【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
私は、鼻歌混じりに鏡を見る。
顔を洗い、プラチナブロンドの髪を整える。
軽く化粧をして……もう一度、鏡を見る。
「……うん、よし」
満足げに頷いて、自室の洗面所から出る。
鞄に化粧ポーチを入れて、ドアを開ける。
ワンピースの裾を翻し、マンションの廊下を歩く。
着ているワンピースは茶色のチェック柄……落ち着いた色合いだ。
今日のお洒落は自分のためではなく、これから会う人の為のものだ。
……あぁ、いや、相手に好かれたいと思っているのだから、自分のためでもあるのだろうか?
とにかく、目的の場所へ向かおうと歩いていると……廊下で、犬とすれ違った。
通り過ぎる瞬間、犬がこちらに視線を向けた。
『ミシェル、今からお出かけ?』
脳に直接テレパシーが飛んでくる。
……そう、彼はコスモ。
ゴールデンレトリバーの超能力犬だ。
同じマンション内の住民だ。
「ん、ちょっとね」
『ふぅん?いつもと格好が少し違うね、逢引き?』
「……逢引きって、人聞きが悪い」
私が眉を顰めると、コスモが笑った。
……笑ったような気がした。
犬だから表情が読み取りにくい。
「ただのデートだから」
そう、デートだ。
今日は週に二回のピーターとのデート日だ。
『ふーん?今度、会わせてよ。気になるから』
私は視線を泳がせた。
ピーターとコスモを?
……どうなるか想像も付かないな。
コスモって結構、洞察力あるし……ピーターがスパイダーマンだって事を見抜いてしまうかも知れない。
それはちょっと拙いけれど──
「……気が向いたら、で」
小さく手を振って、コスモから離れる。
しかし、ピーターは今、まともに交流関係がある友人は私ぐらいだ。
世界から記憶が抹消されてしまった為、一人ぼっちに近い。
……私以外にも、親しい人間を作るべきだ。
そして、私には手伝う義務がある。
……いつか。
まだ、説明が難しくて出来ていないけれど。
ネッドやグウェン、ハリー達とまた友達になれるように……。
私は、ピーターに幸せになって欲しいから。
私に出来る事は全てしてあげたい。
……出来る、事なら……全て。
自分の考えに少し頬を赤らめつつ、少し早足でマンションを後にした。
◇◆◇
数字を模った奇抜なモニュメントが、公園内に鎮座している。
市内で有名な待ち合わせスポットだ。
その辺りをぐるりと回って、私は目当ての人を見つけた。
まだ私に気付いていないようで、ピーターは自分の前髪を触っていた。
……からかいたくなる気持ちを抑えて、ゆっくりと近付き──
「ピーター」
「あ、おはよう。ミシェル」
「ん、おはよう」
まだ午前中だ。
朝の挨拶をして、ピーターの側に立つ。
身長はピーターの方が少しだけ高い。
私は視線を上に上げつつ、ピーターの顔を見る。
「ピーター、まだ集合時間30分前だけど──
そう、私は楽しみ過ぎて集合時間より、かなり早く来てしまった。
それなのに、ピーターは既に来ていた。
「いつから待ってたの?」
「あー……いや、僕もさっき来た所だよ」
これはピーターの見栄という奴だ。
待ち合わせをする時は、女性を待たせないように早めに来ているのだ。
にしても。
「……ふふ、お互い早くに来すぎ」
「ははは……」
ピーターが苦笑しつつ、頬を掻いた。
「じゃあ、今から映画館、なんだけど……まだ、全然上映時間じゃないよね?」
ピーターが公園内の時計を見て、私もつられて時間を確認する。
「うん、お目当ての映画まで2時間もある」
ピーターに続いて、私も苦笑する。
そもそも映画を観る為のスケジュールも、余裕を持って組んでいる。
ただでさえ、早め早めに予定しているのに、集合時間まで早くなってしまっては──
結果、大きな暇が出来てしまった。
「うーん、喫茶店でも行こっか?」
「賛成。映画館の近くにあるし」
私とピーターは、同時に歩き出す。
「あー、あのパスタが美味しい店?」
「うん、ピーターも行った事あるの?」
「えっと……一度、一緒に」
その言葉に、私は目を細めた。
誰と『一緒に』か、それは記憶が消える前の私とだ。
思わず、胸が締め付けられるような気持ちになった。
一緒に行った筈なのに、記憶にないのは悲しい。
だけど──
