【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
私は夢を見ない。
見えるのは過去の記憶だけだ。
夢とは可能性。
あり得た未来、存在する分岐……荒唐無稽に見えたとしても、それは小さな分岐を繰り返した果ての果てだ。
異なる次元、異なる宇宙。
無限に連鎖し、分岐していく世界。
その何処にも、私は存在しない。
私は、ここにのみ存在する。
だから、私の選んだ選択に……
私は夢を見る事はない。
それでも──
聞こえる。
声が聞こえる。
奥、底から……深淵から。
『貴女は幸せ?』
あぁ、幸せだ。
『本当に?』
愛する恋人と、優しい隣人に囲まれた私が幸せではない訳がない。
『それが例え……罪を、過去に擦り付けた結果だとしても?』
……何が言いたい?
『貴女は過去の己は悪人だったけれど……今は違うと思っている』
……そうだ。
私は変わったのだから。
『違う』
違わない。
『過去から貴女は変わっていない。環境が変わっただけだ』
そんな事ない。
私は──
『過去を捨てる事は出来ない。あの赤いマスクは……貴女の一部だから』
…………。
『罪を押し付けて、知らないフリなんて出来はしない』
なら、私は、どうすれば──
『それは
目が覚めた。
沢山の汗をかいている。
強く目を閉じれば、目が少し痛んだ。
きっと、寝ながら泣いていたのだろう。
さっき見たのは夢じゃない。
私の中にある深層心理が見せる……私を咎める声だ。
見ないように、聞こえないように……そう思っている。
罪に向き合う事は難しい。
心を穏やかに……。
私の隣人達が望むように、明るい私でいる為に……強く、強く蓋を閉めた。
自室のベッドから降りて、洗面台へ向かう。
大量に水を流して、頭を突っ込む。
はしたない真似だ。
だけど、今はこの冷たさが体にこもった熱を冷ましてくれる。
蛇口を捻って、水を止める。
びしょ濡れになった髪がパジャマを濡らす。
脱ぎ捨てて、バスタオルで髪を拭く。
「……っ、はぁ……」
息を深く吐いて、深く深く吐いて……身体の中にある空気を全て吐き出すように。
酷い気分だ。
何度も……眠る度に、私が私を責める声が聞こえてくる。
毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日。
例外があるとすれば……誰かが、側で寝ている時だけだ。
……私は、全裸のままシャワールームに入った。
流れ出る水が、私の身体を伝って落ちていく。
咽せる。
身体にこびり付いた目に見えない汚れが……全て、流れてしまえば良いのに。
そう考えてしまうのはきっと、私が……罪を犯した己を憎んでいるからだ。
私は善人ではない。
だが、善人になろうとしている。
悪を憎もうとしている。
だから、過去の自分を憎んでいる。
至極、真っ当で……私が、私でいる以上、避けられない現実だ。
レッドキャップ、という存在。
それは私自身だ。
忘れる事は出来ない。
私の背後に存在する影のように、切り捨てる事は出来ない。
生きている限り、ずっと付き纏い続ける。
いいや、死んだ後も、ずっと……。
「……はぁ、はぁっ」
呼吸を荒らげる。
蛇口を強く撚れば、水の勢いは増していく。
力強い水滴が、私の身体を打つ。
……己を傷付ける事を誰も望んでいない。
だとしても、私は心の奥底でそれを願っている。
罪深い己を消し去ってしまえるような、強い痛みを……罰を、私は探していた。
今までも、これからも。
ずっと。
◇◆◇
