【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#6 アメイジング・フレンズ part3

僕がデートから抜け出して2時間ほど。

流石に喫茶店から移動していると思っていたけれど、携帯電話に連絡はなかった。

 

という事は、居座っているのだろうか?

時間は昼前、喫茶店もまだ混んでないのだろう。

 

喫茶店の近くに到着し、路地裏でスーツを脱いで着替えた僕は……喫茶店に飛び込んだ。

 

 

……ボックス席に、ミシェルの姿があった。

しょんぼりとした顔で、追加注文したであろうバニラアイスを食べている。

 

その姿に心臓が締め付けられるような気持ちになった僕は、慌てて近付き──

 

 

「ごめん、ミシェル!待たせちゃって──

 

 

……あれ?

誰かと相席してる。

 

いや、見覚えがあるけれど……居るはずのない二人だ。

 

 

「……あ」

 

 

グウェンとハリーだ。

 

今、気付いた。

ミシェルは僕が居なくなって寂しくて落ち込んでいた訳じゃない。

理由は分からないけど、この気まずい空気に辟易としていたのだ。

 

グウェンが……僕へ視線を向けた。

睨んでいる。

心の底からの敵意に……僕は、少し後ずさった。

 

そして、グウェンが口を開いた。

 

 

「……ミシェル、コイツがピーターよね?」

 

 

そうだ。

彼女は……ハリーも、僕の事を忘れているんだ。

初対面の筈なんだ。

 

ミシェルが申し訳なさそうな顔で僕を見た。

……これって今、どういう状況なのだろう?

 

ミシェルの代わりに、僕が返事をする。

 

 

「えっと、うん。僕がピーター・パーカー……です」

 

 

少し、丁寧な口調で話す。

今の彼女は友人じゃなくて他人だ……。

 

……うん、他人だ。

何でこんなに敵意を向けられているんだろう?

 

 

「……ふぅん?」

 

 

グウェンが訝しむような目で僕を……舐めるように見た。

品定め、のような……何というか、落ち着かない。

 

そして、グウェンが深く息を吐いた。

 

 

「……なんか、やっぱりパッとしないわね」

 

 

パッとしない。

思わず視線を逸らして、苦笑する。

 

というより「やっぱり」?

……あぁ、僕達のデートを尾行していたのは、この二人か。

 

ハリーは別として、グウェンは明らかに僕へ敵意を持ってるけど……彼女はシンビオートの宿主だ。

僕の超感覚(スパイダーセンス)が反応しないのも納得できる。

 

……敵意。

親しかった筈の友人から向けられる、敵意だ。

 

 

「取り敢えず、立ってないで座れば?」

 

 

そう促されて……ミシェルの隣に座る。

僕が座ろうとすると、彼女は申し訳なさそうな顔で僕を見上げた。

 

 

「ピーター、ごめん」

 

 

小声でボソりと呟いた。

何に対する謝罪かは分からないけれど、きっとこの状況に関してだろう。

 

 

「大丈夫だよ、ミシェル」

 

 

そう僕も小さく呟いて、彼女を安心させようとする。

肩を小さく叩いて、僕は隣に座った。

 

……そんな様子を見ていたグウェンは……何というか、不可思議な顔をしていた。

理解が出来ないっていうか、意味が分からないっていう顔だ。

 

 

「……私、よく分からないんだけどさ──

 

 

そして、グウェンが口を開いた。

 

 

「アンタ、ミシェルを殴ったのって本当?」

 

 

…………うん?

 

 

「え?」

 

 

よく分からなくて素っ頓狂な声を出してしまった。

それを誤魔化したのだと判断したのか、グウェンの目が鋭くなる。

 

 

「惚けたって無駄よ。ミシェルがアンタに暴力を振るわれたって──

 

 

グウェンがミシェルを一瞥した。

僕もミシェルに視線を向ける。

 

金属製のスプーンを咥えながら、ミシェルが僕に申し訳なさそうな顔をしていた。

 

……殴る?

暴力?

