【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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投稿、遅れてごめんなさい。


#7 インナー・デーモン part1

目の前に、赤いマスクをかぶったミシェルが居る。

そのマスクは……二年前に壊れて、もう存在しない筈なのに。

 

 

「……ミシェル、何で──

 

 

声を掛けようとした瞬間、赤いマスクが僕に迫った。

ヴィラブラニウム製の装甲を纏った拳が、僕へ──

 

 

「っ!」

 

 

それを避けて、少し距離を取る。

ミシェルは追撃する事もなく、僕へ視線を向けている。

 

……いや、本当にミシェルなのか?

レッドキャップの姿形をしているだけで、別人の可能性が高い。

あの赤いマスクはもう存在しない筈だし。

 

……が、戦闘技能は彼女にそっくりだ。

 

黒いモヤ。

ミスター・ネガティヴが発生させた物質が、この階層を覆い尽くしている。

 

景色は歪み、非現実的な様相を見せている。

 

砕けたコンクリート片は宙に浮いている。

天井に窓がある。

壁に床がある。

デスクが壁から生えている。

エレベーターは上下逆さまだ。

 

視界に映る情報は非現実的だ。

だけど、確かに足元を踏む感触はある。

 

超感覚(スパイダーセンス)は周りの危険を探知し過ぎていて、判別できない。

 

……これは現実?

それとも幻覚?

頭の中がぐるぐる回る。

 

天と地も回り、足元が揺れる。

瞬間、レッドキャップが床を蹴った。

 

 

「ちょっと待ってくれないかな……!」

 

 

返事はない。

考える時間もないみたいだ。

 

……戦うしかない。

だけど、僕は──

 

 

「うぐっ」

 

 

飛び蹴りが僕に迫る。

それを手で受け止めて……やっぱり、重い感触がある。

骨が軋み、音が鳴る。

 

ミステリオのような視界を騙す「だけ」の幻覚じゃない。

確かにここにあるように感じてしまう……。

 

レッドキャップは数歩下がり、地面を蹴った。

宙を飛んで、壁を蹴り……再び、僕に接近してくる。

 

そして、彼女の腕が僕の胴を掴んだ。

 

 

「うあっ!?」

 

 

床に引き摺り倒される。

そしてそのまま、僕へ馬乗りになって……彼女は拳を振り上げて──

 

 

「こ、の……っ!」

 

 

僕は身を捩り、転がった。

上下が入れ替わり、僕が彼女の上に乗る。

 

そして、僕は拳を振り上げて──

 

拳を振り上げて──

 

振り、上げて──

 

 

「…………っ!」

 

 

振り下ろせない。

 

 

脳裏に、あの時のことを思い出した。

僕が彼女の正体を知ってしまった夜。

好きな女の子の顔を殴ってしまった夜。

 

割れた赤いマスクの下、血塗れになっていたミシェルの泣き顔が……脳裏に蘇る。

 

 

全てに絶望して、涙を流して……血と涙を混ざらせて、僕を見上げる彼女の顔を思い出した。

 

この手で、傷付けてしまった。

もう二度と、彼女を傷付けはしないと……彼女を傷付けさせはしないと誓った。

 

 

だから──

 

 

この赤いマスクが彼女ではないとしても──

 

 

 

僕に、振り下ろせる訳がない。

 

 

現実じゃなかったとしても、傷付ける事が出来ない。

 

これがミシェルじゃないという確信はない。

これが現実じゃないという確信もない。

99%でミシェルじゃないとしても、1%を恐れてしまう。

 

視界が、歪む。

 

 

「は、はぁっ……あっ……」

 

 

息が漏れる。

荒く、乱れる。

 

呼吸しているのに、息苦しい。

肺と喉が痛い。

 

僕はレッドキャップから飛び退いて、着地する。

よろめいて、足はたたらを踏んだ。

身体に力が入らない……今にも崩れそうになる。

 

