【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#2 マン・ウィズアウト・フィアー

男が走っている。

息を荒らげて、ひぃひぃ言いながら。

 

ここはニューヨーク、ヘルズキッチン。

ニューヨークで最も治安の悪い場所と呼ばれている。

 

そんなヘルズキッチンの路地裏。

 

男がゴミ箱に足を引っ掛けて転倒する。

 

あ、痛そう。

頬を擦って、血が出ている。

 

それでも気に留めず、立ちあがろうとして……。

 

 

私は背後から、その男のシャツを掴んだ。

 

 

「えっ」

 

 

そのまま、力任せに引っ張って、壁に投げ飛ばす。

鈍い音を立てて、男が叩きつけられた。

衝突した煉瓦造りの壁はひび割れている。

 

 

「ぐぇっ」

 

 

 

カエルみたいな声を出して、男は気絶した。

 

この男が麻薬の売人。

あぁ、あと殺人事件で調査中の容疑者か。

まだ証拠が集まりきって居ない為、留置所にも入れられていないラッキーな男だ。

 

あぁ、いや、アンラッキーか。

捕まっていれば私に殺される事もなかったろうに。

 

幾らフィスクと言えども刑務所内の人間を殺すのは難しい。

……難しいよね?

いや、フィスクの事だから出来るのかも知れないが。

 

私は、太腿を掌で叩く。

太腿のプロテクターが展開し、柄が飛び出す。

私はそれを引き抜く。

エッジまで真っ黒なカーボンで出来たナイフだ。

 

肉厚で、強固。

火に強く、血が付きにくい。

 

深夜のテレビ番組とかで宣伝されてたら思わず買っちゃいそうな高性能ナイフ。

肉を断ち、骨すら砕く強固なナイフだ。

それだけで、特別な機能なんてモノはないが。

 

私は持っていた柄をくるりと回し、切っ先を男の喉へ向けようとして……。

 

 

 

直後、後ろから飛んできた「何か」をナイフで叩き落とした。

咄嗟にその場を離れて、追撃に備える。

 

私の聴覚は血清によって数十倍に鋭くなっている。

例え、見ていなくても空を切る音から投擲物の存在を探知する事も容易い。

 

私は即座に振り返り、その姿を見た。

この路地裏は暗い。

真っ暗だ。

 

 

高性能な赤いマスクには暗視機能がある。

目を凝らせば、ひとりの男がいる。

 

 

大通りから漏れる微かな光を背に、一人の男が立っている。

 

それは赤い……赤黒い鬼の様なコスチューム。

目すら隠れるヘルメットは、装着者の視界を奪っているように見える。

 

だが、問題ない。

彼は視力を必要としない。

 

何故なら、元から見えていないからだ。

 

 

『デアデビル、か』

 

 

初めてではない。

数度、戦った事がある。

 

何故ならここは彼のホームグラウンド。

ヘルズキッチンだからだ。

 

私が弾き返した「何か」は金属の棒だ。

2本の金属の棒がワイヤーで繋がっている、ヌンチャクの様な武器。

ビリー・クラブと言う名前の武器だ。

 

 

デアデビル。

ヘルズキッチンを舞台に戦うクライムファイターだ。

幼い頃に特殊な薬品によって視力を失い、代わりに聴覚、皮膚感覚、嗅覚等が発達している。

見えずとも敵の位置を把握し、闘うことが出来る超感覚(レーダーセンス)を持つ戦士だ。

 

つまり。

 

この暗闇は彼の得意な戦場と言う訳だ。

 

 

「久しぶりだな」

 

 

私は返事もせず、ナイフを投擲する。

投擲先はデアデビルではない、ターゲットの麻薬売人だ。

 

だが、それもまたデアデビルの投擲したビリー・クラブによって撃ち落とされる。

 

 

「焦るなよ、長期休暇の宿題は初日に終わらせるタイプなのか?」

 

 

挑発には流されない。

兎に角今は、デアデビルを気絶させるか、デアデビルの攻撃を凌ぎつつターゲットを殺すか。

任務を遂行する。

 

……まぁ、デアデビルを殺すつもりはない。

仕事でなければ誰も殺したくないのだ。

私は小市民だから。

 

 

『邪魔をするな、デアデビル。この男は死んだ方がいい男だ』

 

 

私は努めて冷静に話しかける。

 

……私は『レッドキャップ』へと意識を切り替えている間、話し方が変わる。

 

この世界に生まれてから、私は無口で拙い喋り方になってしまっている。

それは喋り方やコミュニケーションが育まれるべき幼少期に、殺しの勉強をし過ぎたせいか……。

 

