【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
雪が降る中、私はコートを着て少し小走りで歩いていた。
足音は微かにリズムを奏でて、乾いた冷たい空気の中で響く。
ガサガサと手持ちのビニール袋が揺れる。
ここはニューヨーク、クイーンズ。
時は早朝、冬。
目的地は……そう、このボロアパートだ。
一階の小さなポストが並ぶ中、『ピーター・パーカー』の名前が書かれたポストを覗く。
手慣れた手つきで番号鍵を開けて、手紙を回収する。
脇に抱えて、階段を登る。
少し古びた廊下を歩く。
……ここも空き部屋が増えたな。
目的地の部屋、その両隣は空き部屋になっていた。
深呼吸、一つ。
息と喉を整えて、チャイムを鳴らす。
少し、ほんの少し待てば……ガチャリ、とドアが開いた。
「おはよう、ミシェル」
「ん、おはよう」
そこには私の恋人であるピーターの姿があった。
そのまま寒いからと部屋に入り、コートを脱ぐ。
「預かるよ」
「ありがと……これ冷蔵庫に入れてもいい?」
「勿論」
ピーターにコートを預けて、ビニール袋を持ったまま冷蔵庫の側に寄る。
そして、ビニール袋を開く。
人参、ジャガイモ、玉ねぎ……他にも色々。
それらを掻き分けて、飲み物等を冷蔵庫に入れる。
「じゃあ、キッチン借りるから」
「うん。僕に何か手伝う事、何かあるかな?」
私は野菜をキッチンの下に置いて、エプロンを付ける。
……今から行うのは夕食の準備だ。
私が全て行おうと思っていたが、確かに……ピーターなら、手伝いたいと思うだろう。
彼は誰かの役に立ちたがり……お人好しなのだ。
私は人参と皮剥き器をピーターに渡した。
「ん……なら、皮剥き。お願いしていい?」
「勿論、任せてよ」
ピーターに皮剥きを任せている間に、ジャガイモを皮を剥きながら寸断する。
包丁……というか、刃物の扱いは得意だ。
曲芸じみた動作でジャガイモを処理し、玉ねぎも処理する。
予め解凍しておいた肉を断ち切り──
「ミシェル、終わったよ……って」
「ありがと。そこに置いておいて」
「あ、うん……他全部終わっちゃった?」
「終わったけど?」
ピーターが少し目を丸くしていた。
彼が人参の皮を剥いている間にアレコレ終わらせていたからだろう。
まぁ、手際良く処理しているが……私は別に料理が得意な訳ではない。
得意なのは刃物の扱いだけだ。
人生の大半を刃物を弄り回して生きていたのだから、まぁ当然。
鍋に油を薄くひいて、切った野菜を入れる。
その様子をピーターが覗き込んだ。
そして、直後に私と目が合った。
「……ごめん、邪魔しちゃってるかな?」
「大丈夫。共同作業って楽しいから」
二人並んで、時折ピーターに作業を指示しながら進める。
鍋に水を入れて、灰汁を取って。
牛肉を入れて、更に煮込んで。
市販のトマト缶を入れて。
煮込みながら、別の料理の準備をする。
鶏肉を捌いて、塩、胡椒、コンソメで味付けする。
ピーターにも色々と用意をして貰いつつ……後は焼くだけ、という状態にした。
その頃には鍋もよく煮詰まってきた。
少し味見をして、水を少し足して、鍋に蓋をする。
「……よし。一旦はこれぐらいで良いかな」
下味を付けた鶏肉を冷蔵庫に戻して、エプロンを脱ぐ。
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを飲みながら、椅子に腰を下ろす。
「ミシェル、少し休憩しよっか」
「ん……そうする」
私はソファに移って、姿勢を崩す。
テレビを付ければ……ジングルの音。
今日は少し
12月24日、クリスマスイヴだ。
だから、夕食は特別。
準備をしてから、外出する事になっていたのだ。
ちなみに夕食会をしようと言ったのは私だ。