あの後、アベンジャーズ・タワーまで来た私は……ドアをノックして、IDカードをリーダーに読み込ませた。
ドアが開けば、一人の人間が座っていた。
「呼びました、か?ニック・フューリー長官」
眼帯を付けた強面の男……そして、今の私の上司であるニック・フューリーだ。
「よく来たな」
「……いえ」
昔は警戒し、強張っていた私も……少しはマシになっただろう。
己の上司に対する振る舞いを努めている。
「まぁ、座れ。そこの椅子にな」
フューリーの指差した椅子に座り、向かい合う。
……視線だけで人を殺せるのではないかと思えるほど、威圧的な目だ。
私なんかよりも、余程沢山の修羅場を越えてきたのだろう。
「今日、呼び出したのは……君のスーツについてだ」
「……スーツ、ですか?」
「あぁ。君がまだ組織の人間として活動した時の……壊れたスーツだ」
フューリーがタブレットを弄ると、プロジェクターが壁に画像を貼り出した。
胸元が大きく裂けて、マスクが砕けた……ヴィブラニウム製のスーツだ。
所々、血がこびりついて赤くなっているが……頭部は黒い。
赤いマスクはピーターに壊されてしまったからだ。
最後にあのスーツを着た時、私は兄が作ったスペアのマスクを被っていた。
「……あのスーツが、何か?」
「スーツの素材であるヴィブラニウム……それが、どこから来ているか君は知っているか?」
私は手を顎に当てて、考える。
……兄が、ティンカラーが何か、言っていた気がする。
『ヴィブラニウムって凄い貴重な金属なんだ。ユリシーズ・クロウって言う闇の商人から購入した──
顔を上げて、フューリーを見る。
「ユリシーズ・クロウという人間から……購入したと、兄は言っていました」
「そうだ。更に元を辿れば……ワカンダからの盗品だ」
頷く。
ワカンダ、それはアフリカに存在するハイテクノロジー国家だ。
民族と風習、近未来と秘術を組み合わせた国家であり……ヴィブラニウムは、ワカンダにある鉱山からしか産出されない。
そして、ワカンダの国王はヴィブラニウムが世界に流出すれば混乱を齎すと……取引を強く規制している。
だが……ユリシーズ・クロウは、そのヴィブラニウムを盗んだ。
それをティンカラーが購入し、私のスーツが出来上がったという訳だ。
「……何か、まずい事に?」
「国際問題に発展する
それはワカンダの理念からすれば仕方のない話だ。
……キャプテンのシールドもヴィブラニウム製だが、アレは正規に許可を得て譲り受けた物だ。
ワカンダは単純にヴィブラニウムの流出を避けたい訳ではない。
本質は、世界に混乱をもたらす事や、超兵器の開発に利用される事を恐れているのだ。
つまり、ヴィブラニウムを私利私欲の為に扱うような、悪人の手に渡る事を恐れている。
「……では、あの壊れたスーツは──
「ワカンダに返納する。君には悪いが」
悪い?
何が悪いと言うのだろう。
アレは私の罪の象徴だ。
それを捨て去る事の何処が……。
フューリーが私に顔を見て、少し目を細めた。
「受け渡しは三日後だ。君にも立ち会ってもらおう」
「……了解、しました」
「要件は以上だ」
私は頭を下げて、長官室を後にした。
……私がレッドキャップと呼ばれなくなってから、1年以上の月日が流れた。
様々な出来事や、沢山の人と触れ合い……私はきっと、変わる事が出来た。
だからもう、あのスーツは要らない。
例え、あのスーツを着れば私は強くなれるとしても……もう、誰も殺したくないから。
……本当に、そうか?
スーツを捨てたがっているのは、私が過去の罪を意識したくないからではないか?
