【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#9 アイ・ウィッシュ…… part2

夜、暗闇の中。

携帯電話の明かりだけが私の目に入る。

マンションの自室で、ベッドに横たわり……メッセージアプリを開いていた。

 

宛先は……ピーター・パーカー。

恋人の名前だ。

 

……そう思っているのは、自分だけだったのだろうか?

 

いいや、ピーターはそんな人じゃない。

不貞を働くような人じゃない。

 

 

だけど、私は──

 

 

私は、自分の事を信じられない。

彼に愛してもらえる資格はあるのか、信じる事は出来ない。

 

 

……震える指で、文字を打ち込む。

 

 

『ピーター、今日のバイトはどうでしたか?』

 

 

真っ直ぐには、訊けない。

浮気しているのか、なんて。

他に好きな人がいるのか、なんて。

 

もし、本当に『そう』だったとしたら私は──

 

小さく電子音が鳴って、返信が来る。

 

 

『凄く大変だったよ』

 

 

……大変?

誰か知らない女の子と手を繋いで……それが?

 

胸の中でモヤモヤと立ち込めるのは嫉妬か、それとも悲しみか。

 

……後者だ。

嫉妬できるほど、私は自惚れていない。

 

 

『何のバイトでしたか?』

 

『デイリー・ビューグルだよ。事務所の模様替えだか何だかで……ジェイムソンが業者を呼ぶのを渋ったんだ』

 

 

……片付けの模様替え?

 

 

『今日はずっとデイリー・ビューグルに居ましたか?』

 

『そうだよ。凄く埃まみれになっちゃって、参ったよ』

 

 

指が止まる。

口が乾く。

 

デイリー・ビューグルがある場所と、私がピーターを見かけた場所は……少し距離がある。

 

嘘?

 

どうして?

 

……震える手で、携帯電話を握る。

 

訊けばいい。

訊くだけでいい。

 

他の女性といたか、誰かと手を握っていたかと、そう訊けばいい。

 

酷く、動悸をしながら……文字を打った。

 

 

『ピーターは最近、誰か女性と親しくなった?』

 

 

あ、あ、ダメだ。

取り消そう。

 

こんなの、疑っているような物だと──

 

 

『いいや?僕ってモテないからね。ミシェルだけだよ、親しいって呼べるのは』

 

 

手が、止まる。

瞬きも忘れて、息も止めた。

 

ほんの少し、だけど永く感じられる苦痛の時間に……深く、息を吐いた。

 

 

「……ピーター」

 

 

溢れた名前。

 

滴る涙。

 

渦巻く悲しみ。

 

 

「私……」

 

 

携帯電話を枕元に置いて、布団の中で蹲る。

 

 

「そんなに、ダメだったかな……」

 

 

枕を濡らす。

枕元に置いてあるクマのぬいぐるみを、強く抱きしめた。

 

 

「面倒な恋人だったかな……」

 

 

ピーターは私以外に好きな人がいるのだろう。

そして、その密会を邪魔されたくないから……私に、嘘を?

 

 

「重かったのかな……」

 

 

違う。

ピーターはそんな事しない。

そんな、不義理な事はしない筈だ。

 

だけど、どうして。

 

自分が見た景色を疑う事は出来ない。

アレは紛れもなく現実だった。

 

 

「……う、うぅ」

 

 

ぬいぐるみを抱きしめる。

だけど、抱き返してはこない。

 

ピーターは……私を、抱きしめてくれたのに。

 

 

「……ピーター」

 

 

未練がましく、そう呟きながら……まるで擦り傷を負ったかのようにズキズキと痛む心を、押さえつける。

 

体の傷は『治癒因子(ヒーリング・ファクター)』が治してくれる。

だけど、心の傷は……決して、癒えはしない。

 

 

「…………ひ、ぐっ」

 

 

涙でぐちゃぐちゃに潰れながら、私は布団の中で小さく、縮こまった。

私は無力で、小さな生き物だった。

 

……携帯電話でコール音が聞こえたけれど、無視をした。

 

今はただ、彼と向き合う事が怖かった。

これ以上、進むことも、下がることも怖かった。

このまま、恋人という立場に甘えて……ずっと、このままで。

 

関係を変えずに、少しでも長く。

彼の側に居たかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……どうしたのだろう」

 

 

僕は携帯電話に表示される『応答なし』の表示を眺める。

心配になってかけたけれど、もう寝てしまったのか……出てくれなかった。

 

 

「……ミシェル」

 

 

先程の会話の内容、僕の浮気を疑うような言葉。

 

……浮気?

