【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
『メイ……っ!』
ミステリオの相手をピーター達に任せて、私はメイに駆け寄った。
……気を失っている。
だが、確実に心臓の鼓動はある。
マスクに触れれば……出血の形跡。
しかし、傷は……ない?
何だこれは?
……
理屈は分からない。
だが、脈拍は正常……呼吸も。
気を失ってはいるが、無事そうだ。
念の為、 『S.H.I.E.L.D.』製の治癒血清を注射しておく……これで確実に大丈夫な筈だ。
そう考えつつ、視線をミステリオに戻す──
『群れた所で、このミステリオに勝つ事は出来ない!』
フードを被り、頭部が白骨となった異形のミステリオが手を振り上げた。
その瞬間、床が砕けて
それも一体ではなく、三体。
それにピーターが反応する。
「お得意の幻覚──
侮る様な反応に、私は声を上げる。
『違う、アレは現実だ!奴は何らかの手段で魔術に精通している!』
その言葉にピーター、マイルズ、ドクターは頷いた。
そして、迫り来る悪魔を相手すべく飛び上がった。
まずはドクターが、自身の背中から4本の赤い爪の様な
『SYAAA!!』
「うるさい、少し黙れ」
そして、悪魔の攻撃を受け止めた。
4本のアームで腕を固定し、ドクターはそのまま悪魔の顎を蹴り上げた。
『SYAEE!?』
悪魔は叫び声を上げながら、吹き飛んだ。
次にマイルズが悪魔の攻撃を避けた。
「人間相手じゃないなら、遠慮しないよ!」
そして、その両手を合わせて……青白い光が発生させる。
「くらえッ!」
それは指向性を持った電撃となり、悪魔を貫いた。
『GYAA!?』
突然の衝撃に悪魔は吹き飛び、床を砕きながら転がった。
そして、ピーターも悪魔と対面していた。
『GWOOOO!!』
「そんなに叫んだって、怖くないよっ、と!」
その拳を紙一重で避けて、悪魔の顎を蹴り抜いた。
『GYAO!?』
「うっわ、よだれ?汚いなぁ、勘弁してよ」
その勢いのまま、更にアッパーカット。
悪魔は打ち上がり、天井にぶつかった。
そうして、戦闘不能になった悪魔が三体、ミステリオの前で積み重なった。
『チッ、貴様ら……!』
「もう少し歯応えのある悪魔を雇った方がいいよ。これじゃチップも払えないな」
ピーターが手を叩いて、埃を払った。
『舐めた口を……貴様らは主役ではない!敵役でもない、ただの端役だ!勝手に舞台に上がろうなど、自惚れるな──
「フン、自惚れてるのは貴様だ。小心者の愚物が、この私を評価しようなどというのが自惚れと言わず、何と言う?」
ドクターが背中から生えた4本のアームを足にして、宙に座った。
『……ほとほとムカつく蜘蛛どもだ』
ミステリオが少し唸って、途端に静かになった。
私の知っているミステリオより、精神が不安定なようだ。
だが、この静けさが逆に恐ろしく感じた。
激情に駆られているより、冷徹に裏を掻こうとする悪意の方が恐ろしいものだからだ。
私はメイから離れて、パルスガンを構えた。
正面に蜘蛛男3人、側面に私。
背後は壁だ。
ミステリオは完全に包囲されていた。
その事実を彼自身も理解していたようだ。
『……多勢に無勢だな』
その赤いフードを揺らがせて、私達を一瞥した。
「ねぇ、逃げられると思ってる?」
『……フン』
マイルズの言葉にミステリオは反応せず、私へ顔を向けた。
眼球が本来あるべき筈の空洞が、私を見ていた。
『レッドキャップ……貴様との因縁、清算する機会を与えてくれた、“何者か”に感謝するぞ。だが、その時は今ではない』
『……何が言いたい』
『決着はまた、次の機会という事だ!』
その言葉に、ミステリオが逃走する気だと察した。
瞬間、私はパルスガンを発砲した。
『さらばだ』
だが、フードに飲み込まれるように、ミステリオは消失した。
パルスガンも着弾せず、壁へと流れた。
そして、その場には何も残らなかった。
悪魔もいつの間にか消失しており、壊れた天井や壁、机やらの瓦礫だけが痕跡となっている。
……しかし、その犯人は居ない。
『チッ』
警察へ説明するのが面倒だ。
別次元の悪人が犯人?