……違う、と思いたい。
暴力的な口調も、態度も……人を殺すための技能も。
もう必要ない。
戻る事はない。
私はミシェル・ジェーン=ワトソンだ。
レッドキャップでは……ないのだから。
◇◆◇
それから、三日間。
私はグウェンと過ごし、ピーターと過ごし、ネッドやハリーとも……。
……あ、あとカマラとは時々、ショートメッセージでやり取りをしている。
周りでトラブルが起きると、こっそり自作スーツを着て人助けをしているらしい。
……フューリーに報告するか、ちょっと悩むレベルの小さな人助けだが。
今は静観しておこう。
そんなこんなで三日経ち……スーツの返納日となった。
アベンジャーズ・タワーに入り……倉庫へ。
B-42と書かれた小部屋に入る。
白色のパネルが敷かれた部屋の中央に、透明な箱があった。
クリアなケースに収納されたボロボロのスーツを見て……私は息を吐いた。
……ただ受け渡すだけなのに、私の立ち合いは必要なのだろうか。
だが、フューリーは私が立ち会う事を望んでいた……きっと、無意味ではない。
私には気付けない何か、大きな理由が──
背後のドアが開いた。
「良いじゃん!良い機会なんだし、ニューヨークを観光しても!」
サングラスを掛けた、私より少し若そうな……ワカンダ人の少女が入って来た。
ウィンドブレーカーを着ている今時の若者って感じだ。
「無駄足を踏んでる時間はないわ。クロウはまだ、この国にいるかもしれない。それに何が見たいの?ワカンダで全て事足りる」
対して、もう一人……スキンヘッドで長身の、ワカンダ人の女性が入って来た。
彼女は肩幅が広い、真っ黒なビジネススーツを着ている。
下にはワインレッドのカッターシャツ……まるでマフィアみたいだ。
……彼女達が、受け渡し先のワカンダからの遣い……だろうか?
それにしては、随分と気楽そうな少女と、剣呑な女性だ。
「スニーカーでしょ?コートでしょ?ブランド品とかも……って、ちょっと待って。貴女、誰?」
少女が私に気付いて、訝しむように目を向けて来た。
「下がりなさい」
女性が一歩進み、少女の前に立った。
……久方ぶりに、殺気を当てられた。
だが、彼女達は恐らく敵ではない。
私はゆっくりを手を上げて、敵意がない事を示した。
「……こ、このスーツの……元の、持ち主」
「これの?」
少女が、壊れたスーツを手に取って……手元で回して眺めた。
興味深そうに見ている。
「そう……ニック・フューリーから受け渡しに立ち会うように言われた、から」
「そうなの?オコエ」
少女がオコエと呼ばれた、スキンヘッドの女性に目を向けた。
……彼女は首を横に振った。
「私は聞いてない」
「私も」
「……え?」
私は思わず視線を泳がした。
ニック・フューリー……彼は秘密主義者だ。
それは分かる。
分かるが……せめて、相手先と情報の共有ぐらいはして欲しかった。
心の中で悪態を吐いていると、少女が揶揄うように笑った。
「ふーん、まぁ悪い人じゃないよね?」
「……シュリ」
「だって、ここのセキュリティって結構厳しかったじゃん?入って来れるって事は、少なくとも関係者だよ」
「……はぁ、もう何も言わないわ」
シュリ……と彼女は呼ばれていた。
……シュリ?
何処かで聞いた覚えがある。
前世でも、今世でも……今世では、つい最近知った名前の筈だ。
それはワカンダにスーツを返すと決まった際に、ワカンダについて調べている時に知った名前だ。
ワカンダの国王はティ・チャラ。
その妹の名前が……確か──
「シュリ、王女殿下……?」
「うん、そうだけど?」
意識が一瞬、遠のき掛けた。
何故、盗品の返納程度の話で王女が来るのか。意味が分からない。
というか、その服装は何だ?
