【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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後日談です。


RED-CAP BORN-AGAIN
#1 アトーンメント・フォア・シン part1


青白い光が照らす無機質な部屋で、ペンの走る音がする。

 

目前にいる少女が奏でている。

無表情で一心不乱にノートに文字を書いていた。

 

そこには人名……死因、死んだ日、時間。

亡くなった人間……いや、殺してしまった人の名前が書き示されていく。

 

 

 

俺は、その様子を見ていた。

 

少女はそのまま書き続けて……やがて、ノートを閉じた。

 

 

「……バッキー、ノートが無くなった。続きが欲しい」

 

 

そして、俺に話しかけてきた。

少し前までは「ウィンター・ソルジャー」と呼ばれていたが、今はもう「バッキー」と呼ばれている。

通り名よりも名前で呼んで欲しいと、そう伝えたからだ。

 

目の前の少女の瞳に、俺の顔が映る。

俺は腕時計を確認し、目を軽く閉じた。

 

 

「……いや、今日はここまでだ」

 

 

俺は彼女からノートを預かり、席を立つよう促す。

 

ここは、アベンジャーズタワー。

地下四階……特に用途の定まっていない空き部屋だ。

 

 

「……まだ、私は──

 

「これ以上は認めない。今日はもう、休め」

 

 

時計の針を見れば、ここに来てから3時間は経過していた。

その間、彼女は黙々とノートを書いていた。

 

いや、ノートに書き写していた。

自身の脳にある罪の記憶を……過ちを、懺悔を。

 

 

ノートを手に取る。

表紙に書かれた番号は……58。

次で59冊目だ。

 

目前の少女の顔を見る。

表情は乏しい……だが、後悔の色が見える。

 

ミシェル・ジェーン=ワトソン。

以前は『レッドキャップ』と呼ばれていた少女だ。

 

彼女の所属していた組織は壊滅し、今は『S.H.I.E.L.D.』のエージェント候補生となっている。

だが、訓練や任務等にはまだ参加していない。

 

そんな事よりも、真っ先に必要だった事があったからだ。

 

それが『メンタルケア』だ。

彼女は幼い頃から殺し、殺されての環境に身を置いていた。

彼女に選択肢はなく、自身の命を守るために任務に従事していた。

 

殺して、殺して……心は捻じ曲がってしまった。

罪悪感で壊れないように、己の心を守るために。

 

しかし今、(しがらみ)から解き放たれて、年相応の少女となっている。

 

それは喜ばしい事だ。

だが、今まで歩んできた道のりが、彼女の心に牙を剥いた。

 

後悔は過去から現れて、心を傷付ける。

 

俺は、彼女を責めはしない。

『S.H.I.E.L.D.』にいる誰もが……きっと、そうだ。

彼女は加害者だが、それ以上に被害者だった。

 

周りはそう思っている。

だとしても、彼女は自らを許す事が出来ない。

 

……俺も、よく分かる。

同じだからだ。

 

マインドコントロールによって『ウィンターソルジャー』となり、秘密結社(ヒドラ)のエージェントとして活動していた時期がある。

数え切れない程の善人を、罪のない人々を殺してしまった。

それは今でも、俺の心に後悔という影を落としている。

 

それでも、だ。

自らを責めても、何も変わりはしない。

 

ただ開き直る訳ではない。

己の罪と向き合い、贖罪をする。

 

殺してしまった人の数より、多くの人を助ける。

そのために、俺はまだ生きている。

 

彼女は……まだ、そうは思えないらしい。

ただ、頭では理解しているようだ。

彼女の学友からは『頭は良い方だ』と評価されていた。

 

それでも、どこかで自らを責めている。

不必要なほどに、不器用に、過剰に。

 

ノートを閉じる。

 

 

「これはいつも通り、フューリーに預ける。続きは来週だ」

 

 

椅子を押し退けて立ち上がる。

すると、目前の少女も席を立った。

 

 

「……ありがとう、バッキー」

 

 

感謝など──

 

