【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

126 / 138
#2 クリーピング・シャドウ part2

『奴らの仮面について調べた』

 

 

現場に置かれた簡易の即席机に『デーモン』達が付けていた仮面があった。

白と黒の民族的な仮面だ。

 

それをミシェル……いや、ナイトキャップがひっくり返した。

 

 

『東アジア産。歴史的文化財のレプリカだ。裏には悪魔の紋様がある』

 

「へぇ、これを魔術的な何かに使ってるのかな」

 

『いや、この仮面に特殊な能力はない。ボイスチェンジャーも付いていない。ただ顔を隠すためだけのマスクだ』

 

「……え?でも、付けてる奴らの声、変だったけど……」

 

 

確かにくぐもった、ブレるような声だった。

血の底から聞こえるような……恐ろしい声だ。

 

 

『私は最初、『デーモン』は武器に対してのみ力を付与できると思っていた。しかし、違った』

 

「……もしかして──

 

『そうだ。人間にも力を付与できる。付与された人間は力が強まる。それと同時に声も容姿も変容するようだ』

 

「そうなの?」

 

『……気付いていないようだが、奴ら素手でドアノブを捩じ切れる程の力を持っていたぞ』

 

「え……それは、怖いな」

 

 

思わず、眉を顰めた。

しかし、そんな僕を見て彼女は腕を組んで……呆れたように首を捻った。

 

 

『タンクローリーを持ち上げられるような奴が言っても、説得力はないぞ』

 

「あれ?知ってたの?」

 

『デイリー・ビューグルで読んだ』

 

「……その、まだ定期購読してたんだ?デイリー・ビューグル」

 

 

ミシェルがマスクの下でため息を吐いた。

 

 

『話を戻そう。『デーモン』の持っていた通信機器から、拠点を逆探知した』

 

「……凄いね。それで?どこだったの?」

 

『郊外。チャイニーズ・マフィアのボスであるマダム・ガオが使っていた麻薬工場跡だ』

 

 

ま、麻薬工場!?

 

 

「麻薬って……そのマダム・ガオって人は──

 

『死んだ』

 

「そ……そっか」

 

 

いけない事だと分かりながらも、胸を撫で下ろす。

このニューヨークに麻薬をばら撒かれていたら……なんて考えてしまったのだ。

 

だからこそ──

 

 

『私が殺した』

 

 

僕は言葉を失った。

 

 

「……なん、で?」

 

『昔の話だ。キングピンからの依頼で、ガオを含むそこに居た全員を殺した』

 

「…………」

 

 

レッドキャップだった頃の話だ。

思わず、息を飲んだ。

 

 

『『デーモン』はそのチャイニーズ・マフィアの残党だった。新たに指導者を手に入れ、復活した……だから、この事件を引き起こしたのは──

 

「君の所為じゃないよ」

 

 

思わず、遮ってしまった。

彼女が僕に視線を向けた。

 

 

「悪い奴らのいざこざが原因だ」

 

『……直接、手を下したのは私だ』

 

 

……きっと何を言っても無駄だ。

彼女は自分が殺した人間から目を背ける事はない。

 

……昔は、彼女自身、その事実に苦しんでいた。

だけど今は……それを償うためにどうするか、それを重要視している。

 

 

『……少し、話が脱線したな』

 

 

首を振って、彼女がまた歩き出した。

 

 

『兎に角、拠点は分かった。付いてきてくれ』

 

「あー……座標情報くれる?君を連れて(ウェブ)スイングするよ」

 

 

名案だと思った。

ミシェルを抱きしめながら、(ウェブ)スイング……僕の移動手段の中で一番速い。

 

 

『……魅力的だが、今回はNOだ』

 

「あ、そっか……じゃあ先に行って──

 

『それもNOだ。無駄撃ちするな、大事な時に(ウェブ)が足りなくなるぞ』

 

「そ、そんな事ないよ」

 

