【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

132 / 138
#8 インナー・デーモン part2

黒く、巨大な腕が振りかぶる。

 

 

「くっ……!」

 

 

ビル内部の壁を破壊して、瓦礫片が僕へ迫る。

 

避けきれない!

 

僕は(ウェブ)シューターから(ウェブ)を放ち、瓦礫の勢いを相殺する。

勢いの落ちた瓦礫を足で蹴り飛ばし、着地する。

 

目の前には巨大な悪魔(デーモン)

真っ黒な肌に、真っ白な悪魔のマスク……後頭部からは何本ものツノが生えている。

そんな悪魔の頭上に、ミスター・ネガティヴ……マーティン・リーは乗っていた。

 

 

『私の邪魔をする者は、報いを受けるのだ!』

 

 

巨大な拳が地面を叩いた。

白と黒のスパークが発生し……落雷となって降り注ぐ。

 

 

「このっ……!」

 

 

超感覚(スパイダーセンス)を頼りに、回避しながら接近する。

そのまま、悪魔の顔面にパンチを喰らわせた。

 

手応えはあった。

 

悪魔の顎が砕けて、塵となって霧散する。

随分と呆気ない。

 

正直拍子抜け──

 

 

『無駄だ!』

 

 

悪魔の身体に黒いモヤが集まり……修復された。

 

 

「ちょ、っと……!こんなのアリ!?」

 

 

復活した悪魔が頭突きを繰り出し、僕は弾き飛ばされた。

そのまま、奈落の底へ……咄嗟に(ウェブ)を床へ放ち、堪える。

 

黒いモヤが渦巻く。

床が砕けて、下には虚空が広がっている。

 

……また現実離れしている。

だけど、これは現実だ。

 

あの時とは違い、超感覚(スパイダーセンス)が機能している。

研ぎ澄まされた感覚が、この光景を現実だと認識させてくれる。

 

僕は床を蹴って、悪魔へと接近する。

 

 

『鬱陶しい蜘蛛め!駆除してやる!』

 

 

ミスター・ネガティヴの怒声に合わせて、悪魔が拳を振るう。

アレは彼が従えてる本物の悪魔……って訳じゃないな。

彼の手足のように動いている。

恐らく……彼自身の悪意を、その力で具現化させたものか。

 

僕は本物の悪魔(メフィスト)と会った事があるし……違いぐらいは分かる。

 

そして、アレがマーティン・リーの悪意が具現化したものなら……不死身なのも納得できる。

彼が持つ悪意の源を断たなければ……。

それか、彼自身を倒さなければ……戦いは終わらない。

 

黒いモヤが悪魔に渦巻く……はち切れそうな程、膨張している。

悪魔の形も崩れて、輪郭がボヤけている。

それはつまり、彼の悪意が荒れ狂い……力のコントロールが出来ていないという事だ。

 

 

「マーティン・リー!悪意に飲まれたらダメだ!元の優しい貴方に戻ってくれ!」

 

『元の?違う!これが私の真の姿だ!』

 

 

悪魔の腕が伸びて、鞭のようにしなる。

空気が破裂する音がして、僕へ迫る。

 

その度に回避をして……床が何度も砕ける。

僕は冷や汗を流した。

当たれば痛いじゃ済まないな。

 

 

『見ろ!これが私の力だ!誰にも止める事は出来ない!たとえ誰であろうと、もう私から奪える者はいない!』

 

「そんなの……ダメだ!奪われる痛みを知っているのに、誰かから奪おうだなんて……そんなの間違ってる!」

 

 

悪魔の腕が破裂し、何本もの触手になった。

それが同時に……僕へと迫る。

 

 

「悪意に負けたらダメだ!自分の内なる悪魔に打ち勝つんだ!マーティン・リー!」

 

『悪魔に打ち勝つだと?違うな!私が……悪魔そのものだ!』

 

 

大量の触手が僕へと迫る。

まずい、避けきれない!