する訳がない。

 

そもそも、ミシェル以外に親しい女性なんていない。

居たとしても、浮気なんてしないけれど。

 

僕は彼女が好きだ。

他の誰よりも、僕の中で優先するべき女性だ。

自分に中に全てを投げ打っても、彼女を助けたいと思える程に。

 

それなのに。

 

 

「……なんで」

 

 

今日は話した通り、デイリー・ビューグルでバイトしていた。

重い荷物の持ち運びは僕にとっては簡単な事だけれど、ジェイムソンが1ミリ単位で拘って何度も移動させられた時は参ってしまった。

 

そうして夕方までバイトして……スーツを着て、ちょっと人助けして、今に至る。

誰か別の女性と親しくするような時間はない。

そもそも、する気はないけど。

 

 

「…………大丈夫かな」

 

 

疑われた事はちょっとショックだった。

だけど、それ以上にミシェルが心配だった。

 

彼女は……自己肯定感が低い。

僕に捨てられるかも、なんて考えてるのかも知れない。

……いいや、それなら僕が捨てられるかもって疑うべきなのに。

 

だけど、僕はそんなネガティブな考えは持たない。

ミシェルが僕に、僕の事が好きなのだとアピールしてくれてるから──

 

 

「……でも」

 

 

僕は?

 

ミシェルには好きだって、口にしてる。

だけど、それでも……彼女を少し、遠くに置いているんじゃないだろうか。

それを、寂しいと思ってるのだとしたら。

 

……僕は。

 

 

「……ちゃんと、会話しよう。何か誤解があったんだって、言わないと」

 

 

僕は彼女が好きだ。

だけど、この気持ちが伝わっていないなら……僕は、どうしたら良いのだろう。

 

どう、好意を伝えたら良いのだろう。

 

……僕は布団の中で、ミシェルの顔を思い出していた。

 

僕に、出来る事は。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……ミシェル?」

 

「え……ぁ、はい」

 

 

机の向こう側で、キャプテンが眉を顰めた。

今日も、昨日に引き続いて面談だ。

そして、この後はナターシャとの訓練。

 

なのに、こんな……呆けていたら相手に失礼だ。

 

 

「ごめんなさい、キャプテン」

 

 

私が謝ると、キャプテンは少し……悩むような仕草をした。

 

 

「何か、嫌な事があったのか?」

 

「……う、えっと、まぁ……はい」

 

 

頷きながらも、こんな事をキャプテンに話せる訳がないと……そう思った。

朝、ピーターから着信がまたあった。

 

だけど、怖くて……私はそれに出られなかった。

メッセージで『大丈夫?』と来たけれど、それも無視してしまった。

 

私は最低だ。

心の中だけでもなく、行動も最悪だ。

 

自己嫌悪しながらも、それでも彼と向き合えなかった。

 

 

俯く私の様子に……キャプテンが口を開いた。

 

 

「今日の面談はここまでにしよう」

 

「……え」

 

 

キャプテンが立ち上がりながら、手元の端末に何かを打ち込んだ。

 

 

「そんな状態では訓練も出来ないだろうから……午後の訓練も中止だな」

 

「ま、待って……下さい。その、私は──

 

 

あまりにも身勝手な理由で、私は人に迷惑をかけている。

その事実に怯えて、遮ろうと立ち上がった。

 

けれど。

 

 

「大丈夫だ。面談も訓練も、君のためにやっている……だから、君が本調子ではないなら優先度は下がるんだ」

 

「……でも」

 

「残念だが、私には話せない事なのだろう?別の講師を呼んでいるから……その人と話すと良い」

 

