【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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ごめんなさい、遅れました。


#4 グレート・レスポンシビリティ part1

深夜、僕の部屋。

生ゴミ臭のするスーツを洗濯機に投げ入れ、シャワーを浴びて来た後だ。

 

席に着いた僕に、ミシェルが白い皿を置いた。

チーズ・マカロニの良い匂いがした。

 

フォークでついて、口に運ぶと……う、メチャクチャ熱かった。

火傷するかと思った。

 

そんな僕の挙動にミシェルは小さく笑みを浮かべて……椅子に体重を任せた。

 

 

「ピーター、食べながらで良いから……作戦会議、しよ?」

 

「うん、僕も話したい事あったし」

 

 

熱々のチーズ・マカロニをフォークでつつきながら、ミシェルに視線を向けた。

 

 

「まず、現状から……というか、私と別れた後、何があったの?」

 

「実は──

 

 

ブラックキャット、フェリシアの事は話す。

彼女がミスター・ネガティヴの拠点から『デビルズブレス』の解毒薬を盗んだ事も、『マギア』に売ろうとしている事も。

 

ミシェルは少し難しい顔をして、手を顎に当てた。

 

 

「なるほど……フェリシアは結構、ピーターに気を許してる、ってこと?」

 

「え?まぁ……そうかな?」

 

 

どうしてそんな結論に至ったのか?

思わぬ感想に戸惑っていると、彼女は口を尖らせた。

 

 

「態々、ピーターに解毒剤の話をしたのも彼女からすれば利点はないし……本当に、ピーターを安心させたいからって理由だけだと思う」

 

 

チーズ・マカロニを口に含みながら考える。

……そう、僕に黙って解毒剤を『マギア』に売ればよかったんだ。

 

 

「まぁ、彼女は……うん、本当は悪い人じゃないって僕も知ってるから」

 

 

僕に話す事で印象が悪くなろうとも、それでも……そう考えると、フェリシアはやはり悪い女性では──

 

……目の前のミシェルは少し不機嫌そうだった。

 

 

「ミシェル?」

 

「……なに?」

 

「怒ってる?」

 

「怒ってはいない」

 

 

……怒って「は」いない、か。

女心が全然分からないと評される僕だけれども、今の彼女が……うん、嫉妬しているってのは分かった。

 

その事実に気付くと同時に、ミシェルが口を開いた。

 

 

「とにかく、話を戻す。フェリシア・ハーディの居場所は不明?」

 

「うん、見当も付かない」

 

「……なら、解毒剤はあまり期待出来ない。解毒剤を頼りにするのは、万が一の時だけ」

 

 

僕も頷く。

フェリシアの解毒剤がいつ貰えるかも分からず、その効能が保障されているかは知らない。

最終手段として取っておくのが正解だろう。

 

 

「ミシェル、それなら『デビルズブレス』の散布を阻止する事が最優先でいいかな?」

 

「うん、当初と同じく。幸い、無差別テロのような事はしない……と思うから」

 

 

ミスター・ネガティヴは『マギア』に恨みがある。

そして毒ガスという兵器の都合上、『デビルズブレス』は一度しか使用出来ない。

使用するタイミングは限られる。

 

そして、ミシェルが口を開いた。

 

 

「それと『デーモン』を尋問して、ミスターネガティヴの情報を幾つか手に入れた」

 

「尋問?」

 

 

僕が聞き返す。

何だか物騒なことをしていると思ったからだ。

 

僕の言葉に、ミシェルは腕を組み頷いた。

 

 

「……ビリビリさせたら、吐いた」

 

「そ、そうなんだ」

 

 

まぁ、でも彼らは犯罪者だ。

それも無辜の人々を巻き込むような殺人テロを起こそうとしている奴等だ。

 

『S.H.I.E.L.D.』がそういう事をしてもおかしくはない。

というか、長官であるニック・フューリーに至っては尋問という言葉が『似合ってる』という域にまで達しているけれど。

 

横道に逸れた思考に、ミシェルが咳払いした。

 

 

「ミスター・ネガティヴは元々、アジア系ギャングの構成員の一人だったらしい。外国の人間を、この国に密入国させる生業をしていた」

 

「……うん」

 

「そこを縄張りを荒らされたと感じた巨大なマフィアグループ『マギア』に捕まり……非合法な薬物の実験台にされた」

 

 

ミシェルは机の上で指を組んだ。

……特殊な薬物による後天的な突然変異者(ミューテイツ)、それはつまり彼女と同様の存在だという事だ。

 

 

「仲間や家族を失ったけれど、彼のみが生き残り……特殊な力を手に入れた。以降『マギア』の手から逃れた彼は、壊滅したアジア系の麻薬カルテルの残党を集めて復讐しようとしてる」

