【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#11 アイ・ウィッシュ…… part4

私はこの世界が好きだった。

だけど、嫌いだった。

 

死にたかった。

生きていたかった。

 

逃げたかった。

そこに居たかった。

 

愛している。

憎んでいる。

 

愛憎を抱いていた。

 

 

「……嘘だ」

 

 

だが、過去がどうであれ……滅んで欲しいと願った事はない。

愛している人が、好きな人達が生きている世界を……守りたいと願っていた。

 

 

「私は信じない……」

 

 

ロキの言葉を否定する。

 

彼は嘘吐きだ。

これは策略だ。

 

……だとしても、心の奥底で納得はしていた。

エンシェント・ワンが危険視する理由、なのに未だに流れ込んでくる別世界の記憶。

それが導き出す、答えに……気付いていた。

 

ロキは苦笑しつつ、足を組んだ。

 

 

「信じようと、信じまいと──

 

 

自身の顎を指で触った。

 

 

「私には君の、その力が必要なんだ」

 

「……っ!」

 

 

私は席を立った。

恐れから、後退る。

 

もし、先ほどの言葉が真実だとして……ロキは、私の記憶を使って何をするつもりだ?

いや、記憶が目的ではなく……この『観測者(ウォッチャー)の眼』が目的なのだとしたら──

 

 

「ロキ、お前の目的は──

 

「そう恐れなくていい」

 

 

ロキが指を鳴らした。

 

パチン、と音がして──

 

また椅子に座っていた。

 

 

「…………うぷっ」

 

 

目眩がした。

吐き気もだ。

 

脳が痛む……これは、マインド・ストーンによる洗脳で……脳に負荷がかかっているのか?

 

 

「私の話を聞いてからでも遅くはない。安心していい、誰も不幸にならない……Win-Win(ウィンウィン)な話さ」

 

「…………」

 

 

今の状況は万全とは言い難い。

少しでも身を、脳を休めなければならない。

 

 

「さて、君が先程訊いた質問。私の目的についてだが──

 

 

ロキは真剣な表情で、私を見た。

 

 

「運命に打ち勝つ為だ」

 

「…………?」

 

 

訝しむ。

随分と抽象的な言葉だったからだ。

 

そんな私を無視し、ロキは語る。

 

 

「私は生まれながら負け続ける事を定められている。兄上や、この世界に」

 

「……そう」

 

 

相槌を打ちながら、耳を傾ける。

傾けてしまった。

 

 

「私は敗者になるべく定められている。まるで道化のようだ。私の敗北を誰もが笑う」

 

「…………」

 

 

何が言いたいのか、何が目的なのか。

 

 

「私は悪人(ヴィラン)である事に疲れた。物語の敵役のように、負け続ける未来を打ち破りたい。善人になりたいんだ、私は」

 

「……え?」

 

 

……思わず目を瞬く。

 

 

「君と同じさ。私は過去を精算し、素晴らしき未来のために乗り越えたい。だが、世界はそれを許さない」

 

「……ロキ」

 

 

同情なんかしない。

したら、それは奴の術中だ。

 

 

「世界は私に悪人として負け続ける事を定めている。運命として」

 

「…………」

 

「私は善人になれはしない。なろうとすれば、邪魔が入る」

 

「……それは──

 

 

ロキの話している言葉の意味が分かった。

 

彼は悪人(ヴィラン)だ。

そうあれ、と願われて生まれた『キャラクター』なのだ。

だから、その在り方を替えるのは……容易な事ではない。

 

 

「私が善人になれる世界を見たい。そして、それを模倣する……私を笑うか?」

 

「……いや」

 

「だろうな。君は私を笑う事は出来ない」

 

 

何故なら、同じだからだ。

過去を清算し、善人になろうとする……私と同じなのだ。

だから、馬鹿にする事なんて出来ない。

 

だけど──

 

 

「それがもし本当なら、だけど」

 

「本当だとも」

 

 

嘘だ。

きっと、嘘だ。

 

ロキは策略、策謀、虚実、嘘の神だ。

信じてはならない。

 

 

「話が二転三転してる。私を騙そうと……している」

 