 

キャプテンは努めて笑って、私の肩を軽く叩いた。

申し訳なさ、情けなさに……私は頭を下げた。

 

 

「……ごめんなさい」

 

「謝らなくて良いさ。私の方こそ、力になれなくてすまない」

 

 

逆に謝られて、下唇を噛んだ。

……キャプテンが席を立って、ドアを開けた。

 

 

「少しだけ、待っていてくれないか?直ぐに別の人が来る」

 

「……はい」

 

 

ドアが閉まり、私は椅子に腰掛けた。

 

誰が来るのだろう。

疑問符で頭を埋めながらも、自身の二の腕を握った。

 

爪が食い込むほど、強く握る。

 

私は人に迷惑をかけてばかりだ。

人助けに全身全霊を捧げる彼とは、やはり……。

 

一人になると自身を責める幻聴が聞こえる。

私は、私は……私なんて。

 

自分を詰りながら、その言葉に傷付いて、心を苦しめて。

 

人は落ち込む時、一気に落ち込むものだ。

悪感情に思い出が引き摺られ、後悔が生まれていく。

あの時、あぁしていれば良かったのに。

あの時、こうしていれば良かったのかな。

 

なんて──

 

……誰かの足音が聞こえる。

歩いている……いや、小走りで誰かが来ている。

 

強化された聴覚が、その『誰か』の正体を教えてくれる。

 

 

ドアが勢いよく開いた。

 

 

「ミシェル……!」

 

「……グウェン」

 

 

さっきまで訓練していたであろう、汗をかいたグウェンがそこに居た。

キャプテンは彼女を呼んだのか……訓練を中断してまで……呼んだんだ。

 

また、人に迷惑をかけてしまった。

 

彼女は私の顔を見て、ギョッとした。

 

 

「何があったの?」

 

 

冷静ではないのだろう。

だけど、冷静を装って……私の前に座った。

 

彼女の顔には『心配』という言葉が出ていた。

 

 

「……た、大した事じゃないから」

 

「そんな訳ないじゃない……!」

 

 

そう遮られて……グウェンは張り詰めた表情で、机を乗り出した。

 

 

「もう、そういうのは無しなんじゃないの……!?」

 

「そういうの……」

 

 

……グウェンは、私の隠し事を極端に嫌っている。

私が彼女に黙って悪人(ヴィラン)として活動していたから……二度と、そんな気持ちになりたくないからだろう。

 

……私は、観念して口を開いた。

 

 

 

 

 

 

恋人(ピーター)が浮気しているかも知れない事を。

 

知らない女性と手を繋いでいた事を。

 

そして、それを隠していた事を。

 

 

 

 

 

 

グウェンは険しい顔をしながら、黙って聞いていた。

……そして、怒りで眉を顰めて口を開いた。

 

 

「……バカね」

 

 

私は……机の下で指を組んだ。

こんな事を話してしまったら、グウェンはピーターを──

 

 

「ミシェル、貴女はバカよ」

 

「……え?」

 

 

違う。

彼女が怒っていたのは、私に対してだった。

 

 

「そりゃあ私も、あのピーターってのは気に入らないけど……でも──

 

 

グウェンは怒った表情で、腕を組んだ。

 

 

「アイツが口にした言葉は信用しているの。ミシェルが幸せになれるように、頑張るって言ってたでしょ?」

 

「……うん」

 

「それはきっと本当よ」

 

 

諭すように、私に言葉を投げかける。

 

 

「確かに頼りないし、ちょっとどうかと思うけど……でも、そんな事をするような奴じゃないわ」

 

「……グウェン」

 

 

想像よりも、ピーターに対する評価の高かったグウェンに、私は驚いた。

 

そして、彼女は私の頭を……優しく叩いた。

 

 

「うっ」

 

「貴女が信じなくてどうするのよ。どうしてそう、浮気されるかもって思ってしまうの?」

 

「だって、私は……私なんて──

 

 

俯いて、目を伏せる。

 

ネガティブな言葉が幾つも浮かんで、それを口にしようとして──

 

 

「もう!」

 

 

