【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#15 ボーン・アゲイン part2

まず最初に、オコエが吹き飛んだ。

次に、店内のガラス製品が砕け散った。

そして、耳鳴り……。

 

ユリシーズ・クロウの右腕、ヴィブラニウム製の武器は……音波だ。

空気を振動させて衝撃波を発生させている。

 

奴の右腕はソニック・ブラスターだ。

それも、ヴィブラニウム製の特注品……衝撃を吸収するということは振動を吸収して、音波に指向性を持たせる事に活用できるという事。

装着者本人に反射なく、最大出力で放てるという事だ。

 

 

咄嗟に、私はシュリを庇い──

 

 

弾き飛ばされた。

 

 

 

少し遅れて……耳に、砕ける音が聞こえた。

私の骨だ。

シュリを庇った事で、受け身も取れず壁に衝突したからだ。

 

 

「げ、ごほっ……」

 

 

血反吐を吐いて、地面に転がる。

シュリは──

 

 

「ちょ、ちょっと、ミシェル!?」

 

 

無事、のようだ。

 

体の中を自己検診する。

複数の内臓にダメージ。

背骨が軽傷、肋骨にヒビが入っている。

 

……治癒因子(ヒーリング・ファクター)に意識を割いて、治癒を進める。

完治までに必要時間は……5分程だ。

 

短いと考えるべきか、それとも……今、この瞬間では長すぎると考えるべきか。

恐らく、後者だ。

 

視線を上げる。

店内はメチャクチャに壊れていた。

アクセサリーは散乱し、ガラス類は原型を留めていない程に粉々になっていた。

 

そして、砕けた破片が舞う中で……オコエは立っていた。

 

私よりも至近距離でソニック・ブラスターの衝撃を受けた筈なのに……それでも立っていた。

しかし、身体中に傷があり、分かり辛いけれど……赤い戦闘服に血を滲ませていた。

 

堪らず、シュリが身を乗り出した。

 

 

「オコエ!」

 

「問題ない!ドーラ・ミラージュはこんな男に負けはしない!」

 

 

血塗れのオコエは再度、槍を構えた。

目の前には、ユリシーズ・クロウ。

 

彼は半笑いを浮かべていた。

 

 

「おうおう、随分と活きがいい。内臓はもうグチャグチャなんだろ?」

 

「それが……なんだと言うのだ!我らが誇りの、前には!」

 

 

オコエが槍を振るった。

しかし、また……それはクロウの身体をすり抜けた。

 

槍が触れた瞬間が見えた。

奴の身体は赤いノイズのようになっていた。

 

 

まさか──

 

 

「……音波、人間」

 

「んん?何だ、嬢ちゃん物知りか?」

 

 

ユリシーズ・クロウ。

その正体は……彼自身が肯定した事によって、疑惑は確信へと変わった。

 

クロウがシュリの方へ視線を向けた。

 

 

「パンサーとの殺し合いの時、腕を無くした俺は逃げるために音波変換装置(ソニック・コンバーター)の中に飛び込んだ。音波を物質にする変換装置だ。それが逆転した結果──

 

 

手を上げると、赤いノイズのような物になった。

まるで宙を浮かぶホログラフィックだ。

 

 

「俺は生きながら音波となった」

 

「……そんなの、科学的にあり得ない」

 

 

シュリが驚愕と畏怖を込めた視線を向けた。

その視線に、クロウは頬を掻いた。

 

 

「あり得なかろうと、俺はこうして実在している。重要なのは結果だ。俺は、生きる音波生命体になった……こうして、好き勝手に実体を消せるようになった。これが結果だ」

 

 

言い切った瞬間、クロウは全身を赤いノイズに変えて……消えた。

 

そして、ノイズは……オコエの背後に現れた。

 

 

「オコエ、後ろ!」

 

 

直後、オコエの背後にクロウが実体として現れた。

さっきまでの人間らしい姿ではない。

真っ赤な肌をした、辛うじて人の形をしたバケモノだった。

 

オコエが声に気付き、背後に槍を振り回した。

 

 

『学ばないが──

 

 

槍はすり抜けて、壁を裂いた。

 

 

「っ!」

 

 

オコエは一歩引いて、攻撃を避けようとし──

クロウが右腕のソニックブラスターを向けた。

 

 

『バカは死ねば治るか?』

 

 

瞬間、また光が──

 

クロウの、右腕が跳ね上がった。

 