今年一年、私は料理の腕を磨いていた。
その成果をピーターに見せたかったのだ。
……あと、夕食の時、他の人の目を気にせずこう、恋人らしい一時を過ごしたかったからだ。
クリスマスの特番を見つつ、ピーターに寄りかかる。
鬱陶しいだろうに、文句の一つも出ない。
その様子に私は気分をよくする。
チャンネルを弄ると……デイリービューグルはいつも通りだ。
あ、いや、
でも、ニュース内容はいつも通り。
マスク姿のヒーローに怒声を飛ばしまくっている。
……まぁ、ピーターは見たくないだろう。
気にしないフリをしてチャンネルを変えた。
少しして、私は時計を見た。
短針は11を指し示している。
視線をズラして、ピーターを見る。
私の頭はピーターの肩に乗っていたから、自然と見上げるような形になった。
「……そろそろ出る?」
「うん?そうだね、出ようか」
鍋を冷蔵庫に入れて、コートを羽織る。
ピーターも防寒着を身に付けて、一緒に部屋を出た。
……私はコートにマフラー、手袋もしている。
別に、超人である私は防寒具なんか着なくても死にはしない。
死にはしないが……寒いのは寒い。
私とピーターは廊下を歩きながら、外の景色を見る。
粉のように小さな雪が、ゆっくりと空から落ちてくる。
「あ、雪降ってたんだ。どうりで寒いと……ミシェル、今朝は大丈夫だった?」
「ん、全然?あまり降ってなかったし」
「そっか、なら良かった」
頬を赤らめてピーターが笑った。
照れからくるものか、寒さからか。
どちらもか。
その仕草に少し胸を高鳴らせて、私は手袋を片方外した。
外した手袋はポケットに……しかし、これほど寒いのに、片方だけ取る必要はあるのだろうか?
それも片方だけ。
答えは、ある。
まぁ、気付いてくれるかは分からないけれど──
ピーターが私の手を握った。
手袋を付けていない方の、素手を握ったのだ。
暖かくて少し硬い、私より一回り大きな手に包み込まれる。
彼に視線を向けると、少し逸らした。
「……ピーター」
「な、何かな?」
「女心が分かるようになったね」
「え、そうかな?」
ちゃんと本心から褒めている。
昔はグウェンが怒っていたが、今のピーターのエスコート能力は相当なものとなっていた。
私が鍛えたからだ。
……ふふ、鼻が高い。
「ふふん」
「……どうしたの、ミシェル?」
おっと、自慢げな鼻音が聞こえていたようだ。
「なんでもない」
「……そ、そっか」
「そうだから」
二人、手を繋ぎながら馬鹿をしつつ……階段を降りた。
そして、ニューヨークの街を歩く。
小さな雪は、地面に触れた瞬間に溶けて積もっていない。
それでも、街はどこか白色になっていた。
ホワイトクリスマス、という奴だ。
……心なしか、外を出歩いている人がいつもより多い。
ホリデーだからか。
ピーターは私と世間話を重ねる。
「他の皆は今日、どうしてるんだろう……ミシェルは何か知ってる?」
「ハリーはオズコープ社のクリスマスパーティ。でも、グウェンの面倒を見なきゃいけないからって……逆にグウェンが押し掛けて二人で参加してる」
「へー……でも、えっと……あの二人って付き合ってるのかな……?」
「……ん、微妙な距離感。早く付き合えば良いのに」
「……そ、ソウダネ?」
「ん?どうしてピーターがそんな顔するの?」
「い、いやぁ……何だか人ごとじゃない気がしてね」
「変なの。ピーターはちゃんと私と付き合ってるのに」
「……覚えてないかも知れないけど、紆余曲折あったんだよ」
私は首を傾げた。
まだ、世間話は続く。
ピーターが苦笑しながら、話題を逸らす。
「じゃあ、ネッドは?」
「ん。本人は何も言ってなかった。でも、グウェンが邪推してた」
「邪推?」
「ネッドに恋人が出来たんだ〜って」