また頭を叩かれた。

今度は少し、強めだ。

 

 

「グウェン……?」

 

「ほんっと、に……もう……根っこの部分は治ってないのね」

 

 

ボソリと、グウェンは呟いて……また、私に視線を向けた。

 

 

「ピーターとは話したの?」

 

「え、えと……」

 

 

私は携帯電話に、ピーターからの着信があった事を思い出した。

そして、その着信を無視した事も。

 

 

「……して、ない」

 

「一度、会って話しなさい」

 

「……でも、私──

 

「怖くても、ちゃんと勇気を持って向き合わないとダメよ。自分の本音で、話し合うの」

 

 

グウェンがまた、腕を組んで頷いた。

そして、口を開いた。

 

 

「ピーターはそんな事するような奴なの?」

 

「……ううん」

 

「もう分かってるんでしょ?」

 

「……うん」

 

 

そうだ。

そうだった。

 

私が「どうであろうと」、ピーターは浮気なんかするような人じゃない。

 

どうしてこんな事も分からなかったのだろう。

 

 

「……グウェン、私……ピーターと会ってくる」

 

「そうね」

 

「会って、ちゃんと話してくる」

 

「えぇ、そうしなさい。それがベストよ」

 

 

私は席を立って、部屋から駆け出ようとして……グウェンの方へ振り返った。

 

 

「……ごめんなさい、グウェン。迷惑かけ──

 

「気にしてないわよ。友達なんだから、迷惑なんて思ってないわ」

 

 

彼女が親指を立てて、私は頬を緩めた。

 

 

「ありがと、グウェン」

 

 

感謝の言葉を吐いて、面談室から出た。

エレベーターに乗って、一階に。

 

受付の前を通って、アベンジャーズタワーの外へ。

 

 

快晴だ。

青空の下で、私は深く息を吸って……吐いた。

 

 

 

ピーターは今日、休みだった筈だ。

家にいる、のだろうか。

 

あぁ、そうだ。

電話だ。

 

電話にちゃんと、折り返さないと。

 

懐から携帯電話を出す。

着信履歴が……朝から一件増えている。

 

……心配、かけてる。

 

 

「……うっ」

 

 

ごめんなさい、ピーター。

私は携帯電話の発信ボタンを押して、電話を──

 

 

 

ピロピロピロ。

 

 

 

着信音が聞こえた。

私の携帯電話からじゃない。

 

だって今、発信したところだから。

 

 

ふと、音の聴こえた方を見ると……アベンジャーズ・タワーの前で──

 

 

「あっ」

 

 

ベンチに腰掛けているピーターの姿があった。

 

まだ、私に気付いてはいないみたいだけれど……慌てて、携帯電話を取り出しているのが見えた。

 

 

『も、もしもし!ミシェル!?えっと──

 

「……ピーター、そこで何してるの?」

 

 

そう言うと……ピーターは辺りを見渡して……出口の側にいる、私に気付いたようだ。

携帯電話の通話を切って、私の側に駆け寄ってきた。

 

 

「いや、ちょっと、ごめん。心配で……その、来ちゃったって奴、なんだけど……」

 

 

少し、汗をかいていた。

疲れていたからじゃないだろう。

焦っていたからだ。

 

 

「ごめん、ピーター。電話に……出なくて」

 

「い、いいよ。それは気にしてないから、それよりも、その──

 

 

ピーターは少し、言葉を選んで──

 

 

「大丈夫?」

 

 

出てきたのは心配の言葉で、私を責める言葉ではなかった。

そして、何があったのかと問い正すような質問でもなかった。

 

ただ、単純に……彼は、私を心配していたのだ。

 

そう思うと……昨日と、今朝の自分を責めたくなった。

 

 

「ピーター……その、話したい事があって」

 

「うん、いいよ。何でも言ってよ、何でも聞くから」

 

 

食い気味に頷くピーターに……少し、頬を緩める。

それと同時に、やはり罪悪感が湧いてしまった。

 

 

「今から、その……ピーターの部屋に行ってもいい?」

 

「うん、ここで話せない事なら……話しやすい場所で良いからさ」

 