 

私は彼を睨み……彼はため息で返した。

そして、椅子から立ち上がった。

 

 

「本当なのだが……まぁいい。それなら、感情ではなく実利の話をしよう」

 

 

彼が私へと足を進める。

私もまた、椅子から立ち上がった。

 

 

「実利……?」

 

「そう、何も無料(タダ)で手伝わせる訳じゃない」

 

 

ロキが一歩足を進めて、私は一歩引いた。

背中に壁がぶつかった。

 

 

「私は何も要らない……今のままで、充分」

 

「現状維持にも対価が必要だろう?誰でも知っている法則だ」

 

 

一歩、一歩と私に近づく。

 

 

「だとしても、何も──

 

「君の中にある『観測者(ウォッチャー)の眼』、それを取り除きたくないか?」

 

 

私の頭の横で、彼は壁に手をついた。

顔が近付く。

 

 

「…………っ」

 

 

そうだ。

確かに、それさえなければ……私は安心して生きている。

両手を振って、生きてもいいと己を肯定できる。

 

ロキは笑いながら口を開いた。

 

 

「動揺しているな?」

 

「……で、もっ、お前に……眼を渡す訳には──

 

「私も欲しくなんてない。今は必要だが、いずれは不要になる」

 

「……何?」

 

 

私は眉を顰める。

ロキは頬を釣り上げた。

 

 

「私はこの世界を滅ぼしたい訳じゃない。故郷(アスガルド)地球(ミッドガルド)も」

 

「……信じられない」

 

「そうか、そうだとしても……君には魅力的な提案ではないかな?」

 

 

私の真横で壁についていた手を引き戻し、数歩離れた。

 

 

「君と私は素晴らしい友人になれる。だから、君の願いを言うんだ」

 

「……ロキ」

 

「生きていたいのだろう?誰にも迷惑をかけたくないのだろう?それなら、答えは分かっている筈だ」

 

「……でも──

 

「君に秘密を教えなかった人間達なんて気にしなくていい。彼らは君を信用しなかった。秘密にしたかったんだ」

 

「そん、な事は──

 

「ある。あるとも。世界を守るためならば、彼らは何でもする。だから、いずれ君を殺すつもりなのだ」

 

 

ロキは私の手を握った。

振り払えなかった。

 

 

「……ち、違う」

 

 

私より強い握力だからか。

それとも、私の心が弱いからか。

 

 

「君には分かる筈だ。君はもし、世界を危機に晒す人間がいればどうする?取り除こうとするだろう?」

 

「……い、いや」

 

「分かるだろう?理解しているだろう?正しいと感じただろう?」

 

「や、め……」

 

「私に協力すれば全てが解決する。悩みもなく、好きな恋人と共にいれる。さぁ、だから──

 

 

ロキの緑色の目が、輝く。

マインド・ストーンが視界に入った。

 

 

「私に、見せてくれ」

 

 

意識が曖昧になり……心の隙間に、滑り込まれた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……容易いものだ」

 

 

そう、呟く。

この言葉は彼女に聞こえてはいない。

 

彼女の身体能力は凄まじい。

その身に宿している『眼』の力も恐ろしい物だ。

 

だが、その精神はただの人間でしかない。

ティーンエイジャーの小娘に過ぎない。

 

 

「……さて──

 

 

私は手に持ったセプターを……マインド・ストーンを使い、私と彼女の精神を直結する。

 

彼女は内心で、私が正しいと感じた。

感じてしまった。

 

警戒する人間の魂に入り込むのは難しいが、一度でも心を開いて仕舞えば……為すがままだ。

 

だから、会話が必要だった。

無理矢理、マインド・ストーンで繋げば……彼女の精神は私を弾き出していただろう。

 

 

だが、今なら──

 

 

赤と青と緑色が、視界に映り込む。

光が闇が、反射する。

 

私は地上に存在している身体を脱ぎ捨てて、精神を入り込ませる。

 

 

 

彼女の中に。

 

 

 

暗い世界の中で、泡のように浮き立つ景色。

それは彼女の記憶だ。

 

そんな物は私には不要だ。

 

 

