【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#22 ボンズ・オブ・モータリティ part1

「お、おぉ……!」

 

 

私は2枚の紙……チケットを手に持っていた。

 

 

「ふふふ」

 

 

普段は出ないような変な笑い声も出てしまう。

 

このチケットからはそんな甘美な匂いが……いや、チケット自体は紙の匂いしかしないが。

 

表面に書いてあるのは、「スイーツフェスタ202X」という文字。

 

そう、これはパティシエ達が競い合うスイーツの祭典……それの招待チケットなのだ。

 

私が日頃食べ漁っているケーキ屋、そこでお得意様にのみ配られる招待チケット。

ちょっと大きめな会場で行われる新作ケーキの試食会だ。

ニューヨーク中のパティシエが集まり、新作ケーキを披露する……最高に美味しいケーキが食べ放題。

 

少し鼻息が荒くなってしまうぐらいだ。

 

 

……開催日は……今週の日曜日だ。

考えただけでワクワクが止まらない。

 

 

「ふふふん」

 

 

下手くそな鼻歌も歌いつつ、チケットを机に置いて……2枚、か。

 

 

誰かもう一人誘えるな。

 

グウェン……は、あんまり甘いの食べられないんだよな。

 

じゃあ……。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「ピーター、一緒にケーキ食べに行こう」

 

「え?今日?」

 

 

僕は今、ミシェル、グウェンと一緒に屋上で昼食を食べていた。

 

ネッドは……今日は病欠らしい。

昨日、スターウォーズの一挙放送やってたからな……深夜に。

寝不足で起きれなかったんだろうなぁ、って。

 

 

「違う、今日じゃなくて日曜日。これ見て」

 

 

……なんだか、ミシェル、いつもよりテンションが高い。

何か良いことがあったのだろう……恐らく、今見せてきたチケットの事だろうか。

 

 

「なになに?」

 

 

グウェンがミシェルの差し出した紙を覗き見た。

 

 

 

「「……スイーツフェスタ?」」

 

「そう!美味しい新作ケーキが食べ放題!2枚あるからピーターも来てほしい」

 

「え、グウェンと行っ」

 

 

ドスン!

 

と、脇腹に肘が捻り込まれた。

グウェンだ。

 

 

「ちょっと、何するんだよ、グウェン」

 

 

小声でグウェンに声をかける。

こういう無言で脇腹を突いてくる時は、大体グウェンが耳打ちしたい時だ。

 

 

「童貞、カス、女の敵……女の子からデート誘われてるんだから、断ったりするのは失礼だよ」

 

「で、デート!?」

 

「バカ、声が大きい」

 

 

また脇腹に肘が捻り込まれる。

脇の切り傷はもう無いけれど、グウェンは怪我をしなかった側へ肘を入れている。

まだ温情があるようだ。

 

にしても、デ、デート?

ミシェルを見ると僕達の小声話に首を傾げている。

 

 

いや、嬉しくない訳がないけれど、ミシェルに限ってそんな。

 

 

「女と男が二人で遊びに行ったらデートなんだよ、それは」

 

「そ、そうなんだ」

 

 

グウェンはちょっと極端過ぎると思うけど。

 

でも、まぁ。

 

 

「ミシェル、行くよ。その、デザートフェス?」

 

「ありがとう、ピーター!」

 

 

……何というか、こんなに嬉しそうなミシェルは初めて見た。

 

ニコニコとした笑顔で、ミシェルはエクレアを頬張っていた。

……クリームが頬に付いてるけど、指摘した方が良いのだろうか。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

日曜日。

スイーツフェスタ当日、朝。

 

スイーツフェスタの開催時刻は14時から17時までだ。

……勿論、最初っから最後まで食べ尽くしたいので14時前には会場に着いておきたい。

 

そして、超人血清の脅威的な新陳代謝能力によって、私は人の数倍は食べられる。

好きな物を好きなだけ食べる、それが私の人生のスローガンなのだ。

それを実行できるスーパーパワーもある。

 

私は寝巻きを脱いで、部屋のシャワーを浴びる。

プラチナブロンドの髪をドライヤーで乾かし、櫛で梳く。

 

化粧台を前に、グウェンから教えて貰った化粧を少しだけする。

 

曰く、「ミシェルは元が可愛いから、化粧は最低限で良い」とか何とか言っていた。

 

正直、化粧を始めたのは最近で……そもそも、ヘルズキッチンの生活中は人付き合いなんて殆ど無かったし……そう考えると、手間のかかる化粧なんてのは慣れていないので助かっている。

 

美少女に産まれて良かった!

