【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#6 アクロス・ザ・フェイト Part5

ピーター宅に帰ったのは1時間後だった。

すっかり外は暗くなってしまっているが、それでもニューヨーク。

人通りは多い。

 

 

「ただいま」

 

「ミシェル!無事でよかっ……あ、っと、その……随分、ボロボロだね?大丈夫?メイも」

 

「私は大丈夫」

 

「私もー」

 

 

拘束したスコーピオンを『S.H.I.E.L.D.』に引き渡し、状況を報告した後、スーパーに預けていた荷物を回収して戻ってきたのだ。

時間も掛かる。

 

そんな私とメイに対して、ピーターは心配しつつも……その姿に少し驚いているようだ。

 

 

「でも、お気に入りの服だったのに。買い替えないと」

 

 

地べたをゴロゴロと転がったり、アーマー姿のスコーピオン相手と戦ったり……特別な素材で出来ている訳でもない服は、所々ボロボロだ。

 

 

「それは……災難だったね。助けにいけなくて、気付かなくてごめん」

 

「謝らなくていい。連絡する余裕が私にも無かっただけだから……ちょっとシャワー浴びて着替えてくる。メイも来て」

 

「はーい」

 

 

メイを引き連れて脱衣所に向かう。

 

そうして、脱衣所で二人っきりになった私は視線をメイへ向ける。

メイの服は、それほど損傷していない。

彼女はスコーピオン相手に攻撃を一度も受けていないからだろう。

だが、私が撒いた小麦粉やら水やらを含んでおり、洗濯は必要だ。

 

 

「どっちが先にシャワー浴びる?私は後でいいけど」

 

「私もどっちでもいいよ……それともー、一緒にシャワー浴びちゃう?」

 

「……シャワールーム狭いから。二人で浴びるスペースなんてない。先に入って」

 

「ちぇ」

 

 

何処か、そして何故か、残念そうな顔をするメイをシャワールームへ押し込んだ。

 

そうして、メイがシャワーを浴びている間に私は顔を洗面所で洗った。

擦った時に出来た傷は、治癒因子(ヒーリングファクター)で治っている。

だがそれでも、滲んだ血は消えていない。

顔を洗えば……血と砂の汚れが落ちる。

 

 

 

「ミシェル、あがったよー」

 

 

そうしている内にシャワーを浴びたメイが出て来た。

そして、そんな彼女に私が常備している部屋着を押し付けた。

ラフな格好の部屋着だ。

 

 

「おー、いいね。これミシェルの私服?」

 

「そう」

 

「どこで買ったの?」

 

「そんなのいいから。先に出てて」

 

 

後がつかえているのである。

さっさとシャワー浴びて、着替えて、夕食の用意をしないといけない。

 

メイを脱衣所から追い出して、私もシャワーを浴びるべく服を脱いだ。

……洗濯用のカゴに入れたが、廃棄した方が良さそうだ。

 

そう考えつつ、浴室の扉を開けた。

 

 

「……ふぅ」

 

 

鏡に映る自身の裸体に、傷は一つも存在しない。

爆破されて散らかったコンビニエンスストアで転がったりして、擦り傷や切り傷はあった。

だが、既に治癒因子(ヒーリングファクター)で全快している。

 

 

「…………」

 

 

冷たい水を浴びて、熱った身体を冷やしながら、先程の出来事について考える。

 

あの、スコーピオンについてだ。

『S.H.I.E.L.D.』に受け渡したが……それと同時に不可解な情報を受け取った。

スコーピオンは今、現在、刑務所(ラフト)で収容中だという事実だ。

 

つまり、あのスコーピオンは、正確には私の知るスコーピオンとは別人だということ。

 

であれば、スコーピオンではないのか?

