【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#10 アイ・ウィッシュ…… part3

まだ微妙に明るい窓の外。

ベッドの上。

 

タオルケットを一糸纏わぬ体に被せて……ふと、横を見ればピーターの寝顔。

机の上には避妊具の空き箱。

 

汗の臭いが鼻腔に抜ける。

それと、少し独特な臭い。

 

 

 

凄かった。

 

 

 

普段のピーターからは考えられない、こう、男らしさがあった。

力強く、だけど優しく……。

 

……思い返すと、顔が熱くなる。

 

ピーターも私も初めてだったけれど、私は痛みに耐性があるし……互いに疲れ知らずの肉体強度だ。

 

 

 

それはもう、凄かった。

 

 

 

目の前には汗をかいたまま、寝ているピーターの姿がある。

 

 

「……ピーター?」

 

 

小さく、そう呟く。

 

……返事はない。

ぐっすり、おやすみ中だ。

 

手で、彼の背中を撫でる。

服を着ていないから、素肌が触れ合う。

 

硬く、ゴツゴツとしていて……幾つか、古い傷もある。

これはきっと、人助けをするために受けた大きな傷だ。

ピーターは超人と言えども、治癒能力は……私達、治癒因子(ヒーリングファクター)持ちに劣る。

 

だから──

 

ふと、脇腹に大きな傷跡がある事に気付いた。

……覚えてはいない。

だけど、知っている。

 

私がピーターに付けた傷だ。

 

 

「……ピーター」

 

 

起きて欲しくて、でも起こしたくなくて。

相反する気持ちが小さな声になって溢れる。

 

ピーターを背中から抱きしめる。

私の素肌と、ピーターの素肌が密着する。

肩も、腹も、胸も……全て。

 

彼を感じる。

 

少し、熱い。

 

息を吸って、吐く。

 

もう、私は私を無価値だと思わない。

ずっと前から、皆もそう言ってくれていたのに……今更、気付いた。

 

これ程までに愛してくれる。

これ程までに好いてくれる。

 

私の好きな人が、友人が、尊敬する人も。

私に、居てもいいのだと言ってくれる。

 

それなら、私は……もう、大丈夫だ。

 

 

「……ありがとう」

 

 

愛した、愛している男の背を抱く。

 

私は幸せだ。

こんなにも愛して、好かれているのだから。

 

 

「……ほんとに、ありがとう」

 

 

何度も礼を言って……背中に頬を這わせる。

小さくとも大きな背中に身を任せて、私も眠りに就いた。

 

 

 

 

この日も、夢は見なかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ふと、僕は目が覚めた。

外を見ると……明るくなっていた。

 

 

「……ぅえ?あれ?」

 

 

凄く、幸せな夢を見ていた気がする。

というか、随分と……こう、性欲に直結した夢だった。

 

欲求不満なのかな、僕。

 

自分に呆れて息を吐いて、腕を上げようとすると──

 

 

柔らかな感触がした。

 

 

「…………」

 

 

目をそちらに向けると、ベッドの中に裸のミシェルがいた。

 

夢じゃなかった。

現実だった。

 

仄かに桃色を帯びた白い肌に、ドキリとしつつ……昨日、もっと凄い事をしただろ、という冷静な指摘を自分にする。

 

記憶を遡ろうとすると……ベッドから立てなくなってしまいそうで、中断する。

 

そして、僕が動いたのに気付いたのか──

 

 

「……ん、く……あ、ぁ」

 

 

可愛らしい欠伸をしながら、ミシェルが目を擦った。

被せていたタオルケットがずり落ちて──

 

視線をズラした。

別に、悪い事をしている訳じゃないのに。

 

そうして、ミシェルが口を開いた。

 

 

「……おはよ、ピーター」

 

 

優しく、甘く、僕の名前を呟いた。

背筋に電流が走ったかのような、そんな気分になった。

 

 

「う、うん。おはよう、ミシェル」

 

 

