【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#7 コールド・アンド・エンプティ Part1

色彩の薄い景色。

ベージュ色の壁。

水色の空、橙色の太陽。

 

目の前には鍋。

中にはビーフシチュー。

ぐるぐると、私はかき混ぜている。

 

これは夢、だろうか。

ここに繋がる記憶がないのだから、きっと夢だろう。

 

だけど、ありえない。

私は夢を見れない筈だ。

 

夢とはあり得た世界だ。

そして、私はこの世界でしか生きられない。

 

異なる次元、異なる世界。

そんなものは私には存在しない。

 

ここ以外の世界で私は、漏れなく死んでいる。

そう、一つの漏れなく。

 

そう教えてくれたのはスティーヴンだ。

だから、夢ではない筈だ。

 

かき混ぜる。

生クリームと、赤みがかったシチューをかき混ぜる。

 

微睡みの奥。

他人事のような視界。

触れているのに、触れていない感覚。

 

そんな中、耳に赤子の泣く声が聞こえた。

 

 

「────」

 

 

私は何かを呟いた。

だけど、何を呟いたかも分からない。

黒塗りにされた書類のように、ただ何かを喋った事だけしか私には分からない。

 

それでも、勝手に私の体は動く。

鍋にレードルを置いて、振り返る。

 

ゆっくりと足を進めて、ベビーベッドの前に立つ。

そして、赤子を抱き上げた。

 

柔らかく、小さく、儚い存在。

 

 

「────♪──♪」

 

 

何かを、私は口ずさむ。

子守唄だと、分かる。

それでも、何を歌っているかは分からない。

 

この夢が何なのか。

この世界は何のか。

何故夢を見るのか。

 

どれも、分からない。

 

ただ、穏やかで、緩やかで、幸せな夢だ。

いつまでも、この世界が続けばいい。

 

そう願いながら──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、目を覚ました。

 

 

「…………」

 

 

目を瞬いて、上半身を起こす。

私は床に転げ落ちていた。

 

 

「……なにこれ」

 

 

夢に対しても、この現実に対しても。

私は立ち上がって、ベッドを見た。

 

 

「ふが……」

 

 

メイが凄い格好で寝ていた。

右手は上に、左手を左に。

片膝を立てて、もう片足は伸ばして。

シーツを蹴っ飛ばし、枕に足を乗せていた。

 

なんて寝相が悪いんだ。

私はきっと、ベッドから蹴落とされたのだろう。

 

 

「……まぁ、いいや」

 

 

幸い、私は硬い床でも熟睡できるタイプだ。

 

ちら、と時計を確認する。

朝の4時、予定通りの時間だ。

 

 

「ん……っ、しょ」

 

 

寝起きの足取りで洗面所まで向かい、顔を洗う。

タオルでぬぐって、化粧水をつけて……洗面所を出る。

 

棚にしまっておいたパンを出して、オーブンに入れる。

そして、メイの元へ向かった。

 

 

「起きて、メイ」

 

「うーん……まだ、もちょっと寝てた、い……」

 

 

目は覚めたようだ。

だが、眠気から抵抗してくる。

 

しかし、予定がある。

私にもあるが、彼女の予定でもある。

 

 

「起きて」

 

「……あと、5分」

 

「起きなさい」

 

「……はーい」

 

 

少しキツく言うと、渋々といった様子で目を覚ました。

そのまま洗面所に送り届けて、私はキッチンへ戻る。

 

フライパンにベーコンをしいて、卵を落とす。

火を通して、焼けたパンと一緒に皿へ乗せる。

 

そうして朝食を机に並べた頃、メイがリビングに顔を出した。

 

 

「おはよ……ぅあっ、これ朝ごはん!?」

 

「おはよう、メイ。そうだけど」

 

「うわー、人が作る朝ごはんって新鮮っ、食べていい?」

 

「どうぞ」

 

 

そのために作ったのだから。

パンにバターを付けて、目玉焼きに胡椒をかけて。

そうして朝食を食べるメイを見ながら、私も朝食を口にした。

うん、いつも通りだ。

 