 

僕がミシェルにそんな事、する訳が──

 

 

「あっ」

 

 

思い当たる節があった。

 

そう、ミシェルがまだレッドキャップと呼ばれていた頃に……僕は彼女と殴り合った。

その時の事を、グウェンが変に察してしまって、話がややこしい事になってるんだ。

 

 

「ほら、やっぱり……ミシェル、こんなDV男とは別れた方がいいわよ」

 

 

我が意を得たり、と言わんばかりのグウェンがミシェルへ提案した。

 

……は、反論しないと。

 

 

「グ、グウェン、違うんだ!それは──

 

「は?何で私の名前を知ってるの?」

 

 

あ、ダメだ。

話がまたややこしくなる。

 

ミシェルが小さく手を上げて、口を開いた。

 

 

「それは私がピーターに話したから……」

 

「そ、そうだよ。ミシェルから聞いたんだ……!」

 

「……ふーん?」

 

 

グウェンが腕を組んで、ハリーを一瞥した。

……けど、ハリーはさっきから話していない。

自身の手で口を覆って、何か、考え事をしているように見えた。

 

……グウェンがため息を吐いて、僕を見た。

 

 

「それで?殴った理由は?理由を訊いても、私は許さないけど」

 

 

……殴った理由?

それは、スパイダーマン関連の話になる。

 

……話す、べきだろうか?

でも、だけど……。

 

別に、消えた記憶の話をする必要はない。

僕が昔からヒーロー活動をしていて、彼女と戦う機会があったのだと言うだけで良い。

 

でも、それでも。

 

……スパイダーマンに敵は多い。

正確には、多かった、だけど。

 

だけど、これから増えていくだろう。

前と同じように、数多の悪人(ヴィラン)に恨まれる存在になるだろう。

 

後ろ盾のないヒーロー活動は、それ相応の対価を支払う事になる。

だからと言って、政府に所属すれば自由なヒーロー活動なんて出来なくなる。

街中で困ってる人を助けられるような、『親愛なる隣人』としての活動は難しくなる。

 

……分かってる。

 

これは僕の我儘だ。

僕がスパイダーマンであるという事を知られたくないのは……日常とヒーロー活動を切り分けたいと考えてしまっている僕の傲慢だ。

 

僕は……。

 

僕は。

 

 

「僕は、人助けをしてるんだ」

 

 

そんな我儘は捨てよう。

それに、彼女には過去、一度知られているのだから。

 

 

「……人助け?何の話?」

 

 

グウェンが訝しむような声で訊いてくる。

 

 

「人助けは人助けだよ。それで彼女と、戦う機会があったから……」

 

 

僕はそう言って、ミシェルを一瞥した。

 

グウェンは僕の分かり難い言動に眉を顰めて、少し悩んで、納得したような表情をして……それでも、眉を顰めたままだった。

 

 

「よく分からないのだけど──

 

 

グウェンが自身の頭を掻きながら、周りに意識を向けた。

……周りは会話に夢中で、誰も聞いていないだろう。

 

グウェンは声を抑えて、僕に質問を投げた。

 

 

「あなたって、所謂……ヒーローって奴なの?」

 

「……まぁ、そうかも。そんなに有名じゃないし、凄い事はできないけど」

 

 

そう謙遜すると、ミシェルが僕の顔を見た。

視線はじっとりしている。

 

そんな事はない、って言いたがってるように見えた。

……う、うーん?

ミシェルはスパイダーマンのファン、らしいからね。

贔屓目で見てるのだろうけど、僕のやってるヒーロー活動なんて大した事じゃないよ。

 

 

「僕は──

 

「スパイダーマン、だろう?」

 

 

ふと、ハリーが僕のヒーロー名を呼んだ。

思わず驚いて、ハリーを凝視する。

 

グウェンは小声で「誰?」って言ってたけど……そんな事を気にしてる場合じゃない。

 

 

「……どうして、知って──

 

 

記憶はない筈なのに。

誰も覚えていない筈なのに。

 

そう心の中を渦巻かせていると……ハリーが口を開いた。

 

 

「さっき、ニュースでテロの話があっただろう」

 

 

テロ……あっ、ビルの爆発ってテロリストの仕業だったんだ。

事件の後始末をトーチに任せたから知らなかった。

 

グウェンがハリーに視線を向けた。

 

 

「それがどうしたの?」

 

「二人のヒーローが救助活動をしていた。ヒューマントーチと……スパイダーマンだ」

 

 

