【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#3 クリーピング・シャドウ part3

ビジネススーツに仮面を付けた男、『デーモン』の構成員が歩いている。

右手には……黒いモヤがかった剣。

 

倉庫代わりにしている大部屋の入り口に立っていた彼は……奥の方から聞こえた物音に気付いたようだ。

 

警戒心を強めて、奥へと進む。

剣を握る手が、少し強くなっていた。

 

そうして、物音がした場所に辿り着き……崩れた段ボールを見つけた。

 

 

『……まったく、適当に載せやがって』

 

 

周りにも乱雑に積み上げられた段ボールがある。

几帳面さのカケラもないそれを見て、何かの拍子に崩れたのだと思ったのだろう。

 

警戒を緩めた──

 

 

 

その瞬間、僕は奴の頭上から……両肩に(ウェブ)を貼った。

 

 

『な──

 

 

両手を捻り、(ウェブ)で首を縛りながら持ち上げる。

天井スレスレに引っ張られ、マスクを剥がれた彼は……何が起こったのか理解していないようで、目を白黒とさせている。

 

 

『スパ──

 

 

窒息させないように注意しつつ、マスクを剥いで顔面に(ウェブ)をお見舞いする。

口と目元を防がれた彼を、そのまま天井に貼り付けにする。

 

 

「これで五人目……」

 

 

辺りを見渡すと……天井には彼のように貼り付けになった奴らが沢山居た。

……これ以上は流石にバレるかな、場所を移動しよう。

 

天井に張り付いたまま、耳に入れているインカムを操作する。

咳払いして、声を少し低めにする。

 

 

「もしもし、こちらスパイディスパイ、応答せよ」

 

『……私はごっこ遊びに付き合うつもりはないからな』

 

「ごめん」

 

 

スパイダーマンとして活動してると、つい軽口が出てしまう。

それは恐怖であったり緊張であったり、そういったものを解す為に必要なんだ。

 

僕の根っこの部分は臆病だから。

 

 

『そこから出て、左の方向に二人。正面50メートル先に一人……だが、正面の方は遮蔽物に遮られている。立ち上がらなければ問題はないだろう』

 

「よし、じゃあ左の方から何とかするよ」

 

 

小声で返答した。

 

ミシェルはスーツに搭載している暗視、赤外線機能を通して敵の位置を特定している。

それを僕に伝えてサポートしてくれているんだ。

 

 

 

天井を這い、倉庫の外へ……なるほど、左に二名様。

 

視認しづらい細い(ウェブ)を垂らす。

狙いは後ろを歩いている方だ。

 

 

「天井までご案内、っと」

 

 

(ウェブ)が付着し──

 

 

『ん?何だ、こ──

 

 

天井に叩きつけた。

素早くエレクトリック・ウェブで意識を奪い、床に着地する。

 

瞬間、僕の気配を察したのか……もう一人が振り返り──

 

 

『貴様はっ──

 

「どうも」

 

 

地面に両手をついて、逆立ちのように跳ね上がる。

そのまま顔面を蹴り飛ばし……意識を奪う。

 

気を失った彼を(ウェブ)でぐるぐる巻きにして……両手で掴んで上に投げる。

そのまま天井に固定して……OK、完璧。

 

区画内の『デーモン』を片付けた僕は……室内にあるコンテナを漁る。

突撃銃、青銅製の剣、槍っぽいの……狙いの物はここには無いみたいだ。

 

また、インカムを起動する。

 

 

「『臭い息(デビルズブレス)』はここじゃないみたい。そっちは何か手掛かり見つけた?」

 

『『デビルズブレス』は全長1メートル程の大きなカプセルに入っている。それが入るような場所はそこ以外には一箇所しかない』

 

「……それって?」

 

『ミスター・ネガティヴ周辺だ』

 

 

僕は天井に胡座をかき、首の裏を撫でる。

ミスター・ネガティヴか。

何だか不気味な奴だし……あんまり近付きたくないけど。

 

 

「よし、ちょっと行ってくるよ」

 

『……危険を感じたら離脱しろ』

 

「はいはい、了解」

 

 

恋人からの心配は身に沁みるね。

彼女以外に、僕の心配してくれる人なんて居ないからね。

 

よし、(ウェブ)カートリッジを確認。

残量は……7%!