顔を上げれば……レッドキャップは立ち上がり、ゆっくりと僕へ近づいて来ている。

 

 

これは僕の心的外傷(トラウマ)だ。

忘れる事ができない、心の傷だ。

 

その古傷にナイフを突き立てられたように、僕は強烈な痛みを感じていた。

身体の横っ腹を撫でる。

 

昔、彼女にナイフを突き刺された箇所だ。

今はもう、傷跡も薄れたのに……それでも痛む。

 

 

そんな僕を無視して、レッドキャップが接近してくる。

 

来ないでくれ。

来ないでくれ……来ないでくれよ。

 

 

僕は君と……戦いたくない。

 

 

「……はぁ、はぁ」

 

 

逃げ出したい気持ちを抑え込む。

震える足を叩き、レッドキャップと向き合う。

 

これがミスター・ネガティヴの引き起こした幻覚ならば、なんて酷い……性格の悪い攻撃なんだと思った。

 

……だけど、矛盾に気付いた。

ミスター・ネガティヴは僕の過去を知っている筈がない。

 

目の前の景色は、僕とスティーヴン・ストレンジ……それとミシェルしか知らない筈だ。

知っていたとしても、他人はメフィストによって記憶を消されている。

 

だから、尚更……この幻覚を作り出している『元』が何なのか、分からない。

 

この景色を作り出しているのはミスター・ネガティヴではなく、僕自身……なのか。

 

僕を傷つけようとしているのは、僕自身なのか。

 

 

レッドキャップが接近してくる。

その手には黒いナイフ。

 

当たれば致命傷だ。

 

……僕は、ここで負ける訳にはいかない。

誰かに負けても、僕の過去に負ける訳にはいかない。

 

 

「……そうだ、僕はこんな所で……止まってる場合じゃないんだ」

 

 

ミスター・ネガティヴ、マーティン・リーを止めなくちゃならない。

誰も死なせないために、『デビルズブレス』を止めなきゃならない。

ミシェルの手助けをしなければならない。

 

だから、負ける訳にはいかない。

立ち止まってなど、いられない。

 

突き出して来たナイフを弾き──

 

 

「この!」

 

 

拳がレッドキャップの顔面に命中した。

……いや、してしまった。

 

赤いマスクが割れて……その下の、僕の愛する人の顔が見えた。

血と涙でぐちゃぐちゃになったミシェルの顔が……僕の目に映る。

 

……これは現実じゃない。

現実じゃない、現実じゃない、現実なんかじゃない!

 

そう自分に言い聞かせても、目に見える景色が僕を苦しめる。

身体が急激に冷えて、口の中が酸っぱくなる。

 

最悪の気分だ。

 

 

「ミシェル……!」

 

 

崩れ落ちるレッドキャップ……ミシェルに手を伸ばす。

これが現実じゃなかったとしても、それでも……手を伸ばしてしまう。

 

そして、その腕を掴んだ。

だけど……腐敗したように崩れていく。

 

 

「あっ、え……何で……!?」

 

 

そのままヘドロのように溶けて、地面に溢れる。

彼女の原型を仄かに残したまま……人の形を失っていく。

 

これはミシェルじゃない。

幻覚なんだ。

 

分かってる。

分かっているけれど。

 

 

「ぅ、うぷっ……」

 

 

吐き気がした。

 

 

「……っ、ふ……大丈夫、これは現実じゃ……ない……!違う……!」

 

 

無理やり抑え込んで、耐える。

歪む視界を整えるため、目を強く閉じて……開く。

 

直後、僕は背後から蹴り飛ばされた。

 

 

「痛っ……!?」

 

 

超感覚(スパイダーセンス)が麻痺している。

反応が遅れてしまった。

 

即座に地面を強く蹴り、振り返る。

 

そこには……緑色の、ゴブリンマスク。

 

 

「……今度は、ノーマン?」

 

 

ノーマン・オズボーン、グリーンゴブリンがそこに居た。

死んだ筈の……ミシェルが殺してしまった、ハリーの父親だ。

 

