【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#104 ワン・モア・タイム part3

私は目を開いた。

 

白い光に目を細めて……。

布団を手で払った。

 

胸に手を置いた。

……脈打っている。

 

心臓がある。

傷はない。

生きてる。

 

 

「なんで……?」

 

 

喉に痛みを感じつつ、周りを見る。

両腕にチューブが突き刺さっている。

 

何かが身体に送り込まれている。

……でもきっと、これは私を害する物ではない。

 

白いパネルで覆われた部屋は……病室、と呼ぶには些か近未来的過ぎた。

 

 

……脳が目覚めて行く。

 

そして……何が起こったのかは「分からない」事に気付いた。

 

 

「っ……!?」

 

 

私は心臓を爆破されて……それで、それで……どうして、こんな所にいる?

ここは何処だ?

 

……分からない。

そもそも、どうして爆発した?

爆発する寸前、私はどうしていた?

誰がいた?

 

 

……私の記憶能力は、血清によって強化されている。

記憶が抜け落ちるなんて事はない、筈だ。

 

 

分からないのに……どうして、私は不安にならない?

まるで、何もなかったかのような……一週間前の朝食のように、どうでもいいかのような気持ちでいる?

 

 

……兎に角、今は、この状況を把握する事が──

 

 

 

ドアが開いた。

スライド式の自動ドアだったようで……一人の男が入って来た。

 

厳つい顔をした、身長の高い……眼帯を付けた男。

 

知っている。

『S.H.I.E.L.D.』の長官──

 

 

「ニック・フューリー……?」

 

「目が覚めたな」

 

 

フューリーが護衛も付けず……部屋に入ってくる。

隅にあった椅子を手に取り、私の前に置いた。

 

何故、こんなにタイミング良く……?

視線を逸らし、天井辺りを見る。

強化された視力で注視すれば……黒いレンズが光を反射していた。

 

小型の隠しカメラか?

 

 

私がフューリーに視線を戻すと、彼は椅子に座り……私のすぐ側に居た。

 

 

「私は──

 

「三日も寝ていたぞ?」

 

 

眉を顰める。

質問する前に答えが来たからだ。

 

 

「ここは何処だ?」

 

「『S.H.I.E.L.D.』の基地だ。それ以上は詳しく言えない」

 

「……何故、私をここに?」

 

「随分と大怪我をしていたからだ。覚えていないのか?」

 

 

そう言われて……私は自身の胸元を病衣越しに触った。

傷一つない。

 

あの爆発は幻覚だったという方が、辻褄が合うぐらいだ。

 

だが、この男がそう言うのであれば……事実なのだろう。

 

 

「……いや、覚えている。だからこそ、不可解だ」

 

 

確実に死ぬほどの重傷だった。

治癒因子(ヒーリングファクター)では再生が間に合わないほどの、重傷だ。

 

死んだ筈だ。

 

 

「腕の良い医者が居る」

 

「…………」

 

 

どうやら、私に詳しい情報を与えるつもりはないらしい。

 

だが、重要なのは、もう一つある。

 

 

「どうして生かした?」

 

 

……私は布団を握りしめる。

 

フューリーは私の言葉に不可解そうな顔をした。

 

 

「死にたかったのか?」

 

 

私は……死にたかったのか?

あぁ、いや……違う。

 

私は……生きたかった筈だ。

 

 

「いいや──

 

 

フューリーの言葉に首を振る。

 

 

「違う──

 

 

私は生きたい。

死んだら……死んだら?

あれ?

 

 

「筈だ……」

 

 

生きて……生きて、何をしたかったんだ?

何故、生きようと思ったんだ?

 

 

私の様子を見て、フューリーが深く息を吐いた。

 

 

「……どうやら、少し混乱しているようだな」

 

 

私は自分の口元に手を置く。

……心臓に受けたダメージで、脳への酸素供給が足りず、ダメージを受けたのか?