ハリーが僕に向かって手を伸ばし……シャツの襟を捲った。

……あ、煤が付いてる。

 

 

「この煤は先程の火災の中で付いた煤だろう?ヒューマントーチは名前も顔も公表している……それなら、もう片方が君だ」

 

 

……思わず、ミシェルを見た。

彼女も驚いたような顔をしていた。

 

いや、でも、まぁ……当然の帰結、なのだろう。

僕が自分をヒーローだと認めたから……いや、違う。

 

ハリーはきっと、僕がその話をする前から気付いてたんだ。

そして、それが確信出来たから話したのだろう。

 

そんなハリーの視線が僕に向ける視線は……分からない。

彼は今、何を考えているのだろう。

 

僕は手汗が滲む手を握った。

 

 

「……そうだよ」

 

 

そして、肯定する。

 

ハリーは僕から視線を逸らさない。

視線が合ったまま……僕を見ていて──

 

机の下で、手が握られた。

小さく、細い指だ。

 

……ミシェル。

 

僕を安心させようと、勇気づけようとしてくれる。

 

 

僕がまた、口を開く。

 

 

「僕が……スパイダーマンだ」

 

 

そう言い切ると……ハリーの顔が少し、歪んだ気がした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

スパイダーマン、か。

 

僕は目の前にいる男……ピーター・パーカーを見つめる。

その本性を、性質を見定めようとする。

 

スパイダーマンについては、僕も知っている。

数ヶ月前から現れた政府非公認のヒーロー……いや、自警団員(ヴィジランテ)だ。

彼の登場するニュースが流れると、ミシェルは興味深そうに見ていたから……僕も、知っていた。

 

そうか。

彼氏の活躍だったから、気になっていたのか。

 

そう考えると、やはり納得がいく。

 

……だけど。

 

 

「君に……訊きたい事がある」

 

 

口にするべき言葉ではないのかも知れない。

それでも、どうしても……口にする。

 

 

「君は彼女の過去を知っているんだな?」

 

 

過去。

それは……レッドキャップだった頃の話だ。

 

僕の言葉にピーターは頷いた。

 

 

「知っているよ」

 

「どう思っている?」

 

 

それは端的で、複雑な問いだ。

彼女は悪人(ヴィラン)だった。

それに関して、僕は納得している。

知った上で、それでも彼女と友人のままでいようとしている。

 

それに対して、ピーターは──

 

 

「罪を償うべきだと思っている」

 

「……っ」

 

 

僕は息を呑んだ。

彼女を否定する言葉を口にするのかと──

 

 

「だからこそ僕は、彼女と一緒に……その罪が償えるように、努力していこうと思ってる」

 

「…………何?」

 

 

だから、想定外の言葉に戸惑った。

 

 

「犯した罪は消えないし、無視して生きる事は……ミシェルには出来ない」

 

 

思わず、ミシェルを一瞥した。

彼女は首を縦に振った。

 

……僕は反論する。

 

 

「待て。彼女の罪は立証されていない。この国の法では彼女は無罪の筈だ」

 

「それでも、ミシェルは罪を感じているし……裁かれないからと言って、平気じゃない性格なのは知ってるよね?」

 

「……いや、そうだとしても」

 

 

戸惑う。

 

確かにそうだ。

ミシェルは自身の感じている罪から、逃れようとする人間じゃない。

例え、周りから何を言われても……抱え込んでしまう少女だ。

 

……この、ピーターという男は──

 

 

「だから、一緒に償いたいんだ。僕に出来る事は、人助けだけ、だけど……それでも、少しでも──

 

 

理解している。

 

 

「彼女が幸せに生きられるように、僕も頑張るよ」

 

 

僕以上に、彼女を。

 

 

「……そうか」

 

 

理解しているんだ。

 

……人の器に勝ち負けがあるかは分からない。

だけど、それでも、きっと僕は……。

 

 

目の前にいる男の顔を見る。

 

尾行してた時も、ここに来た時も、頼りない男だと思っていた。

だけど今は……違う。

 

間違いない。

彼はヒーローだ。

ミシェルが好意を持つに相応しい人間だったんだ。

 

目を伏せて……息を深く吐く。

 

 

「……ハリー?」

 

 

