【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
まだ微妙に明るい窓の外。
ベッドの上。
タオルケットを一糸纏わぬ体に被せて……ふと、横を見ればピーターの寝顔。
机の上には避妊具の空き箱。
汗の臭いが鼻腔に抜ける。
それと、少し独特な臭い。
凄かった。
普段のピーターからは考えられない、こう、男らしさがあった。
力強く、だけど優しく……。
……思い返すと、顔が熱くなる。
ピーターも私も初めてだったけれど、私は痛みに耐性があるし……互いに疲れ知らずの肉体強度だ。
それはもう、凄かった。
目の前には汗をかいたまま、寝ているピーターの姿がある。
「……ピーター?」
小さく、そう呟く。
……返事はない。
ぐっすり、おやすみ中だ。
手で、彼の背中を撫でる。
服を着ていないから、素肌が触れ合う。
硬く、ゴツゴツとしていて……幾つか、古い傷もある。
これはきっと、人助けをするために受けた大きな傷だ。
ピーターは超人と言えども、治癒能力は……私達、
だから──
ふと、脇腹に大きな傷跡がある事に気付いた。
……覚えてはいない。
だけど、知っている。
私がピーターに付けた傷だ。
「……ピーター」
起きて欲しくて、でも起こしたくなくて。
相反する気持ちが小さな声になって溢れる。
ピーターを背中から抱きしめる。
私の素肌と、ピーターの素肌が密着する。
肩も、腹も、胸も……全て。
彼を感じる。
少し、熱い。
息を吸って、吐く。
もう、私は私を無価値だと思わない。
ずっと前から、皆もそう言ってくれていたのに……今更、気付いた。
これ程までに愛してくれる。
これ程までに好いてくれる。
私の好きな人が、友人が、尊敬する人も。
私に、居てもいいのだと言ってくれる。
それなら、私は……もう、大丈夫だ。
「……ありがとう」
愛した、愛している男の背を抱く。
私は幸せだ。
こんなにも愛して、好かれているのだから。
「……ほんとに、ありがとう」
何度も礼を言って……背中に頬を這わせる。
小さくとも大きな背中に身を任せて、私も眠りに就いた。
この日も、夢は見なかった。
◇◆◇
ふと、僕は目が覚めた。
外を見ると……明るくなっていた。
「……ぅえ?あれ?」
凄く、幸せな夢を見ていた気がする。
というか、随分と……こう、性欲に直結した夢だった。
欲求不満なのかな、僕。
自分に呆れて息を吐いて、腕を上げようとすると──
柔らかな感触がした。
「…………」
目をそちらに向けると、ベッドの中に裸のミシェルがいた。
夢じゃなかった。
現実だった。
仄かに桃色を帯びた白い肌に、ドキリとしつつ……昨日、もっと凄い事をしただろ、という冷静な指摘を自分にする。
記憶を遡ろうとすると……ベッドから立てなくなってしまいそうで、中断する。
そして、僕が動いたのに気付いたのか──
「……ん、く……あ、ぁ」
可愛らしい欠伸をしながら、ミシェルが目を擦った。
被せていたタオルケットがずり落ちて──
視線をズラした。
別に、悪い事をしている訳じゃないのに。
そうして、ミシェルが口を開いた。
「……おはよ、ピーター」
優しく、甘く、僕の名前を呟いた。
背筋に電流が走ったかのような、そんな気分になった。
「う、うん。おはよう、ミシェル」
辛うじて、挨拶を返すと……ミシェルが頬を緩めて笑った。
その笑顔にドキリとした。
ずっと見ていた笑顔だ。
見慣れてる笑顔だ。
それなのに、この……いつもと、同じベッドの上なのに。
それでも違う状況に、僕は顔を熱くした。
綺麗だ。
惚れ直した。
元から彼女の事は大切だったけれど、もっと大切になった。
……いや、前から好きだったけれど。
なんと言えば良いのか……もっと好きになった。
……そう思えるのは、やっぱり僕が単純なのか。
それとも男の『さが』なのか。
脳裏でそんな事を考えていると、ミシェルがスリッパを履いて……ベッドから立ち上がった。
「ピーター、シャワー先に借りていい?」
「んっ、うん、勿論。どうぞ?」
「……ふふ、ありがと」
ミシェルが部屋の隅、椅子にかけていた自分の服を取って……シャワールームへと向かった。
彼女は恥ずかしさなど感じていないのか……それとも、僕に見せつけているのか、素肌を晒したまま……洗面所のドアを開けた。
彼女がシャワールームに入った瞬間、僕は脱力して深く息を吐いた。
「…………昨日、本当にしたんだ。僕」
手を顎に当てる。
念の為……ほんっとうに念の為に買っていた、埃をかぶっていた避妊具が役に立つ日が来るとは思わなかった。
……上手く、出来たのだろうか?