 

手で触手を幾つか弾いたけれど……隙間を通り抜け、僕の身体を弾き飛ばした。

 

 

「ぐ、ぅっ……!」

 

『私に善性を求めるな!私は復讐をするための悪魔なのだ!貴様には分かるまい!』

 

 

悪魔は身体を炎のように燃やしている。

最早、肉体が存在するかも分からない。

そして、その手には……巨大な剣。

 

咽せながら、手を地面につく。

 

 

「……分から、ない?」

 

『そうだ!両親を奪われ、力を手に入れた私が……ならば!復讐をしなければ!それが道理だ!貴様には分かるまい!』

 

「……いいや、分かるよ」

 

 

分からない訳がない。

 

マーティン・リーの気持ちは僕にも理解できる。

だって彼と……僕には共通点があるから。

 

 

「僕も……育ての親を悪人に殺された。望まぬ力も手にした。復讐しようと考えた事だってある」

 

『……ならば、何故、私を止める!?』

 

 

剣が迫る。

……足が……痺れて、避けられない。

 

溜まっていたダメージが、今更、足に来たんだ。

今日はずっと戦っていたから……ね。

 

 

「……手にしてしまった大いなる力は……正しい事に使うべきなんだ。誰かを傷付ける為じゃなく、誰かを助ける為に使わなきゃならない……それが僕や貴方の責任だ……!」

 

 

僕の背丈より何倍も大きな剣を、両手で挟む。

骨が軋む。

床が砕ける。

 

 

『そんな責任など……ない!』

 

「貴方は……!貴方にも、分かっている筈だ!誰かの為に努力出来る貴方は!よく、知っている筈なんだ……!」

 

『何を……!』

 

「目を覚ますんだ!こんな殺風景な場所から抜け出して、悪魔とは縁を切るんだ!」

 

 

剣に込める力が強くなっていく。

今にも、押しつぶされてしまいそうだ。

 

悪魔が僕を嘲笑っている。

 

 

「『F.E.A.S.T.』には貴方の帰りを待っている人がいる!みんな、貴方に感謝してる!尊敬だって……!その気持ちを裏切ったら……ダメだ!」

 

『……だがっ、だが!もう、戻る事はできない!立ち止まる事は出来ない!』

 

 

みしり、みしりと音が響く。

悪魔の身体が激しく燃え盛る。

 

 

『私は進むしかない!真の悪を討ち滅ぼし、浄化する!』

 

「この……分からず屋!」

 

 

僕を押さえつけていた剣の上に……影が現れる。

デーモンがもう片方の手を振り上げている。

 

……それを、上から剣に叩きつけられたら!

僕は間違いなく、押しつぶされてしまう。

 

逃げないと……だけど、ダメだ!

地面に縫い付けられたかのように、足が床を踏み砕き……めり込んでいる。

瓦礫に埋もれて、動かす事も出来ない。

 

 

『私を惑わすな!蜘蛛め、潰れて死ね!』

 

 

そのまま、拳が振り下ろされて──

 

 

 

ガラスが、割れたような音がした。

だけど、衝撃は来なかった。

 

黒いモヤに覆われた、暗闇が砕けて……空から誰かが落下してくる。

黒いヴィブラニウム製のアーマースーツが逆光を浴びている。

 

それは──

 

 

「ミシェル!」

 

 

僕の頼れる味方だ。

 

 

『すまない、少し遅れた』

 

 

そのままデーモンの腕を蹴り飛ばし、僕を救出した。

咄嗟にミシェルと呼んでしまったけれど、ナイトキャップ……に、肩を貸されてる。

 

 

『貴様……!』

 

『ミスター・ネガティヴ。貴様の用意した『デビルズ・ブレス』は既に無効化した。護衛の『デーモン』どもも無力化している……もう終わりだ』

 

 

……仕事が早いな。

感心しながらも、床を踏み締める。

 

呼吸を整える。

 

骨は軋む。

どこか折れてるかも知れない。

だけど、折れていない骨の方が遥かに多い。

それならまだ、戦える。

 

息を深く……吐いた。

 

随分と楽になった。

これならまだ、戦える。

 

 

『だが、まだ……!邪魔を、するならば……!』

 

 

悪魔が燃え盛る。

剣が両手に現れた。

 

黒いモヤが飽和し、渦巻く暗雲のようにスパークを発生させている。

 

 

『……ここで待っていろ。後は私が──

 

「僕も戦うよ」

 

 

黒いマスクが僕を一瞥した。

 

 

「彼を……助けないと」

 

『……そうか。そうだな。それでこそ……親愛なる隣人(スパイダーマン)だ』

 

 