ワカンダの伝統的な服でもなく、高貴な服でもない。
ニューヨーカーの高校生や中学生辺りが着そうな、安物のウィンドブレーカーだ。
一国の王女が着る服じゃないだろう。
ただ、そんな感情は表情に出さない。
何が無礼に繋がるかは分からないからだ。
……そのまま、シュリは手元のアーマー・スーツを見ている。
「革新的じゃないけど、堅実な作り。加工技術はワカンダでも通用するレベル……特殊な機構はなし。衝撃吸収能力と……放出能力もある?」
ブツブツと小声で、スーツについて呟く。
……正直、シュリ王女の情報は殆ど記憶にない。
ドクター・ストレンジによる記憶の再封印は完璧で、別世界の記憶との接続はし辛くなっている。
過去に接続して得た記憶が消えた訳ではないが、新しい情報は引き出せなくなっていた。
だから、シュリが……その仕草から、何かしらの技術に精通している事は分かるが、詳細は分からなかった。
瞬間、シュリが私に視線を向けた。
「ねぇ、これって貴女が作ったの?」
「……いえ、兄が……作りました」
私は首を横に振る。
何故、私が作ったと思ったのだろう。
「そうなの?それじゃあ、貴女の兄さんは?ここに来てないの?」
シュリの言葉に、一瞬詰まって……再度、私は首を振った。
「兄は亡くなり、ました」
「……あ、ごめんね?」
「いえ……」
気にしてはいない。
兄の死は悲しい出来事だったが、いつまでも引き摺ってはいられない。
……兄もきっと、それを望んでいる。
少なくとも、誰かに負い目を感じられたいとは思ってないだろう。
「でも、何で貴女がスーツの保持者なの?」
「……何故?」
「元々着てた人は何処に行ったの?」
その言葉に……私は彼女の疑問を察した。
「元々は私が、着ていました」
スーツを私が着ているというイメージが無かったのだろう。
故に、私が持ち主であるという事から『スーツを作った人』だと思ったのだ。
そして、私がスーツを作った人間ではないと知って困惑していたのだ。
「……え?これを?」
シュリが壊れたスーツの一部を持ち上げた。
割れた頭部のマスクだ。
洗浄もしていなかったのか、血が固まって張り付いていた。
私は頷く。
「そう、です」
「…………」
シュリは一瞬、訝しい者を見るような目で見て……少し、憐れむような目をした。
そんな目を向けられるほど、善良である自信はないが……不快ではなかった。
シュリが私の側に近寄りながら、口を開いた。
「このスーツって、私……敵対してた暗殺者が装着してたって聞いてたんだけど」
「そう。だから、それが私、です」
「……ふーん?」
シュリが手元のマスクを撫でた。
ヒビ割れていて、ガタガタな縁を指でなぞる。
……結構、断面は鋭い。
指を切りかねない……そう思って内心、不安になった。
彼女はワカンダの王女だからだ。
「貴女の名前は?」
「……私は、ミシェル・ジェーン=ワトソン」
「そう、よろしくね」
シュリが私に手を伸ばした。
……理解出来なくて、一瞬、もう一人のワカンダ人……オコエを一瞥した。
止めるような素振りもせず、少しだけシュリに呆れているようだった。
……観念し、私はシュリの手を掴んだ。
「少し、昔話をお願いしても良い?」
「昔、話を……?」
「うん。貴女の兄さんについて。このスーツを作った人が、どんな人か知りたいの」
どうして聞きたいのか。
ただの興味なのか……何なのか。
しかし、答えないという選択肢は選べない。
不敬なのもあるが……ここで答えなければ、信頼されないと思ったからだ。
「兄は──
ティンカラーと呼ばれた……私の兄について、語り出す。
時折り、私自身の話も交えて……彼女は真剣に聞いてくれた。
思い出さないようにしていた。
だけど、嫌な思い出ではない。
兄の記憶を語れば……また、会えたような気がして、心地良かった。
結局、十分、いや二十分は兄について語った。
その間、シュリは頷くだけで話に割り込んで来なかった。
当初は興味も無さそうにしていたオコエも、少しずつ聞いてくれて……最後の方はシュリと並んで聞いてくれた。
「以上、です」
話は終えたけれど、兄の死について細かくは話さなかった。
……私が自殺した兄を解体した話なんて、誰も聞きたくはないだろう。
私も話したくはない。
シュリは最後まで話を聞いて……傷だらけのまま、光を反射するマスクへと視線を下ろした。
「……貴女の兄さんは、貴女の事が大切だったんだろうね。このスーツを見たら分かるよ」
「スーツ……から?」
私はクリアケースの中に入っているスーツへ、視線を落とした。
「凄く堅実な作り。変に特殊な機構を付け加えない……信頼性のある作り。可動域やスーツ形状、外殻、ショックアブソーバー……全ての機能が中の人間を考慮して作られてる」
「……私を──
「うん。貴女に傷付いて欲しくなかったんだろうね」
黒いスーツに私の顔が反射する。
このスーツは……レッドキャップという私の殻は、私を守ってきてくれた。
兄が作ったスーツと、私が作り上げた人格……それが『レッドキャップ』だ。
名付けたのは組織だとしても……その本質は、私と兄が作ったのだ。
そう考えれば、考えるほど……どうしてだろうか?