いや、素直に受け取っておこう。

 

ノートに書き記した情報から『S.H.I.E.L.D.』は金銭による賠償を行っている。

それは将来、彼女の功労から支払われる予定だ。

 

彼女は遺族に直接謝りたいそうだが……しかし、彼女の存在は機密だ。

レッドキャップとミシェル・ジェーン=ワトソンを紐付けることは許されない。

 

それは彼女のためでもあり、『S.H.I.E.L.D.』のためでもある。

公然と元犯罪者を構成員にしているとは言えない。

『S.H.I.E.L.D.』は国際治安維持組織だからだ。

 

ドアを開けて、二人で出る。

真横を通り抜けた彼女は……小さかった。

『レッドキャップ』の装備をしている時は感じていなかった小ささ……それは、装備の脚部が分厚く作られていた事からも、隠したかった要素なのだと悟る。

 

着ると着ないとでは、10センチ以上の差がある程だ。

 

 

「……次のカウンセリングは水曜日だ」

 

「分かった」

 

 

ミシェルは数歩足を進めて、振り返った。

プラチナブロンドの髪が揺れた。

 

何故振り返ったのか不思議に思っていると、彼女は口を開いた。

 

 

「本当に、ありがとう」

 

「……あぁ」

 

 

頭を下げて、離れて行く。

 

……これでも、少しは明るくなった方だ。

カウンセリングを始める前は、もっと……口調も強張っていた。

眉は常に顰めていたし、表情は暗かった。

 

ただ、彼女の中で何かが変わった。

それは、彼女が『S.H.I.E.L.D.』のエージェント候補生になる事を志願した時からだ。

……いいや、志願する直前か。

 

彼女は過去だけではなく、未来を視る理由を見つけた。

結果、エージェント候補生に志願したのだろう。

 

 

「……はぁ、本当に──

 

 

軽く息を吐いて……頬に手を当てる。

サイバネティック・アームの冷たさが身に染みる。

 

 

「嫌になる程、似ている」

 

 

レッドキャップ……ウィンターソルジャー。

アンシリーコート、ヒドラ。

マインドコントロール。

 

俺も……昔は。

 

だが、今は。

 

俺はドン底に居た時に、友人が助けてくれた。

彼女も……遅くはなったが、助けられた。

 

だから、彼女の考えている事は分かる。

 

彼女は己の罪と向き合う事が出来る。

出来てしまう。

 

凡そ、一人では抱え切れない罪悪の数々。

それらを一身に背負おうとすれば……やがて、崩れて、足が折れて、立てなくなる。

 

 

「……そんなのは、ゴメンだ」

 

 

ある意味、俺は彼女のお陰で『過去の自分』を客観的に見返す事ができた。

 

助けられたからには……無意味に生きる事は出来ない。

罪は償うものだ。

己を傷付けて逃げる事は赦しにならない。

 

だから、俺も──

 

 

「……スティーブ、こんな所で何をしてる?」

 

 

人影が見えた。

 

そう、キャプテン・アメリカ(スティーブ・ロジャース)……俺を助けた友人がいた。

 

 

「いや、バッキー……君を待っていた」

 

「どうした?」

 

 

終了時間は伝えていない。

それどころか日によりけりだ。

きっと長時間、ここで待っていたであろうスティーブに苦笑しつつ、足は止めない。

やがて、廊下を歩く俺に、彼は追従して歩き出した。

 

 

「彼女の事なんだが……」

 

「ミシェル・ジェーンの話か?」

 

「あぁ、彼女の様子はどうだ?」

 

「良好だよ、少しずつ良くなっている」

 

「……そうか」

 

 

安堵したように、スティーブが深く息を吐いた。

俺はその様子を見て笑った。

 

 

「スティーブ。気になるなら、本人に会いに行けば良いだろう?」

 

「いや、だが、それは……しかし、だな」

 

 

スティーブは何故か、彼女と会いたがらないように見えていた。

実際に、こうして訊いてみれば……やはり、と言うべきか、彼は困ったような顔を浮かべていた。

 

