【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
……本当に酷い目に遭った。
ミシェルと別れた後、僕はビル内に居た地球を支配しようとする宇宙人と戦い……SFチックなビーム銃で撃たれて、落ちたり、転がったり……。
色々とあって、別の宇宙人が地球を支配しようとする宇宙人を捕まえた。
正義?の宇宙人グループらしい。
銀河を守ってるらしい。
なんか触覚生えてる女性と、岩みたいな色した肌の大男の二人組。
その二人が宇宙人をボコボコにして自分の船に乗せていった。
うん、事件は解決。
でも、時間は?
ウェブシューターに組み込んでおいた、小型のスマートウォッチを操作する。
小さな画面に時刻が表示された。
……午後10時。
マンハッタンが暗いのは雲の所為?
いいや、単純に夜遅いからだね。
はははは。
はぁ……。
最悪だ。
地球外から来た正義?の宇宙人にクリスマスパーティに誘われるし……断ったけど。
恋人が家で待っていると言えば諦めてくれた。
岩肌みたいな宇宙人さん曰く──
『俺にも分かるぞ、家族は大切にするべきだってな。それこそ、グリズリーキルよりもな』
何を言ってるか、よく分からなかった。
宇宙人特有の価値観かな?って思ったけど──
『アンタ何言ってんの?』
頭から触覚の生えた女の宇宙人も困惑していたので、多分、彼が変なだけだ。
兎にも角にも人助けが終わった僕は、慌てて帰路についている。
ちなみに徒歩ではない。
ウェブスイングでもない。
地下鉄だ。
僕はスーツを着たまま地下鉄に乗っていた。
「…………」
クリスマスパーティの帰りらしき、ティーンエイジャー達の視線が痛い。
仕方ない。
だって、
少なくともマンハッタンからクイーンズまでスイングできる気はしなかった。
だから、地下鉄。
服はミシェルに預けてしまったから、コスチュームのままで。
地獄のような時間を越えて、クイーンズに到着した僕は自宅のアパートまでスイングした。
予想通り、
屋上に着地する。
雪を踏み締めて、軋むような音が響いた。
「…………」
凍える風が体を通り抜けて、背筋が伸びる。
冷たい雪が少し積もった屋根から降り、壁をつたって自室まで向かう。
時計を見れば……午後11時。
流石にミシェルも寝ているかな。
罪悪感を感じながら、窓を開け自室に入れば──
「おかえり、ピーター」
「うわっ!?」
ミシェルがベッドに寝転がったまま、僕へ声を掛けてきた。
「うわって何?何で驚いてるの?」
「あ、いや……もう寝てるかも、って思ってたから」
「晩御飯、一緒に食べるって約束したから」
「……そう、だったね。遅れてごめん」
反省しつつ、マスクを脱ぐ。
ミシェルの表情は少しムッとした顔から、穏やかな表情に変わった。
「ん、まぁ許してあげる。ご飯は温めておくから、先にシャワー浴びてきたら?」
「……うん、分かったよ。ありがとう」
「……あ、怪我は?してない?」
「それは大丈夫。撃たれたけど平気」
僕が力瘤を作るようなポーズを見せると、ミシェルは苦いものを食べたような顔をした。
……僕の『大丈夫』や『平気』は、どうやら信頼がないらしい。
「でも、撃たれたのに……?本当に大丈夫?」
ミシェルに脇を撫でられる。
傷がないか確認しているつもりだろうけど、こそばゆい。
「ほ、本当に大丈夫だから……」
身を捩り、逃げる。
「……むっ」
訝しむミシェルから、そそくさと逃げてシャワールームに入る。
またボロボロになってしまったスーツをカゴに投げ入れて、シャワーを浴びる。
ざぁざぁと水が身体を打つ。
水と共に身体に籠った熱が流される。
少し張り詰めていた気持ちも、穏やかになった。
「……ふぅ」
吐息を一つ吐いてから、蛇口を閉める。
タオルで体を拭きながら、鼻を鳴らす。
同時に、良い匂いがしてくる。
微かな期待をしながら、僕はシャワールームを出た。
ぐつぐつと鍋が音を鳴らしていた。
僕が帰ってくる前から、少しは温めていたようで……今、湯気が立っていた。
「良い匂いだね」