手放したいと思っていた筈のスーツを、惜しむような気持ちを自覚した。
……この感情を自覚させたいが為に、ニック・フューリーは私に引き渡しをさせたのだろうか。
だけど、しかし──
私はクリアケースの蓋を閉めた。
「……本当に良いの?」
シュリが私に視線を向けた。
それに私は頷いた。
「このスーツは……いえ、ヴィブラニウムは……本来あるべき場所に返すべき、ですから」
私の言葉にシュリは……少し目を瞑って、頷いた。
「分かった。元々、持って帰る予定だったし……だけど、ちゃんと有効活用する事は
「……ありがとう、ございます」
ニッとシュリが笑いながら、サングラスを下げた。
そして、背後のオコエに顔を向けた。
「ね、オコエ。用事は終わったし、観光しても良いでしょ?」
「……はぁ、分かったわ。でも、あまり長くはダメよ」
「やった」
シュリが小さくガッツポーズをして、私に視線を戻した。
「ミシェルはニューヨークに住んでるの?」
「……えぇ、はい」
質問の意図が分からないが、頷く。
「それじゃあさ、ちょっと頼み事してもいい?」
シュリが指の間を小さく開いて、私に上目遣いをした。
……相手は王女殿下だ。
断れる訳がない。
「はい、勿論」
「よしっ──
シュリが腕を開いて、ドアの近くに立った。
……無性に、嫌な予感がした。
「ニューヨークの観光案内してよ!」
こうして私は、王女殿下の観光案内をする事になったのだ。
不敬なことをすると、国際問題に発展しないか……胃が、キリキリと痛んだ。
◇◆◇
結論から言えば、取り越し苦労だった。
シュリは歳頃の少女らしく、溌剌としていた。
私は彼女に振り回されながら、道案内などをした。
ちなみに、ここに私のスーツはない。
まだ倉庫の中で……午後、ジェット機でシュリとオコエがワカンダへ帰る際に、一緒に持って帰るらしい。
結果、手ぶらの三人組となった。
シャカシャカ音が鳴る安物のウィンドブレーカーを着たシュリ王女殿下と、真っ黒なスーツを来た護衛のオコエ、そして私だ。
服装も年齢もバラバラで、側から見たら不審者に見えないか心配だ。
特にオコエ。
彼女はこのニューヨーク市内では異質すぎる。
あまりにも戦士らしい鋭さが滲み出ている。
周りの人間が、彼女に近付かないように気を付けているのが手に取るように分かった。
まぁ、端的にいうと怖いのだ。
「……うーん」
蓋の空いたショーケースの中にあるアクセサリーを、シュリが物色している。
ここはニューヨーク、アッパー・イーストサイド内にある雑貨店だ。
民芸品や、若者向けの小物も売っている。
アクセサリーやネックレス、イヤリングなんかもだ。
「これって似合う?」
シュリが安物のネックレスを首元に当てて、オコエに見せた。
……彼女は顔を顰めて、首を振った。
「え?じゃあ、逆にどれが良いと思うの?オコエは」
オコエは少し悩ましい表情をして……指差した。
黒い水晶の爪型の首飾りだ。
少し値段が張る。
「これじゃあワカンダの物と一緒じゃん!」
「一緒じゃないわ。ワカンダの方が品質が良い」
「尚更、ダメじゃん」
オコエの言葉にシュリは顔を顰めて、私に視線を向けた。
「じゃあ、ミシェルは?どれが良いと思う?」
私?