貸されていた肩から離れて、二人……並び立つ。

 

片方は黒いハイテクなアーマースーツを装着した、ナイトキャップ。

もう片方は赤と青の手作りスーツを身に纏った、スパイダーマン。

 

全く似ていない二人だけれど……間違いなく、信頼できる相棒(サイドキック)だ。

 

ミスター・ネガティヴが僕達を睨みつける。

 

 

『一人増えた所で、何も変わりはしない!私を止められはしない!屍の数が増えるだけだ!』

 

 

ミスター・ネガティヴが吠え……悪魔が、剣を振り下ろした。

 

僕とミシェルは別方向に転がり……剣を回避する。

 

 

「行くよ!」

 

『あぁ」

 

 

再び、剣がミシェルへ迫る。

僕は(ウェブ)を飛ばして、剣を引っ張る。

軌道を変えた剣先は彼女から逸れて、すぐ側へ叩きつけられた。

 

 

『ふっ』

 

 

ミシェルは剣を足場にして、飛び上がった。

そのまま身体を錐揉みさせ、悪魔の顔面に蹴りが命中させた。

 

 

『無駄だ!そんなもの!』

 

 

悪魔がモヤを身に纏い、再生を始める。

 

僕は(ウェブ)を使って、ミシェルを引き戻す。

僕のすぐ側に着地した。

 

 

『厄介だな』

 

「でも、再生時に少し隙が出来る」

 

『……それなら』

 

「うん、やろう」

 

 

本当に最低限の会話をして、僕と彼女は頷いた。

 

ミシェルが僕の前を走りだす。

再生を終えた悪魔が、迎撃しようとミシェルへ手を伸ばす。

 

僕も遅れて走り出し……地面を蹴り、ミシェルの肩を踏んだ。

 

 

『いくぞ!』

 

 

彼女は身体のバネを活かして、僕を上へと弾き飛ばした。

 

 

「こっちだ、マーティン・リー!」

 

『何!?』

 

 

上へ飛び上がった僕へと、ミスター・ネガティヴの視線が誘導される。

瞬間、足元が留守になった悪魔へ……ミシェルが滑り込む。

 

 

『違う、下だ』

 

 

そのまま肘で、デーモンの腹を削いだ。

それに気付いたミスター・ネガティヴは苛立ちも隠さず、ミシェルを睨み付けた。

 

 

『小賢しい真似をする!だが、無意味だと知れ!我が悪魔は不死身──

 

「そうかもね……だけど、貴方はどうかな!」

 

 

僕は宙で身を捩り、(ウェブ)を両手から発射した。

悪魔は再生中、身動きが取れない。

だから、その一瞬がチャンスだった。

僕は悪魔の両肩に(ウェブ)を貼り付けた。

 

強く引っ張りながら、後方へ飛ぶ。

 

 

『何を──

 

「行くよ──

 

 

(ウェブ)を引っ張り、反動で身体を弾いた。

足を突き出して……まるで矢のように。

 

 

「これで目を、覚ましてくれ!」

 

 

悪魔を……マーティン・リーの悪意を、貫いた。

そして、その勢いのまま、彼の顔面を蹴り飛ばした。

 

 

『ぐぅあっ!?』

 

 

強烈な一撃に彼は数メートル弾き飛ばされる。

そして、地面を跳ねた。

 

僕も反動で吹っ飛んで……ミシェルに抱き抱えられ、着地した。

 

 

『う、ぐ……ぅ……』

 

 

悪魔が霧散する。

マーティン・リーを引き剥がされ、形を保てなくなったのか……崩れていく。

 

彼自身もミスター・ネガティヴとしての姿を維持出来なくなり……黒いモヤが消えていく。

 

非現実的な空間は……巨大な吹き抜けの会場へと姿を変えた。

窓の外にはニューヨークの街並みも見える。

 

 

「ぐ、くそ……あと、ほんの少し、だったのに……!」

 

 

マーティン・リーが床を叩き……歯を食いしばっている。

それを見たミシェルが声を掛けた。

 

 

『マーティン・リー』

 

「……最早、私には何も──

 

『この下の階層にいる『マギア』は『S.H.I.E.L.D.』が拘束する』

 

「……それが、どうした。奴等は法の抜け穴を知っている!この国の法では裁くことなど──

 