必要なのは──

 

 

……あった。

 

 

 

観測者(ウォッチャー)の眼』は既に物質としての姿を放棄しており、彼女の精神に溶け込んでいた。

 

 

「……これは取り除けないな」

 

 

彼女の中から持ち去る事は出来ないだろう。

無理に引き剥がせば……眼は崩れ去る。

彼女の精神も崩壊するだろう。

 

……まぁ、どうでもいい。

好き好んで無駄死にをさせる趣味はない。

 

約束を守るつもりはない。

これは彼女の問題だ。

 

兎にも角にも、私はその『眼』にかけられた封印を解く。

 

黄金色の鎖が砕ける。

既に綻んでいて、砕けるのも時間の問題だったのだろう。

 

少し早まっただけだ。

 

 

「では、借りさせてもらおう」

 

 

眼に触れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はカウボーイだった。

 

 

 

私は大統領だった。

 

 

 

私は悪徳業者だった。

 

 

 

私は賞金首狩りだった。

 

 

 

私は宇宙人だった。

 

 

 

私は邪悪なる神だった。

 

 

 

私は子供だった。

 

 

 

私は罪人だった。

 

 

 

私は巨大なワニだった。

 

 

 

私は──

 

 

それでも、どの世界でも兄上に打ち負けていた。

驕り昂り、負けて恥をかく。

歯を食いしばり、嘲笑を身に受ける。

 

それが私だ。

ロキだ。

 

負ける事によって、誰かを満たす悪人だ。

 

違う。

 

 

 

違う、違う違う違う違う!

そうではない世界が何処かにある筈だ!

 

 

 

彷徨う。

さすらう。

 

精神世界では時間の概念などない。

無限に等しい探索は、僅か数秒の出来事でしかない。

 

無限に並べられた物語を読む。

 

 

「……く、そっ……何だ、これは?」

 

 

途方もない量の記憶を、物語を読んだ

だけど、それでも私は悪人だった。

打ち負かされる敗者だった。

 

何事も上手くいかない。

上手く行ったと思えば、破綻する。

 

それが道化である(おまえ)の定めだ。

 

 

「違う、どこかに私が、私が──

 

 

彷徨う。

幾つもの世界を見て──

 

 

見つけた。

 

 

「あ、あるじゃないか……」

 

 

私が子供の姿で、若きヒーローと共に戦う世界が。

真に仲間と呼べる物達と共に戦い、兄上に……認め、られ。

 

 

なのに──

 

 

過去の私が、子供の私を殺した。

善人になろうとする私が、善人である子供の私を殺し……精神を乗っ取った。

 

 

「違う……そうじゃない!」

 

 

過去の私は、小さな私を殺した罪悪感に苦しんでいる。

その罪悪感の正体を、兄上に知られ……罵倒され、打ちのめされた。

 

かつて仲間だった若きヒーロー達から、二度と埋まらない溝のような隔たりを作られた。

 

 

「そうじゃない……何故だ……何故……」

 

 

何もかも、上手くいかない。

私は『ロキ』である以上、敗北する事から逃れられない。

 

 

 

「私、は──

 

 

思わず、後ずさった。

精神を後退させた。

 

 

させてしまった。

 

 

観測者(ウォッチャー)の眼』の管理を、怠った。

私にも認識できない速度で、幾千、幾万もの記憶が濁流のように飽和した。

 

 

「しまっ──

 

 

見える。

聞こえる。

だが、分からない。

 

情報が数珠結びのように、繋がっていく。

無限に続く物語が、脳に叩き込まれる。

 

何千、何万という『(ロキ)』の記憶が、私へ──

 

 

「ぐ、うっ──

 

 

 

バチン!