彼が走って僕へ接近してくる。

 

 

『スパイディ、スパイディスパイディ!』

 

 

僕の首を掴んで、引き摺ってくる。

抵抗しようにも、上手く力が入らない。

 

 

「耳元で、くっ、叫ばないでよ……!」

 

 

脳裏に直接響くようなノーマンの声が、僕の心を揺さぶってくる。

 

 

『俺が死んだのは、お前の所為だ!お前が奴を止められなかった!お前がハリーを孤独にした!』

 

「うぐっ……」

 

 

足が鳩尾にめり込む。

首を締め付けてくる力が強まる。

 

 

『奴に罪を犯させたのは、お前が止められなかったからだ!お前が奴に罪を与えた!』

 

「……こ、のっ!」

 

 

好き勝手言ってくるゴブリンを、蹴り飛ばす。

深く呼吸をしながら、壁に手をつく。

 

目眩がする。

それは呼吸が荒くなってしまったからか、それとも……僕の精神面が惑っているからか。

 

 

『お前は役立たずだ!お前は無意味だ!何も出来やしない!誰も助けられやしない!』

 

「……う、るさい!」

 

 

罵倒してくるゴブリンを殴り飛ばす。

仮面が割れて……その下は真っ暗闇の空洞だった。

 

 

『そうやって自分と異なる奴を暴力で捩じ伏せてきた!何も変わらない。変わりはしない!あの頃から!』

 

 

視界が(ネガティヴ)(ポジティヴ)に点滅する。

目に映る景色が歪み、僕の過去を映し出す。

 

 

「う、ぐっ……」

 

『そうさ、ピーター・パーカー!お前は自分勝手な人間だ!ずっと……昔から!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目に映るのは……興行施設の廊下。

僕は貰ったお金を数えて、家に何か美味しいものでも買って帰ろうかな……なんて、親孝行を考えていた。

 

遠くから声が聞こえた。

 

 

『そいつは泥棒だ!捕まえてくれ!』

 

 

男が目の前を横切る。

それを追っている警備員……だけど、僕が見逃した泥棒はエレベーターに乗って逃げた。

このビルにエレベーターは一つしかない。

ここから追いかけたって追い付かないだろう。

 

 

『何故、止めなかった!君が少し足を引っ掛けるでもすれば、止められた筈だ!』

 

 

僕を責める声。

 

 

『悪いけど、それは僕の仕事じゃないよ。そんな責任、僕にはないからね』

 

 

面倒ごとを避けようと、そんな事を言ってしまった僕。

力を手に入れて、増長し……叔父さんと叔母さんを裏切ってしまった、僕。

 

 

 

景色が切り替わる。

 

 

 

そこは、クイーンズにあるメイ叔母さんの家。

外には無数のパトカー。

叔母さんの嘆き悲しむ声。

 

僕は手に持っていたケーキを落として……走って、家の中に入った。

 

リビングの絨毯を血で赤く染めた……ベン叔父さんの死体。

 

 

『叔父さん、叔父さん!』

 

『君、離れて、離れなさい!』

 

 

警官に引っ張られて、僕は叔父さんから引き剥がされた。

 

物言わぬ骸になってしまった、僕の家族。

怒りが僕を支配した。

 

 

『絶対に許さない……思い知らせてやる!』

 

 

警察の無線を盗み聞きした僕は、彼らよりも早く……ベン叔父さんを殺した犯人に追い付いた。

黒い目出し帽のマスクをかぶった犯人を、僕は押し倒した。

 

 

『なんで、お前のような奴に、叔父さんが殺されなきゃならないんだ!』

 

 

怒りに任せて、何度も殴った。

初めて人を殴った。

 

その嫌な感触を感じながらも、怒りが理性を振り切った。

 

 

『叔父さんはもう帰ってこない!叔母さんは悲しんでる!お前の、お前の所為で!』

 

 