そう説明した所で納得する者は居ないだろう。
とにかく、銀行強盗なんかをしていたスパイダーマンは偽物であり、戦闘の末に逃げ出したのだと説明するしかない。
悪態の一つも吐きたくなる。
だが、それより先に──
「ミシェル、メイは──
『無事だ。念の為に治療薬も投与した。傷もない、寝かせていれば起きるだろう……念の為、病院には連れて行くが』
「……それはよかった」
安堵の吐息を吐くピーターとマイルズに、私は頷く。
対してドクターは、現場で座り込み……腕のドローンらしきものを展開し、スキャンしていた。
『ドクター、何をしている?』
「……フン、奴の魔術とやらの正体を探っていただけだ」
『それで結果はどうだ?』
「業腹だが、奴の言葉通り、アレは魔術だろう。破壊の痕跡はあるが、奴に繋がる痕跡が一つも残っていない」
『つまり、手掛かりは無いという事か』
私はメイを抱き抱えながら、少し悩む。
アレほどの力を持つ悪党が私に悪意を抱いている。
その状態で、雲隠れしてしまった。
警戒せねばなるまい。
幸いな事に、私の素顔は知らないだろうが。
……いや、そもそも、何故、別世界のミステリオが私を知っている?
腕の中で眠るメイへ視線を落とす。
私の存在を知るミステリオと面識のあるメイ……つまり、メイは『レッドキャップ』が存在する次元から来ているという事だ。
それが指し示すものは、何か──
『……取り敢えず、『S.H.I.E.L.D.』関係の病院へ送ろう。念の為だが』
メイは何者だ?
メイの居た世界は、私の居た世界とどんな繋がりがある?
疑問は尽きない。
だが、時間を掛けている余裕もない。
視線をピーター達に戻す。
『3人は一旦、ここから撤収してくれ。居座られると、警察に説明する際に面倒だ』
「……うん、分かったよ。僕達に手伝える事はない?」
『いいや、十分、手伝ってくれた。今はない……また、家に行かせて貰う。その際に今後の相談をしよう』
「分かったよ……でも、1人で抱え込まないでね」
ピーターの言葉に、顔を上げる。
マスク越しだ。
互いに、マスク越し。
だから、表情も……視線すら分からない。
それでも、私が悩んでいる事にピーターは気付いていたようだ。
そうだ。
私はもう……メイの抱えている謎について、何となく……答えへ辿り着ける気がしていた。
答えに辿り着く為のヒントは、全て持っているのだろう。
だが、考えたくなかった。
知る事はメイの隠したがっている秘密を暴く事になるんじゃないか、と。
知っていいのか。
知らない方がいいのか。
答えに至るべきか、至らない方がいいのか。
その悩みをピーターは理解していたのだろう。
思わず、マスクの下で笑った。
『……抱えきれない時は、相談させて貰おう。親愛なる隣人、なんだろう?』
その優しさがピーターらしいと、私は思ったからだ。
去って行く、3人のスパイダーマンの背を私は見送った。
◇◆◇
暖かくて、微睡んでいる。
誰かに抱き抱えられている。
その事実を噛み締めて、その幸せを享受していた。
他人にとっての当たり前は、自分にとっての当たり前ではなかった。
皆が持っている物を、私は持っていなかった。
だけど、それを恨んだりはしていない。
だけど、それを欲した事は何度もあった。
だけど、それを手に入れる方法は存在しない。
だけど、今は──
暖かな感触を感じていた。
ずっと欲しかったものだ。
だけど、これは私のじゃない。
それでも、甘えていたかった。
頭がどれだけ否定しても、心は求めてしまっている。
甘くて優しい毒が、私の心を蝕む。
ずっとこのまま、こうしていたい。
そう考えてしまう程に。
◇◆◇
『S.H.I.E.L.D.』と提携している国営の病院、その一室で……ベッドに寝かせられたメイを見下ろす。
「…………」
既に、私はスーツを脱いでいた。
いつも通りの私服だ。
ミステリオの事件の後、警察に現場を任せて、メイを病院へと連れてきた。
検査の結果、彼女が無事だという事は分かっていた。
それでも心配なのは確かだ。
「……はぁ」
彼女は私を庇って怪我をした。
非常に、不甲斐ない話だ。
申し訳なく思う。
起きたら、謝らなければならない。
「…………」
ふと、気になって……彼女の髪を撫でた。
少し癖毛の、薄い茶色の髪だ。
何故か妙に懐かしくて、何故か妙に親しみ深い。
……私は、彼女を問いただすべきだろうか。
