【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
黒く、巨大な腕が振りかぶる。
「くっ……!」
ビル内部の壁を破壊して、瓦礫片が僕へ迫る。
避けきれない!
僕は
勢いの落ちた瓦礫を足で蹴り飛ばし、着地する。
目の前には巨大な
真っ黒な肌に、真っ白な悪魔のマスク……後頭部からは何本ものツノが生えている。
そんな悪魔の頭上に、ミスター・ネガティヴ……マーティン・リーは乗っていた。
『私の邪魔をする者は、報いを受けるのだ!』
巨大な拳が地面を叩いた。
白と黒のスパークが発生し……落雷となって降り注ぐ。
「このっ……!」
そのまま、悪魔の顔面にパンチを喰らわせた。
手応えはあった。
悪魔の顎が砕けて、塵となって霧散する。
随分と呆気ない。
正直拍子抜け──
『無駄だ!』
悪魔の身体に黒いモヤが集まり……修復された。
「ちょ、っと……!こんなのアリ!?」
復活した悪魔が頭突きを繰り出し、僕は弾き飛ばされた。
そのまま、奈落の底へ……咄嗟に
黒いモヤが渦巻く。
床が砕けて、下には虚空が広がっている。
……また現実離れしている。
だけど、これは現実だ。
あの時とは違い、
研ぎ澄まされた感覚が、この光景を現実だと認識させてくれる。
僕は床を蹴って、悪魔へと接近する。
『鬱陶しい蜘蛛め!駆除してやる!』
ミスター・ネガティヴの怒声に合わせて、悪魔が拳を振るう。
アレは彼が従えてる本物の悪魔……って訳じゃないな。
彼の手足のように動いている。
恐らく……彼自身の悪意を、その力で具現化させたものか。
僕は
そして、アレがマーティン・リーの悪意が具現化したものなら……不死身なのも納得できる。
彼が持つ悪意の源を断たなければ……。
それか、彼自身を倒さなければ……戦いは終わらない。
黒いモヤが悪魔に渦巻く……はち切れそうな程、膨張している。
悪魔の形も崩れて、輪郭がボヤけている。
それはつまり、彼の悪意が荒れ狂い……力のコントロールが出来ていないという事だ。
「マーティン・リー!悪意に飲まれたらダメだ!元の優しい貴方に戻ってくれ!」
『元の?違う!これが私の真の姿だ!』
悪魔の腕が伸びて、鞭のようにしなる。
空気が破裂する音がして、僕へ迫る。
その度に回避をして……床が何度も砕ける。
僕は冷や汗を流した。
当たれば痛いじゃ済まないな。
『見ろ!これが私の力だ!誰にも止める事は出来ない!たとえ誰であろうと、もう私から奪える者はいない!』
「そんなの……ダメだ!奪われる痛みを知っているのに、誰かから奪おうだなんて……そんなの間違ってる!」
悪魔の腕が破裂し、何本もの触手になった。
それが同時に……僕へと迫る。
「悪意に負けたらダメだ!自分の内なる悪魔に打ち勝つんだ!マーティン・リー!」
『悪魔に打ち勝つだと?違うな!私が……悪魔そのものだ!』
大量の触手が僕へと迫る。
まずい、避けきれない!
