【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
あの後、ミシェルは『デビルズ・ブレス』の解毒剤を『S.H.I.E.L.D.』本部に届けに行った。
当日の作戦会議も行うらしく……合わせて、僕も
マーティン・リー……ミスター・ネガティヴの居場所も、『デビルズ・ブレス』の所在も分かっていない。
このまま、逃げ切られれば何時爆発するか分からない爆弾をニューヨークに残している事になる。
『デーモン』達の目的地が分かっている現状、これを利用して叩くしかない。
『デビルズ・ブレス』は設置後、即座に起動できる訳ではない。
彼等も巻き添えになってしまうからだ。
設置後、退避し……その後に起動するしかない。
勝負はその隙間、設置してから起動されるまでの間だ。
太陽が昇った。
僕は顔を洗って、タオルで拭く。
スーツを着る。
マスクをかぶる。
鏡には
……深呼吸して、僕は窓から飛び出した。
引っ張って、上に飛び上がる。
そして、落下の勢いを活かして加速する。
生まれ育った街の空を駆けて、目的の場所に着地する。
『マギア』の居るビル……ではない。
そこから500メートルほど離れた小さなビルだ。
空いている窓から中に滑り込む。
顔を上げる。
何人も、防弾チョッキ等の装備を着込んだ人達がいる。
彼等の持つ盾には『S.H.I.E.L.D.』の記載があった。
『S.H.I.E.L.D.』のエージェント達だ。
彼等は入って来た僕に視線を向け──
『少し早いが、時間通りだな』
ヴィブラニウム製のスーツを身に纏ったミシェル、ナイトキャップに声を掛けられた。
「まぁ、今日みたいな日に寝坊なんて出来ないからね」
緊迫した空気の中、軽口を叩きながら彼女の側に寄る。
……予め、僕が来るって伝えてたみたいで『S.H.I.E.L.D.』のエージェント達から質問は来ない。
しかし、興味というか警戒心というか、そういった物を少なからず感じられた。
「それで、現状は?」
『『マギア』が少しずつビルに集合している。場所はセンタービルの12階の広間だ』
ミシェルが部屋の中央に置かれた液晶が貼られた机を叩くと、宙にホログラフィックが表示された。
ハイテクだ。
多分、スターク社製。
『現在の参加者数は想定値の47%、そして『デーモン』達の影も見え始めている』
ミシェルがタブレットを僕に見せた。
幾つか、写真が写っている。
真っ黒な大型車両、そこから引き出されている大きなコンテナだ。
……『デーモン』達のアジトで見たものと一緒のデザインだ。
「……これのどれかが『デビルズ・ブレス』?」
『恐らく。殆どはダミーで確証は持てない……全てがダミーの可能性もある。確証が持てるまでは行動には移せないだろう』
ここで逃げられては全てが無意味になってしまう。
ミシェルが腕を組んだ。
『ビル内にいる従業員達は既に退避済みだ。現在、中に居るのは『マギア』の構成員と……『S.H.I.E.L.D.』の用意した従業員の影武者だ』
僕は頷く。
最悪、無関係な人が巻き込まれないようにする配慮だろう。
……いや、『S.H.I.E.L.D.』のメンバーだからって死んで良い訳ではない。
『ビル内の監視カメラがまだ生きているが、デーモン達によって破壊される事も視野に入れている。兎に角、『デビルズ・ブレス』が搬入された事が確認でき次第、突入し──
電子音が鳴った。
部屋の隅にある通信機器からだ。
ミシェルと僕が一瞥すると、エージェントの一人が通信機器のインカムを手に取った。
「……何かあったのかな?」
『……良いニュースでは、ないようだな』
インカムを手に取ったエージェントの顔が強張っていた。
ミシェルも遅れて、通信機器のある部屋の隅へ移動し始めた。
『何かあったのか?』
彼女がエージェントの肩を叩くと、少し跳ねた。
そして振り返り、頷いた。
「『マギア』が襲撃を……』
『『マギア』?『デーモン』ではなく?』
僕も首を傾げた。
『デーモン』が撹乱のために別の場所を攻撃するなら分かる。
でも、何故『マギア』が?