……という訳だ。

 

普段着のシャツとショートパンツのまま、ベッドに腰掛ける。

テレビの電源を付けて時間を潰そうとして……。

 

あ。

 

一昨日、グウェンが言っていた事を思い出す。

 

 

『絶対に普段着で行ったらダメだからね!』

『もっと女の子っぽい格好で行かないと!』

『ドレスコードって奴だよ、TPOだから!』

 

 

私は慌ててシャツを脱いで、下着姿のままクローゼットを開ける。

 

 

「女の子っぽい服……?」

 

 

正直、私は前世が男というのもあって、自意識が男と女の中間のようになっている。

スカートを履くのも……なんだか恥ずかしい気がして、避けているのだ。

 

だから、シャツ、パーカー、コート、ジャケット、短パン、ジーンズ……みたいな服ばかりだ。

 

 

「うえっ」

 

 

グウェンに言われたのに……さっぱり忘れていた。

今から買いに行っても間に合う訳がない。

 

 

「ど、どうしよう」

 

 

ガサゴソとクローゼットの中を漁る。

あれもダメ、これもダメ、これも……多分ダメ。

 

 

「あ」

 

 

あった。

 

黒いカジュアルなドレス。

上下が合体してるタイプで肩の部分はレースで出来ている。

ティーンエイジャーが少しお洒落をして着るような……丁度、今にあったドレスだ。

 

そう、先日、船上での特殊任務に使用したドレスと同じドレス。

紛失したと言った私に、ティンカラーが作り直してくれたドレスだ。

 

……つまり、仕事ではなくプライベートのドレス。

 

正直、ティンカラーのことをキモいと思った。

大して親しくもない女にドレスを送るとか、どう言う神経をしているのか。

何を考えてるか分からなくて本当に不気味だ、アイツは。

 

結局、着る機会もなく、クローゼットの肥やしになっていた訳だが……まさか役に立つとは。

 

クローゼットの中にあるヒールも取り出す。

これもヒールの芯にチタン合金が仕込まれていて……まぁ、これもティンカラー製だ。

 

この間の「組織に独断行動を黙っていた件」も含めて、何故かティンカラーは「異様に」私へ優しい。

 

……かと言って、私を性的な目で見ている訳でもない。

私に惚れているという事もなさそうだ。

 

 

私はカジュアルなドレスに着替えて、鞄を手に取り、ドアに手を掛ける。

 

……あ、鞄に携帯端末入れないと。

そして、机に置いてあった充電中の携帯端末を手に取り……メールが来ている事に気付いた。

 

一瞬、訝しんだが……組織からのメールではない事を確認して、ほっと息を吐いた。

 

送り主は……ピーター?

 

 

『ごめん、ミシェル!ちょっと用事が出来ちゃって、少し遅れる!』

 

 

 

私は端末をジッと睨んだ。

 

……いや?怒ってはない。

怒ってないが。

 

そもそも、隣室だから用意ができたら一緒に行こうって約束していた。

……遅れるなら先に会場まで行っておくか。

 

私は携帯端末からメールを返信する。

 

 

『分かりました。会場の入り口で待っています』

 

 

私は端末を鞄に入れて、アパートから出た。

 

外はまだ明るかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

タクシーに乗って会場の入り口まで来た。

……ピーターと一緒にタクシーで来るつもりだったのに。タクシー代は割り勘で。

 

一人で全額、払う羽目になってしまった。

 

いや?お金に困っていると言う事はない。

そんな事はないが……。

 

初っ端から想定外の事があって、私は少し不機嫌になっていた。

折角、車の中で話そうと思ったのに。

 

 

 

そして。

 

 

 

……会場が開いて15分、ピーターが来る気配はまだない。

 

私はため息を吐きながら、携帯端末を開く。

ネットニュースが流れ込んできて、そこで一つ、目に止まった物があった。

 

 

『ビジネス街に巨大なサイ出現!?』

 