「え?それ本当?グウェンがまた適当な事を言ってる可能性は?」
「……ん。だから私も、その情報は半信半疑」
「だよね……というか、ネッドってさ、今女性と出会える場面もないだろうし──
「マッチングアプリ?」
「いや、それこそないよ」
「でも、私の知り合いの弁護士も、マッチングアプリで恋人作ろうとしてた」
「……そんな弁護士、いるんだ……」
話題を二転三転させながら、喫茶店に入る。
よくデートで来ている喫茶店だけど、今日はプラスチック製のクリスマスツリーが飾られていた。
昼食を二人で食べて、喫茶店を出る。
ドリンクで頼んだホットココアがすごく美味しかった。
ちなみにピーターが支払った。
私が支払おうと思っていたけれど、今日の晩御飯の用意や支払いをしている事を指摘された。
ので、払ってもらった。
ピーターは大学生で、私は『S.H.I.E.L.D.』のエージェント……つまり社会人だ。
社会人である私が、学生であるピーターに奢らせるのは情けない。
何だか申し訳ない気がするのだ。
「……くっ」
小さく拳を握って、喫茶店を出る。
「……どうしたの、ミシェル?」
「何でもない」
昼食タイムは終了した。
これからは、お散歩タイムの始まりだ。
「あ、雪が肩に乗って白くなってるよ」
「え?……確かに。ホワイトクリスマスって、響きはいいけど……雪、鬱陶しいかも」
私が肩の雪を払うと、ピーターが苦笑した。
「確かにそうかも……でも僕は雪、好きかな」
「どうして?」
「どうしてって……何となく?特別な感じがしない?」
お散歩タイムではなく、雑談タイムかも知れない。
「じゃあ、ピーター。雨は?」
「雨は……嫌いかな。あんまり良い思い出がないし」
「そっか」
内容がない会話だ。
だが、私からすれば楽しい会話だ。
サンタの格好をした大道芸人を横見しつつ、メインストリートを通り過ぎる。
バス停で少し待ち、ニューヨーク市内を走っているバスに乗る。
ホリデー仕様の特別線だ。
窓際に座らせて貰った私はクリスマスに浮かれる街の様子を見る。
信号が赤くなり、止まる。
目線を下げると歩道では、子供連れの夫妻が歩いていた。
子供の手にはヒーローの人形……アイアンマンの硬いぬいぐるみ。
そんな子供と視線が合う。
……私がバスの中から小さく手を振ると、それに合わせて子供も手を振った。
クイーンズから離れて、マンハッタンへ。
バスから降りれば、喧騒が響く。
同じニューヨーク市内だが、マンハッタンは少し毛色が違う。
劇場から流れてくるミュージカルが耳に入る。
ピーターが背伸びしながら、息を深く吐いた。
その息は寒さで白くなっている。
「……うーん、久々に来たかも。マンハッタンに」
「そう?」
「うん、最後に来たのは……あ、3日前に来てた。ごめん、忘れてた」
「……ちなみに、どうして?」
訊くとピーターが少し周りを伺い、小声になった。
「ほら、3日前、ビルの地下が急に爆発したよね?ニュースでもやってた話だし……それで、ちょっとね」
「ん、そっか。そういう事?」
「うん、そういう事。だからね……ほら、ピーター・パーカーとして、じゃないから」
つまり、
彼はニューヨーク全域で人助けをしている。
クイーンズの中では収まりきっていない。
マンハッタンにだって来る事もあるだろう。
「……でもビルの地下が爆発、『S.H.I.E.L.D.』には救援要請来てなかった筈だけど、何か大事だった?」
「うーん、大事ではないかな。金持ちの闇オークション会場があってね、そこが爆発しただけだから。怪我人は出ていたけど、重傷者は居なかったみたいだし」
「……ふーん?」
何が爆発したのだろうか。
闇オークション、という事は銃火器の可能性か。
何らかの発火が原因で爆弾が点火したのか?