『『S.H.I.E.L.D.』を甘く見るな……そんなもの、幾らでも捻じ曲げられる』

 

 

マーティン・リーが驚いたような顔をした。

 

 

『だから、お前の復讐はここで終わりだ。奴等には罪を償わせるさ。折角、ニューヨーク市内のマギアを一網打尽出来たのだから』

 

「…………」

 

 

……複雑な感情に、顔を歪めている。

少なくとも納得はしていないだろう。

 

そんな彼に、僕も口を開いた。

 

 

「これで良かったんだ、マーティン・リー」

 

「……良かっただと?何も、良くはない……!」

 

 

マーティン・リーが吠えた。

口に含んでいた血を吐き出して、僕を睨みつける。

 

 

「後少しだ!後少しで……お前達が邪魔さえしなければ、奴等を殺す事が出来た──

 

「だから良かったんだよ。貴方が……罪を重ねずに済んだのだから」

 

「私は罪を犯す事を恐れてなど……いない……!」

 

「恐れていなくても、貴方のこれからの人生には……不要な罪の重さだよ」

 

 

僕の言葉に、マーティン・リーが不可解そうな顔をした。

 

 

「……どうして、そこまで!私を助けようとするんだ……」

 

 

……僕はマスクの下で頬を緩めた。

例え、僕の素顔が見えなかったとしても……。

 

 

「貴方も、沢山の人を助けてきた。見返りも求めずに」

 

「それが……どうした……」

 

「だからだよ……僕も貴方と同じ事がしたいだけ」

 

 

それは無償の愛だ。

自分と関わりのない筈の他人すら守ろうとする意思……より良い世界にしたいという願い。

 

それは彼だって、僕だって持っている。

 

『F.E.A.S.T.』の運営は楽じゃなかった筈だ。

かなりに負担になっていただろう。

それでも、彼は挫けなかった。

 

傷付いた人々を助ける為に、手を差し伸べ続けた。

 

それは例え彼が悪人の一面を持っていたとしても、尊敬できる事だ。

 

 

「貴方は良い人なんだよ、マーティン・リー」

 

「……だが、私は……」

 

「二面性があったとしても、誰かを助けた貴方が嘘になる訳じゃない」

 

「……私は悪人だ」

 

「でも、善人でもある筈だ」

 

 

僕は軋む身体を動かして、マーティン・リーの側に寄り添う。

肩に手を置いて……頷く。

 

 

「だから帰るんだ。罪を償って……『F.E.A.S.T.』へ」

 

「……私は、私は……」

 

 

マーティン・リーは蹲り……涙を流し始めた。

 

 

「私は……何故……」

 

 

無言で、まるで幼い子供のように……静かに、自分自身の体を抱いて、泣いた。

ふと、振り返ると……ミシェルは腕を組んで、その様子を見ていた。

 

 

「今まで、何を……」

 

 

サイレンの音が聞こえる中、啜り泣く声が僕の耳に響き続けた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

大量の護送車両が集まって、拘束した『マギア』の構成員と、『デーモン』の構成員を運んでいく。

 

ミスター・ネガティヴ……マーティン・リーも含めて、今回の逮捕者の名前は公表されないらしい。

一歩間違えば一般市民にも被害が及ぶような……マフィアを囮にして誘い出すような作戦だ。

『S.H.I.E.L.D.』も公にしたくないらしい。

 

だからこそ……マーティン・リー、彼が罪を償えば……きっと、『F.E.A.S.T.』に戻る事が出来るだろう。

それは平等なのか、正しい事なのか……分からないけれど、僕は嬉しく感じた。

 

 

そういえば、『F.E.A.S.T.』のシェルターから叔母さん達の救出も完了したらしい。

僕と入れ違いで『S.H.I.E.L.D.』のエージェント達が救出してくれたらしく……僕は胸を撫で下ろした。

倒壊した『F.E.A.S.T.』ビルは、この国の復興組織である『ダメージ・コントロール』が修復するらしい。

出資者は一人減ったけれど……きっと、まだ活動は続けられるだろう。

 

 

さて。

 

 

僕とミシェルは……ビルの上から、逮捕された人達を見下ろしていた。

夕焼けがニューヨークを赤く染めている。

 

少し涼しくなった風が僕達を冷やしてくれている。

 

