【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
私の目の前に、赤と青のコスチュームを身に纏った褐色の少女がいる。
名をミズ・マーベル。
マスクを付けているが、その正体がカマラ・カーンという少女であることを私は知っている。
というかそもそも、私とカマラは友人である。
SMSでメッセージを送り合うし、彼女が投稿したファンフィクションを読んで感想を送る事もある。
アベンジャーズのイベントで一緒に参加する事もあるし、彼女がヒーロー活動をするにあたって相談を受ける事もある。
つまり、私にとってミズ・マーベル……カマラ・カーンは歳下の友達であり、後輩ヒーローなのだ。
そんなカマラが、私のことを警戒している。
はて、何かしたのか?
『ミズ・マーベル、今の状況を説明してくれ』
ヒーローコスチュームを身に纏っている相手は、ヒーロー名で呼ぶべきだ。
これは最低限のマナーである。
そんな事はさておき、私は現状を確認したい。
ここは廃倉庫っぽい。
そして、見るからに悪人っぽい奴を私は踏み付けてしまった。
目の前にはミズ・マーベル。
どういう状況だ?
そう思って、問い掛けた訳だが──
「な、なんで私のヒーローネームを?」
なんて質問を質問で返して来た。
しかも、その質問をしてきた理由も不明だ。
『新聞にも載っていた。そもそも、自分で名乗っているだろう』
「そ、それはそうだけど……!」
だけど、なんだ?
何故こうも警戒されているのか、私には分からない。
そう思っていたが──
「そもそも、貴方は誰!?何が目的!?」
『あ』
カマラの言葉に、私は思わず声を漏らした。
そういえば、この姿をカマラに見せた事がなかった。
『S.H.I.E.L.D.』のエージェントとして働いている事は話していたが、ナイトキャップの姿は見せていない。
『少し待て』
私は腕のコンソールを操作して、フェイスパーツを展開……できない。
ヴァルチャーの放った熱線で腕部のコンソールが故障しているようだ。
……チッ、仕方ない。
顎の下、マスクの下部にあるスイッチを押して、フェイスパーツを展開すれば──
「はぁ……これで、どう?」
私の素顔が露出される。
「え、うそ……」
それを見たカマラは衝撃を受けていた。
仕方あるまい。
仕事中の私と、プライベートの私は乖離している……らしい。
同僚にもよく言われる。
だからそう、ナイトキャップとしての私を知らないカマラが、驚く事も納得できる──
「ミシェルのそっくりさん……!?」
……うん。
まったく、想像力豊かなことだ。
私は少し呆れた顔をしながら、ため息を吐いた。
もういいや、察しが悪いし、本名で呼んじゃえ。
「違う。私はミシェル。本人。カマラの友達」
「え?あ……あ、そう……え?ミシェル!?」
カマラが呆けた顔をしている。
今度こそ、普段の私とのギャップに驚いているようだ。
「カマラ」
「ちょっと待って……今落ち着くから!」
「……落ち着いた?」
「まだ!」
「…………そろそろ?」
「もうすぐ……」
「………………どう?」
「……よし!落ち着いた!」
カマラが息を深く吐いて、私に向き直った。
ため息吐きたいのは私なんだが。
「それで、カマラ。この足元の男は誰?」
「え?えー、そいつはヘドウィグ。麻薬の製造から販売まで手掛けてる悪いやつ」
「あ、そう。じゃ、別に罪悪感を感じなくていいか」
会話しつつ、気絶しているヘドウィグをカマラが持ってきたロープで拘束する。
調査した証拠と一緒にしておいて、後で警察に通報するらしい。
「それで、ミシェルの方は?何があったの?」
「ん……今日、特別な犯罪者を飛行機で輸送してたんだけど、空飛ぶ犯罪者に襲われて。飛行機から落ちちゃった」
「え!?無事なの!?」
「無事だから、ここに居るんだけど」
「あ、そっか」
気の抜けた返事に、私の張り詰めていた気持ちも抜けていく。
ヴァルチャーに敗北してしまったこと。
スコーピオンを連れ去られたこと。
後悔と反省はしている。
それでも、落ち込む理由はない。
落下中に無線で送られた情報から、死人が出なかった事は聞いている。