ミステリオという別次元の存在、彼女との面識……『レッドキャップ』という存在への認知。
間違いなく、メイは知っている。
だけどそれが、この
彼女のプライバシーで、プライベートな話かも知れない。
それでも、何となく私は察していた。
そして、その事実を知った所で誰も幸せにならない事も。
メイが語らないのは、語らない理由があるのだろう。
それを暴くという事は、彼女の想いを踏み躙る事ではないだろうか。
「……メイ」
名前を呼びかけると、彼女がぴくりと動いた。
「…………」
少し、違和感。
彼女の手に触れる。
そして、ゆっくりと手首へ。
「…………」
脈拍が早くなっている。
「……メイ、起きてる?」
「…………」
返事はない。
寝ているのだから、当然だ。
……もしくは、寝たふりをしているのか。
「……メイ、起きてるよね?」
もう一度、少し咎めるように名前を呼べば──
「……うん」
メイは目を開けて、私を見上げた。
上半身を起こして、少し居心地を悪そうに。
「いつから起きてたの?」
「……いつからだと思う?」
面倒臭い問答をしようとしているメイを見て、私は小さくため息を吐いた。
そしてまた、彼女へと目線を戻した。
「……メイ、庇ってくれてありがとう。それと、ごめん」
「……いいよ、私がやった事だから。したかった事だから」
その言葉に嘘は紛れていないように見えた。
「メイが無事で良かった」
「それは私の台詞なんだけどなぁ……」
少し力なく、私に向けてメイが微笑んだ。
どこか、真芯を捉えない会話だ。
「メイ、聞きたい事はある?」
「……じゃあさ、結局、ミステリオはどうなったの?」
「逃げた。何処に逃げたか、どうやって逃げたかも分からない」
「そっか……他のみんなは?」
触らない方がいい所があって、そこを避けようとしている。
本当に聞きたい事も、言いたい事も、口にしない。
「ピーターとマイルズ、ドクターは多分、家に帰ってる。後で合流して、これからのことを相談しようと思ってる」
そんな会話だ。
「…………」
「…………」
少し、気まずい。
口にすべきなのだろうか。
耳にすべきだろうか。
「あのさ、ミシェルはさ……」
悩む私に対して、メイが口を開いた。
「うん」
「……聞かないの?」
「何を?」
分かりきっている事を、惚ける。
「……分かってる癖に」
「分からない方が良いと思って」
それは暗に認めているようなものだ。
メイは私を信頼しているのだろう。
ミステリオの言葉から、私が違和感を感じられるという事を。
「……私ね、これからさ」
「うん」
「このままミシェルと話す時、気まずいままでは居たくないから……話してもいい?」
「……うん、聞くよ」
何を、とは問わない。
「それがミシェルにとって、嫌な気持ちになるような話でも?」
今まで、感じていた事実の証明。
少し怖くて、少しだけ不安。
それでも、彼女と向き合うのならば……聞くべきなのだろう。
「メイが話したいなら、私は聞くよ」
「……敵わないなぁ」
私が頷くと、メイも悩ましげに頷いた。
口を僅かに開いて、閉じて、噤む。
そして、また僅かに口を開いて、ゆっくりと──
「……じゃあ、最初から説明しようかな」
話し始めた。
◇◆◇
私はメイ……ううん、メイデイ。
本当の名前は『メイデイ・パーカー』って言うんだ。
父親の名前はピーター・パーカー。
客観的に見ると冴えない父親だけど、優しくて、大好きなパパだ。
新聞社に勤めていてね、給料日にはケーキを買ってくれる。
私が遠慮しないように、自分のケーキと私のケーキ……それともう1つ。
合計で3つのケーキをね。
私とパパで1つ食べたら、1つ余る。
その残りの1つは……後で私が食べる。
どうして、余計に買ってきちゃうのか。
知ってるけど、私は知らないフリをしてる。
私にはママが居ない。
産まれた時から居なかった。
離婚したのか、なんて昔は思ってた。
パパが話したがらないから、黙ってた。
だけど、大きくなってから知った。
ミドルスクールの時だったかな。
みんなにはママが居るのに、何で居ないのか、パパに怒っちゃったの。
その時に知ったんだ。
私のママは、私が産まれてすぐに死んじゃったんだって。
理由は知らない。
教えてくれなかったから。
だけど、この世にはもう居ないんだと知って、私は悲しくなった。
ずっと欲しかったものが、遠くにあるんじゃなくて、どれだけ手を伸ばしても届かない場所にあったのだから。
お墓の場所も教えて貰った。