だとしたら、ニューヨーク市内に武装したギャング、もしくはテロリストが──
「む、いけない」
自分の頬を抓って、思考を中断する。
「え?どうしたの、ミシェル?」
「せっかくの休みなのに、仕事の話を考えそうになったから」
「あー……そっか、ごめん。変な話を振っちゃって」
「いい。ピーターの人助けに熱心な所、私は好きだから」
好意を口にすると、ピーターは照れたようで視線が泳いだ。
「す……好き、か。僕もミシェルの事が好き、だよ?」
「ん、知ってる。ありがと」
握ってる手を強めに握り、少し持ち上げる。
繋いでいる手に意識が向いたのか、またピーターが照れた。
マンハッタンを歩き、巨大な公園に入る。
ここはセントラルパークだ。
クリスマス用の装飾、巨大なツリーが並ぶ。
まだ陽は落ちていないのに、電飾が煌めいている。
私は感心して、息を吐いた。
「綺麗」
「そうだね。来た甲斐があったかな」
「うん」
手を繋ぎながら歩く。
微かに雪が乗ったクリスマスツリーは、白と緑、電飾のコントラストで美術品のようになっていた。
一つ、一つ、木々を見ていく。
赤、緑、金色の電飾が並ぶ。
「ふふ……」
「……どうかした?」
「ピーター、これって凄く恋人らしいデートじゃない?」
「あ、うん。確かに……凄く恋人っぽいよね」
「ね、普段よりも」
なんてバカな話をする。
恋人らしいとか、ぽい、とか……私とピーターは恋人なのだが。
まぁ。
ピーターも私も根っこがナードなのだ。
普段のデートは実用品の買い物や、博物館や美術館デート……みたいな。
こういう世間一般的なデートスポットにはあまり行かない。
だが、今日は特別だ。
だって
私は……いや、私達は浮かれている。
「でも、ミシェルがちゃんと楽しんでくれてるみたいで僕も嬉しいな」
「ん、まぁね……ピーターが突然、『クリスマスは一緒にセントラルパークに行こう!』なんて言い出した時はビックリしたけど」
「うっ……やっぱり、らしくなかったかな?」
「らしくはなかった。でも、悪くはない。だから──
マフラーを下げて、口元をピーターに見せる。
ここ数年で得意になった笑顔を浮かべる。
「ありがとう、ピーター」
精一杯の感謝を伝える。
目を細めて、口角を上げて。
「ピーターとこうして、色々な知らないモノを見られるのは凄く嬉しい」
マフラーから指を離して、戻す。
ピーターは嬉しそうな恥ずかしそうな顔をして、小さく笑った。
「うん……僕もミシェルと色々な場所に行くのは楽しいから。僕の方こそ、ありがとう」
「いや、私の方が感謝してる」
「いやいや、僕の方が──
「いや。絶対、私の方が感謝してる」
まるで楽しい思い出の無かった白黒の日々に、鮮やかな色を付けてくれたのは彼だ。
精一杯の感謝を伝えたくて──
「……ミシェル、もうやめよっか。何だか凄くバカップルっぽいから」
目を瞬く。
……う、確かにベンチに座ってる老人カップルの、私達を見る目が生暖かい。
「……くっ、場の空気に流された。恐るべし、セントラルパーク……」
「あー、いや……普段から、ミシェルはそんな言動な気がするけど……」
「何か言った?」
「……な、何も言ってないよ?」
ピーターと肩を寄せ合いながらセントラルパーク内を歩く。
煌びやかな電飾を目にしながら、大道芸人を見たり……浮かれる人々を見て。
そうして二時間が経過した。
巡る景色、光のアーチ、繰り返される明滅に──
「ん……飽きた」
ついに私は、身も蓋もない言葉を発した。
「は、はは……まぁ、確かに。イルミネーションを見てるだけだと、どうしてもね……」
ピーターもどうやら飽きていたみたいだ。
しかし、私が楽しんでいると思っていたからか、言い出せなかったようで。