であれば、まだ取り返しのつく失態だ。
ならば、落ち込んでいる暇などない。
「……ふぅ」
息を吸って、深く吐く。
腕のコンソールを使って、近辺に『S.H.I.E.L.D.』の拠点がないか調べ……いや壊れてたんだった。
ジャージーシティの地理は分からない……なんとか、ニューヨークまで帰らないと。
「ミシェル、どうしたの?」
「私はニューヨークに戻らなきゃならない」
「え、あ、そう……だね?」
「ここからニューヨークに行くなら、何を使うべきだと思う?」
「え?何って?」
「……カマラは前にニューヨークへ来た時、どうやって来た?」
「えっと……バスで」
「バスか……」
公共の交通機関に乗るには……うん。
私はアーマースーツで、一文無しだ。
スマホもない。
そもそも、こんなアーマー姿でバスに乗れる訳がない。
「え?何かダメなの?」
「……私ってオシャレだから」
「うん、そうだね……」
「…………」
「…………え?」
冗談が通じなかったようだ。
「ほら、このスーツ。着たままで、バスや電車に乗れると思う?」
「……あっ、それは確かに」
分かりやすく言えば、カマラも頷いた。
「どうにか普通の服を用意しないと。それとお金も」
「もしくは、誰かに助けて貰うとか?」
「ニュージャージーに知り合いは居ない。助けを求めようにも──
「いや、居るよ」
「……どこに?」
「ここに。ほら」
カマラが自分の顔を指差した。
気持ち、親指と頭が大きくなっていた。
強調目的だろうが、不自然に体の一部分を急に大きくするのはやめて欲しい。
ギョッとしてしまうからだ。
「……カマラは未成年だから例外。両親の目もあるし」
「それはそうだけど、私もミシェルの役に立ちたいよ!」
「その気持ちはありがたいけど……」
「もう着てなくてバザー手前の服ならあげるし、交通費ぐらいお小遣いから出すから!」
「……それは流石に、カマラに悪いから」
私も、迷惑をかける対象は選びたい。
未成年の女の子じゃなければ迷惑をかけていい……とは思わないが、未成年の女の子に迷惑をかけたくはない。
そう思って口にしたが、カマラはムスッとした顔をした。
「じゃあ、お金も服も、貸すよ。返してくれたら良いから。友達が困ってるのに何もしないなんて、そんな私は嫌だもん」
その言葉に、私は目を瞬いた。
それは確かにそうだ、と思った。
返せばいい、とかそういう話に同意した訳ではない。
友達が困っている時に、何も出来ないのは嫌だという話に同意したのだ。
「……じゃ、カマラに助けて貰おうかな」
「うん、任せて!
「……あー、うん」
……私、そのクインジェットの後継機から落っこちたばかりなんだけどな。
「あ、でも……ミシェル、一緒に家まで来てくれる?」
「え?なんで?」
ジャージーシティの住宅街に、アーマースーツが襲来する事になる。
目立つ真似は避けたいのだが──
「いや、門限あるから……この場を往復すると、私、外出禁止になっちゃうかも……」
「……そうだね。じゃ、行こっか」
未成年ヒーローというのは、縛りが多いものである。
私は頷きながらも、やっぱり頼り過ぎるのは良くないか……と考えた。
◇◆◇
という訳で現在、ジャージーシティ郊外。
目立つのも良くないと、ミズ・マーベルのコスチュームを着たカマラと路地裏をこそこそ歩いていた。
といっても、ニューヨークよりは縦に大きな建物も少ない。
路地裏と言いつつ、空き地の間をすり抜けるような場所もある。
「それで、カマラは最近、ヒーロー活動頑張ってるんだ?」
私はマスクを開いたままにしている。
生の声で会話しないと、カマラが萎縮するからだ。
「まぁね。自分にできることをするって、それが大事だと思うから」
「うん、いいことだと思う。でも、麻薬シンジケートと戦うのって、危ないと思う」
「ミシェルだって。犯罪者の輸送中に、犯罪者に襲われるなんて……もっと危なくない?」
「それが仕事だから」
私はそう言いつつ、足を進める。
歩幅も、速度も普通だ。
走るとカマラはついて来れない。
カマラが巨大化すれば歩幅も大きくなって、早く帰れるだろうが……そうすると目立つ。