「『マギア』は『デーモン』の攻撃を察知したようで、『デーモン』の拠点に先制攻撃を仕掛けようとしているそうです」
『……何故、このタイミングなんだ?』
「『マギア』内にいる諜報員からは……先程、何者かの密告があったそうで」
『『デーモン』による自作自演か?本命を通すために、別拠点への攻撃を誘導した……のか?』
答えは分からない。
ただ、現在進行形で『マギア』が『デーモン』達の拠点を攻撃しようとしている……という事だけが分かった。
つまり、今現在、『デーモン』が『マギア』を攻撃しようとしている最中なのだとは知らず……それでも攻撃する意思があると教えられ、阻止するつもりで攻撃したのか。
『マギア』に密告した奴は、間違いなく『デーモン』側の奴だろう。
そうじゃなければ間抜けだ。
ミシェルは腕を組み、エージェントに目を向けた。
『場所は?』
「ここから南西、12キロメートル。襲撃予定場所の建造物は……『F.E.A.S.T.』ビルです」
え?
一瞬、脳が理解を拒否した。
何で、『F.E.A.S.T.』を?
何で、『F.E.A.S.T.』が?
あそこはボランティアと老人やホームレス達しかいない場所だ。
……確かに、ミスター・ネガティヴの正体であるマーティン・リーが運営しているけれど、関係はない筈だ。
……あそこには、メイ叔母さんが居る。
視界がぐにゃりと歪んで──
僕の肩に、手が乗った。
「あっ……」
『落ち着いて、ピーター』
ミシェルが僕に顔を近づけた。
『S.H.I.E.L.D.』の他メンバーには聞こえないように小さな声で、いつもの口調で囁いてくる。
『叔母さんが心配なのは分かる。ここは私達に任せて、ピーターは『F.E.A.S.T.』に行って』
「ミシェル……」
『もし叔母さんが死んでしまったら……後悔するから。貴方も、私も』
ミシェルが顔を退けて、数歩下がった。
そして、インカムを持ったエージェントに顔を向けた。
『『マギア』の進行状態は?攻撃までの猶予は?』
「2……いえ、15分程です」
マスクの下で目を瞬く。
短すぎる。
また、メイ叔母さんの顔が脳裏に過ぎった。
ミシェルが僕を一瞥し、エージェント達に指示を飛ばす。
『特務班B、医療班Cは『F.E.A.S.T.』ビルへ迎え。そして──
ミシェルがまた、僕を見た。
僕は震える膝を叩いて、頷いた。
『頼む』
「うん……ありがとう。そっちも無事で!」
『任せておけ』
僕は走り出し、ビルの窓から飛び降りた。
猶予は15分。
徒歩では不可能、車でも間に合わない。
『S.H.I.E.L.D.』のエージェント達より早く向かって、『マギア』達を止めないと!
速く。
ビルの壁を蹴って、加速する。
速く!
