【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
『奴らの仮面について調べた』
現場に置かれた簡易の即席机に『デーモン』達が付けていた仮面があった。
白と黒の民族的な仮面だ。
それをミシェル……いや、ナイトキャップがひっくり返した。
『東アジア産。歴史的文化財のレプリカだ。裏には悪魔の紋様がある』
「へぇ、これを魔術的な何かに使ってるのかな」
『いや、この仮面に特殊な能力はない。ボイスチェンジャーも付いていない。ただ顔を隠すためだけのマスクだ』
「……え?でも、付けてる奴らの声、変だったけど……」
確かにくぐもった、ブレるような声だった。
血の底から聞こえるような……恐ろしい声だ。
『私は最初、『デーモン』は武器に対してのみ力を付与できると思っていた。しかし、違った』
「……もしかして──
『そうだ。人間にも力を付与できる。付与された人間は力が強まる。それと同時に声も容姿も変容するようだ』
「そうなの?」
『……気付いていないようだが、奴ら素手でドアノブを捩じ切れる程の力を持っていたぞ』
「え……それは、怖いな」
思わず、眉を顰めた。
しかし、そんな僕を見て彼女は腕を組んで……呆れたように首を捻った。
『タンクローリーを持ち上げられるような奴が言っても、説得力はないぞ』
「あれ?知ってたの?」
『デイリー・ビューグルで読んだ』
「……その、まだ定期購読してたんだ?デイリー・ビューグル」
ミシェルがマスクの下でため息を吐いた。
『話を戻そう。『デーモン』の持っていた通信機器から、拠点を逆探知した』
「……凄いね。それで?どこだったの?」
『郊外。チャイニーズ・マフィアのボスであるマダム・ガオが使っていた麻薬工場跡だ』
ま、麻薬工場!?
「麻薬って……そのマダム・ガオって人は──
『死んだ』
「そ……そっか」
いけない事だと分かりながらも、胸を撫で下ろす。
このニューヨークに麻薬をばら撒かれていたら……なんて考えてしまったのだ。
だからこそ──
『私が殺した』
僕は言葉を失った。
「……なん、で?」
『昔の話だ。キングピンからの依頼で、ガオを含むそこに居た全員を殺した』
「…………」
レッドキャップだった頃の話だ。
思わず、息を飲んだ。
『『デーモン』はそのチャイニーズ・マフィアの残党だった。新たに指導者を手に入れ、復活した……だから、この事件を引き起こしたのは──
「君の所為じゃないよ」
思わず、遮ってしまった。
彼女が僕に視線を向けた。
「悪い奴らのいざこざが原因だ」
『……直接、手を下したのは私だ』
……きっと何を言っても無駄だ。
彼女は自分が殺した人間から目を背ける事はない。
……昔は、彼女自身、その事実に苦しんでいた。
だけど今は……それを償うためにどうするか、それを重要視している。
『……少し、話が脱線したな』
首を振って、彼女がまた歩き出した。
『兎に角、拠点は分かった。付いてきてくれ』
「あー……座標情報くれる?君を連れて
名案だと思った。
ミシェルを抱きしめながら、
『……魅力的だが、今回はNOだ』
「あ、そっか……じゃあ先に行って──
『それもNOだ。無駄撃ちするな、大事な時に
「そ、そんな事ないよ」
『最近、またバイトをクビになっただろう。
「あー、はは…………まぁね」
誤魔化しても無駄だ。
彼女は僕のお財布事情がお見通しなんだ。
だって、ミシェル、僕の部屋に結構な頻度で来るし。
僕自身の次に、僕に詳しいだけある。
「でもそれじゃあ、どうやって?何で移動するの?」
『……これだ』
彼女がシャッターを無理矢理開けて、外に出た。
この建物の裏に……真っ黒な車が停めてあった。
スポーツカーみたい、詳しくないけど。
ミシェルが腕に装備されているコンソールを操作すると、車のドアが自動で開いた。
……随分とハイテクだ。
彼女のスーツと機能が連結してるって事は、『S.H.I.E.L.D.』製なのかな。
なんて思っていると、ミシェルが親指で車を指した。
『乗れ、スパイダーマン』
「……え、あれ?車、運転出来るの?」
『当然だ。去年、免許も取った』
「僕、聞いてない……」
『……言った方が良かったか?』
「ま、まぁ良いけど……聞いたからって、何か変わる訳じゃないし」
『……そう拗ねるな』
「す、拗ねてないよ」
若干の寂しい気持ちを感じながら、助手席に座り……シートベルトを閉めた。
遅れて、ミシェルが運転席に座った。
エンジンが起動して……ミシェルがアクセルを踏んだ。
「……夜のドライブデートだね」
『そんなロマンチックな物ではないさ』
……あれ?