 

ちょとヤバいかも。

 

こんな事ならケチらずに、今朝、(ウェブ)を補充しておくんだった。

貧乏学生にはキツい仕事だよ、ヒーロー活動は。

 

まぁ、辞めないけどね。

 

さて、天井を這って……よし、ミスター・ネガティヴに気付かれずに来たぞ。

しかし、本当に不気味な姿だ。

 

白黒のネガポジ反転された写真みたいな男が……大きな木箱を開けた。

 

……白い、大きなカプセル。

中心にあるガラス窓から、中に入っているのが赤い液体である事を確認した。

 

見つけた。

アレが『デビルズブレス』だ。

何で分かるって?

超感覚(スパイダーセンス)にビリビリと感じてるからね。

 

天井の入り組んだダクトに身を隠す。

下ではミスター・ネガティヴが部下に話をしてる。

 

 

『借りを返す時が来た。『マギア』に私達の怒りを思い知らせる時だ』

 

 

へぇ、演説とかやるタイプなんだ。

……でも『デビルズブレス』の前でやる事ないのに。

 

こっそり引っ張って持ち上げたら……うーん、流石にバレそう。

 

 

『これは罰だ。虐げられし者の正しき怒りにより──

 

 

瞬間、部屋の電灯が赤くなった。

と、同時にブザーが鳴り響く。

 

 

『……侵入者か』

 

 

な、何これ?

困惑していると、ミシェルの声が聞こえた。

 

 

『スパイダーマン、何者かが工場跡内の緊急通知ボタンを押した。今すぐ撤収しろ』

 

「ひ、退けって言われても……」

 

 

ここには天窓もない。

脱出するには入り口から抜け出さなきゃならない。

 

……もしくは、『デーモン』達が並んでる窓の──

 

 

「……あっ」

 

 

窓の外で、黒い影が走っていった。

……フェリシアだ。

 

彼女、何か目的のものを盗んで……『デーモン』にでも見つかったのだろうか。

いや、彼女がそんなミスをするとは思えない。

というか通報されるような状況から逃げ出したにしては、追手が居ないし……。

 

……緊急通知ボタンを押したのって、もしかしてフェリシア?

 

 

察した。

 

 

僕達に『デーモン』を押し付けて、安全に逃げるつもりだ!

去年も同じ方法でハメられたじゃないか、僕は……何も学んでない。

 

僕が顔を覆っていると……下でミスター・ネガティヴが首を捻った。

 

 

『招かれざる客……いや──

 

 

手首を摩りながら……視線を上げた、

 

 

『蜘蛛か?』

 

 

目があった。

……あ、これもう逃げられない感じだよね?

 

下で臨戦態勢になった『デーモン』達に手を振る。

 

 

「こんにちは……じゃなくて、こんばんは。配管工の工事をしてたんだ、気にせず続けて?」

 

 

各々が武器を取り出した。

剣、槍、ムチ……どれもこれも、黒いモヤモヤを纏ってる。

 

……当たったら痛い、じゃ済まないだろうね。

 

 

『奴を始末しろ、屍精鬼よ』

 

 

ムチが弾ける音がして……僕の方へ飛んできた。

 

 

「おぉっと……!」

 

 

咄嗟に、天井を蹴り、回避する。

天井のダクトが真っ二つ……思わず息を呑む。

 

床に着地した僕は、デーモン達に視線を向ける。

その内、二人の『デーモン』が『デビルズブレス』の入ったカプセルを持った。

 

 

『戦えば勝つが、危険を冒すつもりはない。さらばだ、スパイダーマン』

 

 

ミスター・ネガティヴが指示した。

カプセルを持った二人の『デーモン』を連れて離脱するつもりだ。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!初めましてのお茶でもしな──

 

 

剣が振るわれた。

後ろに跳ねて回避し……壁に足を付ける。

 

 

「いっ!?まだ話してる途中なんだけど!」

 

 

槍を避けて、ムチも避ける。

余裕そうに避けているけど、実際はギリギリだ。

 

一発当たれば死に繋がる危険な一撃だからね。

超感覚(スパイダーセンス)に従って、避け続けているけれど……拙いな、ミスター・ネガティヴに逃げられる!

