【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
目の前に、赤いマスクをかぶったミシェルが居る。
そのマスクは……二年前に壊れて、もう存在しない筈なのに。
「……ミシェル、何で──
声を掛けようとした瞬間、赤いマスクが僕に迫った。
ヴィラブラニウム製の装甲を纏った拳が、僕へ──
「っ!」
それを避けて、少し距離を取る。
ミシェルは追撃する事もなく、僕へ視線を向けている。
……いや、本当にミシェルなのか?
レッドキャップの姿形をしているだけで、別人の可能性が高い。
あの赤いマスクはもう存在しない筈だし。
……が、戦闘技能は彼女にそっくりだ。
黒いモヤ。
ミスター・ネガティヴが発生させた物質が、この階層を覆い尽くしている。
景色は歪み、非現実的な様相を見せている。
砕けたコンクリート片は宙に浮いている。
天井に窓がある。
壁に床がある。
デスクが壁から生えている。
エレベーターは上下逆さまだ。
視界に映る情報は非現実的だ。
だけど、確かに足元を踏む感触はある。
……これは現実?
それとも幻覚?
頭の中がぐるぐる回る。
天と地も回り、足元が揺れる。
瞬間、レッドキャップが床を蹴った。
「ちょっと待ってくれないかな……!」
返事はない。
考える時間もないみたいだ。
……戦うしかない。
だけど、僕は──
「うぐっ」
飛び蹴りが僕に迫る。
それを手で受け止めて……やっぱり、重い感触がある。
骨が軋み、音が鳴る。
ミステリオのような視界を騙す「だけ」の幻覚じゃない。
確かにここにあるように感じてしまう……。
レッドキャップは数歩下がり、地面を蹴った。
宙を飛んで、壁を蹴り……再び、僕に接近してくる。
そして、彼女の腕が僕の胴を掴んだ。
「うあっ!?」
床に引き摺り倒される。
そしてそのまま、僕へ馬乗りになって……彼女は拳を振り上げて──
「こ、の……っ!」
僕は身を捩り、転がった。
上下が入れ替わり、僕が彼女の上に乗る。
そして、僕は拳を振り上げて──
拳を振り上げて──
振り、上げて──
「…………っ!」
振り下ろせない。
脳裏に、あの時のことを思い出した。
僕が彼女の正体を知ってしまった夜。
好きな女の子の顔を殴ってしまった夜。
割れた赤いマスクの下、血塗れになっていたミシェルの泣き顔が……脳裏に蘇る。
全てに絶望して、涙を流して……血と涙を混ざらせて、僕を見上げる彼女の顔を思い出した。
この手で、傷付けてしまった。
もう二度と、彼女を傷付けはしないと……彼女を傷付けさせはしないと誓った。
だから──
この赤いマスクが彼女ではないとしても──
僕に、振り下ろせる訳がない。
現実じゃなかったとしても、傷付ける事が出来ない。
これがミシェルじゃないという確信はない。
これが現実じゃないという確信もない。
99%でミシェルじゃないとしても、1%を恐れてしまう。
視界が、歪む。
「は、はぁっ……あっ……」
息が漏れる。
荒く、乱れる。
呼吸しているのに、息苦しい。
肺と喉が痛い。
僕はレッドキャップから飛び退いて、着地する。
よろめいて、足はたたらを踏んだ。
身体に力が入らない……今にも崩れそうになる。
顔を上げれば……レッドキャップは立ち上がり、ゆっくりと僕へ近づいて来ている。
これは僕の
忘れる事ができない、心の傷だ。
その古傷にナイフを突き立てられたように、僕は強烈な痛みを感じていた。
身体の横っ腹を撫でる。
昔、彼女にナイフを突き刺された箇所だ。
今はもう、傷跡も薄れたのに……それでも痛む。
そんな僕を無視して、レッドキャップが接近してくる。
来ないでくれ。
来ないでくれ……来ないでくれよ。
僕は君と……戦いたくない。
