【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#16 ボーン・アゲイン part3

ユリシーズ・クロウがソニック・ブラストを放った。

ブラックパンサーが背後に飛び、壁を蹴り……宙へ高く飛ぶ。

 

コンクリートの壁が粉砕されて、破片が舞う。

 

そのままパンサーが、瓦礫をクロウへと蹴り飛ばした。

 

 

『チッ……!』

 

 

クロウが赤いノイズに変換され、コンクリートの破片が通り抜けた。

 

 

「……厄介だな」

 

 

そう口にして、パンサーは地面に着地した……と、同時に曲げた足で地面を蹴り、クロウへと接近した。

 

手を振るい、爪で薙いだ。

 

 

『バカめ!』

 

 

またノイズになって、クロウは回避する。

パンサーの背後へ瞬時に移動し、腕を──

 

瞬間、パンサーは視線すら向けず……飛び蹴りを放った。

 

 

『あがっ!?』

 

 

想定外の一撃。

先程の爪の一撃はわざと隙を晒すための布石であり、こちらが本命だったのだ。

 

地面を転がるクロウへ、パンサーが強襲する。

音波に変換して逃げられる前に追撃するつもりなのだろう。

 

飛び出し、地面を爪で抉り、腕の力で身体を跳ね上げ……足を振り下ろした。

 

 

『ぐ、ぅ!?』

 

 

クロウはそれを腕で防ぎ……また、音波に変換して、その場から離れた。

パンサーとクロウが向き合う。

 

……ダメージはそれなりにあったらしく、クロウの腕が僅かに震えていた。

 

 

「幾ら便利な力を持っていようが、それだけでは『ブラックパンサー』に勝つ事は出来ない」

 

『ほざくなよ……お前だって、俺を殺す事が出来ない。同じだろうが』

 

「それはどうだろうな」

 

 

ブラックパンサーが腕を交差し、広げた。

爪を構えて……再度、肉薄する。

 

 

『分からない野郎だな……!』

 

 

クロウは音波化を繰り返し攻撃をいなし続ける。

しかし、それではクロウ側も攻撃が出来ない。

 

……まるで千日手だ。

このままでは何も起こらない。

決着は付かない。

 

……ブラックパンサー、ティ・チャラ陛下は何か考えがあるのだろうか。

私は砕けた顎を再生し、血と痰が付着した折れた歯を吐き出して……辺りを見る。

 

シュリが車の影に隠れて、キモヨビーズから宙に投影された仮想コンソールを操作していた。

 

……何か、手があるのだ。

クロウが気付かないよう、無闇に視線を送るのをやめて……足元のヴィブラニウム製の槍を握った。

 

 

パンサーがクロウへ腕を振り下ろした。

背後にある壁に、まるで猛獣が暴れたかのような爪痕が残る。

当たれば行動不能になる程の、深い一撃。

 

全てが致命傷になりうる攻撃。

それを、黒き豹のごとく繰り出し続ける。

 

クロウも先程の失態を忘れていないのか、無闇に反撃せず、音波変換によって回避し続けている。

 

 

『無駄だ、無駄!』

 

「意味があるかどうかは、私が決める」

 

『屁理屈ばっか言いやがって!』

 

 

ブラックパンサーが地面に深く、足を踏んだ。

足元のタイルが砕けて、跳ね上がった。

 

……私には、シュリが何をしようとしているかは分からない。

だが、パンサーが時間稼ぎをしている事が分かった。

 

敢えて、挑発し……この場から逃げないように留めている。

 

クロウは、その気になれば音波変換で安全に逃げる事が出来る。

もし逃げてしまえば、次の襲撃はいつか……それまで、ワカンダは怯えなくてはならない。

 

だが、それをティ・チャラ陛下は許容していない。

ここで確実に遺恨を断つつもりなのだ。

 

 

私は手を開き、閉じる。

……よし、身体の8割は治った。

動ける。

 

……しかし、パンサーとクロウの戦いには割り込まない。

足手纏い、とは言わないが……彼らの目論見が分からない以上、邪魔をする訳にはいかない。

 

私に出来る事は……万が一、クロウがシュリの行動に気づいた時、守るぐらいだ。

 

 

争いには参加せず、視線をシュリに向けず……それでもクロウの一挙一動から目を逸らさない。

緊迫した時間が過ぎていく。

 

 

戦況が動く。

 

 

パンサーから十分に距離を取れたクロウが、ソニック・ブラスターを構えた。

そしてパンサーの背後には……シュリが隠れている車がある。

 