 

『あ?』

 

 

オコエが槍を掲げ、足で跳ね上げたのだ。

 

ガオン!と大きな音がした。

 

音波攻撃は天井にぶつかり、砕けた木片が散乱した。

オコエの頭上が砕けて、瓦礫が彼女に降り注ぐ。

 

 

「オコエ!」

 

 

……既に満身創痍である彼女は避ける事が出来ず、そのまま瓦礫の中に埋もれてしまった。

シュリは呆然とした顔で、瓦礫を見つめている。

 

 

『……ちょいと驚いたが、まぁ無駄な努力だったな』

 

 

しかし、感傷に浸る余裕はない。

クロウは私達の隠れている机へ、視線を向けた。

 

私は──

 

 

「シュリ、お願い。隠れてて」

 

「……え?」

 

 

彼女を机の後ろに隠して、立ち上がった。

口調を丁寧にしている余裕すら無い。

 

私は敵から奪った槍を持って、机から離れていく。

 

クロウの持つソニック・ブラスターの射線上から逸らす為だ。

 

 

『ん?次は嬢ちゃんがやるのか?』

 

 

ソニック・ブラスターが私に向けられる。

私は無言のまま、槍を手に構える。

 

……勝算がない訳ではない。

先程、オコエはクロウに一瞬、触れていた。

ソニック・ブラストを放つ一瞬……奴は、物理的に干渉しなければならない時、音波に変化する事が出来ないのだ。

 

オコエが満身創痍で私に教えてくれた事だ。

……彼女も後で助けなければならない。

ワカンダ人、ドーラ・ミラージュの隊長が、あの程度で死ぬ訳がない。

 

今は瓦礫の下で気絶しているだろうが……コイツに打ち勝って、助け出せば良いだけの話だ。

 

 

『勇気と無謀を履き違えたな。そういう奴は、決まって早死にする』

 

「……それは貴方の方」

 

『はは、言うねぇ。随分とムカつくクソガキだ……死んでから詫びても遅いぞ?』

 

 

ソニック・ブラスターが構えられ──

 

私は地面を蹴り、接近した。

身を低く、這うように……滑る。

 

放たれたソニック・ブラストを近距離で避け、肉薄する。

 

 

『は?』

 

 

クロウはオコエを知っていた。

彼女がドーラ・ミラージュの隊長である事も知っていた。

だから、彼女と戦う時は警戒していた。

 

だが、私には警戒が薄かった。

どこの誰とも知らなければ、私の容姿は屈強な戦士には見えはしない。

 

 

その隙を突く。

 

 

勝負は一瞬、この一度に賭けた。

そして、私は賭けに勝った。

 

甘えた射線、想定外の事態への動揺。

クロウは一手、遅れた。

 

私は肉薄し……槍を薙ぎ払った。

 

 

『ぐ、おぉっ!?』

 

 

手応えはあった。

 

しかし、浅い。

 

クロウは数歩引いて、再度、ノイズに変わり……距離を取られた。

 

 

『くっそっ、何だ、てめぇ……ただのガキじゃねぇな!?』

 

 

しくじった。

しくじった、しくじった、しくじった!

 

クロウの警戒は引き上げられてしまった。

これでは、迂闊な攻撃はされない。

反撃出来ない。

 

……無意識のうちに、攻撃の手が緩んでしまった。

平和ボケだ。

人を傷付ける事を恐れてしまった。

 

戦いの場において、その優しさ……いや、甘さは命取りになる。

 

強い人間が、弱い人間と戦う時に手加減をするのは分かる。

だが、私のような弱い人間が……自身より強い相手に手加減をしてどうする?

 

本当に守りたい物を守るためには、相手を傷付ける覚悟が必要だった。

(ミシェル)にはそれが……なかった。

 

槍を強く握り、再度、構える。

 

 

『おっと!俺はもう、お前には近付かない』

 

 

クロウが右腕のソニック・ブラスターを構えた。

 

 

『良い方法を思い付いたぜ?お前を確実にブチ殺せる名案だ』

 

 

その先には……シュリが隠れている机があった。

 

 

「……シュリ!」

 

『精々守りな』

 

 

咄嗟に、私は射線を遮るように飛び出し……衝撃が、身を貫いた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

『どうして戦っているの?』

 

 

それは……彼女を守らなければならないから。

 

 

『別に親しい友人って訳でもないのに、命を懸けてまで?』

 

