 

 

宙を飛ぶ、その円盤……いや、『(シールド)』を見た。

 

 

赤と青、白い星のマーク。

星条旗をそのまま盾にしたようなデザイン。

 

 

それにオレは……見覚えがあった。

嫌というほど、強烈な見覚えが。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

僕に向かって来ていたロボットの胸に穴が空いた。

そのまま、地面へと落下して……大きな音を立てて砕けた。

 

 

振り返る。

心臓は早く、鐘のように鳴り続けている。

 

 

赤と金色の、アーマースーツ。

だけどそれは、前に見た時よりも洗練されていた。

それがブースターを起動させて、浮いていた。

 

 

「ス、スタークさん!」

 

 

アイアンマン……トニー・スタークだ。

背中のブースターを停止させ、リパルサーレイを下に向けながら僕を見た。

 

 

『すまん、会議が長引いた……でもヒーローは遅れてやってくるものだろ?』

 

 

そのまま地面に着地して……コンクリート製の床にヒビが入った。

 

 

『避難誘導だったり、通行規制の依頼とか……色々あってね。まぁ、君の友人達のお陰だ。早めに的確な位置を連携してくれたお陰で上手くいった』

 

「あ……だから……」

 

 

幾ら深夜と言っても、ニューヨークに人影が少なかったのは、そういう事だったんだ。

 

スタークさんが笑いながら僕へと近付き、肩に触った。

 

 

『む……随分とボロボロだな、血も出てる』

 

「はい……」

 

 

スタークさんが労わるように、僕へ言葉を掛ける。

 

何で……ここに来ているのか、分からないけど……それでも、今は凄く、頼りになると感じていた。

 

スタークさんが僕の肩に、手を置いた。

 

 

『後は任せて、ここで休んでいるか?』

 

「……いえ」

 

 

僕首を横に振った。

 

 

『休んでいても、誰も文句は言わないぞ?』

 

「それでも──

 

 

どれだけボロボロでも、ここで休んでなんていられない。

 

 

「僕、には……助けなきゃならない……人がいる、ので」

 

『そうか、分かった……ジャービス!』

 

 

スタークさんが人工知能(ジャービス)を呼んだ。

……何も、起こらない。

 

僕は首を傾げた。

 

 

「あの、スタークさん?」

 

『無駄にならなくて済んで良かったよ……卒業祝いのプレゼントがね』

 

「卒業……?」

 

『高校でも良いし、初心者マークのでも良い……兎に角、口実が欲しいだけだ。分かるか?』

 

「え?あ、はい……?」

 

『なら、よし』

 

 

直後、何かが落下してくる事に気づいた。

曇った空を突っ切って、真っ直ぐ落下してくる。

 

……それはスタークさんの持っている人工衛星から放たれた物か。

 

 

『僕が見てない間に、君は随分成長した。一人前だ。で、一人前には、一人前の装備ってのがある』

 

 

ジャービスに出した命令は、アレを射出する命令だったのかな……?

でも、アレって一体──

 

 

『それに、ヒーロー活動するなら……マスクで顔を隠さないと。そうだろ、君は』

 

 

その瞬間、落下して来た何かが僕に向かって進路を変えた。

それは赤と金色、アイアンマンと同じ色をした金属の塊だ。

 

 

「え、あの──

 

『安心していい、僕が危険な事をした事があるか?』

 

「えっ……?ありますけど」

 

 

それも、沢山。

 

スタークさんが頬を掻いた。

アーマーの上からだから、意味ないのに。

 

 

『記憶違いだ。してない』

 

 

僕が口を開こうとした瞬間。

その『何か』が僕に衝突した。

 

 

「うわっ!?」

 

 

衝撃は……無かった。

それは粘土のように形を変えて、僕へと纏わり付く。

 

そうして、形を変えて……壊れていたスーツを覆う。

スーツを覆った金属の粘土は破れていた部分を補強して、形を変えていく。

 

機能が回復して、マスクの中のOSが再起動する。

視界に青いラインが走る。

白いラインがインターフェイスを描く。

 

視界がクリアになる。

 

 

「う……」

 

 

さっきのはナノマシンだ。

今着ているスーツと同じ、ナノマシン。

……だけど、前とは違うみたいだ。

 

 

「これって……」

 

 

手のひらを、自分の体を見る。

いつものスーツに……金色のラインが入っていた。

蜘蛛のマークは……金色で縁取られていた。

 