ピーターから、声を掛けられる。

どうして僕の名前を知っているのか……と一瞬思ったけれど、きっとミシェルが話したのだろう。

 

その事に少し嬉しく思うけれど、それ以上の喪失感が胸を締めた。

 

大きく空いた心の穴。

 

好きな少女が、僕よりも逞しい人と恋仲だという。

……あぁ、祝福するべきだろう。

 

なのに、それでも……僕は、悔しいと思えてしまった。

 

閉じた口の中で、歯を食いしばって……顔を上げた。

 

 

……ミシェルは僕を、心配するような表情をしていた。

 

違う。

僕は好きな女の子に、そんな表情をさせたい訳じゃない。

 

僕はこの、ちっぽけなプライドを振り絞って、言葉を口にした。

 

 

「認めるよ、ピーター」

 

「……え?何を?」

 

「君は彼女に相応しい人間だ。僕が口を出すような話じゃなかった」

 

 

そう言って、また、視線を逸らした。

 

情けない言葉は吐きたくなかった。

カッコ付けたかった。

 

だって、愛した女性の前なのだから。

揺らぐ感情に蓋をして、僕は平然を取り繕う。

 

そんな僕を、グウェンが見て……少し、戸惑うような表情をした後、席を立った。

 

そして、グウェンはピーターとミシェルに視線を向けた。

 

 

「……私も業腹だけど、ちょっとは認めてあげる」

 

 

凄く、上から目線な言葉でピーターを批評して──

 

 

「デートの邪魔をして、悪かったわね。ほら、ハリー……行くわよ」

 

 

グウェンが僕の腕を引っ張って、立たせた。

 

ピーターは戸惑うような表情をした後……少し、表情を険しくして口を開いた。

 

 

「グウェン、安心して欲しい。彼女は僕が守るから」

 

「当然よ。彼女を守るのは彼氏の役目でしょ?傷付けたら……絶対、許さないから」

 

 

そう言って、グウェンが僕の腕を引っ張った。

席を立たされて、少しずつ彼等から離れて行く。

 

 

「グ、グウェン」

 

「ほら、行きましょ。私達、邪魔みたいだし」

 

 

口にしながら、グウェンは眉を顰めた。

喫茶店を出て、ニューヨークの街中を歩く。

 

 

「頭に来るわ」

 

「……グウェン」

 

「あんなに想い合ってたら……割り込む隙なんてないじゃない」

 

 

そして、弱音を吐いた。

 

彼女にしては珍しい弱音に……僕は戸惑って──

 

 

「悪かったわね、ハリー」

 

「……いや、何も迷惑なんか感じてないさ。それに──

 

 

首を振った。

そして、言葉を繋げる。

 

 

「少し、安心した。彼はきっと、僕よりも……彼女を、幸せ、に……出来、る」

 

 

息が、乱れる。

目頭が熱くなる。

 

 

「……ハリー」

 

 

手を握られた。

女性特有の手の硬さに、僕は戸惑った。

 

グウェンとの距離は近い。

彼女が、口を開いた。

 

 

「別に、辛いなら泣いても良いのよ」

 

「……いや、僕は──

 

「私の前で見栄なんて張らなくて良いから」

 

「……だけど──

 

「……ああもう、じれったい!」

 

 

グウェンが僕の頬を摘んだ。

万力のような握力で、引っ張られる。

 

 

「い、痛い、痛いって……」

 

 

頬が痛いからなのか、心が痛いからなのか……涙が溢れた。

 

……きっと、後者だろう。

僕の、失恋の痛みだ。

 

僕が涙を溢したのを見て、グウェンが笑った。

 

 

「辛い時は泣くものでしょ?」

 

「……だ、だからと言って、頬を引っ張る必要はあったか?」

 

「あるわよ。だって、ちゃんと泣けたし」

 

「……そう、かも知れないけど」

 

 

頬を摩っていると、彼女が一歩前に出て……伸びをした。

そして、僕へ振り返った。

 

 

「さ、失恋しちゃった感想はどう?」

 

「……それは、最悪の気分だな」

 

「でしょうね。まぁでも……立ち直らないと」

 

 

グウェンが手招きをして、僕は彼女の後ろを歩く。

彼女がニッと笑って、口を開いた。

 

 