 

いや、だが……それこそ、命に別状がない傷ぐらいなら、脳だろうが内臓だろうと、治癒因子(ヒーリングファクター)が完治させる筈だ。

 

 

少しの間、フューリーは黙っていた。

黙って、私の事を待っていた。

 

 

……心拍数も落ち着いてくる。

悩んでいても分からない事は……今は重要ではない。

 

 

「落ち着いたか?」

 

 

フューリーが声を掛けてきて、私は頷いた。

 

 

「そうか……」

 

 

しかし……らしくない。

ニック・フューリーは知略を張り巡らし、目的のためなら何でもする男だった筈だ。

 

それが……どうして、まるで私を気遣うような素振りを見せる?

 

いや、そもそも。

 

 

「私は……どうなる?」

 

「どう、とは?」

 

 

フューリーが惚けたような事を言って……私は俯いた。

 

 

刑務所(ラフト)に収容されるのか?それとも、死刑か?」

 

 

殺してきた人数を考えれば……刑務所への服役だけ済むかも怪しい。

 

私はカーネイジ……クレタス・キャサディよりも多くの人間を殺している。

死刑になっても、おかしくはない……寧ろ、そちらの方が可能性は高い。

 

私の発した言葉に……フューリーは返答しなかった。

不思議に思って顔を上げれば……フューリーは目を細めていた。

 

怒っている訳ではない。

……何だ?

 

哀れみ、か?

 

 

「いいや、罪には問わない」

 

「……何故だ?」

 

 

首を傾げる。

 

『S.H.I.E.L.D.』は公的な機関だ。

平和維持組織だ。

犯罪者の身柄を確保すれば……この国の法で裁くのがルールの筈だ。

 

不可解そうにする私に、フューリーが苦笑した。

 

 

「……もし、マインドコントロールされて殺人を犯した者がいたら、君は罪を問うか?」

 

 

突然、そんな事を聞かれた。

 

……ネッドの事か?

そんなもの……罪には問えない。

 

だが、今はその話をしている訳ではないだろう。

それなら……あぁ、何となく、理解した。

 

眉を顰める。

 

 

「私はマインドコントロールなど、されていない」

 

「マインドコントロールされている人間は、皆、そう回答する」

 

「違う。私は、私の意思で人を殺した」

 

「そうは見えないが?」

 

 

フューリーが薄く笑った。

馬鹿にされたと思い、苛立つ。

 

口を開こうとして……先にフューリーが言葉を発した。

 

 

「なら、聞こう。人殺しを楽しんでいたか?」

 

「それは……」

 

 

口を、噤む。

 

……楽しい訳がない。

自ら殺そうとした相手も……友人を傷付けられた怒りからだ。

だが、それは言い訳にならない。

 

返答しない私を見て、フューリーがため息を吐いた。

 

 

「露悪的に振る舞うのは辞めた方が良い」

 

「……違う、私は本当に悪人で──

 

「悪人は自らを悪人と言い張り、裁かれようとはしない」

 

 

……話していると、苛立つ相手だ。

 

ニック・フューリー。

コイツは本当に口は達者だ。

 

口論で勝てる気がしない。

……それとも、私の言動が支離滅裂なのか。

 

また、ため息が聞こえた。

 

 

「全く、重症だな……メンタルケアが必要だ」

 

「私を病人扱いするな……」

 

「凄んでるつもりだろうが、全く怖くないぞ?」

 

 

フューリーが笑った。

そして、黒いコートの下からタブレットを取り出した。

 

 

「一先ず、その話は後にしよう」

 

「……チッ」

 

 

舌打ちするが、フューリーに無視される。

 

 

「君の身分登録の事だが……」

 

「……身分登録?」

 

「死んだ扱いになっているだろう?」

 

 

そう言われて……あぁ、そうか。

私は自身のLMD(ライフ・モデル・デコイ)を分解し……偽装死亡したのだ。

 

だから……死亡届が出されているのか。

ミシェル・ジェーンは公的に死者として扱われている……という事だ。

 

 

「だから、過去に遡って新たな身分証を作る」

 

 

……『S.H.I.E.L.D.』なら身分証を偽装するぐらい容易いという事か?