なぜ私なんだ。
自信はないが……アクセサリーの中から一つ選んだ。
それは──
「
豹の柄をあしらった頭部シルエットが、シルバーで作られていた。
そして、要所要所には金色の装飾も付いている。
「どう?似合う?」
首元に抑えて、オコエに見せた。
彼女は少し迷った後、頷いた。
「じゃあ、これにしようかな」
シュリがレジへ向かい、その後ろをオコエが付いて行く。
私も後ろから追従しながらも、店内を眺める。
ここはそれ程、値段がしない若者向けの雑貨店だ。
だからか、ちょっと……こう、微妙に怪しい物も売っている。
壁に、お面が置いてある。
私もハロウィンの時に付けていたホラー映画のマスクや、パワーレンジャーのマスク。
……それと、実在するヒーローのマスクまである。
アイアンマン、キャプテン・アメリカ、ソー、ハルク……どれもこれも手作り感溢れるクオリティだ。
しかし……他にもちょっとマイナーなヒーローのマスクまである。
「…………」
ワゴンに乱雑に並べられたシリコン製のお面を漁る。
色がちょっと剥げてる物まである……あまり、売る気がない……いや、売れる気がしないのだろうか?
そうして漁っている内に、一つ……見覚えのあるマスクを見つけて、手を止めた。
「……ふふ」
それをワゴンから取り出して、手元に持つ。
赤いマスクに、蜘蛛の巣のような黒いライン……スパイダーマンだ。
こんな場所でも見かけるという事は、それだけ知名度が上がってきたという事だろう。
彼は日頃から、クイーンズで人助けをしている。
『親愛なる隣人』として、街の人にも愛されているに違いない。
……いや、
予想外の場所で出会ったスパイダーマンに、私は少しテンションを上げた。
……でも、今はシュリ王女の付き添いだ。
付き添い中に趣味のマスクを買うのは、如何な物だろうか。
私は手に持った仮面を、ワゴンに戻そうとして──
強化された聴覚が、異音を拾った。
遠くで、凄いスピードで走る車の音が聞こえた。
スリップするタイヤの音、唸るようなエンジン音……何か、急いているのか。
それとも。
しかし、他人事ではない。
なぜなら、少しずつ音が大きくなっているからだ。
シュリに視線を向ける。
彼女は気付いていない……だが、オコエは訝しむような顔で外を見ていた。
……気の所為じゃない。
私はマスクを持ったまま、急いでシュリの側に近寄る。
オコエも彼女の側に近付き……手元に、銀色の棒を出した。
何処に持っていたのか、それはバトンのような長さで……左右の手に一本ずつ持っていた。
私達の動きに気付いたのか、シュリが振り返った。
「え、何?」
オコエがシュリに視線も向けず、口を開いた。
「敵襲、少し隠れていなさい」
そして、銀色のバトンを握り直し、繋げた。
それは一本の長い棒になり……先端が変形し、穂になった。
銀色の槍……ヴィブラニウム製の槍だ。
そして、彼女の着ている黒いビジネススーツが……ボロボロになって崩れていく。
その下に着ていたのは……真っ赤な布地に、金の装飾が施されたワカンダの民族衣装──
いや、戦闘装束か。
そこに居たのは、ただの護衛ではない。
ワカンダの特殊部隊、王直属の近衛部隊『ドーラ・ミラージュ』……その隊長、オコエだ。
……音が近づいてくる。
オコエは、シュリの側にいる私に視線を向けた。
「信頼しても良いかしら」
それは、善悪の意味での信頼ではないだろう。
彼女を守れるのか、という意味での信頼だ。
私は首を縦に振った。
それにオコエは何かを言おうと口を開き──