何だか速くなっていってない?
車のメーターを覗き込む。
時速70キロ、80キロ、90キロ……え?
まだ速くなるの?
「え、ちょっ──
前に進む車を回避しながら、針が糸を縫うように隙間を抜けていく。
危険運転だ!
「あ、あぶなっ──
『問題ない。私は10代前半から車に乗っていた』
「そ、それって無免許じゃない!?」
カーブした瞬間、頭が持っていかれそうになった。
『安心しろ。今は免許があると言っただろう』
「ち、ちなみに事故を起こした事は?」
『…………』
「え?なんで黙ったの……?」
『いや、兄の作ったバイクを爆散させた事を思い出してな』
「……何で今そんな事言うの?今すぐ降りて良いかな!?」
『ダメだ』
くつくつと笑いながら、バカみたいなスピードで車を走らせている。
右へ左へ振り回されて──
『到着だ』
路地裏に停められた。
若干の吐き気を感じながら車を降りると、ミシェルが隣に立った。
『廃工場までは、ここから少しだ。あまり近付き過ぎてバレても拙い。ここからは車を降りて行くぞ』
「そ、そうだね。歩いて行こっか……うっぷ」
僕がそう言うと……ミシェルは僕の方を向いて、両手を広げた。
『…………』
そのまま、硬直。
……あれ?何してるんだろう?
「……どうしたの?」
僕が首を傾げると、ミシェルが腕を下ろした。
『スイングで連れて行ってくれるんじゃなかったのか?』
「……あ、そういう事ね。ごめんね?」
アーマースーツ姿のミシェルを抱える。
いわゆる、お姫様抱っこって奴だ。
……うーん、思ったより軽い。
ヴィブラニウム製だからかな?
『……見えるか?あそこの建物だ』
「OK、スパイダータクシーにお任せってね」
……いや、マスク姿だから何考えてるか分からないな。
何度か飛んで、飛んで、壁を蹴って……廃工場前の小さなビルへ飛び移った。
よし、目的地に到着。
屋上でミシェルを降ろす。
「どうだった?乗り心地は?」
『…………』
彼女は腕を組んで、顔を背けた。
「……あー、もしかして、あんまりだった?」
そういえば、昔、ハーマンを連れて
なんて思ってると、ミシェルが勢いよく振り返った。
『違う。少し、感動したぐらいだ』
「え?」
『憧れていた事を思い出した。お前に抱き抱えられながら、
「……そ、そうなんだ」
知らなかった。
ミシェルは僕、スパイダーマンのファンらしいから……アレかな?
お姫様抱っこみたいなものなのかな?