 

 

ミシェルは目を細めた。

……麻薬カルテルは彼女が壊滅させたと聞いている。

 

その残党が今も犯罪行為をしているというのだから、内心穏やかではないのだろう。

 

 

「ミスター・ネガティヴの本名は誰も知らないらしい。ただ、拠点の中にあった資料や、別拠点の存在──

 

 

ミシェルが机にタブレットを置いた。

そこには、このニューヨークの地図が表示されていた。

 

 

「点と点を線で繋いで……ここ」

 

 

ミシェルがタブレット上の地図を指差した。

あまり大きくない建物が表示されている。

 

 

「ミスター・ネガティヴが常用している車や……尋問から得られた情報、消費されているガソリンの消費量……そこから推測するに、よく来ているらしい」

 

「……行きつけのバー、とか?」

 

 

僕の言葉にミシェルが首を振った。

 

 

「悪人達が集まるバーなら、私も納得した。だけど……ここは違う」

 

「……何の建物なの?」

 

Food(食料), Emergency |Aid(緊急援助), Shelter and |Training(避難所兼訓練所)

 

 

ミシェルの言葉に僕は口に入れたチーズ・マカロニを……飲み込めずにいた。

あまりにも……悪人が入り浸る場所にしては、無関係な言葉が並んでいたからだ。

 

 

「通称『F.E.A.S.T.』。ホームレスや難民、恵まれない人へ支援するボランティア施設」

 

「……なんでそんな所にミスター・ネガティヴが?」

 

 

思わず狼狽えてしまう。

 

 

「施設の人を脅してるのかな……?それとも、ボランティア施設ってのは仮の姿で──

 

「それは分からない」

 

 

結論を急ぐ僕を、ミシェルが嗜めた。

そして、続けて言葉を口にする。

 

 

「だから、調査する」

 

「……調査?」

 

「『F.E.A.S.T.』の状況を探り、ミスター・ネガティヴの正体を探る」

 

「……うん」

 

 

僕は頷いた。

 

 

「明日、『F.E.A.S.T.』へ行く。ピーターも来る?」

 

「……うん。僕、隠密は得意だから──

 

「ううん、隠れて調査はしない。明日はピーター・パーカーとして、調査すべき」

 

 

目を瞬く。

 

 

「……え?」

 

「学生ボランティアとして、潜入する。万が一にでも、スパイダーマンが探っているとバレないように」

 

「あ、そっか……なるほど」

 

 

彼女の言葉に頷く。

多分、僕一人ではそこまで辿り着けていない。

内心で彼女を褒め称える。

 

 

「『デビルズブレス』の現在位置を知れたら、それを当日までに盗む。分からなかった場合は、当日のテロを阻止する……異論はない?」

 

「うん、それで良いと思う」

 

 

僕が頷くと、ミシェルも頷いた。

 

 

「……以上。ピーター、作戦会議は終わり。何か質問はある?」

 

「……ううん、僕は何も思い付いてないから……はは」

 

 

僕は頬を掻きながら、苦笑いを浮かべる。

それを見たミシェルは──

 

 

「もう」

 

 

僕の頬を、指で突いた。

 

 

(ふぁ)(ふぁ)に?」

 

「必要以上に自分を貶めなくていい」

 

 

少し、眉を顰めてそう言われた。

 

 

「でも──

 

「ピーターはよくやってる。頑張ってるし、私に出来ない事をしてくれてる」

 

「……そうかな?」

 

「ん」

 

 

ミシェルが少し頬を緩めて……僕の皿からチーズ・マカロニを一つ食べた。

そして、何かに気付いたように僕へ視線を戻した。

 

 

「……明日は昼から『F.E.A.S.T.』へ行くから……ちゃんと早めに寝てね?」

 

「うん、分かったよ。ありがとう」

 

 

僕が頷くと……ミシェルは席を立ち、洗面所へ向かった。

 

 

僕は一人、チーズ・マカロニを口に含み思考に集中する。

 

ミスター・ネガティヴが何故、ボランティア施設になんか通ってるのか?

案外、良い人……いや、違う。

大量殺戮を実行しようとしてる時点で良い人な訳がない。

 

少し冷めて食べやすくなったチーズ・マカロニを咀嚼していると……ミシェルが洗面所から出てきた。

 

ゆったりとした薄い赤色の寝間着を身にまとい、欠伸を一つした。

その手には白いフワフワの玉が先に付いた就寝帽子を持っていた。

 

それを頭に乗せて──

 

 

「おやすみ、ピーター」

 

 

そのままベッドに潜り込んだ。

……あ、今日、泊まるんだ?