私は咄嗟に飛び出して、シュリを脇に挟んだ。

 

 

「わ、わわっ」

 

 

シュリが驚いたような声を上げた直後……ソニック・ブラストが放たれた。

パンサーは一瞬、私に……というか、シュリを抱き抱えている私に視線を向け……地面を蹴ってブラストを回避した。

 

私もシュリを引き連れて、別の場所に飛び移る。

 

ビル壁が砕けて、窓ガラスが散る。

屋根のある場所まで避難して、シュリにガラス片がぶつからないようにする。

私は良いが、彼女が怪我をすると……傷跡が残るかもしれない。

それは拙い。

歳頃の少女が顔や身体に傷を負うのは、避けるべきだ。

 

しかし、そんな私の行動を……クロウが視線で追っていた。

仮想コンソールを起動しているシュリ……そのキモヨビーズを見て、眉を顰めた。

 

 

『あ?何しようってん──

 

 

言葉は最後まで紡げなかった。

ブラックパンサーが飛び掛かったのだ。

 

 

「かぁっ!」

 

 

獣の咆哮のような声を上げて、クロウを掴んだ。

そう、掴んだのだ。

 

一瞬、シュリに気を取られた所為で、反応が遅れたのだ。

 

それは一呼吸の出来事だった。

パンサーはクロウの右腕……ソニック・ブラスターを捻り、引きちぎった。

 

 

『ぎ、あっ!?』

 

 

痛みに悲鳴を上げた頃には、奴の腕が宙に舞った。

音波変換をする暇もなかったのだろう。

 

実体化した義腕が、地面に転がった。

 

 

「どうした?反応が遅れているぞ、クロウ」

 

『貴様、二度も俺の腕を──

 

 

クロウが立ち上がり、後ずさり──

 

 

「兄さん!準備出来た!」

 

 

シュリが声を上げた。

クロウがその声を訝しみ、視線を向け──

 

 

「やれ、シュリ!」

 

 

ティ・チャラ(ブラックパンサー)の声に頷き、シュリが仮想コンソールを操作した。

 

瞬間、私の強化された聴覚に……独特な音が聞こえた。

一定の周波数で何か、人工的な電子音を耳が捉えた。

 

……音の発生源は、頭上。

ブラックパンサーが飛び降りて来た、ワカンダのジェット機から聴こえている。

 

 

『あ?何だ?何をしようって言うんだ?』

 

 

しかし、この音はクロウには聞こえていないようだ。

これが二人のやりたかった事なのか?

何の意味があるのか……私には分からない。

 

だが、恐らく──

 

 

「ユリシーズ・クロウ。お前はもう、逃げる事は出来ない」

 

『……あ?』

 

 

パンサーの言葉に、クロウが訝しみ……そして、何かに気付いたようだ。

手を握り閉めて、何度か感触を確かめるように開いている。

 

その様子に、シュリが満足げに口を開いた。

 

 

「ソニック・コンバーター・ジャミング……その感触はどう?アンタの音波を解析して……それを打ち消す、正反対の音波を発生させているの」

 

『……な、に?どうやって……俺の能力を開示したのも、お前らが知ったのも、ついさっきの──

 

「今、作ったの。私が」

 

 

その言葉に、私はギョッとしてシュリへ視線を向けた。

クロウに襲撃されながら、奴の音波を解析し……更に、それを無効化するシステムを咄嗟に構築した?

それを……ワカンダのジェット機にあるシステムを応用して……実現させた?

 

……彼女が賢い事は知っていたが、私の想像以上のようだ。

 

 

『そん、な、ふざけんな!』

 

 

理解は出来ているのだろうが、それでも納得は出来ないようだ。

クロウは怒りながら、シュリを睨んで──

 

 

「覚悟は良いか?」

 

 

パンサーが一歩、また一歩とクロウへと近付いた。

黒いスーツに紫色のラインが光った。

 

……私にも、見覚えのある光だ。

 

 

『俺は……お前らに復讐する為だけに、何年も費やしたんだ!こんな事で──

 

「ワカンダを舐めるな。『たかが数年』でお前が傷付けられる国ではない」

 

 

あの光は……そうだ。

私の持っていたスーツも放つ、光。

 

ヴィブラニウムが衝撃を吸収し、それを飽和させる光だ。

 

一歩、一歩と近づいていく。

 