何度も、何度も殴って……血を流させた。

そして、気絶した犯人のマスクを剥いで──

 

 

『僕が見逃した……泥棒……?』

 

 

興行施設で僕が見逃した泥棒だった。

 

結局は僕が悪かったんだ。

力に溺れて、責任を果たさなかった僕が。

 

だけどもう、今は違う。

違うんだ。

 

大いなる力には大いなる責任が伴う。

 

それを理解したから。

あの頃の僕とは違う。

 

違う筈なのに──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいや、違わない!何も変わらない!』

 

 

地面が崩れる。

僕は落下していく。

 

 

『貴様は自分を善人と断定して、悪人を捩じ伏せる独善的な男だ!』

 

 

球体のマスクをかぶった『ミステリオ』に吹き飛ばされた。

地面を転がり、壁に衝突した。

 

息が肺から溢れでた。

 

 

『偽善者め!』

 

 

飛行用のアーマースーツを着た『ヴァルチャー』が僕を蹴り飛ばした。

瓦礫から足を踏み外し、地面に落下する。

全身の骨が軋む。

 

 

『他人の為だと?嘘を吐くんじゃあない!』

 

 

雷を纏った『エレクトロ』の電撃が直撃し、地面を転がる。

身体の感覚が痺れて、視界が点滅する。

 

 

『誰かに良い顔をしたいだけだ!褒められたいだけだ!』

 

 

サイ型のアーマーを着た『ライノ』に殴られる。

蹴り飛ばされる。

身体が痺れて、思うように動かない。

 

 

『罪の意識から逃れたいだけだ!自分が生きてて良い存在なのだと、納得したいだけだ!』

 

 

緑色の蠍のような尾が僕を突き刺す。

『スコーピオン』の毒が僕を蝕む。

 

 

「ち、違う!僕は──

 

 

真っ赤な触手が僕を持ち上げた。

 

 

『何が親愛なる隣人だ!本当は逃げ出したい臆病者の癖に!』

 

 

それは『カーネイジ』の触手だ。

僕を床に叩きつけると……割れたコンクリート片が僕を傷つける。

 

 

『そう、貴方には誰も……助けられない』

 

 

真っ黒なアーマースーツに首を絞められる。

赤いマスクが……レッドキャップが僕に迫る。

 

 

『臆病者の、偽善者の、無価値な……ピーター・パーカーには──

 

 

意識が朦朧としてくる。

全身が痛む。

 

 

『独善的で……他人を助ける事でしか、自分を認められない……貴方には──

 

 

目がまわる。

吐き気がする。

 

 

『誰も救えない』

 

 

どこが上で、どこが下かも分からない。

情けなく呻いて、もがく事しか出来ない。

 

 

笑い声が聞こえる。

嘲る声が聞こえる。

僕を罵る声が聞こえる。

 

耳を塞いでも聞こえる。

 

 

僕は、僕は──

 

 

もう──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『スパイダーマン』

 

 

声が聞こえる。

 

 

『……ピーター』

 

 

声が聞こえる。

 

 

『ピーター、目を覚まして』

 

 

声が聞こえる。

 

 

『自分を信じて』

 

 

優しい声が。

 

 

『貴方は無価値なんかじゃない』

 

 

僕を暗闇から連れ出そうと。

 

 

『私は貴方を信じている。だから──

 

 

意識が浮上していく。

黒いモヤに覆われた意識が急激に覚醒していく。

 

 

『起きて、『親愛なる隣人(スパイダーマン)』。私を『助けて』』

 

 

目を、開く。

 

 

僕は(ウェブ)を射出した。

そうだ、僕は『親愛なる隣人(スパイダーマン)』だ。

 

例え、認められなくても。

蔑まれても。

 

僕は誰かを助ける。

その為の大いなる力だ。

 

 

『ヴァルチャー』を引き寄せて、拳を叩きつける。

黒い結晶のように砕けて、霧散する。

 

 

自分自身が何だろうと、どれだけ弱い存在だろうと……それでも、他人を助ける。

誰かのために戦う。

 