赤と金色。

まるで、アイアンマンのアーマーみたいな色合い。

 

そこに青と黒が落とし込まれている。

スパイダーマンのスーツと、アイアンマンのスーツが統合されたようなスーツ。

 

 

『アップグレード、統合版(インテグレーテッド)スーツ。多機能、高性能、新システム……君が得てきた経験をデータ化して最適化したスーツだ』

 

 

視界の中で様々なアプリケーションの一覧が表示される。

 

 

『そして、妨害電波(ジャミング)機能付き……これがメインなんだけどね』

 

妨害電波(ジャミング)?」

 

 

スタークさんの顔が、僕へ向いた。

マスクの目が青白く光った。

 

 

『僕は大体の事情は知っている……君は、彼女の心臓に爆弾が付いてる事を知ってるか?』

 

 

思わず、息を呑んだ。

ミシェルの、事だ。

 

 

「はい……さっき、知りました」

 

『その爆弾の起動を妨害する、妨害電波(ジャミング)装置だ』

 

「……え?」

 

 

今、最も欲しかった物だった。

思わずスタークさんを見る。

 

僕の視線に少し、マスクが揺れた。

……アーマーの下で絶対、自慢げに笑ってる。

 

 

『マイクロパルスが発生し、ミュータントの発生させるサイキック波を相殺して無効──

 

 

スタークさんが僕の顔をチラリと見た。

 

 

『まぁ良い。要約すると『彼女の半径200メートル以内に入れば爆弾は無効化できる』って事だ』

 

「スタークさん……!」

 

 

思わず立ち上がる。

身体が、痛む。

 

 

「あ()っ!」

 

『……これが終わったら、ちゃんと病院で診て貰うんだぞ?』

 

 

スーツは新しくなったけど、身体は治ってないんだった。

 

 

「で、でも……あの、ロボット達は……?」

 

 

頭上を飛んでいくロボットの群れを見る。

一体一体が凄いパワーだ。

幾らスタークさんでも、大変な数だと思う。

 

 

『あぁ、アレか?』

 

 

スタークさんが笑う。

 

 

『ここに来てるのは僕だけじゃないさ。だから問題ない』

 

 

直後、轟音が聞こえた。

 

雷が落ちたような音……いや、雷そのものがロボットに直撃する。

 

 

「あ……」

 

 

雷を纏ったハンマーがロボットを貫いていた。

それは物理法則を無視して、空中を飛び回る。

 

 

『これでも僕はチームに所属してるんだ、最強のヒーローチームにね』

 

 

緑色の巨体が弾丸のように飛び、ロボットを掴んで地面に叩き落とした。

ダメ押しに、地面に倒れているロボットをブン殴った。

 

赤い服を着た魔女が、光線を放った。

ロボットは宙でバラバラになり、地面へ落ちる。

 

急にロボットの背中に巨人が現れて、地面へ叩き付けた。

さっきまで居なかった筈なのに……まるで、急に大きくなったように見えた。

 

黒いアイアンマンが、ロボットへガトリングガンを撃った。

ロボットは穴だらけになって吹っ飛んだ。

 

光を纏った女性が宙を飛び、ロボットを弾き飛ばす。

手から強烈な光線が放たれ、ロボットの表面を溶かした。

 

 

僕には見覚えがあった。

ヒーロー達の、勇姿に。

 

 

『さぁ、ピーター。ヒーローが集まったぞ……何か言う事は?』

 

 

僕は……マスクの下で目が潤んでいた。

 

 

「ありがとう、ございます……スタークさん」

 

 

絶望的な状況を打開してくれる人の存在意義……助けてくれる仲間に……嬉しくて、感動してしまったんだ。

 

僕は一人じゃない。

彼女を助けようとしてくれる人は……こんなにも沢山いる。

 

その事が嬉しかった。

 

 

『……ん?』

 

 

僕が漏らした感謝の言葉……それにスタークさんはしっくり来なかったみたいで、首を傾げた。

 

 

『あー、ピーター。違う、違う……そういう意味で言ったんじゃない』

 

「え……何ですか?」

 

『ヒーローが集まったら言うべき事があるだろ?今が言うチャンスだぞ?ほら、アレだよ、アレ』

 

「……アレ?」

 

『ほら『ア』から始まる奴だ、ア、アー……ほら、早くしないと──

 