その様子に、漸く……クロウは、己が蛇に睨まれた……いや、黒豹に睨まれた蛙なのだと自覚した様だ。

 

クロウが後退った。

 

 

『や、やめろ!来るんじゃない!』

 

 

そして、頭上にあるジェットから放たれる、ジャミングを振り解こうと……背を向けて、走り出した。

瞬間、パンサーが地面を蹴り飛び上がり──

 

 

ユリシーズ・クロウの正面に、ブラックパンサーが着地した。

それと同時に、凄まじい衝撃波が放たれた。

 

離れている私も、身体の芯で感じる程の振動が身を貫いた。

 

 

その衝撃の、爆心地にいたクロウは……まるで大型トラックに跳ね飛ばされたかのように吹っ飛んで、数メートルの高さの壁に激突した。

 

 

『ぐ、ぁっ……』

 

 

掠れる様な声と共に……目から光を失い、地面へと落下した。

大きな音がして、コンクリートにヒビが入った。

 

大の字になって、人間離れをした男が……地面に倒れた。

 

……微動だにしない。

 

恐らく、死ん──

 

 

「殺してはいない」

 

 

いつの間にか、私の側にいたパンサーがそう口にした。

マスクを構成するナノマシン状のヴィブラニウムを解除したのか……マスクが彼の首飾りに収納されていく。

 

そこには遠い目をして、クロウを見るティ・チャラ陛下の姿があった。

 

……そうか。

クロウは彼の父親の仇だ。

 

それでも……今はまだ、怒りに身を任せず、殺しはしなかったのだ。

先程言った通り……ワカンダの法で裁く為に、一度、連れ帰るつもりなのだろう。

例え、その結果が死刑だとしても……無理に殺す必要はないと、彼は思ったのだ。

 

それは気高さだった。

一国の王に相応しい、信念の強さだ。

 

 

「兄さん」

 

 

私の側にいたシュリが、兄であるティ・チャラに近付き……抱き着いた。

……その背中を彼は軽く叩き、頭を撫でた。

 

 

「随分と頑張ったな」

 

「うん……兄さんも、ありがとう」

 

 

そこには一国の王と王女、それと関係がない……兄妹の愛を感じた。

少し、眩しく感じて目を細めた。

……凄く、尊いものに見えたからだ。

 

 

「シュリ、オコエの治療を頼む」

 

「あっ……うん!了解!」

 

 

シュリはそのまま、倒れているオコエの側へ向かった。

キモヨビーズの治療機能を使って、彼女の治療をしているようだ。

……もう、危機は去ったと考えて良いだろう。

 

私は深く息を吐いて、マスクを脱いだ。

表面は切り傷まみれ、下半分は砕けてる。

ボロボロになったスパイダーマンのマスクが……今は少し、誇らしかった。

 

そんな私に、ティ・チャラが視線を向けた。

 

 

「君にも感謝しよう」

 

「……いえ、当然のことをしたまで、です」

 

 

謙遜すると、彼は首を横に振った。

 

 

「シュリを守ってくれただろう。誰にでも出来る事じゃない」

 

「……そう、ですか?」

 

「己を誇って良い。ワカンダを代表し、君に礼を言わせて貰おう」

 

 

彼は頬を緩めて……頭を下げた。

一国の王である男が、私に向かって頭を下げた。

下げてしまった。

 

慌てて手を振る。

 

 

「い、いえ、そんな……」

 

「……む、すまないな。君を困らせるつもりは無かった」

 

 

私が慌てている理由を察したのか、彼は頭を上げた。

そして、横に倒れているクロウへ視線を向けた。

 

 

「奴は私がワカンダへ連行する。もう二度と、君の前には現れないだろう。そこは安心して貰って良い」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「礼を言いたいのは、こちらなんだが……いや、よそう」

 

 

シュリが私達に向けて、手を振っている。

どうやら、治療も終わったようだ。

 

 

戦いが終わったのだと……ボロボロになったニューヨークの一角で、私は安心した。

 

瞬間。

 

糸が切れたように、私は力を失って、膝から崩れた。

咄嗟に、ティ・チャラに支えられたが……身体に力が入らない。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

心配するような声が聞こえて……辛うじて頷く。

……あ、シュリがこっちに向かって、小走りで来ている。

 

 

「ミシェル、だ、大丈夫!?」

 

「う、うぐっ」

 

 

肯定しているつもりなのだが、変な声が出た。

 