目立つと騒動になって、より遅れてしまう。
だからこうして、普通に歩いている訳だ。
「……ミシェルは、私がヒーロー活動してるの、反対?」
カマラの言葉に目を向ける。
「そんな事ない。でも、危ない目に遭いそうなら、相談して欲しいだけ」
「……分かった」
カマラは素直だ。
やりたい事はやりたいって言うし、したくない事はしなくないって言う。
ティーンエイジャー特有の熱量と行動力がある。
だからこそ、危ない場所に一人で踏み込んでしまう事もあるだろう。
突発的なものなら仕方ない。
でも、麻薬シンジケートと戦うなんて、何日もかけて計画的に戦っている話だ。
その間に一つぐらいは相談して欲しい……と思う。
「でも、ミシェルにはさ」
「うん?」
「相談できる相手、いるの?」
「いるよ」
「誰?ウィンターソルジャーとか?ブラックウィドウとか?」
「ううん、彼氏」
「へー……え?彼氏!?」
カマラがギョッとして、私をジロジロと見た。
「なに?」
「いや、居たんだ……?」
「まぁ、うん……私には過ぎた人だけど」
私がそう口にすると、カマラは口を窄めた。
「ミシェルで過ぎた人って言うなら、その彼氏さん、どれだけスッゴイ人なの?」
「私の尊敬するヒーロー。私より強くて、優しくて……私の知る誰よりも、人助けを頑張れる人」
私は脳内でピーターを、スパイダーマンを思い描く。
誰かの為に己の幸福を投げ捨てられる……いや、投げ捨ててしまう。
どれだけ身と心が傷付いても、立ち上がれるヒーロー。
そんな彼に、私は幸せになって欲しいと思った。
幸せにしたいと思った。
だから、スパイダーマンは私にとって、いつまでも憧れのヒーローだ。
そして、ピーターは私にとって、愛すべき隣人だ。
そう考えつつ口にしたのだが──
「んー、彼氏……当ててみよっか?」
「うん?まぁ、当てられるなら」
カマラが歳頃の少女特有の、恋バナ大好きモードになっている。
少し呆れつつ、促すと──
「ズバリ!キャプテン・アメリカとか?」
カマラの発言に、私は転けそうになった。
「……いや、歳の差、離れ過ぎ」
「え?氷漬けになっている間ってさ、歳を取ってる判定になるのかな……というか、恋に年齢差は関係ないんじゃない?」
「それはそうだけど……って、私の恋人はキャプテン・アメリカじゃない。それこそ、烏滸がましい」
「えー、じゃあ誰なの?」
カマラの言葉に、私は首を捻った。
彼女は好奇心旺盛だ。
言わなきゃ、この話題は終わらなさそうだ。
「スパイダーマン」
「……えっと……あ、知ってる!ニューヨークのご当地ヒーローの!スパイディでしょ?」
憐れ、ピーター・パーカー。
世界中から記憶を消された所為で、数々のチームアップは忘れ去られ、知名度の低いB級ヒーロー扱いされている。
「そう、そのスパイダーマン……」
私は少し落ち込みながらも、頷いた。
「へぇ……そのスパイディがミシェルに手助けしてくれるの?」
「相談したらね。私もスパイダーマンの手助けをしてる」
「ふーん……頼りになる?」
「ん、まぁね。私が困ってる時、いつも助けてくれるから」
ピーターは困った時、いつでも助けてくれる。
私の手に負えない出来事があったら、相談してる。
……最近はピーターも、私に相談してくれる事も多くなったし。
公的な治安活動を行なっている『S.H.I.E.L.D.』の私と、自警団的なヒーロー活動を行うピーター。
出来ること、得意なことに差があるからこそ、互いに頼っている状況だ。
「でもさ、今回はスパイディの手助けナシだったんだよね?」
「……まぁ、ね」
「犯罪者の輸送、手伝ってくれなかったの?」
「……そもそも、相談してないから」
「あー……こうなったのは想定外だったから?」
カマラに言われて、少し考える。
トラブルを想定していなかった……と言われれば、首を横に振る。
別世界のスコーピオンという厄ネタ、何かしらの問題が起こってもおかしくない……そう思ったからこそ、彼の輸送に私が同行したのだから。
全くの想定外という訳ではない。
では何故、私はピーターや、他のスパイディの手助けを借りなかったのか。
