【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
まず最初に、オコエが吹き飛んだ。
次に、店内のガラス製品が砕け散った。
そして、耳鳴り……。
ユリシーズ・クロウの右腕、ヴィブラニウム製の武器は……音波だ。
空気を振動させて衝撃波を発生させている。
奴の右腕はソニック・ブラスターだ。
それも、ヴィブラニウム製の特注品……衝撃を吸収するということは振動を吸収して、音波に指向性を持たせる事に活用できるという事。
装着者本人に反射なく、最大出力で放てるという事だ。
咄嗟に、私はシュリを庇い──
弾き飛ばされた。
少し遅れて……耳に、砕ける音が聞こえた。
私の骨だ。
シュリを庇った事で、受け身も取れず壁に衝突したからだ。
「げ、ごほっ……」
血反吐を吐いて、地面に転がる。
シュリは──
「ちょ、ちょっと、ミシェル!?」
無事、のようだ。
体の中を自己検診する。
複数の内臓にダメージ。
背骨が軽傷、肋骨にヒビが入っている。
……
完治までに必要時間は……5分程だ。
短いと考えるべきか、それとも……今、この瞬間では長すぎると考えるべきか。
恐らく、後者だ。
視線を上げる。
店内はメチャクチャに壊れていた。
アクセサリーは散乱し、ガラス類は原型を留めていない程に粉々になっていた。
そして、砕けた破片が舞う中で……オコエは立っていた。
私よりも至近距離でソニック・ブラスターの衝撃を受けた筈なのに……それでも立っていた。
しかし、身体中に傷があり、分かり辛いけれど……赤い戦闘服に血を滲ませていた。
堪らず、シュリが身を乗り出した。
「オコエ!」
「問題ない!ドーラ・ミラージュはこんな男に負けはしない!」
血塗れのオコエは再度、槍を構えた。
目の前には、ユリシーズ・クロウ。
彼は半笑いを浮かべていた。
「おうおう、随分と活きがいい。内臓はもうグチャグチャなんだろ?」
「それが……なんだと言うのだ!我らが誇りの、前には!」
オコエが槍を振るった。
しかし、また……それはクロウの身体をすり抜けた。
槍が触れた瞬間が見えた。
奴の身体は赤いノイズのようになっていた。
まさか──
「……音波、人間」
「んん?何だ、嬢ちゃん物知りか?」
ユリシーズ・クロウ。
その正体は……彼自身が肯定した事によって、疑惑は確信へと変わった。
クロウがシュリの方へ視線を向けた。
「パンサーとの殺し合いの時、腕を無くした俺は逃げるために
手を上げると、赤いノイズのような物になった。
まるで宙を浮かぶホログラフィックだ。
「俺は生きながら音波となった」
「……そんなの、科学的にあり得ない」
シュリが驚愕と畏怖を込めた視線を向けた。
その視線に、クロウは頬を掻いた。
「あり得なかろうと、俺はこうして実在している。重要なのは結果だ。俺は、生きる音波生命体になった……こうして、好き勝手に実体を消せるようになった。これが結果だ」
言い切った瞬間、クロウは全身を赤いノイズに変えて……消えた。
そして、ノイズは……オコエの背後に現れた。
「オコエ、後ろ!」
直後、オコエの背後にクロウが実体として現れた。
さっきまでの人間らしい姿ではない。
真っ赤な肌をした、辛うじて人の形をしたバケモノだった。
オコエが声に気付き、背後に槍を振り回した。
『学ばないが──
槍はすり抜けて、壁を裂いた。
「っ!」
オコエは一歩引いて、攻撃を避けようとし──
クロウが右腕のソニックブラスターを向けた。
『バカは死ねば治るか?』
瞬間、また光が──
クロウの、右腕が跳ね上がった。
『あ?』
オコエが槍を掲げ、足で跳ね上げたのだ。
ガオン!と大きな音がした。
音波攻撃は天井にぶつかり、砕けた木片が散乱した。
オコエの頭上が砕けて、瓦礫が彼女に降り注ぐ。
「オコエ!」
……既に満身創痍である彼女は避ける事が出来ず、そのまま瓦礫の中に埋もれてしまった。
シュリは呆然とした顔で、瓦礫を見つめている。
『……ちょいと驚いたが、まぁ無駄な努力だったな』
しかし、感傷に浸る余裕はない。
クロウは私達の隠れている机へ、視線を向けた。
私は──
「シュリ、お願い。隠れてて」
「……え?」
彼女を机の後ろに隠して、立ち上がった。