そう思うとちょっと、顔が熱くなってくる。
「う、うん?良かったらまた今度するよ?」
『…………』
……やっぱり表情は読めない。
そもそもボイスチェンジャーを使って、声を平坦にしてる所為で、感情が読み取れないんだ。
仕方ない。
でも多分、言葉通り嬉しいんだろうな……多分ね。
『……行くぞ』
「あ、ちょっと待ってよ」
ビルから工場に静かに飛び移り……僕達は天窓から中を覗き込む。
……ビンゴ。
仮面姿の奴らが、武器を構えてウロウロしてる。
『……警戒されているな』
「……そうだね」
顔を近づけて、小声で会話する。
『……警官達の中に、スパイでも忍び込ませていたのか。それとも、私が叩きのめした『デーモン』が警戒するよう最後に報告したのか』
「……うーん、分かんないけど、忍び込むのは骨が折れるなぁ……」
『……無理ではないんだな?』
「……まぁ、ね。見つかったら文字通り骨が折れそうだけど」
コソコソ侵入するのは蜘蛛の得意技だ。
屋根を張って、物の影に隠れる……静かにね。
マフィアのアジトに侵入した事も沢山ある。
今回が初めてって訳じゃない。
『……先に侵入して、何が目的か突き止めてくれないか?』
「ミっ……ナイトキャップは?」
危ない。
今、本名で呼びそうになった。
『私はここで待機しよう。隠密は得意だが、お前程じゃない。見通しの良い上から、状況の把握と伝達を──
瞬間、ミシェルが言葉を切った。
そして、後ろを向いた。
僕も振り返り、彼女の視界の先に集中する。
何かが近寄って来ている。
しなる黒い影が──
「あら、スパイダー。奇遇ね」
僕らのいる場所に着地した。
それは女性だった。
身体のラインが出るような、黒いセクシーな服装をした女性。
胸元は空いていて、谷間が見えている。
流れるような銀髪、目元は黒いマスク……口元は紅が塗られていて、妖艶さを滲み出していた。
そんな女性が、僕の名前を呼んだ。
知り合いかって?
あぁ、知ってるよ。
一年前、酷い目に遭わされたからね。
「フェリシア……?辞めたんじゃなかった?」
フェリシア・ハーディ。
通り名は……『ブラックキャット』。
職業は泥棒……だったんだけど、改心して辞めた筈じゃなかったっけ?
少なくとも僕に『足を洗って、普通の女の子に戻るわ』なんて言ってた筈なんだけど。
「あら、つれないのね。あんなに激しい夜を過ごしたのに」
「なっ──
咽せる。
激しいって、弾丸や爆薬が飛び交うマフィア抗争に巻き込まれた時の話だよね?
言っておくけど、恋仲になんてなった事はない。
無理矢理、キスされかけた事があるけど、何とか死守した。
僕には恋人がいるし。
で、その恋人様は──
『…………』
腕を組んで、フェリシアに顔を向けていた。
無言で。
な、何か言ってよ。
流石に怖いって。
「あ、あの、フェリシア?そういう冗談はやめて欲しいかなーって」
「つれないのね」
近寄って、僕の身体にボディタッチした。
艶かしい感触に、ぞぞっと身体が反応してしまう。
「そ、そういうのもダメだって……」
フェリシアは、過去に……初めて出来た恋人から乱暴された所為で、人を信頼する事が出来なくなっていた。
でも、一年前。
泥棒をしていた彼女と争って、マフィアの抗争に巻き込まれて、なんだかんだ共闘して……僕を信頼できる男として認識してくれたらしい。
その結果、そんな僕を好意的に見てる……のかな?
確信は出来ないけど、表面上はそうだと思う。
凄く積極的だから、ぐいぐい来てる。
彼女は猫じゃなくて、きっと女豹だ。
しかし──
ちら、とミシェルの方を見る。
無言で腕を組んでいる。
黙って、何も言わず……僕とフェリシアを見ていた。
……ぜ、絶対、怒ってる。
ま、まずい。
「フェリシア、その辺にして──
「それで?彼は?」
フェリシアがミシェルを一瞥した。
彼?
……あ、彼女のこと男だと思ってるんだ。
いや、まぁだって、黒いアーマースーツ着込んでるから性別は分からないだろうけど。
訂正しないと──
「えっと、そこに居るのは──
『ナイトキャップ、『S.H.I.E.L.D.』のエージェントだ』
平坦な声で、ミシェルが喋った。
というか、さっきから僕の言葉、遮られ過ぎじゃない?
みんな、焦ってるのかな?
