【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
ライカーズ島、という場所がある。
ニューヨークのイースト・リバーに存在する島であり、外界から遮断された刑務所である。
危険な重犯罪者を収監するための島だ。
だが、
一般的な重犯罪者を収監するか、スーパーヴィランを一時的に収監する目的でのみ使用される。
さて、私は今、そんなライカーズ島に来ている。
「ただの囚人移送だというのに、同行するのですか?」
『構わない。どうせ、非番だ』
黒いマスク、黒いスーツ。
『S.H.I.E.L.D.』のエージェント、『ナイトキャップ』として……だ。
「ははぁ、奴は確かに普通ではないですが、装備込みでしょう?何か気になる事でも?」
『念の為だ』
私が来た理由、それはある囚人を
その囚人の名前は──
「スコーピオンですよ?」
『ただのスコーピオンではない』
「そうなのですか?」
『ああ、理由は言えないが』
看守長の言葉に返答しながら、外の様子を確認する。
『S.H.I.E.L.D.』が所有する大型輸送ヘリ。
名前を、『クインジェットJr.』。
Jr.なのに大型というのは、何とも違和感があるが、とにかく大型だ。
目的は別世界のスコーピオンをライカーズ島から、ラフトへと輸送すること。
そして、同時にスコーピオンの装備をラフト内にある研究施設に輸送する事だ。
今回は他にも、いわゆるスーパーヴィランの装備が幾つか載っている。
輸送機を飛ばすのには金が掛かる。
なるべく一度で多くの意味を持たせたいらしい。
『……………』
輸送機にコンテナが幾つか詰め込まれ、拘束された人間も連れて来られた。
別世界のスコーピオンだ。
この世界のスコーピオンとどことなく似た風貌ではある。
顔に刺青のあるスキンヘッドの強面だ。
そんな彼は全身に拘束具を付けられている。
奴はスーツを着ていなくても、常人の何倍もの力を持ち、何倍もの頑丈だからだ。
そんな男が、刑務官によってクインジェットJr.に詰め込まれた。
『では、そろそろ私も行こう』
「はっ、お気を付けて」
看守長に挨拶をして、私はその場を後にした。
◇◆◇
そして、クインジェットJr.の内部。
コンテナが幾つか並ぶ中、私はスコーピオンと向き合っていた。
「お前……随分と厳ついアーマーを着てるな。俺と同郷か?」
『違う』
「そうかよ……でも、俺の言っている意味は分かるんだな」
『……チッ』
今の私はナイトキャップだ。
そして、この男と対面した時は素顔を晒していた。
今の私と、あの時の私を紐付けられていないのだろう。
「なら、分かるだろう?俺はここの出身じゃあない。何も持ってないんだ。生きるために金をくすねたからって、こりゃないぜ?」
『お前の立場がどうであろうと、何をしてもいい免罪符にはならない』
私の言葉に、スコーピオンは呆れたように苦笑した。
「冷たい奴だ。心の中も、その黒いアーマーみてぇに、鉄で出来てんだろ」
『これは鉄じゃない』
「じゃあ、カーボンか?」
『違う』
「お手上げだ。正解はなんだ?」
『言う訳ないだろ、少し黙れ』
そう言いつつも、少し悩む。
この男は確かに悪人だ。
だが、別世界に連れて来られた被害者でもある。
許す訳ではないが、同情はできる。
『……お前を元の世界に戻す算段が立てば、返してやる』
「おー、おー、お優しい事で。でも、なんにも解決策は見つかってないんだろ?」
図星だ。
『何故、そう思う?』
「帰り方が分かってんなら、こうやって輸送してない。分かってなくて、当面の問題を先送りするため、もっと厳重な刑務所に送る。だろ?」
『…………』
やはり、このスコーピオンは馬鹿ではないらしい。
いや、別世界に来たからといって、派手な強盗をしてしまう程度の馬鹿ではあるのだが。
「黙ってんなら、正解だろ?」
『……お喋りが過ぎたな。お前が望むなら、その拘束に口枷を足しても良いんだぞ』