 

と、強い音がして、私は彼女の精神世界から吐き出された。

 

 

「はっ、はぁっ……!」

 

 

息を切らして、汗を滝のように流しながら……彼女に視線を戻した。

 

彼女は放心していた。

口を半開きにして、僅かに呼吸だけをしていた。

 

だがしかし、異常な姿だった。

目だ、目がおかしい。

 

青白く輝いていた。

目が光っていたのだ。

 

いや、あの光景は見た事がある。

過去にウアトゥを見た時に……眼を輝かせていた。

文字通り、本当に光っていたのだ。

 

それは世界を見渡す力を発揮した時に、見せた姿だ。

 

だが、確実にコントロール出来ていない。

彼女はただの人間だ。

観測者(ウォッチャー)と違い、その力を十全にコントロールする事が出来ない。

 

 

「……これは、少し拙い事になったか?」

 

 

彼女の周りが歪む。

膨大な情報量が彼女の周りの空間を歪めた。

 

記憶は『重み』だ。

膨大な量の記憶は、本来存在しない質量を与えている。

 

それを無際限に……並行世界(マルチバース)が存在する限り、それらを引き寄せる。

 

……つまり、無限という事だ。

 

無限に『重み』が与えられ続ければ……引力が生まれる。

引力は異なる世界を引き寄せて──

 

 

世界同士の衝突(インカージョン)が……起きてしまう……」

 

 

異なる世界同士が衝突し、全てが崩壊する。

 

……それは少しだけ、愉快に思えた。

何も上手く行かないのであれば滅んでしまえば良いと、そう思った。

 

 

しかし、そう思ったのは一瞬だ。

 

 

私はセプターを構えた。

 

 

「……すまないな。こうするしかない」

 

 

その先端を槍の穂先とする。

これで彼女の……心臓を貫く。

 

暴走してしまった『観測者(ウォッチャー)の眼』を塞ぐ事は私に出来ない。

この記憶の本流を今すぐに止めなければと、そう思った。

 

彼女を殺す。

それしか道はない。

 

 

「……殺すつもりはなかった。だから、謝罪はしよう」

 

 

いや、言葉にしながらも……恨まれるだろうと分かっていた。

私だって、こんな事はしたくない。

 

だが、私は変われない。

この姿から、何も変わらない。

私はまだ悪人のままだった。

 

 

セプターを引き、彼女に、突き刺そうと──

 

 

火花のような音が聞こえた。

そちらに視線を向けると、

 

光の、輪が……宙に浮かんでいた。

 

 

「……何だ?」

 

 

それはまるで、別の空間に繋がっているようで──

 

 

 

瞬間、顔面に何かが……見覚えのある『ハンマー』が直撃した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

あらゆる物が見えた。

あらゆる世界が見えた。

あらゆる物語が見えた。

 

それらは私の脳のキャパシティを超えて、莫大な情報量が脳を焼く。

 

やめて。

もう見たくない。

 

なのに、無理矢理に眼を開かされて、見させられる。

 

私がコップだとしたら、水はとうに溢れていた。

なのに、そこに水が注ぎ込まれ続けている。

 

溢れる。

溢れる。

 

元あった水を必死に溢れないように、耐えて。

耐えて、耐えて、耐えて。

 

もう限界だと、何度も思って。

 

それでも、耐えて。

 

 

そして──

 

 

 

 

 

「戻ってこい。君の居場所は此処だろう?」

 

 

 

 

金色の光が、私の視線を遮る。

あまりにも眩しくて、目が眩み……そして、物語は見えなくなった。

 

眩んだ目が、次に見せたのは……現実だった。

赤いマントを着た、魔術師。

 

 

「ドク、ター……ストレンジ?」

 

 

ドクター・ストレンジだ。

先程までの状況が何だったかは分からない。

私はまだ混乱していて、酷く頭が痛む。

 

 

「そうだ。見えるか?指は何本だ?」

 

 

ストレンジが私の目の前で、手を開いた。

 

 

「……3本?」

 

「よし、見えているな」

 

 

ストレンジのもう片方の手を見る。

そこには、金色の石……マインド・ストーンが握られていた。

 

少しずつ、現状を理解し始める。

私がどうなっていたのか、何が起こったのか。

 

 

「……っ、ロキ、は!?」

 

 

周りを見渡すと、ロキは顔面を抑えて蹲っていた。

そして、それと相対しているのは──

 

 

「流石に度が過ぎているぞ。ロキ」

 

 

赤いマントに、銀色の鎧。

筋肉質な身体の美丈夫。

 

