【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
……いや、ホント、すみません。
そわそわ。
そわそわ、と。
私、
アベンジャーズ・タワー、地下7階。
面談室で……装飾品のないシンプルな机を挟み、ミシェル・ジェーン=ワトソンと向き合っている。
彼女はしきりに視線を動かして、私と目が合えば……露骨に逸らした。
……落ち着かない理由は分かる。
「すまないが、バッキーは今日、別件で忙しいんだ。本日から数日間、私が面談を担当するが……構わないか?」
「は、はい……」
恐れるように、緊張した様子で彼女は頷いた。
……私に苦手意識があるのだろう。
それは仕方のない話だ。
私と彼女は、幾度か戦った相手だ。
私は彼女の腕を切り落とした事もある。
そんな相手に親しくしようなどと、普通は考えない。
「……すまないな。無理はしなくていい、バッキーが帰還するまで延期という形でも──
「い、いえ……私は大丈夫、です」
努めて笑う彼女に、心の奥底から申し訳なさを感じてしまった。
『S.H.I.E.L.D.』の、いやニック・フューリーが考案した『レッドキャップ更生計画』。
彼女のメンタルケアと、社会的な常識の教育、壊れてしまっていた倫理観と情操の補強。
そうして、彼女を社会復帰させる……それが目的だ。
その点、最近の彼女は随分と顔色が良くなった。
メンタルケアの結果か、それ以外が要因か……もしくは、その両方か。
元々、メンタルケアは私が行う予定だった。
しかし、彼女の精神面の影響や、私と彼女の過去の諍いを考慮し……今はバッキーが担当している。
しかし、今日だけは……特別だ。
「バッキーとは普段、どんな事をしているんだい?」
そもそも、私自身としては彼女と話がしたかった。
彼女は今、どんな精神状況なのか……心配だったからだ。
「私と、バ、バッキーは普段……雑談、とか……してる、ます」
ごにょごにょと吃りながら、それでも彼女は言い切った。
その様子に、私はよく話してくれたと……内心では褒めるが、実際に褒めれば『馬鹿にされている』と感じてしまうだろう。
この感情は心の奥底に封じておこう。
代わりに、私は頬を緩めた。
「そうか……!どんな話題で話してるんだ?」
「昔、殺してしまった人の話」
思わず、私は頬を引き攣らせた、
バッキーと彼女はよく似ている。
生い立ちも、技能も……その精神性さえも。
よく似ている。
だからこそ、彼は彼女に共感できるし、説得力のある解答も出来るのだろう。
……正直、私には難しい話だ。
バッキーは人の弱さをよく知っていて、自身の弱さを許容し、過去と向き合いながら生きて行く術を知っている。
彼も彼女も、自身の犯した罪を背負い歩いている同類なのだ。
「すまないが……少し、別の話にしないか?」
「……はい」
しかし……赤いマスクを被っていた頃と、様子が随分と違う。
同一人物なのだと、言われても信じられないだろう。
彼女は人並みの善性を持ちながら、人殺しを強要されていた。
自身の心を守るために、別人のように振る舞っていた……そう考えられる。
……彼女の持っている、別世界の記憶。
それを基礎に、あのような言動を作り上げたのだ。
多重人格、ではない。
彼女は一つの人格に二つの側面を兼ね備えている。
歳頃の少女らしい一面と、暴力的な成人男性のような一面……その二つを併せ持つ。
最近はその、暴力的な一面を表してはいないのだろう。
随分と穏やかになったものだ。
「最近あった良い出来事などを、私に話してくれないか?」
「良い……出来事?」
罪悪感を和らげる事は、私には難しい。
ならば、彼女のナイーブな面を少しでも緩和できればと……言葉を口にした。
「そうだ。食事が美味しかった話でもいい、綺麗なものを見たという話でもいい。何かあるだろうか?」
「…………」
ミシェルは少し目を泳がせて、何かに気付いたように……口を開いた。
「私の友人が──
「あぁ」
「別の……私の友人を認めてくれた事……です」
少し、脳裏で考える。
彼女の友人……グウェン・ステイシーか、ハリー・オズボーン……後は学友が居ると言っていたか。
彼等と別の友人……か。
どんな人間かは知らない。
だが──
「それは良い事だ。私も友人同士が仲良くしていると、嬉しくなる」
肯定する。
自分本位な良かった事ではなく、他人の交友関係の改善を良かった事と言うのが……なんとも、彼女らしいと思った。