 

「……サイ?」

 

 

私は気になってページを開くと、それはニュースの動画だった。

そこそこ大きな音が携帯端末から出たので、慌てて音量を下げて入り口から少し離れた所に移動する。

 

カメラはニューヨーク市内のビジネス街を映している。

黄色と黒の立ち入り禁止テープで区切られる中、サイが映っていた。

 

だが、サイと言っても本物ではない。

 

私には分かった。

金属製のサイ型パワードスーツだ。

 

 

「…………ライノ?」

 

 

ライノはスパイダーマンに出てくる悪役(ヴィラン)だ。

元々は傭兵だったか……強力なパワードスーツに適合し、超人となった悪役(ヴィラン)だ。

 

この世界でライノを見るのは初めてではない。

数度、ニューヨークで暴れて……その度にスパイダーマンに倒されて、ニュースになっていた。

 

映像の中で彼はコンクリートで出来た地面に足跡を付けながら、練り歩いていた。

 

ニュースキャスターが離れた場所から状況を説明している。

 

……凄いプロ根性だな。

危ないのに。

この世界のニュースキャスターは凄い。

 

 

そうやって暴れるライノを前に、逃げ遅れた年老いた女性がいた。

杖が折れて、立てないように見える。

 

そして。

 

そのお婆さんを赤いシルエットが助け出した。

 

 

「……あぁ、そっか」

 

 

だから、ピーターは遅刻していたのか。

 

スパイダーマンがお婆さんを助けて、ライノに飛び掛かり……。

 

 

「お嬢さん、ちょっと良いかな?」

 

 

私は慌てて端末をスリープモードにして、振り返った。

 

 

「何、ですか?」

 

 

慣れない敬語で返しながら、目の前の男を見た。

 

 

……何だか、チャラい男だ。

ミッドタウン高校に私が編入した頃のフラッシュに似ている。

 

……今のフラッシュは、なんというか、爽やかスポーツマンって感じだけど。

心を入れ替えたらしい。

 

とにかく、今私の目の前にいる男は、なんというか……気に入らないタイプの男だった。

 

 

「お嬢さん、今一人?」

 

「一人……ですけど」

 

「じゃあさ、俺と一緒に入らない?ここ、今日はスイーツフェスやってるんだよね」

 

 

知ってる。

私もそれが目的で来たから。

 

 

「ごめんなさい、私、人を待っているから」

 

「えぇ?待ってるって……もう開催時間過ぎちゃってるよ?遅れてるんじゃないの?」

 

「そう、ですけど」

 

 

……ナンパ野郎に敬語なんて使う必要がない気がしてきた。

 

 

「遅れてくるような奴なんて放っておいてさ、俺と一緒に……」

 

 

あ?

 

 

「やめたまえ」

 

 

私が殺意を抱いていると、横から茶髪の男が現れた。

スーツを着た身長の高い、顔立ちの整った男だ。

 

 

「……な、なんだよ」

 

「私が彼女の待ち人だ。邪魔だと言っているんだ、君に」

 

 

茶髪の男が、ナンパ男の胸に指を突きつけた。

 

…………ん?え?あれ?私の待ち人はピーターだけど。

 

 

「ッチ、男連れかよ……」

 

 

舌打ちをして、ナンパ男が遠ざかっていって……。

 

 

「……私の待ち人。貴方じゃない筈、ですけど」

 

「ん?あぁ、そうだね。知っているよ…………おっと、すまない。彼を遠ざける為の方便だよ、気に障ったのなら謝ろう」

 

 

……どうやら、この気障な茶髪の男。

良い人のようだ。

 

 

「……いえ。ありがとう、ございます」

 

 

そして年齢も同じぐらいだ。

敬語は使わなくても良い……だろうか?