その手にはハンマー……『ムジョルニア』。

 

 

「……ソー?」

 

 

ロキの兄、雷神、ソーだ。

アスガルドの王子にして、キャプテン・アメリカ、アイアンマンと並ぶアベンジャーズのBIG3。

 

そんな彼が、ここに居た。

 

 

「ぐ、ぅ、兄上……随分な登場だな」

 

 

ロキは鼻を抑えて……ボキリ、と鳴らした。

そして、口から血を吐く。

 

痛みに悶えながらも、不可解そうな顔でソーを見た。

 

 

「兄上、どうしてここが分かった?」

 

「それは私が説明してやろう、ロキ」

 

 

ドクターが私の側から立ち上がる。

その顔は……酷く、不機嫌そうだった。

 

ロキはそんなドクターを不愉快そうに見た。

 

 

「何だ、魔術師(メイガス)か?」

 

「違う、医者(ドクター)だ」

 

 

視線がぶつかる。

 

 

「このニューヨークは聖域(サンクタム)によって結界が貼られている。お前が彼女の封印を破り、別次元への干渉を始めた瞬間に……気付いていたとも」

 

「……厄介な」

 

 

ロキの手に、杖は握られていない。

よく見ると……足元に折れた杖、セプターがあった。

 

ソーのムジョルニアによってへし折られたのか……その先端にあったマインド・ストーンはストレンジが持っている。

 

私は自身の胸元を撫でる。

先程の情報の奔流は『観測者(ウォッチャー)の眼』が原因か?

だとすれば、今は……ストレンジが再度、封印したのだろうか?

彼の師匠であるエンシェント・ワンが可能だったのだから、彼に出来ても不思議ではない。

 

 

ソーが手に持ったハンマー、『ムジョルニア』を構えた。

 

 

「呆れて何も言えん。世界を滅ぼそうと画策するなど──

 

「違う。兄上……それは誤解だ」

 

 

ロキが動揺しながら、後退る。

その目は揺れていた。

 

……見た事のある目だ。

どこで見たか……。

 

 

「嘘は不要だ」

 

「私はっ、そんな事をするために……こんな」

 

 

あぁ、分かった。

鏡だ。

 

過去に鏡で見た。

誰かに失望される事を恐れる目だ。

 

ロキは自身の兄であるソーに失望される事を恐れているのだ。

 

しかし、それにソーは気付いていない。

 

 

「……もう、何も言うまい。アスガルドの牢獄で、永遠に反省するがいい」

 

「兄上……!」

 

 

ロキの手に、いつの間にか短剣(ダガー)が握られていた。

それを振りかぶり……短い動作で、投擲した。

 

それをソーは──

 

 

「ふん!」

 

 

ムジョルニアを回転させ、弾いた。

凄まじい風が発生して、思わず私は目を瞑った。

 

そして、開いた瞬間には──

 

 

ソーはロキに肉薄していた。

そのまま、筋肉の付いた太い腕で……ロキの頭を掴み、床へ叩き付けた。

 

 

「があっ!?」

 

「今回は流石に頭に来たぞ」

 

 

メキメキと、木の板で出来た床が砕ける。

ロキは苦しそうに呻き、声を掠れさせた。

その様子を見て、ソーは更に眉を顰めた。

 

 

「先日、俺に対して話した言葉も嘘だったという訳だ」

 

「……ち、違っ──

 

「善人になると、相応しき者になると語ったではなないか」

 

 

ムジョルニアをロキの身体に置いた。

それだけで、ロキは悶絶するような顔をした。

 

ムジョルニアは高潔な魂を持つ者にしか持てない武器だ。

ロキからすれば、決して退ける事の出来ない重りを乗せられているような物だ。

 

 

「ロキ、それがどうした?地上で少女を誑かし、世界を滅ぼそうなど──

 

「違う、兄上……わ、私は本当に──

 

「お前の嘘はもう聞き飽きた!弟と言えど、許せん事はある!」

 

 

ロキは歯を食いしばり、苦悶の声をあげた。

 

嘘吐きな悪人にふさわしい、無様な姿だと……道化のようだと、嘲笑うべきなのか。

 