いや、訊かれてないし。

いや、許可が必要って訳じゃないけど。

まぁ……うん、文句はないんだ。

 

 

「……うん、おやすみ。ミシェル」

 

「ん」

 

 

そのまま少しすれば、すーすーと寝息を立てて寝始めた。

彼女は付き合い始めてから、少し遠慮がなくなってきた感じがする。

まぁ、それだけ僕の側で安心して、着飾らずに居られるのだから……嬉しくは思えど、不快には思わない。

 

僕は音が鳴らないように細心の注意を払いながら、シンクに食器を置いた。

 

 

 

ちなみに、僕は彼女の横で寝たのだけれど……彼女の寝相が悪くて、鳩尾を蹴られてしまった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

翌日。

ニューヨーク、クイーンズにて。

 

僕とミシェルは『F.E.A.S.T.』の前まで来ていた。

勿論、私服で……だ。

 

ミシェルが僕に耳打ちする。

 

 

「昨日の間に、学生ボランティアとしての手続きは済ませてある。私もエンパイア・ステート大学の学生として来てる……事にしてる」

 

「分かったよ、口裏は合わせるよ」

 

「ん、理解が早くて助かる」

 

 

ミシェルに促され、僕は『F.E.A.S.T.』の入り口……の横にあるチャイムを鳴らした。

チャイム音に、心なしか背筋が伸びる。

 

ここに……ミスター・ネガティヴの手がかりが──

 

若干の緊張……僕の脇に手が触れた。

視線を下すと、ミシェルがいつも通り……少し表情に乏しい顔を向けていた。

 

……少し息を深く吸う。

自然体、自然体だ。

 

 

ドアが開いた。

 

 

「あら、今日予定していた学生ボランティアの二人かしら?」

 

 

年老いた女性の声が聞こえた。

 

 

「えぇ、僕が──

 

 

僕は、視線を顔に向けて──

 

 

僕は、呼吸を止めた。

 

 

「あ……」

 

 

声が掠れる。

 

 

「あら、大丈夫?どうかしたの?」

 

 

目の前の老いた女性の言葉に、僕は意識を現実に引き戻された。

言葉、言葉を用意しないと、不自然にならないように。

 

 

「い、いえ……ちょっと、その、僕の知っている人に似ていたので」

 

「あら、そうなの?」

 

「すみません、失礼な態度で……」

 

 

僕は謝罪しながら……視線を逸らす。

 

知り合いに似ている?

いいや、違う。

同一人物だ。

 

僕が数年前に失った繋がり……家族だ。

 

メイ・パーカー。

僕を育ててくれた叔母が、そこに立っていた。

 

視界の隅で、ミシェルが心配そうな目を僕に向けていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

そのまま、僕はボランティア活動を行った。

……メイ叔母さんとの遭遇によって、僕は少し心を乱している。

結果、ミシェルに「調査は任せて、彼女の手伝いをしていて」と言われてしまった。

 

僕は役に立たない、という事だろう。

いや、きっと彼女はそんな事を思ってないし……僕を心配してくれているのだろうけど。

 

 

「ピーター、この荷物を運んでくれるかしら」

 

「は、はい!」

 

 

僕は抗生物質等が入ったダンボールを運ぶ。

重いけれど、僕は普段から車やトラックを持ち上げてるんだ。

これぐらい屁でもない。

 

 

「若い人が来てくれて助かるわ。重い荷物は私じゃあ運べないから」

 

「いえいえ、お安いご用、です」

 

 

僕はメイ叔母さんに視線を向ける。

 

僕は、失った筈の家族と出会ったからショックを受けた訳じゃない。

彼女の容姿を見て、ショックを受けたのだ。

 

彼女は細かった。

最後に会った二年前よりも……老いていた。

 

歳を取れば老いるのは当然だ。

だけど、それ以上にメイ叔母さんは老いていた。

 

力なく、枯れ木のように……折れてしまいそうに老いていた。

 

 

「えーっと、あの、メイさんは『F.E.A.S.T.』に入って長いんですか?」

 

 

世間話という名の情報収集をしながら、荷物運びを続ける。

出来れば、僕は……メイ『叔母』さんと呼びたいけれど、今の僕にそんな権利はない。

 

言い慣れない呼称に戸惑いながらも、僕は『メイさん』と呼ぶ以外の選択肢がない。

叔母さんと呼べる権利は……もう手放してしまったから。

 

 

「え?えぇ、二年前からね。人助けだって何歳からでも出来るものね」

 

 

叔母さんの言葉に頷きながら、僕は戸惑う。

 

メイ叔母さんが誰よりも、人の為になる事を願ってるような人だって知っている。

だからこそ、こういったボランティアグループに所属していても不思議ではない。

 