空を駆けて、先日見たばかりの『F.E.A.S.T.』ビルの前に着地する。
まだ攻撃された様子はない。
胸を撫で下ろしながら、ドアを開ける。
利用者とボランティアの視線が僕に集中する。
「あら?」
「え?誰かしら?」
「俺知ってるぜ、スパイダー坊やって奴だろ」
内心で『坊や』じゃなくて『マン』だって、悪態を吐きながら……駆け寄ってくるメイ叔母さんを見つけた。
「あの、どうかしたのかしら?何で──
「今すぐ、ここから逃げて下さい……!」
「……え?」
僕の大きな声は、静かな『F.E.A.S.T.』ビル内に通った。
視界に、困惑する表情を浮かべる人が見えた。
デイリービューグルの新聞を広げる老人の姿が見えた。
「あっ……」
……しまった。
僕は政府から公認されているヒーローじゃない。
信用なんてあったもんじゃない。
拙い。
今は一刻も争う状況なのに、僕の言葉に疑念を抱かれたら──
「分かったわ」
「え?」
僕の心配を他所に、メイ叔母さんが頷いた。
「聞いてたでしょう?全員、地下のシェルターに避難して!」
「……お、おう」
「メイさんがそう言うのなら……」
あまりにも、あっさりと上手くいく物だから僕は困惑していた。
そんな僕に、メイ叔母さんは目を向けた。
「あら、どうかしたの?」
「……いえ、すぐに信用して貰えるとは思ってなかったので」
周りではボランティアが先導して、利用者を地下シェルターへと連れて移動している。
だけど、メイ叔母さんは僕へ向き合って……小さく笑った。
「だって貴方、良い人なんでしょう?」
「……良い人?」
「えぇ、もうシェルターに行ったけれど、ヘンリーやブラウン、マーシーは貴方に助けられた事があるって自慢していたわ」
そう言って、メイ叔母さんもシェルターに向かおうと僕に背を向けた。
「それなら、貴方はヒーローよ。誰かのために無償で空を飛び、助けて、戦って……他人のためにそれだけ頑張れる人を、どうして疑う事が出来るのかしら?私には無理ね、疑えない」
「……メイ叔──
思わず、口から漏れてしまった名前に噤む。
そして、メイ叔母さんが振り返った。
「あら、どうして私の名前を?」
「あ、あぁ、いえ、えっと──
困っていると、メイ叔母さんはくすりと笑った。
「まぁ、言いたくないなら言わなくても良いわ……それよりも、これから何が──
ガシャン、天井に近い窓ガラスが割れた。
「っ、危ない!」
メイ叔母さんを途中で抱き抱えて、地面を滑った。
……先程まで居た場所に砕けたガラス片が突き刺さった。
「ほら、早く逃げて!」
「え、えぇ……ごめんなさいね?」
「良いから!」
助けられて申し訳なさを感じているメイ叔母さんを遠ざけて、僕は割れた窓の縁に
ガラスのなくなった窓の縁に着地して、『F.E.A.S.T.』ビルから顔を出した。
真っ黒な大型車両が2、3……4台。
揃いも揃って真っ黒だ。
何で悪人達は真っ黒な車に乗りたがるんだろう。
これって黒い車のオーナーへの風評被害にならない?
真昼間のニューヨークで、アサルトライフルなんか持ち出して……黒いスーツまで着ちゃって。
『マギア』は時代錯誤なギャング組織だよ、全く。
その中の一人、巨漢が前に出てくる。
病的なほど青白い肌、角刈りの白髪、尖ったサメのような歯……困ったな、僕の知り合いだ。
「何故、貴様がここに居る?スパイダーマン」
「ボランティアで来てるんだよ。居たらダメかな?ロニー」
とびっきり凶悪な奴。
名前は……ロニー・トンプソン・リンカーン。
「いいや、俺様は『トゥームストーン』、拳で語る男だ!邪魔するなら叩き潰してやる!」
そう言って、僕に向かって走り出した。
武器も持たずに。
……まぁ分かるよ。
コイツは下手に武器を持つより、素手の方が恐ろしい。
でも──
……このまま、『F.E.A.S.T.』に入られるのは拙いな。
窓から飛び出して、黒い車のボンネットに着地する。
ベコッと大きな音がした。
おっと……でも、修理代を払う気はない。
マフィアってちゃんと車の保険に入ってる?
周りの『マギア』の構成員達が僕へ武器を向ける。
アサルトライフルだ。
周りには野次馬。
離れてるつもりかも知れないけど、それじゃあアサルトライフルの流れ弾を喰らって死んじゃうよ。
はやく逃げてくれないかな。
と、言ってる暇もない。
僕はボンネットを蹴って、宙へ飛ぶ。
アサルトライフルの銃口も上へ向く。
……当たったら痛いじゃ済まないね。
そのまま、
銃口が僕を追ってきて……発砲!