「……キャプテンも?」
「勿論だ。ヒーローという立場なら……いいや、大人になれば人間関係は複雑化する一方だ」
私は脳裏に数人の友人、仲間の顔を思い浮かべながら、言葉を繋げる。
「誰しも立場という物があり、守らなければならない物がある。互いに尊重できれば良いが、時として譲れない事もある」
私の言葉に、ミシェルは頷いた。
「そういった
「……はい。凄く、良い事だと思い、ます」
「ありがとう」
僕が礼を言うと、彼女は少し不思議そうな顔をした。
礼を言われた理由が分からないのだろう。
単純な話だ。
私の言葉を、思いを肯定してくれた……それに対しての感謝なのだ。
互いの意見を尊重すること。
それが信頼への第一歩だからだ。
「少し説教臭い話になってしまったが、君が『良い事』だと感じた事は……私達にも難しい事だという事だ」
「……そんな事は」
「あるさ。信頼を築く事は何よりも難しい。互いに尊重する心を持って、語り合わなければならない。君は、良い友人を持った」
「……はい」
私が褒めると……彼女は照れ臭そうに頷いた。
何となく、彼女の本質が見えた気がした。
自身を褒められるよりも、友人を褒められる方が嬉しく感じるのだろう。
それは善性の表れでもあるが……自己肯定感の低さも起因している。
「……君の友人は──
だから、その方向性で話を進める事にした。
「過去を知っても、友人として君と一緒にいてくれているだろう?」
「……はい。凄く嬉しい、です」
「それは君の友人達が、君を信頼して……
「……それは、そう……です、か?」
「そうだとも」
彼女の訝しむような表情に、私は頷いた。
「素晴らしい友人が君にはいる。その友人からすれば君も素晴らしい友人だろう」
「……そう、かな」
「あぁ、そうだとも」
再び肯定すると、彼女の頬が少し緩んだ。
年相応の少女らしさに、微笑ましく思えた。
……彼女を助けた甲斐があったという物だ。
ふと、視線を上げると……壁掛け時計の短い針が、真上を指しかけていた。
「まだ、少し時間がある。何か話したい事はないか?」
「話したい事……」
「して欲しい事でもいい。可能な限り善処しよう」
私がそう言うと……彼女は少し、悩むような素振りを見せて──
「それなら、して欲しい事が──
「あぁ。何でも言ってくれ」
「私……その──
彼女は緊張した面持ちで、口を開いた。
「サインが欲しい、です」
「サイン?」
私は少し、悩んで……なるほどと、頷いた。
「何か、署名しなければならない書類があるのか?それなら確認しよう。ペンは確か──
「え、あ、違う……違います」
彼女は首を横に振った。
「えっと……その、サインは、えっと……」
言いあぐねて、そして……少し、俯いて。
「やっぱり、いいです……」
落ち込んだ様子で、彼女は口を閉ざした。
……言い辛い事なのだろうか?
だがしかし、ここで退かせる事はしたくなかった。
「ミシェル」
名前を呼べば、恐る恐るといった様子で顔を上げた。
「私は君の事を嫌わないし、幻滅もしない。言い辛い事だとしたら申し訳ないのだが……それでも、訊かせてくれないか?」
「キャプテン……」
私がそう言うと……彼女は頬を緩めた。
「私は君を尊重する。それは『S.H.I.E.L.D.』の仲間として……誰かを守ろうとする意思を持つ者として。だから、君と話したいんだ」
僕の言葉に、彼女は眉尻を下がった。
「……やっぱり、キャプテンは凄い」
ボソリと彼女が小さく呟いた言葉は、私の超人血清によって強化された聴力に届いていた。
だが、その事を口にするのは野暮だろう。
黙って、彼女が言葉を口にするのを待っていた。
「キャプテンのサインが欲しいのは……えっと、私が──
「君が?」
「私がキャプテンの……ファ、ファン、だから、です」
凄く気恥ずかしそうに、顔を赤らめて……彼女は視線を下げた。
ファン?
……言葉は理解できた。
サインの意味も。
数年前、『S.H.I.E.L.D.』のエージェントであるコールソンにもサインを強請られたなと、記憶が蘇る。
そうだ。
……私はヒーローとしての活動経歴が非常に長い。
それこそ、数年前コールドスリープから目覚める前……世界大戦の頃から活動していたのだから。
それ相応にファンが多いのは自覚している。
チャリティーなどで、サインをする事も多々ある。
だがしかし、彼女が?
私と戦っている時、そんな素振りを見せはしなかった彼女が……?
