【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#11 ファースト・エンカウント part2

朝だ。

 

太陽光が窓から差し込み、私の顔を照らす。

 

洗面所へ向かって、顔を水で洗う。

 

鏡を見れば、いつも通りの私。

幾分か、昨日よりは精神的に安定している。

 

昨日、あれだけ泣いたのに涙の跡は残っていなかった。

 

 

ショートパンツを履いて、シャツを着て、ニーソックスを履いて。

 

いつも通りの時間に玄関のドアを開けて……。

 

 

隣の、部屋を見た。

 

……ピーターはまだ、寝ているのだろうか。

もう起きていて、準備をしているのか。

先に行ったのか。

そもそも、昨日の傷は大丈夫なのか。

今日は学校に来ないかも知れない。

 

 

ぐるぐると頭の中で思考が回って、気づいたらドアの前に立っていた。

 

でも、チャイムは鳴らせない。

 

だって私は……隣の部屋の同級生の女の子『ミシェル・ジェーン』は、昨日の夜のことを知る筈がないのだから。

 

私は踵を返して、通学路へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、ミシェル、おはよぅ……って元気ないね」

 

 

グウェンがそう言って、私の顔を手で揉んだ。

 

 

「……そう?」

 

「うん、やつれてるね」

 

 

ぐにぐに、と年相応な柔らかな肌を弄られる。

 

……やつれてる?

私自身でも鏡に向かっても気付かないのに?

 

 

「昨日、読んでた本が面白くて、夜更かししちゃったから」

 

 

適当な嘘を吐いて、誤魔化す。

 

 

「そうなんだ?まぁ、あんまり夜更かしはしない方がいいよ。美容の天敵だからね」

 

 

グウェンが努めて、笑顔でそう言った。

 

……なんだが、グウェンは納得していないようだ。

勘の鋭い女の子だ。

 

がらがらと、ドアの開く音がしてグウェンが振り返った。

 

 

「あっ、ピーター?」

 

 

グウェンの言葉に、私は息が止まりそうになった。

 

ぎこちない仕草で、グウェンの視線の先を見る。

 

そこには、顔をガーゼ等で応急処置しているピーターの姿があった。

その姿は、誰から見ても痛々しかった。

 

 

「ちょっと、ピーター?どうしたの、それ」

 

「ん?あぁ、グウェン、おはよう」

 

「おはようじゃなくてさ……」

 

「これ?」

 

 

ピーターが自分の顔を指差した。

少し、青痣が見えた。

 

 

「いやぁ、昨日、事故に巻き込まれちゃって……」

 

 

嘘だ。

それは私が付けた傷だ。

 

 

「え?大丈夫なの?」

 

「まぁ、大丈夫だよ。ちょっとぶつけただけだから」

 

 

嘘だ。

腹に大きな切り傷もある。

 

 

私は黙ってられなくなって、声をかけようと……。

 

 

「オイオイオイ」

 

 

そう声を出して、フラッシュが私とピーターの間に入り込んだ。

 

 

「なんだよ、フラッシュ」

 

「どうしたんだ?ピーター?いや、ミイラ男か?そんな仮装しちまってさぁ……今日はハロウィンじゃねぇぞ?」

 

 

フラッシュがニヤニヤと笑いながら、ピーターを煽る。

 

ピーターが私とグウェンを、ちらと見た。

私は目を逸らした。

 

 

「別に、君には関係ない事だから」

 

 

ピーターにしては珍しく、少し怒気を込めて声を出した。

 

 

「はぁ?何カッコつけちゃってるわけ?女の子の前だから?」

 

 

また、そう言ってフラッシュが煽る。

フラッシュが振り返り、私と目があった。

 

 

「ミシェルちゃんもさ、こんなナルシストのコスプレ男となんかよりも俺と話そうぜ?」

 

 

 

 

「……嫌い」

 

 

思わず、声が漏れた。

 

 

「え?」

 

 

フラッシュが顔をこちらに向けた。

 

 

「友達を馬鹿にするような人とは話したくない。行こう、ピーター。グウェンも」

 

 

私はグウェンとピーターの手を握って教室から逃げた。

 

フラッシュは、その場に立ち尽くしたまま、私を呆然と眺めていた。

 

 

廊下に出て、私はグウェンの手を離した。

 

そして。

 

 

「ピーターと保健室行ってくる。グウェンは先に行ってて」

 

「あ、うん。行ってらっしゃい?」

 

 

グウェンがよく分かっていなさそうな顔で頷いた。

 

 

 

そのまま、ピーターの手を引いて、保健室へ向かう。

 

 

「ちょっ、ちょっと待って、ミシェル?」

 

 

何やらピーターが騒いでいるが、私は振り返られなかった。

 