口調を丁寧にしている余裕すら無い。
私は敵から奪った槍を持って、机から離れていく。
クロウの持つソニック・ブラスターの射線上から逸らす為だ。
『ん?次は嬢ちゃんがやるのか?』
ソニック・ブラスターが私に向けられる。
私は無言のまま、槍を手に構える。
……勝算がない訳ではない。
先程、オコエはクロウに一瞬、触れていた。
ソニック・ブラストを放つ一瞬……奴は、物理的に干渉しなければならない時、音波に変化する事が出来ないのだ。
オコエが満身創痍で私に教えてくれた事だ。
……彼女も後で助けなければならない。
ワカンダ人、ドーラ・ミラージュの隊長が、あの程度で死ぬ訳がない。
今は瓦礫の下で気絶しているだろうが……コイツに打ち勝って、助け出せば良いだけの話だ。
『勇気と無謀を履き違えたな。そういう奴は、決まって早死にする』
「……それは貴方の方」
『はは、言うねぇ。随分とムカつくクソガキだ……死んでから詫びても遅いぞ?』
ソニック・ブラスターが構えられ──
私は地面を蹴り、接近した。
身を低く、這うように……滑る。
放たれたソニック・ブラストを近距離で避け、肉薄する。
『は?』
クロウはオコエを知っていた。
彼女がドーラ・ミラージュの隊長である事も知っていた。
だから、彼女と戦う時は警戒していた。
だが、私には警戒が薄かった。
どこの誰とも知らなければ、私の容姿は屈強な戦士には見えはしない。
その隙を突く。
勝負は一瞬、この一度に賭けた。
そして、私は賭けに勝った。
甘えた射線、想定外の事態への動揺。
クロウは一手、遅れた。
私は肉薄し……槍を薙ぎ払った。
『ぐ、おぉっ!?』
手応えはあった。
しかし、浅い。
クロウは数歩引いて、再度、ノイズに変わり……距離を取られた。
『くっそっ、何だ、てめぇ……ただのガキじゃねぇな!?』
しくじった。
しくじった、しくじった、しくじった!
クロウの警戒は引き上げられてしまった。
これでは、迂闊な攻撃はされない。
反撃出来ない。
……無意識のうちに、攻撃の手が緩んでしまった。
平和ボケだ。
人を傷付ける事を恐れてしまった。
戦いの場において、その優しさ……いや、甘さは命取りになる。
強い人間が、弱い人間と戦う時に手加減をするのは分かる。
だが、私のような弱い人間が……自身より強い相手に手加減をしてどうする?
本当に守りたい物を守るためには、相手を傷付ける覚悟が必要だった。
槍を強く握り、再度、構える。
『おっと!俺はもう、お前には近付かない』
クロウが右腕のソニック・ブラスターを構えた。
『良い方法を思い付いたぜ?お前を確実にブチ殺せる名案だ』
その先には……シュリが隠れている机があった。
「……シュリ!」
『精々守りな』
咄嗟に、私は射線を遮るように飛び出し……衝撃が、身を貫いた。
◇◆◇
『どうして戦っているの?』
それは……彼女を守らなければならないから。
『別に親しい友人って訳でもないのに、命を懸けてまで?』
それでも、助けないと。
『何で?』
だって私、そうでもしないと……自分を許せなくなるから。
私が私を生きてて良いと、心の底から思うために……みんなの好意に相応しい人間にならないと。
『……
捨てられない。
もう、分かっている。
己の不始末と、己のしてきた事も。
犯した罪と、与えられない罰を。
……だけど。
過去は、悪い事ばかりじゃない。
『どうして?ずっと捨てたがっていたのに……
今までは、そうだった。
だけど、やっと気付いた。
アレは私だ。
過ぎ去った過去は無くなりはしない。
捨てる事は出来ない。
それなら、私は包括する。
……それを使う。
捨てられない過去も己自身だから。
私は、私の『ありのまま』を捨てはしない。
それが生きるために必要ならば……私はもう目を背けたりしない。
今も、過去も、未来も私だ。
逃げたりはしない。
受け入れて……戦うしかない。
過去と今を繋ぎ、未来のために戦う。
それが……私が、私の、私に、出来る事だ。
混沌とした暗闇から、目を覚ました。
「げほっ、ごぼっ……!」
血を吐く。
内臓と骨が痛む。
「ぐ、ぅう……」
……ボヤけた視界の中で、装甲車にシュリが担ぎ込まれているのが見えた。
立て、立て、立て!
