【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#EX オリジン・オブ・スパイダーマン

浮遊感の中、微睡む意識の中、目覚めていく。

いや……違う、逆だ。

 

ゆっくりと深みへ沈んでいく。

 

夢の中へ……没頭していく。

まるで、そこに自分がいるような感覚。

 

 

気付けば、暗闇を抜けて、景色が目に映し出される。

 

 

 

……今見える景色が現実か、夢か。

僕には分かる。

 

これは夢だ。

俯瞰するような視点で、自分を見ているのだから。

 

そして……今見ている景色に、見覚えがあった。

ここは、ニューヨーク科学館だ。

 

そして、メガネをかけてる……まだ若い僕が居る。

これはミッドタウン高校に入学して、直ぐ……5年前の僕の姿だ。

 

まだ、『ただの』ピーター・パーカーだった頃の僕だ。

 

 

僕は放射線の照射装置を見て、心をときめかせている。

その日、稼働実験が行われたんだ。

 

実験が始まった時、その放射線照射装置に……一匹の蜘蛛が細い糸を垂らし、挟まっていた。

 

科学館のスタッフは気付かずに照射装置を起動して……蜘蛛は、放射線を浴びたんだ。

 

それは運命のイタズラだ。

決して必然ではなく、偶然の産物だった。

 

その蜘蛛は熱と光を発しながら……命が途切れる直前、最も近くにいた生物に噛み付いた。

それが──

 

 

「痛っ……」

 

 

僕、ピーター・パーカーだった。

強烈な頭痛と共に、僕は視界を回して……倒れた。

 

その時は気付いていなかったけど、放射線を浴びた蜘蛛が作り出した血清が……僕の血へ入り込んでいたんだ。

血を作り変え、身体を作り変え……僕の身体に未知のエネルギーが宿った。

 

そう、この時の出来事は運命だった。

偶然だったし、必然でもない。

 

だけど、定められた出来事(カノンイベント)だったんだ。

 

 

 

気を失った僕は、主催であるオズコープ社の職員に介抱されていた。

不始末かと不安がる社長のノーマン・オズボーンへ、大丈夫だと言い……その場を後にした。

 

本当は身体が弾け飛びそうなぐらい、未知のエネルギーが暴れていたんだけれど。

 

 

身体の変化に気を取られていた僕は、道路を走る車の接近に気付かなかった。

クラクションが鳴った瞬間、僕は全力で飛び退いた。

 

ドライバーは気付かなかったけれど、それは驚異的な跳躍力だった。

僕自身も驚いてしまう程に。

 

数メートルの距離を飛び退き、僕の片手は壁に張り付いていたんだ。

 

そう、まるで蜘蛛のように。

 

 

「え……何で……?」

 

 

ミシリ、と軋む音がした。

無意識のうちに力が込められてしまって、手に貼りついていた煉瓦の壁を壊してしまったんだ。

 

 

「うわっ!?」

 

 

そのまま地面に落下した。

数メートルの落下に、僕は骨を折って──

 

 

なんて事もなく、僕は無傷で地面に転がっていた。

 

 

僕は路地裏で、空を見上げながら……思ったんだ。

 

 

これは奇跡だ。

この力は僕に与えられた祝福なんだ。

何に使うか、どう使うべきか……僕が選んで良いんだ。

 

 

その日から僕は『ただの』ピーター・パーカーを辞める事にした。

 

 

自宅に帰ってきた僕を待っていたのは、心配するメイ叔母さんとベン叔父さんだった。

 

 

「ピーター、随分と服が汚れているが何かあったのか?」

 

「ううん、ちょっと転んだだけだよ。叔父さん。怪我だってないから大丈夫」

 

「それなら……まぁ、良いが」

 

 

僕には勿体ないぐらい良い人達だ。

実の息子じゃないのに……本当の子供のように心配してくれている。

 

ふと思った。

叔父さんと叔母さんに親孝行がしたいと。

 

何をすれば良いか……僕は、お金を稼ごうと思ったんだ。

叔父さんと叔母さんには、もっと良い暮らしをして欲しいと思った。

 

 

 

だから──

 

 

 

 

最初は純粋な気持ちだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

僕は賞金付きの地下プロレスに、覆面選手として参加した。

真っ赤なマスクに、蜘蛛をペイントしただけのフード付きのスウェット。

下は真っ青なジーパン。

 

リングネームは『スパイダーマン』。

蜘蛛の力を持つんだ、何の捻りもない名前だ。

 