「おっと、そりゃ嫌だ。黙るしかないのかねぇ」
スコーピオンがへらへらと悪態を吐いている。
舐められてる……のだろうか。
スコーピオンはクインジェットJr.を見た時も、鼻で笑っていた。
スターク社製の最新ジェット機であるにも拘わらず、だ。
あの近未来的なサソリスーツを所有していることから、彼の世界は科学技術が発展した成果だという事が分かる。
私達のことを、文明の進んでいない原始人扱いしている……とまでは言わないが、見下している可能性は高い。
そんな事を考えていると、格納庫のランプが緑から赤色に変わった。
即座に私は立ち上がり、操縦室の方へと足を向けた。
『何があった?』
中から出てきた連絡係に問えば、険しい顔をして頷いた。
「は、はい。当機に追従して、飛行する物体があります」
『……ミサイルか?』
「いえ、ミサイルにしては熱量が少なく……有人飛行機にしては小さい物体です」
『見せてみろ』
連絡係からタブレットを手渡されて、確認する。
高速で飛行するクインジェットJr.の背後から、凄まじい速度で何かが追従している。
直線軌道ではない。
こちらの進行方向に合わせて、先回りするように移動している。
そして確かに、爆弾のような熱量はない。
ヘリのよりも速い。
戦闘機よりも遥かに小さい。
まるで、人間が飛行装置だけを装備して、追いかけて来ているような──
『そうか……』
私は理解した。
追い掛けて来ているのは、常識の範疇の外にいる相手だと。
ファルコンのように飛行装置を装備した、敵なのだと。
『パイロットに報告、追従する相手を振り切りつつ、ラフトへの着陸を急げ。管制にも連絡、不時着の可能性がある事を伝えろ。私への報告は逐次、無線で送れ』
「わ、分かりました!」
連絡係に指示をして、私は格納庫へ戻る。
相手が何者かは分からない。
だが、相手の目的は分かる。
「おうおうおう、なんだなんだ?トラブルか?」
『黙れ』
「飛行機すらまともに飛ばせないのか?勘弁してくれよ」
煽るようなスコーピオンの言葉には、僅かな困惑が含まれていた。
つまり、これはスコーピオンからしても想定外だ。
なら、目的はスコーピオンではないのか?
積荷なのか?
いや、割り切るには早い。
スコーピオンが相手を知らなくても、相手がスコーピオンを知っている場合がある。
私は格納庫内にある、バックパックを背中に背負う。
緊急時に使用できるよう、私のアーマーにある関節部とジョイントして固定する。
現在、高度は3万フィート。
落下すれば、いくらアーマーを着ていても死は免れない。
私は酸素吸引用のマスクを手に取り、それをスコーピオンに投げつけた。
「ちょ、おまえ!何だこれ!?」
『良いから付けろ。死にたくなければ──
瞬間、クインジェットJr.が揺れた。
それと同時にスコーピオンは慌ててマスクを付けた。
私は……視線を振動の元、上に逸らした。
『ナイトキャップさん!飛行物体、当機に付着しました!現在、格納庫直上に──
言われなくても、分かっている。
目に見えているからだ。
「な、なんだ?なんだ!?」
格納庫の天井。
私の頭上、その合金の板が熱線によって切断されていくのが見えていた。
不恰好に四角く、人が通れるように。
左右、2本の光の線が天井を焼き切っていく。
その様子を見ても、私は手出しできない。
ただ、腰に装備していたパルスガンを手に取って、眺める事しか出来ずにいた。
そして、天井が焼き切れた。
直後、四角く切断された合金の板が床へと落ちた。
金属の衝突音が鳴り響く中、そいつが格納庫に降り立った。
『…………』
黒に極めて近い、深緑のアーマー。
パイロットスーツのヘルメットに似て、ゴーグルに似たバイザーを装備した……猛禽類のようなマスク。
加工方法も分からない、近未来的な装備。
そして……背中に機械の羽を格納していた。
展開はしていないが、その大きさは予測できる。