『最近、またバイトをクビになっただろう。(ウェブ)の原液を最後に補充したのは?余裕はないだろう?』

 

「あー、はは…………まぁね」

 

 

誤魔化しても無駄だ。

彼女は僕のお財布事情がお見通しなんだ。

 

だって、ミシェル、僕の部屋に結構な頻度で来るし。

僕自身の次に、僕に詳しいだけある。

 

 

「でもそれじゃあ、どうやって?何で移動するの?」

 

『……これだ』

 

 

彼女がシャッターを無理矢理開けて、外に出た。

 

この建物の裏に……真っ黒な車が停めてあった。

スポーツカーみたい、詳しくないけど。

 

ミシェルが腕に装備されているコンソールを操作すると、車のドアが自動で開いた。

……随分とハイテクだ。

彼女のスーツと機能が連結してるって事は、『S.H.I.E.L.D.』製なのかな。

 

なんて思っていると、ミシェルが親指で車を指した。

 

 

『乗れ、スパイダーマン』

 

「……え、あれ?車、運転出来るの?」

 

『当然だ。去年、免許も取った』

 

「僕、聞いてない……」

 

『……言った方が良かったか?』

 

「ま、まぁ良いけど……聞いたからって、何か変わる訳じゃないし」

 

『……そう拗ねるな』

 

「す、拗ねてないよ」

 

 

若干の寂しい気持ちを感じながら、助手席に座り……シートベルトを閉めた。

遅れて、ミシェルが運転席に座った。

 

エンジンが起動して……ミシェルがアクセルを踏んだ。

 

 

「……夜のドライブデートだね」

 

『そんなロマンチックな物ではないさ』

 

 

……あれ?

何だか速くなっていってない?

 

車のメーターを覗き込む。

時速70キロ、80キロ、90キロ……え?

まだ速くなるの?

 

 

「え、ちょっ──

 

 

前に進む車を回避しながら、針が糸を縫うように隙間を抜けていく。

 

超感覚(スパイダーセンス)がビリビリしてる。

危険運転だ!

 

 

「あ、あぶなっ──

 

『問題ない。私は10代前半から車に乗っていた』

 

「そ、それって無免許じゃない!?」

 

 

カーブした瞬間、頭が持っていかれそうになった。

 

 

『安心しろ。今は免許があると言っただろう』

 

「ち、ちなみに事故を起こした事は?」

 

『…………』

 

「え?なんで黙ったの……?」

 

『いや、兄の作ったバイクを爆散させた事を思い出してな』

 

「……何で今そんな事言うの?今すぐ降りて良いかな!?」

 

『ダメだ』

 

 

くつくつと笑いながら、バカみたいなスピードで車を走らせている。

 

右へ左へ振り回されて──

 

 

『到着だ』

 

 

路地裏に停められた。

若干の吐き気を感じながら車を降りると、ミシェルが隣に立った。

 

 

『廃工場までは、ここから少しだ。あまり近付き過ぎてバレても拙い。ここからは車を降りて行くぞ』

 

「そ、そうだね。歩いて行こっか……うっぷ」

 

 

僕がそう言うと……ミシェルは僕の方を向いて、両手を広げた。

 

 

『…………』

 

 

そのまま、硬直。

……あれ?何してるんだろう?

 

 

「……どうしたの?」

 

 

僕が首を傾げると、ミシェルが腕を下ろした。

 

 

『スイングで連れて行ってくれるんじゃなかったのか?』

 

「……あ、そういう事ね。ごめんね?」

 

 

アーマースーツ姿のミシェルを抱える。

いわゆる、お姫様抱っこって奴だ。

 

……うーん、思ったより軽い。

ヴィブラニウム製だからかな?