 

スタークさんが話している途中に、ハーマンが居る方向が騒がしくなっていた。

 

 

そして、キャプテン・アメリカの声が聞こえた。

 

 

 

「アベンジャーズ!集結せよ(アッセンブル)!」

 

 

 

その言葉を合図に、ロボットへの攻撃は更に激化していく。

真夜中のニューヨークに光が走る。

 

 

世界の希望……最強のヒーロー・チーム。

『アベンジャーズ』が集まっていた。

 

 

僕が呆けていると、スタークさんが腕を組んでため息を吐いた。

 

 

『あぁ、ピーター……折角、君が言うチャンスだったんだぞ?不意にしたな』

 

「あ、えっと……そうですね?」

 

 

別に言いたかった訳じゃない。

と言うか、『アレ』を一番上手く言えるのはキャプテンだと思う……僕じゃ、烏滸がましいというか……ちょっと、腰がひけちゃうし。

 

マスクの下で苦笑いしていると、背中に軽い衝撃があった。

スタークさんが僕の背中を叩いたんだ。

 

 

『よし、緊張は解れたか?』

 

「……はい!」

 

 

今までの会話は……僕を元気付けるための物だったらしい。

 

……気力が湧いて来た。

希望が胸の中で満ちていく。

 

僕の様子を見て、スタークさんは満足げに頷いた。

 

そして、自分自身を指差した。

 

 

『よし、じゃあ僕達は今から悪党を倒して世界を救う』

 

 

次に僕を指差した。

 

 

『そして君は自分のガールフレンドを助ける』

 

「……はい」

 

 

手を開いて、僕を見た。

 

 

『適材適所だ。世界を救うのはヒーローだったら誰でも出来る……だけど、あの娘を救えるのは君だけだ』

 

「……分かってます」

 

 

肩に手が乗る。

 

 

『よぉし、じゃあ気合いを入れていけよ。根性論は好きじゃないが、今は別だ。君はもう一人前のヒーローだ……必ず成し遂げるんだ』

 

「はい!ありがとうございます……!」

 

 

僕はそのまま、ミシェル追って走り出そうと──

 

 

『さぁ、急げ!いつものようにウェブでスイングして、お姫様の元…………えっと、何してるんだ?』

 

 

ウェブスイングせずに走り出そうとした僕に、スタークさんが訝しんだ。

 

振り返る。

……イマイチ、締まらないな。

 

そう思ってると、スタークさんは察したようで……ため息を吐いて、僕を見た。

 

 

『……僕が連れて行ってあげよう。今度からは(ウェブ)の予備を用意しておくんだぞ?』

 

「……スミマセン」

 

 

そう言うとスタークさんは僕の脇に手を入れて、背中のジェットを吹かした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私は、空を見ていた。

……橋の上、戦いの余波で壊れた車の屋根に立ち……空を、見ていた。

 

薄暗く曇っていた夜空を、光が翔ける。

 

 

ソー、ハルク、アントマン、キャプテン・マーベル、ウォーマシン……。

 

私の大好きだったヒーロー達が、悪党を打ちのめしていく。

 

壊れたロボットが地面に墜落するのを見た。

 

 

……組織の作った兵器だ。

どこに隠していたのかも知れないが……追い詰められて、出撃させているのだろう。

 

 

だとしても、無意味だ。

 

 

『アベンジャーズ』の前では……無意味だ。

 

 

希望の光は、一つだけでも目を焼く程に輝いている。

そんな光が束ねられて……一筋の光となり、悪を貫く。

 

……そうだ。

この世界はコミックの世界だった。

 

悪は滅びる。

正義の手によって。

 

 

「…………あぁ」

 

 

息が溢れる。

 

私は……死にたい。

だけど、無意味にではなく……意味のある死が欲しかった。

 

今まで私が殺してきた命は無駄ではなかったと、そう思いたくて──

 

なのに……きっと、私が何もしなくても、悪は滅びる。

ヒーロー達の手によって。

 

私は今まで沢山の物を奪われて……沢山の物を奪ってきた。

 

そして、今は……死ぬための理由すらも奪われてしまった。

 

 

酷い話だ。

本当に酷い。

 

こんなの……酷い。

 

 

マスクの視界は血で汚れていて、鮮明とは言い難い。

なのに、ヒーロー達の輝きは目を焼く。

 