 

『カーネイジ』を蹴り飛ばし、『ライノ』を殴り付ける。

 

 

自身を顧みず他人を助けること、それが偽善だとしても……それは『善』だ。

ベン叔父さんのように、メイ叔母さんのように……誰かのために頑張れる事は素晴らしい事だ。

 

 

『スコーピオン』の尾を掴んで、投げ飛ばす。

投げた先にいた『ミステリオ』が巻き込まれて、吹っ飛んだ。

 

 

大いなる力には大いなる責任が伴う。

それは、力ある者の責務だ。

 

その責任から逃げはしない。

迷い、惑い、分からなくなっても、悲しくても辛くても──

 

僕は戦うんだ。

だってそれが、僕だからだ。

 

人助けこそ、僕の居場所なんだ。

 

 

『スパイディ!』

 

「良い加減、その悪趣味なマスクにはウンザリしてるんだ!」

 

 

『グリーンゴブリン』を殴りつけて、粉々に砕いた。

 

そして、残りは──

 

 

 

『…………』

 

「ミシェル」

 

 

赤いマスクが僕を見つめている。

少しして……無言のまま、彼女の虚像がひび割れていく。

 

そして、そのまま……崩れて──

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピーター」

 

 

そこには……赤いマスクじゃない。

黒いマスクを……展開して、僕に素顔を見せているミシェルの姿があった。

 

 

「……ミ、シェル?」

 

 

僕を抱いて、膝枕をしていた。

 

だけど、いつもと少し違う。

黒いモヤに覆われた中で、彼女の目が僅かに輝いていた。

 

 

「……起きた?」

 

 

僕に優しい視線を向けていた。

 

辺りを見渡す。

……入ってきた時と、同じ景色だ。

 

黒いモヤが部屋を覆い尽くしている。

僕の身体に傷はない。

……僕は、一歩も動いてなかったのだろうか。

 

 

「ミシェル、僕は……?」

 

「眠らされていた」

 

 

ミシェルが僕を立ち上がらせた。

少しよろめいたけれど……うん、もう大丈夫だ。

 

 

「ミスター・ネガティヴの力……あのエネルギーは他人の内なる悪魔を引き摺り出す」

 

「内なる悪魔?」

 

「……人の心的外傷(トラウマ)を刺激して、悪人に作り変える力がある」

 

「……そ、っか」

 

 

僕はまんまと引っ掛かっていたって事だ。

思わず眉尻を下げると、ミシェルが僕を抱き締めた。

 

 

「私には、この『目』がある。だから大丈夫……全ての並行世界を見れるって事は、物事が客観的に見られるって事だから……」

 

 

僕も抱き締め返す。

……早鐘のように鳴り響いていた心臓が、少しずつ落ち着いてくる。

 

少しずつ、冷静さを取り戻していく。

そして、僕は口を開いた。

 

 

「ミシェル、『デビルズブレス』は?」

 

「起動スイッチが押された……あと1時間以内に解毒剤のアンプルを差し込まないと、取り返しの付かない事態になる」

 

 

思わず、眉を顰める。

 

 

「他の『S.H.I.E.L.D.』のメンバーは?」

 

「脱出済み。この状況に入ってきても……助ける手間が増えるだけだから。逃げるように言った」

 

「……それも、そうだね」

 

 

足手纏い、という意味なら僕もそうだろうけど。

実際、さっきまで眠らされていた訳だし。

 

そんな僕の内心を知らずか、ミシェルが口を開く。

 

 

「だけど、マギアの構成員は逃がせていない。逃せられる状況じゃなかったから」

 

「……それじゃあ、助けないとね」

 

「……ん」

 

 

ミシェルが腰に付いたポーチから、小さな容器を取り出した。

 

 

「これ。ブラックキャットから貰ったアンプルから複製して……高濃度にしたアンプル。『デビルズブレス』に直接流し込めば、一発で無効化出来る」

 