 

ピーターに手を握られて、先導される。

……私はその手を、恐る恐る握り返した。

 

強く繋ぎ合う。

 

……どうして、疑ってしまったのだろう。

酷く後悔しながら、それでも。

 

彼の優しさに、私は……ボロボロになっていた心が癒やされていくのを感じてしまった。

 

どうかこの浅はかな羞恥心に、気付かれないように。

そう願いながら、私は手を引かれて……歩き出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

記憶を失った後、何度も通った一室。

ピーターの部屋で……私はベッドに腰掛けていた。

 

手元にはマグカップ。

彼の部屋に置いてある私用のマグカップは、湯気を出していた。

 

ホットミルクだ。

ピーターが落ち着けるようにと、入れて温めてくれた。

 

それを口に含む。

 

優しい甘さと、温かさに……少し、落ち着く。

 

息を吐くと……自分のしでかしてしまった事に、向き合わなければならないと、そう実感した。

 

 

「ピーター……」

 

「うん」

 

 

隣にピーターが座った。

両手を、膝の上で組んで……私の側で、私の顔を見てくれる。

 

今はただ、全身で私と向き合ってくれていた。

 

 

「その、私ね──

 

 

ぽつり、ぽつりと。

不安を、恐怖を、考えてしまった事を口にする。

 

ピーターが知らない女性と居た所を見てしまった事を。

捨てられるかもしれないと考えてしまった事を。

 

それをピーターは時々、相槌を打ちながら……聞いてくれた。

 

そして──

 

 

「ミシェル」

 

「……は、い」

 

 

ピーターの呼びかけに、身を縮こめた。

私の感じた不安は、ピーターに対する不信感だった。

それはピーターからすれば面白くない話だろう。

 

 

「まずはその、ごめん」

 

「……え?」

 

 

何の謝罪なのか、心臓が早鐘のように脈打つ。

 

 

「ミシェルを不安にさせてしまって」

 

「……う、あ、えっ、ううん。私、が悪い……から」

 

 

安心して……安心してしまった自分の浅はかさに嫌になった。

マグカップに中で真っ白なホットミルクが……渦巻いた。

 

 

「……その、昨日?知らない女性と一緒にいる所を見たって話だけど──

 

「……うん」

 

「それは多分、僕じゃないと思う」

 

 

ピーターの言葉に、私は首を傾げそうになる。

違う?

でもあれは確かに、ピーターだった筈だ。

見間違い、なんかじゃ──

 

 

「君がいるのに、他の女性と手を繋いだりなんかしないよ。そこはその……僕を、信じて欲しい」

 

 

真摯な瞳が、私を見つめている。

やましい所はない、そう言っている目だ。

……信じて欲しい、か。

 

 

「……うん、分かった」

 

 

信じていなかったのは……私が、私が悪い。

本当にどうかしている。

 

いくら私であろうとも、ピーターは捨てたりしない。

それは分かっていた筈なのに。

 

震える唇を、私は開く。

 

 

「ごめんね、ピーター」

 

「……いいや、僕の方こそ」

 

「ううん。私、最低だった……勝手に、こんな……事……迷惑、かけて。その、私……」

 

 

震える。

マグカップの中のミルクが揺れる。

 

怯える。

恥ずかしい。

怖い。

情けない。

 

目を強く瞑れば、小さく涙が──

 

 

「ミシェル」

 

 

ピーターが私の名前を呼んで……マグカップを持つ私の手を、上から覆った。

それは少し力強くて、優しくて……心地よかった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ミシェルは……今回の件はもう、納得してくれている。

不幸な勘違いが原因だったのだと、何か見間違いが原因だったのだろうと……納得している。

僕の事も信用してくれている。

 

解決?