僕がそう呟くと、ミシェルが振り返った。
「……少し味見する?」
「いいの?」
「ん、いいよ」
小さなマグカップに赤黒いスープが注がれる。
野菜が溶けて少し粘性があるそれを、僕は口に含む。
トマトの酸味と甘味が、疲れた身体に染み渡る。
「……うん、美味しいよ」
「なら良かった。もうすぐ準備が出来るから、少し待てる?」
「うん、何か手伝える事はある?」
「じゃあ、グラスと……チキンを乗せるための皿を用意してくれる?」
彼女が冷蔵庫からパイ生地を出しながら、そう言った。
……ミシェルも料理が上手くなったな。
なんて、一人そう思う。
最初の頃は塩気のないパスタや、焦げたスクランブルエッグとか作っていたけれど。
それも良い思い出だ。
食卓に並べられた料理を見る。
大きなマグカップの上にパイ生地がのっている。
切り分けられていない大きなチキンが、机の中央に鎮座していた。
「ピーター。準備できたから、食べよっか」
「うん、食べさせてもらうよ」
二人で向かい合って、席に座る。
フォークを手に取り、パイ生地を割けば……中には先ほど口にしたスープが入っていた。
割ったパイ生地をスープに浸して、口に運ぶ。
トマトベースのスープが、少し油っぽいパイ生地と組み合わさって──
「……凄く美味しいよ」
「ん、よかった」
ぱりぱりと軽快な音を立てて食べるミシェルが、少し嬉しそうに笑った。
彼女もお腹が空いていたのだろうか、食べる速度はいつもより少し早い。
「帰りが遅くなって、ごめんね。もう少し早く帰りたかったんだけど……色々あって」
「いい、気にしてない……訳じゃないけど、怒ってはいないから」
……やっぱり少し気落ちしていたらしい。
罪悪感が胸を占める。
「……よく、ご飯待てたよね。こんな遅くになったのに」
「ん、でも……私は何を食べるかよりも、誰と食べるかを優先したいから。待つのは苦にならない」
「……そ、そっか」
「そう。だから、ピーターは気にしなくていい」
そう言いきってミシェルはスープを口に含んだ。
……これ以上、謝るのは良くないかな。
ミシェルは僕の謝罪を望んでいない。
なら、謝るのは自己満足のためになってしまう。
彼女の事を思うなら、謝罪はしない方がいい。
僕もスープを口に含む。
「ピーター、チキン取り分けるけど……どれぐらい食べる?」
「お腹空いてるから、たくさん食べるよ」
ミシェルがキッチンからナイフを取り出して、チキンに刃を入れた。
骨を避けて、的確に切り分けている。
取り分けてもらったチキンを食べる。
スパイスが効いていて……うん、これも美味しい。
ミシェルも頬を緩めている。
「ん……中々、良い出来」
「うん、かなり美味しいよ」
ホリデーの夜。
大切な人と二人、美味しいものを食べて団欒する。
理想のクリスマスだ。
身体の芯から温かく感じる。
暖かいスープを飲んでいるから?
スパイスの効いたチキンを食べたから?
それとも、好きな
どれも、だろう。
小さく息を吐く。
「今年も、もう後数日で終わるなぁ……」
「ん、今年も色々あった」
ミシェルが頷く。
本当に色んな事があった。
スパイダーマンとナイトキャップとしても。
ピーター・パーカーとミシェル・ジェーンとしても。
少し思い返していると、ミシェルが頬を緩めた。
「私は……こうして、普通のカップルらしい事が出来るのは、凄く嬉しい」
「……そうだね」
「何でもない日々も大切だけど、こうして……特別な日をピーターと一緒に過ごせるのは幸せ」
その言葉に、僕は少し気恥ずかしく感じながら……頷いた。
「それは僕にとってもかな。ミシェルと一緒にいられるのは……僕も幸せだから。これからも──
そう、この『普通』は代え難い幸福だ。
僕と彼女……他にも沢山の人の努力によって勝ち取った『普通』。
少しも退屈じゃない、日常。
それを失う辛さと怖さを知っているからこそ、僕はこの日常が幸せなのだと知っていた。
食事を終えて直ぐ、ミシェルが冷蔵庫からケーキを取り出した。
二人だけだから、ホールじゃなくて切り分けられたケーキだけど。
それを、三切れ。
……あれ?