辛うじて、挨拶を返すと……ミシェルが頬を緩めて笑った。

その笑顔にドキリとした。

 

ずっと見ていた笑顔だ。

見慣れてる笑顔だ。

 

それなのに、この……いつもと、同じベッドの上なのに。

 

それでも違う状況に、僕は顔を熱くした。

 

綺麗だ。

 

惚れ直した。

 

元から彼女の事は大切だったけれど、もっと大切になった。

……いや、前から好きだったけれど。

 

なんと言えば良いのか……もっと好きになった。

 

……そう思えるのは、やっぱり僕が単純なのか。

それとも男の『さが』なのか。

 

 

脳裏でそんな事を考えていると、ミシェルがスリッパを履いて……ベッドから立ち上がった。

 

 

「ピーター、シャワー先に借りていい?」

 

「んっ、うん、勿論。どうぞ?」

 

「……ふふ、ありがと」

 

 

ミシェルが部屋の隅、椅子にかけていた自分の服を取って……シャワールームへと向かった。

彼女は恥ずかしさなど感じていないのか……それとも、僕に見せつけているのか、素肌を晒したまま……洗面所のドアを開けた。

 

彼女がシャワールームに入った瞬間、僕は脱力して深く息を吐いた。

 

 

「…………昨日、本当にしたんだ。僕」

 

 

手を顎に当てる。

念の為……ほんっとうに念の為に買っていた、埃をかぶっていた避妊具が役に立つ日が来るとは思わなかった。

 

……上手く、出来たのだろうか?

分からない。

 

ただ、ミシェルは嬉しそうだったし……。

 

 

「あっ」

 

 

タオルケットを捲る。

ベッドのシーツはメチャクチャに汚れていた。

汗とか、血とか、色々で。

 

それにちょっと、臭う。

 

 

「……良い機会だし、新しく買い直そうかな」

 

 

今度は丸洗いしやすくて、汚れが目立たない色にしよう。

次する時の事を考えて。

 

 

次?

 

 

「…………次、も、あるのかな」

 

 

昨日のは対症療法みたいな物だ。

ミシェルの自尊心の低さを安らげるために、僕が彼女を愛している事を伝える必要があった。

言葉だけではなく、行動でもだ。

 

だから……いや、でも。

彼女を抱きたかったか?と聞かれれば僕はYesと答えるだろう。

 

手に職もなく甲斐性もないのに、彼女を抱くのは……なんて、考えていたのだけれど。

 

 

頭を掻く。

 

 

「…………」

 

 

何を取り繕うとも、僕は幸せを感じた。

それは事実で……僕は彼女の虜になっていた。

 

彼女の為なんて言いながら、実際、僕は愉しんでいた。

 

 

「……うん」

 

 

抱きたかったから、抱いた。

そういう事にしよう。

理由を彼女に押し付けるのは、無責任だ。

 

 

シャワーの音が止まった。

 

 

僕はベッドから立ち上がり、タオルケットとシーツをベッドから剥ぎ取る。

枕も。

 

……全裸でいるのに何だか恥ずかしくなってきて、パンツを履いた。

 

 

それと同時にシャワールームのドアが開く。

髪を少し湿らせたミシェルが、いつも通りの服装で出てきた。

 

 

「シャワーお先に。ありがとう」

 

「は、はは……ど、どうも?」

 

 

メチャクチャにぎこちなく返事をすると、ミシェルが小さく笑った。

僕は恥ずかしくなって、少し視線をずらした。

 

彼女は、そっと僕に近づいて──

 

 

唇を落とした。

 

 

昨日のキスとは違う。

いつもの優しいキスだ。

 

 

「ピーター、ありがと」

 

「……っ、え?」

 

 

何に感謝されたのか分からなくて、素っ頓狂な声を出してしまった。

 

 

「私を受け入れてくれて」

 

「……えっと、受け入れてくれたのはミシェルじゃ──

 

 