「まだ午前中だし、これから『ハリーの失恋を慰める会』でも開く?」

 

「……何なんだ、それは」

 

「文字通りよ。美味しいものでも食べて、少しは元気を出しましょ?私も……なんというか、結構ショック感じてるし」

 

 

グウェンがふと、苦笑した。

 

……そうか。

僕は失恋だけど、彼女にとっても……親友が男に取られてしまったような気持ちなのだろう。

 

僕ばかりが辛い訳じゃない。

そう考えると……こうやって、落ち込んでいるのも違うような気がしてくる。

 

 

「……そうだな。グウェン、どこに行きたい?」

 

「前に行ったイタリアンが良いかも。あ、勿論、ハリーの奢りね」

 

「僕の失恋を慰めるんじゃなかったのか?」

 

「それとこれは別よ」

 

「……まぁ、良いけど」

 

「やった」

 

 

グウェンが満面の笑みを浮かべて、僕の側を歩く。

その笑みを見て……少し、複雑な気持ちになった。

 

彼女は僕の父の被害者だ。

僕は生涯を掛けて、彼女に償っていくつもりだ。

 

だから……こんな、気持ちを抱くのは良くない事じゃないかと思ってしまう。

 

それに、失恋して、直ぐに──

 

 

違う。

 

 

まるで、目移りをしてしまう軟派な男みたいじゃないか。

彼女がダメだったからと、別の女性に惹かれるなんて……僕は、恥知らずだ。

 

僕は自己嫌悪しながらも、彼女の後ろを追う。

 

この感情に、いつか名前が付く時まで……彼女の側で支えて行こう。

 

 

そう、思えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「行ったね」

 

「……うん」

 

 

僕とミシェルは喫茶店から、嵐のように飛び出して行った二人を見ていた。

 

グウェンと、ハリー。

少しは二人に認められた……と、思いたい。

 

 

「……よかったね、ピーター」

 

「うん」

 

 

少しは関係も前進したと思いたい。

知らない他人から、親友の彼氏程度だけど。

 

それでも……ミシェルは自分の事のように嬉しそうに笑った。

 

 

「今回は偶然だったけど、今度、ネッドにも会ってみる?」

 

 

正直に言うと、僕は怯えていたんだ。

知っている筈の相手に、友人だった筈の相手に……嫌われたり、疑われたりする事を。

 

それでも──

 

 

「うん、お願いしても良いかな」

 

 

動き出さなきゃ、関係を近付ける事は出来ない。

当然の事だろう。

 

失った関係に怯え続けず、新しい関係を築いていくべきだ。

その勇気を、ミシェルが……ハリーが、グウェンが教えてくれた。

 

感謝しかない。

 

 

 

僕達は会計を済ませて、喫茶店を出る。

 

グウェンもハリーも、もう居なかった。

二人は何処に行ったのだろうか……なんて、考えても仕方ない。

 

ミシェルと手を繋げながら、ニューヨークの街を歩く。

 

 

「午前の映画は終わっちゃった」

 

 

ミシェルがそう言う。

 

 

「あ、あー……ごめんね?」

 

「気にしてないから大丈夫。午後の映画を──

 

 

ミシェルが手元の携帯端末を弄って、眉を顰めた。

 

 

「今日はあの映画、上映もう無いって」

 

「えぇ?それは、残念だな……」

 

「ん……また次のデートで観よ?」

 

 

ミシェルの眉尻が下がって、表情は萎れている。

 

 

「他に何か映画を観るかい?」

 

「他……昼過ぎの映画は──

 

 

携帯端末の液晶に、彼女の指が滑った。

 

 

「あ」

 

 

少し、驚いたような声をあげて……ミシェルが僕に携帯端末を見せた。

 

そこには──

 

 

「ミシェル……これって、前に見た映画の続編、だよね?」

 

 

一年近く前に彼女と見た、恋愛映画の続編だった。

 

あの……メチャクチャつまらない恋愛映画の。

山も谷もない、ただ男と女が恋愛するだけの……恋愛映画だ。

 

 

「ピーター、観る?」

 

「……うーん?」

 

 

手を顎に当てて、悩む。

 

前回の映画の記憶は……内容に関しては、つまらなかったという記憶しかない。

だけど、映画館で……ミシェルが泣いていた事を思い出した。

 