「ミシェル、何で三切れもあるの?」
ここには僕とミシェルしか居ない。
二人だ。
なのにケーキは三切れ。
一切れ余って──
「私が二切れ食べるから」
「え?あ、うん……うん?」
一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。
だけど、これが現実だ。
「……何?」
「あ、いや、何でもないよ?」
有無を言わぬミシェルの視線に、僕は頷く事しか出来なかった。
僕は、弱い。
「ピーターはどれ食べたい?」
「え?僕は……この、普通のケーキで」
「イチゴのショートケーキで良い?ん、分かった」
ミシェルが二切れ食べるけれど、選ぶのは僕を優先させてくれた。
……何だか、よく分からない気遣いを感じながら僕はケーキを食べた。
ミシェルはチョコレートの……えっと、ガトーショコラ?というケーキと、ブルーベリータルトを食べていた。
「……ミシェルって本当に甘いモノ好きだよね」
「まぁ、ね。砂糖は遥か昔から存在する合法の
「そ、そこまでかな?」
ミシェルが口元に付いたチョコレートクリームを舐めた。
行儀が悪いけど、ここは家の中だし……まぁ、僕はとやかく言うつもりはないから、良いか。
ケーキを食べ終えて、僕は食器を洗う。
食事の用意はミシェルがしてくれたのだから、これぐらいはしないとね。
ミシェルに背を向けて食器を洗っていると……何やら、ごそごそと音がする。
気にせず食器を水切り用のカゴにのせて、振り返ると──
ミシェルが何やら大きな箱を手にしていた。
そして、僕の視線に気付き自身の足元に置いた。
「ミシェル、それは?」
「ピーターが帰って来ない間に、取りに戻ってた」
「あ、いや、そういう訳じゃなくて──
僕は首を捻る。
何が入っているのか、何が目的なのか確認したいのに……どうやって持って来たかを回答された。
しかし、今日が何の日か思いだした。
そう、今日は……日が変わってクリスマス。
「クリスマスプレゼント?」
「そう」
「……なるほど」
忘れていた訳ではない。
クリスマスと言えばプレゼント交換だって……うん。
ちゃんと用意をしてきた。
机の引き出しを開けて、小さな箱を取り出す。
ミシェルの持っている大きな箱に比べたら小さいけれど……。
気持ちの大きさはプレゼントの大きさに比例しないって分かってるけど、それでも並べるとちょっと気が引けてしまうな。
「……ん、ピーター。開けてみて」
「う、うん」
そんな事を考えているってミシェルに知られると恥ずかしい。
思考を振り払って、僕は大きな箱のラッピングを剥がした。
それは──
「ミシン?」
「そう、最新型の多機能ミシン。コンピュータ搭載してるタイプ」
「へぇ……」
「スーツの補修とか、作ったりとか……そういうのに役立つと思ったから」
箱を手に持って、パッケージを見る。
何だか色々凄い機能付きみたいだ。
……というか、これ。
結構、高い奴じゃないか?
……なんて、ミシェルの前で口にはしないけど。
ちら、とミシェルを一瞥する。
自信満々な表情を浮かべているが、ほんの少し……笑みがぎこちない。
その微かな感情の発露に気付いた僕は、頷いた。
「うん、凄く嬉しいよ。ありがとう、ミシェル」
そう言葉を口にすると、ミシェルは微かに安堵の笑みを浮かべた。
……僕が喜んでくれるか心配だったんだろうな。
僕としては、ミシェルが僕のために悩んで用意してくれた物なら、何でも嬉しいけれど……。
僕は少し、笑った。
「じゃあ、僕のも……」
「ん、楽しみにしてる」
「……あ、あんまりハードル上げないでね?」
小さな、手のひらに乗るような箱をミシェルに手渡した。
ミシンに比べたら軽いし、小さい。
「開けていい?」
「もちろん」
ミシェルが梱包を優しく、壊れ物を扱うように剥いた。
そして、中に入っていた艶消しの黒い箱を開けた。
「……指輪?」
そう、僕が用意したのは指輪だ。
螺旋のような掘り方がされたシルバーの指輪。
グウェンと相談して用意したプレゼントだ。
……恋人へのプレゼントの相談を他の女性にするのはあんまり、褒められた事ではないけれど。
脳裏に過ぎる。
『ミシェルにクリスマスプレゼントを渡そうと思うんだけど──
『は?そんなの指輪で良いでしょ。良い加減に腹括りなさい』
『う、うん?』
腹を括る、ってのはよく分からないけど。
兎に角、オススメされた通りに指輪を用意したのだ。
喜んでくれたのだろうか、と思ってミシェルに視線を戻すと─
顔を真っ赤にして、固まっていた。
「え?ミシェル?どうしたの?」
「ピーター……こ、これって、その──
ミシェは目を瞬いて、少し涙目で僕を見上げた。
熱のこもった視線が僕を貫いて──
「こ、婚約指輪、ってこと?」
僕は咽せた。
すごい音がした。
グウェンが指輪をオススメしてきたので、つまり『そういう事』か!
