【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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いつも誤字報告ありがとうございます。
……いや、ホント、すみません。


#8 アイ・ウィッシュ…… part1

そわそわ。

 

そわそわ、と。

 

 

私、キャプテン・アメリカ(スティーブ・ロジャース)は今、落ち着かない少女を前にしていた。

 

アベンジャーズ・タワー、地下7階。

面談室で……装飾品のないシンプルな机を挟み、ミシェル・ジェーン=ワトソンと向き合っている。

 

彼女はしきりに視線を動かして、私と目が合えば……露骨に逸らした。

 

……落ち着かない理由は分かる。

 

 

「すまないが、バッキーは今日、別件で忙しいんだ。本日から数日間、私が面談を担当するが……構わないか?」

 

「は、はい……」

 

 

恐れるように、緊張した様子で彼女は頷いた。

 

……私に苦手意識があるのだろう。

それは仕方のない話だ。

 

私と彼女は、幾度か戦った相手だ。

私は彼女の腕を切り落とした事もある。

そんな相手に親しくしようなどと、普通は考えない。

 

 

「……すまないな。無理はしなくていい、バッキーが帰還するまで延期という形でも──

 

「い、いえ……私は大丈夫、です」

 

 

努めて笑う彼女に、心の奥底から申し訳なさを感じてしまった。

 

 

『S.H.I.E.L.D.』の、いやニック・フューリーが考案した『レッドキャップ更生計画』。

彼女のメンタルケアと、社会的な常識の教育、壊れてしまっていた倫理観と情操の補強。

そうして、彼女を社会復帰させる……それが目的だ。

 

その点、最近の彼女は随分と顔色が良くなった。

メンタルケアの結果か、それ以外が要因か……もしくは、その両方か。

 

 

元々、メンタルケアは私が行う予定だった。

しかし、彼女の精神面の影響や、私と彼女の過去の諍いを考慮し……今はバッキーが担当している。

 

しかし、今日だけは……特別だ。

 

 

「バッキーとは普段、どんな事をしているんだい?」

 

 

そもそも、私自身としては彼女と話がしたかった。

彼女は今、どんな精神状況なのか……心配だったからだ。

 

 

「私と、バ、バッキーは普段……雑談、とか……してる、ます」

 

 

ごにょごにょと吃りながら、それでも彼女は言い切った。

 

その様子に、私はよく話してくれたと……内心では褒めるが、実際に褒めれば『馬鹿にされている』と感じてしまうだろう。

この感情は心の奥底に封じておこう。

 

代わりに、私は頬を緩めた。

 

 

「そうか……!どんな話題で話してるんだ?」

 

「昔、殺してしまった人の話」

 

 

思わず、私は頬を引き攣らせた、

 

バッキーと彼女はよく似ている。

生い立ちも、技能も……その精神性さえも。

よく似ている。

 

だからこそ、彼は彼女に共感できるし、説得力のある解答も出来るのだろう。

……正直、私には難しい話だ。

 

バッキーは人の弱さをよく知っていて、自身の弱さを許容し、過去と向き合いながら生きて行く術を知っている。

 

彼も彼女も、自身の犯した罪を背負い歩いている同類なのだ。

 

 

「すまないが……少し、別の話にしないか?」

 

「……はい」

 

 

しかし……赤いマスクを被っていた頃と、様子が随分と違う。

同一人物なのだと、言われても信じられないだろう。

 

彼女は人並みの善性を持ちながら、人殺しを強要されていた。

自身の心を守るために、別人のように振る舞っていた……そう考えられる。

 

……彼女の持っている、別世界の記憶。

それを基礎に、あのような言動を作り上げたのだ。

 

多重人格、ではない。

彼女は一つの人格に二つの側面を兼ね備えている。

歳頃の少女らしい一面と、暴力的な成人男性のような一面……その二つを併せ持つ。

 

最近はその、暴力的な一面を表してはいないのだろう。

随分と穏やかになったものだ。

 

 

「最近あった良い出来事などを、私に話してくれないか?」

 

「良い……出来事?」

 

 

罪悪感を和らげる事は、私には難しい。

ならば、彼女のナイーブな面を少しでも緩和できればと……言葉を口にした。

 

 

「そうだ。食事が美味しかった話でもいい、綺麗なものを見たという話でもいい。何かあるだろうか?」

 

「…………」

 

 