瞬間、店内の入り口が砕けた。
私はシュリを掴んで、店内の大きな机の下に引き摺り込む。
木片や砕けたガラス、アクセサリーなどが飛散し、壁や床を傷つける。
私達の他に客は居なかった。
……店員はオコエが投げ飛ばして、店外にいる。
この襲撃の犯人の狙いは恐らく──
「な、何これ?」
腕の中にいる王女殿下だ。
無関係な人間を追ってまで殺すような事はないだろう。
机の端から顔を出して、外を見る。
店内の入り口には巨大な装甲車が突っ込んでおり……明らかに、事故ではない事が伺える。
しかし、どうして入り口までで済んだのか。
店内の奥まで突っ込めば、ターゲットも殺せていただろう。
……その原因は、装甲車の前面がひしゃげている事で分かった。
装甲車は何かに遮られて、動きを止めたのだ。
それは……床に刺さった銀色の槍。
装甲車が突っ込んできた瞬間、オコエは槍を地面に突き刺しストッパーにしたのだ。
これも衝撃を吸収できるヴィブラニウムの性質故に出来た事だろう。
「どこの誰かしら。随分と原始的な玩具ね」
オコエが挑発すると共に、地面に刺さった槍を引き抜いた。
直後、装甲車のドアが開いた。
中に居たのは……赤い服の上に、装甲を装備した兵士……いや、傭兵だ。
それが何人も。
無言のまま彼等は武器を構えた。
突撃銃……ではない。
彼等が持っているのもまた、槍だった。
ただし、オコエの持つ伝統的な槍ではなく、先端が二つに裂けた近未来的な槍だ。
金属製の柄に……先端だけ、何か別の金属で出来ている。
服の上に着た装甲と、同じ金属。
つまり……ヴィブラニウムだ。
「……クロウの手下か」
オコエは険しい顔で、槍を構えた。
クロウ……ユリシーズ・クロウか。
彼はヴィブラニウムを大量に盗んでいる。
自らの私兵を武装できる程に。
「……オコエ」
シュリが私の腕の中で、小さく呟いた。
……彼女は私が、守らなければならない。
直後、クロウの私兵が槍を振るった。
先端はヴィブラニウム製、当たれば致命傷は避けられない。
オコエは……それを紙一重で避けて、そのまま体を回転させた。
勢いのまま、小さく槍を振るい……私兵の腕を斬った。
「ぎゃあっ」
結構深めに斬れたようで、血が吹き出した。
腱が切れたのか、槍を持っていられないようで手放した。
オコエは腹を柄で殴り、そのまま地面に転がした。
そして、私兵が持っていた槍を踏み付けて、私の方に向けて滑らせた。
「それを使いなさい!」
私は頷きながら、槍を手に持つ。
しかし、オコエはその隙を突かれて、別の私兵に槍を振るわれ──
「はぁっ!」
ヴィブラニウム製の柄で防いだ。
そのまま、弧を描くように回して……相手の槍を引き寄せた。
勢いのまま、私兵の顔面に肘を喰らわせ、足を払い、更に回転する。
遠心力で私兵が宙に浮いて、投げ飛ばされ……壁に激突した。
「幾ら武装が優れていても、腕前がお粗末ね」
まるで何もかもを巻き込むような、竜巻のようだと私は思った。
凄まじい槍使捌きだ。
流石は『ドーラ・ミラージュ』の
直後、拍手の音が聞こえた。
「凄いな、今のどうやったんだ?教えてくれよ」
そこにいたのは……髭面の屈強な男だった。
他の私兵と違い、装甲なんて付けていない。
袖を捲った白いカッターシャツに、深い紫色のベスト、緩く絞められたネクタイ。
随分と気楽な格好だ。
だが、それ故に……その自信が、只者ではないと悟らせた。
「ユリシーズ・クロウ……!」
私の腕の中に居たシュリが、顔を出して……怒りを込めた表情で睨んだ。
……奴が、ユリシーズ・クロウ?