「おっと!」
気が早い奴らだ、ちゃんと狙って撃ってくれ。
じゃないと、巻き添えが出ちゃうかも知れないだろ。
「立派なのは見た目だけ?ちゃんと当てないと意味ないよ!」
僕が挑発すると同時に、トゥームストーンが叱責する。
「馬鹿どもめ!落ち着いて狙え!」
反動で接近して、顔面に蹴りを一発。
加減は少なめだ。
今この状況で、相手の怪我を考えられるほど僕はお人好しじゃない。
着地した瞬間、また宙を飛んで……今度はエレクトリック
「ぎっ」
「ぐあぁっ」
一人、また一人と気絶させて──
僕は地面を蹴って、宙へ飛んだ。
直後、僕のいた場所にトゥームストーンが拳を叩きつけた。
コンクリートで出来た地面がひび割れて、捲れ上がる。
「うわ、凄いパワーだね」
「だろう?今すぐ、コイツをお前にブチ込んでやる!」
「それは遠慮したい、かなっ!」
中指でトリガーを押し、
「ぬ!?うぉぉっ!?」
トゥームストーンの顔に命中して、よろめいた。
チャンスだ。
僕は地面を蹴り、滑って……足払いをする。
バランスを崩したトゥームストーンがよろめいて、尻餅をついた。
……その瞬間、また
振り返り、
僕に向けていたアサルトライフルの銃口が跳ね上がり、壁に付着した。
放たれた弾丸は、街灯を打ち抜き……大きな音を立てた。
「ぬぅっ!」
そして、背後から大きな声が聞こえて──
「え?うわぁっ!?」
振り返ると、トゥームストーンが突進して来た。
僕の身体にタックルが命中した。
「
……コイツ、顔の半分が
吹っ飛ばされた僕は地面に転がる。
くそっ、トラックに轢かれたような衝撃だ。
身体中の骨が軋んで、鈍い痛みが身体を走る。
脳も揺れたのか、少し視界が点滅している。
「墓石の下に沈めてやる」
「……それって、決め台詞かな?考えたのは……マーケティング担当?」
「俺様に決まっているだろう!」
追撃が来る!
僕は無理やり立ち上がって、トゥームストーンを蹴り飛ばし──
「ふん、蚊でも止まったか?」
鉄の塊を蹴ったかのような感覚。
トゥームストーンは化学物質を摂取した結果、突然変異を引き起こした超人だ。
皮膚は硬く、筋力は強く、反射神経は鋭い。
つまり、スーパー荒くれ者って事。
僕は足を掴まれて、引っ張られる。
「あぁっ!?」
そのまま投げ飛ばそうと、トゥームストーンが手を離した瞬間、僕は
吹っ飛ばされた勢いを活かして、街灯へ巻きつけてながら回転する。
「危ないなぁ……!」
「小賢しい真似を!」
「褒め言葉として受け取っておくよ!」
地面を蹴って、トゥームストーンに接近する。
「ふんっ!」
「おっと!」
再び地面を蹴って、接近する。
「ちょこまかと!」
弾丸のような左ストレートを回避して、通り過ぎながら
街灯や壁に
「鬱陶しい真似をする、な!」
「ごめんね、君と真正面から殴り合うつもりはないんだ」
「このぉっ!」
彼を車に接着しても意味はない。
だって凄い怪力で車ごと突っ込んで来るから。
ビルに貼り付けても、外壁を剥がして突っ込んで来るだろうね。
なら、どうすればいいか。
ありとあらゆる物に貼り付ければ良い。
身体を少しも動かせなくなるぐらい、固定するんだ。
蜘蛛の巣のように周りに張り巡らせて、前にも後ろにも、右にも左にも、何処も動かせないようにする。
「後ろから失礼!」
背後から急接近して、トゥームストーンの膝裏を蹴る。
「ぐぅっ!?」
「大人しくしててね」
膝から崩れたトゥームストーンを、地面へと
随分と沢山、
街灯に
「これにて一見落着だね」
「貴様ぁ……!」
「凄んでも全然怖くないよ……嘘、水族館でサメを見てるぐらいには怖さがあるかも──
「やれ!アンソニー!」
トゥームストーンが叫んだ。
瞬間、僕は振り返った。
マギアの一人が立っていた。
身体に火傷が残るだろうに……それでも、身体ごと火で炙って脱出したんだ。
拙かった。
奴等のことを甘く見ていた。
想像以上のバカだ。
持っている武器は……ロケットランチャー!?