そう言いながら、ちょっと下品な発言だったかと自分で顔を顰めた。

それを見たミシェルが苦笑した。

 

そして──

 

 

「私、もう少し自分を好きになってみる」

 

 

彼女は微笑んだ。

 

その笑顔を見て僕は……心の底から、良かったと思えた。

 

 

「……だから、ありがと。ピーター」

 

 

本当に良かった。

僕の想いは伝わったらしい。

何か、彼女の足しになったのであれば……それがとても嬉しかったんだ。

 

思わず、僕も頬を緩めた。

 

 

「僕の方こそ、感謝しかないよ」

 

 

彼女と一緒に居られると、凄くドキドキして、凄く愛おしくて、凄く幸せで──

 

 

「……気持ち良かったから?」

 

「げほっ、ごほっ!?」

 

 

僕は咽せた。

ちょっと目から涙を流しながら、弁明する。

 

 

「い、いや。そうじゃなくて、えっと──

 

「気持ち良くなかった?」

 

「え、いや……気持ち、良かったけど……」

 

「……ん、なら良かった」

 

 

ミシェルが笑って、僕は苦笑した。

何だかちょっと僕は一方的に気まずく思っていたけれど、彼女はそんな空気にしたくなかったようだ。

だから、こんな冗談を口にしたのだろう。

 

僕が照れていると、ミシェルが口を開いた。

 

 

「ピーター」

 

「う、うん?」

 

「大丈夫、分かってるから」

 

「……そうかな?」

 

「うん」

 

「えーっと……そっか」

 

 

窓から差し込む光がミシェルの顔を照らした。

朗らかに、優しく、幸せそうに笑っていた。

昨日の思い詰めているような、無理をするような笑顔じゃない。

 

自身の幸せを尊ぶ、朗らかな笑顔だ。

そんな笑顔を見た僕も、嬉しくなって頬を緩めた。

 

 

「ミシェル、今日はどうするの?休みだった筈だけど──

 

「休みだけど……昨日、迷惑かけた人がいるから謝ってくる」

 

「迷惑?」

 

「キャプテンとか、ナターシャとか」

 

 

その返答に、僕は納得した。

そう言えば、昨日、彼女は丸一日アベンジャーズタワーでの予定があった筈だ。

誰かが……主に二人が融通を利かせてくれたのだろう。

 

 

「着替えるから、一度自宅に帰るけど……」

 

「そっか……送って行くよ」

 

 

僕は立ちあがろうとして──

 

 

「ううん。ピーター、今からシャワー浴びるでしょ?」

 

「……うん、まぁね」

 

 

汗とか色々でベタつくから、シャワーは浴びたいかな。

 

 

「その間に帰るから。でも、ありがとう」

 

「……本当に送らなくて良いの?」

 

 

外は日中……朝早くだ。

危険なんてないだろう。

そもそも、ミシェルに乱暴を出来るような暴漢なんて居ないだろうけど。

それでも、心配は心配だ。

 

少しでも長く一緒にいたいってのもある。

いや、こっちが本音か。

 

 

「大丈夫」

 

 

だけど、ミシェルは笑顔で頷いた。

……無理に着いていくは悪いかな、なんて僕は思って──

 

 

「……うん、なら分かったよ」

 

 

引き下がった。

 

でも、流石に見送りぐらいはしようと思って……彼女の後ろを付いて歩いた。

玄関のドアを開けた瞬間、自分が半裸な事に気づいて、恥ずかしくなって一歩引いた。

 

 

「それじゃ、ピーター。またね」

 

「うん、また……今日の夜にでも電話するよ」

 

「うん」

 

 

ミシェルが笑いながら手を振って、部屋を後にした。

……ドアを閉めて、自室を見る。

 

 

「……先に掃除しないと」

 

 

後片付けが必要だ。

汚れたシーツや、地面に放って置かれた僕の服を見て苦笑した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私は満たされた気持ちのまま、クイーンズを歩いていた。

本当に良い気分だ。

 