ミシェルはマスクの下部を触った。

瞬間、表の面が展開して……彼女の素顔が顕になった。

 

少し汗で濡れていたけれど……いつもと変わらず、整った顔立ちで息を深く吐いた。

 

そして、その素顔を僕へと向けて。

夕焼けに照らされた彼女の頬が、緩む。

 

 

「お疲れ様、ピーター」

 

「ミシェルこそ……お疲れ様。僕より働いてたんじゃないかな?」

 

 

僕もマスクを脱いで、素顔を見せる。

汗で濡れてるし、髪の毛も整っていない。

 

まぁ、言うなら……ボロボロの見窄らしいピーター・パーカーだ。

 

だけど、ミシェルは僕の素顔を見て少し嬉しそうにした。

 

 

「適材適所。私には私の出来る事があって……ピーターには、ピーターの出来る事があるから」

 

「……そうかな」

 

「ん。例えば……私もマーティン・リーを止める事は出来たと思う」

 

 

ミシェルが目を閉じる。

夕焼けに照らされた彼女は、いつもより綺麗に見えた。

 

 

「でも、改心はさせられない。彼を……助ける事も出来なかった。そう思う」

 

「……そっか」

 

「そう。だから、ピーターは凄い。私には出来ない事が出来るから……」

 

 

ミシェルが手を組んで、自分の指を弄っている。

少しの間、静かにニューヨークの喧騒を耳にしていた。

 

何も話さず、それでも側にいる。

それだけで僕は幸せだった。

 

そして少し時間が流れて、ミシェルが口を開いた。

 

 

「ヒーローの本質は悪人を殴る事ではない、人を助けること……」

 

「そうだね、って……昔、僕が言った言葉だっけ?」

 

「ん……だから、悪人すらも助けようと出来るピーターが……やっぱり、私にとっては最高のヒーロー、かな」

 

「……え、あ……うん……ありがとう」

 

 

照れくさくなって頬を掻く。

きっと、顔が赤くなっている。

だけど、夕焼けが誤魔化してくれるだろう。

 

ミシェルが口を開く。

 

 

「……いつも、ありがとう。ピーター」

 

 

そう感謝の言葉を述べて、身体を傾けた。

そして、僕の肩に……体重を預けてきた。

 

その重さを心地よく感じながら、僕も口を開く。

 

 

「……僕も、ずっと感謝しているよ。君と会えて、僕は……幸せだから」

 

 

夕暮れ、少しずつ空は暗くなっていく。

だけど、この中途半端な時間が……掛け替えのない時間に感じられて、僕は嬉しかった。

 

きっと彼女の側に居れば、何でもない日の、どうでも良い時間だって……特別な時間になると思えた。

 

彼女の体重を感じながら、寄り添う。

僕は頬を緩めて、口を開く。

 

 

「……こうやって、二人で一緒にヒーロー活動するのも悪くないね」

 

「ん……」

 

 

互いに互いの存在を認め合って……頷く。

 

だけど……ミシェルは政府公認のヒーロー……『S.H.I.E.L.D.』のエージェントだ。

比べて、僕は組織に所属していない……ただの自警団員(ヴィジランテ)だ。

 

立場の違いは、共に戦う事を……気後れさせる。

 

普段からミシェルと共に活動していれば、僕もいずれ『S.H.I.E.L.D.』のエージェントに勧誘されるだろう。

ニック・フューリーは目敏いし、超能力(スーパーパワー)を持った人材は……いつも人手不足だ。

 

……だけど、『S.H.I.E.L.D.』のエージェントになるということは、自由な……悪く言えば『自分勝手な』ヒーロー活動が出来なくなるという事だ。

 

街を飛んで、誰かを助けて、小さな悩みを解決するような……親愛なる隣人としての活動は出来なくなる。

 

当然だ。

『S.H.I.E.L.D.』の活動は公費で賄われている。

命の危機でもない、街の人々の手助けなんて……勝手に力を振りかざす事は許されない。

 

それは確かに、正しい。

大いなる力を政府が管理する事は……確かに、『正しい事』なのだろう。

小さな悪事や困り事は警官達がどうにかすればいい。

 

だけど……それは『良い事』なのだろうか?

胸を張って、親愛なる隣人と言えるだろうか?