血を失い過ぎた。

治癒因子(ヒーリング・ファクター)があろうとも、無から再生している訳ではない。

肉体の欠損に伴う疲労や……エネルギーの消費は抑え切れない。

 

今の私は過労死寸前だ。

脳みその血管に血が通ってるか心配だ。

今すぐに寝たいが……流石に、この場で寝るのは拙い。

 

シュリがキモヨビーズを私に押し当てる。

治療機能を使っているのだろうが……違う、そういう訳ではない。

ただただ、私は疲れているだけなのだ。

 

 

「……え?あれ?ミシェル、怪我してなかったっけ?」

 

 

……すごい、今更な話だ。

顎とか骨とか色々ボキボキ折れてたのを、見ていた筈だが。

……極限状態で、思考がそこまで回っていなかったのだろうか?

 

 

「だ、大丈夫、だから……凄く、疲れてる、だけ」

 

 

全力を振り絞って声を出すと、シュリは安心したように胸を撫で下ろした。

……代わりに、ティ・チャラが口を開いた。

 

 

「……シュリ、そもそも彼女との関係は?誰なんだ?」

 

 

……ティ・チャラからすれば、妹が救難信号を送ってきたと思えば……その相手は長年追っていたユリシーズ・クロウで……知らない人間が一人、妹を護衛していたのだ。

聞きたくもなるだろう。

 

 

「えっと……」

 

 

シュリが頬を掻いて、私を一瞥して──

 

 

「……友達、みたいな?」

 

 

……いつの間にか、私は友達になっていたらしい。

年齢も近いし、ニューヨークの観光案内で結構会話もした。

……まぁ、嫌ではないが。

 

それに私は彼女の同僚でもないし、部下でもない。

立場的には何も関係のない二人なのだ。

 

だから、うん。

 

友達、か。

 

 

それも悪くないな。

そう思いながら、私は……目を瞑った。

 

もう限界だ。

 

シュリの声が、遠くに聞こえる。

……心配、させてしまっている事に……申し訳なさを感じながら、意識を手放した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

病室……というか、アベンジャーズタワーの医務室。

一年ぶりに来た気がする。

 

そこでベッドに寝かされ……私は点滴を受けていた。

なんでも丸二日間は寝ていたらしい。

 

目を覚ましたら、グウェンがすっ飛んで来てメチャクチャ心配された。

ハリーも心配してくれた。

スマホのメールボックスを開くと、ネッドからもメールが来ていた。

 

ピーターは……私が入院した事も知らず、メチャクチャ着信履歴があった。

結局、アベンジャーズタワーの前でウロウロしていたのをグウェンに見つかり、彼女が事情は話してくれたそうだ。

……元気になったら、会いに行って謝らないと。

 

なんて考えている。

 

 

シュリ達は予定の都合上、ワカンダに帰らなければならなかったそうで、私の壊れたヴィブラニウム・アーマーと一緒にワカンダへ帰ったそうだ。

オコエからは短い感謝の文を、シュリからは長過ぎる感謝と謝罪の文章が伝言として残されていた。

 

ティ・チャラ陛下は、気絶したユリシーズ・クロウをワカンダに連行したそうで……今はどうなったのか知らない。

 

大破したニューヨークの一角だけれど、ワカンダが経済支援を行うそうだ。

死人も出なかったそうで、最悪の事態は避けられただろう。

 

 

兎に角、事件は終わったという事だ。

 

 

事件の事を引き摺ってるのは私の身体ぐらいだ。

 

枕元にある果物ナイフと、ハリーがお見舞いで置いていったリンゴを手に取る。

意識して……一振り。

 

止める事なく滑らかに数度振れば……皿の上にカットされたリンゴが並んだ。

それをフォークで突き刺し、口に入れる。

 

 

レッドキャップ。

私の過去……その記憶と経験が、私を支えている。

身体の感覚、心の持ち方、ナイフの使い方。

 

ミシェルとして使えなくはないけれど、それだけでは全力とは言えなかった。

 

心にあるスイッチを、私は無意識で切り替えないようにしていたのだ。

……また、人殺しに戻ってしまわないかと、怯えていたのだ。

 

 

だけど、これから人助けをしていく中で戦う事も多々あるだろう。

その時に、力不足で助けられなかった、なんて言いたくはない。

だから、使える物は使う。

 

……それに、もう忘れたくなかった。

辛く悲しい思い出ばかりだけれど、兄の優しさも確かにあった。

だから、赤いマスクの存在を心に住まわせる。

 

もう、捨てようだなんて思ってはいない。

 

 

リンゴを食べていると、病室のドアが開いた。

ドアの裏側に手が伸びて、ノックをされる。

 

……普通は順序、逆じゃないか?