幸福な気持ちだ。

 

今まで感じた事がない程に。

……いいや、ピーターと恋人になった日と同じぐらいか。

 

端的に言うと、私は浮かれていた。

自覚していた。

 

それでも、この熱に浮かされて居たかった。

 

 

「……一旦、帰らないと」

 

 

充電が3割になってしまった携帯端末を見る。

まだ朝早く……登校中の学生や、出勤中の社会人達が歩いていた。

ただ少し、まばらだ。

もう少ししたら、もっと人の数が増えるだろう。

 

電車も混んでしまう。

可能ならば、混む前に帰りたい。

 

一度帰って、着替えて……もう一度シャワーを浴びよう。

アベンジャーズタワーへの到着は昼前になるだろうか。

 

先に電話で連絡ぐらいはしておこうか──

 

 

 

ふと、視線に見覚えのある姿が見えた。

 

 

 

ピーターが、見知らぬ赤髪の女性と歩いている。

愛おしそうに指を絡めていた。

 

 

「…………」

 

 

私は目を細めた。

ピーターはまだ、自室にいるだろう。

 

それに、あんな事はしないと……そう信じている。

 

だから、私の脳裏にあるのは悲しみではなく、不可解な物を見た疑問だ。

 

アレは誰だ?

アレは何だ?

 

前に見た光景と同じだ。

 

 

「…………っ」

 

 

私は足先の向きを変えて、彼等の後を追う事にした。

ただの瓜二つなら良い。

 

だが、恐らくは無関係ではない。

ピーターが被害を被るかも知れない。

 

そう思って私は──

 

 

不用心に──

 

 

後ろから追いかけてしまった。

 

 

彼等は気付く事もなく、足を進める。

私は歩幅を合わせて、不自然にならないように尾行する。

 

……しかし、彼等はまるで自分の中の世界にいるかのように、他人を全く見ようとせず……足を進める。

 

 

私は夢中で尾行した。

 

 

進んで、進んで──

 

道を曲がる。

 

 

私は急いで角を曲がった時……彼等はもう、居なかった。

 

 

「……?」

 

 

忽然と姿を消した。

 

 

そして──

 

 

気付けば大通りから外れて、私は人気のない路地裏に来ていた。

 

 

「…………」

 

 

勢いよく、振り返る。

何かに見られているような気がした。

 

肌に、冷たい手が触れたような……悪寒。

粘着質で振り払えない視線。

 

しかし、そこには誰も居ない。

……数日前にピーターとデートをしている時にも感じていた、誰か……。

 

 

ようやく、私は誘き出された事に気付いた。

 

 

早く、大通りに戻ろう。

そう思って、踵を返そうとした瞬間──

 

 

「はじめまして、お嬢さん」

 

 

見もせずに、私は拳を振り抜いた。

 

油断していた。

浮かれていた。

危機感が足りなかった。

 

血清によって強化された五感を擦り抜けて、私の背後に回り込んでくるような相手だ。

 

間違いなく、私に対する脅威になり得る。

 

先手を取らなければと──

 

 

……手応えはなかった。

 

拳は空振り、視線の先には……誰もいない。

 

 

「随分と暴力的だな。先程までとは大違いだ」

 

 

また、耳元で囁くような声がした。

 

背後にいる。

そう確信して、肘を突き出しながら振り返り……また、空振った。

 

 

「君は口より先に手が動くタイプか?私とは真逆だな」

 

 

また、声が聞こえる。

 

 

「……誰?」

 

 

随分とお喋りな奴だと……そう思いながら、心の内を切り替える。

間違いなく、私を害する意思のある敵だ。

 

ナイフもない。

銃火器もない。

スーツもない。

 

しかし、私は──

 

 

「待て待て待て、待て。私は君を痛め付けるつもりはない。話に来ただけだ」

 

 

『争うつもり』ではなく『痛めつけるつもり』。

言外に、自分を相手より上だと込めている。

 