言って、結果オーライか。
しかして、私は人溜まりを指差した。
「ピーター、あそこ行こう」
「……スケートリンク?」
そう、私が指差した先にあったのはスケートリンクだ。
セントラルパークには二つの大きなスケートリンクがあり、アイススケートをしている人も多い。
「どうせなら滑ってみたい。映画にもよく出てくるし」
「……う、うん。僕、滑った事ないけど」
「……怖い?」
「ちょっとね」
「高層ビルのガラスに張り付いてる癖に」
「は、はは……それとこれは別だよ、もう」
腰のひけてるピーターを引っ張って、受付でお金を支払う。
スケート靴も借りたから少し高く付いたが……まぁ、私が全額払うし良いだろう。
お金はこういう時に使うべきなのだ。
経験は何事にも代え難い。
スケートリンクの縁を掴んで、生まれたての子鹿のように震えるピーターを見ながら、そう思った。
「ミ、ミミ、ミシェル……こ、これ……」
「大丈夫、大丈夫。ほら、簡単だから」
私はピーターの前で、左右に揺れたり、回転したりする。
エッジが少しだけ積もっている雪を巻き上げて、まるで演出のように私の姿を輝かせる。
……ちょっと調子に乗りすぎたか。
隣のカップルの男性側が口笛を吹いて、女性にヘッドロックをされていた。
ピーターに視線を戻すと頬を染めて……でもやっぱり、生まれたての子鹿だった。
「ミシェルって、アイススケート経験者だったりする……?」
「え?ううん、特にやった事ないけど」
「え、えぇ……?」
私のバランス感覚が優れているだけだ。
近接格闘で狭い場所で戦ったり、ロープの上で立ったり……不安定な所で飛んだり跳ねたりしてるし。
氷の上で、エッジがついた靴を履いて踊るだけ……ならば何とでもなる。
そういう意味ではピーターもバランス感覚は良い筈だ。
慣れれば簡単に滑る事が出来るだろう。
「ほら、ピーター。転けそうになったら助けてあげるから」
「う、うん……」
よろよろとスケートリンクの縁から離れて、彷徨うに──
「あっ」
このままだと転ける。
私は即座にピーターの正面まで滑り、ピーターを抱きしめて支える。
ぐにっ。
……ピーターの腕の感触がした。
私の胸に肘が触れている。
「ご、ごめん!わざとじゃないから……!」
ピーターは慌てるも、足場が不安定で動けない。
身体は密着したままだ。
その様子が面白くて少し笑える。
「知ってる。大丈夫……別にわざとでも怒らないし」
そのままピーターの腕を引っ張って、滑らせる。
前に、横へ……スケートリンクの上で引っ張る。
「わ、ちょっ──
まるでダンスを踊るように、ピーターを振り回す。
「ま、待っ──
ピーターの片足を軸にさせて、踊るように雪を払った。
「待って、ミシェル!」
「ん、いいよ」
そして手を離せば……ピーターはスケートリンクの上で自立していた。
「……あ、あれ?」
「ふふ」
ピーターには素養があった。
普段から小さな場所、短い幅に立っているのだからバランス感覚はある。
だから、それを無理矢理に自覚させたのだ。
「……それじゃあ、ピーター。ゆっくり、一緒に滑ろっか」
「う、うん……?」
困ったような顔をしたピーターの手を取り、優しく引っ張った。
そうして、こうして。
陽が落ちてくるまでスケートリンクの上で一緒に滑った。
最後の方はピーターも慣れてきていて、最初のように震えるような事もなかった。
気ままにゆっくりと滑った。
私達はレンタルのスケート靴を返し、荷物を回収する。
「楽しかったね、ピーター」
「うん……最初はどうなるかと思ってたけど。急に引っ張るから……」
「む、心配性?」
「いや、現実的な意見だと思うよ」