 

……いいや、違う。

根本的には何も解決していない。

 

 

「ミシェル」

 

 

彼女の手をマグカップの上から覆う。

触れた瞬間、少し震えて……少しずつ治っていく。

振り払う事もなく、僕の手を受け入れた。

 

 

「ピーター、わ、私……私は──

 

 

自己を責めるような言葉を口にしようとして──

 

 

「ミシェル、僕はね」

 

 

遮った。

 

 

「僕はミシェルに、自分を好きになって欲しいんだ」

 

 

僕の……願いを口にする。

 

今回、こうも拗れてしまったのは……きっと、今までの僕の態度も原因かも知れないけれど、一番の要因は……彼女の自己肯定感の低さが原因だ。

 

僕に対する信頼よりも、自分自身に対する不信感が勝ってしまった。

 

 

「でも、私、なんか……」

 

 

彼女は自分を好きになれない。

信じられない。

 

それは、ずっと行っていた凶行の為か。

人を殺して生き延びてしまった故の、罪悪感からだ。

 

……驕らないのも、謙遜するのも美点だ。

だけど、限度がある。

 

彼女のそれは精神に対する自傷行為だ。

己を罵倒して傷付ける事で、罪の意識を和らげている。

 

分かっている。

 

だから、口にしなければならない。

 

 

「ミシェルは……自分の事を、信じられない……よね?」

 

「……うん」

 

「それなら──

 

 

自分を信じられないなら。

 

 

「そんなミシェルを好きになった僕を、信じて欲しいんだ」

 

 

僕を信じて欲しい。

 

 

「……ピーターを?」

 

「僕じゃなくても良い。グウェンや、ハリー、ネッド……他の人達だってそうだ。みんな、ミシェルの事が好きなんだ。幸せになって欲しいと思ってる」

 

 

僕の言葉に……ミシェルは否定しなかった。

彼女は他人の善意に気付いている。

 

その善意の源は──

 

 

「人が良くしてくれているのは、君が良い人だからだよ」

 

「私が……」

 

「そう。ミシェルを助けたいと、幸せになって欲しいって……そう思うのは、君が良い人だからだ」

 

 

言葉を選びながら、彼女の怯える瞳を見つめる。

僕は目を逸らさない。

彼女も目を逸らさなかった。

 

 

「自分を卑下しないで欲しいんだ。僕達が好きになった君を……少しは、信用して、好きになって欲しいんだ」

 

「……ピーター」

 

 

僕がそう言うと……ミシェルは少し眉を顰めて、口を小さく開いて閉じて、目を逸らして……戻した。

 

 

「……ごめんなさい」

 

「ミシェル……」

 

 

ダメ、だったのだろうか──

 

 

「あと、ありがとう」

 

 

いいや、少しは期待して良いのだろうか。

 

 

「……ミシェル」

 

「分かってる……もう、大丈夫」

 

 

ミシェルは空になったマグカップを机の上に置いた。

揺れていた瞳は元に戻って、震えていた唇には色が戻っていた。

 

いつもの彼女、ミシェル・ジェーン=ワトソンに戻っていた。

 

 

「ありがとう、ピーター。私、努力するから」

 

「……そっか」

 

 

何の努力を、とは訊かない。

分かっている。

 

自分を好きになるための努力なのだろう。

 

 

「私、みんなの好意を後ろめたいと思ってた」

 

「……うん」

 

「だけどもう、そう、思わない……ようにする」

 

 

彼女の自己肯定感の低さは、筋金入りだ。

それでも、それを直そうとする意思は……確かに、彼女に芽生えていた。

 

今は『そう』じゃなかったとしても、『そう』なれるように努力していくこと。

それは、努力していない時とは……天と地の差がある。

 

彼女は今、一歩を踏み出したんだ。

 

 

「私、向けられる好意を……少しは誇らしいと思えるように……なりたい」

 

「うん、それは良いね」

 

 

肯定して頷く。

ミシェルが小さく、本当に小さく笑った。

 

 

「ピーター、ありがとう。いつも」

 

「良いよ。僕だって、ミシェルに助けられてるから」

 

 

僕だって、時々、夜……暗闇の中で独り寝ていると……どうしようもなく、自分の事が情けなく思える時がある。

僕も、僕に対する自信はない。

 

そこは僕だって同じだ。

似たもの同士と言ってもいい。

 