なんて考えつつ、ため息を吐く。

 

中に入ってきたのは、眼帯の強面男。

私の上司、ニック・フューリーだ。

 

 

……口にリンゴを含む。

 

 

フューリーが私の様子に苦笑しつつ、椅子を手に取り……私の側に置いた。

……この光景、一年前にも見たな、なんて思った。

 

 

「身体は大丈夫か?」

 

 

そう言われて、私は頷く。

 

 

「そうか」

 

 

満足げに頷くフューリーを見て、一つ、疑問を口にする。

 

 

「何の用、ですか?」

 

「そう慌てるな、君の身体の状況について話をしようと思ってな」

 

 

フューリーがタブレットを手に取り、私に見せた。

……私のバイタル情報が表示されている。

 

私は医者ではない。

見ても、殆ど分からないが……幾らかは分かる。

 

 

「後遺症もなく、怪我もない。明日にはベッド生活を終える事ができるだろう」

 

「……はい」

 

 

……そんな事を言う為に、ここに来た訳じゃないだろう。

首を小さく捻ると──

 

 

「もう一件、ワカンダから荷物が来ていた」

 

 

フューリーが席を立ち、ドアの外から……大きなトランクを持ってきた。

 

 

「これは君に、シュリ王女からだ」

 

「……何、ですか?」

 

 

困惑する。

何か、受け渡して貰う物なんてあっただろうか?

 

 

「私が話すよりも、実際に見てみると良い」

 

 

訝しんでいると、フューリーはトランクの指で叩いた。

 

恐る恐る、といった気持ちで、私はトランクを受け取った。

そして留め具を外して──

 

外して──

 

外っ、外れない。

これ鍵穴とか、ないのに。

 

 

「……IDカードのロックだ」

 

「え、あ、はい」

 

 

私は机の上に置いていた『S.H.I.E.L.D.』のIDカードを、トランクの留め具に押し当てると……ピピッと音がして鍵が開いた。

手元に引き寄せて、開く。

 

そこにあったのは──

 

 

「……私の、スーツ?」

 

 

黒い……ヴィブラニウム製のスーツだ。

所々、赤いアダマンチウムの部品で補われた……一年前の、壊れる前のスーツ。

それがトランクの中で分割され、格納されていた。

 

思わず、フューリーへ視線を向ける。

取り繕う事もできず、驚きは顔に出ていただろう。

 

 

「ワカンダに回収された君のスーツを……シュリ王女が修復してくれた」

 

「……何で、私に──

 

「助けてくれた礼、だそうだ。受け取っておくといい」

 

 

トランクの中にあるスーツへ、視線を落とす。

……マスクは黒かった。

そうだ、壊れた赤いマスクは破棄した。

最後は……この黒いマスクを付けていた。

 

だから……シュリは本来、マスクが赤い事を知らなかったのだろう。

 

だけど、これで良かった。

黒いマスクで良かったのだ。

 

 

この黒いマスクは……ティンカラーが……兄が、組織とは関係なく、私に渡してくれたマスクだ。

だから、これは決別なのだ。

 

レッドキャップでありながら、組織の赤いマスクとは違う……黒いマスク。

兄が呪縛から解き放ってくれた、想いが籠った黒いマスクだ。

 

……私は、そんな大切な物を手放そうとしていた。

少しも、悲しいとも思っていなかった。

 

だけど、今は……手元に戻ってきて、漸く大切だったのだと気付けた。

 

 

マスクを取り出して、手に取る。

 

よく磨かれて傷一つのないマスクは、鏡のように光を反射する。

 

私の顔が映っている。

表情を歪めて、今にも泣きそうな……私の顔を。

 

 

「……ありがとう、ございます」

 

 

礼を言うと、フューリーは私から視線を逸らした。

 

 

「それは君に与えられた報酬だ。私はただ、シュリ王女から引き継いだだけに過ぎない」

 

「それでも……」

 

 

目から涙が落ちた。

 

兄の事を思い出す。

悲しい思い出ばかりじゃない。

飄々としていた様子も、空回りな元気も、私に対する献身も……全て、私の糧になっている。

 

もっと礼を言っておけば良かった、と。

今でも後悔している。

 

だけど、きっと兄はそれを望んでいない。

マスクをトランクに戻して、涙を拭った。

 