「ヴァ、ヴァルチャー!なんだよ、おめぇも来てたのかよ!」
スコーピオンの言葉で、確証を得た。
奴は『ヴァルチャー』だ。
だが、私の知るヴァルチャーとは違う。
ヴァルチャーは禿げた老人で、古びた飛行スーツを着た老人だ。
こんなハイテク装備をしたヴィランではない。
つまり、この『ヴァルチャー』は別世界のヴァルチャーだ。
このスコーピオンの居る世界、ハイテク装備の存在する世界を故郷とする異世界のヴァルチャーなのだ。
そう警戒する私に対して、ヴァルチャーが目線を向けた。
『貴様が何者かは知らん。だが、退け。目的を達成すれば、命は取らない』
機械のような声色だ。
私のように正体を隠す、男とも女とも取れない声色。
『断る。交渉をしたいのならば、もう少し情報を開示し、それ相応の態度を取るんだな』
『交渉だと?酷い勘違いだ。私はこれを、恐喝と呼ぶ』
瞬間、ヴァルチャーが機械の翼を広げた。
格納庫は幅7メートル、奥行きは20メートルほどある。
その幅の大部分を占領するほどに大きな機械の羽だ。
『……っ』
そんな翼は金属で出来ていた。
両腕とドッキングして、体の一部のようになっている。
『その装備、剥いでやろう』
瞬間、翼に装備されている金属の羽が私に向けて射出された。
「う、うわぉおおっ!?」
スコーピオンが悲鳴を上げて、格納庫の壁で縮こまっている。
対して私に隠れる場所はない。
積荷のコンテナは私より後ろ……今から目前に迫る金属の羽を避けるため隠れるには……時間が足りない。
私は即座に、姿勢を低くして……ヴァルチャーの正面でしゃがんだ。
あの金属の羽は、左右の翼から射出された。
つまり、正面が最も手薄である。
腕を十字に組み、顔面と体を守るようにして……羽を受け止める。
『ぐっ……』
衝撃を感じ取る。
殆どはヴィブラニウム製のアーマーで受け止めている。
だが、あの羽の質量は弾丸の比ではない。
受け流しきれない重みは、私の体を貫通し、痛みとして蓄積させた。
『ほう……そのアーマー。見せ掛けだけではないようだ』
対して、ヴァルチャーは声色も変えず、余裕そうに正面に立っていた。
なのだが──
「て、てめぇっ、ヴァルチャー!俺を殺す気か!?」
『そんなつもりがある訳がない。死なれたら困る』
「だ、だよな?」
『だが、死んだら、その時はその時だ。貴様のような屑が死んでも、仕方あるまい』
「ふ、ふざけんな!クソ野郎!」
『自分の身は自分で守れ。それがルールだ』
二人の仲は悪そうだ。
スコーピオンも冗談ではなく、本気で怒っているように見える。
だというのに、ヴァルチャーの発言から……スコーピオンを助けに来たのだと分かる。
つまり、奴の単独犯ではない。
何者かが依頼し、何らかの目的を持って、ヴァルチャーはこの場に居るという事だ。
『さて、話を戻すとしよう。私の力は今ので分かった筈だ。そこのクズと、その装備を持ち帰れば私は満足する』
『…………』
『抵抗を諦め、その場に立ち尽くすのであれば……ここの乗員、全ての命を保証しよう』
ヴァルチャーはそんな事を口にする。
これは脅しだ。
だが、意図は分からない。
奴は確実に、己の戦闘能力に自信を持っている。
私を相手にしても苦にならないと考えているだろう。
であれば、ああして降伏を勧告しなくとも、目的は達成できるだろう。
だというのに、降伏勧告をする。
命を守るように勧めてくる。
そこから導き出される答えは……人殺しを忌避しているのか?
決めつけるには早いだろうが、奴の言動に私も覚えはある。
誰があのように話したか?
過去の私だ。
私はよく、殺しを目的としない仕事では、ああして降伏勧告をしていた。
目の前のヴァルチャーからも、同類の臭いがする。
だが、だとしても。
そうであったとしても、そうでなかったとしても。
私の返答は一つだ。
『断る。お前のような奴に屈すれば、私は顔向け出来なくなる』