ミシェルは少し目を泳がせて、何かに気付いたように……口を開いた。

 

 

「私の友人が──

 

「あぁ」

 

「別の……私の友人を認めてくれた事……です」

 

 

少し、脳裏で考える。

彼女の友人……グウェン・ステイシーか、ハリー・オズボーン……後は学友が居ると言っていたか。

彼等と別の友人……か。

 

どんな人間かは知らない。

だが──

 

 

「それは良い事だ。私も友人同士が仲良くしていると、嬉しくなる」

 

 

肯定する。

自分本位な良かった事ではなく、他人の交友関係の改善を良かった事と言うのが……なんとも、彼女らしいと思った。

 

 

「……キャプテンも?」

 

「勿論だ。ヒーローという立場なら……いいや、大人になれば人間関係は複雑化する一方だ」

 

 

私は脳裏に数人の友人、仲間の顔を思い浮かべながら、言葉を繋げる。

 

 

「誰しも立場という物があり、守らなければならない物がある。互いに尊重できれば良いが、時として譲れない事もある」

 

 

私の言葉に、ミシェルは頷いた。

 

 

「そういった(しがらみ)を越えて、友情を結び……尊重し合う。尊敬し合う。それらはとても難しい事だが……素晴らしい事だ。そう思わないか?」

 

「……はい。凄く、良い事だと思い、ます」

 

「ありがとう」

 

 

僕が礼を言うと、彼女は少し不思議そうな顔をした。

礼を言われた理由が分からないのだろう。

 

単純な話だ。

私の言葉を、思いを肯定してくれた……それに対しての感謝なのだ。

 

互いの意見を尊重すること。

それが信頼への第一歩だからだ。

 

 

「少し説教臭い話になってしまったが、君が『良い事』だと感じた事は……私達にも難しい事だという事だ」

 

「……そんな事は」

 

「あるさ。信頼を築く事は何よりも難しい。互いに尊重する心を持って、語り合わなければならない。君は、良い友人を持った」

 

「……はい」

 

 

私が褒めると……彼女は照れ臭そうに頷いた。

 

何となく、彼女の本質が見えた気がした。

自身を褒められるよりも、友人を褒められる方が嬉しく感じるのだろう。

 

それは善性の表れでもあるが……自己肯定感の低さも起因している。

 

 

「……君の友人は──

 

 

だから、その方向性で話を進める事にした。

 

 

「過去を知っても、友人として君と一緒にいてくれているだろう?」

 

「……はい。凄く嬉しい、です」

 

「それは君の友人達が、君を信頼して……尊敬(リスペクト)しているからじゃないか?」

 

「……それは、そう……です、か?」

 

「そうだとも」

 

 

彼女の訝しむような表情に、私は頷いた。

 

 

「素晴らしい友人が君にはいる。その友人からすれば君も素晴らしい友人だろう」

 

「……そう、かな」

 

「あぁ、そうだとも」

 

 

再び肯定すると、彼女の頬が少し緩んだ。

年相応の少女らしさに、微笑ましく思えた。

 

……彼女を助けた甲斐があったという物だ。

 

ふと、視線を上げると……壁掛け時計の短い針が、真上を指しかけていた。

 

 

「まだ、少し時間がある。何か話したい事はないか?」

 

「話したい事……」

 

「して欲しい事でもいい。可能な限り善処しよう」

 

 

私がそう言うと……彼女は少し、悩むような素振りを見せて──

 

 

「それなら、して欲しい事が──

 

「あぁ。何でも言ってくれ」

 

「私……その──

 

 

彼女は緊張した面持ちで、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サインが欲しい、です」

 

「サイン?」

 

 

私は少し、悩んで……なるほどと、頷いた。

 

 

「何か、署名しなければならない書類があるのか?それなら確認しよう。ペンは確か──

 

「え、あ、違う……違います」

 

 

彼女は首を横に振った。

 

 

「えっと……その、サインは、えっと……」

 

 

言いあぐねて、そして……少し、俯いて。

 

 

「やっぱり、いいです……」

 

 

落ち込んだ様子で、彼女は口を閉ざした。

 

……言い辛い事なのだろうか?