「それってデートだった?」
「……えーっと、うん。少なくとも僕はデートだと思っていたかな」
今は、それほど悲しくなかった。
私は失ったピーターとの記憶を、新しく積み上げている最中だから。
出会って一年間の記憶は無くなってしまったけれど、これからもピーターとはずっと一緒にいる。
だから、もっと多くの記憶を積み重ねていける筈だ。
私は失った記憶に、それほど執着していない。
……ちょっと前までは、少し、記憶を失う前の自分を羨ましいと思っていたけれど。
ピーターの話を聞きながら、頬を緩める。
好きな人と一緒に思い出を作れるのは……凄く、幸せだ。
こんなに幸せなのは……本当に良いのだろうかと心配になる程に。
……少し、胸が苦しくなる。
楽しいデートなのに。
ふと、私の手に、ピーターの手が触れた。
「あっ……」
そのまま優しく握られる。
「…………」
ふと、ピーターの顔を見上げると……少し赤くなっていた。
初めてでもないのに、彼はまだ恥ずかしがっている。
いい加減に慣れて欲しいような気もするけど、こうやって照れているピーターも愛おしいと思っている自分がいる。
壊れ物を扱うように優しく握られていて……私は、その手を握り返した。
きっと、私が少し落ち込みそうになっていたから、元気付けようとしてくれたんだ。
ありがとうと言いたいけれど、感謝の言葉は野暮だろう。
「……ピーター」
だから、代わりに微笑みかけた。
そしてまた、ピーターがぎこちない笑みを浮かべた。
仄かな温かさが手から伝わる。
握った手は自分のものと違って、少しゴツゴツしているけれど……頼れる手だと思った。
楽しいデートは始まったばかりだ。
私は気分が高揚して──
足を止めて、振り返った。
「ミシェル?どうかした?」
不思議そうな顔をするピーターに視線を戻し、私は笑った。
「……えっと、何でもない」
一抹の不安を感じながら、そう言い切って──
「嘘だよ、何か気にしてる」
誤魔化しきれなかった。
ピーターが少し心配そうな顔をしながら、私へ身体を向けた。
……私は観念して、口を開いた。
「誰かに尾行されている気がした」
「……え?尾行?」
ピーターが周りをキョロキョロと見る。
そして、不思議そうな顔をした。
「……僕のアレには反応がないけど──
アレ。
それは
公の場では誰が聞いてるかも分からない。
ピーターは正体をバレないように気を付けているのだ。
「僕に対する悪意がなければ、気付けないからね……う、うーん?」
真剣な顔で悩むピーターに、私は眉尻を下げる。
「ピーター、忘れて。尾行されてそうな気がしたのも……多分、勘違いだから」
「そ、そうかな……?」
どうして、気になっていた私よりもピーターの方が不安そうな顔をするのだろう。
そんな疑問を抱いている私に、ピーターが笑った。
「でも、ミシェル。話してくれて、ありがとう。嬉しいよ」
「……不安にさせただけなのに」
「いいんだよ。心配事を相談してくれると、頼られてる気がして嬉しいからね」
……あぁ、失念していた。
心配事を相談しないというのはつまり、頼れないと思っている事に繋がるのか。
確かにそうだと納得して、私は小さく頭を下げた。
「ごめん、ピーター」
「ううん、僕の我儘だから……謝らなくていいよ」
「それじゃ……ありがと、ピーター」
「どういたしまして」
ピーターが笑った。
……彼は頼りにされたいと思っている。
それは、私が過去に彼を頼らず黙って去ろうとしていたのが原因……なのだろう。
繋いだ手の温もりを感じながら、私はピーターと共に公園を後にした。
◇◆◇
人混みに隠れて、金髪が揺れている。
公園に置かれたオブジェクトから顔をそっと出している……そんな後ろ姿を、僕は見ていた。
「……グウェン、もうやめないか?さっきもバレそうになっていたじゃないか」
そう小声で話しかけると、勢いよく振り返った。
眉は顰められている。
「ハリー、ミシェルが知らない男と手ぇ繋いでるのよ……!?許せるの……!?」
「あ、いやぁ……それを決めるのは僕達じゃないだろ?」
そう言い返すと、キッと睨まれた。
グウェンは切れ長の目をした美人だ。
美人が睨むと怖いと言うが……なるほど、確かにそうだと思った。
さて、何故、僕達がミシェルのデートに気付けたのか?