 

ビービーと警告音が鳴り響く中、真っ赤に染まった視界の中で戦う。

 

 

『シャアアッ!』

 

 

雄叫びを上げなら『デーモン』が剣を振り下ろした。

半歩引いて回避しつつ、カウンターでパンチをお見舞い──

 

おっと、槍が飛んできたぞ。

これも数歩引いて回避。

 

……気付けば、敵対してる奴から距離が離れていた。

ミスター・ネガティヴの姿も見当たらない。

 

ちょっと、まずいかも。

 

 

「怪我したくなかったら通してくれない?」

 

 

脅してみたけれど、通してくれる素振りは──

 

 

『消え失せろ!』

 

『死ね!蜘蛛野郎!』

 

『薄汚いM$%#$F%#$rめ!』

 

 

ないね。

 

 

「みんな口悪くない!?」

 

 

叫び声を上げながら、『デーモン』達が突っ込んでくる。

 

反撃に移りたいけれど、避けても避けても攻撃が止まない。

 

『デーモン』達の猛攻は続く。

……あ、ヌンチャク持ってる奴までいる!

あと曲刀や、チャクラムまで!

 

 

「ここって武器の展覧会?『デーモン雑技団』に名前変えるのをオススメするよ!」

 

『減らず口を!』

 

 

剣が迫る。

槍が迫る。

同時に幾つもの武器が迫る。

 

超感覚(スパイダーセンス)は四方八方からの危機に反応してる。

 

このままじゃジリ貧だ。

多少ダメージを受けても、無理矢理ノックアウトしていかないと──

 

 

 

ガシャン!

 

 

 

と窓ガラスが割れた。

 

入ってきたのは黒いアーマーコスチューム……。

 

 

「ミ、ナイトキャップ!」

 

 

ミシェルだ。

僕のピンチを察知して、救援に来てくれたんだ。

 

 

『新手かっ!』

 

 

側に居た『デーモン』が即座に反応し、斧を振り上げ──

 

その手首を、ミシェルが掴んだ。

振り上げられた斧も、腕も……びくともしないようだ。

 

 

『邪魔だ』

 

 

ミシェルがそう言いながら、足払いをした。

普通の足払いじゃない。

 

超人血清で強化された身体能力によるローキック。

それはトラック一台の衝突に近しい力だ。

 

勿論、そんな威力の足払いを、まともに受けたら人はどうなるか。

 

 

『ぎゃ、あぁ!』

 

 

悶絶するような悲鳴を上げながら……掴まれた手を中心に、宙で三回転した。

両手足が地面に付かないレベルで浮いて……そのまま、壁に衝突した。

 

……昔、軽自動車に撥ねられた超人を見たことがある。

そんなレベルで吹き飛ばされたのだ。

 

 

『「『…………』」』

 

 

一瞬、周りが静かになった。

 

 

目の前の『デーモン』共も、先程の景色に息を呑んだようだ。

少し、間が空いて──

 

 

『ブチ殺す!』

 

 

正気に戻った『デーモン』がミシェルに剣を振るった。

 

咄嗟に、僕は背後から(ウェブ)を足に放つ。

強く引っ張ると前のめりに転けて……落ちる顔面にミシェルは膝を合わせた。

顔に膝が命中し、気絶した『デーモン』が地面に転がる。

 

僕はミシェルの側に移動して、並んで立つ。

 

 

「ナイスチームワーク」

 

『……援護は不要だったぞ』

 

「知ってるよ、でも咄嗟に出たんだから仕方ないよね」

 

 

僕一人を倒すのに『デーモン』達は手こずっていた。

それが二人になったんだ。

 

均衡は崩れ、一人、また一人と打ちのめして行く。

 

 

「ミスター・ネガティヴは!?」

 

 

僕はチャクラムを持った『デーモン』を殴り飛ばした。

 

 

『逃走中だ。既にここから離れている』

 

 

ミシェルが『デーモン』の腕を掴み、壁に叩きつけた。

 

 

「じゃあ、さっさと倒して……追いかけないと、ね!」

 

 

僕は『デーモン』を蹴った。

よろめいた所に──

 

 

『……いいや、ここまでだ』

 

 

ミシェルが『デーモン』の顔面に手の甲を叩き込んだ。

 

 

「え?」

 

 

僕が素っ頓狂な声を上げた時……既に『デーモン』達は全員地面に転がされていた。

全員、気絶している。

 

僕は足元の砂埃を払って、ミシェルに視線を向けた。

 

 

『今から追っても、闇雲に探すだけだ。この暗闇の中、奴等を見つけるのは至難だろう……無意味だ』

 