そうして、一足先に食べ終えたメイは私に視線を戻した。

 

 

「でもさー、ミシェル。なんでこんなに早起きさせたの?まだ朝の4時半だよ?」

 

「偽スパイダーマンの事件は毎朝起きてる。早めに用意して、主要な銀行で待ち伏せするつもり」

 

「あー、なるほど……事件起きてから行けばよくない?」

 

「早めに行動して損はない。それに、警察や私はスパイディ達と違って(ウェブ)スイングみたいな移動方法がない。警察と連携するなら、現場で早めに合流した方が印象がいいでしょ?」

 

「むー……反論はありませぇん」

 

 

お手上げ、といったジェスチャーをメイがした。

喋りながらも朝食を食べ終えて、シンクに備え付けられた食洗機に食器を入れる。

マグカップを出して、温めたミルクを飲んで……メイが欲しがったので彼女にも飲ませた。

 

そして──

 

 

「身支度するよ、メイ」

 

「身支度って、何を着ればいいの?私、何にも持ってないし、昨日の服は洗濯中だよね?」

 

「何言ってるの?着るべき服は決まってると思うけど」

 

 

私はそう言いながら、自前のトランクケースに『S.H.I.E.L.D.』のIDカードを差し込んだ。

すると鍵が開いて、中に収まっている分割された黒いアーマースーツが姿を現した。

そして、メイもその様子を見て頷いた。

 

 

「あー、なるほどね?スーツって訳だ」

 

「そういうこと」

 

 

横着した私はリビングで服を脱ぎ、下着を変えて、黒い防刃防弾のタイツを身につける。

そして、その上にアーマースーツを装着した。

気付けば、肌どころか、下に着ているタイツすら見えなくなっていた。

黒く光沢のあるアーマーに、卵のように目鼻もない艶やかなフェイスパーツ。

登録名『ナイトキャップ』の姿がそこにあった。

 

そんな私に対してメイは、既に着替えを終えていた。

手作りらしいスパイディスーツ。

『スパイダーガール』が椅子に座っていた。

 

 

『準備は出来たか?メイ』

 

「ぉうわっ……!びっくりした……」

 

『何を驚く事がある?』

 

「急に声変わるし……喋り方も変わるから……」

 

『生憎だが配慮する事はない。慣れろ』

 

「はいはい、慣れますよー……」

 

 

不貞腐れたようなメイを連れて、マンションの一室を出る。

ここはアベンジャーズ・マンション。

といっても、アベンジャーズの殆どは居ない。

それでも、ヒーロー候補やら、若いヒーローやら……アベンジャーズや『S.H.I.E.L.D.』の関係者しか入居できないマンションだ。

 

私達がこんな姿をしていても、問題はない。

 

そのまま歩いて裏口を出て、駐車場へ向かう。

そして、いつも通りスーツ同様の黒い車に乗り込む。

 

 

『メイ、これを身につけておけ』

 

「あ、え、わっ、急に投げないでよ……って、なにこれ?ちっさ」

 

 

豆粒のようなシール付きのチップだ。

 

 

『GPSだ。位置がわかる。腕か足、首や胸元、どこかスーツの裏側に貼り付けておけ』

 

「はーい……じゃ、喉元で」

 

 

ペタリと、メイはチップを喉元につけた。

すると、車内のモニターに映っている地図上に、赤いマークが表示された。

きちんと正常動作しているようだ。

 

その内容に納得して、私はアクセルを踏み込んだ。

 

 

「え」

 

 

マンションを出て、早朝故に車の居ないニューヨークの道路を走る。

 

 

「ちょ、ちょちょっ」

 

 

時間を無駄にするつもりはない。

高性能AIカレンによって提示される車の少ない道を選び、追い越していく。

 

 

「ミ、ミミ、ミシェルっ、速い、速いって!」

 

『この姿の時は『ナイトキャップ』と呼べ』

 

 