意外を通り越して……思考の死角から鈍器で強く殴られたかのような衝撃だ。
かなり、驚いていた。
「……すみません、やっぱり、ダメ……です、か?」
私の無言を否定と受け取ってしまったのか、彼女は申し訳なさそうに言葉を口にした。
私は慌てて弁明する。
「い、いや違うとも。少し驚いてしまっただけだ。サインはしよう」
そう言うと……彼女は嬉しそうに、安堵したのか息を深く吐いた。
その姿からは……確かに、私に憧れている子供と同じような心持ちを感じた。
……そうか、彼女は。
ヒーローに憧れていたのだろう。
それなのに、あんな事をさせられていたのだとしたら……やるせない気持ちになる。
しかし、それはもう過去の話になる。
今なら……彼女も、なれる。
ヒーローになれる。
誰だって、人を助けようとする意思さえあれば。
行動出来れば……誰だって、誰かのヒーローだ。
私は卓上にあるペンを手に取って、彼女に話しかける。
「何に書けばいい?」
「……あ、えっと」
彼女は慌てて、自身の鞄を開いた。
そして、そこから……バインダーのような物を取り出した。
それを開けば……白紙のページが現れた。
「……ここに」
「あぁ、構わないとも」
ペンで──
──────────
キャプテン・アメリカから
──────────
私の名前と──
──────────
ミシェル・ジェーン=ワトソンへ
──────────
彼女の名前と──
──────────
──────────
君へのメッセージを。
僕が子供に向けて、よく書いている願いだ。
彼女に贈るのに相応しいと感じた。
願いを込めて、文字を記した。
いつか、同じ理想を抱き、共に誰かの為に戦える事を祈って。
◇◆◇
鼻歌混じりになりながら、私はアベンジャーズタワーの廊下を歩いていた。
「……サイン、貰っちゃった」
キャプテン・アメリカ。
ずっと憧れていたヒーローだ。
頬を緩ませて、バインダーを撫でる。
私は、趣味のスクラップブック作りを再開していた。
少し、今までとのスクラップブックとは違うけれど。
出会った人と一緒に撮った写真や……思い出を残すための『私の』スクラップブックだ。
そこにキャップのサインが貰えた。
ヒーローオタク冥利に尽きるだろう。
……あ。
そうだ、ピーターのも作ろう。
『また』スパイダーマンのスクラップブックを……あれ?
作った事ってあったっけ?
……ピーターに一度、確認しようかな?
とにかく、私は上機嫌だった。
たった一つの物事を除けば、だが。
今日の用事は午前中までで、午後から自由だ。
ピーターに会いに……は、行けない。
残念な事に、ピーターは今日、どうしても外せないバイトがあるらしい。
仕方のない話だ。
私は理解のある
不機嫌にもならないし、笑って頷いた。
それでも、寂しい。
なるべく顔に出さないようにしたつもりだが、ピーターから慰められた。
……昔は表情を作るのも苦手だと言っていた程だったのに。
あまりに幸せだから、表情筋が復活したのだろうか。
そんな事を考えながら廊下を歩いていると……知人を見つけた。
「あっ、グウェン……」
「ミシェル、奇遇ね」
グウェンと廊下で合流して、歩く。
彼女は黒いタイトな服……というか、『S.H.I.E.L.D.』のエージェント服を着ていた。
「グウェンは……これから訓練?」
「まぁね。ミシェルは午後休なの?」
「ん」
頷くとグウェンに頭を撫でられた。
……彼女は撫で癖がある。
最近は特に顕著だ。
それだけ、互いの距離が近付いたのだろう。
心も、物理的にも。
私からすれば、彼女に隠し事をしなくて良くなったと、後ろめたい気持ちがなくなったからだ。
「えっと、じゃあ彼氏の所行くの?」
グウェンが……ちょっと、ほんのちょっぴり嫌そうな顔をして訊いてきた。
彼女はもう、ピーターが悪人だとはもう思っていない。
だけど、それでも……私が彼氏とどうこう、というのは嫌なのだと言う。
何だか、頼りないように見えるらしい。
「ううん、今日はバイトらしいから。ちょっと、食料品でも買い溜めしようかと思って」
「あぁ、お菓子ね」
わざわざ、食料品と言ったのに……読み替えられた。
いや、確かにそうなのだが。
私は料理なんて殆どしないし、買う食品と言えば菓子類ばかりだ。
「それじゃ、またね」
「ん、また」
グウェンと別れて……エレベーターに乗る。
最新式のエレベーターはガラス張りだが……ここは地下、景色は真っ暗だ。
ドアが閉じる直前……誰かが、駆け込んできた。
『開』ボタンを押すと……一人の男性が入って来た。