 

それでも、助けないと。

 

 

『何で?』

 

 

だって私、そうでもしないと……自分を許せなくなるから。

私が私を生きてて良いと、心の底から思うために……みんなの好意に相応しい人間にならないと。

 

 

『……貴女(わたし)は過去を捨てられていないの?』

 

 

捨てられない。

もう、分かっている。

己の不始末と、己のしてきた事も。

犯した罪と、与えられない罰を。

 

 

……だけど。

 

 

過去は、悪い事ばかりじゃない。

 

 

『どうして?ずっと捨てたがっていたのに……己の過去(レッドキャップ)を』

 

 

今までは、そうだった。

 

だけど、やっと気付いた。

 

アレは私だ。

過ぎ去った過去は無くなりはしない。

捨てる事は出来ない。

 

それなら、私は包括する。

 

人殺しの私(レッドキャップ)を……戦う技術を、心構えを、強さを……必要とする私(ミシェル)がいるのなら。

 

……それを使う。

捨てられない過去も己自身だから。

 

私は、私の『ありのまま』を捨てはしない。

それが生きるために必要ならば……私はもう目を背けたりしない。

 

今も、過去も、未来も私だ。

逃げたりはしない。

 

受け入れて……戦うしかない。

 

過去と今を繋ぎ、未来のために戦う。

 

それが……私が、私の、私に、出来る事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混沌とした暗闇から、目を覚ました。

 

 

「げほっ、ごぼっ……!」

 

 

血を吐く。

内臓と骨が痛む。

 

 

「ぐ、ぅう……」

 

 

……ボヤけた視界の中で、装甲車にシュリが担ぎ込まれているのが見えた。

 

立て、立て、立て!

 

車が走り去っていく。

足はまだ……動かない。

 

全力で治癒因子(ヒーリング・ファクター)を稼働させる。

 

 

「は、はぁっ」

 

 

手を伸ばすと……何かに触れた。

……それは、シリコン製のお面だ。

 

スパイダーマンの、仮面(マスク)

 

……それを手に取り、顔に付ける。

地面に転がったまま、仰向けになる。

 

 

「はっ、はぁ、はぁ……っ!」

 

 

視界は狭くなる。

呼吸もし辛くなる。

 

だけど……私は、この方が身に合っている。

『私』の起動手順(ルーティン)、戦う為の装束。

 

 

「ぐ、ぅ……!」

 

 

呼び覚ます。

 

研ぎ澄ませる。

 

心の中にあるスイッチを跳ね上げる。

 

 

目を、閉じた。

 

 

レッドキャップは、あの時……胸の爆弾が炸裂した時に死んだ。

 

だが、生き返った。

生まれ変わらせた。

 

随分とブランクが開いたが、腕は錆び付いてなどいない。

心もだ。

 

前は、組織の命令に従うだけの戦闘兵士だった。

だが今、その命令を下すのは私自身だ。

 

 

(ミシェル)が考え、(レッドキャップ)が戦う。

それでいい。

 

 

目を見開き、勢いよく立ち上がった。

 

 

まだ内臓の損傷は酷い。

骨も完全に繋がってはいない。

 

激痛が身を蝕む。

 

だから、どうした。

 

昔から、そうだっただろう。

どれだけ身体を損傷しても、私は戦ってきた。

 

そうだ。

今はその、覚悟と耐久性が必要だ。

 

 

足元の槍を手に持つ。

柄が折れて、穂に少ししか残っていない。

 

だが、好都合だ。

 

まるでナイフのように短くなった槍を手に持つ。

こっちの方が使い慣れている。

 

 

瓦礫を蹴って、オコエを掘り出す。

身体の中で、治癒因子(ヒーリング・ファクター)を全力で稼働させたままで。

 

 

「げほっ、ごほっ」

 

 

オコエが咳き込みながら、顔を出した。

腕を引っ張って、無理矢理引き摺り出す。

 

 

「ミ、シェル……?シュ、シュリは……」

 

「ユリシーズ・クロウによって、連れ去られた」

 

 

端的にそう答えると、オコエは見る見る内に顔を顰めた。

 

 

「助け、なければ……」

 

 

だが、その身は限界だ。

骨は折れ、内臓も重度の損傷がある。

 

私は肩を叩き、離れる。

 

 

「大丈夫だ。私が助けに向かう」

 

「……貴女、何を──

 

 