 

 

「いやいや、そう感謝される立場ではないさ。僕も君をナンパしに来た男だからね」

 

 

そう言われて、私は少し距離を取った。

前言撤回、良い人ではないらしい。

 

 

「ははは、凄い警戒されちゃってるね。大丈夫、無理に誘ったりはしないさ、待ち人がいるんだろう?」

 

「……そうです」

 

「彼氏さんかい?」

 

「……違う」

 

「なら、僕にもチャンスはあるかな」

 

 

そう言って白い歯を覗かせて笑った。

 

……イケメンだ。

メチャクチャ、イケメンだ。

 

私が普通の女の子ならキャーキャー言って付いていくところだが。

生憎、私は『普通』でもないし『女の子』かどうかも怪しい。

 

 

「……君の待ち人は何時頃来るんだい?」

 

 

腕を組んで、その男が柱に背を任せた。

……イケメンって狡いな。

どんな仕草でもカッコよく見えるんだもの。

 

 

「分からないです」

 

「……そうか」

 

 

男が神妙な顔で頷いた。

 

 

「なら、先に会場に入っていても良いんじゃないか?」

 

「……でも私、会場の前で待つって言ったから」

 

「遅刻するような人間に待ち合わせてあげなくても」

 

「ピーターは」

 

 

私は男の言葉を遮った。

 

 

「何の理由もなく、私の約束に遅れるような人じゃない」

 

「……そうか、ピーター君と言うのか……すまない。知ったような顔をして語ってしまった」

 

 

男が頭を下げる。

……本当に、誠実で良い人だ。

 

きっと、先程の発言も私に対して心配してくれて言ってるんだろう。

 

 

「じゃあ、僕は先に会場に入らせて貰うけど……あまり、外で待っていると冷えてしまうよ」

 

「……大丈夫」

 

 

敬語も忘れて、私は強がった。

 

まぁ、実際に。

超人血清によって強化された身体なら、堪えるような事もないのだが。

 

 

男が私から離れ、会場に向かう。

 

後ろから黒服の男が付いて行って……。

 

 

む?

服装と言い、黒服の従者と言い……金持ちの息子なのだろうか?

私達と年齢も近そうな……恐らく、学生だと思っているが。

 

彼を見送って、私はまた携帯端末を取り出した。

 

ニュースを再度開くと、ライノとスパイダーマンが争っている姿が見えた。

 

……正直、どんなエンタメ作品よりも、スパイダーマン関係の報道が一番面白いと私は思う。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

そして、3時間後。

時間は17時過ぎ。

 

もう、会場も閉まる時間だ。

ニュースではライノがスパイダーマンに倒されて、警察に拘束されていた。

ライノは重厚なアーマーを着込んだ巨体の悪役(ヴィラン)だ。

タフでしつこく、時間がかかってしまったのだろう。

 

スパイダーマンはキャスターにインタビューされかけて……急いで、その場を後にした。

普段の彼からは考えられないほど焦っていた。

 

……もう、スイーツフェスタも閉会式中だ。

急いだ所で間に合わないけど。

 

ケーキ、食べ損ねてしまったな。

 

はぁ、とため息を吐いて携帯端末から顔を上げると……先程、私を助けてくれた茶髪の男がこちらに向かっていた。

 

 

「あっ」

 

「待ち人は……どうやら、来なかった……のかな」

 

「うん」

 

「そう、か」

 

 

男はまた、神妙な顔で頷いた。

私が傷付かないように言葉を選んでいるようだった。

 

 

「君に、これを」

 

 

そして、男の手から箱が渡された。

白い、箱だ。

 

 

「これは?」

 

「会場内のケーキさ、主催者に言って6つ包んで貰った。味は保証しよう、僕が食べて美味しかったケーキだからね」

 

 

確かに、この重みはケーキ6つ分だ。

……箱がひんやりと冷えている。

恐らくドライアイスも入っているのだろう。

 

 

「ありがとう」

 

 

私は心の底から感謝した。

間違いない。

この男は良いイケメンだ。

私が純粋な女の子なら惚れていたかも知れない。

 

 

「……それと、良ければ君の名前を教えてくれないか?」

 

 

そう言って、私の目をすっと見つめてきた。

 

 

「ミシェル。ミシェル・ジェーン」

 

「……そうか、良い名前だ」

 

 

そう言って、男がニッと微笑んだ。

…………あれ?

 

この男の人、どうして名乗らないんだ?

 

 

「貴方は?」

 

 

そう聞くと、男は少し悩むような仕草をして、言いづらそうに口を開けた。

 

 

「僕か?僕は……」

 

 

深く、息を吸って。

 

 

「ハリー……ハリー・オズボーンだ」

 

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