分からない。
ただ、ミシェルは嬉しそうだったし……。
「あっ」
タオルケットを捲る。
ベッドのシーツはメチャクチャに汚れていた。
汗とか、血とか、色々で。
それにちょっと、臭う。
「……良い機会だし、新しく買い直そうかな」
今度は丸洗いしやすくて、汚れが目立たない色にしよう。
次する時の事を考えて。
次?
「…………次、も、あるのかな」
昨日のは対症療法みたいな物だ。
ミシェルの自尊心の低さを安らげるために、僕が彼女を愛している事を伝える必要があった。
言葉だけではなく、行動でもだ。
だから……いや、でも。
彼女を抱きたかったか?と聞かれれば僕はYesと答えるだろう。
手に職もなく甲斐性もないのに、彼女を抱くのは……なんて、考えていたのだけれど。
頭を掻く。
「…………」
何を取り繕うとも、僕は幸せを感じた。
それは事実で……僕は彼女の虜になっていた。
彼女の為なんて言いながら、実際、僕は愉しんでいた。
「……うん」
抱きたかったから、抱いた。
そういう事にしよう。
理由を彼女に押し付けるのは、無責任だ。
シャワーの音が止まった。
僕はベッドから立ち上がり、タオルケットとシーツをベッドから剥ぎ取る。
枕も。
……全裸でいるのに何だか恥ずかしくなってきて、パンツを履いた。
それと同時にシャワールームのドアが開く。
髪を少し湿らせたミシェルが、いつも通りの服装で出てきた。
「シャワーお先に。ありがとう」
「は、はは……ど、どうも?」
メチャクチャにぎこちなく返事をすると、ミシェルが小さく笑った。
僕は恥ずかしくなって、少し視線をずらした。
彼女は、そっと僕に近づいて──
唇を落とした。
昨日のキスとは違う。
いつもの優しいキスだ。
「ピーター、ありがと」
「……っ、え?」
何に感謝されたのか分からなくて、素っ頓狂な声を出してしまった。
「私を受け入れてくれて」
「……えっと、受け入れてくれたのはミシェルじゃ──
そう言いながら、ちょっと下品な発言だったかと自分で顔を顰めた。
それを見たミシェルが苦笑した。
そして──
「私、もう少し自分を好きになってみる」
彼女は微笑んだ。
その笑顔を見て僕は……心の底から、良かったと思えた。
「……だから、ありがと。ピーター」
本当に良かった。
僕の想いは伝わったらしい。
何か、彼女の足しになったのであれば……それがとても嬉しかったんだ。
思わず、僕も頬を緩めた。
「僕の方こそ、感謝しかないよ」
彼女と一緒に居られると、凄くドキドキして、凄く愛おしくて、凄く幸せで──
「……気持ち良かったから?」
「げほっ、ごほっ!?」
僕は咽せた。
ちょっと目から涙を流しながら、弁明する。
「い、いや。そうじゃなくて、えっと──
「気持ち良くなかった?」
「え、いや……気持ち、良かったけど……」
「……ん、なら良かった」
ミシェルが笑って、僕は苦笑した。
何だかちょっと僕は一方的に気まずく思っていたけれど、彼女はそんな空気にしたくなかったようだ。
だから、こんな冗談を口にしたのだろう。
僕が照れていると、ミシェルが口を開いた。
「ピーター」
「う、うん?」
「大丈夫、分かってるから」
「……そうかな?」