アクセルは踏み込みっぱなしだ。

最速、最短で走り抜ける。

窓から流れるニューヨークの景色が霞むほどに、早く。

 

 

「……わ、わぁ」

 

 

か細く声を上げながら、メイはシートベルトを握り締めた。

そんな不安がらなくても、事故なんて起きやしない。

ニューヨーク中の道路情報について、AIが認識しているし、私の反射神経と、この車の反応速度があれば対応できる。

 

 

「……ひぃん」

 

 

何故か怖がるメイを無視して、私はニューヨーク相互銀行まで到着した。

既に警察車両が何台か停まっており、警戒態勢が敷かれている。

 

 

『着いたぞ、メイ』

 

「……う、うう……ミシェル……ナイトキャップの運転って、相当荒いよね……」

 

 

別に荒くしているつもりはないのだが。

しかし、ピーターにも同じことを言われた事がある。

ドライブデートは嬉しそうにしているが、仕事中は車に乗りたがらないのだ。

……少し気をつけるか?

 

そう考えつつ、メイへ目を向けた。

 

 

『メイ……いや、スパイダーガール。警察は今、偽スパイダーマンの影響で警戒態勢となっている。その姿を見て、良い反応をしない奴も多い』

 

「なるほど、ということは……事件が起きるまで、隠れていた方がいい?」

 

『そういう事だ。私は警察へ挨拶に行ってくるが、少し車内で待っていてくれるか?』

 

「あいあい、キャップ」

 

 

また変な返答をして。

そう考えながらも、私は車を降りた。

 

そして、警察が集合している一角に足を踏み入れる。

既に警官が何人も準備をしており、緊張感が出ていた。

そんな中、見知った顔を私は見つけた。

 

 

「あっ、おはようございます!ナイトキャップさん!」

 

『ケイティか』

 

 

金髪の若々しい女性警官が私に声を掛けて来た。

ケイティ巡査、ニューヨーク市警でも数少ない私と親しい警官だ。

私の本名も知っているほど交流があるが、他の警官がいる手前、『ナイトキャップ』と呼んでくれている。

 

 

『状況は?』

 

「はい、他の銀行にも現在、警察が張っています。ですが、恐らく、今回はニューヨーク相互銀行だろうと上層部は当たりを付けています」

 

『だろうな』

 

「ナイトキャップさんは分かりますか?……ちなみに、何故ですか?私、分かってないんですけど」

 

 

頭にはてなマークを浮かべるケイティを見て、私は頷く。

 

 

『一度犯行を行った銀行は警戒態勢が強い。あの偽物のスパイダーマンもそう考えているようで、同じ現場には現れていない』

 

「なるほど……」

 

『であれば、まだ犯行に及んでいない現場の中で、最も大手の銀行であるニューヨーク相互銀行を狙うのが道理だ』

 

 

私の言葉にケイティが納得したように頷きつつ、小さく手を上げた。

 

 

「あの……ミシェルさんは、今回の騒動について、スパイダーマン……のことを偽物だと確信しているんですよね?」

 

『ああ』

 

「何でですか?」

 

『……彼はそんな事をしない。そう知っているからだ』

 

 

恋人だからとか、プライベートで繋がりがあるからとか、そんな事は警察に言えない。

スパイダーマンは世間ではヒーローではなく、自警団員(ヴィジランテ)である。

法に従わず、自由意志で街を守る……合法的な存在ではないのだ。

そんな相手と親しいと、警察には言い難い。

 

 

「なるほど……でも、確かにそうですね。私も今回の事件、スパイダーマンらしくないと思ってますので」

 

『そう思うか?』

 

「はい。幾ら、スパイダーマンにしか出来ないスイングやら動きをしてようと、本質的にそういうことするタイプじゃないと思ってますので。あの人の本分は、人助けでしょう?」

 

『……そうだな。その通りだ』

 

 

私はケイティの言葉に嬉しくなった。

ピーターの人助けを、見ている人は見ているのだ。

そして、信じてくれている。

それはとても嬉しい事なのだ。

 