「……はぁ、はぁ」
逃げ出したい気持ちを抑え込む。
震える足を叩き、レッドキャップと向き合う。
これがミスター・ネガティヴの引き起こした幻覚ならば、なんて酷い……性格の悪い攻撃なんだと思った。
……だけど、矛盾に気付いた。
ミスター・ネガティヴは僕の過去を知っている筈がない。
目の前の景色は、僕とスティーヴン・ストレンジ……それとミシェルしか知らない筈だ。
知っていたとしても、他人はメフィストによって記憶を消されている。
だから、尚更……この幻覚を作り出している『元』が何なのか、分からない。
この景色を作り出しているのはミスター・ネガティヴではなく、僕自身……なのか。
僕を傷つけようとしているのは、僕自身なのか。
レッドキャップが接近してくる。
その手には黒いナイフ。
当たれば致命傷だ。
……僕は、ここで負ける訳にはいかない。
誰かに負けても、僕の過去に負ける訳にはいかない。
「……そうだ、僕はこんな所で……止まってる場合じゃないんだ」
ミスター・ネガティヴ、マーティン・リーを止めなくちゃならない。
誰も死なせないために、『デビルズブレス』を止めなきゃならない。
ミシェルの手助けをしなければならない。
だから、負ける訳にはいかない。
立ち止まってなど、いられない。
突き出して来たナイフを弾き──
「この!」
拳がレッドキャップの顔面に命中した。
……いや、してしまった。
赤いマスクが割れて……その下の、僕の愛する人の顔が見えた。
血と涙でぐちゃぐちゃになったミシェルの顔が……僕の目に映る。
……これは現実じゃない。
現実じゃない、現実じゃない、現実なんかじゃない!
そう自分に言い聞かせても、目に見える景色が僕を苦しめる。
身体が急激に冷えて、口の中が酸っぱくなる。
最悪の気分だ。
「ミシェル……!」
崩れ落ちるレッドキャップ……ミシェルに手を伸ばす。
これが現実じゃなかったとしても、それでも……手を伸ばしてしまう。
そして、その腕を掴んだ。
だけど……腐敗したように崩れていく。
「あっ、え……何で……!?」
そのままヘドロのように溶けて、地面に溢れる。
彼女の原型を仄かに残したまま……人の形を失っていく。
これはミシェルじゃない。
幻覚なんだ。
分かってる。
分かっているけれど。
「ぅ、うぷっ……」
吐き気がした。
「……っ、ふ……大丈夫、これは現実じゃ……ない……!違う……!」
無理やり抑え込んで、耐える。
歪む視界を整えるため、目を強く閉じて……開く。
直後、僕は背後から蹴り飛ばされた。
「痛っ……!?」
反応が遅れてしまった。
即座に地面を強く蹴り、振り返る。
そこには……緑色の、ゴブリンマスク。
「……今度は、ノーマン?」
ノーマン・オズボーン、グリーンゴブリンがそこに居た。
死んだ筈の……ミシェルが殺してしまった、ハリーの父親だ。
彼が走って僕へ接近してくる。
『スパイディ、スパイディスパイディ!』
僕の首を掴んで、引き摺ってくる。
抵抗しようにも、上手く力が入らない。
「耳元で、くっ、叫ばないでよ……!」
脳裏に直接響くようなノーマンの声が、僕の心を揺さぶってくる。
『俺が死んだのは、お前の所為だ!お前が奴を止められなかった!お前がハリーを孤独にした!』
「うぐっ……」
足が鳩尾にめり込む。
首を締め付けてくる力が強まる。
『奴に罪を犯させたのは、お前が止められなかったからだ!お前が奴に罪を与えた!』
「……こ、のっ!」
好き勝手言ってくるゴブリンを、蹴り飛ばす。
深く呼吸をしながら、壁に手をつく。
目眩がする。
それは呼吸が荒くなってしまったからか、それとも……僕の精神面が惑っているからか。
『お前は役立たずだ!お前は無意味だ!何も出来やしない!誰も助けられやしない!』