だがしかし、ここで退かせる事はしたくなかった。

 

 

「ミシェル」

 

 

名前を呼べば、恐る恐るといった様子で顔を上げた。

 

 

「私は君の事を嫌わないし、幻滅もしない。言い辛い事だとしたら申し訳ないのだが……それでも、訊かせてくれないか?」

 

「キャプテン……」

 

 

私がそう言うと……彼女は頬を緩めた。

 

 

「私は君を尊重する。それは『S.H.I.E.L.D.』の仲間として……誰かを守ろうとする意思を持つ者として。だから、君と話したいんだ」

 

 

僕の言葉に、彼女は眉尻を下がった。

 

 

「……やっぱり、キャプテンは凄い」

 

 

ボソリと彼女が小さく呟いた言葉は、私の超人血清によって強化された聴力に届いていた。

だが、その事を口にするのは野暮だろう。

 

黙って、彼女が言葉を口にするのを待っていた。

 

 

「キャプテンのサインが欲しいのは……えっと、私が──

 

「君が?」

 

「私がキャプテンの……ファ、ファン、だから、です」

 

 

凄く気恥ずかしそうに、顔を赤らめて……彼女は視線を下げた。

 

 

ファン?

……言葉は理解できた。

サインの意味も。

 

数年前、『S.H.I.E.L.D.』のエージェントであるコールソンにもサインを強請られたなと、記憶が蘇る。

 

そうだ。

……私はヒーローとしての活動経歴が非常に長い。

 

それこそ、数年前コールドスリープから目覚める前……世界大戦の頃から活動していたのだから。

 

それ相応にファンが多いのは自覚している。

チャリティーなどで、サインをする事も多々ある。

 

だがしかし、彼女が?

私と戦っている時、そんな素振りを見せはしなかった彼女が……?

 

意外を通り越して……思考の死角から鈍器で強く殴られたかのような衝撃だ。

かなり、驚いていた。

 

 

「……すみません、やっぱり、ダメ……です、か?」

 

 

私の無言を否定と受け取ってしまったのか、彼女は申し訳なさそうに言葉を口にした。

私は慌てて弁明する。

 

 

「い、いや違うとも。少し驚いてしまっただけだ。サインはしよう」

 

 

そう言うと……彼女は嬉しそうに、安堵したのか息を深く吐いた。

 

その姿からは……確かに、私に憧れている子供と同じような心持ちを感じた。

 

……そうか、彼女は。

 

ヒーローに憧れていたのだろう。

それなのに、あんな事をさせられていたのだとしたら……やるせない気持ちになる。

 

しかし、それはもう過去の話になる。

 

今なら……彼女も、なれる。

ヒーローになれる。

 

誰だって、人を助けようとする意思さえあれば。

行動出来れば……誰だって、誰かのヒーローだ。

 

 

私は卓上にあるペンを手に取って、彼女に話しかける。

 

 

「何に書けばいい?」

 

「……あ、えっと」

 

 

彼女は慌てて、自身の鞄を開いた。

そして、そこから……バインダーのような物を取り出した。

それを開けば……白紙のページが現れた。

 

 

「……ここに」

 

「あぁ、構わないとも」

 

 

ペンで──

 

 

──────────

キャプテン・アメリカから

──────────

 

 

私の名前と──

 

 

──────────

ミシェル・ジェーン=ワトソンへ

──────────

 

 

彼女の名前と──

 

 

──────────

Anyone can be a hero(誰だって、ヒーローになれる)

──────────

 

 

君へのメッセージを。

 

僕が子供に向けて、よく書いている願いだ。

彼女に贈るのに相応しいと感じた。

 

願いを込めて、文字を記した。

いつか、同じ理想を抱き、共に誰かの為に戦える事を祈って。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

鼻歌混じりになりながら、私はアベンジャーズタワーの廊下を歩いていた。

 

 

「……サイン、貰っちゃった」

 

 

キャプテン・アメリカ。

ずっと憧れていたヒーローだ。

 

頬を緩ませて、バインダーを撫でる。

私は、趣味のスクラップブック作りを再開していた。

 

少し、今までとのスクラップブックとは違うけれど。

 

出会った人と一緒に撮った写真や……思い出を残すための『私の』スクラップブックだ。

そこにキャップのサインが貰えた。

 

ヒーローオタク冥利に尽きるだろう。

 

……あ。

そうだ、ピーターのも作ろう。

『また』スパイダーマンのスクラップブックを……あれ?

作った事ってあったっけ?

……ピーターに一度、確認しようかな?