 

(ウェブ)を飛ばして、宙へ飛ぶ。

 

 

『……見えるか?あそこの建物だ』

 

「OK、スパイダータクシーにお任せってね」

 

 

(ウェブ)でスイングしつつ、ミシェルを一瞥する。

……いや、マスク姿だから何考えてるか分からないな。

 

何度か飛んで、飛んで、壁を蹴って……廃工場前の小さなビルへ飛び移った。

 

よし、目的地に到着。

 

屋上でミシェルを降ろす。

 

 

「どうだった?乗り心地は?」

 

『…………』

 

 

彼女は腕を組んで、顔を背けた。

 

 

「……あー、もしかして、あんまりだった?」

 

 

そういえば、昔、ハーマンを連れて(ウェブ)スイングした時は非難轟々だったな。

なんて思ってると、ミシェルが勢いよく振り返った。

 

 

『違う。少し、感動したぐらいだ』

 

「え?」

 

『憧れていた事を思い出した。お前に抱き抱えられながら、(ウェブ)スイングされるのを』

 

「……そ、そうなんだ」

 

 

知らなかった。

 

ミシェルは僕、スパイダーマンのファンらしいから……アレかな?

お姫様抱っこみたいなものなのかな?

 

そう思うとちょっと、顔が熱くなってくる。

 

 

「う、うん?良かったらまた今度するよ?」

 

『…………』

 

 

……やっぱり表情は読めない。

そもそもボイスチェンジャーを使って、声を平坦にしてる所為で、感情が読み取れないんだ。

仕方ない。

 

でも多分、言葉通り嬉しいんだろうな……多分ね。

 

 

『……行くぞ』

 

「あ、ちょっと待ってよ」

 

 

ビルから工場に静かに飛び移り……僕達は天窓から中を覗き込む。

 

 

……ビンゴ。

仮面姿の奴らが、武器を構えてウロウロしてる。

 

 

『……警戒されているな』

 

「……そうだね」

 

 

顔を近づけて、小声で会話する。

 

 

『……警官達の中に、スパイでも忍び込ませていたのか。それとも、私が叩きのめした『デーモン』が警戒するよう最後に報告したのか』

 

「……うーん、分かんないけど、忍び込むのは骨が折れるなぁ……」

 

『……無理ではないんだな?』

 

「……まぁ、ね。見つかったら文字通り骨が折れそうだけど」

 

 

コソコソ侵入するのは蜘蛛の得意技だ。

屋根を張って、物の影に隠れる……静かにね。

 

マフィアのアジトに侵入した事も沢山ある。

今回が初めてって訳じゃない。

 

 

『……先に侵入して、何が目的か突き止めてくれないか?』

 

「ミっ……ナイトキャップは?」

 

 

危ない。

今、本名で呼びそうになった。

 

 

『私はここで待機しよう。隠密は得意だが、お前程じゃない。見通しの良い上から、状況の把握と伝達を──

 

 

瞬間、ミシェルが言葉を切った。

そして、後ろを向いた。

僕も振り返り、彼女の視界の先に集中する。

 

何かが近寄って来ている。

 

しなる黒い影が──

 

 

「あら、スパイダー。奇遇ね」

 

 

僕らのいる場所に着地した。

 

それは女性だった。

身体のラインが出るような、黒いセクシーな服装をした女性。

胸元は空いていて、谷間が見えている。

流れるような銀髪、目元は黒いマスク……口元は紅が塗られていて、妖艶さを滲み出していた。

 

そんな女性が、僕の名前を呼んだ。

 

知り合いかって?

あぁ、知ってるよ。

 

一年前、酷い目に遭わされたからね。

 

 

「フェリシア……?辞めたんじゃなかった?」

 

 

フェリシア・ハーディ。

通り名は……『ブラックキャット』。

職業は泥棒……だったんだけど、改心して辞めた筈じゃなかったっけ?

 

少なくとも僕に『足を洗って、普通の女の子に戻るわ』なんて言ってた筈なんだけど。

 

 

「あら、つれないのね。あんなに激しい夜を過ごしたのに」

 

「なっ──

 

 

咽せる。

激しいって、弾丸や爆薬が飛び交うマフィア抗争に巻き込まれた時の話だよね?