そして、それは……正しいかも知れない。

私は警戒心を強める。

 

 

「……顔も見せない相手と、話す事はない」

 

「ふむ。それは確かにそうだ。君が正しい」

 

 

黒い靄が現れて、空間に裂け目が走る。

そこから人の足が伸びて、胴が見えて……人が現れた。

 

深い緑色のコート、金の鱗のような鎖帷子、真っ黒なズボン。

濡れたカラスのような黒髪で、エメラルドのような瞳……整った目鼻。

 

美青年だ。

 

……しかし、特筆すべきは……。

 

額に付けた、金色の額当て。

そこから、2本の金色の角が生えていた。

 

そして、その美しい口を開かれた。

 

 

「私はアスガルドの──

 

「ロキ」

 

 

悪名高き悪人(ヴィラン)、ロキ。

 

アベンジャーズのBIG3……雷神、ソーの腹違いの弟。

嘘偽り、虚実の具現化。

奇術師(トリックスター)

 

邪悪で狡猾な邪神、それがロキだ。

 

 

「そう、ロキだ。よく知っているじゃないか?褒めてやろう」

 

 

そう言って、ロキは笑った。

愉快そうに……私からすれば、胡散臭く、だが。

 

目を細める。

正直、勝てるかは分からない。

 

超人的な身体能力、魔法、そして策略。

彼には武器が沢山ある。

 

 

「……貴方のような人が、何の用?」

 

 

だから、少し『(おだ)てる』。

戦いを避けられるのであれば……避けたい。

 

 

「だから言っただろう?話をしに来たと」

 

 

ロキが戯けて、私の横を回りながら通り過ぎた。

 

 

「話だけ?……幻覚まで使って、私を誘導したのに?」

 

 

もう分かっていた。

私が以前、そして先ほど見たピーターはロキが作り出した幻覚だ。

 

私と彼を仲違いさせて、孤立させようと考えていたに違いない。

 

彼は策略を得意とする。

目的である私を孤立させるために、ピーターと不仲にしようとしたのだ。

 

 

「おっと、それは謝ろう。申し訳ない。だが、君の恋人との仲は進展したのだから良かっただろう。寧ろ、感謝して欲しい程だ」

 

 

……嫌悪感が湧いた。

煽てようと思っていた気持ちが霧散した。

 

 

「……覗き魔?」

 

「いやいや、安心してくれて良い。人の情事を盗み見るほど、私は落ちぶれては居ないとも」

 

 

彼はそう否定するが……逆に言えば、情事に及んだ事は知っているのだから、そこまでは見ていたのだろう。

不快だった。

 

しかし、その感情は飲み込み……ロキへ身体を向ける。

彼は悪びれる様子もなく、薄ら笑いを浮かべて口を開いた。

 

 

「さて、話を戻そう。私は君に話があると言った」

 

「……私には話す事なんてないけど」

 

「しかし、これは君にとても利のある話になるぞ」

 

 

私の肩に手が触れた。

一歩引いて、振り解く。

 

 

「ふむ、つれないな」

 

 

ショックを受けた様子もなく、自身の人差し指で親指を撫でた。

 

 

 

パチン。

 

と音がして──

 

 

 

気付けば私は椅子に座っていた。

どこかの一室で、丸い木の机で向かい合わせになり……ロキが足を組んでいた。

 

 

……何が起きた?

 

心の揺れを悟られないように周りを見渡そうとして……ロキが私を微笑った。

 

 

「淑女と茶会をするのに、準備を怠る紳士は存在しない」

 

「……紳士?」

 

 

誰がだ。

目を細めると、ロキは自慢げに……いつの間にか持っていた杖を掲げた。

 

 

「これは何だと思う?」

 

 

初めて見た。

だが、私は知っている。

 

……アレは『セプター』と呼ばれる杖だ。

 

先端に付いているのは──

 

 

「……知らない。初めてみた」

 

「いいや、君は知っている筈だ。見た事はなくともね」

 