手で触手を幾つか弾いたけれど……隙間を通り抜け、僕の身体を弾き飛ばした。
「ぐ、ぅっ……!」
『私に善性を求めるな!私は復讐をするための悪魔なのだ!貴様には分かるまい!』
悪魔は身体を炎のように燃やしている。
最早、肉体が存在するかも分からない。
そして、その手には……巨大な剣。
咽せながら、手を地面につく。
「……分から、ない?」
『そうだ!両親を奪われ、力を手に入れた私が……ならば!復讐をしなければ!それが道理だ!貴様には分かるまい!』
「……いいや、分かるよ」
分からない訳がない。
マーティン・リーの気持ちは僕にも理解できる。
だって彼と……僕には共通点があるから。
「僕も……育ての親を悪人に殺された。望まぬ力も手にした。復讐しようと考えた事だってある」
『……ならば、何故、私を止める!?』
剣が迫る。
……足が……痺れて、避けられない。
溜まっていたダメージが、今更、足に来たんだ。
今日はずっと戦っていたから……ね。
「……手にしてしまった大いなる力は……正しい事に使うべきなんだ。誰かを傷付ける為じゃなく、誰かを助ける為に使わなきゃならない……それが僕や貴方の責任だ……!」
僕の背丈より何倍も大きな剣を、両手で挟む。
骨が軋む。
床が砕ける。
『そんな責任など……ない!』
「貴方は……!貴方にも、分かっている筈だ!誰かの為に努力出来る貴方は!よく、知っている筈なんだ……!」
『何を……!』
「目を覚ますんだ!こんな殺風景な場所から抜け出して、悪魔とは縁を切るんだ!」
剣に込める力が強くなっていく。
今にも、押しつぶされてしまいそうだ。
悪魔が僕を嘲笑っている。
「『F.E.A.S.T.』には貴方の帰りを待っている人がいる!みんな、貴方に感謝してる!尊敬だって……!その気持ちを裏切ったら……ダメだ!」
『……だがっ、だが!もう、戻る事はできない!立ち止まる事は出来ない!』
みしり、みしりと音が響く。
悪魔の身体が激しく燃え盛る。
『私は進むしかない!真の悪を討ち滅ぼし、浄化する!』
「この……分からず屋!」
僕を押さえつけていた剣の上に……影が現れる。
デーモンがもう片方の手を振り上げている。
……それを、上から剣に叩きつけられたら!
僕は間違いなく、押しつぶされてしまう。
逃げないと……だけど、ダメだ!
地面に縫い付けられたかのように、足が床を踏み砕き……めり込んでいる。
瓦礫に埋もれて、動かす事も出来ない。
『私を惑わすな!蜘蛛め、潰れて死ね!』
そのまま、拳が振り下ろされて──
ガラスが、割れたような音がした。
だけど、衝撃は来なかった。
黒いモヤに覆われた、暗闇が砕けて……空から誰かが落下してくる。
黒いヴィブラニウム製のアーマースーツが逆光を浴びている。
それは──
「ミシェル!」
僕の頼れる味方だ。
『すまない、少し遅れた』
そのままデーモンの腕を蹴り飛ばし、僕を救出した。
咄嗟にミシェルと呼んでしまったけれど、ナイトキャップ……に、肩を貸されてる。
『貴様……!』
『ミスター・ネガティヴ。貴様の用意した『デビルズ・ブレス』は既に無効化した。護衛の『デーモン』どもも無力化している……もう終わりだ』
……仕事が早いな。
感心しながらも、床を踏み締める。
呼吸を整える。
骨は軋む。
どこか折れてるかも知れない。
だけど、折れていない骨の方が遥かに多い。
それならまだ、戦える。
息を深く……吐いた。
随分と楽になった。
これならまだ、戦える。
『だが、まだ……!邪魔を、するならば……!』
悪魔が燃え盛る。
剣が両手に現れた。
黒いモヤが飽和し、渦巻く暗雲のようにスパークを発生させている。
『……ここで待っていろ。後は私が──
「僕も戦うよ」
黒いマスクが僕を一瞥した。
「彼を……助けないと」
『……そうか。そうだな。それでこそ……
貸されていた肩から離れて、二人……並び立つ。
片方は黒いハイテクなアーマースーツを装着した、ナイトキャップ。
もう片方は赤と青の手作りスーツを身に纏った、スパイダーマン。
全く似ていない二人だけれど……間違いなく、信頼できる
ミスター・ネガティヴが僕達を睨みつける。
『一人増えた所で、何も変わりはしない!私を止められはしない!屍の数が増えるだけだ!』
ミスター・ネガティヴが吠え……悪魔が、剣を振り下ろした。
僕とミシェルは別方向に転がり……剣を回避する。
「行くよ!」
『あぁ」
再び、剣がミシェルへ迫る。
僕は
軌道を変えた剣先は彼女から逸れて、すぐ側へ叩きつけられた。
『ふっ』
ミシェルは剣を足場にして、飛び上がった。
そのまま身体を錐揉みさせ、悪魔の顔面に蹴りが命中させた。
『無駄だ!そんなもの!』
悪魔がモヤを身に纏い、再生を始める。
僕は
僕のすぐ側に着地した。
『厄介だな』