こんなの、街中で撃たせる訳にはいかない!
「待っ──
狙いは僕じゃない。
『F.E.A.S.T.』だ!
直接的な攻撃じゃないから、
もう、トリガーに指が掛かっている。
脳裏に、メイ叔母さんの顔が浮かんだ。
『F.E.A.S.T.』の人達の顔が浮かんだ。
ダメだ。
ダメだ、ダメだ、ダメだ!
幾らシェルターがあると言っても、あんなのが直撃したら──
瞬間、ワイヤーのようなものがロケットランチャーを巻き取った。
発射口が跳ね上がった。
「え?」
「何……!?」
弾頭は『F.E.A.S.T.』の中心部に直撃せず……屋上付近を破壊した。
周りのビルの窓ガラスが割れて……大きな音に驚いた、野次馬達が慌てて逃げ出した。
『F.E.A.S.T.』ビルが崩れて、半壊した。
……地下シェルターに避難している限り、瓦礫の落下程度では……怪我人も出ないだろう。
我に帰った僕はロケットランチャーを撃った構成員をウェブで拘束し……地面に降りる。
「何が──
「こんにちは、スパイダー」
目の前に黒い、しなやかな猫……いや、黒いライダースーツを着た女性が着地した。
「……フェリシ──
「くそっ!何だ!何者だ貴様!俺様の邪魔をするとは良い度胸だな!」
……トゥームストーンがうるさいな。
思わずマスクの下で眉を顰める。
フェリシアも眉を顰めていた。
「お口にチャック、お静かに」
「んんんんっ!んぐぅっ!」
……まだうるさいけど、これで少しはマシかな。
僕は立ち上がって……足元の砂埃を払い、瓦礫の山になってしまった『F.E.A.S.T.』へと向かう。
フェリシアも僕に続いて、横を歩く。
「スパイダー。何か言うことはあるかしら?」
「……ありがとう。凄く助かったよ」
「そう、どういたしまして」
僕は瓦礫を避けて、フェリシアと会話する。
彼女は少し上機嫌だ。
……地下シェルターの入り口、恐らく瓦礫で埋まっている筈だ。
少なくともメイ叔母さん達の安否を知れないと、安心できる気がしない。
「でも、フェリシア。どうしてここに?」
「私、タダ働きは嫌なの」
「え?うん……そうだね?」
僕は頷きながら、大きなコンクリート片を投げ捨てた。
結構、重かったな。
「ねぇ、見て?これ、何だと思う?」
そう言ってフェリシアが手を見せた。
赤、緑、青……色々な宝石の付いた指輪をはめていた。
「……随分とお洒落してるね」
「分かってないわね。こんなのお洒落じゃないわ」
……その言葉に、僕は目を細めた。
お洒落じゃないとしたら……戦利品を自慢しているのだろう。
眉を顰める。
「もしかして盗んだの?」
「そう、『マギア』からね。出張っていたから赤子の手を捻るようなものだったわ」
「……あー、そうなんだ」
僕はため息を吐いた。
悪い奴らだからって盗みを働いて良い訳ではない。
僕は頭を抱えたくなりながら、瓦礫を退けて行く。
「で、『マギア』に盗みに入ったら……トランシーバーから拠点に攻撃するって聞こえたの」
「……だから来てくれたの?」
「いいえ?貴方が襲撃場所に居ると知ったからよ?」
つまり、フェリシアは『F.E.A.S.T.』を助けに来た訳ではなく、僕を助けに来たという事か。
……ん?あれ?