 

違う。

笑えない。

 

笑ってはならない。

笑わせたくなかった。

 

 

「違う……」

 

 

声が漏れて……ストレンジが私を見た。

ソーが私を一瞥した。

ロキが信じられないような者を見る目で、私を見た。

 

 

「……ソー・オーディンソン」

 

「何だ?」

 

 

ソーは眉を顰めて、私を見た。

兄弟間に入ってくるな、と言いたいのだろうか。

 

だが、それでも──

 

 

「ロキの、話している事はきっと……本当の事、だから……」

 

 

私は庇わなければならなかった。

ロキが悪人だとしても、その『善人になろうとする意志』を否定して欲しくなかった。

 

 

「何故分かる?ロキは大嘘吐きだ。俺は過去に何度も騙されている」

 

「そうだとしても……身から出た錆だとしても……信じて、あげて欲しい」

 

 

ロキが縋るような目から……私を訝しむような顔をした。

何故、私が自分を庇うのか分からないのだろう。

 

 

「……もう一度、騙されろと言うのか?」

 

「ううん、もう一度、信じて欲しいだけ」

 

 

私がそう言うと、ソーは腕を組み……悩むような仕草をした。

私はまた、口を開く。

 

 

「私はさっき、ロキと……精神で繋がったから、分かる。彼の願いは本物で……こう、なってしまったのは、偶然」

 

「偶然?」

 

「悪気は……ないとは言えないけれど、ほんの少しだけ」

 

 

私の心に僅かに残っている、ロキの残留思念。

褒められたい、崇められたいという自己顕示欲。

そして、何よりも自身の兄に……認められたいと、願うその心。

 

その気持ちは分かる。

高潔でないとしても、邪悪ではない。

人並みの願いだ。

 

 

「だから──

 

 

私が声を振り絞り……瞬間、酷い頭痛がした。

 

 

「く、うっ」

 

 

吐き気、疲弊、昏倒しそうだ。

マインド・ストーンによる脳の負荷と、観測者(ウォッチャー)の眼による脳の疲労。

二つが合わさり、私のバイタルは最低値になっている。

 

 

「……君は──

 

 

ロキが困惑したまま、私に声を掛ける。

 

 

「何故だ?何故、私を信じようとする……殺そうとしたんだぞ?」

 

 

彼の言葉に、ソーもストレンジも顔を顰めた。

 

そうか……彼は私を殺そうとしたのか。

 

きっと、『観測者(ウォッチャー)の眼』を暴走させた私を止めるためだ。

それは……理解できる。

私も、その瞬間が目の前で起きれば殺していただろう。

 

そういう意味でも──

 

 

「似てると、思ったから……」

 

 

私の言葉に、ソーが眉を顰めた。

 

 

「……似ているだと?君と、弟が?」

 

 

私は首を縦に振る。

 

 

「私には他人事とは思えないから……うぷっ」

 

 

頭がくらくらとして、疲弊が限界になった私はバランスを崩して倒れた。

慌てて、ストレンジが私を抱き止めた。

 

 

「ごめんなさ、い……ストレンジ……」

 

「無理はするな……」

 

「でも……」

 

 

私が渋ると、ソーが深く息を吐いた。

そして、ロキに乗せていたムジョルニアを持ち上げた。

 

 

「良いだろう。彼女に免じて、もう一度だけ信じてやる」

 

「兄上……」

 

「だが、これで最後だ」

 

 

ソーがロキの肩を掴んで、無理矢理立ち上がらせた。

数歩よろけて、戦闘の余波で壊れた机に背中をぶつけた。

 

 

「そして、幾つか訊きたい事もある。あの杖の事もだ。だから、アスガルドには帰って来てもらうぞ」

 

「……う、ぐ……仕方、あるまい」

 

 

ロキは苦悶の表情を浮かべながらも、どこか嬉しそうに頬を緩めた。

項垂れて椅子に座ったロキから、ソーは視線を外し……私に目を向けた。

 

そして、歩み寄り──

 

 

「感謝しよう」

 

 

礼を言った。

ストレンジの腕の中で横たわりながら、私は疑問を口にする。

 