いや、彼は『スコーピオン』と呼ばれて否定はしなかった。

少なくとも自認はスコーピオンである。

 

であれば何か。

 

……私は既に察していた。

彼はメイやマイルズ、ドクターのように別世界(マルチバース)から来たスコーピオンなのだろう。

 

そしてこの推測が事実であるのなら、頭痛の種になる。

 

 

「……他にもまだ、別世界(マルチバース)から来ている人がいるのかな」

 

 

蛇口を閉めて、水を止める。

前髪からポタポタと水が垂れている。

 

現在、殆どのスーパーヒーロー達は宇宙にて、次元の歪みを調査中だ。

だというのに、別世界から悪党(ヴィラン)がこのニューヨークに来訪しているのだとすれば……それは由々しき事態なのだ。

 

 

「……今、悩んでも仕方ないか」

 

 

シャワールームを出て、タオルを手に取る。

身体を吹いて、髪を拭いて……下着を身につけて、ドライヤーで乾かす。

部屋着と外着の中間みたいな服を身に付けて、シャワールームを出れば──

 

 

「それでね、ミシェルがこう、その辺にあった商品を使って作戦を思いついて!少しも悩まずパッと行動して、スコーピオンの裏をついて──

 

 

何故かメイが私の話を、武勇伝のように語っていた。

ピーターが聞いているのは分かる……自分の恋人がどんな状況だったか知りたがっているのだろう。

マイルズも、彼の性格からすれば気になるのも分かる。

だが、ドクターまで何故、興味深そうに話を聞いているんだ。

 

 

「何してるの」

 

 

問いかけると、メイが私を一瞥した。

 

 

「あ、ミシェル!さっきの勇姿をね、他のスパイディに教えてあげてるところ!」

 

「…………あ、そう」

 

 

少しも悪びれる様子もなく、そんな事を言う。

恥ずかしいから辞めて欲しいのだけれど……咎めるほど悪い事はしていない。

寧ろ、状況報告としては正しい。

……報告のトーンはもう少し冷静に抑えて欲しいけど。

 

ため息を一つ吐いて、メイに視線を戻す。

 

 

「取り敢えず、晩御飯を用意する。メイ、手伝ってくれるって言ったよね?」

 

「あ、うん!手伝うよ〜」

 

「という訳で、スパイダー“たち(メン)”。お腹すいてるかも知れないけど、ちょっと待ってて」

 

 

私がそう言うとピーターが頷きつつも、私へ視線を向けた。

 

 

「あ、ミシェル……その、手伝おうか?」

 

「いい、メイがやってくれるらしいから」

 

「……ごめん」

 

「いいよ、大丈夫」

 

 

私がそう言うと、ピーターは萎びたような顔で椅子に座り直した。

助けに来れなかった罪悪感から、何か手伝いたかったのだろう。

しかし、本来なら頼める雑用は、メイが代わりにしてくれるらしい。

 

萎びたピーターを無視して、メイとキッチンへ向かう。

 

といっても、簡単な料理だ。

手順も少ない。

 

買ってきた挽肉を、私は底の深いフライパンに全部入れた。

 

 

「メイ、買ってきた玉ねぎ刻んでくれる?細かめで」

 

「あいあい、キャプテン」

 

「……それ、そっちの世界で流行ってるの?」

 

 

私の質問にメイは答えず、玉ねぎを切り始めた。

危うげのない様子に安心した私は、そのままひき肉を火にかける。

ナツメグやらニンニクを入れつつ、ローリエをのせて炒める。

 

その間にメイが玉ねぎを刻み終わっていた。

 

 

「メイ、トマト缶開けてくれる?」

 

「分かった」

 

「缶切りはそこの引き出しに──

 

「あ、ごめん。もう手で開けちゃった」

 

「……まあいいけど」

 

 

手で蓋が引きちぎられたトマト缶を見て、少し呆れる。

昔、私も同様に缶を開けていた時期があった。

だが、この状態だと切り口が鋭くなって危ないのだ。

 

だから、今はちゃんと缶切りでやっている。

スーパーパワー持ちにしか分からない「あるある」なのかもしれない。

 

そう考えながら、メイが切った玉ねぎと、オリーブオイルをフライパンに投入する。

そのまま火にかけていると、メイが覗き込んできた。

 

 

「……どうしたの?メイ」

 

「いやー、ミシェルって誰から料理を教わったの?」

 

「誰って……メイ……ああ、ピーターの叔母の、メイって人」

 

 

ややこしい、同じ名前だから。

 

幼い頃に両親が失踪したピーターの母親代わりであるメイ叔母さん。

彼女は、ピーターとの記憶を失っている。

それでも、ボランティア施設を通じて面識を取り戻した。

 

私も交流があるので料理を教わっている……という訳だ。

理由はある。

失った家族の味をピーターに食べさせてあげたいという想い……私のお節介。

それが理由だ。

 

 