ただ、『レッドキャップ』として『仕事』をしている時は前世のような男らしい話し方になっている。

 

仕事の上では『威圧感』が重要だ。

敵を威嚇し、竦めさせる。

それには男のような口調が適正だ。

 

 

デアデビルが私を睨み、口を開いた。

 

 

「殺して良いかどうか。それは、お前が決める事じゃない。法が決めるんだ」

 

 

それは確かにそうだ。

デアデビルの正体……と言うか中の人はマット・マードック。

盲目の弁護士だ。

 

法律には厳しいんだよな、弁護士だし。

 

私は壁を蹴り、デアデビルに飛びかかる。

ビリー・クラブでの反撃を肘のプロテクターで防ぎ、膝を顔面へと放つ。

デアデビルは上体を後方へ逸らし、その攻撃を避ける。

 

ボクシングで言う、スウェーだ。

デアデビルの父はプロボクサーだった。

彼もその技術を習得しているのだ。

 

 

だが、避けられるのは想定内だ。

期待通り、と言っても良い。

 

 

私は右手を開き、壁を突く。

指が壁に突き刺さり、文字通り壁を掴んだ。

そのまま、私は腕を捻り空中で無理矢理、姿勢を制御する。

 

私は壁に突き刺さった右手を中心に、回転する。

 

そのまま、反動と腰の捻りを活かして回し蹴りを放った。

 

デアデビルも流石に想定外だったのか、その背面へと命中した。

 

私は殺しのプロフェッショナルなのだ。

ルール無用の戦いであれば、幼い頃からみっちりと仕込まれている。

そして更には、常人を遥かに超えた身体能力もある。

 

 

「ぐっ」

 

 

鈍い悲鳴を上げながら、それでもビリー・クラブでの反撃を行ってくる。

私は壁を掴んでいた手を離し、落下することによって回避する。

 

地を這う様に滑り、距離を取る。

プロテクターが地面と接触し、暗がりの中で火花が散った。

 

 

『どうした?辛そうだな』

 

「……そうでもないさ」

 

 

いや、ほんとに痛そうなんだけど。

自慢じゃないけど私の蹴りは凄く痛い。

血清によって強化された蹴りは厚い金属板すら破壊する。

 

そんな一撃が命中したのだから、多分、骨にヒビぐらいは入っているに違いない。

当たり所が悪ければ折れてるかも。

 

……デアデビルは、超感覚を持ち、武術の心得があるヒーローだ。

だが、彼は。

少なくとも、この世界の彼は。

超パワーなんて持たない一般人の延長線上にいるヒーローでしかない。

 

私の様な超人とは、身体能力で明らかな差がある。

それは戦いに於いて決定的な差となる。

 

だが。

 

 

デアデビルはビリー・クラブを連結し、棍棒のように振り回す。

私はそれを腕のプロテクターで防ぎつつ、様子を見る。

何度も、何度も叩きつけられるが私にダメージは通らない。

 

プロテクターと金属の棒がぶつかり合い、暗闇の中で火花が散る。

 

 

私は思考する。

 

デアデビルの強さ。

それは精神力の強さだ。

体がどれだけ重傷だろうと、どんなにピンチだろうと、決して折れない。諦めない。

 

まさに彼はヒーローそのものだ。

私の好んでいたコミックのヒーローなのだ。

 

 

『フフ……』

 

 

つい、嬉しくなって声を漏らしてしまった。

私の笑い声に警戒し、デアデビルが一歩後退する。

 

 

「……何がおかしい」

 

『いや失礼した。笑うつもりは無かったのだが』

 

 

 

そして、またデアデビルが構えた瞬間。

 

私は即座に身を翻し、足元の煉瓦を蹴り上げた。

これはターゲットの麻薬売人を壁に叩きつけた時、剥がれ落ちた煉瓦だ。

 

煉瓦はデアデビルの頭部に一直線へと向かう。

 

私の予想だにしなかった動きに慌てて、デアデビルは対応する。

ビリー・クラブを分割し、煉瓦を叩き落とした。

 

 

『フッ』

 

 

一瞬の出来事だ。

だが、その一瞬で隙は出来た。

 

その隙を私は見逃さない。

 

 

ゴキリ、と音がした。

 

 

「なっ」

 

 

私の膝が、壁に倒れ込むターゲットの麻薬売人の首をへし折った音だ。

 

 

『さらばだ、デアデビル』

 

 

私は足元のナイフを拾い、壁を蹴り、反動で非常階段の手すりを掴む。

そのまま、逆立ちの様に浮き上がって足で窓縁を掴んだ。

 