マスクを被っている私を、彼女が訝しんだ。

 

 

「怪我人は寝ているといい。足手纏いになる」

 

 

少し強めに言って、私は背を向けた。

こうでも言わなければ、彼女は無理をしてしまうだろう……治癒因子(ヒーリング・ファクター)のない彼女ならば、致命傷になりうる。

それをシュリは望まないだろう。

 

彼女の困惑を身に感じながら、それでも私は……回復した四肢を動かして、半壊した店を飛び出した。

 

ここはニューヨーク市内の大きな坂道だ。

下り坂に向かって、装甲車は走っている。

 

……即座に、店の前に停まっている壊れた車のドアを切り飛ばした。

そして、切り飛ばしたドアに片足を乗せて……地面を蹴った。

 

火花を散らしながら、道路を滑る。

さながらコンクリートの海を滑る、サーファーだ。

 

下り坂を勢いよく下れば、車よりも速く着くだろう。

 

身を低くし、空気抵抗を減らし、小さくなった槍……いや、ナイフで地面を蹴った。

 

 

更に加速して……装甲車に接近する。

 

 

装甲車の天板が開き、クロウの私兵が顔を出した。

その手には突撃銃……そんなもの、ニューヨークの市内で撃つつもりか。

 

撃たせはしない。

 

足場にしていた車のドアを蹴って、装甲車に飛び乗る。

装甲の段差に指をかけて、全身を捻り車上に登る。

 

……身体が軽い。

そうだ、そうだった。

 

私は、こうやって身体を動かしていたな。

随分と久しぶりな気がする。

 

 

「なんっ──

 

 

声を出そうとした私兵の首を、手で掴んだ。

喉を抑えて、呼吸できなくして……車内から力付くで引っ張る。

 

そのまま投げ飛ばせば、走行中の装甲車から転げ落ち、道路に落ちた。

……死んではいないだろう。

 

ヴィブラニウム製の装甲をつけているのだ、衝撃は吸収される。

私は装甲車の天窓に身体を突っ込もうとし──

 

槍が、中から飛び出してきた。

 

だが、好都合だ。

それを手で掴み、強く引っ張る。

 

私の身体能力は常人の何倍もある。

 

捻り、引き抜いて……槍を奪った。

 

そして、装甲車の前部に立ち……前方の地面に向かって、その槍を全力で投擲した。

 

 

コンクリートを穿ち、前方に刺さった槍は杭となる。

そこに、装甲車が激突した。

 

 

大きな衝突音が、ニューヨークに響いた。

 

 

随分と揺れたが……装甲車が止まった。

ヴィブラニウム製の槍に衝撃が吸収されたが、前に進めなくなったのだ。

 

視線を下げれば……装甲車の前面に槍がめり込んでおり押す事も、引く事も出来ないだろう。

 

 

私は首を鳴らして、装甲車の背部に立つ。

後ろの貨物入れの扉を……手に短く持った槍で引き裂く。

 

素早く、数回切り裂けば……ドアがバラバラになって崩れ落ちた。

 

しかし、それは私兵どもにも想定通りだったようで、装甲車の中から銃を構えていた。

 

引き金が、引かれた。

 

身を捩り、地面を掴み、回避する。

 

私は弾丸より早くは動けない。

だが、弾丸の射線を見切り避けるのは得意だ。

 

装甲車の内部に滑り込み、狭い車内で私兵共と向き合う。

 

 

……三人か。

 

 

接近してきた私兵の腕を捻り、壁に叩きつける。

装甲車の壁が押し込まれて凹んだ。

 

 

「一人」

 

 

別の私兵は槍を短く持って、突き出してくる。

それを避けて、足を払う。

腹を全力で蹴って、肋の数本を破壊する。

苦悶の声が車内に鳴り響いた。

 

 

「二人」

 

 

突撃銃を構えた私兵が私に銃口を向ける。

引き金を引く前に、銃口を手で掴み……引っ張った。

寄ってきた私兵の顔面を殴り、顎の骨を砕いた。

 

 

「これで最後」

 

 

無力化した私兵を踏んで、奥へ向かおうとし──

 

 

振り返った。

 

 

『随分とやってくれたなぁ……さっきは手加減してくれてたのか?』

 

 

道路の坂道の上の方で、ユリシーズ・クロウがシュリを抱え込んでいた。

……シュリは腕を縛られていて、抵抗出来ないようだ。

 