「へー……ピーターの叔母さん、メイって言うんだ?」

 

「そう、貴方と同じ名前……あ、叔母さん、といっても親代わりみたいな人だけど」

 

「ふーん」

 

 

好奇心が満たされたようで、メイは深く頷いた。

とにかくそうして料理を進めて、メイにも手伝って貰って……食卓に並んだ。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

腹ペコなメイを含むスパイディ達に食べさせつつ、私もパスタを口に含む。

うむ、中々の出来だ。

 

しかし、私も料理が上手くなったものだ。

昔はダメダメだったのだけれど。

『レッドキャップ』を辞めて、ピーターと付き合って、メイ叔母さんに習って……ようやく人並みといったレベルだけれど。

それでも、美味しそうに食べてくれる人がいるだけで満足だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を終えた私は、ピーターの部屋を後にした。

取り敢えず今日は、マイルズとドクターはピーターの家で寝泊まりをしてもらう。

メイは女性だから私の家だ。

 

夜も遅い。

これからの予定は明日以降に、また相談する事となった。

 

しかし、既に外はすっかり暗くなっている。

街灯や電飾でまだまだ明るいが、それでもニューヨークの治安はあまり良くない。

あまり女性が生身で出歩くべきではない。

 

まぁ、私とメイに限って、どうにかなるとは思わないが。

さっさと、帰るとしよう。

 

 

「ねぇねぇ、ミシェル。ミシェルの家ってどこ?」

 

「ここからそれなり。でも、一旦は駐車場に行く」

 

「駐車場?」

 

「車で帰るってこと」

 

 

私は手にICカードの鍵付きトランクケースを持ち歩きながら、そんな事を口にした。

そもそもピーターの家に来た経路として、警察署からスーツ姿のまま車に乗って、そこから歩いてピーターの居るアパートに来たのだ。

だから、帰る時も車だ。

 

 

「車に?ミシェルって車に乗ってるの?」

 

「まぁ、仕事で必要だから」

 

 

そう口にしつつ、大型倉庫のような駐車場に移動して、車に元へ向かう。

真っ黒で、艶のある私の愛車だ。

そんな愛車を見て、メイは目を瞬いた。

 

 

「えっ?これ?」

 

「そう、これ」

 

「……なんというか、スポーツカー?」

 

「……それは分からない。スポーツカーの定義が分からないから」

 

 

『S.H.I.E.L.D.』によるカスタマイズが施され過ぎて、殆ど原型を留めていない。

見た目はそんなにゴツくないが、装甲は特殊合金だ。

多少の無理をしても走行可能で、最高速度は時速300kmを優に超える。

スポーツカーというより、スーパーカーである。

 

 

「取り敢えず乗って。もう遅いし」

 

「分かった……うわ、ドアが上に開いた!?」

 

 

そういえば初見の時は、私も驚いたな。

助手席にメイを乗せて、私も車に乗る。

そして、車体にあるモニターに手を触れる。

静脈認証が承認されて、システムが起動した。

 

 

『システム、オールグリーン。貴方の親愛なるAI、カレンです』

 

「うわっ、え!?喋った!?」

 

 

スターク社製の対話型AIだ。

まだ流通していない最新モデルで、安全キーも取り外されている。

『S.H.I.E.L.D.』の権限で多少、グレーなことも命令できるようになっている便利なAIだ。

 

 

「じゃ、帰ろっか」

 

 

駐車場の料金は月額で払っている。

精算もせずに、アクセルを踏む。

 

 

「え?ミシェルが運転するの?」

 

「……何か変?」

 

「いや、なんか凄いAIがあるなら自動運転かな?って思ってたから……」

 

「私、車の運転好きだし。運転してないと、鈍るから」

 

「なるほど……?それは確かに?」

 

 

駐車場を出て、ニューヨークの道路を走る。

まだ私以外にも車が何台か走っている。

無茶せず、安全運転で行くとしよう。

焦ってないし。

 

車を運転していると、車内のAIが自動で音楽を流してくれる。

K-POPアイドルの軽快な歌が車内で流れる。

 

そうしていると、メイが目を瞬いた。

 

 

「おー、これってルナ・スノーだよね?」

 

「……分からない。勝手に『カレン』が流してるだけだから」

 

「そっか……ミシェルは興味ないの?」

 

「音楽はあんまり。グウェン……私の友達は好きらしいけど」

 

「グウェン……あ、グウェン・ステイシー?」

 

 

名前に覚えがあったらしい。

運転中だから視線を向けるわけにも行かないが、その理由は気になる。

 

 

「そっちの世界にもグウェンは居るの?」

 

「居るよ。気の良いおば……お姉さんって感じ」

 

 

おば……?