それとも怒ってるの?
ほ、ほら、落ち着こうよ。
ね?
だらだらと、スーツの下で汗が流れる。
「あら?スパイダー、『S.H.I.E.L.D.』と慣れ合ってるの?」
「いや、それは──
フェリシアが手を這わせて……僕の腰を撫でた。
その仕草に、ミシェルがピリピリした空気を発している。
『貴様には関係のない話だ。ブラックキャット』
「……ふーん、私のこと知ってるのね?」
吐き捨てるようなミシェルの言葉に、フェリシアが視線を鋭くした。
互いに敵対視してる……しかし、ふとフェリシアが笑った。
「貴方、もしかして……『レッドキャップ』かしら?」
……空気が凍ったような気がした。
彼女は……『ブラックキャット』は怪盗だ。
だけど、特殊な力はない。
身体能力が非常に優れているだけだ。
だからこそ、彼女は情報収集を怠らない。
……ミシェルの過去の名前を知っていてもおかしくはない。
『……そう呼ばれていた事もある。それがどうした?』
「やっぱり?裏で話を聞かなくなったと思ったら……へー『S.H.I.E.L.D.』に鞍替えしてたんだ」
首筋がピリピリとしだす。
「私、そういう尻の軽い男は好きじゃないの。信頼できないし」
フェリシアがミシェルを指差した。
『…………』
「そもそも、よく『S.H.I.E.L.D.』が許したわね?貴方、大量殺人犯でしょ?」
『……そうだな』
「何考えてるのかしら、正義の味方気取り?本当は裏で誰かを──
……フェリシアの手を握った。
「それ以上、言わないでくれるかな。フェリシア」
僕は──
「ど、どうしたの?……スパイダー?」
怒っていた。
「何も知らないのに、そうやって……決め付けるような言い方は良くないよ」
「…………」
『…………』
そう言うと、フェリシアも、ミシェルも黙った。
気まずい空気の中……舌打ちが聞こえた。
フェリシアのものだ。
「そう、そっちの肩を持つのね」
「……そういう訳じゃないよ。どっちの味方だとか、そんなのじゃない。ただ言い過ぎだって思っただけ」
手を離すと、フェリシアは無言でミシェルを睨み付けながら僕の側から離れた。
……僕が庇ったのは逆効果だったかも知れない。
溝が深まっただけに見える。
直後、ミシェルがため息を吐いた。
『こんな話をするために、態々姿を現した訳ではないだろう?何の用だ』
ミシェルの言葉に、僕は慌てて頷いた。
話題を変えたかったからだ。
「そ、そうだよ。フェリシアは何でここに?そもそも辞めたんじゃなかったっけ、盗みは」
「……色々あって、お金が必要なのよ。だから、悪い奴らから盗むことにしたの」
「……悪い奴らから盗んでも、犯罪だからね」
自分の事は棚に上げて、そう言った。
僕も同じ穴の狢だ。
ヒーロー活動は非合法だから。
「逆に貴方は?」
「僕らは『デーモン』達の目的を探るため」
「それなら知ってるわよ」
「え?ホント?」
僕はフェリシア近付くけど、ミシェルは一歩引いた。
物理的にも心理的にも離れているのだろう。
「『マギア』との抗争。その為の資金集めって所ね」
「『マギア』との?」
僕は顎を手に乗せる。
『マギア』は複数のマフィアが結託している巨大な犯罪シンジケートだ。
この国以外にも力を持っている、強大な組織だ。
「『デーモン』のボスが『マギア』を恨んでいる。それに、元々チャイニーズ・マフィア共も『マギア』とは抗争関係にあったわ。利害の一致って奴よ」
「なるほど……そのボスの名前は?」
「ボスは──
足元でガチャリと音がした。
天窓から見下ろせば……ドアが開いたようだ。
誰かが入ってくる。
「彼よ」
光を反射しない真っ黒な肌、真っ白なビジネススーツと髪。
まるで黒と白を反転させたような見た目。