その光は……眩し過ぎる。

私には、耐えられない。

 

 

……私の乗っていた車は無人運転だった。

誰もいない……たった一人、橋の上で……星空を眺めるように、私は光を見ていた。

 

 

……何かが着地するような音がした。

 

赤と金色……アイアンマンが頭上を飛んで……私の方を一瞥した。

そして、私の向かおうとしていた先へ……首領(ボス)の居る場所へと飛んで行く。

 

 

車の屋根から降りて……振り返る。

 

 

『……本当にしつこいな、スパイダーマン』

 

「負けず嫌いなんだよ、僕は」

 

 

先程、見た時とスーツが変わっている。

アイアンマンの差金か……もう、立つ事すらやっとな筈なのに。

 

その新品のスーツの下では……擦り傷まみれで、打撲もある筈なのに。

 

それでも。

 

 

『……何故、死なせてくれない』

 

「ミシェル」

 

 

私は握っていたナイフを捨てた。

 

もう、彼とは戦えない。

戦う素振りすら出来ない。

 

折れてしまったのだ。

ナイフよりも先に、心が。

 

 

『私はただ、意味のある死が欲しいだけだ……』

 

 

奪ってきた命に、報いる為に。

少しでも、彼等の死が無駄ではなかった事を証明する為に。

 

 

『それすらも、奪うのか……?』

 

 

兄の命を……。

 

例え、幸せに生きてほしいと願われても。

それは出来ない。

 

 

『……教えてくれ、スパイダーマン』

 

 

私は耐えられない。

突き刺さるような罪悪感から、耐えられない。

 

 

『私は、どうしたら良い……?』

 

 

今すぐに、逃げ出したい。

この罪から、現実から、世界から……。

 

 

目の前にいるスパイダーマンは……ピーターは考える素振りをして……私の方を見た。

 

互いにマスクを被っているが……視線が交錯する。

 

 

「分からないよ」

 

 

返ってきた答えは……いいや、答えになっていなかった。

 

 

「君がどうするべきか、僕には分からない」

 

『……そうか』

 

 

私は視線を下に──

 

 

「でも」

 

 

顔を、上げた。

 

スパイダーマンが自身の胸を触った。

マスクが脱げて、素顔が見えた。

 

 

「僕は、君に死んで欲しくない……居なくなって欲しくない」

 

 

頬に擦り傷。

頭に小さな切り傷があるのか、少し血が流れている。

 

見るのも辛い。

 

傷を付けたのは私だからだ。

 

 

『……嫌だ。私は、罪人だ……何人も殺した』

 

 

何人も……身勝手に殺した。

だから、生きる価値はない。

 

 

「罪悪感があるなら……耐えられないなら……その罪も、僕が半分背負う」

 

 

ピーターの目は、少し濡れていた。

 

 

「君が死ぬほど辛いのなら……僕が慰める。一緒にいる……生きて良いんだって、肯定するよ。罪を償いたいって言うのなら……一緒に謝りに行っても良い」

 

『……スパイダーマン』

 

「君が殴られるのなら、僕も一緒に殴られる。壊れた物を直すのなら、僕も手伝う……」

 

 

手を強く、握りしめていた。

私も、彼も。

 

向かい合ったまま……握り合う事もなく。

ただ、己の不甲斐なさを……感じて。

 

 

「だから、逃げちゃダメだ……死んだって償いにはならないよ……生きて、償ってほしいんだ……僕も一緒に、頑張るから」

 

 

ピーターの目から涙がボロボロと流れ落ちている。

 

……私は。

 

 

『ピーター……だが、爆弾は──

 

「それはっ……スタークさんが、解決してくれたよ……僕の側に居れば、大丈夫だって」

 

『私が居れば、世界中から敵が来ると──

 

「そんなの、僕がやっつけるよ……君を傷付ける何からも、僕が守るから」

 

 

……ピーターはきっと、私の記憶について知らない。

 

この記憶がどれだけ危険なのかも……分かっていない。

 

それでも、きっと説明しても……彼の答えは変わらないだろう。

今まで過ごして来た、彼との時間が分からせてくれる。

 

世界の危機程度では……彼は、人を見捨てない。

 

 

『私の古い、記憶の話をしよう』

 

「……記憶?」

 

 

だから、彼にはもう、黙っていられない。

 

 

『昔、コミック好きな男が居たんだ』

 

 