 

「苦手なのか?彼女が」

 

「そういう訳じゃないんだ……ただ──

 

 

スティーブが眉尻を下げて、頬を掻いた。

 

 

「僕と彼女は殺し合った仲だ……それに、大きな怪我をさせた事だってある」

 

「……そうだな」

 

「どの面を下げて会えば良いのか……」

 

「…………」

 

 

俺は目頭を揉んだ。

 

 

「きっと、彼女も僕の事は苦手だろう。会わない方が彼女の──

 

「スティーブ」

 

 

そして、スティーブの肩を叩いた。

左手で叩いたからか、少しよろけた。

 

 

「彼女はお前を嫌ってなどいない」

 

「……そうだろうか?」

 

「あぁ。案外、握手かサインでもしたら喜ぶんじゃないか?」

 

「……面白い冗談だ」

 

 

スティーブは俺が冗談を言ったと思って、笑った。

……だが、いや、真面目な話だ。

 

ミシェル・ジェーン=ワトソン、彼女はヒーローが好きらしい。

メンタルカウンセリングを通して会話をしていく中で、そう打ち明けられたのだ。

 

だからこそ、スティーブならば……きっと、彼女は喜ぶだろう。

 

 

俺が無言になった事に気づいて、スティーブが眉をひそめた。

 

 

「いや、バッキー……冗談、なんだろ?」

 

「本気だ。早いうちに彼女に会いにいけ」

 

「……いや、しかし……そうだな。分かったよ、バッキー。今度、会いに行くとしよう」

 

 

スティーブが観念したように、笑いながら頷いた。

 

キャプテン・アメリカとしては何にも悩まず、正義と自由のためならば即決できる男だ。

だが……こうやってプライベートの中では、人並みに悩む事も多々ある。

 

その姿を知っているのは、俺を含めても多くは居ない。

 

……彼女にも、そんな相手はいる。

同じエージェント候補生でも、仲良くしている相手がいる。

 

一度だけ、見た事がある。

友人にだけ見せる、屈託のない笑顔。

 

俺はそれを守りたい。

子供を守るのは……ヒーローの仕事──

 

 

「いいや、大人の仕事だからな」

 

 

小さく、そう溢した。

 

 

「……何か言ったか?」

 

「何でもない」

 

「そうか」

 

「そうさ」

 

 

俺が笑うと、スティーブも笑った。

こうして笑い合える事は当たり前ではなく、勝ち取った結果なのだと知っている。

 

 

「バッキー、昼食の予定はあるか?」

 

「いや、ないが?」

 

「なら、丁度いい。トニーに昼食を奢らせる約束をしてるんだ。君も来ないか?」

 

「……フッ、それも良いな。何を奢らせるんだ?」

 

「ブリトーだよ、約束したからな」

 

 

だから、俺は前に進んで行ける。

彼女も、きっと──

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

バッキーと別れた私は、廊下を歩く。

 

アベンジャーズ・タワー。

こうして歩いていると、自分の立ち位置が分からなくなる。

 

本当に、私のような人間がこんな場所を歩いていて良いのかと──

 

いや、考えるな。

また、自己嫌悪をしてしまった。

 

やめるように言われているのに。

また……。

 

 

「……はぁ」

 

 

深く息を吐いて、精神を落ち着かせる。

 

医者にメンタルケアの一環として薬を処方されたが……困った事に、私の薬物に対する耐性が強かった。

訓練時代に毒物の耐性を得るために、様々な毒を飲み続けていたからか……。

 

 

こればかりは、自力で何とかするしかない。

 

手を軽く握って、開く。

少し、汗をかいていた。

 

人助けをしなければ……贖罪をしなければ、奉仕しなければと……そう、焦っている。

 

焦っている自覚はある。

 

だけど、それでも……この胸を締めつける罪悪感を拭いたかった。

 

 

「……私は」

 

 

責任から逃げるつもりはない。

死のうとも思わない。

 