おばさん、という意味か?

 

並行世界(マルチバース)は空間だけではなく、時間も異なる。

グウェンが『おばさん』と呼ばれる程、歳を取っている……そういう世界もあるのだろう。

 

軽快な音楽を聴きながら、車を走らせてそのまま自宅……アベンジャーズ・マンションまで到着した。

 

 

「ここが今の、私の家」

 

「へー……え?ここってアベンジャーズ・タワーじゃないの?」

 

「ん?いや、マンションだけど。アベンジャーズ関係者のマンション」

 

「……あれ?そうなんだ?」

 

 

先程のアイドルの話といい、この世界と、メイの住む世界は似た世界らしい。

だが、それでも異なる事が多々あるのだろう。

 

そうして車を共有の駐車場に停めて、私とメイは車から降りた。

アベンジャーズ・マンションの中に入れば──

 

 

『遅い帰りだね、ミシェル。てっきり今日も番の家にお泊まりかと思ったよ』

 

 

宇宙服を着た犬がロビーで寛いでいた。

私からすれば驚く事でもないが、メイは目を丸くしている。

 

 

「えっ、犬が喋ってる……?」

 

『む、失礼な客人だ。私の名前はコスモ、犬じゃない』

 

「……っと、ごめんなさい。メイです、よろしく……コスモ?」

 

 

コスモ相手に恐る恐る、といった様子でメイが手を伸ばした。

その手にコスモが前足を乗せていた。

何をしているんだ一人と一匹。

 

 

「メイ。コスモはアベンジャーズ・マンションの三代目管理人。失礼の無いように」

 

「い、言うのが遅いよ……!失礼しちゃったじゃん!」

 

 

こそこそと、ボソボソとメイが小声で抗議して来た。

しかし、その声をコスモはしっかりと聞いていたようだ。

 

 

『別に、気にしてないよ?私ってば、心が広いんだから』

 

 

なんとも心の広い、ゴールデンレトリバーである。

 

 

「コスモ、お願いがあるんだけど」

 

『言ってみて。聞くだけなら無料(ただ)だから』

 

「住所不定の無職3人に、部屋を貸し出す事ってできる?」

 

『……どうして?』

 

「理由はちょっと言えない……訳でもないけど。今、アベンジャーズのみんなが宇宙に行ってるでしょ?あの関係」

 

『ふーん、いいよ』

 

「ありがとう、コスモ──

 

『ジャーキー、一年分で手を打つよ』

 

 

何とも抜け目のない犬だ。

 

 

「……まぁ、ありがとう」

 

 

ちょっと悩んだが、礼は言っておこう。

メイ、マイルズ、ドクターの部屋は明日にでも用意できるとか。

 

そうして、コスモの頭を撫でようとするメイを引き剥がし、エレベーターに乗った。

 

 

「さっきの、あのコスモ……さん?ってどういう人……いや、犬なの?」

 

「宇宙飛行士で超能力者。あと、昔は凄く大きな宇宙コロニーの支配人もやってた」

 

「……何言ってるかよく分かんないけど、凄い犬なんだね?」

 

「あんまり犬扱いすると不機嫌になるから、気を付けてね」

 

 

廊下へ出て、私はメイを自室へと案内する。

 

 

「ここ、私の部屋」

 

「……広くない?ピーターのアパートより」

 

「それピーターの前では言わないでね」

 

 

ピーターはそういう話で嫉妬する事はないだろうが、ダメージを受けるタイプだ。

見栄とかプライドではなく、私に対して申し訳ないって思ってしまう。

ピーターは優しいが、時折りナイーブになるのだ。

 

 

「しっかし……何で、スパイダーマンのポスター貼ってるの?他にもヒーローグッズが飾ってあるし……同僚なんじゃないの?」

 

「いいでしょ、別に」

 

 

私の趣味なんだから。

 

 

「でも、彼氏のポスター貼ってるのは変だと思うけど……」

 

 

言葉にされると確かに変かも知れないが。

 