「うん」
「えーっと……そっか」
窓から差し込む光がミシェルの顔を照らした。
朗らかに、優しく、幸せそうに笑っていた。
昨日の思い詰めているような、無理をするような笑顔じゃない。
自身の幸せを尊ぶ、朗らかな笑顔だ。
そんな笑顔を見た僕も、嬉しくなって頬を緩めた。
「ミシェル、今日はどうするの?休みだった筈だけど──
「休みだけど……昨日、迷惑かけた人がいるから謝ってくる」
「迷惑?」
「キャプテンとか、ナターシャとか」
その返答に、僕は納得した。
そう言えば、昨日、彼女は丸一日アベンジャーズタワーでの予定があった筈だ。
誰かが……主に二人が融通を利かせてくれたのだろう。
「着替えるから、一度自宅に帰るけど……」
「そっか……送って行くよ」
僕は立ちあがろうとして──
「ううん。ピーター、今からシャワー浴びるでしょ?」
「……うん、まぁね」
汗とか色々でベタつくから、シャワーは浴びたいかな。
「その間に帰るから。でも、ありがとう」
「……本当に送らなくて良いの?」
外は日中……朝早くだ。
危険なんてないだろう。
そもそも、ミシェルに乱暴を出来るような暴漢なんて居ないだろうけど。
それでも、心配は心配だ。
少しでも長く一緒にいたいってのもある。
いや、こっちが本音か。
「大丈夫」
だけど、ミシェルは笑顔で頷いた。
……無理に着いていくは悪いかな、なんて僕は思って──
「……うん、なら分かったよ」
引き下がった。
でも、流石に見送りぐらいはしようと思って……彼女の後ろを付いて歩いた。
玄関のドアを開けた瞬間、自分が半裸な事に気づいて、恥ずかしくなって一歩引いた。
「それじゃ、ピーター。またね」
「うん、また……今日の夜にでも電話するよ」
「うん」
ミシェルが笑いながら手を振って、部屋を後にした。
……ドアを閉めて、自室を見る。
「……先に掃除しないと」
後片付けが必要だ。
汚れたシーツや、地面に放って置かれた僕の服を見て苦笑した。
◇◆◇
私は満たされた気持ちのまま、クイーンズを歩いていた。
本当に良い気分だ。
幸福な気持ちだ。
今まで感じた事がない程に。
……いいや、ピーターと恋人になった日と同じぐらいか。
端的に言うと、私は浮かれていた。
自覚していた。
それでも、この熱に浮かされて居たかった。
「……一旦、帰らないと」
充電が3割になってしまった携帯端末を見る。
まだ朝早く……登校中の学生や、出勤中の社会人達が歩いていた。
ただ少し、まばらだ。
もう少ししたら、もっと人の数が増えるだろう。
電車も混んでしまう。
可能ならば、混む前に帰りたい。
一度帰って、着替えて……もう一度シャワーを浴びよう。
アベンジャーズタワーへの到着は昼前になるだろうか。
先に電話で連絡ぐらいはしておこうか──
ふと、視線に見覚えのある姿が見えた。
ピーターが、見知らぬ赤髪の女性と歩いている。
愛おしそうに指を絡めていた。
「…………」
私は目を細めた。
ピーターはまだ、自室にいるだろう。
それに、あんな事はしないと……そう信じている。
だから、私の脳裏にあるのは悲しみではなく、不可解な物を見た疑問だ。
アレは誰だ?
アレは何だ?