いや、『S.H.I.E.L.D.』は国家に認証された組織だ……偽装ではなく、作れるのか。

 

 

「必要ない」

 

「いいや、この国で生きるのなら必要だ」

 

 

……フューリーは私をどうするつもりだ?

混乱していると、彼は無理矢理話を進めた。

 

 

「まず、名前だ。どうする?」

 

 

フューリーが手元のタブレットに顔を向けたまま、私に目を向けた。

 

 

名前。

 

私を指し示す固有の名前は……『レッドキャップ』だ。

だが……それ以外にも、幾つか名前があった。

潜伏場所を変える度に、偽名を変えてきたからだ。

 

だが、そうか。

一つだけ……一つだけ、特別な名前がある。

そう呼ばれたいと思う名前が。

 

私の──

 

 

「私の名前は……ミシェル──

 

「…………」

 

「『ミシェル・ジェーン』だ」

 

 

フューリーがタブレットに入力する。

それを見ながら……一つ、思い出した。

 

記憶の中から……私の兄の言葉を。

 

『僕の本名は『フランクリン・ワトソン』だ』

 

……そうだ。

私は、もう一つ名前がある。

 

 

「それと……『ワトソン』」

 

「……ふむ、そうか」

 

 

彼は顎に手を置いて、タブレットを私に見せた。

そこには……名前が書かれていた。

 

『ミシェル・ジェーン=ワトソン』

 

私の名前だ。

 

 

「……それでいい。いや、それがいい」

 

「分かった」

 

 

フューリーがそのまま、年齢や、性別の項目を入れる。

 

生年月日を問われて……思いつかなかった私は、『ミシェル・ジェーン』の誕生日を答えた。

兄が選んでくれた誕生日だ……それを残しておきたかった。

 

そうしてタブレット内に情報が埋まっていき……住所の欄で手を止めた。

 

そして、フューリーが私に視線を向けた。

 

 

「ミシェル・ジェーン……君には二つの選択肢がある」

 

「選択肢……?」

 

「そうだ」

 

 

フューリーは強面の顔を引き締めて、口を開いた。

 

 

「一つは……ニューヨークの市内に戻り、平凡な日々を過ごす事だ」

 

 

元、の?

帰れる、のか?

あの場所に?

 

一瞬、私は内心が穏やかになって……唇を噛んだ。

 

 

「無理だ……私は──

 

 

私はもう自覚している。

罪を……自身の醜悪さを。

 

それを隠して、生きていく事は出来ない。

 

 

「もう一つは……『S.H.I.E.L.D.』で働く事だ」

 

「……何を言ってる?」

 

「言葉通りの意味だが?」

 

 

不可解そうにフューリーが首を傾げて……余計に苛立つ。

 

 

「……私は、『S.H.I.E.L.D.』のエージェントを殺した事もあるんだぞ」

 

「よくある話だ」

 

 

思わず、フューリーの顔を見た。

 

 

「……私は、そんな──

 

「急ぎ過ぎたな……結論は今じゃなくてもいい」

 

 

フューリーが席を立ち……私は彼を見上げた。

 

 

「時間には余裕がある……ゆっくりと考えるといい」

 

 

椅子をそのままにして、フューリーはベッドから離れて行く。

 

 

「……フューリー」

 

 

……一つ、ずっと抱いていた疑問をフューリーの背中に問い掛ける。

 

 

「どうして私に……優しくしようとする?」

 

 

フューリーは足を止めて……振り返った。

黒いコートが揺れる。

 

 

「一番は、君が被害者だというのもあるが……もう一つは──

 

 

目を細めた。

悔やむような顔をしている。

 

 

「罪滅ぼしだ」

 

 

私に理解できない返答を返して……フューリーは自動ドアを開けた。

そして……ドアの外で横を見て口を開いた。

 

 

「もう入って良いぞ」

 

 

その言葉を聞いて……一つの人影がフューリーの横を通り……部屋に入ってきた。

 

 

金髪と、黒のカチューシャ。

 

 

……思わず、顔を強張らせた。

見たい顔だが……見たくない顔だ。

 

会いたかった気持ちと、会いたくなかった気持ちが胸の中でぐちゃぐちゃになって……私の脳を停止させた。

 