しかし、二年前……『F.E.A.S.T.』に入ったのも、老いが急激に進行したのも、二年。

何か関係があると考えて当然だろう。

 

……ミスター・ネガティヴが原因、だろうか。

 

思考を奥底に沈めながら、僕は表向きの会話を続ける。

 

 

「……凄いですね」

 

「出来る事をやるだけなの。私は私に出来る事をね」

 

 

メイ叔母さんがダンボールを開封して、棚に物をしまっていく。

そして、僕の方へ振り返り……口を開いた。

 

 

「私はこうして、ボランティア出来るぐらいには恵まれているから。力ある人は、力なき人を助けなければならないの」

 

「……分かりますよ」

 

「えぇ。私の夫がよく言っていたわ。大いなる力には──

 

「大いなる責任が伴う……」

 

 

思わず、言葉が漏れた。

 

メイ叔母さんの作業をする手が止まった。

そして、僕の方を見た。

 

 

「あら?なんで知っているのかしら?」

 

「あ、いえ……その、昔……僕も言われた事があるんですよ」

 

 

僕が誤魔化すと、彼女は少し首を傾げた。

 

 

「……それは誰から?」

 

「それは……昔、僕が道に迷っていた時に、助けてくれた人が言ってました」

 

 

物理的に迷っていた訳じゃない。

心が迷っていた時のことだ。

 

メイ叔母さんは恐らく前者と思ったのか、納得したように頷いた。

 

 

「……えぇ、あの人らしい」

 

 

ベン叔父さんなら、道に迷ってる見知らぬ人すら助けようとするだろう。

 

小さく、呟いた言葉に同意しそうになって……止まる。

……僕が失った繋がり、失わせた記憶……代償は大きい。

 

 

「その──

 

 

僕は振り払うように、無理矢理会話を変える。

 

 

「最近、体調が悪かったりしますか?」

 

 

少し、失礼な質問かもしれない。

それでも、今の彼女の現状を見れば訊きたくなってしまった。

 

 

「……そう見えるかしら?」

 

「あっ、いえ、その……はい」

 

 

僕が頷くと、彼女はため息を吐いた。

 

 

「そうね、二年ほど前から……あまり体調は良くないわ」

 

 

やっぱり。

 

だったら、ミスター・ネガティヴが関係していて──

 

 

「この『F.E.A.S.T.』に来てから、随分とマシになったけれど」

 

 

……え?

 

 

「何でかしらね、人生に急に張り合いがなくなって……無気力になってしまっていたの。それが身体にも響いたのかしら」

 

 

それは……その、無くなってしまった人生の張り合いとは──

 

 

「そう、ですか……良かったですね、『F.E.A.S.T.』に来れて」

 

「えぇ、そうね」

 

 

甥である僕の事ではないだろうか?

 

二年前、急に……一人になってしまったから、ではないだろうか。

 

それはつまり、僕が……僕の、記憶を消したから。

 

その老いは特殊なスーパーパワーの被害じゃない。

ただ、人として……孤独を感じてしまった故の、老いなのだ。

 

 

「さて、作業を続けましょう?」

 

「……はい」

 

 

冷たい汗をかきながら、僕は頷いた。

 

叔母さんと一緒に『F.E.A.S.T.』の廊下を歩く。

車椅子に座った老人や、身なりの悪い人もいる。

そんな人達を助ける為に、叔母さんは頑張っているのだ。

 

……彼女自身も万全な体調ではないだろうに。

それでも。

 

……僕の行動は正しかったのだろうか。

僕の記憶を失った人達の事を、知らないフリして捨てていたんじゃないだろうか。

 

僕は叔母さんの後ろを歩き、倉庫代わりの部屋に入る。

 

 

「今度はこれを運んでくれるかしら」

 

「はい、勿論──

 

 

僕が頷いた瞬間──

 

 

「メイ」

 

 

声が聞こえた。

男の声に、僕と叔母さんは振り返った。

 

 

「あら、リーさん」

 

 

リー、と呼ばれたのは……『F.E.A.S.T.』の利用者とは思えないビジネススーツ姿のアジア系の男だ。

 

 

「どうも、私も手伝った方が良いかな?」

 

「いえいえ、今日はボランティアの若者が来ているのよ?」

 

「あぁ、そこの彼だね?」

 

 

メイ叔母さんと仲が良さそうだ。

人好きのする笑顔を浮かべて、僕に身体を向けた。

 

 

「はじめまして、私の名前はマーティン・リー。しがない輸送業者だよ」

 

「えっと、僕はピーター・パーカーです。学生です」

 

 

僕の名前を聞いたリーは目を瞬いて、メイ叔母さんへ視線を向けた。

 

 