「で、でもっ──

 

 

何もせず待つなんて出来ない。

頑張って探せば追いつくかも知れないし……それに──

 

 

「もし『デビルズブレス』を使われたらっ──

 

『二日後、『マギア』幹部の誕生祭がある。奴等はファミリーの絆を重要視している……故に構成員も多く集まる』

 

 

ミシェルが指を立てた。

 

 

『『デビルズブレス』はカプセルの構成上、一度しか使用出来ない。奴等はバカではない……使い所は考える。猶予はある』

 

「だからって……何もしないだなんて、僕には出来ない……!」

 

 

僕はミシェルから離れて、外に出ようとする。

彼女が追いかけないのであれば、僕が追いかけるだけだ。

勝手にやらせて貰おう。

 

 

『待て』

 

「っ……!」

 

 

出ようとした瞬間……彼女に、腕を掴まれた。

 

 

「は、離してくれるかな……?」

 

『疲労困憊で、(ウェブ)の残量も少ない……負けるとは思わないが、今、奴等を追えばタダでは済まない』

 

 

彼女の言っている事は正しかった。

奴等は明後日まで、計画を実行しないだろう。

僕は今、身体に疲れが溜まっていて……(ウェブ)の原液もきっと足りなくなる。

 

一度、装備の補充や、休息する方が良いかも知れない。

 

それでも──

 

 

「僕が傷を負ったとしても、誰かが傷つく可能性が少しでもあるのなら……僕は、止めなきゃならないんだ。だからっ──

 

『…………』

 

 

腕を引っ張られて、地面に転がされた。

 

 

『その自己犠牲精神は美徳だ。だが、悪癖でもある。少し頭を冷やせ』

 

 

随分と言うようになった。

昔は僕なんかよりも自分を顧みなかったのに……。

それは良い傾向だから喜ぶべきなんだろうけど、今は見逃して欲しかった。

 

僕は地面に手をついて、見下ろしてきているミシェルに顔を向ける。

 

 

「……退いてよ」

 

『断る』

 

 

僕は腕を構えて──

 

 

拳を──

 

 

殴れる、訳がない。

分かってる。

 

彼女の言葉は合理的で、僕を心配しているって事も。

そんな人を傷付ける事なんて、僕には出来ない。

 

ミシェルが息を深く、吐いた。

 

 

『それに無闇に追えば、追い詰められたネズミのように……『デビルズブレス』を使用するかも知れない。避難誘導も出来てない街中で、だ。多数の死者がでるぞ』

 

「……そ、っか」

 

 

もっともらしい理由に、僕は腕を下ろした。

どうしようもなく正しかったからだ。

 

 

「じゃあ、どうすれば……」

 

『……一度、帰って寝ろ。頭を冷やせ』

 

「……君は?」

 

『私は『S.H.I.E.L.D.』の引き継ぎがある。まだ現場に残る必要がある』

 

「……そっか、分かったよ。僕も──

 

『先に帰れ。お前が居ても、面倒な事にしかならない』

 

 

……そっか。

『S.H.I.E.L.D.』からしたら、僕は正体不明の超人になるから……警戒対象になるんだ。

 

僕は役立たずだ。

居るだけで邪魔なんだ。

 

気分を落としながら……窓枠に足を乗せる。

 

 

「……じゃあ、その……先に帰るね?」

 

『あぁ。そうしろ』

 

 

こちらに顔も向けず、腕を組んだままのミシェルから……顔を逸らした。

酷く、気まずかった。

 

僕は彼女の言葉を理解したし、正しい答えだと思えた。

それでも心の奥底で、僕は何か反論しようとしてる……の、かも知れない。

自分にも分からない。

 

彼女も……そんな僕の気持ちが分かっているのか、踏み込んでは来ない。

 

 

互いに譲れない物があるからこそ、折り合いを付けなければならない。

なのに、僕は自分の意見を曲げられなかった。

 

 

それが正しい事なのか、正しくない事なのか……分からない。

ただ、今分かる事として……彼女を不快にさせてしまった事だけが分かった。

 

 

彼女に背を向けて、僕は(ウェブ)を頭上に飛ばした。

壁を登って……屋上で、座り込む。

 

周りに人が居ない事を確認して、頭を抱え込む。

 

 

「……はぁ。ミシェル、怒ってたな……」

 

