【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
「お、おぉ……!」
私は2枚の紙……チケットを手に持っていた。
「ふふふ」
普段は出ないような変な笑い声も出てしまう。
このチケットからはそんな甘美な匂いが……いや、チケット自体は紙の匂いしかしないが。
表面に書いてあるのは、「スイーツフェスタ202X」という文字。
そう、これはパティシエ達が競い合うスイーツの祭典……それの招待チケットなのだ。
私が日頃食べ漁っているケーキ屋、そこでお得意様にのみ配られる招待チケット。
ちょっと大きめな会場で行われる新作ケーキの試食会だ。
ニューヨーク中のパティシエが集まり、新作ケーキを披露する……最高に美味しいケーキが食べ放題。
少し鼻息が荒くなってしまうぐらいだ。
……開催日は……今週の日曜日だ。
考えただけでワクワクが止まらない。
「ふふふん」
下手くそな鼻歌も歌いつつ、チケットを机に置いて……2枚、か。
誰かもう一人誘えるな。
グウェン……は、あんまり甘いの食べられないんだよな。
じゃあ……。
◇◆◇
「ピーター、一緒にケーキ食べに行こう」
「え?今日?」
僕は今、ミシェル、グウェンと一緒に屋上で昼食を食べていた。
ネッドは……今日は病欠らしい。
昨日、スターウォーズの一挙放送やってたからな……深夜に。
寝不足で起きれなかったんだろうなぁ、って。
「違う、今日じゃなくて日曜日。これ見て」
……なんだか、ミシェル、いつもよりテンションが高い。
何か良いことがあったのだろう……恐らく、今見せてきたチケットの事だろうか。
「なになに?」
グウェンがミシェルの差し出した紙を覗き見た。
「「……スイーツフェスタ?」」
「そう!美味しい新作ケーキが食べ放題!2枚あるからピーターも来てほしい」
「え、グウェンと行っ」
ドスン!
と、脇腹に肘が捻り込まれた。
グウェンだ。
「ちょっと、何するんだよ、グウェン」
小声でグウェンに声をかける。
こういう無言で脇腹を突いてくる時は、大体グウェンが耳打ちしたい時だ。
「童貞、カス、女の敵……女の子からデート誘われてるんだから、断ったりするのは失礼だよ」
「で、デート!?」
「バカ、声が大きい」
また脇腹に肘が捻り込まれる。
脇の切り傷はもう無いけれど、グウェンは怪我をしなかった側へ肘を入れている。
まだ温情があるようだ。
にしても、デ、デート?
ミシェルを見ると僕達の小声話に首を傾げている。
いや、嬉しくない訳がないけれど、ミシェルに限ってそんな。
「女と男が二人で遊びに行ったらデートなんだよ、それは」
「そ、そうなんだ」
グウェンはちょっと極端過ぎると思うけど。
でも、まぁ。
「ミシェル、行くよ。その、デザートフェス?」
「ありがとう、ピーター!」
……何というか、こんなに嬉しそうなミシェルは初めて見た。
ニコニコとした笑顔で、ミシェルはエクレアを頬張っていた。
……クリームが頬に付いてるけど、指摘した方が良いのだろうか。
◇◆◇
日曜日。
スイーツフェスタ当日、朝。
スイーツフェスタの開催時刻は14時から17時までだ。
……勿論、最初っから最後まで食べ尽くしたいので14時前には会場に着いておきたい。
そして、超人血清の脅威的な新陳代謝能力によって、私は人の数倍は食べられる。
好きな物を好きなだけ食べる、それが私の人生のスローガンなのだ。
それを実行できるスーパーパワーもある。
私は寝巻きを脱いで、部屋のシャワーを浴びる。
プラチナブロンドの髪をドライヤーで乾かし、櫛で梳く。
化粧台を前に、グウェンから教えて貰った化粧を少しだけする。
曰く、「ミシェルは元が可愛いから、化粧は最低限で良い」とか何とか言っていた。
正直、化粧を始めたのは最近で……そもそも、ヘルズキッチンの生活中は人付き合いなんて殆ど無かったし……そう考えると、手間のかかる化粧なんてのは慣れていないので助かっている。
美少女に産まれて良かった!
……という訳だ。
普段着のシャツとショートパンツのまま、ベッドに腰掛ける。
テレビの電源を付けて時間を潰そうとして……。
あ。
一昨日、グウェンが言っていた事を思い出す。
『絶対に普段着で行ったらダメだからね!』
『もっと女の子っぽい格好で行かないと!』
『ドレスコードって奴だよ、TPOだから!』
私は慌ててシャツを脱いで、下着姿のままクローゼットを開ける。
「女の子っぽい服……?」
正直、私は前世が男というのもあって、自意識が男と女の中間のようになっている。
スカートを履くのも……なんだか恥ずかしい気がして、避けているのだ。
だから、シャツ、パーカー、コート、ジャケット、短パン、ジーンズ……みたいな服ばかりだ。
「うえっ」
グウェンに言われたのに……さっぱり忘れていた。
今から買いに行っても間に合う訳がない。
「ど、どうしよう」
ガサゴソとクローゼットの中を漁る。
あれもダメ、これもダメ、これも……多分ダメ。
「あ」
あった。
黒いカジュアルなドレス。
上下が合体してるタイプで肩の部分はレースで出来ている。
ティーンエイジャーが少しお洒落をして着るような……丁度、今にあったドレスだ。
そう、先日、船上での特殊任務に使用したドレスと同じドレス。
紛失したと言った私に、ティンカラーが作り直してくれたドレスだ。
……つまり、仕事ではなくプライベートのドレス。
正直、ティンカラーのことをキモいと思った。
大して親しくもない女にドレスを送るとか、どう言う神経をしているのか。
何を考えてるか分からなくて本当に不気味だ、アイツは。
結局、着る機会もなく、クローゼットの肥やしになっていた訳だが……まさか役に立つとは。
クローゼットの中にあるヒールも取り出す。
これもヒールの芯にチタン合金が仕込まれていて……まぁ、これもティンカラー製だ。
この間の「組織に独断行動を黙っていた件」も含めて、何故かティンカラーは「異様に」私へ優しい。
……かと言って、私を性的な目で見ている訳でもない。
私に惚れているという事もなさそうだ。
私はカジュアルなドレスに着替えて、鞄を手に取り、ドアに手を掛ける。
……あ、鞄に携帯端末入れないと。
そして、机に置いてあった充電中の携帯端末を手に取り……メールが来ている事に気付いた。
一瞬、訝しんだが……組織からのメールではない事を確認して、ほっと息を吐いた。
送り主は……ピーター?