それはグウェンがエスパー犬、コスモを買収したからである。
彼女は以前に、ミシェルがデートしそうな仕草を見せたら報告するようにコスモに賄賂を贈っていた。
高級ジャーキーだ。
買収されていたコスモは今朝、ミシェルがデートに行こうとしているのを発見し、
それにより、今日のデートの待ち合わせ場所を取得……グウェンに報告という流れだ。
僕?
僕はグウェンから電話が掛かってきて、急に呼び出されてここに居る。
あまり乗り気ではないんだ。
しかし……。
「…………はぁ」
先程の、見知らぬ男と笑顔で会話して、手を結んでいるミシェルを思い出した。
……こう、胃の下が重くずっしり来るような感覚があった。
だけど、彼女は楽しそうだった。
幸せそうだった。
だから、誰であろうと……納得はしていなくても、僕は許せると思った。
僕はミシェルに幸せになって欲しいからだ。
その時、僕は……隣に居なくても……。
……。
「……ハリー?」
「うん?何だい?」
「ぼーっとしないでくれる?もっと、ほら、やる気出して……あ、移動するわよ」
「はいはい」
ダメだな。
未練はまだ断ち切れない。
呆けてしまっていたようだ。
……しかし、グウェンを一人で行かせる訳にはいかない。
彼女が暴走しかねない。
デートを台無しにする……とは思わないが、万が一の事もある。
ミシェルを尾行するのは気が引けるが、グウェンの制御という意味でも……彼女には許して欲しい。
僕とグウェンはコソコソと、ミシェル達の後ろを隠れながら追いかけていく。
◇◆◇
「それじゃあ……この、『ハチミツとクッキークランチのキャラメルフラペチーノ』?を一つ」
「あ、僕も同じ物を一つ」
「かしこまりました、メニューは下げさせて頂きますね」
ウェイトレスが私の目の前にあったメニューを持って行った。
映画館のすぐ側にある喫茶店。
……確か、グウェンのお気に入り?
だったっけ?
少し待っていると、目の前に飲み物が届いた。
……なるほど、結構大きめなグラスにキャラメルフラペチーノ、生クリーム、そして上から砕かれたクッキーが乗っている。
思わず気分を高揚させながら、スプーンの付いたストローを突っ込んで口に含む。
甘い。
人によっては嫌になるレベルで甘い。
だけど、私はこの甘さが好きだった。
頬が緩む。
……ふと、視線を上げるとピーターと目があった。
偶々……ではなくて、ピーターが私を見ていて、顔を上げた私と目があったって感じだ。
「……どうしたの、ピーター?」
「いや、美味しそうに飲むね……って。ごめん、ジロジロと見ちゃって」
「別に、気にしてないから大丈夫」
……む。
唇にクリームが付いてしまった、指で取って、口に含む──
あ、今の行儀が悪かったな。
ちら、とピーターを見る。
責めるよう視線ではなかったけれど、頬を赤らめて顔を背けた。
……何だか、恥ずかしい。
「ピ、ピーターもはやく飲んで?映画まで時間あるって言っても……遅れちゃうかも知れないし」
照れ隠しで言っている。
まだ1時間半はあるのだから、万が一にも遅刻する事はないだろう。
ピーターもキャラメルフラペチーノを口に含んで、頬を緩めた。
「……ピーター、美味しい?」
「うん、美味しいよ」
心の中が穏やかになる。
甘いものは好きだ。
苦く渋いような感情から遠ざけてくれる。
純粋な幸せを舌に感じさせてくれる。
だから、甘いものを食べたら私は幸せだ。
そして、何よりも──
「……ふふ」
「え?ミシェル、何かおかしい?」
「クリーム、口に付いてるから」
好きな人と一緒に、この気持ちを共有できているのが幸せだ。