『ふむ。誰に、と聞くのは野暮か……だが、その選択、地獄で後悔するなよ』
瞬間、ヴァルチャーの足の先、鉤爪のような部位が震え出した。
先端は赤く、熱せられたように発光している。
事実、床が黒く焼け焦げているのが見えた。
即座に、私はパルスガンを構えた。
同時に、ヴァルチャーが私へと飛び掛かった。
『ふんっ!』
ヴァルチャーはその金属の翼を壁に突き刺し、飛び上がり……私に向かって足を突き出した。
パルスガンを避けながら、頭上から奇襲を狙ったのだ。
『っ!』
同時に、私はパルスガンを頭上に向けた。
奴の狙いは分かっていた。
発砲。
光と振動がヴァルチャーのアーマーを貫いた。
『……なにっ!?』
息を飲む声。
ヴァルチャーのアーマーは破壊されていない。
だが、肉体内部に衝撃が走ったのだろう。
パルスガンは非殺傷のテーザーに近い。
物を破壊するには、通常、出力が足りない。
だが、防弾防刃装備を貫通し、肉体にダメージを与える事が容易である。
振動と衝撃。
二つの性質が、ヴァルチャーのアーマーを貫いたのだ。
だが、ヴァルチャーにダメージが入ろうと、その攻撃を止める事はできない。
赤く熱せられた鉤爪が私に迫る。
『チッ!』
想定の範囲内だが、舌打ちの一つも出る。
私は床を蹴り、ヴァルチャーの居た場所とは反対に転がる。
直後、私のいた場所に赤い鉤爪の痕跡が残った。
避けて居なければ……腕か足、どちらかに致命的な損傷があっただろう。
『貴様……』
『原始人だと思って侮ったか?自惚れない方がいい』
私のパルスガンは、スターク社製の装備だ。
天才発明家、トニー・スタークが開発し、私用に調整してくれた一品だ。
ヴァルチャーやスコーピオンの装備が幾らハイテクだろうと、見劣りする物ではない。
『……そうだな。これは私の油断だ。反省しよう。貴様、名前は?』
『言う必要があるのか?』
私がそう答えると、同時に──
「そいつはナイトキャップだ!そう呼ばれているのを見た!」
スコーピオンが口にした。
何ともムカつく奴だ。
『…………』
「……へっ」
私がアーマー越しに睨むと、スコーピオンは嘲るような笑みを浮かべた。
『だ、そうだな。ナイトキャップ……覚えたぞ』
『覚える意味があるのか?』
『本気で屠る相手の名ぐらい、覚えてやるのが礼儀というもの。それが私のジンクスだ』
瞬間、ヴァルチャーの翼、その両端が赤く発光した。
何をする気なのか、分からない。
だが、拙い事が起きるのは分かった。
「てめっ、ヴァルチャー!それは、まずっ──
『当たってくれるなよ、ナイトキャップ』
瞬間、光が走った。
赤い閃光が収束し、レーザーとなり……私の側、左右へと放たれた。
それは熱線だ。
クインジェットJr.の上部を焼き切った、レーザー光線だ。
格納庫の外壁は厚い。
熱線を短時間浴びた程度では焼き切れないだろう。
だが、私に当たればどうなるか。
『行くぞ!』
ヴァルチャーは声と共に、腕を動かした。
そして、翼が連動した。
故に、レーザー発射装置も動いた。
レーザーが左右から、暴れるように反射する。
壁を、床を、天井を、熱線が切り刻むように乱舞する。
拙い。
短時間の直撃ならば私のアーマーで耐えられるだろう。
だが、確実にダメージが残る。
アーマーに隙間はないが、関節など薄い部位は存在する。
頭部のマスクなども、そうだ。
そこにレーザーが命中すればどうなるか。
考えるまでもない。
『く、っ!』
放たれたレーザーをしゃがんで避ける。
壁を蹴り、飛んで避ける。
前へ、後ろへ、避け続ける。
「や、やめろ!今すぐやめやがれ!」
スコーピオンの悲鳴が聞こえるが、気にかける余裕もない。
『存外、しぶといな。だが、これはどうだ?』
直後、レーザーの出力が上がった。
光はより強く、熱はより強く。
壁や床、屋根へ甚大なダメージを与えた。
だが、何よりも……私の背後。
格納庫の荷下ろし部分の壁、その接合部が焼き切れて、開いてしまった。