どうして教えてくれなかったの、ってパパを問い詰めたら……記憶にない母親のことで、娘を悩ませたくなかったから、だって。
その時は大喧嘩したよ。
パパのバカ!ってね。
それでもパパが私を想ってくれてたのは知ってたから……怒りは長続きしなかったんだ。
すぐに仲直りしちゃったよ。
それで。
忘れもしない、あの日。
高校の一年生、入学式の日。
事件に巻き込まれて、それを解決して。
私には
壁を走ったり、重い物を持ち上げたり、手首から糸を出したり、怪我がすぐ治ったり……秘密だけど、手のひらから毒針を出せるんだよ。
それをパパに話したら、パパの秘密を教えて貰った。
パパ、昔はスーパーヒーローだったんだって。
有名なヒーローチームに参加してた事もあるんだって。
パパの友達のグウェンおばさんも、昔はヒーロー活動してたんだって。
だったら、私もヒーローになりたい。
そう思って口にしたけど、パパはダメだって言う。
まだ子供だから、って。
だけど、私は普通じゃない。
普通の子供じゃないなら、ヒーロー活動だって出来る。
そう思って、パパに隠れてヒーロー活動をしてた。
パパがスパイダーマンだったから、私はスパイダーウーマンだ、ってね。
最初は上手く行ってたの。
街の人を助けて、強盗を捕まえて、
だけど、長くは続かなかった。
私、気になってる男の子が居たんだ。
幼馴染の男の子。
ガブリエル・ステイシーって言うんだけど。
その子にね、バレちゃったの。
私がスパイダーウーマンだって。
だけどね、ガブリエルは応援してくれたの。
父さんや母さんには内緒だーって言いながら。
ガブリエルってすっごく頭が良くて、物作りが上手かったんだ。
今着てるスーツも、ガブリエルが作ってくれたんだよ。
防刃防弾、対ショック素材のスーツなんだって。
共通の秘密を持って、共通の目的を持って……私はいっぱい頑張ったんだ。
だけど、パパは認めてくれなかった。
危ないからって、マスクを被らなくても誰かのために活動できるんだって、そう言って。
だから、認めて欲しかった。
私はもっと大きな、誰にもバカにされないような大きな事をすれば……パパも認めてくれると思ってた。
だから、だから……だから。
私は失敗した。
大きな犯罪者グループと戦ったんだ。
凄く大きな悪い奴ら。
そいつらの悪事を暴いて捕まえたんだ。
だけど……その時に、ガブリエルの名前を知られちゃったんだ。
私は無事だった。
私だけが無事だった。
犯人は捕まったんだから、大丈夫だと思ってた。
だけど、大丈夫じゃなかった。
私は子供だった。
大人じゃなかった。
ガブリエルは。
私の大切な人は。
報復によって、殺された。
私はヒーローじゃなかった。
私は大人じゃなかった。
甘ったれた、正義感に酔いしれた子供だった。
グウェンおばさんも、ハリーおじさんも泣いていた。
ガブリエルの双子の妹、サラも泣いていた。
ガブリエルがスパイダーウーマンの援助をした所為で死んだんだって、バレてしまった。
私は怖かった。
責められるのが怖かったんじゃない。
許されてしまったのが怖かったんだ。
おばさんも、おじさんも、私が悪いんじゃないって言ってくれた。
言ってくれたから、嫌だった。
妹のサラは……私がスパイダーウーマンだって知らなかったから……スパイダーウーマンに対して怒ってたけど。
それを嬉しく思ってしまう私が、私は嫌だった。
パパは……私を叱らなかった。
寧ろ、自分を責めてた。
パパの所為じゃないのに。
私の所為なのに。
私は大切な人達を傷つけてしまった。
◇◆◇
「……って、ごめんね?ミシェルが聞きたいのって、こんな話じゃないよね」
メイの言葉に、私は首を横に振った。
「ううん……話したい事を話してくれたらいい。話したい順番で、話したい内容を……話したくない事は話さなくて良いから」
「……ミシェルって、優しいよね」
メイは力なく微笑んで、また話し始めた。
◇◆◇
私は家に篭った。
学校にも行けなかった。
腐って、このまま死んじゃえば良いって思ってた。
だけど、死んだらパパやグウェンおばさんが悲しむし……ガブリエルもきっと怒るから。
死ねないのに、死にたい。
いっそ、最初から居なければいい。
消えたい。
そう、思ってた。
ある日、パパがアルバムを持ってきた。
塞ぎ込んでいる私に対して、ママの話をしてくれるって。
どうでもいいって言いたかった。