「……想定外だった訳じゃない。でも、犯罪者の輸送でトラブルが起きるかは不確定だった。呼んでも何も起きない可能性の方が高かったから……呼ばなかった」
「ふーん、なるほど……スパイディって、無駄骨だったら怒るタイプ?」
カマラの言葉に首を振った。
「そんな事ない。ピーターは、例え何もなくとも私が不安なら、ついて来てくれる……」
「え?ピーター?誰?」
「……忘れて」
気持ちが昂って、つい名前で呼んでしまった。
それだけ、私は冷静じゃなかったという事か。
自己嫌悪しつつ、反省する。
「まぁ、いいけどさ……そのスパイディを呼んでたら、ジャージーシティに墜落ぅ〜なんて事にはならなかったんじゃない?」
「……どうだろ。でも、少なくも、もっと良い事態にはなってるかも」
少し考える。
閉所での戦い。
戦える人間が2人いれば、私はスコーピオンを連れてクインジェットjrから脱出する余裕があっただろう。
ヴァルチャーと戦う1人、目的の物を逃す1人といった体制が取れたはずだ。
少なくとも、こんな事態にはならなかった……とは思う。
「……じゃあさ、やっぱり相談した方が良かったんじゃない?」
「……うん。説教しておいて、私も相談できてなかった。ごめん」
「え?あ、いや、そんな謝らせようとか、そんなつもりじゃなくて……意趣返しでもないし!え、偉そうに見えたら、ゴメンね?」
「大丈夫。カマラがそういう意味で言ってないってのは分かる。心配してくれてる、でしょ?」
「……うん」
カマラが恥ずかしそうに頷いた。
「私にも反省すべき点があったから……今後は、もっと上手く行く……と思う」
クインジェットJr.に同行するかどうかは別として、そもそも相談しておくべきだった。
その上でどうするか、考えるべきだった。
1人で抱え込んだのは失敗だ。
それに今はピーターだけじゃない。
メイも、マイルズも、ドクターも居る。
手の空いている人を連れて行くとか、輸送任務が得意な人がいるなら、一緒に来てもらうべきだった。
この反省は次に活かせるだろう。
「……うん、今日はカマラに会えて良かった」
「え?……あの、私の家まで、まだ少し歩くよ?」
「べつに、別れの挨拶って訳じゃない。単純にそう思っただけ」
私の言葉に「そんなものかな……?」なんてカマラが独り言を口にした。
そうして歩き続けること、5分。
ついに、カーン家の一軒家に辿り着いたのだが。
「ほら、ミシェル……隠れてて」
「……ん、わかった」
カマラの父母が手入れを怠っている垣根に、私とカマラは隠れていた。
「いい?そのまま、だからね」
「うん」
カマラの言葉に頷く。
するとカマラは足を大きく伸ばして……物理的に伸ばして、2階の自室、その窓を開けた。
そうして、そのまま自室に入っていった。
直後、部屋から腕が伸びて手が……OKのジェスチャーをした。
……なんだかカートゥーンのアニメチックな演出だ。
「……ん?」
そうしてOKマークのジェスチャーをぼーっと見てると、その大きな手がこちらに伸びてきた。
「うわ」
そして、私の事を掴んで持ち上げて……カマラの自室へと私を引っ張り上げた。
ちょっと想定していなかったので、少し声が出た。
「ふぅ、どこにもぶつけずに済んだ……」
カマラが汗を掻くような仕草をして、息を吐いた。
そんな彼女を横目に部屋を見る。
少し古めのデスクトップPC。
コミックがいっぱい入った本棚。
キャプテン・マーベルのフィギュア。
アベンジャーズのポスター。
アイアンマンの二頭身ぬいぐるみ。
キャプテン・アメリカのシールド(レプリカ)。
オタクっぽい……いや、オタクの部屋だ。
「……ミシェル、喋ってもいいけど小声でね。この時間、アブーが1階のテレビでクリケットの試合を観てるだろうから、ちょっとやそっとでは来ないだろうけど」
「……分かった。静かにする。けど……なんで部屋にあげたの?私は外でも良かったけど」
「……ミシェル、外で着替えるつもり?」
「え?うん」
「……ありえないよ、痴女だよ、それ」
「そうかな?」
いや、そりゃ外で着替えるのはダメだけど。