 

とにかく、私は上機嫌だった。

 

 

たった一つの物事を除けば、だが。

 

 

今日の用事は午前中までで、午後から自由だ。

ピーターに会いに……は、行けない。

残念な事に、ピーターは今日、どうしても外せないバイトがあるらしい。

仕方のない話だ。

 

私は理解のある彼女(MJ)だ。

不機嫌にもならないし、笑って頷いた。

 

それでも、寂しい。

 

なるべく顔に出さないようにしたつもりだが、ピーターから慰められた。

……昔は表情を作るのも苦手だと言っていた程だったのに。

 

あまりに幸せだから、表情筋が復活したのだろうか。

 

 

そんな事を考えながら廊下を歩いていると……知人を見つけた。

 

 

「あっ、グウェン……」

 

「ミシェル、奇遇ね」

 

 

グウェンと廊下で合流して、歩く。

彼女は黒いタイトな服……というか、『S.H.I.E.L.D.』のエージェント服を着ていた。

 

 

「グウェンは……これから訓練?」

 

「まぁね。ミシェルは午後休なの?」

 

「ん」

 

 

頷くとグウェンに頭を撫でられた。

……彼女は撫で癖がある。

 

最近は特に顕著だ。

それだけ、互いの距離が近付いたのだろう。

心も、物理的にも。

 

私からすれば、彼女に隠し事をしなくて良くなったと、後ろめたい気持ちがなくなったからだ。

 

 

「えっと、じゃあ彼氏の所行くの?」

 

 

グウェンが……ちょっと、ほんのちょっぴり嫌そうな顔をして訊いてきた。

 

彼女はもう、ピーターが悪人だとはもう思っていない。

だけど、それでも……私が彼氏とどうこう、というのは嫌なのだと言う。

何だか、頼りないように見えるらしい。

 

 

「ううん、今日はバイトらしいから。ちょっと、食料品でも買い溜めしようかと思って」

 

「あぁ、お菓子ね」

 

 

わざわざ、食料品と言ったのに……読み替えられた。

 

いや、確かにそうなのだが。

 

私は料理なんて殆どしないし、買う食品と言えば菓子類ばかりだ。

 

 

「それじゃ、またね」

 

「ん、また」

 

 

グウェンと別れて……エレベーターに乗る。

最新式のエレベーターはガラス張りだが……ここは地下、景色は真っ暗だ。

 

ドアが閉じる直前……誰かが、駆け込んできた。

 

『開』ボタンを押すと……一人の男性が入って来た。

 

 

「おっと……左から失礼」

 

 

お辞儀をして来たのは……見覚えのある顔だった。

と言っても、一方的なものだ。

 

ドキドキと、心臓を高鳴らせながら……私は口を噤んだ。

 

サム・ウィルソン。

ファルコンと呼ばれる男がそこに居た。

 

少し、気まずく感じながら……エレベーターが登っていく。

 

チラ、と視線をサムに向ける。

マドリプールで殺し合った時以来か……いや、彼からすれば私を殺すつもりは無かったのか。

 

ニック・フューリーによる閉口令により、私の顔写真は『S.H.I.E.L.D.』内に出回ってはいない。

私が組織から救出された事は知っているだろうが、今何をしているかは知らないだろう。

 

にしても……。

 

視線がぶつかり、私は慌てて視線を逸らした。

 

 

「なぁ、お嬢ちゃん」

 

「……は、はい」

 

「何処かで会った事があるか?」

 

 

口をキュッと噤む。

どうしてこうも勘が鋭いのか。

 

……いや、私が挙動不審なのが悪いのか。

 

ファルコンは目が良い。

飛行能力を持つ故に、目は良くなければならない。

正しく、鷹の目……ならぬ、隼の目だろう。

それは視力が良いというだけではなく、物事を観察する目も優れているという事だ。

 

 

「……まぁ、以前。少し」

 

 

私は観念して……どんな反応をされるか怯えながら、返答した。

 

 

「そうか?何処で会ったか……覚えてないんだが──

 

「マドリプールで、一度だけ」

 

 

エレベーターが、一階に止まった。

ランプはまだ、上を指し示している。

 

サムは上層に用事があるのだろう。

私はエレベーターから降りて……振り返る。

 

彼は少し訝しみ、何かに気付いたように目を開いた。

 

 

「それじゃあ、また……」

 

 

私は手を振って、逃げるように後にした。

エレベーターのドアが閉じて、サムは上層に──

 