私に生きて欲しいと言ってくれた人達のためにも、私は……生きて、幸せなのだと示さなければならない。

 

脳裏に浮かぶ、友人達の顔。

 

グウェンは、ほぼ毎日会っている。

私の過去を知っても、今までと同じように接してくれている。

いや、今まで以上に過保護になっている気がする程だ。

 

ネッドは、グウェンよりは頻度が低いけど……それでも、何度か会っている。

私が撃った所為で入院していたが……今は完治している。

入院中に頭を下げに行ったが……一言も責めずに、それどころか私が生きている事に号泣してしまったぐらいだ。

 

ピーターとは、週に二回会っている。

そう、週に二回までと決めている。

制限しなければ毎日通ってしまいそうだからと……二人で約束事とした。

失った記憶は取り戻せないが、それでも少しずつ新しく積み上げている。

 

 

みんな、良い友達だ。

……もう一人の、友人も含めて。

 

廊下に立っている人影が見えた。

 

 

 

「……ハリー?」

 

 

私が声を掛けると、彼は顔を上げて私を見た。

心なしか、元気のない表情をしていた。

 

 

「あ、あぁ、奇遇だね。ミシェル」

 

 

奇遇?

奇遇な訳がない。

 

こんな所で、私のカウンセリングが終わるのを待っていてくれたのだ。

 

 

「どうかしたの?」

 

「……いや、少し、話がしたくてね」

 

 

ハリーが頬を掻いた。

視線は……合わせてくれない。

彼は最近どこか、よそよそしくなってしまっている。

理由は分からない。

 

 

私が歩き出せば、ハリーは私の歩幅に合わせて足を進めてくれる。

彼のその優しさは、嫌いではなかった。

 

 

「ん、いいよ。何が、訊きたい?」

 

「ありがとう、ミシェル」

 

「ハリーは友達だから」

 

 

そう言うと、ハリーは表情を少し歪めた。

よく見ていなければ気付かない程、小さな歪みだった。

 

 

「……ハリー?どうかした?」

 

「あぁ、いや……違う、何でもないよ」

 

「……そっか」

 

 

ハリーは……私に何かを隠している。

だが、見当はつかない。

 

私が困っていると、ハリーが口を開いた。

 

 

「……ミシェルは──

 

「うん?」

 

「最近、どう、かな?」

 

 

あまりに抽象的な質問に、首を傾げる。

何が言いたいのか分からなかった。

 

 

「最近……?」

 

「あぁ、その……最近、よく笑っているから」

 

 

私は思わず、自分の頬を触った。

笑っている?

 

笑わなさ過ぎて表情筋が死亡寸前の私が……無意識の内に?

 

 

「ハリー、私、笑ってる自覚なかった……かも」

 

「そうか……」

 

 

会話が途切れる。

少し気まずく思いながらも、ハリーに視線を向ける。

すると、視線が合って……また視線を逸らされた。

 

 

ここまで来ると、鈍い私でも分かる。

 

ハリーはまだ、私の事が好きなのか。

……一度、断ったというのに、彼は一途だ。

いい加減に私なんかに見切りを付けて、もっと可愛い女の子に目を向けるべきだと思うが。

彼のように優しく、思いやりのある人間なら恋人なんて簡単に作られるだろう。

 

こんな、私なんかに──

 

……また、自己嫌悪を始めてしまう所だった。

思わず額に手を当てて、眉間を揉む。

 

 

「……ミシェル?」

 

「ん、いや……気にしないで」

 

 

しかし、彼の気持ちに応える事は出来ない。

友愛は限りなく複数の人間に振り分けられるが……恋や愛の席は一つしかない。

 

そしてそれは……もう、埋まっている。

 

 

「ミシェルは今日、午後からの予定はあるかい?」

 

「……うん、人と会う予定がある」

 

「へ、へぇ……?」

 

 

ハリーが苦笑する。

そして、彼は口を開いた。

 

 

「それは……その、えっと……僕が知っている人かな?」

 

 

……ハリーの口調から何となく察してしまった。

彼は何故か、私がピーターと付き合っている事を知っているらしい。

 

どこから漏れたのだろうか?