緊急事態で誰にも見られないように隠れて着替えるなら、大丈夫だと思う。
……けど、カマラは少し呆れてる。
「……ミシェルってさ。キャリアウーマンみたいな顔してるけど、結構、抜けてるとこあるよね」
「む」
失礼な。
そんな事ない。
確かに、昔、ミッドタウン高校に潜入してた頃は世間知らずの女子高校生だった事は認めよう。
だが今は、ちゃんといっぱしのニューヨーカーとして生活できている。
…………筈だ、多分。
「っと、そんな事より……服、用意するね。そのゴテゴテしてるの脱いでくれる?」
「……分かった」
話題を変えられた気がするが、カマラの言ってる事を優先する。
右腕のコンソールをいじって……って、壊れてるんだった。
首や関節の裏にある、手動のパージ用ボタンを順番に押して、ヴィブラニウム製のアーマーを脱ぎ捨てて行く。
音が鳴らないよう、ゆっくりと丁寧に床に置きながら、だ。
そうして更に、黒い全身タイツのような防刃防弾インナースーツも脱ぐ。
その下にあるワイヤーレスの下着姿を晒していると──
「……っと、ミシェル。着替えの用意が……うわ」
カマラが私を見て固まった。
口を半開きにして、私をジロジロ見ている。
「……カマラ?」
「……あ、何でもない、何でもない……ちょっと……うん……」
「何か変?」
「いや変じゃなくて、その逆というか……私が男じゃなくて良かったね?」
「いや、女の子の前じゃないと脱がないけど」
私は、男の前で下着姿になるような
……ピーターは除く。
というか変な感想だな。
私の身体ってどこか変かな。
確かに刺されたり撃たれたりは日常茶飯事の生活だったけど、
あったら今頃、私はフランケンシュタインみたいにツギハギになっている。
いや、治療が間に合わずに死んでるか。
「取り敢えず、これ……でいい?」
「ありがと」
受け取った服を着る。
シャツとGパンだ。
ティーンエイジャー向けの、あまり着ないタイプの服だ。
「……あと、お金だったよね。ちょっと待ってね」
カマラが机の引き出しに鍵を差し込んだ。
捻って鍵を開けて、引き出しの中からお金を取り出した。
「これ!」
「……ホントに良いの?借りても」
ちょっと、くしゃっとなっている紙幣。
それはカマラが物欲を我慢して貯めた事を指し示していた。
「いいよ。困った時のために貯めてたお金だし」
「……ありがと。早めに返すから」
お礼をして、受け取る。
財布がないから、カマラの持って来た小さなポーチに入れた。
「それで、カマラ。次のバスの出発時刻は?」
「明日だね」
「へー……え?明日?」
「うん、明日」
時計を見る。
まだそんなに遅くない筈だ。
確かに空は暗いが、ニューヨークならバスもある筈だ。
しかし、ここはジャージーシティ。
夜間バスは無いらしい。
「……どうしよう」
「今日は泊まっていけば?私としては、最初からパジャマパーティのつもりだったけど」
「……カマラの家族が居るから。隠れてコソコソ、バレないようにってのは難しいと思う」
「……確かに。それはそうかも」
腕を組んで、私とカマラは唸った。
あまりにも、いきあたりばったり過ぎる。
計画性が全く無い。
私も、カマラも。
こんなので偉そうに大人ぶって説教してた私って、いったい……。
「あ、そうだ……っ!」
「え?なに?」
「いいこと思いついた。ちょっと待ってね」
カマラがスマホを手に、何やら連絡を取り始めた。
……後でスマホ借りて、メイに今日は帰れなくなったって連絡送ろう。
心配するかもしれないし。
◇◆◇
その日、俺……ブルーノ・カレッリは夜遅くまで工作をしていた。
友人であり、まぁ、その、認めたくはないが片想い相手であるカマラの『秘密の活動』を応援すべく、ガジェットを作成していたのだ。
今回作っているにはGPS付き粘着弾。
筒状のアイテムで、発射するとトリモチ付きのGPSが射出される。
後はスマホアプリやらで、位置情報が丸見えって訳だ。
そんなものをガレージで作っていると……チャイムが鳴った。
「ん?なんだ?こんな時間に」
俺に両親はいない。
正確には、何処にいるか分からない。
金銭面で貧しくて、俺を育てられないからって祖父母に預けている。