だって、ピーターがバカにされた原因は、私が付けた傷なんだから。

私が行った悪事を突きつけられる気がして、ピーターと顔を合わせたくなかった。

 

保健室に到着し、ピーターをベッドに座らせる。

 

幸か不幸か、教師は居なかった。

 

私は勝手に棚を漁り、アルコールの消毒液と、ガーゼ、テープなんかを取り出す。

 

 

「ミ、ミシェル?」

 

「……何?ピーター」

 

「何って、何をしてるの?」

 

 

そう言われて、私は首を傾げた。

 

 

「……ピーター、その手当て、自分で処置した?」

 

「え、うん。そうだけど……」

 

「下手だから、私がやりなおす」

 

 

私はハサミでガーゼを切って、傷口にあったサイズに変えた。

 

 

「え、いや、ミシェル?」

 

「大丈夫。私、こういうの得意だから」

 

 

組織で習った。

殺し屋なのに、応急処置の練習をした。

 

私は治癒因子(ヒーリングファクター)を持っている為、人の倍以上に傷の治る速度は早い。

重傷を負っても自力で応急処置さえできれば、程度はあれど一週間もあれば完治する。

まさに、医者要らずだ。

 

レッドキャップとして活動し始めた頃は、未熟で生傷も絶えなかった。

切り傷に始まり打撲や、銃創、あらゆる傷を自力で治療してきた。

 

自慢にもならないが、ノウハウはある。

 

……まぁ、並の医者ぐらいには出来る自信がある。

 

 

「いや、そ、そうじゃなくてさ」

 

「ピーター、とりあえず、服を」

 

「落ち着いて、ミシェル!」

 

 

肩を掴まれて、真正面に向けられた。

その、真っ直ぐな瞳が私を見ていて……内心が見透かされそうな気がして。

 

気まずくなって、私はまたピーターから目を逸らした。

 

 

「今日……何だか、変だよ。ミシェル」

 

「変じゃない。変なのは、傷だらけのピーター……だと、思う」

 

「そうかも知れないけどさ……ミシェル、何で僕を見てくれないの?」

 

 

うっ。

 

 

「そんな事ない。私は、ピーターを見てる」

 

「……今日、一度も目を合わせてくれてないよ。……傷だらけだから見たくないのも分かるんだけど」

 

「……違う」

 

 

そんな事ない。

私がただ、罪悪感に耐えられないだけだ。

 

だけど、私のせいでピーターが落ち込んでいるのだとしたら、それはもっと耐えられない。

 

 

「じゃあ、なんで」

 

「………………私が、悪い人間だから」

 

 

ボソリと、聞こえるか、聞こえないか分からない声量で呟いた。

 

どう考えたって失言だ。

今の私は『ミシェル・ジェーン』だ。

善良なミッドタウン高校に通う普通の女の子だ。

残虐な悪役(ヴィラン)の『レッドキャップ』ではない。

 

 

「ミシェルが悪い人間?」

 

「そう。ピーターが思ってるより、ずっと。だから本当は、ピーター達と仲良くする資格なんてない」

 

 

先程、フラッシュに「友達を」と言った。

まるで、ピーターとグウェンが友達であるかのような発言だ。

ミシェル・ジェーンとしては正しいのだろう。

 

だけど、昨日、あんなにも殴って、切って、傷付けた相手を「友達」と呼ぶなんて……恥知らずも良いところだ。

 

 

 

 

「ミシェルが何言ってるか分からないけど、僕はそう思わないよ」

 

「……本当だから」

 

「あぁ、そうじゃなくて……ミシェルがもし、本当に悪い人間だったとしても、僕は……僕達はミシェルの友達だよ」

 

 

私はまだ、目を逸らしていた。

 

 

「人と仲良くするのに資格なんて、必要ないと思うよ。それともミシェルは、僕やグウェン、ネッドとは仲良くしたくない?」

 

 

そう聞かれて、私は思わずピーターを見た。

目が合った。

 

 

「……そんな事ない」

 

「じゃあ、仲良くすれば良いと思うよ。僕もミシェルとは……えっと、仲良くしたいし」

 

 

ピーターがそう言って笑って、「いてて」なんて言いながら頬を触った。

 

あぁ、そっか、傷だらけだから笑うのも痛いのか。

 

 

 

でも、幾分か気が楽になった。

……きっと、レッドキャップとしての姿がバレたら嫌われると思うけど……ミシェルであるうちは彼らと向き合っていこうと思った。

 

 

「……ありがとう、ピーター」

 

「どういたしまして……って、ミシェル、ずっとハサミ持ってるけど」

 

 

あ、そうだ。

ガーゼを切ってる途中だった。

 

 

「処置し直すから。顔のガーゼ、取るね」

 

「え?あ」

 

 

ビリッ

 

 

「痛っ!?」

 