 

言っておくけど、恋仲になんてなった事はない。

無理矢理、キスされかけた事があるけど、何とか死守した。

僕には恋人がいるし。

 

 

で、その恋人様は──

 

 

『…………』

 

 

腕を組んで、フェリシアに顔を向けていた。

無言で。

 

な、何か言ってよ。

流石に怖いって。

 

 

「あ、あの、フェリシア?そういう冗談はやめて欲しいかなーって」

 

「つれないのね」

 

 

近寄って、僕の身体にボディタッチした。

艶かしい感触に、ぞぞっと身体が反応してしまう。

 

 

「そ、そういうのもダメだって……」

 

 

フェリシアは、過去に……初めて出来た恋人から乱暴された所為で、人を信頼する事が出来なくなっていた。

 

でも、一年前。

泥棒をしていた彼女と争って、マフィアの抗争に巻き込まれて、なんだかんだ共闘して……僕を信頼できる男として認識してくれたらしい。

 

その結果、そんな僕を好意的に見てる……のかな?

確信は出来ないけど、表面上はそうだと思う。

 

凄く積極的だから、ぐいぐい来てる。

彼女は猫じゃなくて、きっと女豹だ。

 

 

しかし──

 

 

ちら、とミシェルの方を見る。

 

無言で腕を組んでいる。

黙って、何も言わず……僕とフェリシアを見ていた。

 

……ぜ、絶対、怒ってる。

ま、まずい。

 

 

「フェリシア、その辺にして──

 

「それで?彼は?」

 

 

フェリシアがミシェルを一瞥した。

 

彼?

……あ、彼女のこと男だと思ってるんだ。

いや、まぁだって、黒いアーマースーツ着込んでるから性別は分からないだろうけど。

 

訂正しないと──

 

 

「えっと、そこに居るのは──

 

『ナイトキャップ、『S.H.I.E.L.D.』のエージェントだ』

 

 

平坦な声で、ミシェルが喋った。

 

というか、さっきから僕の言葉、遮られ過ぎじゃない?

みんな、焦ってるのかな?

それとも怒ってるの?

 

ほ、ほら、落ち着こうよ。

ね?

 

だらだらと、スーツの下で汗が流れる。

 

 

「あら?スパイダー、『S.H.I.E.L.D.』と慣れ合ってるの?」

 

「いや、それは──

 

 

フェリシアが手を這わせて……僕の腰を撫でた。

その仕草に、ミシェルがピリピリした空気を発している。

 

 

『貴様には関係のない話だ。ブラックキャット』

 

「……ふーん、私のこと知ってるのね?」

 

 

吐き捨てるようなミシェルの言葉に、フェリシアが視線を鋭くした。

互いに敵対視してる……しかし、ふとフェリシアが笑った。

 

 

「貴方、もしかして……『レッドキャップ』かしら?」

 

 

……空気が凍ったような気がした。

 

彼女は……『ブラックキャット』は怪盗だ。

だけど、特殊な力はない。

身体能力が非常に優れているだけだ。

 

だからこそ、彼女は情報収集を怠らない。

……ミシェルの過去の名前を知っていてもおかしくはない。

 

 

『……そう呼ばれていた事もある。それがどうした?』

 

「やっぱり?裏で話を聞かなくなったと思ったら……へー『S.H.I.E.L.D.』に鞍替えしてたんだ」

 

 

首筋がピリピリとしだす。

超感覚(スパイダーセンス)の所為か、それとも単純に気まずいだけか。

 

 

「私、そういう尻の軽い男は好きじゃないの。信頼できないし」

 

 

フェリシアがミシェルを指差した。

 

 

『…………』

 

「そもそも、よく『S.H.I.E.L.D.』が許したわね?貴方、大量殺人犯でしょ?」

 