 

「ミシェル……」

 

 

グウェン・ステイシーだ。

その顔は……思わず、目を逸らす。

 

どんな顔をされているのか分からない。

 

足音が聞こえる。

近付いて来てるのは分かる。

 

だけど、それでも顔を合わせられる自信がなかった。

 

きっと、グウェンに嫌われてる。

グウェンは私を嫌いになっている。

それを自覚したくない。

 

 

呼吸が荒くなって……汗をかいている。

緊張のあまり、呼吸しているのに息苦しくなる。

 

そのまま、グウェンがわたしに近付いて──

 

 

頭を抱きしめられた。

 

 

「あ、え……?」

 

 

想定外の反応に……私は顔を、向けた。

 

グウェンは泣いていた。

ぼろぼろと涙を流していた。

 

……彼女が泣いているのは、久々に見た。

強気な彼女が泣くのは、珍しかった。

 

 

「ミシェル……」

 

 

正面から……強く背中を撫でられた。

そして耳元で声が聞こえた。

 

 

「私……ミシェルの目が覚めたら……めちゃくちゃ叱ろうと思ってた……」

 

 

愛おしそうに、撫でられる。

 

 

「何で黙って何処かに行こうとするのって……何でそんな事を……私を信じてくれなかったのって……」

 

「あ、ぅ……」

 

 

二つの腕が私を包む。

 

 

「でも……起きてる所を見たら……それどころじゃなくなっちゃった……」

 

 

私を抱きしめていた手を緩めて……正面で顔を突き合わせた。

 

 

「ミシェルが……死ななくて良かった……本当に……本当に」

 

 

泣いてる。

 

誰が?

 

グウェンだ。

……私も。

 

視界が歪む。

 

互いの背中に手を伸ばしている所為で……私は涙を拭えなくて溢れる。

ぽつり、ぽつりと、雨のように布団を濡らした。

 

 

「……ごめん、なさい……グウェン」

 

「良いよ……私の方こそ……辛かったのに、気付けなくてゴメンね」

 

 

抱きしめられる。

温かい。

 

ちょっと熱いぐらい。

 

それは人が生きている熱で……命の熱さだ。

彼女から感じる熱と……私の奥底から感じる熱。

 

 

それが堪らなく嬉しくて、涙が止まらない。

 

 

「ごめん、グウェン……ごめん、私……」

 

「いいよ……いいから……大丈夫」

 

 

お互いにもう、何を謝ってるのか……何を許してるのかも分からない。

 

 

「ごめんね……グウェン……もう……」

 

「うん、大丈夫だから……」

 

 

だけど感情が溢れて……二人で抱き合って。

心地よい熱に浮かされて。

 

涙が止まらなかった。

 

相手の息も、鼓動も感じて。

 

 

「おかえり、ミシェル」

 

 

……私は、泣いた。

子供のように……声を漏らして泣いた。

 

何も分からず、何も考えず……今はただ、感情に流されて……泣き続けた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私は、ドアのすぐ側で背を向けて……壁にもたれ掛かっている男を見つけた。

 

 

「フューリー」

 

 

私が小さく、そう呼びかけると顔をこちらへ向けた。

 

 

「……キャプテン」

 

 

そのままフューリーへ近づき……部屋の中の様子が、マジックミラーの窓越しに見えた。

 

レッドキャップ……彼女が、友人と抱き合って泣いていた。

その表情は子供のようで……実際、歳もまだ若く、成人してもいない。

年相応の泣き顔だった。

 

強く抱きしめあってる姿を見て……目を逸らした。

盗み見るのは性格が良いとは言い難い。

 

 

私が部屋の前を通り過ぎると、フューリーが顎で指し示した。

 

 

二人で廊下を歩く。

フューリーが先に口を開いた。

 

 

「君も様子を見に来たのか?」

 

「あぁ……だが──

 

 

流石に、あの状況では入れないな。

 

言外にそう込めると、フューリーも苦笑した。

 

 

「キャプテン、彼女は精神面に大きくダメージを負っている」

 