幸せは一人でよりも、誰かと共有する方が大きくなる。
だって、二人分の幸せだから。
「え?」
「取ってあげようか?」
「い、いや、大丈夫……」
ピーターが慌てて紙ナプキンで口を拭いた。
照れ臭そうにしているピーターに微笑みかける。
一年前までは笑うのが下手だった私が、こうやって笑えるようになったのは……ピーターや、友人達のお陰だ。
感謝しても仕切れない。
……だからこそ、どうにかしてピーターには……。
一緒に、幸せになって欲しい。
私だけではなく、彼にも幸せになって欲しい。
どうにかして私の友人達と、再び友人に出来ないかと……そう悩んでいる。
最近の近況を話しながら、キャラメルフラペチーノを口に含む。
と言っても、公共の場だ。
ピーターはスパイダーマン関連の話は出来ないし、私もアベンジャーズタワーでの話も出来ない。
必然的にピーターのアルバイト失敗談が積もっていく。
「それで、冷めたピザを届けてクビになったんだ。このままだと全ピザ店から出禁になるよ、僕……」
割とショックを受けてそうな顔で、ピーターが項垂れる。
「ピーター……他の人に説明する訳にもいかないし、ね?」
「そうなんだよ……まぁ、それでも、やめる訳にはいかないんだけど」
事件が起きる度に、ピーターは人助けに向かってしまう。
それは褒められるべき事なのだが、世間には認められていない。
そもそも、スパイダーマンという裏の顔を人に知られる訳にはいかない。
後ろ盾のない個人のヒーロー活動は、危険を伴う。
犯罪者からの恨みも買いやすい……それこそ、シニスターシックスなんてものが出来るぐらいには。
だからこそ、ピーターは苦悩している。
側から見れば、急に仕事サボる奴に見えるし。
「……ピーターは偉いよ」
「え?そうかな?」
「うん」
誰からも褒められない。
そんなヒーロー活動に私生活を犠牲にしている。
誰にも褒められないなら……せめて、私が褒めてあげたい。
気付けばフラペチーノは半分程になっていて……時間も丁度、良い感じに過ぎていて──
ピーターの視線が、私から逸れて……喫茶店の天井から吊られているテレビに移った。
『緊急速報です!ニューヨーク、ハーレム内の銀行で立て籠もりが──
テレビには、銀行を取り囲む警察官達の姿があった。
拳銃を構えた警官達が、銀行の入り口に向けて銃口を構えている。
……ニューヨークでは、あまり珍しくない事件だ。
言わば、他人事のような話。
だけど──
「…………」
ピーターは一瞬、目を細めて……私へと視線を戻した。
先程までの優しげな笑みを少し、ほんの少し強張らせていた。
「ミシェル、そろそろ、ここから出て映画館に──
「いいよ、ピーター。行ってきても」
ピーターの言葉を遮って、私はそう口にした。
彼の瞳が揺れる。
笑みは崩れて、眉尻を下げた。
「ミシェル……」
「良いの。私は大丈夫」
「……う、だけど──
ピーターは迷っている。
きっとピーターが向かわなくても事件は解決する。
銀行強盗ぐらい、このニューヨークではよくある話だ。
だけど、それでも──
「私は、ピーターのそういう所が好きだから。誇らしいと思ってるから……だから、ピーターのやりたい事をして?」
私はピーターの重荷になりたくない。
彼の思いを汚したくない。
大いなる力、大いなる責任。
その責任を、少しでも私に分かち合って欲しい。
それは恋人である私にしか出来ない責任の背負い方だ。
「……ありがとう、ミシェル。君は最高の
「……そうかな?」
それはこの世界のピーターにとって、初めての恋人だからじゃないか?