『……そうだな』

 

「何考えてるのかしら、正義の味方気取り?本当は裏で誰かを──

 

 

……フェリシアの手を握った。

 

 

「それ以上、言わないでくれるかな。フェリシア」

 

 

僕は──

 

 

「ど、どうしたの?……スパイダー?」

 

 

怒っていた。

 

 

「何も知らないのに、そうやって……決め付けるような言い方は良くないよ」

 

「…………」

 

『…………』

 

 

そう言うと、フェリシアも、ミシェルも黙った。

 

気まずい空気の中……舌打ちが聞こえた。

フェリシアのものだ。

 

 

「そう、そっちの肩を持つのね」

 

「……そういう訳じゃないよ。どっちの味方だとか、そんなのじゃない。ただ言い過ぎだって思っただけ」

 

 

手を離すと、フェリシアは無言でミシェルを睨み付けながら僕の側から離れた。

……僕が庇ったのは逆効果だったかも知れない。

溝が深まっただけに見える。

 

直後、ミシェルがため息を吐いた。

 

 

『こんな話をするために、態々姿を現した訳ではないだろう?何の用だ』

 

 

ミシェルの言葉に、僕は慌てて頷いた。

話題を変えたかったからだ。

 

 

「そ、そうだよ。フェリシアは何でここに?そもそも辞めたんじゃなかったっけ、盗みは」

 

「……色々あって、お金が必要なのよ。だから、悪い奴らから盗むことにしたの」

 

「……悪い奴らから盗んでも、犯罪だからね」

 

 

自分の事は棚に上げて、そう言った。

僕も同じ穴の狢だ。

ヒーロー活動は非合法だから。

 

 

「逆に貴方は?」

 

「僕らは『デーモン』達の目的を探るため」

 

「それなら知ってるわよ」

 

「え?ホント?」

 

 

僕はフェリシア近付くけど、ミシェルは一歩引いた。

物理的にも心理的にも離れているのだろう。

 

 

「『マギア』との抗争。その為の資金集めって所ね」

 

「『マギア』との?」

 

 

僕は顎を手に乗せる。

 

『マギア』は複数のマフィアが結託している巨大な犯罪シンジケートだ。

この国以外にも力を持っている、強大な組織だ。

 

 

「『デーモン』のボスが『マギア』を恨んでいる。それに、元々チャイニーズ・マフィア共も『マギア』とは抗争関係にあったわ。利害の一致って奴よ」

 

「なるほど……そのボスの名前は?」

 

「ボスは──

 

 

足元でガチャリと音がした。

 

天窓から見下ろせば……ドアが開いたようだ。

誰かが入ってくる。

 

 

「彼よ」

 

 

光を反射しない真っ黒な肌、真っ白なビジネススーツと髪。

まるで黒と白を反転させたような見た目。

 

写真をネガポジ反転させたかのような、異様な容姿。

 

 

「『ミスター・ネガティブ』……そう呼ばれているわ」

 

 

……明らかに、普通の人間じゃない。

僕は気持ちを引き締めて、天窓から覗き込む。

 

何か話しているけど……くそっ、聞こえない。

逆に言えば、ここで僕達が話しても聞こえないって事だろうけど……。

 

 

『……立て続けに作戦が失敗した……『S.H.I.E.L.D.』や他の自警団(ヴィジランテ)に警戒され集まられても困るから、資金集めは断念する、ようだ』

 

「え?聞こえるの?」

 

『口の動きを読んでいるだけだ』

 

 

……ミシェルの持っている技能のようだ。

こういう所で、やっぱり彼女は頼りになるなぁ……一人前のエージェントって感じだ。

 

 

『警戒が強まる前に、本命を決行したいらしい。日時は明後日……『マギア』に仕掛けるようだ。使用する物は──』

 

 

ミシェルが天窓から離れた。

 

 

「『デビルズブレス』だと?」

 

「……それ、本気?」

 