「でも、再生時に少し隙が出来る」
『……それなら』
「うん、やろう」
本当に最低限の会話をして、僕と彼女は頷いた。
ミシェルが僕の前を走りだす。
再生を終えた悪魔が、迎撃しようとミシェルへ手を伸ばす。
僕も遅れて走り出し……地面を蹴り、ミシェルの肩を踏んだ。
『いくぞ!』
彼女は身体のバネを活かして、僕を上へと弾き飛ばした。
「こっちだ、マーティン・リー!」
『何!?』
上へ飛び上がった僕へと、ミスター・ネガティヴの視線が誘導される。
瞬間、足元が留守になった悪魔へ……ミシェルが滑り込む。
『違う、下だ』
そのまま肘で、デーモンの腹を削いだ。
それに気付いたミスター・ネガティヴは苛立ちも隠さず、ミシェルを睨み付けた。
『小賢しい真似をする!だが、無意味だと知れ!我が悪魔は不死身──
「そうかもね……だけど、貴方はどうかな!」
僕は宙で身を捩り、
悪魔は再生中、身動きが取れない。
だから、その一瞬がチャンスだった。
僕は悪魔の両肩に
強く引っ張りながら、後方へ飛ぶ。
『何を──
「行くよ──
足を突き出して……まるで矢のように。
「これで目を、覚ましてくれ!」
悪魔を……マーティン・リーの悪意を、貫いた。
そして、その勢いのまま、彼の顔面を蹴り飛ばした。
『ぐぅあっ!?』
強烈な一撃に彼は数メートル弾き飛ばされる。
そして、地面を跳ねた。
僕も反動で吹っ飛んで……ミシェルに抱き抱えられ、着地した。
『う、ぐ……ぅ……』
悪魔が霧散する。
マーティン・リーを引き剥がされ、形を保てなくなったのか……崩れていく。
彼自身もミスター・ネガティヴとしての姿を維持出来なくなり……黒いモヤが消えていく。
非現実的な空間は……巨大な吹き抜けの会場へと姿を変えた。
窓の外にはニューヨークの街並みも見える。
「ぐ、くそ……あと、ほんの少し、だったのに……!」
マーティン・リーが床を叩き……歯を食いしばっている。
それを見たミシェルが声を掛けた。
『マーティン・リー』
「……最早、私には何も──
『この下の階層にいる『マギア』は『S.H.I.E.L.D.』が拘束する』
「……それが、どうした。奴等は法の抜け穴を知っている!この国の法では裁くことなど──
『『S.H.I.E.L.D.』を甘く見るな……そんなもの、幾らでも捻じ曲げられる』
マーティン・リーが驚いたような顔をした。
『だから、お前の復讐はここで終わりだ。奴等には罪を償わせるさ。折角、ニューヨーク市内のマギアを一網打尽出来たのだから』
「…………」
……複雑な感情に、顔を歪めている。
少なくとも納得はしていないだろう。
そんな彼に、僕も口を開いた。
「これで良かったんだ、マーティン・リー」
「……良かっただと?何も、良くはない……!」
マーティン・リーが吠えた。
口に含んでいた血を吐き出して、僕を睨みつける。
「後少しだ!後少しで……お前達が邪魔さえしなければ、奴等を殺す事が出来た──
「だから良かったんだよ。貴方が……罪を重ねずに済んだのだから」
「私は罪を犯す事を恐れてなど……いない……!」
「恐れていなくても、貴方のこれからの人生には……不要な罪の重さだよ」
僕の言葉に、マーティン・リーが不可解そうな顔をした。
「……どうして、そこまで!私を助けようとするんだ……」
……僕はマスクの下で頬を緩めた。
例え、僕の素顔が見えなかったとしても……。
「貴方も、沢山の人を助けてきた。見返りも求めずに」
「それが……どうした……」
「だからだよ……僕も貴方と同じ事がしたいだけ」
それは無償の愛だ。
自分と関わりのない筈の他人すら守ろうとする意思……より良い世界にしたいという願い。
それは彼だって、僕だって持っている。
『F.E.A.S.T.』の運営は楽じゃなかった筈だ。
かなりに負担になっていただろう。
それでも、彼は挫けなかった。
傷付いた人々を助ける為に、手を差し伸べ続けた。
それは例え彼が悪人の一面を持っていたとしても、尊敬できる事だ。
「貴方は良い人なんだよ、マーティン・リー」
「……だが、私は……」
「二面性があったとしても、誰かを助けた貴方が嘘になる訳じゃない」
「……私は悪人だ」
「でも、善人でもある筈だ」
僕は軋む身体を動かして、マーティン・リーの側に寄り添う。
肩に手を置いて……頷く。
「だから帰るんだ。罪を償って……『F.E.A.S.T.』へ」
「……私は、私は……」
マーティン・リーは蹲り……涙を流し始めた。
「私は……何故……」
無言で、まるで幼い子供のように……静かに、自分自身の体を抱いて、泣いた。
ふと、振り返ると……ミシェルは腕を組んで、その様子を見ていた。
「今まで、何を……」
サイレンの音が聞こえる中、啜り泣く声が僕の耳に響き続けた。
◇◆◇
大量の護送車両が集まって、拘束した『マギア』の構成員と、『デーモン』の構成員を運んでいく。