そう考えていると、銀行内で非常ベルが鳴り響いた。

まだ一般客に向けて開けてすら居ないのに。

 

 

『……なんだ?』

 

「事件発生、みたいです……!でも変ですね?外から侵入する人影すらなかったのに……」

 

『既に内部へ侵入していたのか?それとも裏口か……とにかく、中へ調査を頼む。ただ、無理はするな』

 

「それは勿論!ナイトキャップさんは、どうしますか?」

 

『協力者を車に乗せている。彼女を連れて、銀行内部へ向かう……警察の仕事は包囲だ。逃すな。だが、無闇に手を出すな』

 

「了解です!」

 

 

敬礼するケイティを送り出し、私は急いで、車の元へ向かった。

車内を見るとメイが座席を倒して、リラックしていた。

……緊張感がない。

 

 

『メイ、出番だ。銀行内部で事件が発生している』

 

「え、もう!?」

 

『私は表から警察と突入する。メイは隠れて侵入しろ』

 

「わ、分かった……警官にもバレない方がいいよね?」

 

『ああ、誰が偽物か分からん。部外者は信用するな』

 

「りょーかい」

 

 

メイは即座に車を降りて、銀行の壁を這い上がり……屋上へと駆け上がった。

そして、そのまま天窓をこじ開けて中へと入っていった。

警官達の注意が銀行内部へ向かっている今だからこそ、出来た芸当だろう。

 

その姿を見届けて、私は警察から少し遅れて銀行内部へ突入した。

 

侵入したのだが──

 

 

『……何だこれは』

 

 

警官達の頭上をデスクが舞った。

奥にいる偽スパイダーマンが暴れているらしい。

それは分かる。

 

だが、暴れている理由が意味不明だ。

既に金庫から金を盗んでいるのなら、警察から逃げればいい。

だというのに、偽スパイダーマンは現場で暴れる事を優先している。

 

この偽スパイダーマンの目的は、金を盗む事ではない……という事か?

 

疑問に思いつつも、私は足を進める。

そして、視界にスパイダーマンを見つける。

 

 

『そこまでだ!止まれ、これ以上動けば撃つ』

 

 

普段使いの物より厳つい、パルスハンドガンを構える。

そんな私の姿に偽スパイダーマンは振り返り……少し驚いた様子をしていた。

 

 

「…………」

 

 

しかし、無言だ。

何も喋らず、動きも止めて私を見ている。

まるで虫みたいだ。

 

緊迫した空気の中、私は後手で警官に合図を送る。

警官達は偽スパイダーマンの挙動を見逃すまいと警戒しながらも、包囲するように動き出す。

 

その動作を手助けするべく、私は偽物の注意を引く事にした。

 

 

『貴様が何者かは知らない。だが、偽物だという事はとうにバレている。悪評を広める事が目的ならば、その稚拙で軽薄な作戦は、恥の上塗りをするだけだ』

 

 

挑発しつつ、前に進む。

しかし、違和感。

 

目の前の偽スパイダーマンに焦る素振りはない。

それどころか、私を観察しているように見える。

 

警戒している……様子もない。

何故、こうも余裕があるのか。

いつでも逃げられるという自信の表れなのか。

 

そう考えていると──

 

 

「うおーっ!確保!」

 

 

メイが、スパイダーガールが頭上から落ちて来た。

 

 

『は?』

 

「え?」

 

 

私や警官達が反応するより早く、偽物のスパイダーマンに抱きついた。

そして、地面に引き倒した。

 

 

「つ、捕まえた!捕まえた!」

 

『ガール、な、なにを……っ、て、ああ、そのまま確保していろ!拘束する!」

 

 

多少、動揺はしたが、チャンスはチャンスだ。

そう考えて、私は偽物のスパイダーマンに駆け寄って、電子手錠を手首に付けた。

 

呆気ない。

呆気なさすぎる。

 

不安な感覚を感じていると、突如、偽スパイダーマンのスーツが溶けた。

 

 

『なっ』

 

「え、なに!?」

 

 

まるで粒子のように消えたスーツの下に居たのは、中年の男性だった。

呆けた顔をしているが、服装は……この銀行の、事務服?