……消去法的にコスモか。

脳裏に舌を出した犬の顔が浮かび上がる。

 

あぁ、でも……そっか。

何も知らない彼からすれば……私は誰かも知らない人間と付き合ってる事になるのか。

それは不安になるし、私のことを好きな彼からすれば……苦しい話だろう。

 

 

「ん、ハリーも知ってると思う」

 

 

しかし、今日会うのはピーターではない。

遊びに行く訳ではない……やらなければならない事を、やりに行くだけだ。

 

 

「そ、そうか……」

 

 

ハリーが何やら勘違いしてショックを受けている。

……私が嘘を吐いたように見えたのか?

 

隠れてコソコソ逢引きしてるみたいじゃないか。

……あ、いや、してるけど……今日は違うし?

 

思わず申し訳ないと思うけれど……しかし、どうして、ここまで私を好きなのだろうか?

これといって、私は魅力的な女という訳ではないが……いや、寧ろ、女性として中途半端だと思うぐらいだ。

 

 

「それじゃあ、また」

 

「あ、あぁ」

 

 

強引に話を切り上げて、私は彼に手を振る。

ハリーは心ここに在らず、と言った様子だ。

 

こんな状況が無駄に続いて良いはずがない。

……私は振り返り、声を掛ける。

 

 

「ハリー、今度、紹介したい人がいるから」

 

 

ピーターの人となりを知って貰えれば、ハリーが心配する必要はなくなる。

きっと、仲良くしてくれて……友人になってくれるに違いない。

 

ハリー以外にも、グウェンやネッドにも紹介しないと。

ピーターの失われた交友関係を取り持ってあげたいと、私は思っていた。

 

そう思って、口にした。

良かれと思って、だ。

 

 

しかし──

 

 

「……ハリー?」

 

「…………」

 

 

ハリーは見た事もないような顔で、私を見ていた。

 

 

 

 

 

◇◆ ◇

 

 

 

 

 

オレの名前はハーマン・シュルツ。

『ショッカー』って呼ばれている。

ダチ……っつうか、ガキを救う為に自分の身の丈に合ってねぇ悪党と戦ってボロボロにされたんだが……数ヶ月の入院のあと、後遺症もなく退院できた。

 

悪人だってのは知られてる筈だったが、クソヒーロー様達は嬉しい事に助けてくれた訳だ。

 

 

で、今の状況の話なんだが──

 

 

「で、あるからして……善悪というのは己の主義主張でかわるものだが──

 

 

クソだ。

 

 

「罪の意識があるのなら、それは己の弱さの表れであり──

 

 

クソだ。

クソだ、クソだ。

 

 

「自身の至らなさを見直す事が出来るのは自分自身だけで──

 

 

この、クソみたいな話はいつになったら終わるんだ?

 

クソみたいにボロっちい教会もどきに連れて来て、何にも面白くねぇセミナーを受けている。

 

何でだって?

オレも受けたくて受けてる訳じゃねぇよ。

 

退院後、オレは『S.H.I.E.L.D.』に拘束されて刑務所にぶち込まれるか、更生プログラムを受けるかの二択を迫られた。

 

刑務所で臭い飯は食いたくない。

オレは後者を選んだ。

 

で、結果がこれだ。

 

 

「悪い事をすれば、自身に災いとして降りかかる。人は助け合いだ、その……役割から外れれば保証は誰もしてくれない」

 

 

初老の男が椅子に座って、偉そうに講義を垂れている。

玉座にでも座ってるのかってぐらい偉そうだ。

実際はパイプ椅子だがな。

 

で、オレの横を見れば……他の参加者の姿だ。

つまり、更生中のクズどもだ。

 

何か吸血鬼っぽいやつ、牛っぽいやつ、カバっぽいやつ、ハリネズミみてぇにトゲトゲしてる奴。

 

何だ、コイツら?