って無粋な事は訊かないけれど……。
「うん、間違いなくね」
ピーターが机の上にお金を置いて、立ち上がった。
……几帳面だ。
こんなの、私が奢ってあげても良いぐらいなのに。
「終わったら連絡するから!」
そう言いながら、ピーターは席から立って……喫茶店から飛び出した。
私は……何も出来ないけど。
ニック・フューリーに力を使う事は禁止されている。
未だに、訓練生という肩書すら持てず、私の立場は宙ぶらりんだ。
メンタルケア中の、アベンジャーズタワーにいるよくわからない奴……そう、職員に陰口を叩かれてるかも知れない。
口に、フラペチーノを流し込む。
甘い。
だけど、先ほどより甘さが控えめに感じた。
普通に考えれば、氷が溶けて薄まったのだと考えられるけど……きっと、心持ちの問題だ。
寂しい。
そして、自分の無力さが疎ましい。
……なるほど、コミックに出てくる歴代ピーターの恋人は、こんな苦悩を持っていたのだろう。
確かに堪える。
だけど、私はピーターがスパイダーマンだと知っているから、まだマシだけど。
知らない恋人だっていたし、知っていても辛いだろうけど。
また、フラペチーノを口に含む。
底まで減っていて、静かなボックス席の中で音が鳴り響いた。
……鈴が鳴った。
喫茶店のドアに付けられた鈴だ。
気にせず、私は鞄から携帯端末を出そうとする。
映画には間に合わなさそうだし、何か丁度良いスケジュールになるように別の用事を考えないと──
足音が、私の近くで止まった。
「ミシェル」
呼ばれて、私は顔を上げた。
声で気付いていたから驚かなかったけれど……それでも、何故ここにいるのか分からなくて首を傾げた。
……というか、グウェンの二の腕を掴んで、ハリーが首を横に振っている。
あ、止めようとしたのに、私に声を掛けてしまったのか。
「……グウェン?なんでここに──
「座るわよ」
グウェンが勝手に、ボックス席の向かい側に座った。
「……すまない」
ハリーも観念したように、グウェンの隣に座った。
手を額に当てて、申し訳なさそうな顔をしている。
……何となく察した。
私とピーターを尾行していたのは、この二人だ。
グウェンが主体で、ハリーは巻き込まれた形だろう。
私は苦笑いした。
「ねぇ、ミシェル。さっきの……貴女の恋人?」
「え、まぁ、うん。そう」
頷くと……グウェンの眉が顰められた。
「何で出てったの?デートの途中なんでしょ?」
「え、あ……」
その質問は、当然の質問だと思った。
上手い言い訳を考えなければ、彼女のピーターに対する認識が厳しくなってしまう。
しかし、本当の事を言う訳にはいかない。
考える。
ピーターが嫌われない言い訳を──
「ちょ、ちょっと……えっと、その、人助けに?」
「へー、そう」
よし、上手く誤魔化せたみたいだ。
「ミシェル、騙されてるわよ」
ダメだ。
全然、誤魔化せてない。
めちゃくちゃ顔を顰めているグウェンから目を逸らし、ハリーを見る。
……凄く険しい顔をしている。
そして、ハリーが口を開いた。
「僕が言うべき事ではないかも知れないが……恋人を置いて、どこかに行くような男はあまり褒められた者じゃないな」
うう、ごめんなさい、ピーター。
印象が凄く悪くなってる。
「ち、違う。私が行って良いって言ったから……」
私が慌てて否定すると、グウェンが更に眉を顰めた。
「ミシェル、そんな男を庇う必要はないわ。とんでもないカス野郎よ……!」
あ、ああ、あっ、まずい!
グウェンが怒ってる!
しかも、いつも止める役割をしているハリーすら、許容しているような節がある!
ここに居ないのに、ピーターが四面楚歌になっている!
「そ、そんな人じゃない、ピーターは──
「へー、ピーターって言うんだ」
背筋がぞぞっと冷たくなる。
いつから私、
いや、違う。
これは目の前のグウェンが怖くて悪寒がしているだけだ。
「で、でも──
「ミシェル」
ハリーが口を開いた。
「その、ピーターとやらは学生なのか?それとも社会人なのか?」
「え?」
私は少し、頭の中を一巡して──
「む、無職……あ、いや、アルバイトはしてるけど」
「……そうか」
「で、でも、大学に入学する為に勉強してる最中だって──
「ミシェル、それはきっと嘘だ」
私は内心で悲鳴をあげた。
いや、確かに、確かに?