「驚いた。メイと同じ苗字だ。親戚だったりするのかね?」

 

「あら、そんな事はないわ。もしかしたら、遠い親戚かも知れないけれど」

 

 

談笑しつつ、メイ叔母さんが僕へ視線を向けた。

 

 

「私から補足するわ。リーさんは、この『F.E.A.S.T.』プロジェクトを立ち上げた人よ」

 

「ここを?」

 

 

僕が視線を向けると、少し困ったような表情でリーは笑った。

 

 

「それは否定しないが……少し気恥ずかしいな」

 

 

謙遜するような口調からは、本当に気恥ずかしそうな感情が読み取れる。

 

……なるほど、メイ叔母さんが説明したがる訳だ。

 

 

しかし、マーティン・リー……か。

どこかで見たことのあるような顔をしていた。

 

何かが引っかかっていた。

こんなにも善い人なのに。

 

僕の見る目が節穴でなければ、彼は本当に善性に溢れている。

気を使うような素振りも、佇まいも、言葉遣いも。

 

だからこそ、どこで出会ったのか。

こんな人、忘れる事なんてない筈なのに。

 

僕の疑念を他所に、リーは僕に視線を向けた。

 

 

「君は幾つだ?」

 

「19です」

 

「そうか、まだそんなに若いのに手伝ってくれるなんて……素晴らしい事だ」

 

 

感心したような笑みを浮かべて、リーが僕の肩を叩いた。

 

 

「私が君ぐらいの歳の頃は、自分のことで精一杯だった」

 

「……そうなんですか?」

 

「あぁ、そうだとも。歳を重ねて、運が良い事に私は運輸業界で顔が利くようになった」

 

 

どうやら、リーは僕が想定していたよりも社会的地位の高い人間らしい。

しかし、それを驕っている訳ではないようだ。

 

 

「私は力を手にしたんだ。だから私にしか出来ない事をしている」

 

 

まるで叔父さんのような事を言っている。

……そう思った。

 

 

「それが私が『F.E.A.S.T.』を作ったキッカケだ。力ある者は、虐げられる人々を助ける必要があるからだ」

 

「……その意見には凄く賛成出来ます」

 

「そうか、君もそう思うか?」

 

 

リーは嬉しそうな顔をした。

そしてまた、僕の肩を叩いた。

 

 

「君さえ良ければ、また『F.E.A.S.T.』の学生ボランティアに申し込んでくれると助かるよ」

 

 

目があって……リーは視線を逸らし、メイを見た。

 

 

「さて、メイ。邪魔をしたね。帰らせてもらうよ」

 

 

思わず、僕は声を漏らした。

 

 

「来たばかりなのに、ですか?」

 

「あぁ、こう見えて少し忙しい立場なんだ。今日は隙間を見て来たに過ぎないよ」

 

「そうなんですか……」

 

 

僕が頷くと、彼はメイ叔母さんの方へ視線を向けた。

 

 

「では、メイ。また今度来るよ」

 

 

そして、スーツの袖を撫で……彼は頭を下げて部屋を出ていった。

メイ叔母さんは……笑顔で見送った。

 

 

「……立派な人ですね」

 

「えぇ、とても」

 

 

……僕は叔母さんの顔も向けず、口を開いた。

 

 

「メイさん」

 

「えぇ、何かしら?」

 

「えっと、その──

 

 

言葉を探す。

何を言おうとしたのか。

自分でも分からなくなって……喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 

 

「……このダンボールは何処に運べば良いですか?」

 

「あら、ごめんなさいね。こっちよ、ついて来て」

 

 

メイ叔母さんの後ろを歩きながら、僕は小さく息を吐いた。

 

僕は逃げているのだろうか。

失わせてしまった記憶から、消えてしまった繋がりから。

 

……本当の事を言って、もし信じて貰えなかったら……なんて、逃げてしまっているのだろうか。

 

記憶の消失は、僕がスパイダーマンである事と強く結びついている。

僕の正体を彼女に教えるという事は、巻き込んでしまうという事だ。

 

だから、なんて……理由を見つけて、話せずにいる。

 

答えの出ない悩みに、僕は気持ちを落とした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

そして時間が経ち、空はオレンジ色に染まっていた。

 

 

「二人とも今日はどうもありがとうね。とても助かったわ」

 

「えっと、僕も貴重な経験が出来て……良かったです」

 

 

 

ミシェルと並び、メイ叔母さんに挨拶をする。

駄賃だと叔母さんが焼いたラズベリーのパイを手荷物にして──

 

 

「メイさん」

 

「えぇ、何かしら?」

 

「また、来ても良いですか?」

 

 

これは未練だ。

家族との絆に対する未練。

失ったモノに対する執着が、言葉になってしまった。

 