ミスター・ネガティヴ……マーティン・リーも含めて、今回の逮捕者の名前は公表されないらしい。
一歩間違えば一般市民にも被害が及ぶような……マフィアを囮にして誘い出すような作戦だ。
『S.H.I.E.L.D.』も公にしたくないらしい。
だからこそ……マーティン・リー、彼が罪を償えば……きっと、『F.E.A.S.T.』に戻る事が出来るだろう。
それは平等なのか、正しい事なのか……分からないけれど、僕は嬉しく感じた。
そういえば、『F.E.A.S.T.』のシェルターから叔母さん達の救出も完了したらしい。
僕と入れ違いで『S.H.I.E.L.D.』のエージェント達が救出してくれたらしく……僕は胸を撫で下ろした。
倒壊した『F.E.A.S.T.』ビルは、この国の復興組織である『ダメージ・コントロール』が修復するらしい。
出資者は一人減ったけれど……きっと、まだ活動は続けられるだろう。
さて。
僕とミシェルは……ビルの上から、逮捕された人達を見下ろしていた。
夕焼けがニューヨークを赤く染めている。
少し涼しくなった風が僕達を冷やしてくれている。
ミシェルはマスクの下部を触った。
瞬間、表の面が展開して……彼女の素顔が顕になった。
少し汗で濡れていたけれど……いつもと変わらず、整った顔立ちで息を深く吐いた。
そして、その素顔を僕へと向けて。
夕焼けに照らされた彼女の頬が、緩む。
「お疲れ様、ピーター」
「ミシェルこそ……お疲れ様。僕より働いてたんじゃないかな?」
僕もマスクを脱いで、素顔を見せる。
汗で濡れてるし、髪の毛も整っていない。
まぁ、言うなら……ボロボロの見窄らしいピーター・パーカーだ。
だけど、ミシェルは僕の素顔を見て少し嬉しそうにした。
「適材適所。私には私の出来る事があって……ピーターには、ピーターの出来る事があるから」
「……そうかな」
「ん。例えば……私もマーティン・リーを止める事は出来たと思う」
ミシェルが目を閉じる。
夕焼けに照らされた彼女は、いつもより綺麗に見えた。
「でも、改心はさせられない。彼を……助ける事も出来なかった。そう思う」
「……そっか」
「そう。だから、ピーターは凄い。私には出来ない事が出来るから……」
ミシェルが手を組んで、自分の指を弄っている。
少しの間、静かにニューヨークの喧騒を耳にしていた。
何も話さず、それでも側にいる。
それだけで僕は幸せだった。
そして少し時間が流れて、ミシェルが口を開いた。
「ヒーローの本質は悪人を殴る事ではない、人を助けること……」
「そうだね、って……昔、僕が言った言葉だっけ?」
「ん……だから、悪人すらも助けようと出来るピーターが……やっぱり、私にとっては最高のヒーロー、かな」
「……え、あ……うん……ありがとう」
照れくさくなって頬を掻く。
きっと、顔が赤くなっている。
だけど、夕焼けが誤魔化してくれるだろう。
ミシェルが口を開く。
「……いつも、ありがとう。ピーター」
そう感謝の言葉を述べて、身体を傾けた。
そして、僕の肩に……体重を預けてきた。
その重さを心地よく感じながら、僕も口を開く。
「……僕も、ずっと感謝しているよ。君と会えて、僕は……幸せだから」
夕暮れ、少しずつ空は暗くなっていく。
だけど、この中途半端な時間が……掛け替えのない時間に感じられて、僕は嬉しかった。
きっと彼女の側に居れば、何でもない日の、どうでも良い時間だって……特別な時間になると思えた。
彼女の体重を感じながら、寄り添う。
僕は頬を緩めて、口を開く。
「……こうやって、二人で一緒にヒーロー活動するのも悪くないね」
「ん……」
互いに互いの存在を認め合って……頷く。
だけど……ミシェルは政府公認のヒーロー……『S.H.I.E.L.D.』のエージェントだ。
比べて、僕は組織に所属していない……ただの
立場の違いは、共に戦う事を……気後れさせる。
普段からミシェルと共に活動していれば、僕もいずれ『S.H.I.E.L.D.』のエージェントに勧誘されるだろう。
ニック・フューリーは目敏いし、
……だけど、『S.H.I.E.L.D.』のエージェントになるということは、自由な……悪く言えば『自分勝手な』ヒーロー活動が出来なくなるという事だ。
街を飛んで、誰かを助けて、小さな悩みを解決するような……親愛なる隣人としての活動は出来なくなる。
当然だ。
『S.H.I.E.L.D.』の活動は公費で賄われている。
命の危機でもない、街の人々の手助けなんて……勝手に力を振りかざす事は許されない。
それは確かに、正しい。
大いなる力を政府が管理する事は……確かに、『正しい事』なのだろう。
小さな悪事や困り事は警官達がどうにかすればいい。
だけど……それは『良い事』なのだろうか?