勿論、誰も僕に敵いはしない。

プロ崩れのボクサーだって、筋肉質な半グレにだって負けなかった。

 

そこで大金を稼いで……叔父さんと叔母さんにプレゼントを送ったんだ。

 

メイ叔母さんは喜んでくれた。

ベン叔父さんも喜んでくれた。

 

だけど、ベン叔父さんは……ふと、何かに気付いたように、僕と二人っきりで買い物に出掛けて……帰りの途中、車の中で話しかけてきたんだ。

 

 

「話があるんだ」

 

「話?今じゃなきゃダメ?」

 

「あぁ、今だ。だってピーター、お前は……最近、家に居る事の方が少ないだろう?」

 

「……そう、かもね」

 

「あぁ、だからメイも不安がっていた。俺もだ」

 

「…………」

 

「かと思えば、急にプレゼントなんて用意してきた。アレは結構、値が張るだろうに」

 

 

思わず、僕は口を噤んだ。

そんな様子の僕に、ベン叔父さんは視線を向けてきた。

 

 

「なぁ……ピーター、何か隠している事はないか?」

 

「……何の事?さっぱり分からないよ」

 

 

僕はこの力の事を、二人に話すつもりは無かった。

巻き込みたくなかった、怖がられたくなかった……不気味だと思われたくなかった。

 

理由を取り繕ったって、本当は……ただ、僕は怖かったんだ。

今の生活を壊したくなかったから。

 

 

「……そうか」

 

 

僕の隠し事、それが何かを知ってはいないだろうけど……ベン叔父さんは悲しそうにしていた。

僕が隠し事をしている事実が、ただ悲しかったのだろう。

 

 

「叔父さん?」

 

「……いいか、ピーター」

 

 

ベン叔父さんが真っ直ぐ、僕に視線を向ける。

その目には強い意志を感じた。

 

 

「そうやって隠し事をするのは、悪い事ではない。俺にだってそんな時期があった。お前と同じような経験もした」

 

「……同じ、じゃないよ」

 

 

思わず溢れた言葉に、ベン叔父さんは……怒る訳ではなく、眉尻を下げた。

 

こんな力を手にしてしまった僕の気持ちを……真に理解は出来ないだろうと、そう思ってしまったんだ。

 

だけど、叔父さんは……それでも、僕に話しかけて来る。

 

 

「ピーター、将来を決めるのは、今の自分自身だ。何をするか、どう変わるかで……これから、どんな人間として生きるか決まる」

 

 

ベン叔父さんが僕の胸を指差した。

 

 

「どうやって金を稼いでいるかは聞かない。だが……何か、大きな力を得たのだろう。それは知恵か、アイデアか、人脈か……何か」

 

「…………」

 

 

もう、とっくに家に着いていた。

それなのに、僕も叔父さんも車から出ようとしない。

 

 

「だが、その力をどう使うかは、慎重に考えなければならない。俺やメイに言わないのは……何か、後ろめたいからだろう」

 

「それは……」

 

 

違う、とは言えない。

人を殴って金儲けしているなんて、叔父さんや叔母さんはきっと……良い顔をしない。

 

 

「良いか、忘れるな。大いなる力には大いなる責任が伴う。自分が相手より立場や、力が強いからと言って……殴って良い理由にはならないんだ」

 

「……叔父さんは──

 

 

僕は助手席に座りながら、下で手を組んだ。

 

 

「叔父さんが僕が犯罪者にでもなると思ってるの?」

 

「……違う、そうじゃない」

 

「それなら説教は辞めてよ。僕を信じてくれたって良いじゃないか……」

 

 

酷く、薄暗く、心は混沌としていた。

隠し事をしているのは僕なのに、叔父さんに疑われている事に耐えられなかったんだ。

 

 

「説教をするつもりじゃない。ただ、お前は俺の息子じゃないが、俺は──

 

「父親じゃないって言うのなら、父親面しないでよ……!」

 

 

……失言だった。

こんな事を言うつもりはなかった。

 

だけど、口にしてしまった言葉は取り戻せなくて……慌てて否定しようとして。

 

叔父さんの顔を見れば、酷く悲しそうな顔をしていた。

 

 

「……ごめんなさい、叔父さん」

 

「いや、いい……そうだな。そうだ、俺の方こそ悪かったな」

 

「違っ……」

 

 

腕時計が視界に入る。

 

……まずい、時間だ。

地下プロレスで有名になった僕は、今日、テレビ局に招待されていたんだ。

 

行かないと……でも、だけど……。

 

 