 

ミシェルの言葉に、我関せずとしていたフェリシアも思わず反応した。

対して僕は腕を組みながら、首を傾げた。

 

 

「何それ?」

 

 

僕の言葉に彼女達は僕を一瞥した。

フェリシアは呆れてるみたい。

ミシェルはどう説明すればいいか悩んでるようだ。

 

 

『……過去にオズコープ社、いや……ノーマン・オズボーン主導で開発していた特殊なガスだ。霧状に散布したガスと皮膚接触すれば、それだけで遺伝子の疾患が改善される……夢のような薬だ』

 

「ノーマン……?まぁでも、それって良いガスって事でしょ?」

 

『……遺伝子の疾患を治すという事は、皮膚接触で遺伝子情報を操作できると言うことだ」

 

 

そこまで言われて、僕は気付いた。

 

 

「まさか……人の遺伝子をメチャクチャに破壊できるって事?」

 

『そうだ。口や鼻から吸引する必要もない。ほんの少しの接触で、遺伝子を欠損させ身体中の細胞を癌細胞にする事が出来る』

 

 

僕は息を呑んだ。

 

 

「ノーマンは、なんでそんな物を……」

 

『元々は薬として作られる予定だったが、遺伝子情報を『正常にする』というのは難しかった。壊すのは簡単だがな……結局は失敗品だ』

 

「そんな……」

 

『言っただろう?夢のようだ、と。夢は夢でしかないという事だ』

 

 

フェリシアも難しい顔をしている。

僕は視線を、ミシェルへと向けた。

 

 

「でも……何故、ミスター・ネガティブが『デビルズブレス』を持ってるんだろう」

 

『ノーマンの死亡後、『S.H.I.E.L.D.』がオズコープ社から押収した薬や危険物が……一週間前に盗まれた。一部、闇オークションで販売されていたのは確認していたが……奴も、そこから購入したのだろう』

 

 

泥棒、か。

思わずフェリシアを見る。

彼女は首を振った。

 

……まぁ、彼女がそんな事する訳ないか。

 

フェリシアは少し苛立ったようで、ミシェルを睨みつけた。

 

 

「『S.H.I.E.L.D.』の倉庫に盗みなんて入れるのかしら。随分と杜撰になったものね」

 

『倉庫は超金属製の壁で覆われていた。しかし、ミサイルでも傷付けられないような壁に……抉るような穴があった。恐らく特殊な能力持ちの──

 

 

ミシェルが途中で言葉を区切り、首を横に振る。

 

 

『いや、今はそんな話など、どうでもいい』

 

 

彼女は自身のマスクを指で叩いた。

 

 

『兎に角、使用されるのは拙い。『マギア』を殺すために使うようだが、一般にも被害者が出るかも知れない』

 

 

その言い方は……マフィアである『マギア』なら死んでも良い、という感情が含まれているように感じた。

 

僕のそんな考えに気付いたのか、ミシェルは僕を一瞥した。

 

 

『……今のは少し言い方が悪かったな。勿論、死人は誰一人として出すつもりはない』

 

「……大丈夫だよ。君がそんな事、言うと思ってないから」

 

 

彼女の言葉を受け入れる。

……そんな僕達の様子を見て、フェリシアは怪訝そうな顔をした。

 

 

「ふぅん、随分と仲が良いのね……」

 

「あ、いやぁ……」

 

 

フェリシアはミシェルに対して、あまり良い感情を抱いていないように見える。

彼女は後転し、そのまま立ち上がった。

 

 

「まぁ、良いわ。私は私の好きなようにやらせて貰うから」

 

「……協力してくれないの?」

 

「私を正義の味方か何かだと勘違いしてる?猫は気紛れなのよ」

 

 

……彼女は僕を見つけて話しかけに近付いて来た。

だから、元々は協力するつもりだったのだろう。

 