私の知っている容姿とは少し違うが……だが、彼女が言うのならば間違いないだろう。
「よう、嬢ちゃん。久しぶりだな」
「……ふざけないで!」
シュリは怒っている。
……ヴィブラニウムを盗まれただけでは、なさそうだ。
何か、彼女と彼の間には因縁があるように見えた。
「おいおい、何だ?まだ怒ってんのか?仲良くしようぜ」
「父さんを殺した奴と、仲良くする訳ないじゃない!」
「そりゃそうだな、今のは
……シュリの顔を見る。
シュリの父親は……ティ・チャカ王は先代の国だ。
そして、ワカンダの国王とはつまり……ブラックパンサーだ。
ヴィブラニウムのスーツを着て、ハーブによって得た身体能力、ワカンダの武術を使って戦う……超人、戦士。
それが代々、国王が受け継いでいる黒き豹……ブラックパンサーだ。
そんなブラックパンサーを殺したのだと言う……目の前にいる、ユリシーズ・クロウに対する危機感を強めた。
ふと、クロウが私へ視線を向けた。
「お、知らねぇ嬢ちゃんもいるな。気になってるようだし、少し昔話をして──
「だぁっ!」
オコエが槍を振るった。
それはクロウへ直撃し──
すり抜けた。
「やろうか?アレは二十年近く前の話だ」
クロウは気にもせず、話を進める。
槍の先端は店の壁に切り傷を与えた。
……何だ、今のは?
目の前にいるクロウは実体ではないのだろうか?
「親父はヴィブラニウムの存在を知り、ワカンダまで遥々やって来た。まだガキだった俺を連れてな」
……いや、違う。
ホログラムではない。
足を動かせば床の木が軋む。
手で机を撫でれば、埃が取り除かれる。
私の強化された五感は、奴がそこにいるのだと認識させている。
「親父は科学者だった。音波装置の研究で、どうしてもヴィブラニウムが欲しくなった。初めは先代の王も優しく案内してくれたさ。生娘をエスコートするようにな」
クロウが歩く度に、その一挙一動にオコエは警戒する。
「だが、そこにいる先代の王はヴィブラニウムの受け渡しを拒否した。親父は懇切丁寧に懇願したがダメだった」
その言葉に、シュリが身を乗り出した。
「嘘よ!あんたの父親は、私の父さんを脅した!武器を使って!」
「あー?そうだっけか?まぁ、良いじゃねぇか。肝心なのは、この続きだ」
クロウが壁にかけられていた、豹の形をしたアクセサリーを手に取った。
先ほどシュリが購入しようとしていた物と同じだ。
「親父はな、先代の王に殺された。首を掻っ切られて……置き去りにされた。まだ子供だった俺は見逃されたが……」
そして、手元のアクセサリーを右手で握った。
「俺は忘れちゃいなかった。報いは受けさせたぜ?同じように首を掻っ切ってやった」
ギチ、ギチと嫌な音がした。
ユリシーズ・クロウの右手が、変形する。
人工皮膚が剥がれ、金属が露出する。
アレは……ヴィブラニウム製の義手だ。
「そん時は、お前の兄貴に負けちまったが……それでも、大量のヴィブラニウムは頂いた。戦いでは負けたが、勝負には勝った……俺はパンサーに勝ったんだ」
クロウが手を開くと……ぐちゃぐちゃになった、豹のアクセサリーが現れた。
「親父を殺したパンサーはもう居ない。次に報いを受けるのは、お前の兄貴だ。シュリ殿下」
殺気を感じる。
私はシュリを背後に寄せて、クロウから隠す。
「俺の腕をちょん切った恨みは返すぜ?最愛の妹をブッ殺したら、そりゃあアイツも悲しむだろうよ!」
クロウの義手が変形し、銃口のような形になった。
それを見たオコエが、槍を構え、突進し──
義手が、赤く光った。