前に見た光景と同じだ。
「…………っ」
私は足先の向きを変えて、彼等の後を追う事にした。
ただの瓜二つなら良い。
だが、恐らくは無関係ではない。
ピーターが被害を被るかも知れない。
そう思って私は──
不用心に──
後ろから追いかけてしまった。
彼等は気付く事もなく、足を進める。
私は歩幅を合わせて、不自然にならないように尾行する。
……しかし、彼等はまるで自分の中の世界にいるかのように、他人を全く見ようとせず……足を進める。
私は夢中で尾行した。
進んで、進んで──
道を曲がる。
私は急いで角を曲がった時……彼等はもう、居なかった。
「……?」
忽然と姿を消した。
そして──
気付けば大通りから外れて、私は人気のない路地裏に来ていた。
「…………」
勢いよく、振り返る。
何かに見られているような気がした。
肌に、冷たい手が触れたような……悪寒。
粘着質で振り払えない視線。
しかし、そこには誰も居ない。
……数日前にピーターとデートをしている時にも感じていた、誰か……。
ようやく、私は誘き出された事に気付いた。
早く、大通りに戻ろう。
そう思って、踵を返そうとした瞬間──
「はじめまして、お嬢さん」
見もせずに、私は拳を振り抜いた。
油断していた。
浮かれていた。
危機感が足りなかった。
血清によって強化された五感を擦り抜けて、私の背後に回り込んでくるような相手だ。
間違いなく、私に対する脅威になり得る。
先手を取らなければと──
……手応えはなかった。
拳は空振り、視線の先には……誰もいない。
「随分と暴力的だな。先程までとは大違いだ」
また、耳元で囁くような声がした。
背後にいる。
そう確信して、肘を突き出しながら振り返り……また、空振った。
「君は口より先に手が動くタイプか?私とは真逆だな」
また、声が聞こえる。
「……誰?」
随分とお喋りな奴だと……そう思いながら、心の内を切り替える。
間違いなく、私を害する意思のある敵だ。
ナイフもない。
銃火器もない。
スーツもない。
しかし、私は──
「待て待て待て、待て。私は君を痛め付けるつもりはない。話に来ただけだ」
『争うつもり』ではなく『痛めつけるつもり』。
言外に、自分を相手より上だと込めている。
そして、それは……正しいかも知れない。
私は警戒心を強める。
「……顔も見せない相手と、話す事はない」
「ふむ。それは確かにそうだ。君が正しい」
黒い靄が現れて、空間に裂け目が走る。
そこから人の足が伸びて、胴が見えて……人が現れた。
深い緑色のコート、金の鱗のような鎖帷子、真っ黒なズボン。
濡れたカラスのような黒髪で、エメラルドのような瞳……整った目鼻。
美青年だ。
……しかし、特筆すべきは……。
額に付けた、金色の額当て。
そこから、2本の金色の角が生えていた。
そして、その美しい口を開かれた。
「私はアスガルドの──
「ロキ」
悪名高き
アベンジャーズのBIG3……雷神、ソーの腹違いの弟。
嘘偽り、虚実の具現化。
邪悪で狡猾な邪神、それがロキだ。
「そう、ロキだ。よく知っているじゃないか?褒めてやろう」
そう言って、ロキは笑った。
愉快そうに……私からすれば、胡散臭く、だが。
目を細める。
正直、勝てるかは分からない。
超人的な身体能力、魔法、そして策略。
彼には武器が沢山ある。
「……貴方のような人が、何の用?」
だから、少し『
戦いを避けられるのであれば……避けたい。
「だから言っただろう?話をしに来たと」
ロキが戯けて、私の横を回りながら通り過ぎた。
「話だけ?……幻覚まで使って、私を誘導したのに?」
もう分かっていた。
私が以前、そして先ほど見たピーターはロキが作り出した幻覚だ。
私と彼を仲違いさせて、孤立させようと考えていたに違いない。
彼は策略を得意とする。
目的である私を孤立させるために、ピーターと不仲にしようとしたのだ。
「おっと、それは謝ろう。申し訳ない。だが、君の恋人との仲は進展したのだから良かっただろう。寧ろ、感謝して欲しい程だ」
……嫌悪感が湧いた。
煽てようと思っていた気持ちが霧散した。
「……覗き魔?」
「いやいや、安心してくれて良い。人の情事を盗み見るほど、私は落ちぶれては居ないとも」
彼はそう否定するが……逆に言えば、情事に及んだ事は知っているのだから、そこまでは見ていたのだろう。
不快だった。
しかし、その感情は飲み込み……ロキへ身体を向ける。
彼は悪びれる様子もなく、薄ら笑いを浮かべて口を開いた。
「さて、話を戻そう。私は君に話があると言った」
「……私には話す事なんてないけど」
「しかし、これは君にとても利のある話になるぞ」
私の肩に手が触れた。
一歩引いて、振り解く。
「ふむ、つれないな」
ショックを受けた様子もなく、自身の人差し指で親指を撫でた。
パチン。
と音がして──
気付けば私は椅子に座っていた。
どこかの一室で、丸い木の机で向かい合わせになり……ロキが足を組んでいた。
……何が起きた?