写真をネガポジ反転させたかのような、異様な容姿。
「『ミスター・ネガティブ』……そう呼ばれているわ」
……明らかに、普通の人間じゃない。
僕は気持ちを引き締めて、天窓から覗き込む。
何か話しているけど……くそっ、聞こえない。
逆に言えば、ここで僕達が話しても聞こえないって事だろうけど……。
『……立て続けに作戦が失敗した……『S.H.I.E.L.D.』や他の
「え?聞こえるの?」
『口の動きを読んでいるだけだ』
……ミシェルの持っている技能のようだ。
こういう所で、やっぱり彼女は頼りになるなぁ……一人前のエージェントって感じだ。
『警戒が強まる前に、本命を決行したいらしい。日時は明後日……『マギア』に仕掛けるようだ。使用する物は──』
ミシェルが天窓から離れた。
「『デビルズブレス』だと?」
「……それ、本気?」
ミシェルの言葉に、我関せずとしていたフェリシアも思わず反応した。
対して僕は腕を組みながら、首を傾げた。
「何それ?」
僕の言葉に彼女達は僕を一瞥した。
フェリシアは呆れてるみたい。
ミシェルはどう説明すればいいか悩んでるようだ。
『……過去にオズコープ社、いや……ノーマン・オズボーン主導で開発していた特殊なガスだ。霧状に散布したガスと皮膚接触すれば、それだけで遺伝子の疾患が改善される……夢のような薬だ』
「ノーマン……?まぁでも、それって良いガスって事でしょ?」
『……遺伝子の疾患を治すという事は、皮膚接触で遺伝子情報を操作できると言うことだ」
そこまで言われて、僕は気付いた。
「まさか……人の遺伝子をメチャクチャに破壊できるって事?」
『そうだ。口や鼻から吸引する必要もない。ほんの少しの接触で、遺伝子を欠損させ身体中の細胞を癌細胞にする事が出来る』
僕は息を呑んだ。
「ノーマンは、なんでそんな物を……」
『元々は薬として作られる予定だったが、遺伝子情報を『正常にする』というのは難しかった。壊すのは簡単だがな……結局は失敗品だ』
「そんな……」
『言っただろう?夢のようだ、と。夢は夢でしかないという事だ』
フェリシアも難しい顔をしている。
僕は視線を、ミシェルへと向けた。
「でも……何故、ミスター・ネガティブが『デビルズブレス』を持ってるんだろう」
『ノーマンの死亡後、『S.H.I.E.L.D.』がオズコープ社から押収した薬や危険物が……一週間前に盗まれた。一部、闇オークションで販売されていたのは確認していたが……奴も、そこから購入したのだろう』
泥棒、か。
思わずフェリシアを見る。
彼女は首を振った。
……まぁ、彼女がそんな事する訳ないか。
フェリシアは少し苛立ったようで、ミシェルを睨みつけた。
「『S.H.I.E.L.D.』の倉庫に盗みなんて入れるのかしら。随分と杜撰になったものね」
『倉庫は超金属製の壁で覆われていた。しかし、ミサイルでも傷付けられないような壁に……抉るような穴があった。恐らく特殊な能力持ちの──
ミシェルが途中で言葉を区切り、首を横に振る。
『いや、今はそんな話など、どうでもいい』
彼女は自身のマスクを指で叩いた。
『兎に角、使用されるのは拙い。『マギア』を殺すために使うようだが、一般にも被害者が出るかも知れない』
その言い方は……マフィアである『マギア』なら死んでも良い、という感情が含まれているように感じた。
僕のそんな考えに気付いたのか、ミシェルは僕を一瞥した。
『……今のは少し言い方が悪かったな。勿論、死人は誰一人として出すつもりはない』
「……大丈夫だよ。君がそんな事、言うと思ってないから」
彼女の言葉を受け入れる。
……そんな僕達の様子を見て、フェリシアは怪訝そうな顔をした。
「ふぅん、随分と仲が良いのね……」
「あ、いやぁ……」