朝の子供向けコメディ番組のキャラクターか?

 

 

「じゃあ、みんな、集まって」

 

 

初老の男が手招きすれば、隣に座ってた奴が立ち上がって近寄っていく。

他の奴らもだ。

 

 

「そこの君もだ」

 

「…………」

 

 

メチャクチャ嫌だ。

だが、更生プログラムを拒否すればオレは刑務所行きだ。

 

クソだ。

なんでこう、オレの人生はこんなにクソなのか。

 

立ち上がって近寄ると、輪になって全員でハグをした。

あ、いや、全員じゃない。

ハリネズミみたいなスーツ着てる奴は話の外にいた。

抱きついたら刺さるからだろうな。

 

 

「次回は来週だ。また、ここで会える事を楽しみにしてるよ」

 

 

……オレも次回からはハリネズミみたいな服着て来ようか。

ドアが開かれたのを見て、苛立ちながら外に出ようとする。

 

 

「あぁ、そうだ。ハーマン、少し話をして良いか?」

 

 

呼び止められて、オレは振り返る。

眉間にメチャクチャ皺を寄せながらだ。

 

 

「オレの名前は『ショッカー』だ」

 

「あぁ、そうか。なら私はエミル・ブロンスキーだ」

 

 

初老の男、エミルはオレの怒った表情を見ても取り乱さなかった。

オレは舌打ちしながらエミルの前にパイプ椅子を持って来て、座った。

 

 

「で?何だよ?他の奴は帰ったが、オレは補習か?」

 

「あぁ、まぁそれも良いが……いや、君について少し話がしたい」

 

 

エミルは自分の鼻を触った。

コイツは痩せた老人って感じだが……なんつーか、こう、油断ならない感じがした。

 

 

「まずだな、他のメンバーは更生しようという気持ちを感じる」

 

「オレもそうだろ」

 

「いいや、君は違う」

 

 

あ、コイツ今、鼻で笑いやがった!

 

 

「んだよ、文句あんのか?」

 

「あるに決まっている。私はここの講師を任されているんだぞ」

 

「そりゃ悪かったな」

 

「全く悪いと思ってない態度だ……過去一番で最低な態度だな、君は」

 

 

エミルがため息を吐いた。

 

 

「話を戻そう。君が更生する気はないのは分かった……だが、ここにいる理由は……君が、人助けをした結果だからと聞いたが?」

 

「……まぁ、そうだが」

 

「つまり、君の善性が認められて、恩赦が出たという事だ。君が善人になれると信じている人がいるという事だな」

 

「……バカ言うなよ」

 

 

オレは手を組む。

 

今更、善人ってか?

無理に決まってるだろ。

 

脳裏に、少女の顔が思い出された。

 

オレはアイツとは違う。

自ら進んで、この道に入った。

だから、違う。

 

変われねぇよ。

変わるつもりもねぇけど。

 

 

「……全く、どうも手強い」

 

「そりゃどうも」

 

 

オレは椅子から立ち上がり、後ろ手を振る。

 

 

「次回までに考えを改めておくように」

 

「やなこった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレハブ小屋よりちょっとマシな教会もどきから出て、オレは夜道を歩く。

夏ももう近いって言うのに、肌寒い。

 

オレのような奴が、真っ当な流れに身を任せる事は許されない。

 

許す?許さない?

誰が決めるかって?

 

そりゃあ、『元・同僚』どもだろうが。

 

悪党から寝返ったクズは、他のクズの情報を警察にチクる。

ヒーローにもチクる。

 

だから、裏切り者を許さない。

確実に殺しにくる。

 

見せしめとしてな。

 

裏切りは、危険ってこった。

 

で、だ。

それは、デカい組織に入ってる奴ほど危険が強まる。

当然だ。

 

持ってる情報も、関わってる人間の数も、殺しに来る奴のヤバさも段違いだからだ。

 

裏切り者には死を。

無法者どもが唯一守ってる法律(ルール)だ。

 

 

自室のドアを開けて、転がり込む。

 

 

クソだ。

クソだ、クソだ、クソだ。

 

オレはフィスクの下で働いてた。

天下のキングピンだぞ?