 

 

『ガール、離せ……コイツは偽物だ』

 

「えっ?偽物だから捕まえるんじゃ……」

 

『いや、この男は偽物の偽物だ!誰かが仕立て上げた囮だ!』

 

 

私がそう口にすると──

 

 

『その通り!』

 

 

脳に響く、声が響いた。

生の声ではなく、拡声器を使った声でもない。

直接、頭に届くような鈍い声だ。

 

だが、この位置は分かる。

私の真上だ。

 

 

『貴様は……』

 

『君達はよく踊ってくれた……そして、私の探していた相手を誘き出してくれた!素晴らしい働きだ、感謝しよう!警察の諸君!』

 

 

芝居がかった口調で、私の頭上に浮上しているのは……緑色と金色のアーマーを身に纏った男だ。

その上には真っ赤なフードを、マントのように身につけている。

 

そして、その頭部は青白く燃え盛っている。

 

青白く燃える炎の頭部、その下は……白骨だ。

剥き出しになった頭蓋骨が青白く燃え盛っている。

 

見覚えのないヴィラン。

だが、覚えのある態度だ。

 

そんな相手が、私とメイの前へ着地した。

こいつの目的は私なのか──

 

 

『さあ、舞台の時間だ!私の復讐をもって、この事件のフィナーレとする!』

 

 

いや、違った。

私にコイツとの面識はない。

復讐、というのであれば……メイ絡みの犯罪者なのだろう。

……という事は、彼女の世界のヴィランなのか。

 

そう考えて、メイに視線を向ければ──

 

 

「……ミステリオ」

 

 

聞き覚えのある名前が聞こえた。

 

 

『そう、この場にいる者達にも自己紹介しよう!我が名はミステリオ!稀代の奇術師にして、偉大なる魔術師!そして──

 

 

ミステリオは私を指差した。

 

 

『貴様に復讐(アヴェンジ)する者だ!』

 

 

……私?

このミステリオと私に面識はない筈だ。

確かに……この世界のミステリオを殺したのは私だ。

だが、別世界のミステリオなぞ知る由もない。

面識などある筈がない。

 

そう困惑していると、メイは既にファイティングポーズを取っていた。

 

 

「そうはさせないよ、ミステリオ!その道路に吐き出されたガムよりしつこい、執念深さもここでおしまいにする!」

 

『おお、子蜘蛛よ!今日はお前と相手をするつもりはない!だが、望むのであれば……同時に相手してやろう!』

 

 

ミステリオの身体が宙へ浮いた。

 

ミステリオは幻覚を操るヴィランだ。

だが、私のマスクには通用しない。

幻覚剤のガスも、ホログラムも、効かない筈だ。

 

だからこそ、この目に映るものが現実なのだと分かる。

 

ミステリオは浮いている。

あの青白く燃える頭蓋骨が本当の姿なのだと、教えてくれている。

 

だからこそ、理解不能だ。

あれがミステリオだと?

そして、何故、私に敵愾心を抱いている?

 

 

『ガール、アイツは何だ……?』

 

 

思わず、問いかけた。

 

 

「アイツはミステリオ!魔術師で、幽霊!」

 

 

端的で、意味不明な言葉に困惑する。

幽霊だと?