「……何で僕がここに居るって気付いたの?」
「企業秘密よ」
ちょっと、頭痛がした。
発信機はミシェルが取り除いた筈なのに……あ、もしかして。
「……昨日、僕と会った時に発信機付け直した?」
「……さぁ?」
凄く、頭痛がした。
そんな僕をニヤニヤと見ながら、フェリシアが瓦礫に腰掛けた。
一応、僕の瓦礫撤去の邪魔にならないように、場所は選んで座っている。
「それより、貴方の恋人は?今どうしてるの?」
「え?……あぁ、別件。というか、『デーモン』関係だよ」
……今頃、ミシェルは『デーモン』と戦っているだろうか。
瓦礫を退け終えたら、手助けしに行かないと。
「ふーん、そう……」
大きな瓦礫を退ける。
……ひしゃげた金属の板が見えた。
これ、地下シェルターのドアかな。
……瓦礫があるから大きくは動かせないけど、少しは開けそうだ。
ひしゃげたドアをズラすと──
「……良かった。みんな、無事かな?」
やっぱり、地下シェルターだったみたいだ。
ドアを開けた僕に気付いたようで、メイ叔母さんが駆け寄って来た。
「え、えぇ……さっき、凄い音がしたけれど、何だったの?」
少し怯えた様子で、メイ叔母さんが訊いてきた。
「……ロケットランチャーが撃ち込まれて──
「えぇ!?何故そんな……」
この『F.E.A.S.T.』の出資者であるマーティン・リーがマフィアに喧嘩を撃ったからだよ、とは口が裂けても言えないな。
「待ってて、今すぐ、ここから出られるように瓦礫を退けるから!」
僕はドアの稼働に干渉している、大きな瓦礫に手を触れる。
……これ、屋根と直結してる柱だ。
瓦礫というには大き過ぎるほど……大きい。
だからと言って、戸惑ってばかりでは居られない。
指を隙間に入れて、力を込める。
「……ふっ!」
重い。
重過ぎる。
でも少しずつ、少しずつ動いてる。
だけど、くそっ、腰にダメージが入りそう。
「ぐ、ぎぎぎっ……!」
僕がそうやって力を込めているのを……ドア越しで、メイ叔母さんが見ていた。
……そして、口を開いた。
「ねぇ、少し話しても良いかしら」
「え?今、今じゃなきゃ、ダメ!?」
全力で瓦礫を押したり、持ち上げたりしながら叔母さんの方を見る。
「さっき、あの人と話しているのが聞こえたのだけれど……」
メイ叔母さんが指差した方を見る。
フェリシアが僕へ手を振っていた。
「貴方の恋人……別の所で戦っているのかしら?」
「え!?え……っと……うーん、まぁ、そうだよ!」
誤魔化そうと思ったけれど、ここまで来れば素直に認めるべきだと思った。
そして、僕が頷くと……メイ叔母さんの顔が少し険しくなった。
「だったら、そっちを助けに行かないと……でしょ?」
「うん、分かってるよ!ここの瓦礫を退けたら、すぐにでも──
瓦礫を押す。
……これなら、後10分ぐらいあれば退けられるかも──
「良いの。ここは後回しで」
「……そんな事ないよ」
ここで僕が瓦礫を退けないと、何時間もシェルター内に拘束される事になる。
レッカーとか工事用の車が来ない限り、この瓦礫を退ける事は出来ないだろうから。
シェルター内には老人もいる。
病人もいる。
長時間、生き埋めになんかされたら──
「見くびらないでくれる?」
「……え?」
目の前には眉を顰めたメイ叔母さんが居た。
何かに憤っているように見えた。
「ほんの少し、ここに居るだけよ。それだけ。何か大変な事が起きて、ヒーローが必要になっているのなら……私達の所為で、後悔はしないで欲しいの」
「……でも──
「私達を重荷にしないで。貴方はヒーローなのでしょう?誰だって……貴方の助けを求めている。私達は私達にできる戦いをするから、貴方にしか出来ない戦いをしなさい」
真剣な目で、僕を見ている。
そしてまた、叔母さんが口を開いた。
「良い?忘れないで……貴方のその大いなる力には、大いなる責任が伴うの。今するべき事を成しなさい」
叔母さんはそう言って……咳き込んだ。
瓦礫の砂埃を吸ってしまったのだろう。
……地下シェルターの中はあまり良い環境ではない。
他の利用者達に対する責任もある。
それでも、僕に行けと言った。
彼女の元にいる人達は大丈夫だからと、今すべき事をしろと言った。
僕はマスクの下で、目を細めて……頷いた。
ほんの少し、視界がボヤけた。
「うん……分かったよ、ありがとう」
「えぇ……いいえ、お礼を言うのは私の方ね。それと、偉そうに説教してごめんなさい」
「ううん、凄く……嬉しかった」
僕は胸の中の想いを振り切るように、首を振った。
……はは、やっぱり、叔母さんの説教は身に染みるよ。
二度と説教されるような事はないと思っていたから……うん、僕はまだメイ叔母さんの子供だ。
「……それじゃあ、助けが来るまで頑張ってくれるかな?」
「えぇ……行ってらっしゃい。スパイダー……ボーイ?」
思わず笑ってしまった。
ボーイ?