「……叔父さん、用事があるから」

 

「……あぁ、遅くなるのか?」

 

「……うん、晩御飯はいらないから」

 

 

そう言って、僕は車から降りた。

いや、逃げたんだ。

 

耐えられなくて、恥ずかしくて……逃げてしまった。

 

急いで家に入って、自室のリュックを手に取り……外へ出た。

 

叔父さんはまだ、車の中にいた。

……何か、考え事がしたくて、一人で居たかったのだろう。

 

視線を逸らして、見ないようにして……僕はその場を後にした。

 

 

 

 

 

それが、僕が見たベン叔父さんが……生きていた、最後の姿だった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

テレビでの収録は、上手く行った。

みんなが僕を褒めてくれた。

僕の事を凄い奴だって。

 

だけど、心の奥底では……薄暗い感情が渦巻いていた。

不安や後悔……。

 

 

「……帰ったら、ベン叔父さんに謝ろう」

 

 

そうだ、貰ったお金で……叔父さんと叔母さんにケーキでも買って帰ろう。

そう考えれば、待ってられない。

 

もう夕方を過ぎたけれど、少し急げばケーキ屋も開いている筈だ。

急げば間に合う。

 

 

そう思っていると……少し離れた場所から、声が聞こえた。

 

 

「そいつは泥棒だ!捕まえてくれ!」

 

 

……僕はその男を見逃した。

だって、僕も忙しいし……関係なかったから。

 

 

 

 

 

 

そうして僕は……一生、後悔する選択をした。

身勝手なピーター・パーカーは、ベン叔父さんから言われていたのに……『大いなる責任』を果たさなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叔父さんが死んだ。

 

 

僕が見逃した強盗に殺されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

今でも、何度も夢に見る。

 

目の前を通り過ぎる強盗を。

知らぬ顔で見逃す僕を。

 

何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も!

 

 

 

 

どれだけ人を助けても、どれだけ人に感謝されても、それでも消えない後悔。

 

僕の罪だ。

 

 

ベン叔父さんは死んでしまった。

謝る事は出来ない。

 

 

叔父さんは言っていた。

 

 

『将来を決めるのは今の自分自身だ。何をするか、どう変わるかで……これから、どんな人間として生きるか決まる』

 

 

あぁ、そうだよ。

 

あの時、僕は変われなかった。

変わらなかった。

 

だから、必死に……変えようと、変わろうと生きてきた。

 

 

沢山の人を助けた。

沢山の人を守った。

 

戦って、助けて、戦って。

 

身体をボロボロにしながら『大いなる責任』を果たし続けた。

 

ずっと。

 

 

ずっと。

 

 

 

 

ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピート!」

 

 

降り頻る雨の中、ボヤける視界で……僕はあの時のように、空を見上げていた。

 

視界に……褐色の少年の顔が映り込む。

 

 

「ぐ、げほっ……ゴホッ……」

 

 

僕は血を吐いて、悶える。

肋が折れている。

身体が焼けるように熱い。

 

なのに、手足の先は酷く冷たく……動かない。

 

……明確に感じる『死』の気配。

もう限界が近いのだろうと、僕は察した。

 

 

「ピート、今すぐ救急車を呼ぶから……っ!」

 

「も、う……いい……もう、いいんだ……」

 

 

助からない。

もう分かっていた。

 

僕はこれから死ぬ。

死んでしまう。

 

……だから、死ぬ前に、幾つか……彼と話さなければならない事がある。

 

 

「彼女は……無事?」

 

「あ、あぁ……無事だよ、ピートのお陰で」

 

「そう、か……良かった……」

 

 

心残りが一つ、なくなる。

首を横に倒すと、燃え上がっている……幼い頃から過ごしてきた家が見える。

 

……少し悲しくなるけれど、叔母さんと彼女が無事なら……それでいい。

生きていれば、それでいい。

 

 

僕は……ボロボロになったマスクを脱いだ。

 

 

「……マイルス」

 

 

目の前の少年の名前を呼ぶ。

 

マイルス・モラレス。

 

僕の血を盗んだ研究者が作った、突然変異した蜘蛛に噛まれて……僕と同じ力を得た少年だ。

 

彼はスーパー・パワーを望んではいない。

普通の人間であろうとしている。

 

……僕は、その力をコントロールする術を教えていた。

だから、彼がスーパーヒーローになんかなりたくないと思ってるのは知っている。

 

だけど……目の前の、後悔するような目。

 

 

僕はそれをよく知っている。

叔父さんを助けられなかった、僕の目と同じだ。

 