「だろうな」

 

「メンタルケアが必要だ」

 

 

フューリーが私に顔を向けた。

……片方の眉が上がる。

 

 

「……私は精神科医じゃないぞ?」

 

「だが、PTSD(心的外傷ストレス障害)には詳しいだろう?」

 

「人より少し、というぐらいだ」

 

 

確かに……昔、私が戦場を駆けていた頃は、日常茶飯事だった。

命の奪い合いは……精神に異常を来たし易い。

 

そう言った人間の戦意を向上させて、勇気付けさせる……それは国のシンボルである私の仕事だった。

 

だが……医者ではない。

 

 

「それでも構わない。今は何をされるかよりも、誰がするかというレベルだ」

 

「……それほどまで、なのか?」

 

「彼女は組織で精神安定の技術を教え込まれている……それが逆に、今の状況から改善を遠ざけている」

 

「……潰れて尚、人に迷惑を掛ける組織(やつら)だ」

 

「白いシーツに染み付いた汚れと一緒だ。付着し易く、落ち難い」

 

 

フューリーがそう言いながら、頬を緩めた。

……私は思わず、口を開いた。

 

 

「彼女を今後、どうするつもりだ?」

 

「……さぁ、どうだろうな」

 

 

煮え切らない回答に、首を傾げた。

 

 

「らしくないな」

 

 

フューリーは何でも計算通り、事を運ばせようとする人間だ。

そんな彼が、無計画だとは思えなかった。

 

 

「彼女が道を選ぶ。私は選択肢がある事を教えるだけだ」

 

「……本当に、らしくないな」

 

「不快か?」

 

「いいや、そうは言ってない」

 

 

寧ろ、普段からそんな態度なら……もう少し、信用されそうなものなのに。

 

私は笑いながら口を開いた。

 

 

「だが……そうだな、『自由』か。彼女はもう、どこにだって飛んでいける」

 

 

そして、飛び方を教えるのは……大人の仕事だ。

 

 

「だから、フューリー。私も手伝おう」

 

「あぁ、頼りにしている。キャプテン」

 

 

世界を救うより小さく……しかし、大きな目標を成し遂げた私達は、未来への希望を感じていた。

 

人助けこそ、ヒーローの本懐だ。

暗闇に沈んでいた彼女を助ける事が出来た。

後は……彼女が光の下で歩けるように手伝うだけだ。

 

そこから先は……彼女の選ぶ道だ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

……深く、深く抱き合って。

しばらくそうやって抱きしめ合って。

泣いて、謝って、許されて。

 

互いに離れた。

 

 

「……ふぅ……でも本当に良かった」

 

「……ん」

 

 

グウェンは部屋の隅にあるウォーターサーバーから水を取って、持って来た。

私の分もだ。

 

探す素振りもなく取って来た事から……この部屋に何度か来た事があるのだと察した。

……きっと、寝ている私の様子を見に来てくれていたのだろう。

 

口をつける。

 

 

「スッキリした?」

 

「……ありがとう」

 

 

数日間寝ていたから、こう、喉の粘液が少し乾いていて違和感があったのだ。

水が美味しく感じる。

 

……目の前のグウェンを見る。

仄かに笑っている。

 

それは……最後に会った時と、同じ笑顔だ。

 

 

「あ、そういえば──

 

 

グウェンが両手を合わせて、思いついたって顔をする。

私が首を傾げると──

 

 

「ミシェルの仕事仲間も昨日まで入院してたわ」

 

「仕事仲間……?」

 

 

首を傾げる。

誰の事だ?

 

 

「ほら、あの……柄の悪くて、黄色い──

 

「ハーマン?」

 

「あ、そうそう。その人」

 

 

……そっか。

ハーマンも、私を助けようと……戦ってくれたのか。

 

気付いてなかったけど……。

 

 

「今度会ったら、お礼……言おうかな」

 

 

会えるか……よく分からないけど。

今後、どうなるのか……分からない。

 

私自身も、どうしたいのか分からない。

ただ、犯した罪を償いたいという気持ちはある。

 

胸に残る罪悪感。

そして、『幸せに生きなければ──

 

 

首を傾げる。

起きてから時折り、爆破される前では考えなかったような考えが幾つも湧いてくる。

 

それは、何故だ?