「ふふ、私の尊敬する人が言ってた。『時には歩く前に走る事が必要だ』って」
「……それって誰の言葉?」
「
「……だろうね。凄く言いそう」
少し暗くなりつつあるセントラルパークを出る。
夜のイルミネーションはより一層、輝いて見える。
いや、まぁ……今日で一年分ぐらいのイルミネーションを見た気がするが。
ありがたさが半減している。
両手を天に突き上げて、大きく息を吸う。
「んっ……でも、今日は事件が起きなくてよかった」
「……ま、まぁね」
「あ、ごめん。ピーター、今のは嫌味じゃないから……」
「いや、分かってるよ……ほら、僕って運が悪いし?トラブルによく巻き込まれて──
瞬間、背後で爆発が起こった。
それも結構、大きめ。
「「…………」」
互いに無言で顔を合わせる。
彼も私も苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「……事件かな?」
「……事件だろうね」
一つ、ため息。
それで意識を切り替える。
二人、爆発があったビルへ向かう。
「ピーター、スーツは?」
「ごめん、中に着てる」
「……何で謝るの?」
「折角のデートだったのに、だから──
「良い。ヒーローは年中無休、知ってるから」
「……ごめん」
ピーターがバックパックからウェブシューターと手袋、マスクの入ったビニール袋を取り出した。
「荷物、預かっておく」
「ありがとう……ミシェルは?どうする?」
「私はスーツ持って来てないから、避難誘導でもしておく」
ピーターが腕にウェブシューターを装着した。
流石にマスクは公共の場で付けられないから……人目に付かないところで着るしかない。
「……ミシェル、本当にごめんよ」
「もう、謝らなくて良いのに」
少しずつ現場に近付いていく。
……あの爆発は科学薬品による爆発だ。
ガス系統とは煙の色が違う。
間違いなく人為的な爆発。
これは警察やレスキューの領域を超えている。
ピーターを連れて、路地裏に入る。
「…………」
横で申し訳なさそうな顔を浮かべながら準備しているピーターに視線を向けて……口を開く。
「上手く、言えないけれど……」
「え?」
「私は……今、ピーターが……こうして困ってる人がいたら見逃せない所が、えっと……そこを好きになったから」
「……ミシェル」
「優しい所も、こうして自分を大切に出来ない所も、全部含めて私の好きな人だから……謝るのは禁止」
「……そ、っか。ありがとう、ミシェル」
折角のクリスマス、デートの途中。
危険の中に飛び込もうとする彼を見て、寂しくならない訳がない。
それでも、私は精一杯笑った。
ピーターが罪悪感を抱かないように。
赤いマスクを被った彼の胸元に、手を置く。
「行ってらっしゃい、ピーター」
「……うん、行ってくるよ」
ピーターが頷き、
スイングしてみるみる内に離れていく彼を視線で追い……小さく、吐息を吐いた。
先ほど口にした言葉の数々、あれは本音だ。
それでも……どうしようもない見栄でもある。
理解のある恋人でいたいという見栄だ。
私はどうしようもなく欲張りらしい。
ほんの少し、自己嫌悪する。
原作の
私はMJ、即ちメリー・ジェーンではなくミシェル・ジェーンだが……それでも、彼の不運に巻き込まれる運命なのだろう。
私ならば、もっと上手く恋人になれる……と言えるほど、自惚れては居ない。
だが、それでも心の奥底の、何処かで──
「……今はそれどころじゃない」
自身の頬を、軽く手で叩く。
先程までピーターに握られていた手は微かに熱を帯びている。
ここに私のマスクはないが、それでも私は私に出来る事をすべきだ……大いなる力と、その責任を持つ者として。
私は煙をあげるビルへ、避難誘導をするべく足を向けた。