音波変換によって、装甲車の前部から脱出したか。

思わず舌打ちが出そうになる。

 

今ここで奴に逃げられれば、追いつけるかは怪しいだろう。

ここで確実に、シュリを奪還しなければならない。

 

私は装甲車から降りて、クロウへと足を進める。

 

 

「王女は返して貰うぞ、ユリシーズ・クロウ」

 

『あぁ?嫌なこった……しかし、何だその珍妙な姿は。ふざけてんのか?』

 

 

……私は今、出来の悪いスパイダーマンのマスクを被っている。

確かに、『珍妙な姿』だろう。

故に否定する事はない。

 

短くなった槍を逆手に持つ。

 

……今、シュリは人質のような状態だ。

奴は現国王のティ・チャラに精神的ダメージを与えるために、今はまだシュリを生かしているのだろう。

だが、ピンチになれば奴はシュリを殺しかねない。

 

 

明らかに不利な状況だろう。

 

 

……奴が音波として変換できる範囲は何処までか。

恐らく、シュリを音波化するのは不可能だ。

それが可能ならば、奴は既に逃走している。

 

 

音波化すると物理的に何かに干渉する事は出来ない。

そう考えて良いだろう。

 

 

つまり、シュリを抱えている間、奴は攻撃を避ける手段がないという事だ。

 

 

一歩、クロウに向かって踏み込んだ。

 

瞬間、右腕のソニック・ブラスターを構えられた。

 

 

ここには遮蔽物がない。

ならば、リーチの長い武器を持っている方が有利だ。

 

私が持っているのは柄の折れた槍。

クロウが持っているのはソニック・ブラスター。

 

一見すると、私に勝ち筋はないように見える。

 

だが──

 

 

『死にやが──

 

 

身体を全力で捻り、バネのように弾く。

逆手に持った短い槍を、クロウに向かって……投擲した。

 

ナイフの投擲技術には自信がある。

100メートル以上離れた人間の心臓部を狙って当てられるほどの技能が、(レッドキャップ)にはある。

 

人質になっているシュリを避けて、クロウにのみ直撃させることが私にはできる。

そこに一点の躊躇も存在しない。

 

強化された視覚と筋力、鍛え上げた技術を組み合わせる事で……この技術を可能とした。

 

 

槍はクロウに接近し……すり抜けた。

 

 

『は、はぁっ……!は、ははっ、危ねぇ!だが!』

 

 

確かに、小槍は命中しなかった。

だが、一瞬でも回避のために、自らの体を音波に変換した。

 

それは明確な隙だ。

 

道路にシュリが転がった。

奴の右腕のソニック・ブラスターは攻撃をキャンセルした。

 

コンクリートがひび割れる程の強さで地面を蹴り、接近……いや、飛び込む。

 

 

『チッ!』

 

 

再び、クロウは身体を変換させて回避しようとする。

 

だが、私の狙いは奴ではない。

シュリだ。

 

抱きつきながら、距離を取り、転がる。

足元のシュリが攫われた事に、クロウは気付いたようだが……遅い。

 

距離を取ったわたしは、シュリを拘束していた腕輪を腕力だけで破壊する。

呼吸と会話を制限している首輪も砕く。

 

すると、シュリが咳き込んだ。

 

 

「げほっ、ごほっ……う、あ、ありがとう」

 

「礼をしている暇はない」

 

 

手元に武器はない。

服の裾に付けていたヘアピンを開き……構える。

無いよりはマシ、程度だが。

 

 

『……随分と舐めた真似をしてくれるな。そんな玩具で何しようってんだ!』

 

 

クロウが怒鳴りながら、ソニック・ブラスターを構えて──

 

瞬間、奴は押し倒された。

首元を絞められ、驚愕の顔を浮かべた。

 

 

『て、めぇっ……』

 

「オコエ!」

 

 

それはオコエだ。

骨が砕け、内臓も傷まみれだというのに……それでも、私を追って来たのだ。

シュリを守るために。

 

 

『無駄だって、言ってるだろうが!分からねぇ奴らが!』

 

 

再び音波に変換され、オコエが地面に転がった。

傷だらけで……受け身を取る事も出来ていない。

 

ソニック・ブラスターが、構えられ──

 

私は地面を蹴って、クロウへ走り出す。

 

 

『邪魔するな!これは俺とワカンダの戦いなんだ!』

 

 