「傷口に直接貼るから痛い。まず消毒」

 

 

ひたひた。

 

 

「痛っ!?ちょ、まってミシェル!?」

 

「綿を肌にそえて、その後…………何?ピーター?」

 

「ちょっと待って欲しいんだけど!?痛いし、まだちょっと混乱してるから、さぁ」

 

「痛いのは手当が下手なピーターのせい。観念して欲しい」

 

「え?」

 

 

困惑するピーターをよそに、私はピーターの手当てを処置し直した。

 

 

「痛いって!!」

 

 

何度も痛そうに身を捩ったりしていたが、変な治療で治りが遅くなったりすると良くないという一心だった。

 

そして。

 

 

「…………」

 

 

私はピーターの腹部を服の上から見た。

普段より、少しだけ盛り上がっている。

多分包帯とかなんやらで、嵩張っているのだろう。

 

 

「ピーター、お腹も怪我してる。見せて」

 

「い、いや、ここは大丈夫だから」

 

「いいから」

 

「いや、僕がよくないんだって!」

 

 

無理矢理、シャツをまくると……。

 

 

「あっ」

 

 

赤く滲んだ包帯が目に映った。

傷口は包帯に隠れていて見えない。

 

だが、痛々しい。

普通の女の子が見たら卒倒するだろう。

 

私は手を伸ばして……。

 

 

「ピーター?ミシェル?何やってんの?」

 

 

声の先を見ると、グウェンがいた。

 

そして、グウェンの視線の先には。

 

ピーターをベッドに押し倒して、無理矢理服を脱がせようとしている私の姿があった。

 

 

「……グウェン?」

 

「え?どういう状況?」

 

「…………ミ、ミシェル、どいて……」

 

 

ピーターが必死の形相で、私に訴えかける。

 

傷の治療に専念していたので気付かなかったが、今、この状況は。

 

まるで私がピーターを押し倒してるかのような……。

 

 

「グウェン、誤解」

 

「え?いや、ミシェル?そもそも、何でこうなってるのか分からないんだけど?」

 

「…………ミ、ミシェル、とにかく退いて……」

 

 

ピーターの指が、私のふとももに触れた。

こそばゆい感触がして、思わず声が出てしまう。

 

 

「うっ」

 

 

……あ、今日、短パンだったな。

ニーソックス越しに、ピーターの指が太ももに触れていた。

 

私はピーターから急いで降りて、グウェンに向き直った。

 

 

グウェンは呆れた顔でピーターを見ていた。

 

 

「このスケベ」

 

「いや、不可抗力だよ!?」

 

「ピ、ピーターは悪くない。私が……」

 

「ミシェル、こんなケダモノ庇わなくていいって」

 

 

そう言ってグウェンが私の頭を抱きかかえた。

……ほんのり香水の香りがして、頭がくらくらする。

嫌な匂いと言う訳ではない。

ただ、魅力的で刺激的な香りが頭に充満し、まるでハンマーで殴られたが如くショックを与えられた。

 

 

「グ、グウェン……」

 

 

私は顔を埋めながら、グウェンの腕を軽く数回叩いた。

 

 

「ん?あっごめん、息できてなかった?」

 

 

私はグウェンから少し距離を取り、ピーターとグウェンから離れた。

 

私は、明らかに不機嫌だ!という顔をして二人を睨んだ。

私は表情に乏しいから、少しオーバーリアクションなぐらいが丁度いい。

 

 

……何故か、二人から微笑ましいものを見るような目で見られていた。

 

 

「ミシェルってさ、猫みたいだよね」

 

「……あー、僕もちょっとそれには同意かも」

 

 

なんて言っている。

解せない。

 

 

「というかグウェン、何でこっち来たんだ?」

 

 

ピーターが思い出したかのように聞いた。

それを聞いてグウェンは私をチラリと見て、その後、ピーターを睨んだ。

 

 

「ミシェルを置いていける訳ないでしょ?ピーターに変なことされてないか心配で来たのよ」

 

「グウェン、それは誤解……私はピーターの治療を……」

 

「男なんて一皮剥けば狼なのよ?ミシェルは少し気をつけた方が良いわ」

 

「ピーターは大丈夫だと思う」

 

「そ、そうだよ。僕はそんな事しないって」

 

 

そうピーターが同意すると、グウェンは呆れた目でピーターを見た。

 

 

「……ピーター、ちょっとこっち来て」

 

「え、あ、うん?」

 

 

私を置いて二人が席を立った。

 

……コソコソと会話してる二人に聞き耳を立てる。

 

 

「……男……して見られてない……情けな……」

 

 

グウェンが罵倒するような声が聞こえて、ピーターが項垂れていた。

 

よく聞こえないが……何の話をしているのだろう?

私は首を傾げた。

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