ひっくり返ったままの姿勢でデアデビルを見ると、私を睨みつけている。

 

 

 

……私は両脚を引き上げて飛び上がり、ビルの上へと駆け上がる。

 

デアデビルは悔しそうな顔をしている。

と、言っても顔の半分はマスクで見えないが。

口だけでも分かる。

 

身体能力に差があるデアデビルでは、私に追いつく事は出来ない。

 

 

……万が一の為に、ダミーの拠点を通過してから帰るとするか。

 

夜風が酷く冷たい。

 

冬だからか。

それとも……。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

自宅……いや、ヘルズキッチンでの拠点へ到着した。

自宅と呼ぶには定住してないからね。

組織の任務に応じて、年に一回は引っ越しをしている。

 

……あぁ、そう言えば。

ババロアを食べ終えた後の皿を洗っていなかった。

スーツを収納した後、洗わなくては。

 

私は屋根から自室の窓を手にかけ、開き……。

 

 

 

 

 

その瞬間、光と共に轟音と衝撃波が放たれた。

 

 

 

 

 

強烈な爆音に鼓膜は痺れる。

真っ白な閃光によって視界は奪われた。

 

 

爆弾?

 

 

私は受け身を取りながら地面に転がる。

 

ダメージは……殆どない。

このスーツと、血清のお陰だ。

 

だが、突然の衝撃で少し、頭が混乱している自覚があった。

 

何だ?

今のは?

爆弾?

何故?

 

見上げると、自室は完全に吹き飛ばされていた。

……隣の部屋には住人は住んでいない。

被害者は居ないだろう。

 

目的は?

 

間違いなく私か……組織に対して敵意のある人間の仕業だ。

 

私を殺そうとしているのか。

 

少しずつ冷静になって行く思考で、そう結論付ける。

 

 

……一旦、離脱する必要がある。

これだけの出来事があったのだ、直に警察も来るだろう。

襲撃犯がこの近くに居ないとも限らない。

いや、寧ろこの様子を窺っているに違いない。

 

私は路地裏に隠れ、マンホールを開ける。

そのまま地下へと逃れる。

 

目指すはヘルズキッチン内の別の拠点だ。

……私の拠点を爆破したのが誰かは知らないが、もう一つの拠点が無事だという事を祈ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今、ヘルズキッチンの港……その近くにある漁師の家にカモフラージュされた拠点。

その地下室に来ていた。

 

この拠点を管理している下っ端がいる為、マスクを脱ぐ事も出来ない。

 

正直、マスクの中が臭い。

下水道を通った所為だ。

 

ドブの臭いがする。

化学製品と汚物の匂いだ。

 

……爆風でプロテクターに傷も入ってるし、新調しなければならない。

 

そして、今。

脱げるものなら今すぐ脱ぎたい。

マスクに臭いが篭ってキツい。

 

私が無意識にした貧乏ゆすりに、下っ端くんは怯えている。

良い歳したオッサンが、歳下の女の子にビビってるんだから世話がない。

 

私は下っ端くんからレシーバーを受け取る。

これは、このニューヨークの地下を有線で繋がっている秘密回線だ。

 

 

『状況は?』

 

 

そしてコイツは『アンシリーコート』の幹部の一人だ。

 

 

……最近、幹部になったばかりらしい。

機械音声のような声で話しかけてくる。

 

この組織、私も含めて声を隠そうとする奴が多すぎる。

秘密主義者が本当に多い組織だ……。

 

 

私は状況を説明し……と言っても、任務から帰ってきたら爆破された!としか言いようがないのだが。

 

 

『……一度、街から離れろ』

 

 

そう言って、私用の詐称した身分証、新しい携帯端末、色々な手配をしてくれるそうだ。

落ち着くまで一旦拠点を別の場所に移して活動しろ、って言う話だ。

 

詳しくは再度、携帯端末に連絡すると告げられ、私はレシーバーを下っ端くんに返した。

 

下っ端くんは非常に恐る恐る、と言った顔で受け取り、慌てて逃げる様に部屋を出ていった。

 

 

 

あーーーーーーー、もう臭い。

脱ぎたい。全裸になりたい。

 

 

部屋を爆破した奴、絶対に許さないからな。

ぶっ殺……さないにも、ボコボコにしてやる。

 

私はそう、強く決心した。

 

あ、スパイダーマンの切り抜きを集めたスクラップブックも爆破されたのか。

 

絶対にブチのめしてやる。

 

バキリ、と音がして手元を見れば、椅子の手摺りが壊れていた。

 

……修繕代、経費で落ちるかな。


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