「……う、るさい!」
罵倒してくるゴブリンを殴り飛ばす。
仮面が割れて……その下は真っ暗闇の空洞だった。
『そうやって自分と異なる奴を暴力で捩じ伏せてきた!何も変わらない。変わりはしない!あの頃から!』
視界が
目に映る景色が歪み、僕の過去を映し出す。
「う、ぐっ……」
『そうさ、ピーター・パーカー!お前は自分勝手な人間だ!ずっと……昔から!』
目に映るのは……興行施設の廊下。
僕は貰ったお金を数えて、家に何か美味しいものでも買って帰ろうかな……なんて、親孝行を考えていた。
遠くから声が聞こえた。
『そいつは泥棒だ!捕まえてくれ!』
男が目の前を横切る。
それを追っている警備員……だけど、僕が見逃した泥棒はエレベーターに乗って逃げた。
このビルにエレベーターは一つしかない。
ここから追いかけたって追い付かないだろう。
『何故、止めなかった!君が少し足を引っ掛けるでもすれば、止められた筈だ!』
僕を責める声。
『悪いけど、それは僕の仕事じゃないよ。そんな責任、僕にはないからね』
面倒ごとを避けようと、そんな事を言ってしまった僕。
力を手に入れて、増長し……叔父さんと叔母さんを裏切ってしまった、僕。
景色が切り替わる。
そこは、クイーンズにあるメイ叔母さんの家。
外には無数のパトカー。
叔母さんの嘆き悲しむ声。
僕は手に持っていたケーキを落として……走って、家の中に入った。
リビングの絨毯を血で赤く染めた……ベン叔父さんの死体。
『叔父さん、叔父さん!』
『君、離れて、離れなさい!』
警官に引っ張られて、僕は叔父さんから引き剥がされた。
物言わぬ骸になってしまった、僕の家族。
怒りが僕を支配した。
『絶対に許さない……思い知らせてやる!』
警察の無線を盗み聞きした僕は、彼らよりも早く……ベン叔父さんを殺した犯人に追い付いた。
黒い目出し帽のマスクをかぶった犯人を、僕は押し倒した。
『なんで、お前のような奴に、叔父さんが殺されなきゃならないんだ!』
怒りに任せて、何度も殴った。
初めて人を殴った。
その嫌な感触を感じながらも、怒りが理性を振り切った。
『叔父さんはもう帰ってこない!叔母さんは悲しんでる!お前の、お前の所為で!』
何度も、何度も殴って……血を流させた。
そして、気絶した犯人のマスクを剥いで──
『僕が見逃した……泥棒……?』
興行施設で僕が見逃した泥棒だった。
結局は僕が悪かったんだ。
力に溺れて、責任を果たさなかった僕が。
だけどもう、今は違う。
違うんだ。
大いなる力には大いなる責任が伴う。
それを理解したから。
あの頃の僕とは違う。
違う筈なのに──
『いいや、違わない!何も変わらない!』
地面が崩れる。
僕は落下していく。
『貴様は自分を善人と断定して、悪人を捩じ伏せる独善的な男だ!』
球体のマスクをかぶった『ミステリオ』に吹き飛ばされた。
地面を転がり、壁に衝突した。
息が肺から溢れでた。
『偽善者め!』
飛行用のアーマースーツを着た『ヴァルチャー』が僕を蹴り飛ばした。
瓦礫から足を踏み外し、地面に落下する。
全身の骨が軋む。
『他人の為だと?嘘を吐くんじゃあない!』
雷を纏った『エレクトロ』の電撃が直撃し、地面を転がる。
身体の感覚が痺れて、視界が点滅する。
『誰かに良い顔をしたいだけだ!褒められたいだけだ!』
サイ型のアーマーを着た『ライノ』に殴られる。
蹴り飛ばされる。
身体が痺れて、思うように動かない。
『罪の意識から逃れたいだけだ!自分が生きてて良い存在なのだと、納得したいだけだ!』
緑色の蠍のような尾が僕を突き刺す。
『スコーピオン』の毒が僕を蝕む。
「ち、違う!僕は──
真っ赤な触手が僕を持ち上げた。