 

 

「あ、あと、もう一つあった」

 

 

グウェンの言葉に気を取られて、疑問は霧散した。

 

グウェンはベッドの横に置かれている小さな棚、その一段目を引いた。

中に入っていた物を取り出して、私の前に見せる。

 

 

「ほらコレ、ミシェルの着ていたスーツの中に入ってたんだって」

 

 

あ……そういえば、私のスーツは何処に行ったのか?

押収されたのだろう……か?

少なくとも、私のような信用できない人間の周りに置いている筈がないか。

 

そう思いながら、見せられた物を確認する。

 

 

一つは……写真。

 

私の誕生日会に撮った写真だ。

私と、グウェン、ネッドの三人の写真だ。

……縁に血が付いてしまったのか、赤黒くなっていた。

 

 

「……ミシェル、随分大事にしてくれたんだね」

 

「…………ん」

 

 

照れ臭くなりながらも、頷いた。

 

そして、口を開いた。

 

 

「私、あの時……みんなとは二度と会えないと思ってたから……」

 

「ミシェル……」

 

「せめて、この写真だけは……って」

 

 

そう。

この写真は……私達が友達だった証だ。

これだけは捨てて行けなかった……。

 

……あ。

 

 

「この写真撮ったの……誰、だっけ?」

 

「うん?覚えてないけど……ま、誰でも良くない?」

 

 

そう言って、グウェンが事もなさげに頷いた。

……何か隠し事をしてるって雰囲気じゃない。

 

写真に写ってる私、グウェン、ネッド……その他に誰が?

カメラの自動シャッターだとしても……私達は、そんなカメラを持っていただろうか?

 

分からない。

知らない。

微かな矛盾が脳を刺激する。

 

 

だけど、グウェンは、まぁ分からなくても良いかなって諦めている。

 

私も……この話をやめて、もう一つスーツに入ってた物を確認する。

 

 

もう一つは……何だろう。

砕けた……ガラス片だ。

砕けてしまった青色と……白く濁ってしまった花弁が並んでいる。

 

 

「あぁ、それはちょっと……壊れちゃった?」

 

「……うん」

 

 

ネックレスとして首から下げていた。

スーツの中で……心臓の爆弾が爆発した時に、巻き込まれてしまったのだろう。

 

 

破片を並べて、元の形に戻していく。

青と白のバラの花。

ガラスで出来た綺麗な造花のアクセサリー。

 

 

「…………」

 

 

何で、これを大切なものだと思ったのだろう。

安物のアクセサリーだ……友達との写真に並べるほどに、私が大切にする理由は何だ?

 

私はこれを何処で購入した?

……旅行先で買ったんだ。

 

そんな記憶が……曖昧な記憶、いや思い込みのような物がある。

 

どうして買った?

私は、こんなものを買う人間ではない。

 

自分で買っただけのアクセサリーを、大切にする人間じゃない。

 

 

「青と白のバラね……」

 

 

グウェンが携帯端末を弄る。

何かを調べているようだ。

 

 

そして、私は……。

砕けたガラスのカケラを眺めている。

 

 

……何か、忘れている?

 

 

何を忘れてる?

何を失った?

 

 

……私は今、満たされている筈だ。

親友と一緒に並んで、これからの未来を考えている。

 

私のような人間が……欲しいものを全て、手に入れてしまった筈だ。

取りこぼした物はない筈だ。

 

 

なのに、何故?

 

この得体の知れない損失感は。

胸にポッカリと空いてしまった空白は。

 

 

何か……大切な物を、忘れている気がする。

 

 

「あ、ミシェル、ほらこれ」

 

 

グウェンが見せた端末の画面には、青と白のバラの写真。

色の混ざってしまったバラ……その、花言葉。

 

 

 

 

『あなたを忘れない』

 

 

 

 

そう願いが込められた、バラを模したアクセサリーは……砕け散っていた。

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