『……っ!?』
後ろに引っ張られる。
振り返れば、雲が下に見えた。
高高度、気圧差によって引っ張られているのだ。
「う、うおおおおおッ!?」
スコーピオンは金属パイプにしがみつきながら、酸素マスクを口元へ押さえて居た。
どちらの手も離せば、死ぬ事は目に見えている。
私も同じだ。
足元だけでは、踏み止まれない。
腰から2本、ナイフを抜いて、両手で床へ突き刺した。
そうでもしなければ、私はクインジェットJr.から投げ出されてしまう。
『勝負あったな。私の勝ちだ、ナイトキャップ』
ヴァルチャーの声に、私は顔を上げた。
既にレーザーの照射は止めていた。
その足の鉤爪を床へ突き刺し、翼を収納して……私を見下ろしていた。
『……くっ』
『必要な物を貰っていく。貴様は精々、その場でそうして這いつくばっているといい』
そう言いつつ、ヴァルチャーは私へと一歩近寄った。
トドメを刺す……つもりはないだろう。
そのつもりがあれば、熱線で私を攻撃している。
私の側にある固定されたコンテナが目的だろう。
あのコンテナにはスコーピオンの装備がある。
ヴァルチャーの目的は、その装備とスコーピオン本人なのだ。
「な、なに甘い事を言ってんだ。ヴァルチャー!はやくそいつを殺っちまえ!」
『騒ぐな、スコーピオン。奴を屈服させたのは私の成果だ。お前が口出しする事じゃない』
「そいつを油断だって言うんだ!バカを見るぞ!」
『黙れ。貴様に罵られる筋合いはない』
ヴァルチャースコーピオンが言い争っている。
……私から集中が逸れた。
その瞬間、私は決断した。
一か八か。
私は床を全力で蹴り、ナイフを手放した。
『なっ』
ヴァルチャーが反応するより早く、私はヴァルチャーに飛びかかった。
『チッ!』
「そらみろ!」
『ええい、うるさい!黙っていろ!』
そして、鉤爪の反撃を貰わぬよう腰へとしがみついた。
『貴様も、離せッ──
その衝撃で、ヴァルチャーの鉤爪が床から離れた。
つまり、それが指し示す答えは──
『くあっ!?』
『ぐ……っ!』
私とヴァルチャーは、クインジェットJr.から投げ出された。
高度3万フィート。
超上空で私とヴァルチャーはきり揉むように落下して行く。
上が下で、右が左。
頭上に地面、足元に雲。
左右に雲、足元に地面。
上下左右が入り乱れる中、それでも私はヴァルチャーにしがみついていた。
『貴様、死ぬ気か!?』
『死ぬ気はない……っ、お前をあの場から遠ざけるには、これしかなかった……!それだけだ!』
スコーピオンは悪党だ。
であれば、スコーピオンを助けようとするヴァルチャーも悪党だ。
何者が裏で糸を引いていようと、守るべきもののために私は戦わなければならない。
例え、どれだけ情けない戦いだとしても。
泥臭くとも。
私の名誉より、隣人の安寧を守る事が優先される。
『チッ!』
ヴァルチャーが翼を展開した。
空中で制御を整えるために、ジェットも噴射した。
次第に重力が下にくるように、姿勢が制御されて行く。
だが、クインジェットJr.は既に遠い。
追いつくには一苦労だろう。
『邪魔だ……!』
『だろうな……!邪魔をしているからな』
この場で、この空の上で。
可能な限り時間を稼ぐ。
そうすれば、クインジェットJr.はラフトに着くだろう。
そして、それは私の勝ちを意味する。
あそこには『S.H.I.E.L.D.』特製の迎撃装置がある。
ヴァルチャーが如何に強かろうと、対空砲やミサイルの雨を掻い潜るのは困難だ。
その事に気付いたヴァルチャーは、即座にクインジェットJr.を追いかけ始めた。
だが、私という重しがそれを許さない。
『ふざけた真似を……!』
心底苛立った様子で私を睨んだ。
だが、それでも……おかしい。
おかしいのだ。
私は想定して居た。
この状況、その足の鉤爪で私を攻撃すると思って居た。
私を蹴り飛ばし、クインジェットJr.を追いかけると思って居た。
だが、結果はどうだ?