だけど、どうしても気になった。
こんな私を産んでくれたママが、どんな人だったか知りたかった。
ママも、ヒーローだった。
パパと同じように、世界のため、人のために頑張ってたんだって。
そして、パパが教えてくれた。
「僕達だって、ずっと上手くいってた訳じゃないんだ。上手く行かない事もいっぱいあったんだ。助けられなかった事もあったから」
「……そうなの?」
「うん……特に僕はね。上手く行かない事ばかりだったよ」
「……そんな時は、どうしたらいいの?」
「……そりゃ失敗しない方がいいさ。でも、失敗したからって……目を瞑ってばかりじゃダメだ」
「……なんで?」
「今だって、メイの活動には僕は反対してる。危ないからね。でも、それでも、助けられた人達はいる。そして……これから先、助けを持ってる人がいる……だから、腐ってたらダメだ」
「……でも、私にはもう……これ以上、悪い事が起きたら……」
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」
「……え?」
「受け売りだけどね。力があるなら、その力をどう使うべきか……見て見ぬフリはできないんだ。責任を持って、向き合わなきゃならない」
「……パパ、私はどうすればいいの?」
「それはメイが選ぶんだ。ヒーローを続けるのか、続けないのか。辞めたっていいんだ……でも、逃げ出すのはダメだ。自分で選ぶんだ」
パパの言葉は難しかった。
だけど、このままじゃダメだって、それだけは分かった。
そして、ガブリエルの言葉を思い出した。
メイは人助けをしてる時が、一番カッコいいよ……なんて。
私はマスクを被った。
また、スパイダーウーマン……いや、スパイダーガールとして活動する事にした。
大それた事はしない。
手の届く範囲で、人助けする事にした。
横断歩道を渡ろうとしているお婆さんを助けたり、道に迷う人の道案内したり、迷子の子犬を探したり。
偉大なるヒーローじゃなくて、親愛なる隣人として……私は活動する事にしたんだ。
それでね。
私はヒーローになって……活動していく内に、ママの関係者と会う機会があったの。
ママは昔、『S.H.I.E.L.D.』で活動してたんだって。
そうして調べていく内に、ママが何をしてたかも知った。
昔は……悪い人だったんだって。
知りたくなかったけど、知らなきゃって。
いっぱい調べたよ。
自分にできる範囲で……パパが教えてくれないから。
凄く大きな悪い組織に所属していたけど、パパと出会ってヒーローになったんだって。
自分の父親の恋愛話なんて、ちょっとどーかと思うけど、それでもママの話は知りたかったから。
パパはついで、だけど。
すごいエージェントだったんだってね。
ヒーロー友達の、スタチュアに教えて貰ったんだ。
色々と大きな事件を解決してたんだって。
沢山の人を救ったんだって。
だけど……私を産んですぐに、死んじゃったんだって。
それでパパも……赤ちゃんだった私を一人で育てるために、ヒーローをやめちゃったんだって。
どんなママだったんだろう。
パパが好きになるぐらいだから、優しいのかな。
でも、厳しいかもしれないな。
写真で見たけど、すっごく美人だった。
どんな声なのかな。
なんてね。
調べたら、調べるほど……私はもう手に入らないものに夢中になってた。
そんな、ある日。
妙な事が起きたの。
よく分かんない穴に落ちて、気付いたら別の世界に来てた。
『S.H.I.E.L.D.』のアーカイブを探す間に、そんな事件があったって知ってたから。
私が、それに巻き込まれるとは思ってもなかったけど。
だけど、別世界は元の世界に酷似してた。
パパとよく行く老舗のサンドウィッチ屋はあったし、昔からあるオンボロのスーパーマーケットが開店直後。
新聞を見れば、元いた世界の10年以上前。
そう、『異なる時間』。
だから、私は……もしかしたら、なんて、思ってた。
会えるかも知れない。
話せるかも知れない。
ずっと、ずっと……知りたかった人を、知れるかも。
なんて。
そして……やっと会えたんだ。
若い頃のパパの、住んでいる部屋で……ずっと会いたかった人に。
私は会えたんだ。
◇◆◇
「私のママの名前は……ミシェル・ジェーン。ミシェル・ジェーン=ワトソン」
「……うん」
メイの言葉に……私は、ゆっくりと頷いた。
「……驚かないの?」
驚きはしなかった。
その理由は──
ミステリオの言葉から?