語る。

掠れた記憶だ。

 

私がこの世界に産まれる前から持っている、記憶。

 

 

『その男はヒーローが好きだったんだ。特にお気に入りは……スパイダーマン』

 

「……僕が?」

 

『あぁ、そうだ……決して悪に屈しない、何度でも立ち上がる……コミックの中のヒーロー。男は憧れていた』

 

 

世界中から愛されている、私も愛しているヒーロー。

 

 

『そんな男は……ある日、死んでしまった。呆気なく』

 

「……それは」

 

『そうして、気付けば女になっていた』

 

 

ピーターが不思議そうな顔をしている。

……あぁ、まだ気付いていないのか。

 

 

『コミックと思っていた世界で、女になった……』

 

 

ピーターの目が私を見ている。

瞳には血塗られたマスクが映り込んでいた。

 

 

『それが私だ』

 

「…………え?」

 

 

瞳が揺れた。

 

 

『私はこの世界をコミックとして認識していた……そして、認識していたが故に、本来は知らない情報を知っていた』

 

「…………」

 

 

声も出ないらしい。

……嫌われる、だろうか?

 

 

『初めて会った時から、ピーターがスパイダーマンだと知っていた。悪人に堕ちていたのに……浅ましくも、貴方を側で見ていたいと願ってしまった』

 

 

マスクを脱ぐ。

……今、私はどんな顔をしているだろうか。

 

分からない。

 

 

「それなのに、気付けば……ピーターと一緒にいる事が幸せで……私は、そんな資格はないのに」

 

 

視界がボヤける。

思わず視線を下げる。

 

 

「色んな言い訳をして、勝手に許されたつもりになって……騙して……性別だって、女かどうかも分からないのに……ホントに──

 

 

声が揺れる。

ピーターの顔は見れなかった。

 

 

「私は、本当に最低で……最悪で……屑だから。ほら、ピーターだって幻滅し──

 

 

強く、抱きしめられた。

 

 

「幻滅してなんかいないよ」

 

 

強く、強く……スーツの上からでも分かるぐらい、抱きしめられていた。

 

 

「……ピーター」

 

「嫌いになんかならない……そんな事で、僕は」

 

 

傷だらけの顔が、私のすぐ横にあった。

 

 

「でも、私は……元々、男で……」

 

「そうだとしても……それだって、君を嫌いに……好きじゃなくなる理由にはならない」

 

「でも、だって……」

 

 

スーツは、ヴィブラニウムを含むアーマーだ。

体温なんて分からない。

 

なのに──

 

 

「だから、帰ろう……話したい事があるなら、僕が……ううん、グウェンだって、ネッドだって……ハリーにも聞かせてあげようよ」

 

 

温かった。

胸の奥から、熱を感じていた。

 

 

「ピーター……」

 

 

涙が溢れる。

 

 

「大丈夫だよ。これからの事は、一緒に考えれば良いから……」

 

 

息が乱れる。

 

死にたいと、あんなに思ってたのに……雁字搦めになった思考が解れていく。

死ぬための理由が、一つずつ、消えていく。

 

声が、漏れた。

 

 

「私、生きてて……一緒にいて……良いのかな……」

 

「人が生きるのに資格なんて、必要ないと思うよ。それともミシェルは、僕やグウェン、ネッド、ハリーとは仲良くしたくない?」

 

 

……昔言われた言葉と、同じ言葉だ。

ピーターを突き刺してしまった日の、翌日に言われた言葉だ。

 

 

「……うぅ、あ……あぁ……ぁ……」

 

 

必死に抑えようとしていた感情が、心の奥底から声になって溢れる。

 

涙が止まらない。

 

 

「うぅ……う……」

 

 

悲しくて泣いた事は沢山あったけど……こんなに、こんな……悲しくもないのに、何で泣いているのだろう?

 

 

「わ、たし……ピー、ター……わだし……うぅ」

 

「いいよ、僕は……僕も、一緒に……君が生きていても辛くならないように、頑張るから」

 

「う、ぅ……あぅ……」

 

「ずっと一緒にいるから……」

 

 

ピーターは私を抱きしめながら、背中を摩ってくれた。

スーツ越しだから意味ないのに……それでも、優しさが伝わってくる。

 

今までずっと、一緒に居て。

たった一年間の出来事だったけど。

 

今まで生きてきた人生で、最も幸せな一年間だった。

ティンカラー……私の、兄。

彼が始めた一年間で、私と友達が作り上げた一年間。

 

幸せで、手放した筈の一年間。

 

好きが詰まった、思い出。

それが私を、死から繋ぎ止めようとする。

 

 

私はまた涙が止まらなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほど、こうしていたのだろう?