フェリシアはミシェルに対して、あまり良い感情を抱いていないように見える。
彼女は後転し、そのまま立ち上がった。
「まぁ、良いわ。私は私の好きなようにやらせて貰うから」
「……協力してくれないの?」
「私を正義の味方か何かだと勘違いしてる?猫は気紛れなのよ」
……彼女は僕を見つけて話しかけに近付いて来た。
だから、元々は協力するつもりだったのだろう。
だけど、ミシェルと話して……僕がミシェルを庇ったのを見て、協力したくなくなったのだろう。
……本当に気紛れな黒猫だ。
「邪魔はしないでね」
「……そっちこそ」
彼女は僕達から離れて……排気口に手を掛け──
「それと……また会いましょ?次会う時は……二人っきりで、ね」
中に滑り込んだ。
音もなく、素早く……手慣れた様子で。
猫のような身体能力だ。
……そして僕は、恐る恐るミシェルを見た。
彼女は腕を組んで、微動だにしていない。
「あ、あの、ミ……ナイトキャップ?」
僕が正面に移動して手を振る。
それを無視して、彼女は天窓から下を見下ろした。
『奴とは別方向から侵入してくれ。目標は『デビルズブレス』の奪取……もしくは起動キーの奪取だ。ただし、カプセルは破壊禁止だ』
「そ、そう、だね……」
冷や汗を掻きながら、彼女の横に座る。
……き、気まずい。
やっぱり怒ってるかな。
彼女の知らない所で、女性と会ってた事を。
ど、どうにかして謝らないと──
『はぁ……』
彼女が僕を見て、ため息を吐いた。
『……スパイダーマン』
「は、はいっ……」
思わず身体が跳ねてしまう程、驚いた。
僕が彼女に視線を向けた時、彼女のマスクの……前面が展開した。
冷たい目の、素顔が露出された。
「ミ、ミシェル……」
本名で呼んでしまったけれど、それでも彼女は気にしていなかった。
「……私は、お前が何処の女と会ってようと怒りはしない」
「……そ、そっか」
場違いな話をしている自覚はある。
僕たちのすぐ下には悪党達が居るのだから。
こんな話をしてる場合じゃないって、わかってる。
だけど、ヒーロー活動には危険が伴う。
数時間後、生きてる保証もない。
……だから、ここで話したい。
互いにそう思っていたのだろう。
彼女の目は冷たいまま、だけど頬は少し緩んだ。
「……私の事を愛しているのだろう?」
「……うん、そうだよ」
「なら、私が心配する必要はないだろう。不貞ではないのだから、怒る意味もない」
「……そうかな。でもそれって、僕に都合が良すぎない?」
「誰にでも優しいのは、お前の美点だ。それに、恋人がモテていると私も気分が良い」
「そ、そうかな?」
「そうだ」
彼女は立ち上がり、僕に数歩、近付いた。
そして、僕に手を伸ばして──
顎の下、マスクの切れ目に指をかけて……引き上げた。
「ちょっ、ミシェル……?」
そのまま鼻の所まで上げられて──
口付け、された。
僕は拒む事なく、その艶やかな唇が……離れていくのを眺めていた。
「……互いに愛してる。それで十分だろう?」
「……そうだね。そうだよ。うん、十分だ」
そう、十分だ。
最低限じゃなく、最高で満ち溢れている。
それさえあれば、他が些事に見えるぐらい……十分に満ちている。
ミシェルが自身の耳元に触れた。
インカムのような物を操作しているのが見えた。
「さぁ──
彼女の顔にマスクが装着される。
『人助けを始めよう』
腕を組んで、天窓の下を見ろした。
「……そうだね、僕達の出番だ」
僕達はチームだ。
ヒーローとしても、パートナーとしても。
これからも、二人で乗り越えるんだから……こんな所で、躓いてなんていられない。
兎に角、今は……この街を守るために、悪い奴らの計画を止めよう。
次回は6/10(土)の17:00です。