捨てようとしていた過去は、私の手元に戻ってきていた。

それが嬉しくて、涙が溢れた。

 

 

そして……。

 

 

一つだけ、フューリーに対して疑問を口にした。

 

 

「……貴方はどこまで、知っていた……んですか?」

 

「何の話だ?」

 

 

惚ける様子ではなく、本当に知らなさそうに首を捻った。

……私の考えすぎだろうか。

 

 

「……いえ」

 

 

いや、きっと……確証は持てなくても、少しは想定していたのだろう。

この結果を。

秘密主義な彼に少しうんざりしながらも、それでも憎くは思えなかった。

 

 

トランクに並べられたスーツへ、視線を落とした。

そして、フューリーが口を開いた。

 

 

「そのスーツは君が決意し、君が行動した事によって手に戻った。だから、他ならぬ君の行動の結果だ」

 

 

逸らしていた視線が、私に戻る。

 

 

「それは『S.H.I.E.L.D.』の物ではない。君の物だ。好きにすると良い」

 

「……はい」

 

 

私が頷くと、フューリーは少し頬を緩めた。

ほんの少しだけだ。

 

普段ならば気付けない程の、小さな変化だ。

それに気付けたのは……それだけ、私がフューリーに心を開いているからだろうか。

 

それでも良いと思えた。

警戒するように固まっていた心は、既に溶け切っていた。

 

フューリーがまた、タブレットを取り出して……視線を落とした。

 

 

「……今回の件を無理矢理、実習研修への最終査定に振り分けた。君はもう、エージェント候補生ではない。正式な……『S.H.I.E.L.D.』のエージェントだ」

 

 

そう言い切って、私に視線だけ向けた。

 

 

「エージェントとしてのコードネーム……それを決める必要がある」

 

 

フューリーが、タブレットを指で叩いた。

 

 

「私が決めても良いが……君に決めて欲しい。どうする?」

 

 

彼の言いたい事は分かった。

 

ミシェル・ジェーン=ワトソンとしての私か。

レッドキャップとしての私か。

選べ、と言うのだろう。

 

……答えは、決まっていた。

 

 

「私は、レッ──

 

 

黒い、マスクが視界に入った。

このマスクを初めて手渡された時の事を思い出す。

 

ティンカラーの言葉を。

 

 

『あぁ、それなら──

 

 

兄の、言葉を。

 

 

『『ナイトキャップ』ってのはどうだい?』

 

 

……マスクから視線を逸らし、フューリーへと目を向けた。

 

 

「『ナイトキャップ』……」

 

「……ふむ」

 

「兄がこのマスクに……そう、名付けてくれました、から」

 

 

彼は頷き、タブレットに何かを入力した。

 

私は過去(レッドキャップ)を捨てはしない。

だけど、そのままではいけない。

兄が望んでいた……平和な世界で生きられる私の姿。

……そうなりたいと、私は思えた。

 

他の誰かのためではなく、自分自身のために……選択した。

 

 

 

 

黒いマスクに反射する、私の表情は……もう、泣いてなどいなかった。

曇りなく、未来へ進める……そんな表情をしていた。

 

 

 

 

 

……そう、これを私の好きなコミックだとするなら。

今までは『レッドキャップ』の物語だった。

 

だけど、これからは……きっと、違う。

 

今までの人生(物語)は、悲劇の話ではなかった。

私が、私になるための……『誕生までの話(オリジン)』だったのだろう。

 

罪も、罰も、後悔も……全て、背負いながらも……自身を疎かにはしない。

生きるために、償うために……私は、ようやく道を歩き出した。

 

 

友人達と、恋人と、尊敬できる人々の支えによって……。

 

 

 

一人では立ち上がれなかっただろう。

それでも私は……立ち上がれた。

 

 

 

まだまだ、人生は続いていく。

これで終わる訳じゃない。

長い、長い……私の物語が、刻まれていく。

 

 

ミシェル・ジェーン=ワトソンとして。

そして……『ナイトキャップ(新たなるヒーロー)』として。

 

 

罪を償い、誰かを助けるための……誰かのヒーローになるための、人生が続く。

誰だってヒーローになれるのだと、キャプテンも言っていた。

 

だから、私も……きっと。

 

 

 

私を好きでいてくれる、人達に感謝しつつ……私はトランクを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  TO BE CONTINUED…  

 

 

 

 

 

 




今後について、活動報告を書いてます。
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