車が走り去っていく。
足はまだ……動かない。
全力で
「は、はぁっ」
手を伸ばすと……何かに触れた。
……それは、シリコン製のお面だ。
スパイダーマンの、
……それを手に取り、顔に付ける。
地面に転がったまま、仰向けになる。
「はっ、はぁ、はぁ……っ!」
視界は狭くなる。
呼吸もし辛くなる。
だけど……私は、この方が身に合っている。
『私』の
「ぐ、ぅ……!」
呼び覚ます。
研ぎ澄ませる。
心の中にあるスイッチを跳ね上げる。
目を、閉じた。
レッドキャップは、あの時……胸の爆弾が炸裂した時に死んだ。
だが、生き返った。
生まれ変わらせた。
随分とブランクが開いたが、腕は錆び付いてなどいない。
心もだ。
前は、組織の命令に従うだけの戦闘兵士だった。
だが今、その命令を下すのは私自身だ。
それでいい。
目を見開き、勢いよく立ち上がった。
まだ内臓の損傷は酷い。
骨も完全に繋がってはいない。
激痛が身を蝕む。
だから、どうした。
昔から、そうだっただろう。
どれだけ身体を損傷しても、私は戦ってきた。
そうだ。
今はその、覚悟と耐久性が必要だ。
足元の槍を手に持つ。
柄が折れて、穂に少ししか残っていない。
だが、好都合だ。
まるでナイフのように短くなった槍を手に持つ。
こっちの方が使い慣れている。
瓦礫を蹴って、オコエを掘り出す。
身体の中で、
「げほっ、ごほっ」
オコエが咳き込みながら、顔を出した。
腕を引っ張って、無理矢理引き摺り出す。
「ミ、シェル……?シュ、シュリは……」
「ユリシーズ・クロウによって、連れ去られた」
端的にそう答えると、オコエは見る見る内に顔を顰めた。
「助け、なければ……」
だが、その身は限界だ。
骨は折れ、内臓も重度の損傷がある。
私は肩を叩き、離れる。
「大丈夫だ。私が助けに向かう」
「……貴女、何を──
マスクを被っている私を、彼女が訝しんだ。
「怪我人は寝ているといい。足手纏いになる」
少し強めに言って、私は背を向けた。
こうでも言わなければ、彼女は無理をしてしまうだろう……
それをシュリは望まないだろう。
彼女の困惑を身に感じながら、それでも私は……回復した四肢を動かして、半壊した店を飛び出した。
ここはニューヨーク市内の大きな坂道だ。
下り坂に向かって、装甲車は走っている。
……即座に、店の前に停まっている壊れた車のドアを切り飛ばした。
そして、切り飛ばしたドアに片足を乗せて……地面を蹴った。
火花を散らしながら、道路を滑る。
さながらコンクリートの海を滑る、サーファーだ。
下り坂を勢いよく下れば、車よりも速く着くだろう。
身を低くし、空気抵抗を減らし、小さくなった槍……いや、ナイフで地面を蹴った。
更に加速して……装甲車に接近する。
装甲車の天板が開き、クロウの私兵が顔を出した。
その手には突撃銃……そんなもの、ニューヨークの市内で撃つつもりか。
撃たせはしない。
足場にしていた車のドアを蹴って、装甲車に飛び乗る。
装甲の段差に指をかけて、全身を捻り車上に登る。
……身体が軽い。
そうだ、そうだった。
私は、こうやって身体を動かしていたな。
随分と久しぶりな気がする。
「なんっ──
声を出そうとした私兵の首を、手で掴んだ。
喉を抑えて、呼吸できなくして……車内から力付くで引っ張る。
そのまま投げ飛ばせば、走行中の装甲車から転げ落ち、道路に落ちた。
……死んではいないだろう。
ヴィブラニウム製の装甲をつけているのだ、衝撃は吸収される。
私は装甲車の天窓に身体を突っ込もうとし──
槍が、中から飛び出してきた。
だが、好都合だ。
それを手で掴み、強く引っ張る。
私の身体能力は常人の何倍もある。
捻り、引き抜いて……槍を奪った。
そして、装甲車の前部に立ち……前方の地面に向かって、その槍を全力で投擲した。
コンクリートを穿ち、前方に刺さった槍は杭となる。
そこに、装甲車が激突した。
大きな衝突音が、ニューヨークに響いた。
随分と揺れたが……装甲車が止まった。
ヴィブラニウム製の槍に衝撃が吸収されたが、前に進めなくなったのだ。
視線を下げれば……装甲車の前面に槍がめり込んでおり押す事も、引く事も出来ないだろう。
私は首を鳴らして、装甲車の背部に立つ。