ゴーストライダー……いや、違う。

目の前にいる奴は利己的で、邪悪な存在だ。

だが、間違いなく……邪悪な存在だという事は分かる。

 

 

『もっと詳しい情報はないのか……?」

 

「えっと、あとは悪魔のフードを──

 

『お喋りも楽しいが、舞台の幕はもう上っている!無駄なお喋りは厳禁さ!』

 

 

ミステリオが両手を上げた。

その瞬間、銀行の床が持ち上げられた。

地割れのようなものは起きて、足場が不安定になる。

更に、置かれた事務机が持ち上がる。

 

 

『くっ……退去だ!コイツを連れて撤退しろ!』

 

 

間違えて捕縛した偽スパイダーマン……の皮が貼り付けられていたであろう一般人を警官に投げ渡して、退去させる。

今は他者へ気を配っている余裕はない。

 

 

「ミステリオ!なんで、スパイダーマンの偽物なんて用意したのさ!」

 

『くくく、そうすれば、こいつが姿を現すと知っていたからだ!良い演出だろう!』

 

 

ミステリオが私へ指を差した。

瞬間、浮いていた事務机が私に向かって飛来して来た。

 

 

『チッ、これは幻覚じゃないのか……?』

 

 

避けつつも、私はパルスガンをミステリオに向ける。

そして、引き金を引けば──

 

 

『甘い、甘いぞ!貴様はこんなに単純だったのか!ああ、何と弱い!弱い!』

 

 

ケタケタと常軌を逸した高笑いをしながら、ミステリオはパルスガンを回避した。

再び上昇して、空中で手を掲げる。

 

裂ける音が響いた。

金属がひしゃげる音だ。

 

それが頭上から──

 

 

『チッ!』

 

 

舌打ちをしながら、落ちて来たシャンデリアを避ける。

 

 

『無様だ、無様だ。本当につまらない……いいや、面白い!滑稽だぞ──

 

 

ミステリオが両手を上に掲げた。

 

 

『『レッドキャップ』!ここが貴様の墓場となる!』

 

『……っ!?』

 

 

一瞬、私は身体が硬直した。

何故、その名前を知っている?

何故、私の過去を知っている?

それも、何故、別世界の住人が知っている?

そもそも、何故、私に復讐しようなどと言っている?

 

その困惑が、私の足取りを重くした。

ほんの僅かで、小さな隙だ。

だが、戦いの場で、その隙は致命傷となる。

 

砕けた壁が、石の柱が私へと迫る──

 

 

「危ない!ミシェル!」

 

 

瞬間、私は突き飛ばされた。

そして、私が本来居た場所にいたメイに石柱がぶつかり──

 

 

『な、あっ』

 

 

吹き飛んだ。

壁にぶつかり、ごろごろと転がって……身動きも取らなくなった。

 

 

『メイ……!?』

 

 

庇われたのだ。

それを理解した瞬間、私の血の気が引いた。

 

メイは無事か?

私の所為だ。

怪我は深いのか?

生きているのか?

助けなければ、謝らなければ。

 

だが、そんな余裕はミステリオの前では存在しない。

 

 

『想定外の獲物だ。だが、貴様の無力さが、貴様に大切な物を奪う……それもまた面白い』

 

『……貴様』

 

『おお、怖い。怖いぞ。だが、怖くない。滑稽だ』

 

 

ミステリオを中心に赤と、緑のオーラが渦巻く。

禍々しいそれは、どこか……本当にどこかで、見た覚えのある感覚だ。

何処で見たのかも分からない。

 

だが、忌々しいものである事だけは理解できた。

 

 

『さあ、『レッドキャップ』!守るべき物も守れない空っぽの貴様を、今度こそ私の手で殺してやろう!』

 

 

ミステリオがそのオーラを解き放とうと、両手を前に突き出そうとした瞬間──

 

 

「そこまでだよ!」

 

 

天窓が砕けて、一つの影がミステリオを蹴飛ばした。

 

 

『むっ!?演劇(ショー)に飛び入り参加とは、無作法な奴め!』

 

「こんなつまらない演劇(ショー)なんて、ぶっ壊した方が世のため人のためだよ!」

 

 

それは、スパイダーマンだ。

ピーターが助けに来てくれたのだ。

 

しかも、一人だけじゃない。

 

 

「その通り!女の子を虐めて楽しむ演劇(ショー)なんて、反吐が出るよ!」

 

「同感だ。下らない奴には、下らない幕引きが必要だな」

 

 

マイルズとドクター。

三人のスパイダーマンが、私の前に着地した。

 

 

 

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