もうすぐ僕、成人なんだけどな……。
振り返り、後ろ手を振る。
「僕は……親愛なる隣人、スパイダーマンだよ」
もう振り返りはしない。
引き摺られるような想いを置いて、僕は今、すべき事をする。
『S.H.I.E.L.D.』のエージェント達も遅れて『F.E.A.S.T.』に到着するだろう。
そうなれば叔母さん達を助けてくれるに違いない。
だから今すぐ、ミシェルの元へ向かわないと。
フェリシアが僕の隣を歩き出した。
「ちょっと、スパイダー。どこに行く気?」
「きっとまだ、僕の恋人が戦ってるから。戻らないと」
「……そんなに彼女が大切なの?」
「大切だよ」
即答し、
高層ビルに着弾した。
「……はぁ、随分とお熱ね」
「悪いかな?」
「いいえ、別に悪くはないわ。一途な男も嫌いじゃないから」
「……そっか。うん……さっきはありがとう、フェリシア」
僕は
「……さようなら、スパイダー」
「……うん、さよなら。フェリシア……次に会うとしても、そのコスチューム姿の君とは会いたくないね」
フェリシアは……苦笑した。
彼女はいつか、ブラックキャットを辞められるのだろうか。
僕には分からない。
……僕はその場を後にした。
◇◆◇
随分と時間を食ってしまった。
屋根の上を走り、
振り子のように飛びながら、思考する。
直接、『マギア』達のいるビルへ向かおう。
既に『デーモン』達が襲撃を予定しているのなら、集合場所に向かうのは二度手間になってしまう。
屋根を滑り、僕は飛んで……目的のビルが目に入った。
しかし──
「……何だ、あれ」
高層ビルの上層の外壁が崩れて……黒いモヤが出ていた。
一瞬、『デビルズ・ブレス』かと思ったけれど……違う。
あのモヤは、『デーモン』達の持っていた剣にも付与されてたエネルギーだ。
ミスターネガティヴの、特殊な力だ。
それが上層階を覆い尽くし、外に漏れていた。
間違いない。
『デーモン』との戦いは既に始まっている。
僕は
そのまま、外壁を垂直に走り、上層階へと向かう。
……随分と酷い状況だ。
崩壊したビル壁に飛び込み、黒いモヤが渦巻く部屋に突入する。
室内に滑り込むと──
「……うわ」
所々、天井も床も崩れている。
何故か床が浮き上がっていたり、物理法則を無視して動いている壁まである。
空間は黒く歪み、まるで……異空間のようだ。
息も苦しい……少し気分が悪い。
あまり長居は出来ない。
「これがネガティヴ……マーティン・リーの力?」
僕は踏み外さないよう気を付けつつ、浮いた床を足場に登っていく。
……まるでアクションゲームみたいだ。
なんて場違いの事を考えていたら──
何かが、僕の側に落下してきた。
金属音が耳に届く。
黒いモヤを纏ったそれは、人型だった。
黒いアーマーと……『赤いマスク』をかぶった誰か。
……僕は知っている。
よく知っているとも。
忘れられる訳がない。
「……ミシェル?」
それは、二年前のミシェルだ。
『レッドキャップ』と名乗っていた頃の姿。
今の黒いマスクじゃない、赤いマスクが僕を見ている。
そして、黒いアーマースーツは……血で汚れていた。
僕の呼びかけに反応も示さず、ゆっくりと僕の方へ迫ってくる。
首の裏がピリピリと痛む。
次回、『インナー・デーモン』
来週の土曜日予定。