 

「ちょ、ちょっと、待ってくれないか?」

 

 

彼はエレベーターから降りて、私を追いかけてきた。

 

 

「……げっ」

 

「げって何だ、げっとは……君の名前はレッ──

 

「ミシェル・ジェーン=ワトソン」

 

 

最後まで言わせまいと遮る。

アベンジャーズタワーの一階は受付もある。

事情を知らない一般人も居るかも知れない。

 

その名前(レッドキャップ)と私を紐付けるのは危うい。

何処で誰が聞いているか分からないのだから。

 

私の意図に気付いたのか、サムが目を細めて頷いた。

 

 

「あー、すまない。じゃあ、ジェーン?」

 

「ミシェルでいい、です」

 

「それじゃあ、ミシェル」

 

 

サムはポケットに片手を突っ込んで、もう片方の手で頬を掻いた。

何かを、言おうとして……迷っている。

 

先に、私が口を開く事にした。

 

 

「ごめんなさい」

 

「……あぇ?」

 

 

サムが、私の謝罪に首を傾げた。

 

 

「マドリプールのこと。殴ったり蹴ったりしたし」

 

「あーいや、それは全く気にしてないぞ。そういう事はしょっちゅうある」

 

「殴られたりする事が?」

 

「違う。敵だと思ってた奴が仲間になる事が、だ」

 

 

サムが苦笑した。

 

 

「あぁ、いや……だが、君のような少女と殴り合うこともあったな」

 

 

……誰の、事だろうか?

私の記憶にもない……見当も付かない。

 

 

「それって、一体、誰の──

 

「もう既にこの世に居ない。救えない事もある」

 

 

彼の目が伏せられて、私は……視線を下げた。

 

 

「だが──

 

 

サムが口を開いた。

 

 

「君は生きている。それは喜ぶべき事だ」

 

「…………」

 

「だから、会えて良かった。それだけだ。それだけ、言いたかった」

 

 

……あぁ、どうしてこうも。

 

彼ら(ヒーロー)は……私を。

 

 

「……ファルコン」

 

「サムで良い。同僚なんだろう?聞いたぞ、自分から『S.H.I.E.L.D.』のエージェントに立候補したらしいな」

 

「……え、っと、それは、まぁ──

 

「凄いな。俺がそれぐらいの年齢の時はまだ、近所で悪さをするような悪ガキだった。人のために何かをしようだなんてそんな事は思いも付かなかった」

 

「え、あ、は、はひ──

 

 

まるで私を親戚の娘……姪のように褒めてくる彼にぐいぐいと押されて──

 

 

「サム、何をしてるんだ」

 

 

救いの主が現れた。

キャプテン・アメリカ(スティーブ・ロジャース)だ。

 

 

「スティーブ、いや、これは──

 

「場所を選べ、あと相手の年齢もだ」

 

「いいや、違う。そういう目的じゃない。お前も分かって言ってるだろ」

 

「どうだかな」

 

「おい」

 

 

スティーブが揶揄うように笑って、サムが頬を引き攣らせた。

私はホッと息を吐いた。

 

グウェンと話して、サムと会話して……思ったより時間を食ってしまったか。

スティーブは私との面談結果を、ニック・フューリーへ報告し終えたようだ。

 

サムがバツの悪そうな顔で、私に対して口を開いた。

 

 

「あー、ミシェル。引き止めて悪かった」

 

 

頬を掻いて申し訳なそうにする彼に、思わず頬が緩み……首を振った。

 

 

「ううん。私は貴方と話せて良かった、です」

 

「俺もだ」

 

「それじゃあ……『また』」

 

「……えぇ、また」

 

 

小さく握手をして、そのまま手を振った。

 

ガラス張りの壁から光が零れ落ちている。

それは私を照らしている。

 

この眩しいほどの光の下にいる限り……いずれ、また会えるだろう。

その時は……今日、話せなかった事も話そう。

 

謝罪だけでなく、憧れと、尊敬も。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ビニール袋にチョコレート菓子と、砂糖菓子……マシュマロを入れて持ち歩く。

大きく膨らんだ袋には、胸焼けするほどの甘味。

 

今日は沢山、良い出来事があった。

 

憧れてた人に会えて。

尊敬できる人にも会えて。

親しい友人にも会えた。

 

後は、愛しい恋人と出会えれば完璧なのだけれど。

 