何故泣いていたのか、あの時は分からなかった。

だけど、今なら分かる。

 

……彼女は、自身が手に入れられない幸福を、羨ましいと思えてしまったのだろう。

ファンタジーな要素がない、リアリティのある恋愛映画だったからこそ……その気持ちは、尚更。

 

……だけど、きっと今は大丈夫だ。

 

 

「ミシェルは観たいの?」

 

「……少し」

 

「じゃあ、行こっか」

 

「……ん」

 

 

少なくとも、彼女は今……幸せ、だろう。

手を繋いで、朗らかな気持ちで歩く。

 

……僕は、素晴らしい友人に恵まれている。

恋人にも。

 

失った過去を惜しむ気持ちはあっても、後悔はしていない。

 

僕だって、今が幸せだからだ。

 

この幸せを手放すつもりはない。

手放したくない。

 

……繋いだ手の、指が絡まる。

離さないように、離れないように……。

 

互いに、掴み合って──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミシェルが、後ろへ振り返った。

 

 

「ミシェル?」

 

「……また、誰かに見られた気がした」

 

「それって、グウェンとハリーじゃなかったの?」

 

「……気のせいかも」

 

 

ミシェルが首を傾げて、その仕草が可愛らしいと思いながら……僕も、ミシェルの視線の先を見る。

 

怪しい人間はいない。

 

ただ、ニューヨークらしく……雑踏が入り乱れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

『やけに勘が鋭いなぁ』

 

 

私は一人、そう呟きながら……一人の少女を見下ろしていた。

 

 

『……やはり、『眼』の力かな?使い熟しているような形跡は見えなかったが』

 

 

窓ガラスに、自身の姿が反射している。

深い、深い黒緑色の鳥……カササギが映っていた。

 

 

『何にしても、これ以上の追跡は危ういか。男の方は気付いていないようだったが、直接的な争いになれば拙い』

 

 

私は羽を羽ばたかせて、屋根から飛び立つ。

 

 

『かと言っても、戦ったとして負けるとは思わないが。私に土を付けられるとすれば……兄上ぐらいだ』

 

 

黒い羽を散らして、少女から離れて行く。

 

 

『『観測者(ウォッチャー)の瞳』……是非とも、欲しい。それさえあれば……この私を──

 

 

宙を自在に飛ぶ。

まるで『奇術師(トリックスター)』のように。

 

 

『縛られた運命から、解き放つ事が出来るだろう』

 

 

嘲笑のような笑い声が、乾いた空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ミシェル……おやすみ」

 

「……ん、おやすみ」

 

 

一つのベッドで、二人、並んでいた。

デートの日の夜は……よく、彼女は僕の家に泊まりに来る。

 

だから、少し大きめのベッドに新調したぐらいだ。

 

 

……ミシェルが、僕の背中から手を伸ばして、抱きしめてくる。

心臓がバクバクと音を鳴らしている。

 

最近、彼女のアピールが激しい。

 

だけど、僕は何もしない。

例え、望まれているとしても……だ。

 

あくまで、健全な付き合いだ。

 

……というか、僕って今、無職だし。

ミシェルも……複雑な立場だし。

 

だから、『そういうこと』はしない。

 

 

モヤモヤとした感情のまま、目を閉じる。

 

 

……好きな女の子に抱きしめられながら、寝るんだ。

こんなに幸せな事はないだろう。

 

……でも、今はちょっと……抑えて欲しいかも。

頼む、僕の理性。

もう少し、強く、強く保ってくれ。

 

だって、僕だって若い男だ。

こ、こんなの、耐えるのは……うぅ。

 

それでも、彼女を傷付けないために耐えるしかない。

 

引きちぎられそうな理性で必死に耐えながら……僕は眠ろうとする。

 

 

「……好きだよ、ピーター」

 

 

……あぁ、全く、もう。

 

 

「僕もだよ、ミシェル」

 

 

意図的に何も考えないように気を付けて、意識を手放そうとする。

 

 

まぁでも、眠れる訳がなくて。

 

 

……ミシェルが泊まりに来た日の翌日は、少し寝不足になる。

いつまで経っても慣れはしない。

 

この事は、彼女には秘密だけどね。

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