 

「……感謝?」

 

「アレでも俺の弟だ。君の言葉がなければ信じる事など出来なかった」

 

「そんな、事は……」

 

「感謝は素直に受け取っておくべきだ。俺も……もう少し、アイツを信じてみよう」

 

 

大きな手で、私の頭を乱暴に撫でた。

髪の毛がぐちゃぐちゃになった。

 

ソーはそのまま、ロキの肩を掴み……ムジョルニアを天に向けた。

 

その姿を見たストレンジが口を開いた。

 

 

「帰るのか?」

 

「そうだ。お前にも礼を言っておこう、魔術師(メイガス)よ」

 

「……ドクター・ストレンジだ」

 

「そうか。では、その杖の管理は任せる。さらばだ、医者(ドクター)

 

 

ソーが再度、ムジョルニアを天に向けると──

 

 

大きな音がして、ソーとロキの身体を……頭上から虹が貫いた。

そのまま光は轟音を伴い……消失した時、その場にソーとロキは居なかった。

……彼らはアスガルドへ帰ったのだろう。

 

にしても──

 

 

「全く、迷惑な神様どもだ」

 

 

ストレンジが吐き捨てた。

 

 

虹の架け橋は頭上から落ちて来た。

つまり、私達が居た建物の天井をぶち壊してしまった。

 

焼け焦げた木屑が砕けた床に降り注ぎ、焦げた匂いが鼻に染みた。

 

 

「……ストレンジ」

 

「何だ?」

 

「私が生きていれば、この世界を滅ぼすかも知れないって……本当?」

 

 

ロキの言葉を思い出し、ストレンジに訊く。

 

私はロキの言葉を疑ってはいない。

もう、既に確信している。

 

私という存在の危険性を。

 

 

ストレンジは少し目を閉じてから、私を見た。

 

 

「本当だ。君の中にある『観測者(ウォッチャー)の眼』は、この世界に脅威を引き寄せる」

 

「……そ、っか」

 

 

私は目を閉じる。

 

私は、この世界が好きだ。

好きになった。

 

物語としてだけじゃない。

この世界に生きる人間として、友人と、恋人と、尊敬する人達と出会えた。

 

……だから、私が生きている事で、もし──

 

 

「だが、それがどうした?」

 

「……え?」

 

 

ストレンジは深刻そうな顔もせず、私の言葉を笑った。

思わず、訊き返す。

 

 

「だって、私が生きていると世界に危機が──

 

「それは君が居ても、居なくても大して変わりはない」

 

 

抱き抱えられたまま、会話を続ける。

ストレンジは……危険性(リスク)を避けたがる人間の筈だ。

なのに、何故──

 

 

「ミシェル・ジェーン……あぁ、あとワトソンだったな。君の懸念は分かる」

 

「だったら、何で……」

 

「何もなくとも、この地球(ほし)はいつも危機に晒されている」

 

 

ストレンジがマントを……浮遊マントで私を包んだ。

ハンモックのような寝心地だ。

 

そして、指を立てた。

 

 

「宇宙人、異界からの侵略者、邪悪な魔術師、悪戯の神、悪い天才科学者、巨人、ドラゴン……それらの脅威は君と関係なく訪れた」

 

「…………」

 

「だが、この世界は滅んだか?」

 

 

ストレンジは地面を指差した。

 

 

「滅んでなどいない。危機を退ける者達が居たからだ」

 

 

彼が指を弾くと、金色の光が人形を作り出した。

私が敬愛するヒーロー達の姿だ。

 

 

「世界の危機なんて、そうそう騒ぐ事ではない。その為に私達がいる」

 

「……ストレンジ」

 

 

私の存在を肯定する言葉に、思わず涙が溢れた。

生きていいのだと、そう肯定してくれる。

 

 

「君は自分の存在によって訪れる危機を危険視している。それは正しい。だが、君の死を誰が望む?」

 

 

ストレンジが首を振った。

 

 

「だから、君に必要なのは死の覚悟じゃない。生きて明日を迎える為に戦う覚悟だ」

 

 

ストレンジが笑った。

 

 