ピーターの断片的な情報だけを集めたら、とんでもないDV彼氏みたいなイメージ図が出来上がるかも知れない。
「で、でも……ピーターは優しいし……」
私がか細く、そう反論すると……グウェンが口を開いた。
「ミシェル、脅されてない?何かハラスメントとか受けてない?」
「ハ、ハラスメント?」
「例えば……殴られたりとか、蹴られたりとか」
脳裏に、ピーターの話したエピソードが思い出された。
正体を隠してピーターと戦って、ボコボコに殴られてしまった話を。
「そ、そんな事されてない……!」
頭から振り払い、否定する。
……否定が少し、遅れた。
「「…………」」
その様子に、ハリーとグウェンが顔を合わせた。
……私は祈る事しか出来ない。
そして、グウェンが……今まで見た事がないぐらい怖い顔で、私の肩を叩いた。
「……ミシェル」
「う、うん……?」
「別れた方が良いわ、そんな奴」
祈りは神に届かなかったらしい。
激怒している二人に囲まれて、私は居心地が悪くなる。
だけど、ピーター。
なるべく遅く帰ってきて欲しい。
今から……今から、可能な限り挽回するから。
これがスパイダーマンの恋人に課せられた『大いなる責任』なのか。
あまりにも厳しく、困難だ。
水中の特別官房に潜入した時よりも、遥かに困難……。
思わず、涙が溢れそうになった。
◇◆◇
「よっ……っと!」
僕は柱を蹴って、宙で錐揉む。
そのまま、
「ちょっと借りるよ?」
別の銀行強盗に飛び掛かり、手に持っている突撃銃を奪う。
そのまま腕力で捻じ曲げて、使い物にならなくする。
「はい、どうぞ。貸してくれて、ありがとう」
そのまま、呆然としている銀行強盗にスクラップを渡した。
「それで、これは利子だよ」
直後、顎を思いっきり殴って脳を揺らし、気絶させる。
銀行強盗達は残り……まだ3人もいるのか?
といっても、バラけて僕を囲っている。
撃てば仲間を誤射してしまうかも知れないから、撃てないのだろう。
仲がよろしい事だ。
誤射を気にせず撃ってくる悪党よりは好感が持てる。
でも──
「これだけ人数が集まってるならさ、もっと楽しい事しない……!?」
ついでに手を地面に貼り付けて、無力化する。
「ツイスターゲームとかさ!」
別の銀行強盗に組み付いて、投げ飛ばす。
……ちょっと勢いよく投げ過ぎたな。
勢いを殺して、柱に縫い付ける。
これでよし。
「それとも──
残りは一人だ。
「
突撃銃を僕に構えてる。
トリガーに指を掛けて──
僕が、
銃身に命中して、跳ね上がる。
驚いた銀行強盗に接近して、足払いをした。
慌てて体勢を立て直そうとする銀行強盗を……上から無理矢理押さえつけて、
「はい、僕の勝ち。今度はこんな危ない実銃じゃなくて、玩具の銃で遊んでよ」
息を深く吐いて……立ち上がる。
銀行強盗達は無力化した。
一般客達はもう逃げてたみたいだし、さっさとコイツらを警察に突き出して──
……うん?
何かが接近して来ている。
といっても、
僕に敵対する意志はないけど、何か──
窓ガラスを突き破って、その何かが落下してくる。
それは……火球だ。
いや、人の形をした炎だ。
それが落下して来て……着地した。
「……あれ?もう解決したのか?」
人の形をした炎は周りを見渡して……その後、僕を見た。
「君がやったのか?」
「え、あ……はい」
受け答えしつつ、僕は頬をヒクつかせた。
僕の事を覚えていないようだけど……僕は相手を知っていた。
親しかったかって?
いや、まぁ、親しかったんじゃないかな。
でも、その友情と同じぐらい僕は苦手意識を持っていた。
彼は見た目通りの陽キャだ。
太陽のように燃える陽キャ。
ありえないぐらい物怖じしないし、オタクに対する当たりがキツすぎる男だ。
一緒に何度も戦ったし、何なら何度か殴り合った事がある。
そんな、ヒーロー仲間……。
さて。
この国で『最強のヒーローチーム』と言えば?
アベンジャーズだろう。
では、『最高のヒーローチーム』は?
……ファンタスティック・フォーだと僕は思う。
素顔を晒してヒーロー活動をしている、4人組の家族ヒーローチーム。
その……一人。
「凄いな。駆けつける速度も早いが、ちゃんと無傷で捕まえている!君、名前は?」
燃える男、ヒューマン・トーチが……僕の側に立っていた。
スーツの下で汗をかいているのは、彼が熱いから……って、だけではないだろう。
多分、冷や汗だ。
次回は一週間以内に投稿します。