「おっと……左から失礼」
お辞儀をして来たのは……見覚えのある顔だった。
と言っても、一方的なものだ。
ドキドキと、心臓を高鳴らせながら……私は口を噤んだ。
サム・ウィルソン。
ファルコンと呼ばれる男がそこに居た。
少し、気まずく感じながら……エレベーターが登っていく。
チラ、と視線をサムに向ける。
マドリプールで殺し合った時以来か……いや、彼からすれば私を殺すつもりは無かったのか。
ニック・フューリーによる閉口令により、私の顔写真は『S.H.I.E.L.D.』内に出回ってはいない。
私が組織から救出された事は知っているだろうが、今何をしているかは知らないだろう。
にしても……。
視線がぶつかり、私は慌てて視線を逸らした。
「なぁ、お嬢ちゃん」
「……は、はい」
「何処かで会った事があるか?」
口をキュッと噤む。
どうしてこうも勘が鋭いのか。
……いや、私が挙動不審なのが悪いのか。
ファルコンは目が良い。
飛行能力を持つ故に、目は良くなければならない。
正しく、鷹の目……ならぬ、隼の目だろう。
それは視力が良いというだけではなく、物事を観察する目も優れているという事だ。
「……まぁ、以前。少し」
私は観念して……どんな反応をされるか怯えながら、返答した。
「そうか?何処で会ったか……覚えてないんだが──
「マドリプールで、一度だけ」
エレベーターが、一階に止まった。
ランプはまだ、上を指し示している。
サムは上層に用事があるのだろう。
私はエレベーターから降りて……振り返る。
彼は少し訝しみ、何かに気付いたように目を開いた。
「それじゃあ、また……」
私は手を振って、逃げるように後にした。
エレベーターのドアが閉じて、サムは上層に──
「ちょ、ちょっと、待ってくれないか?」
彼はエレベーターから降りて、私を追いかけてきた。
「……げっ」
「げって何だ、げっとは……君の名前はレッ──
「ミシェル・ジェーン=ワトソン」
最後まで言わせまいと遮る。
アベンジャーズタワーの一階は受付もある。
事情を知らない一般人も居るかも知れない。
何処で誰が聞いているか分からないのだから。
私の意図に気付いたのか、サムが目を細めて頷いた。
「あー、すまない。じゃあ、ジェーン?」
「ミシェルでいい、です」
「それじゃあ、ミシェル」
サムはポケットに片手を突っ込んで、もう片方の手で頬を掻いた。
何かを、言おうとして……迷っている。
先に、私が口を開く事にした。
「ごめんなさい」
「……あぇ?」
サムが、私の謝罪に首を傾げた。
「マドリプールのこと。殴ったり蹴ったりしたし」
「あーいや、それは全く気にしてないぞ。そういう事はしょっちゅうある」
「殴られたりする事が?」
「違う。敵だと思ってた奴が仲間になる事が、だ」
サムが苦笑した。
「あぁ、いや……だが、君のような少女と殴り合うこともあったな」
……誰の、事だろうか?
私の記憶にもない……見当も付かない。
「それって、一体、誰の──
「もう既にこの世に居ない。救えない事もある」
彼の目が伏せられて、私は……視線を下げた。
「だが──
サムが口を開いた。
「君は生きている。それは喜ぶべき事だ」
「…………」
「だから、会えて良かった。それだけだ。それだけ、言いたかった」
……あぁ、どうしてこうも。
「……ファルコン」
「サムで良い。同僚なんだろう?聞いたぞ、自分から『S.H.I.E.L.D.』のエージェントに立候補したらしいな」
「……え、っと、それは、まぁ──
「凄いな。俺がそれぐらいの年齢の時はまだ、近所で悪さをするような悪ガキだった。人のために何かをしようだなんてそんな事は思いも付かなかった」
「え、あ、は、はひ──
まるで私を親戚の娘……姪のように褒めてくる彼にぐいぐいと押されて──
「サム、何をしてるんだ」
救いの主が現れた。
「スティーブ、いや、これは──
「場所を選べ、あと相手の年齢もだ」
「いいや、違う。そういう目的じゃない。お前も分かって言ってるだろ」
「どうだかな」
「おい」
スティーブが揶揄うように笑って、サムが頬を引き攣らせた。
私はホッと息を吐いた。
グウェンと話して、サムと会話して……思ったより時間を食ってしまったか。
スティーブは私との面談結果を、ニック・フューリーへ報告し終えたようだ。
サムがバツの悪そうな顔で、私に対して口を開いた。
「あー、ミシェル。引き止めて悪かった」
頬を掻いて申し訳なそうにする彼に、思わず頬が緩み……首を振った。