 

夜風に当たってると、自己嫌悪の気持ちが湧いてくる。

 

 

「やっちゃったなぁ……」

 

 

焦る気持ちは、既に霧散して……残ったのは後悔。

聞き分けのない子供を叱るような、ミシェルの言葉だ。

 

……僕は立ち上がり、(ウェブ)を飛ばした。

後ろ髪を引かれるような想いをしながら、麻薬工場跡に背を向けた。

 

数回スイングして、小さなアパートの天井に着地する。

足を投げ出して、屋上の縁に腰を下ろした。

 

夜風に当たって、少し落ち着きたかったんだ。

 

 

「…………」

 

 

無言で手を組む。

 

僕は昔から、身を削るように人助けを行なって来た。

身体も心もボロボロになりながら、無我夢中で人助けをしていた。

 

それが良い事なのだと、信じていたからだ。

 

だけど……ミシェルには……いや、ミシェルだけじゃない。

ドクターストレンジ(スティーヴン)からも、言われていた。

 

僕は僕が幸せになる方法を知らないと。

自罰的な感情で、身を砕いて人助けをする歪さがあると。

 

 

図星だ。

 

 

自分を大切にする事と、他人を守る事。

その両立は──

 

 

「……難しいな」

 

 

息を深く吐いた。

 

 

「何が、かしら?」

 

 

背後から、声が聞こえた。

僕は力なく、そちらに顔を向けた。

 

 

「……フェリシア」

 

 

黒いライダースーツに身を包んだ、ブラックキャット……フェリシア・ハーディが立っていた。

 

僕は少し眉を顰めて、首を傾げた。

先程の騒動……緊急通知が鳴り響く光景を思い出したからだ。

 

 

「君が……施設の警報を押したんだよね」

 

「あら、ごめんなさいね?逃げるのに必要だったの」

 

 

少し、カチンとくる。

だけど冷静に……熱のこもった息を吐いた。

 

彼女が警報を起動させなかったとしても、『デビルズブレス』を回収できたか……と言えば怪しい。

あの場には沢山の『デーモン』が居たからだ。

 

思考を振り払って、彼女に話しかける。

 

 

「それで?何の用なの?てっきり、もう逃げちゃったと思ってたんだけど」

 

「……少しぐらい、お話に付き合っても良いじゃない?」

 

 

彼女は自身の胸元に手を突っ込んだ。

思わぬ行動に僕は目を逸らして……視線を戻すと、彼女は手に小さな水色の液体が入ったアンプルを持っていた。

 

僕は、目を細める。

 

 

「……それは?」

 

「強力な毒薬を使う時は、必ず解毒薬を用意するものよ?自身の身に危険が及ばないように、ね」

 

 

それは、つまり──

 

 

「『デビルズブレス』の解毒剤……?」

 

 

僕の目はアンプルに引き寄せられる。

 

 

「正確には『デビルズブレス』と真逆の効能を持つ薬だけど。これ一つで汚染された患者を300人は助けられる……らしいわ」

 

「す、凄い……お手柄だよ、フェリシア!」

 

 

僕は思わず彼女に駆け寄ろうとして……一歩、引かれた。

 

 

「……フェリシア?」

 

「これは貴方には渡さない。今は、まだ」

 

 

……目を見開く。

 

 

「何で──

 

「私の目的は『お金』だって言ったでしょ?これは『マギア』に売るの」

 

「……待って。それじゃ、巻き込まれる人達の分は……!」

 

「そんなに薄情に見える?全部を『マギア』に売る訳じゃないわ。残った物は貴方にあげる」

 

 

僕はマスクの下で眉を顰めた。

 

 

「何で今、渡してくれないんだ……」

 

「だって今、貴方に渡したら『S.H.I.E.L.D.』に投げちゃうでしょ?そしたら、勝手に複製なり何なりして……価値が下がっちゃうじゃない」

 

 

図星だった。

誰かが危険に晒されるリスクを減らすために、僕ならそうする。

 

マフィアに売ろうだなんて、考えない。

 

 

「フェリシア……悪い事は言わないから、それを渡してくれ」

 

「スパイダー、悪い事は言わないわ。私が売るまで我慢しなさい」

 

 

互いに、視線が交差する点を中心に……ゆっくりと、回転するように歩く。

フェリシアは小さく笑った。

 

 

「失敗だったかしら。安心させようと善意で話してあげたのだけれど」

 

「……仇で返すような真似をして悪いとは思ってるよ。でも僕がこうするって事は、君には分かってた筈だ」

 

「……ふふ、それもそうね。でも──

 

 

フェリシアが、僕に何かを投げた。

それを手で受け取る。

 

……円盤状の小さなディスクだ。

 

これは──

 

 

「私、逃げ足には自信があるの」

 

 

バチン!