 

 

「……ピーター」

 

「うん?」

 

 

名前を呼ばれる。

ミシェルは僕を見ずに、クイーンズに沈んで行く夕陽を見ていた。

 

 

「……立場が違うからこそ、きっと出来る事があるから。気にしないで。それも貴方の良いところ、だから」

 

「……ありがとう」

 

 

ミシェルが僕の手を握った。

ヴィブラニウム製の硬いアーマーに覆われているのに、柔らかく、暖かく感じた。

 

 

「本当に困ったら、互いにまた……助け合えれば良い」

 

「……そうだね。何があっても……一緒なら乗り越えられるから」

 

「ん」

 

 

握った手の感触は、僕の心を優しく撫でるように……。

 

 

「あ」

 

 

ミシェルが小さく声を出した。

 

 

「ピーター、今日、休みの予定潰れちゃったから……明日にデート、振替出来る?」

 

「明日?」

 

 

頭の中のカレンダーを捲る。

そして、口を窄める。

 

 

「ごめん、明日は……大学があるから」

 

「……そっか」

 

 

ミシェルが萎れていく。

目に見えてガッカリしているのが分かる。

 

そんな姿を見ると……凄く、罪悪感を感じる。

だからどうにか元気付けたくて、何かないかと考える。

 

 

「えーっと……それなら、その……この後、僕の家に来る?」

 

「行く」

 

「……即答だね」

 

「ん」

 

 

ミシェルがふん、と鼻を鳴らした。

随分と可愛らしい仕草だ。

さっきまでの彼女の……ナイトキャップとしての姿と重ならない。

 

ミシェルは微笑み……そして、ふと少し顔を曇らせた。

 

 

「……まぁ、今回の報告書、書かなきゃだけど」

 

「え?大丈夫?それって……」

 

「ピーターの部屋で書くから、大丈夫……うん、大丈夫……多分」

 

 

そして、ミシェルは膝を抱えていた手で、地面を突き……立ち上がった。

真っ赤な夕焼けの中で、彼女の青い瞳が輝いた。

 

……彼女の『眼』。

それは『ウォッチャーの眼』だ。

 

あらゆる次元を鑑賞できる、とんでもない力を持っている。

 

故に……彼女の言っていた言葉を思い出した。

 

 

僕が死んでしまう姿を見た、と。

平行宇宙(マルチバース)に時間の概念はない……過去も、未来も存在する。

 

時間軸がズレれば、それは別宇宙で……遥か未来にも、遥か過去にも繋がっている。

 

だからこそ、僕の死は……いつか、訪れる可能性がある未来、なのだろう。

 

不安がないと言えば嘘になる。

僕だって死にたくない。

 

だけど、スパイダーマンを辞めるつもりはない。

 

 

「帰りは……(ウェブ)スイングでもしよっか?」

 

「賛成。私、空中散歩デートしたい」

 

 

彼女を抱き抱える。

 

この重さ。

彼女の重さ。

 

命。

 

それを守れたのは、僕がヒーローとして活動していたからだ。

 

彼女だけじゃない。

僕は沢山の人を助けてきた。

親愛なる隣人、スパイダーマンとして。

 

だからこそ、辞めない。

辞められない。

 

僕が戦う事で誰かを助けられるのならば……怖くても、不安でも……戦える。

戦い続ける事が出来る。

 

 

「それじゃあ……帰ろうか?」

 

「うん」

 

 

決して後悔しないためにも、僕はこれからも親愛なる隣人であり続ける。

 

僕が僕であるために。

決して失ってはいけない、責任を抱えて……。

 

それに人生は、命は……いつまでも続く訳じゃない。

永遠じゃない。

 

だからこそ、後悔のないように。

もう二度と、後悔のないように。

これからも、後悔のないように。

 

僕は戦い続ける。

親愛なる隣人、スパイダーマンとして。

 

その責任と、覚悟が僕にはある。

……まぁ、それに一人じゃないからね。

 

 

「……ピーター?」

 

「ん?あ、ごめん……ちょっと、マスクだけかぶらせて」

 

 

一人で戦い続ければ、いつか自重で潰れてしまうかも知れない。

だけど、彼女となら……どこまでも飛んで行ける気がした。

 

互いに助け合える、僕と彼女は……チームだ。

人としても、ヒーローとしても……僕達はチームなんだ。

 