後ろの貨物入れの扉を……手に短く持った槍で引き裂く。
素早く、数回切り裂けば……ドアがバラバラになって崩れ落ちた。
しかし、それは私兵どもにも想定通りだったようで、装甲車の中から銃を構えていた。
引き金が、引かれた。
身を捩り、地面を掴み、回避する。
私は弾丸より早くは動けない。
だが、弾丸の射線を見切り避けるのは得意だ。
装甲車の内部に滑り込み、狭い車内で私兵共と向き合う。
……三人か。
接近してきた私兵の腕を捻り、壁に叩きつける。
装甲車の壁が押し込まれて凹んだ。
「一人」
別の私兵は槍を短く持って、突き出してくる。
それを避けて、足を払う。
腹を全力で蹴って、肋の数本を破壊する。
苦悶の声が車内に鳴り響いた。
「二人」
突撃銃を構えた私兵が私に銃口を向ける。
引き金を引く前に、銃口を手で掴み……引っ張った。
寄ってきた私兵の顔面を殴り、顎の骨を砕いた。
「これで最後」
無力化した私兵を踏んで、奥へ向かおうとし──
振り返った。
『随分とやってくれたなぁ……さっきは手加減してくれてたのか?』
道路の坂道の上の方で、ユリシーズ・クロウがシュリを抱え込んでいた。
……シュリは腕を縛られていて、抵抗出来ないようだ。
音波変換によって、装甲車の前部から脱出したか。
思わず舌打ちが出そうになる。
今ここで奴に逃げられれば、追いつけるかは怪しいだろう。
ここで確実に、シュリを奪還しなければならない。
私は装甲車から降りて、クロウへと足を進める。
「王女は返して貰うぞ、ユリシーズ・クロウ」
『あぁ?嫌なこった……しかし、何だその珍妙な姿は。ふざけてんのか?』
……私は今、出来の悪いスパイダーマンのマスクを被っている。
確かに、『珍妙な姿』だろう。
故に否定する事はない。
短くなった槍を逆手に持つ。
……今、シュリは人質のような状態だ。
奴は現国王のティ・チャラに精神的ダメージを与えるために、今はまだシュリを生かしているのだろう。
だが、ピンチになれば奴はシュリを殺しかねない。
明らかに不利な状況だろう。
……奴が音波として変換できる範囲は何処までか。
恐らく、シュリを音波化するのは不可能だ。
それが可能ならば、奴は既に逃走している。
音波化すると物理的に何かに干渉する事は出来ない。
そう考えて良いだろう。
つまり、シュリを抱えている間、奴は攻撃を避ける手段がないという事だ。
一歩、クロウに向かって踏み込んだ。
瞬間、右腕のソニック・ブラスターを構えられた。
ここには遮蔽物がない。
ならば、リーチの長い武器を持っている方が有利だ。
私が持っているのは柄の折れた槍。
クロウが持っているのはソニック・ブラスター。
一見すると、私に勝ち筋はないように見える。
だが──
『死にやが──
身体を全力で捻り、バネのように弾く。
逆手に持った短い槍を、クロウに向かって……投擲した。
ナイフの投擲技術には自信がある。
100メートル以上離れた人間の心臓部を狙って当てられるほどの技能が、
人質になっているシュリを避けて、クロウにのみ直撃させることが私にはできる。
そこに一点の躊躇も存在しない。
強化された視覚と筋力、鍛え上げた技術を組み合わせる事で……この技術を可能とした。
槍はクロウに接近し……すり抜けた。
『は、はぁっ……!は、ははっ、危ねぇ!だが!』
確かに、小槍は命中しなかった。
だが、一瞬でも回避のために、自らの体を音波に変換した。
それは明確な隙だ。
道路にシュリが転がった。
奴の右腕のソニック・ブラスターは攻撃をキャンセルした。
コンクリートがひび割れる程の強さで地面を蹴り、接近……いや、飛び込む。
『チッ!』
再び、クロウは身体を変換させて回避しようとする。
だが、私の狙いは奴ではない。
シュリだ。
抱きつきながら、距離を取り、転がる。
足元のシュリが攫われた事に、クロウは気付いたようだが……遅い。
距離を取ったわたしは、シュリを拘束していた腕輪を腕力だけで破壊する。
呼吸と会話を制限している首輪も砕く。
すると、シュリが咳き込んだ。
「げほっ、ごほっ……う、あ、ありがとう」
「礼をしている暇はない」
手元に武器はない。
服の裾に付けていたヘアピンを開き……構える。
無いよりはマシ、程度だが。