しかし、叔母さんはそんな僕の内心に気付かず、嬉しそうに笑った。

 

 

「えぇ、勿論よ。あなたのガールフレンドも、遊びに来てくれたって構わないのよ」

 

 

ガールフレンド、という言葉にミシェルは口を……ほんの少し窄めた。

ずっと一緒にいる僕ぐらいにしか分からない小さな変化だ。

 

でも……あれ、どういう感情なのだろう。

 

あぁ、そっか。

彼氏の母親にガールフレンドと公認されたから、照れているのだ。

 

とりあえず、叔母さんへ視線を戻す。

 

 

「えーっと、ではまた、来させて貰います」

 

「えぇ、今日は本当にありがとうね、ピーター」

 

 

名前を呼ばれ、心臓が少し跳ねた。

……思い出して、少し悲しくなった。

 

泣き出さないように堪えて、この感情に気付かれないよう……手を振って、別れた。

 

ミシェルと二人、並んでクイーンズの街を歩く。

 

 

「……ピーター、大丈夫?」

 

「え、あ……うん。大丈夫だよ」

 

 

僕が笑うと、彼女は少し眉尻を下げた。

……僕は話題を変える事にした。

 

 

「それよりもゴメン。勝手な約束したりして」

 

「ううん。ボランティアしたいなら、私も手伝う。大丈夫」

 

 

そう言いつつも、ミシェルは僕が何故、ボランティアをしたがっているのか……いいや、『F.E.A.S.T.』に行きたがっているのか分かっているのだろう。

 

そして、彼女は気付いていながらも口にしなかった。

それはきっと、思いやりだ。

 

 

 

そうして、それ程遠くない僕の部屋まで帰って来た。

ミシェルが手慣れた様子で、メイ叔母さんが焼いてくれたパイを切ってくれた。

彼女は刃物の扱いが上手い。

 

 

パイを皿に乗せて、机でミシェルと向かい合う。

 

 

僕は一切れ手に取って──

 

 

口にすれば──

 

 

…………。

 

 

「……ピーター?」

 

 

涙が溢れてしまった。

 

だってこれは。

 

僕が誕生日に食べた味だ。

小学校の入学祝いで食べた味だ。

何でもない日に食べた味だ。

ベン叔父さんとメイ叔母さんと食べた味だ。

家族の味だ。

 

それがもう、戻れないという事を思い出して……無かった事になってしまったのだと気付いて……堪えられなくて──

 

 

ふと、柔らかい感触が僕を包んだ。

 

 

「……ミシェル」

 

 

 

抱きしめられているのだと、気付いた。

 

優しく、ただ優しく。

……涙を堪えて、僕は彼女と向き合う。

 

ミシェルは小さく、穏やかに笑った。

 

 

「安心した?」

 

「……ごめん、ありがとう」

 

「ん、どういたしまして」

 

 

また向かい側の席に座り、彼女もパイを食べ始めた。

僕は苦笑しながら、息を吐いた。

 

 

「僕……最近、涙脆くなった気がするよ」

 

「涙が出るのはピーターが優しい証拠」

 

「……そうかな?」

 

「もしくは歳を取ったから」

 

「……はは、優しいって事にしておいて」

 

 

にこやかに会話しながらパイを口にする。

全部食べ終えると……ミシェルは少し、真面目そうな顔で口を開いた。

 

 

「今日の調査結果、共有しようと思う」

 

「うん……と言っても、僕側は……その──

 

「いい。仕方ないから」

 

「……ごめん」

 

 

 

ボランティアは口実で調査する予定だったのに、本当にボランティアしかしていなかった。

 

 

「……私、ホントに気にしてないから、大丈夫」

 

 

そう言いながら、ミシェルはポケットから携帯端末を取り出して僕に見せた。

画面には写真が……何やらオフィスのようなものが写っていた。

 

 

「これは?」

 

「『F.E.A.S.T.』内のオフィス」

 

「……何でそんな写真撮れたの?」

 

「ボランティア中にコッソリ……抜け出して」

 

 

ミシェルが画面をスワイプすると、壁の絵画が大きくずれて……金属製のドアが姿を現していた。

 

 

「え?」

 

「隠し扉。開けると──

 

 

また、写真が切り替わる。

 

コンクリートで囲われた一室だ。

簡素な部屋にデスクや紙が散らばっている。

 

 

「地下に隠し部屋があった」

 

 

壁に貼られた大きなニューヨークの地図。

そこには赤いペンで何か記されている。

 

ペンの入れられた位置には覚えがある。

『デーモン』が襲撃した施設だ。

 

壁には伝統的な悪魔のマスクが飾られている。

 