 

彼は優しい。

だからこそ「自分なら助けられた筈だ」と考えている。

 

僕には分かる。

分かってしまった。

 

 

だから──

 

 

 

「……君の所為じゃない」

 

「でもっ……」

 

 

 

気にするな……なんて言っても、彼は気にするだろう。

……それなら、だとしたら、彼に必要なのは。

 

慰めではなく、責任なのだろう。

 

罪の意識を安らげるための、贖罪の方法なのだろう。

 

 

僕は……手に持っているマスクを、マイルスに押し付ける。

 

 

「ピート……?」

 

 

迷う。

 

……だけど。

 

 

「君が……僕の、代わりに……」

 

 

これは呪いだ。

祝福なんかじゃない。

 

彼を縛る呪いだ。

分かっている。

 

だけど、彼がこれから自らを許すためには必要な……呪いだ。

 

 

「君が『スパイダーマン』に、なるんだ」

 

「僕が……?」

 

 

僕は口の中に溜まっていた血を飲み込む。

……そして、頷く。

 

 

「君の今、感じている後悔……その後悔を、二度と、しないようにするために……」

 

 

マイルスが、僕の持っていたマスクを手に取った。

彼の目から涙がこぼれ落ちる。

 

 

「……マイルス、これだけは、覚えておくんだ。『大いなる力には、大いなる責任が伴う』って……」

 

「……うん」

 

 

彼が目元を拭う。

 

 

「……僕が、僕がピートの代わりに……この街を、守るよ」

 

 

その目は、もう怯えるような目じゃなかった。

自らの『大いなる力』、『大いなる責任』に向き合うヒーローの目だ。

 

僕は、微かに笑う。

あぁ、安心したんだ。

 

 

「……マスクをかぶれば、誰だってヒーローになれる。心に、強い意志さえあれば」

 

 

手に力が込められなくて、地面に落ちる。

息も苦しい。

 

もう、限界だ。

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

取りこぼしてしまったような顔をして、マイルスが慌てる。

 

僕は苦笑しつつ、目を細める。

視界に薄暗いモヤがかかっていた。

 

少しずつ見えなくなっていく。

 

 

「……最後に、伝言、良いかな……」

 

「あ、あぁ!絶対、伝えるから……」

 

「僕の、恋人に……」

 

 

脳裏に、恋人の姿を思い出す。

 

 

「MJに……」

 

 

僕をいつも支えてくれていた、女性を。

 

 

「メリー・ジェーンへ……」

 

 

『赤毛』の愛しい、彼女のことを。

 

 

「……君は、僕にとって、『最高の宝物(ジャックポット)』だった……って……伝え……て……」

 

 

ざぁざぁと、雨が降る音が……鼓膜を叩く。

マイルスが何度も頷く姿が見える。

 

……良かった。

それだけで、僕は満足して……逝ける。

 

 

目を、閉じる。

 

 

声が遠くなっていく。

 

 

雨音も、遠く。

 

 

 

手放しに喜べる良い人生ではなかった。

だけど、悪い人生でもなかった。

 

沢山の人を助ける事が出来た。

助けられない事もあった。

 

だけど、折れずに……ずっと、人助けを続けられたのだから。

 

きっと、ベン叔父さんも……喜んでくれるだろう。

 

あぁ、そうだ。

僕もそっちに行ったら、あの時の事を謝ろう。

 

 

……あぁ、上手く行った。

何もかも、上手く行ったんだ。

 

愛すべき人を助けて死ねるのなら、それはきっと本望なんだ。

 

 

 

だけど……ごめん、MJ。

君を遺して逝く僕を、どうか……許さないで欲しい。

 

僕の身勝手を怒ってくれ。

それで……どうか、僕以外の誰かを愛して欲しい。

 

 

……しまったな。

これを遺言にすれば、きっと君は怒って愛想を……尽かしてくれたかな。

 

それは少し、心残りかな。

 

 

……死ぬ事は怖いよ。

だけど、後悔はないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し、退屈な話になるかも知れないけど、MJ……聞いて欲しいんだ。

 

何度も同じ夢を見てるんだ。

 

ベン叔父さんが死んだ日の夢さ。

泥棒を見逃してしまった時のことを。

 

すごく、鮮明に……リアルに見るんだ。

まるで、その場にいるような夢だよ。

 

僕は、泥棒を止めようとして……それでも、身体が動かないんだ。

そして、いつも同じ結末になる。

 

だけど……心配しないで。

 

 

もう、違うんだ。

 