 

と身体に電撃が走った。

一瞬、視界が真っ白になって、立ってられなくて……膝をつく。

 

 

「それじゃあ、また会いましょ?スパイダー」

 

「ま、待、て……フェリシア……!」

 

「いやよ。猫は気まぐれなの」

 

 

白く点滅する視界の中で、フェリシアが走り出した。

そのまま飛び降りて……く、そっ!

 

僕は手に張り付いていたディスク型のスタンガンを引き剥がして、投げ捨てる。

 

 

「く、ぅっ……!」

 

 

まだ、身体は痺れてる。

 

でも、追わなきゃ!

 

僕も彼女に続いて走り出して……屋上から飛び降りる。

 

そして、(ウェブ)を──

 

 

カシュッ。

 

 

(ウェブ)を──

 

 

カシュッ。

 

 

…………あれ?

 

 

視線をウェブシューターに向ける。

(ウェブ)の残量が……0%を示していた。

 

つまり、弾切れだ。

 

 

「あっ」

 

 

ミシェルが腕を組んで、怒ってる姿を幻視した。

ちゃんと(ウェブ)の原液を補充しろ、ケチるなって叱る声が聞こえた。

 

 

そのまま僕は自由落下して──

 

 

「うわぁっ!?」

 

 

アパートに備え付けられているコンテナ型のゴミ箱に、ダイブした。

 

 

まるで大きな雷が降り注いだかのような音を立てて、ゴミに沈む。

ゴミ袋が破れて、散らばった。

 

 

()っ、つ……」

 

 

嫌な感触がした。

それなりの高さからの落下……ゴミがクッションになって怪我はないけれど……全身に鈍い痛みがあった。

 

……悪臭が、鼻につく。

頭の上に張り付いていた、バナナの皮を投げ捨てた。

 

上半身を立てて、コンテナから這い出る。

地面に転がって……僕はフェリシアが逃げて行った方向を見る。

 

……まいったな。

もう何処まで逃げたのか見当も付かない。

 

追いかけても、見つける事は困難だろう。

 

 

「……はぁ」

 

 

生ゴミの臭いに顔を顰めながら、立ち上がる。

ふらついて、壁にもたれ掛かった。

 

 

「こんなのだったら、真っ直ぐ帰っておけば良かったな……」

 

 

本当に、碌でもない。

悪人には逃げられるし、ミシェルとは気まずくなるし、フェリシアにも逃げられた。

 

今日の運勢はきっと最悪。

 

もしくは、全部、僕がミスをしたか。

 

……ミスター・ネガティヴはもっと僕が強ければ、逃さなかっただろう。

ミシェルとは、僕が彼女の意図に早く気付いて、折り合いを付けていれば怒らせなかっただろう。

フェリシアも、頭ごなしに否定せず、話を聞いてから説得すれば良かったんだ。

 

 

「……ヒーロー活動は絶好調だなぁ」

 

 

本日、何回目か数えきれないけどため息を吐いて……立ち上がった。

う、臭い。

 

スーツも洗わないと……。

 

とぼとぼと、行きとは違い……僕は自宅に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

パルクールの要領で屋根から屋根へ飛び移り……自宅であるアパートの屋根に到着した。

 

ビルの隙間、壁に張り付いて自室の窓へと向かう。

 

 

頭の中は濃い霧がかかったようにモヤモヤしている。

ミスター・ネガティヴの事も悩ましいけれど……スパイダーマンとしての悩みじゃない。

ピーター・パーカーとしての悩みが頭を占めている。

 

恋人、ミシェル・ジェーンの事だ。

彼女は優しく、寛容だから……きっと、今日の僕のことだって許してくれる。

許してくれるだろうけど……不快な思いをさせたのは間違いない。

 

こうやって細かいすれ違いから、男女関係は破綻するのだと……過去にグウェンが言っていた。

彼女が気にしていようと、気にしていまいと、マイナスな感情にさせてしまったのは事実で、プラスの出来事で覆わなければならない。

 

つまり、埋め合わせだ。

 

しかし、何をするか。

壁に張り付きながら、考える。

 

ミシェルは甘いものが好きだ。

何かスイーツを買ってきて懐柔……う、うーん、いつもやってる事と変わらない。

デートする?それも、いつもやってる。

 

何かアクセサリーをプレゼントする?