だけど、ミシェルと話して……僕がミシェルを庇ったのを見て、協力したくなくなったのだろう。

 

……本当に気紛れな黒猫だ。

 

 

「邪魔はしないでね」

 

「……そっちこそ」

 

 

彼女は僕達から離れて……排気口に手を掛け──

 

 

「それと……また会いましょ?次会う時は……二人っきりで、ね」

 

 

中に滑り込んだ。

音もなく、素早く……手慣れた様子で。

 

猫のような身体能力だ。

 

 

……そして僕は、恐る恐るミシェルを見た。

彼女は腕を組んで、微動だにしていない。

 

 

「あ、あの、ミ……ナイトキャップ?」

 

 

僕が正面に移動して手を振る。

それを無視して、彼女は天窓から下を見下ろした。

 

 

『奴とは別方向から侵入してくれ。目標は『デビルズブレス』の奪取……もしくは起動キーの奪取だ。ただし、カプセルは破壊禁止だ』

 

「そ、そう、だね……」

 

 

冷や汗を掻きながら、彼女の横に座る。

……き、気まずい。

 

やっぱり怒ってるかな。

彼女の知らない所で、女性と会ってた事を。

 

ど、どうにかして謝らないと──

 

 

『はぁ……』

 

 

彼女が僕を見て、ため息を吐いた。

 

 

『……スパイダーマン』

 

「は、はいっ……」

 

 

思わず身体が跳ねてしまう程、驚いた。

 

僕が彼女に視線を向けた時、彼女のマスクの……前面が展開した。

 

冷たい目の、素顔が露出された。

 

 

「ミ、ミシェル……」

 

 

本名で呼んでしまったけれど、それでも彼女は気にしていなかった。

 

 

「……私は、お前が何処の女と会ってようと怒りはしない」

 

「……そ、そっか」

 

 

場違いな話をしている自覚はある。

僕たちのすぐ下には悪党達が居るのだから。

こんな話をしてる場合じゃないって、わかってる。

 

だけど、ヒーロー活動には危険が伴う。

数時間後、生きてる保証もない。

 

……だから、ここで話したい。

互いにそう思っていたのだろう。

 

彼女の目は冷たいまま、だけど頬は少し緩んだ。

 

 

「……私の事を愛しているのだろう?」

 

「……うん、そうだよ」

 

「なら、私が心配する必要はないだろう。不貞ではないのだから、怒る意味もない」

 

「……そうかな。でもそれって、僕に都合が良すぎない?」

 

「誰にでも優しいのは、お前の美点だ。それに、恋人がモテていると私も気分が良い」

 

「そ、そうかな?」

 

「そうだ」

 

 

彼女は立ち上がり、僕に数歩、近付いた。

そして、僕に手を伸ばして──

 

顎の下、マスクの切れ目に指をかけて……引き上げた。

 

 

「ちょっ、ミシェル……?」

 

 

そのまま鼻の所まで上げられて──

 

 

口付け、された。

 

 

僕は拒む事なく、その艶やかな唇が……離れていくのを眺めていた。

 

 

「……互いに愛してる。それで十分だろう?」

 

「……そうだね。そうだよ。うん、十分だ」

 

 

そう、十分だ。

最低限じゃなく、最高で満ち溢れている。

それさえあれば、他が些事に見えるぐらい……十分に満ちている。

 

 

ミシェルが自身の耳元に触れた。

インカムのような物を操作しているのが見えた。

 

 

「さぁ──

 

 

彼女の顔にマスクが装着される。

 

 

『人助けを始めよう』

 

 

腕を組んで、天窓の下を見ろした。

 

 

「……そうだね、僕達の出番だ」

 

 

僕達はチームだ。

ヒーローとしても、パートナーとしても。

 

これからも、二人で乗り越えるんだから……こんな所で、躓いてなんていられない。

 

兎に角、今は……この街を守るために、悪い奴らの計画を止めよう。




次回は6/10(土)の17:00です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。