心の揺れを悟られないように周りを見渡そうとして……ロキが私を微笑った。
「淑女と茶会をするのに、準備を怠る紳士は存在しない」
「……紳士?」
誰がだ。
目を細めると、ロキは自慢げに……いつの間にか持っていた杖を掲げた。
「これは何だと思う?」
初めて見た。
だが、私は知っている。
……アレは『セプター』と呼ばれる杖だ。
先端に付いているのは──
「……知らない。初めてみた」
「いいや、君は知っている筈だ。見た事はなくともね」
ロキは杖の先端を撫でた。
青い光は金色に変わり、中心に小さな親指大の宝石が見えた。
綺麗だった。
だけど、その本質を知っている私は……顔を強張らせた。
……私の認識の範疇を遥かに越える、大いなる力を感じる。
ロキはそんな私の様子を見て、嬉しそうに口を開いた。
「『マインド・ストーン』、精神を司る特殊な石だ。知っているだろう?」
……知っているとも。
全て集めた物に全知全能の力を与える6つの石……『インフィニティ・ストーン』、その一つだ。
「…………」
「沈黙は肯定として受け取ろう」
何故、ロキが持っている?
他のインフィニティ・ストーンは何処にある?
分からない。
だが、『勝てるか分からない』から『確実に勝てない』へと認識を変えた。
「君がここまで来たのは自らの足でだ。そして……さっき、この石による洗脳を解いた」
『マインド・ストーン』には人の心を操る力がある。
一つで、世界の在り方を歪める事ができる程、強力な力を秘めている。
私には、荷が重い。
「分かるか?私は別に洗脳を解かず、無理矢理従わせても良かった」
「…………」
「だが、それは協力者に対して不義理だろう?故に、こうして『お願い』をする」
マインド・ストーンを青い結晶が覆い、再びセプターの中へと収まった。
ロキは足を組み、手を己の顎に当てた。
「私に協力してくれないか?」
そう問われ──
「断る」
即答した。
私の返答に、ロキは悩ましい表情をした。
「ふむ。それは何故かな?」
「……貴方のような人間……いや、神に、協力するつもりはない」
ロキは狡猾な
会話をするだけで、罠に引き寄せられている可能性がある。
……しかし、八方塞がりだ。
ここが何処かも分からず、殴り合いでも勝てるか怪しい。
挙げ句の果てには、マインド・ストーン。
身体能力では勝てず、精神面でも勝てない。
「そうか。では少し、世間話をさせて貰おう」
ロキが世間話でもするように、語り始める。
私は、どうにか隙を付いてマインド・ストーン……セプターを奪えないか画策していた。
「私が何故、君に協力を仰いでいるか分かるか?」
「…………」
それは、私が持っている記憶が──
「君の眼だ」
「……眼?」
想定外の言葉に、思わず訊き直してしまった。
「そう、君の中にある眼を借りたい」
「……何の、話?」
私の眼?