爺ちゃんと婆ちゃんは悪い人じゃない。
それでも、父さんと母さんは俺を捨てたんじゃないかって……思う時もある。
俺には兄貴が居た。
でも、金がないからって強盗をして……ヘマして、刑務所にブチ込まれた。
仲が良かった訳じゃない。
寧ろ、悪かった。
塞ぎ込んでる俺に、優しくしてくれたのがカマラだ。
俺は機械オタクで、カマラはヒーローオタク。
ジャンルは違うが、学校では爪弾きのオタク仲間だ。
だから、仲間意識があったんだろうな。
俺には。
好きになるのに時間はかからなかった。
ポジティブで、前向きで、それでも年相応で、優しい……そんなカマラに惚れてしまった。
だから、惚れた弱みでヒーロー活動に手伝いまでしている。
「……爺ちゃんも婆ちゃんも寝てんのか」
俺は工具を机に置いて、ガレージを出た。
そのまま玄関へ向かい、ドアを開けると──
「……ん?」
「……夜分遅くに、失礼」
美少女が立っていた。
見覚えのある……というか、カマラが昔着ていた服を着ている、ミシェルの姿があった。
カマラと行ったアベンジャーズ・コン以来だ。
「……え?何でここに?」
思わず問いかけると、ミシェルは少し顔を強張らせた。
「カマラから、ここに行くように言われて……連絡、来てない?」
「……ちょっと待て。待ってくれ」
俺は急いで、自室にあるスマホを取りに行った。
そして、開くと──
『お願い!ミシェルを明日の朝まで泊めてあげて!お礼するから!』
とメッセージが送られていた。
……俺はまだ返信していない。
だというのに、返答も待たずにミシェルを寄越したのだ。
「……あンの、バカ……っ」
人の事情とか知ったこっちゃない。
いや、俺相手だから何しても良いと思ってるのか。
怒りつつ呆れて、それでも俺はミシェルの元へ帰ってきた。
「どうだった……?って、どうかした?」
「何でもない……!」
俺の怒りをミシェルは感じ取っているようだ。
しかし、それは八つ当たりというもの。
俺は飲み込んで、頷いた。
「取り敢えず、カマラからのお願いってのは見た。爺ちゃんや婆ちゃんにバレないよう、ガレージで寝泊まりしてもらう事になるけど……いいか?」
「うん、いいよ。ありがとう」
ミシェルが笑みを浮かべた。
……危なかった。
既に誰かに惚れてなきゃ、ミシェルに惚れる所だった。
惚れた弱みだと言うが、強みもあるんだな。
って、いやいや。
頭を振って現実逃避から帰って来る。
「ついて来てくれ。こっちがガレージだから」
「うん」
ミシェルをガレージに案内する。
爺ちゃんが昔、車を持ってた頃に使っていたガレージだ。
今は車も手放してるから、俺の秘密基地って感じ。
誰も入ってこないから、カマラの……ってか、ミズ・マーベルの秘密道具開発所って感じ。
「取り敢えず、毛布やシーツ取って来るけど……あんま、色々と触らないでくれよ」
「分かった。ありがとう」
また笑みを浮かべた。
……カマラ、お礼するって言ってたよな。
クソ、何して貰おうかな。
悶々としつつ、この感情をぶつける相手が居ない苛立ちを抑えて、俺はため息を吐いた。
◇◆◇
ニューヨーク。
とある、廃屋。
「ヴァルチャー、任務、ご苦労様でした」
白くのっぺりとした顔のカメレオンの言葉に、私はマスクの下で顔を歪めた。
『聞いていなかったぞ、カメレオン。輸送機には腕利きのエージェントが居た』
「ほう?そうなのですか?」
私は脳内で、黒いマスクを被ったアーマー姿の男を思い出す。
『私と同様にアーマーを着た男だ。アルケマックス製のスーツと同等のパワーがあった』
「アルケマックス……というのは何か知りませんが、思い当たる節はありますね。ヴァルチャー、その男はなんと名乗っていましたか?」
『ナイトキャップだ』
「ほう、ナイトキャップですか」
僅かに、カメレオンの声が上擦った。
何処か愉しげな声だと、私は思った。
『知っているのか?』
「ミステリオが恨んでいる相手ですよ」
『……それはレッドキャップではなかったか?』
「今はナイトキャップと名乗っているそうです」
『……そうか』
なら、捕えるべきだったか?