「ううん。私は貴方と話せて良かった、です」
「俺もだ」
「それじゃあ……『また』」
「……えぇ、また」
小さく握手をして、そのまま手を振った。
ガラス張りの壁から光が零れ落ちている。
それは私を照らしている。
この眩しいほどの光の下にいる限り……いずれ、また会えるだろう。
その時は……今日、話せなかった事も話そう。
謝罪だけでなく、憧れと、尊敬も。
◇◆◇
ビニール袋にチョコレート菓子と、砂糖菓子……マシュマロを入れて持ち歩く。
大きく膨らんだ袋には、胸焼けするほどの甘味。
今日は沢山、良い出来事があった。
憧れてた人に会えて。
尊敬できる人にも会えて。
親しい友人にも会えた。
後は、愛しい恋人と出会えれば完璧なのだけれど。
贅沢は言ってられない。
袋に入った菓子を持ち歩きながら、ショーウィンドウを流し見る。
……ふと、足を止めた。
白い、純白のドレス。
ウェディングドレスだ。
隣にはタキシードも。
飾られたそれに、視線が吸い寄せられる。
ウェディングドレスを着たマネキンは、真っ赤なハートのクッションを持っていた。
脳裏に、少しだけ過ぎる。
……ピーターとの、将来を。
今は恋人だ。
将来を誓い合った……という、訳ではないけれど。
いつか、こうして……こんな、ドレスを着る日が来るのだろうか。
私に。
「ピーター……」
彼は私の事を好きだと言ってくれている。
だけど、いつまで経っても手を出してくれない。
それは何故なのか……分からない。
もう少し、一緒にいれば、いずれ。
……いずれって、いつなのだろう。
ピーターを疑っている訳じゃない。
だけど、私と彼の関係性は……少し、複雑だ。
ほつれないように、私は必死に結んでいる。
……ピーターは、本当に私『なんか』を。
「……大丈夫」
ピーターは私を愛してくれている。
それは間違いない。
大丈夫だ、きっと大丈夫。
私はピーターを信じているのだから──
ショーウィンドウに反射する景色に、視線を奪われた。
ピーターが誰かと、一緒に歩いていた。
「…………ピーター?」
小さく、口にしながら振り返る。
ピーターは、赤毛の綺麗な少女と手を結び……歩いていた。
アレは誰だろうか?
どうして、手を結んでいるのだろうか?
何故、アルバイトだって言っていたのに。
出会うのに、私に言えない相手なのだろうか?
無意識のうちに呼吸が荒くなる。
手元からビニール袋が落ちて、ガサリ、と音が鳴った。
少し、目が痛んで……手で拭う。
袖は濡れていた。
「…………っ」
視線を上げると……ピーターと、誰かは人混みに消えていた。
見間違い……なんかじゃない。
アレは確かにピーターだった。
どうして?
あんな綺麗な女性と手を結んで、まるで恋人のように──
「あ」
恋人?
……でも、それは私じゃないか?
でも、だって。
「……そん、な」
私は、ピーターの罪悪感を盾にして無理矢理、恋人になったような人間だ。
彼は優しいから。
私を放って置けなかったのだとしたら。
……本当は別に好きな人がいるのだとしたら。
それが、私に手を出さない本当の理由なのだとしたら。
「…………そっか」
ピーターは優しく、頼りになる人だ。
きっと、モテる。
それに比べて私は……どうなのだろう。
容姿だけしか取り柄のない、女だ。
本当は気付いていた。
私は彼に相応しくないのだと。
視界がボヤける。
私はピーターを幸せにしたかった。
だけど、彼は……彼が、私の事を重荷だと思っているとしたら?
彼はきっと、優しいから私から離れる事はない。
苦しみながらも、私のために……私を愛そうと努力してくれる筈だ。
だけど──
「それは……私が、やりたい事じゃない」
私の所為で、ピーターが不幸になるのだとしたら。
「……私、何のために……」
私から……言うべきなのだ。
ピーターと別れるのならば、私という重荷から言わなければならない。
彼は優しいから、黙っていれば……きっと私を幸せにしてくれる。
だけど、私はそれを望んでいない。
私が望むのは彼の幸せだ。
……その時、隣にいるのが私ではなかったとしても──
なかったとしても──
しても──
「……嫌、だな」
嗚咽を漏らしそうになる喉を抑えて、涙が溢れそうになるのを耐えて。
私は、黒く渦巻く悲しみの感情に耐えて……帰路に就いた。
朗らかな気持ちは霧散し、私は……まるで、頭が壊れそうになるほどの悲しみを感じていた。
涙を溢さないよう、空を見上げれば……曇天の、灰色の雲が視界に入った。
途方もない損失感に、まるで胸に穴が空いてしまったのかと……そう、思えた。