『何が親愛なる隣人だ!本当は逃げ出したい臆病者の癖に!』
それは『カーネイジ』の触手だ。
僕を床に叩きつけると……割れたコンクリート片が僕を傷つける。
『そう、貴方には誰も……助けられない』
真っ黒なアーマースーツに首を絞められる。
赤いマスクが……レッドキャップが僕に迫る。
『臆病者の、偽善者の、無価値な……ピーター・パーカーには──
意識が朦朧としてくる。
全身が痛む。
『独善的で……他人を助ける事でしか、自分を認められない……貴方には──
目がまわる。
吐き気がする。
『誰も救えない』
どこが上で、どこが下かも分からない。
情けなく呻いて、もがく事しか出来ない。
笑い声が聞こえる。
嘲る声が聞こえる。
僕を罵る声が聞こえる。
耳を塞いでも聞こえる。
僕は、僕は──
もう──
『スパイダーマン』
声が聞こえる。
『……ピーター』
声が聞こえる。
『ピーター、目を覚まして』
声が聞こえる。
『自分を信じて』
優しい声が。
『貴方は無価値なんかじゃない』
僕を暗闇から連れ出そうと。
『私は貴方を信じている。だから──
意識が浮上していく。
黒いモヤに覆われた意識が急激に覚醒していく。
『起きて、『
目を、開く。
僕は
そうだ、僕は『
例え、認められなくても。
蔑まれても。
僕は誰かを助ける。
その為の大いなる力だ。
『ヴァルチャー』を引き寄せて、拳を叩きつける。
黒い結晶のように砕けて、霧散する。
自分自身が何だろうと、どれだけ弱い存在だろうと……それでも、他人を助ける。
誰かのために戦う。
『カーネイジ』を蹴り飛ばし、『ライノ』を殴り付ける。
自身を顧みず他人を助けること、それが偽善だとしても……それは『善』だ。
ベン叔父さんのように、メイ叔母さんのように……誰かのために頑張れる事は素晴らしい事だ。
『スコーピオン』の尾を掴んで、投げ飛ばす。
投げた先にいた『ミステリオ』が巻き込まれて、吹っ飛んだ。
大いなる力には大いなる責任が伴う。
それは、力ある者の責務だ。
その責任から逃げはしない。
迷い、惑い、分からなくなっても、悲しくても辛くても──
僕は戦うんだ。
だってそれが、僕だからだ。
人助けこそ、僕の居場所なんだ。
『スパイディ!』
「良い加減、その悪趣味なマスクにはウンザリしてるんだ!」
『グリーンゴブリン』を殴りつけて、粉々に砕いた。
そして、残りは──
『…………』
「ミシェル」
赤いマスクが僕を見つめている。
少しして……無言のまま、彼女の虚像がひび割れていく。
そして、そのまま……崩れて──
「ピーター」
そこには……赤いマスクじゃない。
黒いマスクを……展開して、僕に素顔を見せているミシェルの姿があった。
「……ミ、シェル?」
僕を抱いて、膝枕をしていた。
だけど、いつもと少し違う。
黒いモヤに覆われた中で、彼女の目が僅かに輝いていた。
「……起きた?」
僕に優しい視線を向けていた。
辺りを見渡す。
……入ってきた時と、同じ景色だ。
黒いモヤが部屋を覆い尽くしている。
僕の身体に傷はない。
……僕は、一歩も動いてなかったのだろうか。
「ミシェル、僕は……?」
「眠らされていた」
ミシェルが僕を立ち上がらせた。
少しよろめいたけれど……うん、もう大丈夫だ。
「ミスター・ネガティヴの力……あのエネルギーは他人の内なる悪魔を引き摺り出す」
「内なる悪魔?」
「……人の
「……そ、っか」
僕はまんまと引っ掛かっていたって事だ。
思わず眉尻を下げると、ミシェルが僕を抱き締めた。
「私には、この『目』がある。だから大丈夫……全ての並行世界を見れるって事は、物事が客観的に見られるって事だから……」
僕も抱き締め返す。
……早鐘のように鳴り響いていた心臓が、少しずつ落ち着いてくる。