「……それは、凄いね」

 

「『デビルズブレス』は遺伝子を操作する劇物だから……『S.H.I.E.L.D.』には遺伝子に詳しい科学者がいる」

 

 

僕は頷く。

すると彼女は少し迷うような表情で、口を開いた。

 

 

「どちらかがアンプルを『デビルズブレス』に注入して、もう片方がミスター・ネガティヴと戦う必要がある。だから、ネガティヴは──

 

「僕が戦うよ」

 

 

ミシェルが僕に視線を合わせた。

……少し、迷うような表情をしている。

 

 

「大丈夫だよ……って、さっき幻覚で寝てたから説得力は無いかもしれないけどね」

 

 

そうだ。

さっきまで、ミスター・ネガティヴの幻覚攻撃に打ちのめされていた。

 

だから、彼女は心配なのだろう。

次、彼の目の前で負けたら……どうなってしまうか、分からないだろうから。

 

だけど、ミシェルは首を振った。

 

 

「ううん……ピーターは、自力で抜け出せた。だから、そこは心配してない」

 

「自力、じゃないかな……ミシェルの声が聞こえたから。『起きて』って」

 

 

そう言うと、ミシェルは少し眉を顰めた。

 

 

「……聞こえてた?」

 

「うん、お陰で戻って来れた」

 

 

彼女は少し照れ臭そうに苦笑して……頷いた。

 

 

「それじゃあ、ピーター……お願い。ミスター・ネガティヴを……マーティン・リーを止めて」

 

「うん、彼は僕が止める」

 

 

自分の頬を叩いて、目を覚させる。

ミシェルが僕へ近付き、優しくハグをして来た。

 

そして、彼女が黒いマスクを閉じて僕へ視線を向けた。

 

 

『頼んだぞ、スパイダーマン』

 

「勿論、任せてよ。ナイトキャップ」

 

 

彼女の拳を胸に受けて……僕と彼女は別々に行動を始めた。

 

(ウェブ)を上向に飛ばし、吹き抜けになっているビルを登る。

……途中で何人も倒れている人を発見した。

 

『マギア』の構成員だ。

ミスター・ネガティヴ……マーティン・リーの復讐はもうすぐで遂行される。

 

『マギア』は善良な一般人じゃない。

アイツらはマフィアだ。

僕の叔母を襲おうともした。

 

だけど、止めなきゃならない。

 

彼等を助ける……それだけじゃない。

僕はもう一人、助けなきゃならない人がいる。

 

壁を走り、(ウェブ)を引っ張り……最上階に到着した。

 

……ここに『デビルズ・ブレス』はない。

だけど、目的の人物はそこに居た。

 

 

『……私の邪魔をするか、スパイダーマン』

 

 

椅子に腰掛け、手を組み……項垂れるミスター・ネガティヴが居た。

 

 

「邪魔するよ。君のやろうとしてる事は許せないから」

 

『……何故だ?』

 

 

ミスター・ネガティヴが立ち上がり、僕に身体を向けた。

黒いモヤが彼を覆っている。

 

……なるほど、気付かなかったけれど……マーティン・リーをネガポジ反転させたような見た目をしていた。

 

顔は怒りに支配されているのか、歪んでいるけれど。

 

 

『奴等は悪人だ。死んで当然な人間だ!』

 

 

部屋の中が真っ黒に染まる。

黒いモヤが彼自身の心的外傷(トラウマ)を具現化する。

 

手術台に繋がれた若いマーティン・リー……そして、恐らくその両親。

 

『マギア』の科学者が、彼等に何かを打ち込んだ。

 

 

『私だけが生き残った!私だけが!』

 

 

両親は身を捩り……そして、息絶えた。

マーティン・リーは拘束具を破壊して……周りの科学者を殺して回った。

 

まだ力を制御出来ていなかったのだろう。

手術台に置かれたメスで突き刺し、椅子で殴打し……彼等の反撃の銃弾を受けても、止まらずに──

 