それでも、僕が孤独を感じないのは……ミシェルがいるからだ。

僕の事を好きだと、そう言ってくれる彼女の存在が……僕の自尊心を奮い立たせてくれる。

 

……だけど、そんな事を知らないミシェルは首を傾げた。

 

 

「でも、私……ピーターの手助けなんて──

 

「一緒にいるだけで僕は救われてるよ。こうして、側にいてくれるだけで……僕は凄く、幸せだから」

 

 

そう言うと、ミシェルは目を細めた。

眉尻を下げて、頬を緩めて……笑った。

 

 

「私も、ピーターと一緒にいられて幸せ」

 

「うん……そうか、そうだね。ありがとう」

 

「私の方こそ……ずっと、感謝してる」

 

 

笑い合って……少し、視線を下げた。

 

少しの間そうして。

黙って二人で側にいて。

 

 

小さなボロいアパートの一室だけど。

それでも、凄く幸せな空間だった。

とても、幸せだった。

 

 

時間が経って、どれほどそうしていたのか……分からなかったけれど。

 

 

ミシェルが僕を見た。

その表情は意を決していて、張り詰めた表情だった。

 

僕は少し待って。

彼女が口を開いた。

 

 

「ピ、ピーターは──

 

 

声は、震えていた。

 

 

「その、どうして私の、えっと──

 

 

怯えている、というよりは恥ずかしそうにしていた。

 

 

「私と、しないの?」

 

 

しない?

 

する。

しない。

 

つまりえっと、『そういう』事だろう。

 

心臓の音が大きくなる。

彼女の唇が、艶やかに見える。

 

彼女の直接的なアピールに、僕は目が離せなくなった。

頬の赤みにドキリとして、それでも──

 

 

「だって今は……その、忙しいよね?お互いに」

 

「……ピーター」

 

「僕ってまだ、学生ですらないし……責任を持てないから──

 

 

幾つも理由を探して。

しない理由を見つけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、ミシェルの顔を見た。

 

 

悲しそうに、していた。

酷く、悲しそうに。

 

 

「あっ」

 

 

そうか、そうだ。

 

ミシェルがこうも僕の好意を疑ってしまったのは……彼女のアピールを僕が無下にしてしまっていたからだ。

自身の魅力を疑って、僕の好意を疑うには十分な理由だった。

 

僕は彼女を傷付けていたんだ。

 

僕は、口を閉じた。

自分を恥じた。

 

 

「……ピーター?」

 

 

そうだ。

彼女だって、大きな決意を持って、僕に……その、アピールをしていたのだろう。

 

恥ずかしかった筈だ。

勇気が必要だった筈だ。

僕を喜ばせようと、色々……してくれていたのに。

 

なのに、僕は逃げていたんだ。

 

彼女の好意から。

理由も告げずに、一方的に。

 

 

最低だ。

 

 

「……ごめん、ミシェル」

 

 

小さく、そう呟いて。

 

 

「その……もう逃げないから」

 

「……ピーター」

 

 

心臓は高鳴る。

将来の心配だとか、そういったものは……今はただ、横に置いておこう。

 

今、僕にできる事は──

 

 

「……ミシェル」

 

 

愛しているのだと、強く……そう教える事だった。

 

彼女の肩に手を乗せて……もう、何度もしてきた口付けを……した。

だけど、いつものとは違う。

何倍も、何十倍もドキドキした。

 

それはきっと、ミシェルも同じだ。

 

 

唾液が、混じる。

絡まる。

 

 

いつもと同じ、だけど少しだけ違うキスをして……唇を離した。

互いの唇が糸を引いた。

 

 

「ぅ……ピ、ピーター?」

 

 

彼女は頬を赤らめて、そして……この行為の意味に気付いた。

そして、これからの行為を……予感したのだろう。

 

少し驚いたような表情をして、顔を強張らせた。

 

僕は……口を開いた。

 

 

「い、いいかな?」

 

 

緊張でカチコチに固まってしまっている僕は、辛うじて……そう訊いた。

 

 

「……う、うん。お願い、ピーター」

 

 

ミシェルは同意して──

 

 

 

そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、僕は彼女を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

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