「……ありがとう」

 

「患者のメンタルケアも医者の仕事だ」

 

 

捻くれた返答に私は苦笑して……浮遊マントに身を任せた。

ゆらり、ゆらりと揺れている。

 

まるで揺籠のようだと……私は、意識を手放した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

すやすやと寝息を立てる少女をマントに乗せて、私はスリングリングで門を作り出した。

行き先は、アベンジャーズタワーの医務室だ。

 

 

「次から次へと厄介事がやってくるな」

 

 

一人、そう悪態を吐きながら彼女をベッドに転がした。

後でニック・フューリーに連絡しておかなければならないな。

 

私は手に握っているマインド・ストーンを光に翳す。

物質そのものが光を放ち、瞬く。

 

 

ミシェル・ジェーン=ワトソン。

彼女の中に存在する『観測者(ウォッチャー)の眼』……その再封印は完了した。

私一人では困難だったが、運の良い事にマインド・ストーンがあった。

 

私の魔術師としての技能と、マインド・ストーンの力。

それらが合わさる事で、封印出来たのだ。

 

たった一人で封印を施した師の技量には驚くばかりだが。

 

まぁ、いい。

 

 

「しかし、世界の脅威か」

 

 

私は自分の力だけで、如何なる脅威も跳ね除ける事ができるとは思っていない。

そこまで自惚れてはいない。

 

観測者(ウォッチャー)の眼』について知っているのは私と……ニック・フューリーぐらいだ。

いや、キャプテンとトニー・スタークも何とは知らなくとも、彼女の危険性ぐらいは知っているか。

 

 

私はベッドに横たわり、寝息をたてる少女を見た。

 

観測者(ウォッチャー)の眼』の封印は、不完全だ。

正確には、完全な封印など不可能という話なのだが。

 

アレは内からも、外からも異界に干渉する。

私が封印を外からかけたとして、いずれ干渉されて強引に紐解かれる。

 

 

「……それに──

 

 

今回のように、誰かの手によって封印が解かれる危険性もある。

 

彼女の言った通り、我が師の言葉の通り、彼女を生かしておく事は危険なのだ。

 

 

「だが、それでも……」

 

 

彼女は、生きたいと願った。

やっとだ。

やっと生きたいと願えるようになった。

 

人並みの願いだ。

私が助けてきた患者も抱いていた、普遍的で原始的な願い。

 

だが、だからこそ。

 

彼女がやっと、それを口に出来た事を私は喜んでいた。

 

 

「彼もよくやっている」

 

 

脳裏に浮かぶのはピーター・パーカーの顔だ。

彼女の恋人として、随分、彼女の在り方に干渉している。

より良い方にだ。

 

私はスリングリングの光から、小さな箱を取り出す。

その箱を開けて、手元にあるマインド・ストーンを入れた。

 

瞬間、独りでに箱が動き、カシャカシャと音を立てて表面の模様を動かした。

魔術的な施錠だ。

破る事は困難、手当たり次第では絶対に解けない。

 

それをまた、光の中に収納する。

収納先はサンクタムの中だ。

 

 

「さて、と……」

 

 

見下ろす。

幸せそうな顔で眠る少女の姿を。

 

せめて、夢の中ぐらい心配もなく、安心して寝ていて欲しい。

私はそう、願わずにはいられなかった。

 

 

 

……しかし。

 

 

「何故、ロキがマインド・ストーンを持っていたんだ?」

 

 

顎に手を当てて、医務室の椅子に座る。

 

 

「何故、彼女の持つ『観測者(ウォッチャー)の眼』の存在を知っていたんだ?」

 

 

……分からない。

だが、彼女の呼び寄せた脅威が……迫って来ている事に、私は気付いた。

 

だが、後悔はない。

彼女を生かした事を、反省などしない。

 

少女を生贄に捧げなければ世界が滅ぶのなら、それは少女ではなく世界が悪い。

 

 

「……フューリーに相談するか」

 

 

力がいる。

仲間がいる。

 

強大な敵に打ち勝つ、暗闇を照らす希望の光が。




次回、『ノー・ノーマル』
普通では、いられない。
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