行きたい場所に連れていく?

 

それとも──

 

 

……ダメだ。

考えがまとまらない。

 

 

自室の窓を外から開けて、中に入り込む。

 

 

マスクを脱いで……深く息を吐く。

……う、臭っ。

 

スーツも洗わないと……。

(ウェブ)の原液の材料も買ってこないと。

 

思わず、自室の中で座り込んで──

 

 

「はぁ……」

 

 

ため息を吐いた。

 

……ため息を吐くと、幸せが逃げるらしい。

でも、僕に幸運なんて今は無くて──

 

 

……人の気配。

 

 

リビングの方からだ。

 

 

僕は内心怯えつつ、ゆっくりと足を進めて……リビングに顔を出した。

 

真ん中に置いた安物だけど大きな机。

そこに一人の女性が座っていた。

 

僕に気付いて……振り返った。

 

 

「……遅い。寄り道してた?ピーター」

 

 

目下、悩みの対象になっている……僕の恋人(ガールフレンド)、ミシェルが座っていた。

……僕がフェリシアと会話していたり、歩いてニューヨークを横断している間に、彼女は先に到着していたのだろう。

 

しかし──

 

 

「……ミシェル?どうして、ここに?」

 

 

彼女がどうやって僕の部屋に入ったか……それは単純な話だ。

合鍵を持っているからだ。

 

だから、この『どうして』は理由が分からないからだ。

 

 

僕の言葉に、ミシェルが目を細めた。

 

 

「……夜食、食べる?」

 

 

僕の疑問に答えず、ミシェルは机に置いてあった箱を手に取った。

チーズ・マカロニ……温めて食べられる即席の食事だ。

 

 

「え?あ……うん、貰おうかな?」

 

「ん」

 

 

短く返事をすると、ミシェルは席から立ち上がり……皿にチーズ・マカロニを入れて──

 

 

「ピーター……その、さっきはゴメン」

 

 

謝罪された。

 

……何の謝罪だろうか、一瞬分からなかった。

だけど、先程の言い争いの事を言ってるのだろうと理解して、僕は首を振った。

 

 

「な、なんで謝るの?」

 

「……どっちが間違ってる、とかではなかったし。言い方、ちょっと厳しかったし」

 

 

ミシェルがチーズ・マカロニの入った皿を、電子レンジに入れる。

そして、僕の方へ振り返った。

 

 

「……その、ピーター?嫌いにならないで、欲しい……から、謝りたくて」

 

 

目線を逸らすように、申し訳なさそうにしている彼女に……思わず駆け寄った。

 

 

「僕が嫌いになる訳ないよ!さっきだって……僕の方が悪かったし……そのっ──

 

 

弁明していて、気付いた。

 

あぁ、きっと僕と同じ悩みを彼女も感じていたのだろうと。

自己評価が低いのも、自分を顧みない所も……まぁ、似たもの同士なのだ。

 

そう思うと、本当にくだらない悩みだったんだなぁって……苦笑した。

 

 

「ピーター?」

 

「ううん、僕も同じ事考えてたから」

 

「……私、ピーターを嫌いになんかならない」

 

 

彼女もそう言って……先程の僕の言葉の焼き増しだと気付いたのか、苦笑した。

 

僕の中にあった霧のようなモヤモヤは晴れて、今は清々しい気持ちだ。

彼女も、さっきまでの暗い表情を潜めて……いつも通りの笑みを浮かべていた。

 

 

「……僕、さっきゴミ箱に入ってたから、先にシャワー浴びてくるよ」

 

「……ゴミ箱に?何で?」

 

「後で話すよ。大丈夫、隠し事はしないから」

 

 

だって、彼女は……パートナーだから。

スパイダーマンとしても。

ピーター・パーカーとしても。

 

さっきまでの僕を殴りたいね。

ちゃんと、僕は幸せだから……幸運なのだから。

 

ため息はもう、吐かない。




次回は来週土曜日。
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