忌々しげに睨みながらも、私を振り落とさずにクインジェットJr.を追いかけている。
『……お前』
瞬間、ヴァルチャーが雲の中へと突入した。
『ぐ……っ』
激しい嵐の中のように、風が叩き付けられる。
ヴァルチャーは手慣れた様子で、その中を突き進んでいく。
だが、しがみついているだけの私には……その力がない。
そもそも、アーマー同士が接触しているのだ。
いくら私の手甲に、武器を持つための滑り止めがついていようと、相手もアーマーなのだ。
空気抵抗を少しでも抑えるためだろう。
滑らかなヴァルチャーのアーマーは、掴みづらい。
よって、この結果は必然となる。
『ぐ……あっ』
私は空中に投げ出された。
ヴァルチャーに蹴り飛ばされた訳ではない。
ただ、手が滑っただけだ。
落下して行く。
雲を突き抜けて、地面へと。
『……っ!』
即座に、私は装備していたバックパックを展開した。
クインジェットJr.に搭載していたバックパック、それは非常用のパラシュートだ。
キャノピーが展開されて、私は突き上げられるような衝撃を感じた。
落下速度が落ちて行く。
これで、このまま降りて行けば……無事に済むだろう。
そう、妨害さえ無ければ。
『…………』
ヴァルチャーが私を見下ろして居た。
雲の中から出て、私を追い掛けて来たのだ。
そして、パラシュートを展開した私を見ている。
ここで、奴の鉤爪でパラシュートを少しでも引っ掻かれたら……私は地面へ真っ逆様だ。
アーマーで衝撃を逃す事もできず、即死するだろう。
『…………』
宙吊りにされた死刑囚の気分だ。
執行官であるヴァルチャーの気分次第で、私の死は確定する。
だが、しかし──
『……フン』
ヴァルチャーは鼻を鳴らして、クインジェットJr.を追うべく出立した。
ジェットから放たれる青い光を、私は見送る事しか出来なかった。
『……はぁ』
何故、ヴァルチャーが追い掛けて来たのか。
鈍い私でも分かる。
奴は私が落下死しないように、回収しに来たのだ。
戦っている相手である私が、死なないように。
目的よりも、私を殺さない事を優先したのだ。
完全な敗北だった。
確かに、ヴァルチャーに有利な高高度の戦闘だった。
だが、言い訳にはならない。
例えどんな状況であっても、為すべき事を為す。
それが一流のエージェントであり、ヒーローというもの。
私はまだまだ未熟という事だ。
『…………』
私はゆっくりと、落下しながら……ヴァルチャーを見送った。
見送る事しか出来なかった。
数分後、無線にて。
スコーピオンと貨物を奪取された事を報告された。
その時はまだ、私は地面にすら足をつけていなかった。
◇◆◇
私、カマラ・カーン!
ニュージャージー州、ジャージーシティ在住!
ヒーロー好きの女子高校生!
でも、フツーの女の子じゃないよ!
私はね──
「そこまでだよ!貴方達の悪事は、この私が見逃さないんだから!」
スーパーヒーローなんだから!
「な、誰だ、ガキンチョ!変な格好しやがって……!」
「変な格好じゃないし!」
「うるさい、ヒーローごっこは家でやれ!遊びじゃねぇんだぞ!」
……まぁ、知名度はまだ無いけど。
「そうは言われても、悪事は見逃さないよ!貴方達が麻薬の密売人だって知ってるんだから!」
私はミズ・マーベル!
恐れ多くもキャプテン・マーベルの後輩を勝手に名乗っちゃってるヒーローだ。
でも仕方ないじゃん。
名乗ってないのに、地元の新聞でミズ・マーベルって呼ばれちゃってるんだから。
「……そこまで知ってんなら、タダじゃ返さねぇ!」
ここはジャージーシティの隅っこにある廃工場!
麻薬の栽培、販売を密かにやってる悪い奴らの溜まり場だ。
目の前にいる売人がリーダー!
用心棒とか居ないのかって?
私がもう全員、倒しちゃった。
私には身体を変幻自在に変形させる能力がある。
大きくなったり、小さくなったり、伸びたり、縮んだり。
そんなスーパーパワーがあるから、私は悪人と戦える。
そして、さあ、クライマックスだ!
悪人の親玉を倒して、警察に通報する!
いやー、長かった。
事件の調査は何ヶ月もかかったし、実際に取り押さえられるようになるまで時間がかかった。
でも、これで終わりだ!
この大捕物の幕を閉じるために、私は身体を巨大化させて──
ガシャアアアアアアアンッ!!!
「うわあっ!?」
倉庫に光を通すための、大きな天窓が壊れた。
ガラスが撒き散らされ、大きな音が響いた。
「ぐえっ!?」
ついでに、悪人の悲鳴も聞こえた。
いや、悲鳴っていうよりも断末魔かも。
「げほっ、ごほっ」
砂埃が巻き上がる中、私は咽せつつ……視線を悪人の居た場所へ戻した。
そこには──
『……パラシュートに不備があったか。いや、ヴァルチャーとの戦いで損傷していたのか……?』
ぶつぶつと独り言を喋る黒いアーマーの……なに?なにもの?が、悪人を踏み潰していた。
悪人さんは、死んでなさそうだ。
泡を吹いて倒れてるけど。
直後……その黒いアーマーを着た強面……どう見ても、
絶対、ヴィランだ。
そんな相手が私を見た。
『……それで、どういう状況だ?今』
そんなの私が聞きたいよ。
何故か警戒心もなく、私に話しかける相手に……逆に私は警戒していた。
まったく、もう。
スーパーヒーローの物語は、想定外の事がいっぱいなんだから。