確かに超人血清で視力は強化されているが、特殊な能力はない。
ロキの欲しがるようなモノではない筈だ。
「知らされていないのか?酷い奴らだな、英雄気取り共は」
話はよく分からない。
だけど、私の尊敬する人達に対する侮蔑だという事は分かった。
眉を顰める。
そんな私を見て、ロキは鼻で笑った。
「ふっ、最も重要な事すら教えてくれない奴等を、未だに信じているのか?」
「……何が言いたい?何を知っている?」
思わず、そう訊いてしまった。
会話をすれば罠に引き寄せられると回避しようとしていたのに。
それでも、どうしても訊いてしまった。
また、ロキが笑った。
「ふふふ、良いだろう。良いとも。奴らが教えてくれない君の秘密について教えてやろう」
「…………私の、秘密」
「そう、君も知らない君の秘密だ」
口の中が乾く。
瞬きも忘れて、ロキの顔を見た。
嘲笑う訳でもなく、わざとらしい訳でもなく。
ただ、普通に……彼は笑った。
「ウォッチャー」
「……ウォッチャー?」
「そう、この
「…………」
ウアトゥ……全世界、全宇宙を観測する高位種族、ウォッチャーの一人だ。
彼はこの地球を観測している存在で、干渉などはしない存在……の筈だ。
「彼は20年近く前に殺害された」
「…………え?」
困惑する。
ウォッチャーは高位種族だ。
人類よりも肉体も、知性も遥かに勝る。
いつ、いかなる時も……この地球を観測し、大いなる変動が訪れた時……それを記録する役目を担っている。
そんなウォッチャーの一人……ウアトゥが、死んで、いや、殺された?
「………あ、りえない」
「それが、あり得ている。この
絶句した。
どういう事だ?
あまりにも衝撃的な事実、そして──
「それが、何故……私に関係している?」
ロキは足の前で手を組んで、笑った。
「焦る必要はない。まぁ、最後まで聞くといい」
「…………」
眉を顰めて、ロキを睨む。
彼は私の視線を気にせず、口を開いた。
「ウアトゥの亡骸からは、眼がくり抜かれていた」
ロキは自身の目頭を指で叩いた。
「……眼が?」
困惑する。
そんな事をして、何の意味が──
いや。
世界の隅々から、異なる次元までも見れてしまう
ロキは、私と関係があると言った。
まさか──
「……君の中に、その片割れが眠っている」
鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が、私の心に走った。
ティンカラーが、兄が話していた言葉を思い出す。
過去に、エンシェント・ワンが危険視していた記憶を呼ぶ『何か』の正体。
……それは、『
困惑して、思考を乱している私を他所にロキが口を開いた。
「さながら君は、別宇宙を観測できる望遠鏡のような存在だ」
「…………」
思考が乱れ、言葉を口にする事が出来ない。
気付かなかった。
いや、気付かないようにしていた情報が脳裏に巡る。
兄の語った私の過去。
エンシェント・ワンの言葉。
私の存在により、訪れる脅威の存在。
「……っ、だが、エンシェント・ワンが……封印を施した筈──
「だが、その封印すらも『
そうだ。
あの後も、私は幾度も別世界の記憶を引き出せていた。
この……目の前のロキの情報を引き出した所じゃないか。
封印、なんて……とっくに──
「既に封印は破られた。君は脅威を呼び寄せている」
「…………そん、な」
私が、この世界を危機に晒している?
……知っていた。
分かっていた。
なのに、気付かないフリをしていた。
心の奥底で、信じようとしなかった。
だが、今……その現実が目の前に突きつけられている。
「その力を求めて、多くの脅威がこの
「……そ、んな事は──
「有り得ないと思うか?いいや、有り得ない方こそ、有り得ない」
ロキが笑顔を歪め、眉尻を下げた。
やめろ、そんな目で……私を、見ないでくれ。
「……ミシェル・ジェーン=ワトソン。君は──
ロキは……憐れむような顔で、私を見ていた。
「生きているだけで、この世界に危機を齎す……危険な爆弾なのだ」
私は。
自身の胸元を。
爆弾のあった箇所を。
無意識のうちに、手で触れていた。