贅沢は言ってられない。

 

袋に入った菓子を持ち歩きながら、ショーウィンドウを流し見る。

 

 

……ふと、足を止めた。

 

 

白い、純白のドレス。

ウェディングドレスだ。

隣にはタキシードも。

 

飾られたそれに、視線が吸い寄せられる。

 

ウェディングドレスを着たマネキンは、真っ赤なハートのクッションを持っていた。

 

脳裏に、少しだけ過ぎる。

 

 

……ピーターとの、将来を。

 

今は恋人だ。

将来を誓い合った……という、訳ではないけれど。

 

いつか、こうして……こんな、ドレスを着る日が来るのだろうか。

私に。

 

 

「ピーター……」

 

 

彼は私の事を好きだと言ってくれている。

だけど、いつまで経っても手を出してくれない。

 

それは何故なのか……分からない。

もう少し、一緒にいれば、いずれ。

 

……いずれって、いつなのだろう。

 

ピーターを疑っている訳じゃない。

だけど、私と彼の関係性は……少し、複雑だ。

ほつれないように、私は必死に結んでいる。

 

……ピーターは、本当に私『なんか』を。

 

 

「……大丈夫」

 

 

ピーターは私を愛してくれている。

それは間違いない。

大丈夫だ、きっと大丈夫。

 

私はピーターを信じているのだから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショーウィンドウに反射する景色に、視線を奪われた。

ピーターが誰かと、一緒に歩いていた。

 

 

「…………ピーター?」

 

 

小さく、口にしながら振り返る。

 

ピーターは、赤毛の綺麗な少女と手を結び……歩いていた。

 

アレは誰だろうか?

 

どうして、手を結んでいるのだろうか?

 

何故、アルバイトだって言っていたのに。

出会うのに、私に言えない相手なのだろうか?

 

無意識のうちに呼吸が荒くなる。

手元からビニール袋が落ちて、ガサリ、と音が鳴った。

 

少し、目が痛んで……手で拭う。

袖は濡れていた。

 

 

「…………っ」

 

 

視線を上げると……ピーターと、誰かは人混みに消えていた。

 

見間違い……なんかじゃない。

 

アレは確かにピーターだった。

どうして?

 

あんな綺麗な女性と手を結んで、まるで恋人のように──

 

 

「あ」

 

 

恋人?

 

……でも、それは私じゃないか?

 

でも、だって。

 

 

 

「……そん、な」

 

 

 

私は、ピーターの罪悪感を盾にして無理矢理、恋人になったような人間だ。

 

彼は優しいから。

私を放って置けなかったのだとしたら。

……本当は別に好きな人がいるのだとしたら。

それが、私に手を出さない本当の理由なのだとしたら。

 

 

「…………そっか」

 

 

ピーターは優しく、頼りになる人だ。

きっと、モテる。

 

それに比べて私は……どうなのだろう。

容姿だけしか取り柄のない、女だ。

 

本当は気付いていた。

私は彼に相応しくないのだと。

 

 

視界がボヤける。

 

 

私はピーターを幸せにしたかった。

だけど、彼は……彼が、私の事を重荷だと思っているとしたら?

 

彼はきっと、優しいから私から離れる事はない。

苦しみながらも、私のために……私を愛そうと努力してくれる筈だ。

 

だけど──

 

 

「それは……私が、やりたい事じゃない」

 

 

私の所為で、ピーターが不幸になるのだとしたら。

 

 

「……私、何のために……」

 

 

私から……言うべきなのだ。

ピーターと別れるのならば、私という重荷から言わなければならない。

彼は優しいから、黙っていれば……きっと私を幸せにしてくれる。

 

だけど、私はそれを望んでいない。

私が望むのは彼の幸せだ。

……その時、隣にいるのが私ではなかったとしても──

 

なかったとしても──

 

しても──

 

 

「……嫌、だな」

 

 

嗚咽を漏らしそうになる喉を抑えて、涙が溢れそうになるのを耐えて。

 

私は、黒く渦巻く悲しみの感情に耐えて……帰路に就いた。

 

朗らかな気持ちは霧散し、私は……まるで、頭が壊れそうになるほどの悲しみを感じていた。

 

涙を溢さないよう、空を見上げれば……曇天の、灰色の雲が視界に入った。

 

途方もない損失感に、まるで胸に穴が空いてしまったのかと……そう、思えた。

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