そう考えたが、そこまでする義理はないと切り捨てた。
そもそも、ミステリオに恩を売る必要など、私にはないのだから。
「殺しましたか?」
『いや、仕留め損なった』
「それは残念です」
『何だ?貴様も狙っていたのか?』
「いえ、彼はスパイダーマンの協力者です。元々は我々に近い存在でしたが……今は、彼等の味方ですから。我々の敵です」
カメレオンの言葉に、私は訝しむ。
『『我々に近い存在』だと?どういう意味だ』
「言葉の通りです。昔、彼は殺し屋でした。私の雇い主のお気に入りでね。裏切り者を狩るのに、重宝されていたのです」
『……そんな奴がスパイダーマンの仲間をしているのか?』
「はい。ある意味、潔癖である彼らしくない選択だと思いますが」
『……そうだな』
私は脳内で、元の世界に居るスパイダーマンの姿を思い出す。
そして、その正体……ピーター・パーカーの姿も。
彼は善性の塊だ。
自己犠牲の意識が強く、悪を許せない。
……彼は今、元の世界に居るのだろうか。
であれば、私にとっては幸いなのだが。
「どうかしましたか?」
『いや、何でもない』
物思いにふけるのも程々にしなければならない。
別世界に居ること……認めたくはないが、それが現実である。
『ところで、奴はどうなった?』
「スコーピオンですか?彼には彼の仕事があります」
『そうか』
私はカメレオンを不審に思っている。
そもそも、だ。
何故、彼の雇い主は元の世界へ帰す技術を持っているのか。
そして、元の世界に戻す技術とは何なのか。
どうして、別世界のスパイダーマンが必要なのか。
それが分からない。
「また仕事が出来ましたらお呼びします。お疲れでしょうし、今日はお帰り頂いて結構です」
そう言いつつ、カメレオンが封筒を私に渡した。
『これは?』
「一時的な報酬……まぁ、ボーナスですよ。気晴らしに賭け事や、酒にでも使って下さい」
『……フン』
こいつの雇い主の見当は付いている。
であれば、この金は汚い金だ。
受け取りたくはない……だが、ここは別世界。
元の世界では選り好みできる立場だが、ここでは違う。
受け取り、懐に入れる。
そして、私は部屋の外へ出た。
別の部屋に足を踏み入れ、スキャンを実施。
カメラの類が無い事を確認して……私は腰のアタッチメントを操作した。
すると、アーマースーツが変形して私から外れ、台座のように変形した。
それを見ながら、壁に掛けておいたジャケットを手に取る。
ナイロン製の新緑のジャケットだ。
元々、出撃前に用意していたもので、元の世界から持って来られた私の私服だ。
「…………」
アーマースーツを横目に、私は部屋を後にした。
ニューヨークの暗い街並み。
灯りが見えるが、私のいた元の世界に比べれば暗い。
空を飛ぶ車もない。
うるさいほど光っている広告塔もない。
空を見れば、排気ガスの雲もない。
星はボヤけて見えるが、月はハッキリと見えた。
「……はぁ」
首から下げたロケットを手に取る。
開けば、写真が見えた。
……私と、男の写真だ。
彼は懐古趣味があった。
古臭いアナログなカメラが好きだった。
だから、私と並んで写真を撮った。
この写真は、その時の写真だ。
「……帰らなければ」
悪事からは手を洗った……つもりだった。
知られたくなかったからだ。
彼に、私の……ヴァルチャーとしての姿を。
それでも、必要になってしまった。
元の世界へ帰るには、この力が必要となった。
私はロケットを閉じて、足を進めた。
……酒でも飲もう。
でなければ、不安で頭がおかしくなりそうだ。