 

ロキは杖の先端を撫でた。

青い光は金色に変わり、中心に小さな親指大の宝石が見えた。

 

綺麗だった。

だけど、その本質を知っている私は……顔を強張らせた。

 

……私の認識の範疇を遥かに越える、大いなる力を感じる。

 

ロキはそんな私の様子を見て、嬉しそうに口を開いた。

 

 

「『マインド・ストーン』、精神を司る特殊な石だ。知っているだろう?」

 

 

……知っているとも。

全て集めた物に全知全能の力を与える6つの石……『インフィニティ・ストーン』、その一つだ。

 

 

「…………」

 

「沈黙は肯定として受け取ろう」

 

 

何故、ロキが持っている?

他のインフィニティ・ストーンは何処にある?

 

分からない。

だが、『勝てるか分からない』から『確実に勝てない』へと認識を変えた。

 

 

「君がここまで来たのは自らの足でだ。そして……さっき、この石による洗脳を解いた」

 

 

『マインド・ストーン』には人の心を操る力がある。

一つで、世界の在り方を歪める事ができる程、強力な力を秘めている。

 

私には、荷が重い。

 

 

「分かるか?私は別に洗脳を解かず、無理矢理従わせても良かった」

 

「…………」

 

「だが、それは協力者に対して不義理だろう?故に、こうして『お願い』をする」

 

 

マインド・ストーンを青い結晶が覆い、再びセプターの中へと収まった。

ロキは足を組み、手を己の顎に当てた。

 

 

「私に協力してくれないか?」

 

 

そう問われ──

 

 

「断る」

 

 

即答した。

 

 

私の返答に、ロキは悩ましい表情をした。

 

 

「ふむ。それは何故かな?」

 

「……貴方のような人間……いや、神に、協力するつもりはない」

 

 

ロキは狡猾な悪人(ヴィラン)だ。

会話をするだけで、罠に引き寄せられている可能性がある。

 

……しかし、八方塞がりだ。

ここが何処かも分からず、殴り合いでも勝てるか怪しい。

挙げ句の果てには、マインド・ストーン。

 

身体能力では勝てず、精神面でも勝てない。

 

 

「そうか。では少し、世間話をさせて貰おう」

 

 

ロキが世間話でもするように、語り始める。

私は、どうにか隙を付いてマインド・ストーン……セプターを奪えないか画策していた。

 

 

「私が何故、君に協力を仰いでいるか分かるか?」

 

「…………」

 

 

それは、私が持っている記憶が──

 

 

「君の眼だ」

 

「……眼?」

 

 

想定外の言葉に、思わず訊き直してしまった。

 

 

「そう、君の中にある眼を借りたい」

 

「……何の、話?」

 

 

私の眼?

確かに超人血清で視力は強化されているが、特殊な能力はない。

 

ロキの欲しがるようなモノではない筈だ。

 

 

「知らされていないのか?酷い奴らだな、英雄気取り共は」

 

 

話はよく分からない。

だけど、私の尊敬する人達に対する侮蔑だという事は分かった。

 

眉を顰める。

 

そんな私を見て、ロキは鼻で笑った。

 

 

「ふっ、最も重要な事すら教えてくれない奴等を、未だに信じているのか?」

 

「……何が言いたい?何を知っている?」

 

 

思わず、そう訊いてしまった。

会話をすれば罠に引き寄せられると回避しようとしていたのに。

 

それでも、どうしても訊いてしまった。

 

また、ロキが笑った。

 

 

「ふふふ、良いだろう。良いとも。奴らが教えてくれない君の秘密について教えてやろう」

 

「…………私の、秘密」

 

「そう、君も知らない君の秘密だ」

 

 

口の中が乾く。

瞬きも忘れて、ロキの顔を見た。

 

嘲笑う訳でもなく、わざとらしい訳でもなく。

ただ、普通に……彼は笑った。

 

 

「ウォッチャー」

 

「……ウォッチャー?」

 