 

『これは私に託された『責任』だ!成し遂げなければならない!』

 

 

マーティン・リーの復讐……それは自分だけの為じゃない。

殺された家族のためでもあるのだろう。

 

だけど──

 

 

「それでも、そんな事したらダメだ……!」

 

『そうだ、そうか!お前は奴らを助けるつもりか!助ける価値などないと、まだ気付いていない!』

 

「僕はっ……!」

 

 

確かに『マギア』の奴等は嫌いだ。

積極的に助けたいとは思えない。

 

それでも、助けるべきか、助けないべきか……それは僕が決める事じゃない。

彼等は生きて、法に裁かれるべきなんだ。

 

僕は他人を裁けるほど偉くなったつもりはない。

 

そして、何よりも──

 

 

「僕が助けたいのは貴方だ!マーティン・リー!」

 

『……私、だと?』

 

 

本名を呼ばれた彼は困惑するように目線を逸らした。

 

 

「さっき……『F.E.A.S.T.』のビルを『マギア』が襲撃した」

 

『……何だと?』

 

 

彼の反応は驚いたような……心配するような顔だった。

……やっぱり、知らなかったんだ。

 

あの襲撃はマーティン・リーの意思じゃない。

別の誰かの策略だ。

 

彼は……純粋な悪人じゃない。

 

 

「大丈夫、僕が助けに行った。怪我人はいない!」

 

『……それがどうした!私には関係のない話だ!』

 

 

彼は表情を引き締めて、僕を睨んだ。

 

 

「関係なくはない!あの場所は、貴方が作った場所だ!」

 

『私を……惑わせる気か!』

 

 

ミスター・ネガティヴが剣を取り出した。

鞭のようにしなり、刃は黒く染まっている。

 

 

「あそこは優しい場所だ!あんな場所を作れる貴方が……こんな事しちゃ、いけない!」

 

『黙れ!『マギア』はこの、私が浄化する!』

 

 

彼が剣を振るう。

地面を引き裂き、白と黒のスパークが走る。

 

……当たればタダじゃ済まない。

(ウェブ)を飛ばして、壁に逃れる。

 

 

「自分の悪意に負けたらダメだ!」

 

『私は復讐しなければならない!』

 

「そうだとしても、殺すのは間違ってる!」

 

 

僕の居た場所に剣が伸びる。

壁ごと砕き、引き裂き……破片が宙を舞う。

 

 

『復讐で私の両親が戻らない事は知っている!だが、それでも為さねばならない!』

 

「僕はただ、貴方に……これ以上、人を殺して欲しくないだけだ!」

 

『余計な世話をするな!』

 

 

黒いモヤがミスター・ネガティヴを中心に渦巻いていく。

何かするつもり、みたいだ。

 

……くそっ、もう話し合いで解決できるステップは通り過ぎてるのかな。

 

さっき話した感じだと……ミスター・ネガティヴはマーティン・リーの一面も持っている。

だから、その優しさも本物の筈だ。

 

彼もまた、ベン叔父さんやメイ叔母さんのように、誰かのために頑張れる人の筈なんだ。

だからこれ以上、罪を重ねさせてはならない。

 

心の奥底に巣くう悪魔から、助け出さなければならない。

 

 

……黒いモヤが大きな身体を作り出す。

床から上半身だけが生えているような……悪魔を作り出した。

『デーモン』達が身に付けていたマスクによく似た顔だ。

 

 

『私を邪魔するのなら、貴様も死ね!スパイダーマン!』

 

 

ミスター・ネガティヴが指示を出したと同時に、巨大な悪魔が僕へ手を伸ばしてくる。

 

 

「僕は死ねない!貴方に人殺しをさせたくないし……無事に帰るって約束したんだ!」

 

 

唸り声を上げながら、マーティン・リーの内なる悪魔(インナー・デーモン)が迫り来る。

僕は拳を強く握った。




次回で『チームアップ』編は終了です。
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