ヘアピンを小さなナイフのように振るい……クロウをオコエから引き剥がす。

 

 

『チィッ……もう、いい。もういい!』

 

 

クロウが、ソニック・ブラスターをシュリに向けた。

 

 

『もう知ったこっちゃねぇ!ここで姫様をブッ殺してやる!』

 

 

また、私が肉壁になるしかない。

そう思い、彼女の前に立ち──

 

 

ジェット機の噴射音が聞こえた。

 

 

『あ?』

 

 

クロウも、私も頭上を見上げた。

真っ黒なジェット機が、私達の頭上に飛んでいたのだ。

 

既存の物理法則を無視し、頭上で静止した。

 

 

「……あ、あははは。どうやら、間に合ったみたい」

 

 

足元で、シュリが呟いた。

アレは……シュリが呼んだのか。

 

 

『な、んだ、ありゃあ……』

 

「アンタ達に襲われた時、既に呼んでいたの……コレでね」

 

 

クロウがジェット機から視線を外し、シュリを見た。

シュリの右腕……そこに巻かれた伝統品のようなブレスレットが紫色に輝いている。

 

……アレは、ワカンダの万能機器だ。

名前は確か……『キモヨ・ビーズ』。

医療機器として、通信機器として活用できる。

 

使用したのは、恐らく……救難信号の発信。

 

 

『誰だ……誰を呼んだ?』

 

「そんなの、決まってるじゃない。ワカンダに仇なしたアンタは──

 

 

ジェット機の下部が開いた。

 

 

豹の神(バースト)の裁きを受けるのよ」

 

 

開いた下部から、『誰か』が飛び降りた。

黒いシルエットは、腕を交差し組んだまま……真っ直ぐにこちらへ落ちてくる。

 

高度、数百メートル。

パラシュートもなしに、落ちてくる。

 

 

『く、そっ!お前だけでも──

 

 

クロウが視線を逸らし、シュリへソニック・ブラスターを構えた。

その瞬間、私は跳ね上がり、再度接近する。

 

ソニック・ブラスターを腕に持つクロウへ飛び掛かり──

 

 

『チッ!邪魔、だ!』

 

 

ヴィブラニウム製の腕で殴られた。

 

 

「ん、ぐっ……!」

 

私の顔面の骨が折れて、鼻血が出る。

地面に転がり、何とか受け身を取る。

 

口から血と、抜けた歯を吐き出した。

 

 

だけど、時間は稼げた。

 

 

黒いシルエットが落下し、シュリとクロウの間に降り立った。

 

 

高度数百メートルからの落下……だというのに、物音は殆ど無い。

……ヴィブラニウムによる衝撃吸収機能、それが猫科の着地能力を彷彿とさせた。

 

 

『……チッ、現れやがったな』

 

 

交差した腕を解き、黒いシルエットは『爪』を構えた。

 

ワカンダの象徴……黒い、豹だ。

 

 

「兄さん!」

 

「シュリ、下がっていろ。私が相手をする」

 

 

現ワカンダの国王にして、最強の戦士。

ティ・チャラ……いや、『ブラックパンサー』がそこに居た。

 

黒豹を模したマスクに、ヴィブラニウムで出来たタイツのようにしなやかなスーツ。

……全てを引き裂く鋭いヴィブラニウム製の爪。

 

野生、そしてアフリカの夜そのものが実体化したような戦士が、そこに立っていた。

 

 

ブラックパンサーが指を立てる。

そして、クロウへと向けた。

 

 

「予告しておこう、ユリシーズ・クロウ」

 

『……あぁ?』

 

 

訝しむように、クロウが眉を顰めた。

互いに距離を取れない、近寄る事もない。

 

その気になれば、いつでも互いを殺せるのだと……そして、距離など関係ないのだと……私には分かった。

 

 

「貴様は血を見る事になる」

 

 

ブラックパンサーの指の爪が伸びる。

人の手に、獣の爪が生えたのだ。

 

 

『へぇ……そりゃあ、返り血の事か?あぁ?』

 

 

クロウが鼻を鳴らし、ソニック・ブラスターを構えた。

 

 

「……貴様はワカンダの法を犯した。よって、ワカンダの法によって裁く」

 

『ここはニューヨークだぜ、陛下』

 

「知った事か」

 

 

ブラックパンサーが地を蹴り、壁を蹴り、黒豹のような……いや、黒豹と同様の俊敏さでクロウへ襲い掛かった。

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