「そう、この地球(ほし)観測者(ウォッチャー)、ウアトゥ」

 

「…………」

 

 

ウアトゥ……全世界、全宇宙を観測する高位種族、ウォッチャーの一人だ。

彼はこの地球を観測している存在で、干渉などはしない存在……の筈だ。

 

 

「彼は20年近く前に殺害された」

 

「…………え?」

 

 

困惑する。

 

ウォッチャーは高位種族だ。

人類よりも肉体も、知性も遥かに勝る。

いつ、いかなる時も……この地球を観測し、大いなる変動が訪れた時……それを記録する役目を担っている。

 

そんなウォッチャーの一人……ウアトゥが、死んで、いや、殺された?

 

 

「………あ、りえない」

 

「それが、あり得ている。この地球(ほし)は既に観測者(ウォッチャー)達の観測から離れてしまっている」

 

 

絶句した。

どういう事だ?

 

あまりにも衝撃的な事実、そして──

 

 

「それが、何故……私に関係している?」

 

 

ロキは足の前で手を組んで、笑った。

 

 

「焦る必要はない。まぁ、最後まで聞くといい」

 

「…………」

 

 

眉を顰めて、ロキを睨む。

彼は私の視線を気にせず、口を開いた。

 

 

「ウアトゥの亡骸からは、眼がくり抜かれていた」

 

 

ロキは自身の目頭を指で叩いた。

 

 

「……眼が?」

 

 

困惑する。

そんな事をして、何の意味が──

 

いや。

 

観測者(ウォッチャー)の、眼?

 

世界の隅々から、異なる次元までも見れてしまう観測者(ウォッチャー)の眼が盗まれた?

ロキは、私と関係があると言った。

 

まさか──

 

 

「……君の中に、その片割れが眠っている」

 

 

鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が、私の心に走った。

 

ティンカラーが、兄が話していた言葉を思い出す。

過去に、エンシェント・ワンが危険視していた記憶を呼ぶ『何か』の正体。

 

……それは、『観測者(ウォッチャー)の眼』なのか。

 

困惑して、思考を乱している私を他所にロキが口を開いた。

 

 

「さながら君は、別宇宙を観測できる望遠鏡のような存在だ」

 

「…………」

 

 

思考が乱れ、言葉を口にする事が出来ない。

 

気付かなかった。

いや、気付かないようにしていた情報が脳裏に巡る。

 

兄の語った私の過去。

エンシェント・ワンの言葉。

私の存在により、訪れる脅威の存在。

 

 

「……っ、だが、エンシェント・ワンが……封印を施した筈──

 

「だが、その封印すらも『観測者(ウォッチャー)の眼』には無意味だった。君も気付いているだろう?」

 

 

そうだ。

あの後も、私は幾度も別世界の記憶を引き出せていた。

 

この……目の前のロキの情報を引き出した所じゃないか。

 

封印、なんて……とっくに──

 

 

「既に封印は破られた。君は脅威を呼び寄せている」

 

「…………そん、な」

 

 

私が、この世界を危機に晒している?

 

……知っていた。

分かっていた。

 

なのに、気付かないフリをしていた。

 

心の奥底で、信じようとしなかった。

 

だが、今……その現実が目の前に突きつけられている。

 

 

「その力を求めて、多くの脅威がこの地球(ほし)へと誘われる」

 

「……そ、んな事は──

 

「有り得ないと思うか?いいや、有り得ない方こそ、有り得ない」

 

 

ロキが笑顔を歪め、眉尻を下げた。

 

やめろ、そんな目で……私を、見ないでくれ。

 

 

「……ミシェル・ジェーン=ワトソン。君は──

 

 

ロキは……憐れむような顔で、私を見ていた。

 

 

「生きているだけで、この世界に危機を齎す……危険な爆弾なのだ」

 

 

私は。

 

自身の胸元を。

 

爆弾のあった箇所を。

 

無意識のうちに、手で触れていた。

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