胸を張って、親愛なる隣人と言えるだろうか?
「……ピーター」
「うん?」
名前を呼ばれる。
ミシェルは僕を見ずに、クイーンズに沈んで行く夕陽を見ていた。
「……立場が違うからこそ、きっと出来る事があるから。気にしないで。それも貴方の良いところ、だから」
「……ありがとう」
ミシェルが僕の手を握った。
ヴィブラニウム製の硬いアーマーに覆われているのに、柔らかく、暖かく感じた。
「本当に困ったら、互いにまた……助け合えれば良い」
「……そうだね。何があっても……一緒なら乗り越えられるから」
「ん」
握った手の感触は、僕の心を優しく撫でるように……。
「あ」
ミシェルが小さく声を出した。
「ピーター、今日、休みの予定潰れちゃったから……明日にデート、振替出来る?」
「明日?」
頭の中のカレンダーを捲る。
そして、口を窄める。
「ごめん、明日は……大学があるから」
「……そっか」
ミシェルが萎れていく。
目に見えてガッカリしているのが分かる。
そんな姿を見ると……凄く、罪悪感を感じる。
だからどうにか元気付けたくて、何かないかと考える。
「えーっと……それなら、その……この後、僕の家に来る?」
「行く」
「……即答だね」
「ん」
ミシェルがふん、と鼻を鳴らした。
随分と可愛らしい仕草だ。
さっきまでの彼女の……ナイトキャップとしての姿と重ならない。
ミシェルは微笑み……そして、ふと少し顔を曇らせた。
「……まぁ、今回の報告書、書かなきゃだけど」
「え?大丈夫?それって……」
「ピーターの部屋で書くから、大丈夫……うん、大丈夫……多分」
そして、ミシェルは膝を抱えていた手で、地面を突き……立ち上がった。
真っ赤な夕焼けの中で、彼女の青い瞳が輝いた。
……彼女の『眼』。
それは『ウォッチャーの眼』だ。
あらゆる次元を鑑賞できる、とんでもない力を持っている。
故に……彼女の言っていた言葉を思い出した。
僕が死んでしまう姿を見た、と。
時間軸がズレれば、それは別宇宙で……遥か未来にも、遥か過去にも繋がっている。
だからこそ、僕の死は……いつか、訪れる可能性がある未来、なのだろう。
不安がないと言えば嘘になる。
僕だって死にたくない。
だけど、スパイダーマンを辞めるつもりはない。
「帰りは……
「賛成。私、空中散歩デートしたい」
彼女を抱き抱える。
この重さ。
彼女の重さ。
命。
それを守れたのは、僕がヒーローとして活動していたからだ。
彼女だけじゃない。
僕は沢山の人を助けてきた。
親愛なる隣人、スパイダーマンとして。
だからこそ、辞めない。
辞められない。
僕が戦う事で誰かを助けられるのならば……怖くても、不安でも……戦える。
戦い続ける事が出来る。
「それじゃあ……帰ろうか?」
「うん」
決して後悔しないためにも、僕はこれからも親愛なる隣人であり続ける。
僕が僕であるために。
決して失ってはいけない、責任を抱えて……。
それに人生は、命は……いつまでも続く訳じゃない。
永遠じゃない。
だからこそ、後悔のないように。
もう二度と、後悔のないように。
これからも、後悔のないように。
僕は戦い続ける。
親愛なる隣人、スパイダーマンとして。
その責任と、覚悟が僕にはある。
……まぁ、それに一人じゃないからね。
「……ピーター?」
「ん?あ、ごめん……ちょっと、マスクだけかぶらせて」
一人で戦い続ければ、いつか自重で潰れてしまうかも知れない。
だけど、彼女となら……どこまでも飛んで行ける気がした。
互いに助け合える、僕と彼女は……チームだ。
人としても、ヒーローとしても……僕達はチームなんだ。