今更、気付いた僕が鈍くて悪いんだけど、そういう想定じゃなかった。
でも確かにそうだ。
これじゃあ『結婚しよう』なんてプロポーズしているようにしか見えない。
慌てて弁明する。
「ち、違っ──
何とか言葉を振り絞ると……ミシェルの顔が少しずつ曇っていくのが見えた。
違う。
そういう意味で渡した指輪じゃない。
だけど、違う。
そんな顔をさせたかった訳ではない。
だから──
「その……」
「……ピーター?」
「指輪は……ええと……」
「…………」
ミシェルは指輪の入った箱を持ったまま、僕をみている。
不安そうな目で、心配そうな表情で。
……息を吐く。
何も迷う事ではない。
いつか、いつかしようと思っていた事だから。
今でもいい。
「こ、婚約指輪にしても、良いかな?……その、ミシェルが良ければ、だけど……」
言った。
言ってしまった。
あまりにも遠回りで、情けない告白。
どうしようもなく、情けない言葉。
ミシェルと目を合わせられない。
これは逃げだ。
だけど、それでも気恥ずかしさと、ほんの少しの怯えが──
「……いいよ、ピーター」
顔を上げれば、嬉しそうに頬を緩める彼女の姿があった。
本当に、本当に……僕から見ても幸せなんだって分かるぐらい、幸せそうな笑みを浮かべていた。
昔は表情の乏しかった彼女が、ここまで感情を発露できるようになったのだと……それが僕も嬉しくて、思わず頬を緩めてしまう程に。
「…………」
「…………」
お互いに目線は合っているのに、ほんの少しだけ視線を逸らし合う。
照れ臭くて、何処か甘い匂いがするように気がした。
沈黙が僕と彼女の間に挟まって──
「ピーター、付けてもいい?」
その静寂を破ったのはミシェルだった。
「う、うん。いいよ」
僕が頷くと、彼女は指輪を持って……僕に視線を向けて笑った。
「……やっぱり、ピーターが付けてくれる?」
「僕が?」
「ん、ピーターに付けて欲しい」
そう言って、僕の手に渡して来た。
僕は少し意図がわからなくて目を瞬いて、それでも彼女の指に指輪を収めようと目を向けた。
ミシェルの白くて細い、綺麗な指が──
「……あ」
差し出されていたのは左手、そして……薬指。
息を飲んで、僕は彼女の指に指輪を──
「…………」
心臓が跳ねる。
愛おしい恋人の薬指に指輪が収まった。
その事実は僕と彼女の関係が一歩進んだ事を知らしめるようで、身体が熱くなる。
「……ありがとう、ピーター。大切にするから」
「う、うん……」
ミシェルが手を天井に向けてかざした。
目を細めているのは、天井の照明が眩しいからか……それとも──
ぎゅぅ。
と、抱きしめられた。
「……ミシェル?」
「凄く、嬉しいから。夢じゃないんだって──
抱きしめる力は、強い。
「……本当にこれが現実なんだって、確かめたくて」
離れないように、抱きしめられる。
……手を、彼女の背に回す。
「……夢じゃないよ」
「知ってる。それでも……」
静かに、抱きしめ合う。
互いに存在を確かめ合うように……。
少しして。
ベッドの上にミシェルが座っていた。
薬指の指輪をしきりに眺めている。
その仕草を見るたびに、僕は少し恥ずかしかった。
渡したのは婚約指輪だ。
結婚指輪とは違う……けれど。
結婚を約束する指輪だ。
確かに、将来的に僕はミシェルと……うん、そういう関係になりたいと思ってたし、夫婦になるんじゃないかな、なんて思っていたけれど。
それが現実味を帯びてくる。
でも──
『結婚するのは、大学を卒業して就職してから』
となった。
今の僕は学生で、奨学金で何とか生活している。
こんな状況では甲斐性もない。
せめて、一人で暮らせるまでは待つ。
という話で決着がついた。
ミシェルも納得してくれた。
……ミシェルを見る。
「……んふふ」
にまにまと左手の薬指を見ている。
あんなに喜んでくれるなら、うん。
色々と悩む事もあるし、これからの心配もあるけど、彼女が幸せなのならそれで良いか。
窓の外では雪が、ゆっくりと落ちていく。
小さな雪は窓に触れて……ゆっくりと溶けていった。
来年もよろしく!