 

 

周りが見えなくなっていて……気付けば空にいた筈のロボット達も、居なくなっていた。

きっとヒーロー達が倒してくれたんだと、思う。

 

涙も声も止まって……私とピーターは離れた。

 

 

「ミシェル……」

 

 

ピーターは何か言いたそうにしていて……言葉を選ぶのに苦戦しているようだ。

 

……あんなにカッコよかったのに、今はちょっと、頼りない。

だけどそれは、私を傷付けないように迷っている優しさだ。

 

そんな彼の事を、どうしようもなく愛おしく感じていた。

 

 

「……大丈夫。もう死のうなんて、思ってないから」

 

「……そっか、良かった」

 

 

ピーターが疲れたように、地面に座り込んだ。

ここ数日は……とても大変だっただろう。

私の所為で。

 

 

「……ごめんね、ピーター」

 

「良いよ……こんなの、ただの喧嘩だから」

 

 

本当に疲れているようだ。

私も……寝ていないから、立っているのが辛い。

 

ピーターは僅かに笑った。

久々に見た彼の笑顔に……胸が高鳴った。

 

 

「喧嘩……?」

 

「そうだよ……僕とミシェルは喧嘩した事なかったけど……ほら、喧嘩した後に仲直りすれば……前よりも仲良くなれるって言うよね?」

 

「……そうかな?」

 

 

橋の手摺りを背もたれにする。

……アーマーが重いから、本当にもたれると折れてしまいそうだ。

 

 

「そうだよ、だから……気にしなくて良いよ。僕が好きでやった事だし」

 

 

好きで……好き、か。

 

……好き。

 

私はピーターの事が好きだ。

それは疑いようのない事実で……。

 

キスは、しちゃったけど。

 

まだ、好きだとは……ハッキリと言っていない気がする。

 

 

「ピーター」

 

「どうしたの、ミシェル?」

 

 

……ピーターは私の事が好きだ。

あんなに熱心に好きだと言ってくれたのだから、私も好意を返したかった。

 

そう思って、ピーターを見て……口を開いた。

 

 

「……私、私も……ピーターの事、好

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳鳴りが、した。

 

 

「あ、ぇ?」

 

 

口から、熱い物が出てる。

 

手で抑える。

 

 

 

血だ。

 

 

溢れる。

私の命が溢れて、落ちていく。

 

 

血が……なんで?

 

 

胸元が、やけに熱い。

 

 

心臓が痛い。

 

 

何かが破裂したような感触。

ズタズタに引き裂かれた感触。

 

 

なんで?

爆弾は、ピーターが……アイアンマンが大丈夫だって。

 

 

ミシェル……?なんでっ……!?

 

 

目の前にいるピーターが何か、言ってる。

 

 

聞こえない。

 

 

手足が痺れる。

 

血が通っていないんだ。

 

 

こんなの、ひどい。

 

死にたいと思っている時は死ねないのに。

 

生きたいと思っている時に死ぬなんて。

 

ひどすぎる。

 

 

背中を支えていた、橋の手摺りが壊れた。

 

ふらりと、後ろにすべって、私は足場を失った。

 

 

「あ」

 

 

そのまま、落ちる。

 

橋の下へ。

 

川へと。

 

 

悪人に相応しい最後だ。

 

 

だけど……もう少し、生きたいと思ってしまった。

 

未練が、出来てしまった。

 

だから、これは……私への罰だ。

 

 

憧れに手を伸ばして、蝋の翼をもがれた……愚か者の末路だ。

 

 

ミシェル!

 

 

……何かに抱きしめられた。

 

 

ボヤけた視界には、彼の顔が見えていた。

 

 

ピーター。

 

 

私を好きになってくれた、憧れ。

 

私が好きになってしまった、憧れ。

 

ごめんなさい。

 

貴方に、酷い思いをさせてしまっている。

 

だから、ごめんなさい。

 

ピーター。

 

 

 

ごめんなさい。

 

 

 

落下していく。

 

そうして、二人で。

 

そのまま。

 

川へと落ちた。

 

 


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