少しずつ、冷静さを取り戻していく。
そして、僕は口を開いた。
「ミシェル、『デビルズブレス』は?」
「起動スイッチが押された……あと1時間以内に解毒剤のアンプルを差し込まないと、取り返しの付かない事態になる」
思わず、眉を顰める。
「他の『S.H.I.E.L.D.』のメンバーは?」
「脱出済み。この状況に入ってきても……助ける手間が増えるだけだから。逃げるように言った」
「……それも、そうだね」
足手纏い、という意味なら僕もそうだろうけど。
実際、さっきまで眠らされていた訳だし。
そんな僕の内心を知らずか、ミシェルが口を開く。
「だけど、マギアの構成員は逃がせていない。逃せられる状況じゃなかったから」
「……それじゃあ、助けないとね」
「……ん」
ミシェルが腰に付いたポーチから、小さな容器を取り出した。
「これ。ブラックキャットから貰ったアンプルから複製して……高濃度にしたアンプル。『デビルズブレス』に直接流し込めば、一発で無効化出来る」
「……それは、凄いね」
「『デビルズブレス』は遺伝子を操作する劇物だから……『S.H.I.E.L.D.』には遺伝子に詳しい科学者がいる」
僕は頷く。
すると彼女は少し迷うような表情で、口を開いた。
「どちらかがアンプルを『デビルズブレス』に注入して、もう片方がミスター・ネガティヴと戦う必要がある。だから、ネガティヴは──
「僕が戦うよ」
ミシェルが僕に視線を合わせた。
……少し、迷うような表情をしている。
「大丈夫だよ……って、さっき幻覚で寝てたから説得力は無いかもしれないけどね」
そうだ。
さっきまで、ミスター・ネガティヴの幻覚攻撃に打ちのめされていた。
だから、彼女は心配なのだろう。
次、彼の目の前で負けたら……どうなってしまうか、分からないだろうから。
だけど、ミシェルは首を振った。
「ううん……ピーターは、自力で抜け出せた。だから、そこは心配してない」
「自力、じゃないかな……ミシェルの声が聞こえたから。『起きて』って」
そう言うと、ミシェルは少し眉を顰めた。
「……聞こえてた?」
「うん、お陰で戻って来れた」
彼女は少し照れ臭そうに苦笑して……頷いた。
「それじゃあ、ピーター……お願い。ミスター・ネガティヴを……マーティン・リーを止めて」
「うん、彼は僕が止める」
自分の頬を叩いて、目を覚させる。
ミシェルが僕へ近付き、優しくハグをして来た。
そして、彼女が黒いマスクを閉じて僕へ視線を向けた。
『頼んだぞ、スパイダーマン』
「勿論、任せてよ。ナイトキャップ」
彼女の拳を胸に受けて……僕と彼女は別々に行動を始めた。
……途中で何人も倒れている人を発見した。
『マギア』の構成員だ。
ミスター・ネガティヴ……マーティン・リーの復讐はもうすぐで遂行される。
『マギア』は善良な一般人じゃない。
アイツらはマフィアだ。
僕の叔母を襲おうともした。
だけど、止めなきゃならない。
彼等を助ける……それだけじゃない。
僕はもう一人、助けなきゃならない人がいる。
壁を走り、
……ここに『デビルズ・ブレス』はない。
だけど、目的の人物はそこに居た。
『……私の邪魔をするか、スパイダーマン』
椅子に腰掛け、手を組み……項垂れるミスター・ネガティヴが居た。
「邪魔するよ。君のやろうとしてる事は許せないから」
『……何故だ?』
ミスター・ネガティヴが立ち上がり、僕に身体を向けた。
黒いモヤが彼を覆っている。
……なるほど、気付かなかったけれど……マーティン・リーをネガポジ反転させたような見た目をしていた。
顔は怒りに支配されているのか、歪んでいるけれど。
『奴等は悪人だ。死んで当然な人間だ!』
部屋の中が真っ黒に染まる。