 

だから今は……それで良い。

未来が不安でも、死ぬ事が怖くても……それでも、今は幸せなのだから。

 

 

僕は彼女を抱き抱えたまま、(ウェブ)を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瓦礫を蹴る。

荒廃した『F.E.A.S.T.』の跡地、そこから……一つ、ひび割れた木材のオブジェを手に取る。

 

 

「…………」

 

 

それを私は手に取り……砕いた。

中にあったのはUSBメモリ。

 

 

「……これがそうですか」

 

 

これにはミスター・ネガティヴ……彼が裏で行っていた稼業の情報が入っている。

 

それをコートの下に入れる。

これは重要なファクターだ。

 

これを手に入れるために……『マギア』へ嘘の情報を流した程に。

 

 

このUSBメモリ、そして情報……私が使っても大した結果は得られないだろう。

だが、この街を牛耳るギャングからすれば……喉から手が出るほど欲しいのだ。

 

取引相手を脅す事も出来るだろう。

同様の事業を持ちかける事も出来るだろう。

気に入らない相手に罪をなすり付ける事も出来るだろう。

 

 

そう、彼なら──

 

 

ウィルソン・フィスク……キングピンならば。

 

 

『マギア』と『デーモン』の衝突を激化させたのは、彼の仕業だ。

奴等は邪魔だったのだ。

 

ニューヨークの裏を支配する者は一人だけでいい……キングピンはそう考えていた。

 

だから、同時に……二つの組織にダメージを与えるために手を打った。

『デーモン』に『マギア』の情報を流し、『マギア』に『デーモン』の情報を流した。

 

戦力差のある組織が拮抗し、互いにダメージを受けるように。

 

結果、『デーモン』も『マギア』も半壊した。

 

だが、『マギア』は……ニューヨークだけが彼らの拠点ではない。

しかし、致命的なダメージを受けた。

一旦はニューヨークから離れるだろう。

 

残されたのは、彼らが持っていた資産(パイ)だ。

そして、そのパイを切るのは一人……キングピンのみ。

 

 

私は彼に依頼されて、『マギア』と『デーモン』の諜報活動を行っていた。

『S.H.I.E.L.D.』の奴等も組織を探っていたが……変装と潜入は私の方が遥かに上だ。

 

特に……変装においては、私以上の者は居ない。

 

コートに手を突っ込んで、廃墟から立ち上がる。

 

 

「ご苦労さまです」

 

 

私は現場に来ていた『ダメージ・コントロール』へフレンドリーに声をかけて、その場を離れる。

疑われる事もない。

 

路地裏へ、進む。

 

 

金属製の扉が私の顔を反射した。

髭の生えた強面の男が映っている。

 

 

窓ガラスが私の顔を反射した。

歳若い好青年が映っている。

 

 

水溜まりに私の顔が反射した。

年老いた男の姿が映っている、

 

 

これらの顔の持ち主は……全て、既に他界している。

私が殺した。

 

 

そして、ガラス片に私の顔が映った。

そこには……真っ白な肌のマネキンのような顔が映っていた。

毛もなく、鼻もなく、唇もない。

ただ、目と口は存在していた。

 

 

そう、これが私の真の姿だ。

 

 

人は私を畏怖し、『カメレオン』と呼ぶ。

 

 

路地裏を抜けて、隠し扉から拠点に入った。

私は手を顎に当てて、手元のタブレットを開く。

 

そして、少し考え事をする。

 

 

「しかし、『マギア』は死傷者なし……『デーモン』も、ですか」

 

 

タブレットにはスパイダーマンと呼ばれている、赤いマスクの写真が写っていた。

 

 

「想定外でしたが……まぁ、クライアントの最低条件は満たせましたね」

 

 

私はタブレットを閉じて、服の内側にしまう。

 

 

「しかし……邪魔をされたのは事実。鬱陶しい蜘蛛は『駆除』しなければ──

 

 

そして、私用のスマートフォンを手に取った。

宛先の一覧を開き『兄』の電話番号を開く。

 

 

「いえ『狩猟』しなければ、ね」

 

 

私は兄、『セルゲイ・クラヴィノフ』へ──

 

 

いや、『クレイヴン』へと電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  TO BE CONTINUED…  

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。