だから今は……それで良い。
未来が不安でも、死ぬ事が怖くても……それでも、今は幸せなのだから。
僕は彼女を抱き抱えたまま、
◇◆◇
瓦礫を蹴る。
荒廃した『F.E.A.S.T.』の跡地、そこから……一つ、ひび割れた木材のオブジェを手に取る。
「…………」
それを私は手に取り……砕いた。
中にあったのはUSBメモリ。
「……これがそうですか」
これにはミスター・ネガティヴ……彼が裏で行っていた稼業の情報が入っている。
それをコートの下に入れる。
これは重要なファクターだ。
これを手に入れるために……『マギア』へ嘘の情報を流した程に。
このUSBメモリ、そして情報……私が使っても大した結果は得られないだろう。
だが、この街を牛耳るギャングからすれば……喉から手が出るほど欲しいのだ。
取引相手を脅す事も出来るだろう。
同様の事業を持ちかける事も出来るだろう。
気に入らない相手に罪をなすり付ける事も出来るだろう。
そう、彼なら──
ウィルソン・フィスク……キングピンならば。
『マギア』と『デーモン』の衝突を激化させたのは、彼の仕業だ。
奴等は邪魔だったのだ。
ニューヨークの裏を支配する者は一人だけでいい……キングピンはそう考えていた。
だから、同時に……二つの組織にダメージを与えるために手を打った。
『デーモン』に『マギア』の情報を流し、『マギア』に『デーモン』の情報を流した。
戦力差のある組織が拮抗し、互いにダメージを受けるように。
結果、『デーモン』も『マギア』も半壊した。
だが、『マギア』は……ニューヨークだけが彼らの拠点ではない。
しかし、致命的なダメージを受けた。
一旦はニューヨークから離れるだろう。
残されたのは、彼らが持っていた
そして、そのパイを切るのは一人……キングピンのみ。
私は彼に依頼されて、『マギア』と『デーモン』の諜報活動を行っていた。
『S.H.I.E.L.D.』の奴等も組織を探っていたが……変装と潜入は私の方が遥かに上だ。
特に……変装においては、私以上の者は居ない。
コートに手を突っ込んで、廃墟から立ち上がる。
「ご苦労さまです」
私は現場に来ていた『ダメージ・コントロール』へフレンドリーに声をかけて、その場を離れる。
疑われる事もない。
路地裏へ、進む。
金属製の扉が私の顔を反射した。
髭の生えた強面の男が映っている。
窓ガラスが私の顔を反射した。
歳若い好青年が映っている。
水溜まりに私の顔が反射した。
年老いた男の姿が映っている、
これらの顔の持ち主は……全て、既に他界している。
私が殺した。
そして、ガラス片に私の顔が映った。
そこには……真っ白な肌のマネキンのような顔が映っていた。
毛もなく、鼻もなく、唇もない。
ただ、目と口は存在していた。
そう、これが私の真の姿だ。
人は私を畏怖し、『カメレオン』と呼ぶ。
路地裏を抜けて、隠し扉から拠点に入った。
私は手を顎に当てて、手元のタブレットを開く。
そして、少し考え事をする。
「しかし、『マギア』は死傷者なし……『デーモン』も、ですか」
タブレットにはスパイダーマンと呼ばれている、赤いマスクの写真が写っていた。
「想定外でしたが……まぁ、クライアントの最低条件は満たせましたね」
私はタブレットを閉じて、服の内側にしまう。
「しかし……邪魔をされたのは事実。鬱陶しい蜘蛛は『駆除』しなければ──
そして、私用のスマートフォンを手に取った。
宛先の一覧を開き『兄』の電話番号を開く。
「いえ『狩猟』しなければ、ね」
私は兄、『セルゲイ・クラヴィノフ』へ──
いや、『クレイヴン』へと電話をかけた。