 

 

きっと、次は……。

 

 

 

僕は、きっと……。

 

 

 

 

良い、夢になるから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

僕は布団を蹴って、上半身を立てた。

 

 

「……はぁっ……はぁ……!?」

 

 

息を荒げて、視線を落とす。

僕の素肌に汗が伝っている。

 

……夢を見ていた。

あまりにも、現実味を帯びた……僕が死んでしまう夢を見た。

 

最初は僕の過去と全く同じだった。

だけど、途中からズレていって……最後は──

 

 

「うっ……」

 

 

手で口を押さえる。

全身に感じていた痛みを思い出す。

死の間際の冷たさを思い出す。

 

……酷い気分だ。

何で、あんな……あんな夢を……!

 

 

「……んぅ……ピーター……?」

 

 

もぞもぞと、すぐ側で寝ていたミシェルが……僕の側に寄りかかった。

 

 

「……ミシェル」

 

 

彼女は寝ぼけた目を擦りながら、僕へ……口を開いた。

 

 

「……どうか、した?」

 

 

心配するような声色。

……僕は首を横に振った。

 

 

「……ううん、大丈夫だよ。ちょっと、怖い夢を見ただけ」

 

 

本当は大丈夫じゃない。

手は震えているし、心臓はまだ早鐘のように鳴り響いている。

 

 

「……ピーター」

 

 

ミシェルが僕に抱きつく。

柔らかな素肌が、僕に触れた。

 

彼女の熱を、鼓動を感じる。

 

 

「……大丈夫……ピーターは……私が……守るから……」

 

「ミシェル……」

 

 

……僕は恥じた。

彼女にそんな事を言わせてしまった僕の情けなさに。

 

……彼女が僕を守ると言うなら、僕も彼女を守るんだ。

僕と彼女は対等な、パートナーだから。

 

彼女を抱きしめ返す。

 

 

「……ミシェル、僕は──

 

「……ぐぅ、すぅ……」

 

「……ミシェル?」

 

「…………」

 

「……え?」

 

 

……寝ていた。

 

思わずちょっと笑って、僕は彼女をベッドに横たわらせた。

 

昨日は凄く忙しかったから……疲労で限界なのだろう。

仕方ない。

 

寧ろ、夜中に起こしてしまって申し訳ない。

 

 

……彼女の寝顔を見ていると、心の中にあった恐怖は無くなっていた。

髪を撫でて、僕も彼女の側で横たわる。

 

 

……さっき見た夢。

現実かと思えるほどに鮮明な夢だ。

 

ミシェルが話していた事を、スティーヴンが言っていた言葉を思い出す。

 

夢は、可能性の世界。

僅かな選択の差が生み出す無限の並行世界(マルチバース)だと。

 

それなら、先ほど見た夢は……僕の未来の一つだ。

 

……しかし、何故?

あんなにも鮮明な、並行世界(マルチバース)を夢に……?

 

視線をずらす。

恋人、ミシェルのあどけない寝顔が見えた。

 

彼女の目。

それは並行世界(マルチバース)すら見渡せる目だという。

 

 

 

 

 

それが僕の夢に影響を及ぼしたのだとしたら……?

 

 

 

 

 

 

だとしたら、何なんだ。

 

彼女を遠ざける事はしない。

こんな事で、彼女を怖がったりなんかしない。

 

……だけど、その力が……他人にも影響を及ぼしているのは危険だ。

彼女の目の封印が……薄れている証拠なのだから。

 

……スティーヴン、ドクター・ストレンジに相談するべきだろう。

彼は定期的に、彼女の『観測者(ウォッチャー)の目』に封印をかけ直している。

 

なのに、今……こんな、状況なら。

 

……封印が少しずつ、意味を成さない物になっているとしたら。

彼女の『目』が少しずつ力を強めているのだとしたら。

 

彼女の『目』が、この世界に危険を引き寄せるのだとしたら。

 

 

 

……何があっても、僕は彼女の味方だ。

 

 

 

例え、世界に危機を引き寄せる存在になってしまったとしても、僕がその危機を退ければ良い。

 

どんな事があっても、誰になんと言われたとしても……僕だけは彼女の味方であり続ける。

 

彼女の『親愛なる隣人』として、それだけは譲れない。

そう、僕は覚悟している。

 

 

 

例え、何があったとしても……僕は……彼女を守る。

 

 

 

華奢な彼女を抱きしめながら、僕は眠りについた。

 

 




次回は一ヶ月後ぐらいです。
たぶん。
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