黒いモヤが彼自身の
手術台に繋がれた若いマーティン・リー……そして、恐らくその両親。
『マギア』の科学者が、彼等に何かを打ち込んだ。
『私だけが生き残った!私だけが!』
両親は身を捩り……そして、息絶えた。
マーティン・リーは拘束具を破壊して……周りの科学者を殺して回った。
まだ力を制御出来ていなかったのだろう。
手術台に置かれたメスで突き刺し、椅子で殴打し……彼等の反撃の銃弾を受けても、止まらずに──
『これは私に託された『責任』だ!成し遂げなければならない!』
マーティン・リーの復讐……それは自分だけの為じゃない。
殺された家族のためでもあるのだろう。
だけど──
「それでも、そんな事したらダメだ……!」
『そうだ、そうか!お前は奴らを助けるつもりか!助ける価値などないと、まだ気付いていない!』
「僕はっ……!」
確かに『マギア』の奴等は嫌いだ。
積極的に助けたいとは思えない。
それでも、助けるべきか、助けないべきか……それは僕が決める事じゃない。
彼等は生きて、法に裁かれるべきなんだ。
僕は他人を裁けるほど偉くなったつもりはない。
そして、何よりも──
「僕が助けたいのは貴方だ!マーティン・リー!」
『……私、だと?』
本名を呼ばれた彼は困惑するように目線を逸らした。
「さっき……『F.E.A.S.T.』のビルを『マギア』が襲撃した」
『……何だと?』
彼の反応は驚いたような……心配するような顔だった。
……やっぱり、知らなかったんだ。
あの襲撃はマーティン・リーの意思じゃない。
別の誰かの策略だ。
彼は……純粋な悪人じゃない。
「大丈夫、僕が助けに行った。怪我人はいない!」
『……それがどうした!私には関係のない話だ!』
彼は表情を引き締めて、僕を睨んだ。
「関係なくはない!あの場所は、貴方が作った場所だ!」
『私を……惑わせる気か!』
ミスター・ネガティヴが剣を取り出した。
鞭のようにしなり、刃は黒く染まっている。
「あそこは優しい場所だ!あんな場所を作れる貴方が……こんな事しちゃ、いけない!」
『黙れ!『マギア』はこの、私が浄化する!』
彼が剣を振るう。
地面を引き裂き、白と黒のスパークが走る。
……当たればタダじゃ済まない。
「自分の悪意に負けたらダメだ!」
『私は復讐しなければならない!』
「そうだとしても、殺すのは間違ってる!」
僕の居た場所に剣が伸びる。
壁ごと砕き、引き裂き……破片が宙を舞う。
『復讐で私の両親が戻らない事は知っている!だが、それでも為さねばならない!』
「僕はただ、貴方に……これ以上、人を殺して欲しくないだけだ!」
『余計な世話をするな!』
黒いモヤがミスター・ネガティヴを中心に渦巻いていく。
何かするつもり、みたいだ。
……くそっ、もう話し合いで解決できるステップは通り過ぎてるのかな。
さっき話した感じだと……ミスター・ネガティヴはマーティン・リーの一面も持っている。
だから、その優しさも本物の筈だ。
彼もまた、ベン叔父さんやメイ叔母さんのように、誰かのために頑張れる人の筈なんだ。
だからこれ以上、罪を重ねさせてはならない。
心の奥底に巣くう悪魔から、助け出さなければならない。
……黒いモヤが大きな身体を作り出す。
床から上半身だけが生えているような……悪魔を作り出した。
『デーモン』達が身に付けていたマスクによく似た顔だ。
『私を邪魔するのなら、貴様も死ね!スパイダーマン!』
ミスター・ネガティヴが指示を出したと同時に、巨大な悪魔が僕へ手を伸ばしてくる。
「僕は死ねない!貴方に人殺しをさせたくないし……無事に帰るって約束したんだ!」
唸り声を上げながら、マーティン・リーの
僕は拳を強く握った。
次回で『チームアップ』編は終了です。