 

「……これって」

 

「そう。ミスター・ネガティヴの隠し部屋」

 

 

彼女がまた画面を弄る。

 

床が映し出される。

そこには何か重い物を引き摺った跡がある。

 

 

「この地下室は外の駐車場と繋がってる。ここにあったのは──

 

「『デビルズブレス』だよね」

 

「そう。私がここを発見したのは16時頃。動かした痕跡は真新しい……今日中に付いた傷」

 

「……今日?」

 

「ん。昨日の逃走後、一時的に置いていただけだと思う……そしてそれを、持ち出した」

 

 

目を細めて、僕は顎に手を当てる。

 

それならミスター・ネガティヴの正体は……今日、『F.E.A.S.T.』に来た誰かになるだろう。

……昨日の、ミスター・ネガティヴの……白と黒が反転した姿を思い出す。

 

白い、ビジネススーツ。

黒いビジネススーツを反転させた色。

 

 

「……ミシェル。そのオフィスは誰の部屋なの?」

 

 

嫌な予感がした。

的中して欲しくない予感だ。

 

 

「……このオフィスは──

 

 

全く似ていない。

正反対と言って良い。

 

だけど、ミスター・ネガティヴは白と黒を反対にしたような姿をしている。

その性質も、姿の通りだとしたら。

 

悪性(ネガティヴ)善性(ポジティヴ)の表裏……真逆の性質。

 

だからこそ──

 

 

「『F.E.A.S.T.』の出資者、名前は……マーティン・リーの部屋」

 

「……そ、っか」

 

 

予感は的中した。

 

彼は……騙しているのだろうか?

『F.E.A.S.T.』の人達を、メイ叔母さんを。

 

……僕の目が腐っているのでなければ、彼は真摯に向き合っていた。

それに、私財でボランティア施設に出資する意味もない。

 

……ミスター・ネガティヴの過去を思い出す。

ミシェルが話してくれた事を。

 

傷付けられた過去、そして復讐心。

 

本質は善性なのだとしたら、どうして……他人を巻き添えに出来るのだろうか。

 

分からない。

今日出会ったマーティン・リーの姿と、ミスター・ネガティヴの姿が重ならない。

 

……違う。

重なる訳がないんだ。

彼は真逆なんだ。

 

光と闇、善性と悪性の……反対。

真逆の存在が重なる訳がない。

 

 

「ピーター?」

 

「……マーティン・リーとは今日、会ったよ。『F.E.A.S.T.』の中で」

 

 

状況からして、あの時……『F.E.A.S.T.』に隠していた『デビルズブレス』を回収したのだろう。

 

僕はもう、彼がミスター・ネガティヴなのだと確信していた。

だからこそ、内心に不安があった。

 

彼は『F.E.A.S.T.』の出資者だ。

彼がいなくなれば……『F.E.A.S.T.』はどうなる?

 

それは分かっている。

 

だけど──

 

 

「……止めないと」

 

 

これ以上、マーティン・リーに罪を犯させてはならない。

彼の善性を信じるのであれば、信じるからこそ……これ以上、悪事を働いて欲しくはない。

 

助けなければならない。

 

巻き込まれる人々も。

邪悪なマフィア集団も。

事件を引き起こす復讐者も。

 

全員、助けなければならない。

……誰も見捨てるつもりはない。

 

 

「……ピーター、私も居るから」

 

「え?」

 

 

ふと、彼女から言葉を投げ掛けられた。

 

 

「何もかも一人で抱え込まなくていい。私も一緒に戦うから」

 

 

……そっか。

 

そうだ。

 

 

「……ありがとう」

 

 

僕は一人じゃない。

それなら、重荷は分かち合える。

 

ミシェルは頬を緩めて……ふと、顔を引き締めた。

 

 

「ん、ごほん」

 

 

そして、可愛らしい咳払いを一つ。

 

 

「結局、『デビルズ・ブレス』の現在位置は行方不明」

 

「……なら、予定通り明日の決行直前に奪取するってことでOK?」

 

「ん。『S.H.I.E.L.D.』のエージェント達が街中を探してるけど……深追いし過ぎて街中で起動されたら目も当てられないし」

 

 

彼女が頷いた。

しかし、僕の内心は不安でいっぱいだ。

 

 

「……やっぱり、フェリシアの持ってる解毒剤が欲しくなるね」

 

 

僕がポツリと溢すと、ミシェルが目を瞬いた。

 

 

「連絡したら?」

 

「……連絡先知らないし」

 

 

ミシェルは困惑の表情を浮かべ、眉を顰めた。

 

 

「……どうやって、取引するつもりだったの?ピーター」

 

「え?いや……フェリシアって何故か、いつもタイミングよく合流してくれるし──

 