メイの言葉から?
理屈立てて、推測したから?
どれも違う。
何となく、だ。
彼女を見ていれば、他人だとは思えなかった。
昨日今日、初めて会った相手だというのに、心を許していたからだ。
私には
それでも、感じ取っていた……この感覚。
「何となく、分かってたから。言われたら納得しちゃった」
理由なんてない。
証拠は後から来ただけだ。
「……やっぱり、敵わないなぁ」
空間、法則だけではなく、時間すらも超越する。
であれば、未来の可能性すら手繰り寄せる事がある。
「……それで、メイ……メイデイって呼んだ方がいい?」
「ううん、メイが良いかな。みんな、メイって呼んでるし」
どう向き合うべきだろうか。
どう感じ取るべきだろうか。
そして──
「……メイ」
「うん」
「未来では私、死んでるんだ?」
どうすれば良いのだろうか。
メイが私の娘であるのなら。
私がメイの母親であるのなら。
私は、そう遠くない未来に命を落とす事になる。
死ぬのは怖くない。
死んでも仕方のない事を沢山してきたから。
だけど、誰かを悲しませたくはない。
私が死ぬ事で不幸になる人が居るのなら……もう少しだけ、長生きしたい。
そう思っていたのだけれど──
「……その心配はしなくて良いと思うよ?」
「……どうして?」
「私がここに来た時点で、きっと世界線はズレてるから。同じ未来には到達しないって、そう思うから」
「……そうなの?」
メイの言葉が理解できなくて、首を傾げた。
彼女が未来人であるのなら、彼女の語る過去は私の目指す未来になるのではないだろうか。
「うん……リチャード……タイムマシンとか、
「ああ、なるほど……」
タイムパラドックスという言葉に覚えはあった。
時間逆行に於ける矛盾のことだ。
未来人がもし、過去に行って、自分の先祖を殺したらどうなるか?
殺せば未来人は産まれなくなるだろう。
そうすれば、未来人が過去に行かない事になり、先祖が殺されるという事実は抹消される。
それが矛盾。
未来人の過去干渉は、決して起こり得ない物になる。
その矛盾が解決されるとすれば……世界線の分岐だ。
Aという世界で未来人が過去に戻り、干渉したとする。
その時点でタイムパラドックスが起こり、Aという世界はBという世界へ分岐する。
結果、干渉によってAとBの2つの
それが理屈だ。
だが、その理屈が正しいのであれば──
「……だからさ、ミシェル。私のことは気にしなくて良いよ。私がミシェルをどう思っていようと、ミシェルにとっては私、他人なんだから」
そうだ。
私が将来、メイを産まない可能性もある。
この先、私が死なない未来を掴んだとしても……メイが元の世界へ帰った時、私はそこに居ない。
つまり、私とメイは別世界の住人だ。
他人なのだ。
そう彼女は言いたいのだろう。
だとしても──
「……メイ」
私はメイを抱きしめた。
「え、あ……な、なに?突然、なんで……」
「強がらなくていい……もっと、素直に甘えていいから」
彼女にとって、私は母親なのだ。
であれば、私は彼女の母親でいい。
「……ミシェル、でも」
「いいから」
例え、分岐した未来であったとしても。
私の未来に彼女が居ないとしても。
「……いいの?」
「私に、母親の自覚はないけど。それでも、貴方の事は受け入れたい」
それでも、他人なんかじゃない。
私の可愛い娘だ。
「……ありがと」
「感謝なんてしなくていい……当然だから」
病院のベッドの上で、私はメイを抱きしめていた。
彼女の温もりと、心臓の鼓動を感じていた。
他人だなんて、突き放せる訳がない。
「……ずっと、会いたかった」
「うん」
「褒めて欲しかった……抱きしめて欲しかった……」
「うん」
「……ありがと、ママ」
抱きしめる力が強くなる。
啜り泣くような声が聞こえる。
私の服が僅かに濡れる。
だけど、振り解きはしない。
子が泣いているのなら、抱きしめてあげるのが母親だから。
力なく、甘えるように。
力強く、受け止めるように。
ただ、私とメイは抱きしめあっていた。
互いの存在を、確かめ合うように。
ただ、抱きしめていた。