『……随分と舐めた真似をしてくれるな。そんな玩具で何しようってんだ!』
クロウが怒鳴りながら、ソニック・ブラスターを構えて──
瞬間、奴は押し倒された。
首元を絞められ、驚愕の顔を浮かべた。
『て、めぇっ……』
「オコエ!」
それはオコエだ。
骨が砕け、内臓も傷まみれだというのに……それでも、私を追って来たのだ。
シュリを守るために。
『無駄だって、言ってるだろうが!分からねぇ奴らが!』
再び音波に変換され、オコエが地面に転がった。
傷だらけで……受け身を取る事も出来ていない。
ソニック・ブラスターが、構えられ──
私は地面を蹴って、クロウへ走り出す。
『邪魔するな!これは俺とワカンダの戦いなんだ!』
ヘアピンを小さなナイフのように振るい……クロウをオコエから引き剥がす。
『チィッ……もう、いい。もういい!』
クロウが、ソニック・ブラスターをシュリに向けた。
『もう知ったこっちゃねぇ!ここで姫様をブッ殺してやる!』
また、私が肉壁になるしかない。
そう思い、彼女の前に立ち──
ジェット機の噴射音が聞こえた。
『あ?』
クロウも、私も頭上を見上げた。
真っ黒なジェット機が、私達の頭上に飛んでいたのだ。
既存の物理法則を無視し、頭上で静止した。
「……あ、あははは。どうやら、間に合ったみたい」
足元で、シュリが呟いた。
アレは……シュリが呼んだのか。
『な、んだ、ありゃあ……』
「アンタ達に襲われた時、既に呼んでいたの……コレでね」
クロウがジェット機から視線を外し、シュリを見た。
シュリの右腕……そこに巻かれた伝統品のようなブレスレットが紫色に輝いている。
……アレは、ワカンダの万能機器だ。
名前は確か……『キモヨ・ビーズ』。
医療機器として、通信機器として活用できる。
使用したのは、恐らく……救難信号の発信。
『誰だ……誰を呼んだ?』
「そんなの、決まってるじゃない。ワカンダに仇なしたアンタは──
ジェット機の下部が開いた。
「
開いた下部から、『誰か』が飛び降りた。
黒いシルエットは、腕を交差し組んだまま……真っ直ぐにこちらへ落ちてくる。
高度、数百メートル。
パラシュートもなしに、落ちてくる。
『く、そっ!お前だけでも──
クロウが視線を逸らし、シュリへソニック・ブラスターを構えた。
その瞬間、私は跳ね上がり、再度接近する。
ソニック・ブラスターを腕に持つクロウへ飛び掛かり──
『チッ!邪魔、だ!』
ヴィブラニウム製の腕で殴られた。
「ん、ぐっ……!」
私の顔面の骨が折れて、鼻血が出る。
地面に転がり、何とか受け身を取る。
口から血と、抜けた歯を吐き出した。
だけど、時間は稼げた。
黒いシルエットが落下し、シュリとクロウの間に降り立った。
高度数百メートルからの落下……だというのに、物音は殆ど無い。
……ヴィブラニウムによる衝撃吸収機能、それが猫科の着地能力を彷彿とさせた。
『……チッ、現れやがったな』
交差した腕を解き、黒いシルエットは『爪』を構えた。
ワカンダの象徴……黒い、豹だ。
「兄さん!」
「シュリ、下がっていろ。私が相手をする」
現ワカンダの国王にして、最強の戦士。
ティ・チャラ……いや、『ブラックパンサー』がそこに居た。
黒豹を模したマスクに、ヴィブラニウムで出来たタイツのようにしなやかなスーツ。
……全てを引き裂く鋭いヴィブラニウム製の爪。
野生、そしてアフリカの夜そのものが実体化したような戦士が、そこに立っていた。
ブラックパンサーが指を立てる。
そして、クロウへと向けた。
「予告しておこう、ユリシーズ・クロウ」
『……あぁ?』
訝しむように、クロウが眉を顰めた。
互いに距離を取れない、近寄る事もない。
その気になれば、いつでも互いを殺せるのだと……そして、距離など関係ないのだと……私には分かった。
「貴様は血を見る事になる」
ブラックパンサーの指の爪が伸びる。
人の手に、獣の爪が生えたのだ。
『へぇ……そりゃあ、返り血の事か?あぁ?』
クロウが鼻を鳴らし、ソニック・ブラスターを構えた。
「……貴様はワカンダの法を犯した。よって、ワカンダの法によって裁く」
『ここはニューヨークだぜ、陛下』
「知った事か」
ブラックパンサーが地を蹴り、壁を蹴り、黒豹のような……いや、黒豹と同様の俊敏さでクロウへ襲い掛かった。