……メイはオタクに理解がなさそうだ。

私がこっそり作ってるスパイダーマンのスクラップブック……その存在は知られないようにしよう。

 

彼女に隠れて、私はこっそりと卓上の本を引き出しに入れた。

 

 

「ていうか、ミシェル」

 

「なに?」

 

「ベッド、一つしかないよ?」

 

「ああ、私は床で寝るから大丈夫」

 

 

床で寝るのは慣れている。

そもそも、昔はコンクリートの床に直で寝る事も多々あったし。

 

 

「そんなのよくないよ、家主なんだから!私が床で寝る」

 

「ダメ。メイはまだ若いんだから、ベッドで寝て」

 

「いいや、私が床で寝る」

 

「メイはベッドで寝て」

 

 

なんか、この話、昔ピーターとやった記憶があるような、無いような。

互いに譲り合って、譲り合えないのならば、どうすべきか。

 

 

「じゃあ、ミシェル。一緒に寝ようよ、ベッドで」

 

 

こういう話でオチがつく。

 

 

「……まぁ、いいけど」

 

 

相手は他人だが、女性である。

普通ならば嫌がるが、メイは……何というか、気が許せる感じがする。

別に一緒に寝たっていい。

 

 

そうして結局、パジャマに着替えて──メイにはパジャマを貸し出して──同じベッドで横になった。

 

 

「じゃ、おやすみ」

 

「ん、おやすみ」

 

「……………」

 

「……………?」

 

 

……メイの顔が近い。

であれば、少し意識してしまうもので。

何とも……よく見れば、顔が良い。

優しげだが、気さくそうな、美少女だ。

さぞかし、学校でモテるだろう……黙っていれば。

いや、このお調子者の感じが逆に男にモテるのか?

 

なんて考えていると、メイが息を深く吸って……吐いた。

そしてまた、息を吸って吐いた。

 

 

「……何してるの、メイ」

 

「いや、いい匂いするなーって」

 

 

何とも、気色の悪い事を言う。

 

 

「…………」

 

「え?あ、違うよ!?その、安心するっていうか……こう、なんというか……ね?」

 

「……まぁ、いいけど」

 

 

弁明が弁明になっていない。

少し慌てた様子のメイは私の顔を見て、観念したように少し目を逸らした。

 

……こうして、顔が見えるからよくない。

私は枕元に置いてあるリモコンで、部屋の電気を消した。

 

そして、目を閉じた。

 

明日も早い。

ここ最近、朝方に偽物のスパイダーマンが強盗事件を起こしている。

毎朝、という訳ではないだろうが……警戒する側の警察や、私のような人間は早起きが必要になっている。

 

少しでも疲れを残さないように、早めに眠りたいのだ。

だから、こうして目を瞑っていると──

 

メイに、抱き締められた。

 

 

「……メイ、どうしたの?」

 

「……えっと、ありがとう……って、言いたくて」

 

 

普段とは少し違う声色だった。

不安を、寂しさを、押し殺すように震えた声だ。

 

 

「……なにが?」

 

「……居てくれて、嬉しいから。寂しかったから」

 

 

その言葉で私は理解した。

この世界に来てから、ピーターや私と会うまで大変だったのだろう。

右も左も分からない世界で、眠るためのベッドすらないのは不安になる。

 

彼女はまだティーンエイジャー、若い女の子だ。

家族から引き剥がされて、それでも気丈に振る舞っていた。

 

……だから、これが、彼女の素なのだと私は思う。

元気で溌剌とした、少しお調子者の仮面の下にある……彼女の心なのだと。

 

 

「……大丈夫、この世界に居る間は私が面倒見るから」

 

 

そう言って、メイの頭を撫でた。

 

 

「……うん、ありがとう」

 

 

メイの腕に力がこもった。

少し、キツく感じてしまう程に。

 

言葉は嬉しそうに。

だけど、寂しそうに。

何故か、悲しそうに。

 

だけど私には、その感情を解消する術はない。

あるとすれば、ただ……甘えてくる彼女を受け入れる事ぐらいでしか、応えられない。

 

 

「……おやすみ、メイ」

 

「…………うん、おやすみ」

 

 

だから、私は……ただ抱き締め返した。

緩やかに微睡む暗闇の中、彼女の……鼓動を確かめながら。

 

 

 

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