超一流の悪党だ。

 

ついでに奴は知能犯だ。

表は善良な政治家面して、裏ではクソでけぇマフィアのボス。

『S.H.I.E.L.D.』とかは奴の正体を知ってるだろうが、証拠がねぇから捕まえられねぇ。

 

どんだけ探しても証拠を見つけさせない用意の周到さが、奴にはある。

 

そんな奴を裏切るとどうなる?

 

 

あー、クソだ。

マジでクソだ。

 

 

ため息を吐いて、ソファに座る。

歪んだ音が響く。

 

入院してからフィスクから連絡は一回も来てねぇ。

だが、もし、次来たらどうする?

 

断ったらブチ殺されるだろうな。

 

 

「クソだ」

 

 

オレは善人になんか、なれやしねぇよ。

命が大事だからな……。

 

善人に戻れるような場所なんて、とっくに通り過ぎちまった。

オレがいるのは暗い袋小路の行き止まり……の、一歩手前だ。

 

 

まぁ、こうやって悩んでんのも──

 

 

「…………チッ」

 

 

後悔はしてねぇ。

アイツを助けに行った事に、少しも後悔はない。

 

アイツはオレとは違う。

オレとアイツは違う。

 

だから、仕方ねぇ。

陽の当たる場所で、元気に過ごしてくれれば……ティンカラーも喜んでくれるだろ。

 

あー、クソ、クソ、クソクソクソ。

 

お先、真っ暗だ。

マジで今後、オレはどうしたら良いんだ?

 

 

 

チャイムが鳴った。

 

 

 

「あ?」

 

 

オレはソファから立ち上がり、肩を鳴らす。

 

バキバキと音が鳴った。

 

……気付いたら随分長い間、座って考え事をしてたらしい。

 

 

「チッ……誰だよ、ったく」

 

 

オレの家に来るような奴に碌な奴はいねぇ。

が、こんな時間に来るとしたら……。

 

 

「……モリスか?」

 

 

モリス・ベンチ。

つまり、ハイドロマンだ。

 

元々アルコール依存症で、酒を飲む金を盗むために強盗とか窃盗とかしてたが……去年の夏についに逮捕されちまった。

まぁ、今は療養と更生を同時に行っている。

 

で、度々、オレの家に来る。

まぁ……ダチだ。

 

レンタルショップで借りて来たDVDを持って来て、オレの家で観やがる。

家にDVDを再生できる機器がねーんだと……自分で買えよ、クソが。

 

しかも、ラブコメディは止めろつってんのに、まぁまぁな頻度で持って来る。

男二人でラブコメディ観て何が面白いんだ?

バカか?

 

まぁ、そんな奴だ。

クソ野郎だが、比較的マシなクソ野郎だ。

 

 

また、チャイムが鳴った。

こうして悩んでる時に、甲高い音を聞くとマジで苛立つ。

 

オレはムカつきながら、鍵を開けて、ドアノブを引いた。

 

 

「うるせぇ!何度も押してんじゃねぇよ!」

 

 

怒鳴りながら外を見ると──

 

 

「あ?」

 

 

そこに居たのは、モリスではなかった。

 

 

少し、視線を下げる。

 

 

目線を合わせる為だ。

 

 

モリスの顔に合わせた視線の高さだと、髪の毛しか見えなかった。

プラチナブロンドの綺麗な髪の毛しか。

 

 

「……えっと、久しぶり。ハーマン」

 

 

そこに居たのは……オレが、こんな目に遭っている原因の少女だった。

レッド……いや、今は確か……。

 

 

「ミシェル……ジェーン、だったか?」

 

 

見覚えがない少女らしい服装を着て、前までとは別人のような口調で……ぎこちない笑みを浮かべていた。


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