 

ガタン、と音がした。

ミシェルが椅子から立ち上がった音だ。

 

 

「ミ、ミシェル?」

 

「…………ピーターはお人好し過ぎる」

 

 

苦言を呈しながら、ずんずんと部屋の中を歩き……部屋干し中の僕のスーツを手に取った。

洗濯後の若干しっとりしているスーツだ。

 

 

「え、あの、何してるの?」

 

「…………」

 

 

ごそごそとスーツを撫でるように触っている。

目を閉じて……手を引き抜いた。

 

 

「……やっぱり」

 

 

ミシェルが無言で手のひらを見ている。

僕もそれを覗き込み……何か、小さな破片が乗っていた。

 

 

「……不用心」

 

「え?」

 

「これ、位置情報の発信機。裏で流通してるメジャーなタイプ」

 

 

思わず目を見開く。

誰かが僕を追跡していたのだ。

 

一体誰が──

 

 

……あ、そっか。

 

 

「フェリシア……?」

 

「そう、彼女に気を許し過ぎ」

 

 

ミシェルが凄く眉を顰めている。

怒ってる。

 

 

「ご、ごめん、気をつけるよ……」

 

「……女の子にべたべた抱き付かれても、気を許したらダメだから」

 

「うっ……ハイ……」

 

 

何も反論出来ない。

フェリシアがもし悪意を持って行動していたら、今頃僕は……いや、僕の周りにいる人にも危害が及んでいた筈だ。

 

で、でも、綺麗な女性に抱きつかれたから気を許した訳ではない。

ただ、彼女が悪意を持っていないから……なんて口が裂けても言えない。

 

何だか浮気の言い訳みたいになっているからだ。

 

 

「ごめん、ミシェル……」

 

「…………」

 

 

気持ちを落ち込ませていると……ミシェルに手を引かれた。

軽く、ハグされる。

 

 

「ピーターは……独占欲の強い恋人は嫌い?」

 

 

耳元でそう囁かれる。

背筋を撫でられるような感触。

 

僕は首を小さく横に振る。

 

 

「ううん、僕は……好き、だと思う」

 

「……ん、ありがと」

 

 

そのまま解放されて、僕は胸を押さえた。

心臓が爆発しそうな程、ドキドキしていたからだ。

 

 

「許してあげる」

 

 

ぽつり、とミシェルが呟いた。

 

彼女が嫉妬してくれるという事は、それだけ僕を好きでいてくれるという事で……その気持ちには応えなければならない。

 

気を引き締めないと──

 

 

「でも、気をつけてね」

 

 

気を、引き締めないと……。

 

 

「ピーター、ハニートラップとか引っ掛かりやすそうだから」

 

 

気を引き締め……うん、そんなに?

 

僕が悪いとはいえ……気持ちが落ち込む。

 

 

「……僕って信頼ない?浮気とかしそう?」

 

「ううん、逆」

 

 

……逆?

ミシェルが小さく頬を膨らませた。

 

 

「誰にでも優しいから……」

 

「……そうかな?」

 

「自分の魅力に自覚がないし」

 

「……え?どういうこと?」

 

 

ミシェルが目を細めて、ジトっとした視線を向けてくる。

 

 

「……危機感もないし。私が頑張らないと」

 

「……え、その……何か勘違いしてない?」

 

「してない」

 

 

ミシェルは僕の事を過剰評価する傾向がある。

そんな女性にモテるなんて事ないし……ありえないし。

 

……うん、気のせいだ。

 

頭を悩ませていると、ミシェルに脇腹を突かれた。

 

 

「兎に角、この発信機を使ってフェリシア・ハーディを逆探知する」

 

「……そんな事できるの?」

 

 

ミシェルが手元の携帯電話を出した。

 

 

「トニー・スターク製の便利アプリがいっぱい入ってる。この発信機の電波元を逆探知する事も簡単」

 

「へ、へぇ……」

 

 

ミシェルが弄っている携帯電話を覗き込む。

 

……あ、ホーム画面、僕と自分のツーショットにしてるんだ。

 

僕がそれを知って顔を赤らめても、ミシェルは気にせず画面を見ていた。

 

そして──

 

 

「ふふ」

 

 

笑っていた。

 

頬を吊り上げて。

 

 

「これで泥棒猫(ブラックキャット)を捕まえる……」

 

 

……どこかで聞いた話だけど、笑顔というのは本来攻撃的なものらしい。

獣が牙を剥く、とか……そういう。

 

何で今、そんな事を思い出したのか。

……まぁ、それは置いておこう。

 

僕に出来る事は、大きなトラブルにならない事を祈るだけだ。




来週、土曜日更新予定です。
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