『ごめん、ミシェル!ちょっと用事が出来ちゃって、少し遅れる!』
私は端末をジッと睨んだ。
……いや?怒ってはない。
怒ってないが。
そもそも、隣室だから用意ができたら一緒に行こうって約束していた。
……遅れるなら先に会場まで行っておくか。
私は携帯端末からメールを返信する。
『分かりました。会場の入り口で待っています』
私は端末を鞄に入れて、アパートから出た。
外はまだ明るかった。
◇◆◇
タクシーに乗って会場の入り口まで来た。
……ピーターと一緒にタクシーで来るつもりだったのに。タクシー代は割り勘で。
一人で全額、払う羽目になってしまった。
いや?お金に困っていると言う事はない。
そんな事はないが……。
初っ端から想定外の事があって、私は少し不機嫌になっていた。
折角、車の中で話そうと思ったのに。
そして。
……会場が開いて15分、ピーターが来る気配はまだない。
私はため息を吐きながら、携帯端末を開く。
ネットニュースが流れ込んできて、そこで一つ、目に止まった物があった。
『ビジネス街に巨大なサイ出現!?』
「……サイ?」
私は気になってページを開くと、それはニュースの動画だった。
そこそこ大きな音が携帯端末から出たので、慌てて音量を下げて入り口から少し離れた所に移動する。
カメラはニューヨーク市内のビジネス街を映している。
黄色と黒の立ち入り禁止テープで区切られる中、サイが映っていた。
だが、サイと言っても本物ではない。
私には分かった。
金属製のサイ型パワードスーツだ。
「…………ライノ?」
ライノはスパイダーマンに出てくる
元々は傭兵だったか……強力なパワードスーツに適合し、超人となった
この世界でライノを見るのは初めてではない。
数度、ニューヨークで暴れて……その度にスパイダーマンに倒されて、ニュースになっていた。
映像の中で彼はコンクリートで出来た地面に足跡を付けながら、練り歩いていた。
ニュースキャスターが離れた場所から状況を説明している。
……凄いプロ根性だな。
危ないのに。
この世界のニュースキャスターは凄い。
そうやって暴れるライノを前に、逃げ遅れた年老いた女性がいた。
杖が折れて、立てないように見える。
そして。
そのお婆さんを赤いシルエットが助け出した。
「……あぁ、そっか」
だから、ピーターは遅刻していたのか。
スパイダーマンがお婆さんを助けて、ライノに飛び掛かり……。
「お嬢さん、ちょっと良いかな?」
私は慌てて端末をスリープモードにして、振り返った。
「何、ですか?」
慣れない敬語で返しながら、目の前の男を見た。
……何だか、チャラい男だ。
ミッドタウン高校に私が編入した頃のフラッシュに似ている。
……今のフラッシュは、なんというか、爽やかスポーツマンって感じだけど。
心を入れ替えたらしい。
とにかく、今私の目の前にいる男は、なんというか……気に入らないタイプの男だった。
「お嬢さん、今一人?」
「一人……ですけど」
「じゃあさ、俺と一緒に入らない?ここ、今日はスイーツフェスやってるんだよね」
知ってる。
私もそれが目的で来たから。
「ごめんなさい、私、人を待っているから」
「えぇ?待ってるって……もう開催時間過ぎちゃってるよ?遅れてるんじゃないの?」
「そう、ですけど」
……ナンパ野郎に敬語なんて使う必要がない気がしてきた。
「遅れてくるような奴なんて放っておいてさ、俺と一緒に……」
あ?
「やめたまえ」
私が殺意を抱いていると、横から茶髪の男が現れた。
スーツを着た身長の高い、顔立ちの整った男だ。
「……な、なんだよ」
「私が彼女の待ち人だ。邪魔だと言っているんだ、君に」
茶髪の男が、ナンパ男の胸に指を突きつけた。
…………ん?え?あれ?私の待ち人はピーターだけど。
「ッチ、男連れかよ……」
舌打ちをして、ナンパ男が遠ざかっていって……。
「……私の待ち人。貴方じゃない筈、ですけど」
「ん?あぁ、そうだね。知っているよ…………おっと、すまない。彼を遠ざける為の方便だよ、気に障ったのなら謝ろう」
……どうやら、この気障な茶髪の男。
良い人のようだ。
「……いえ。ありがとう、ございます」
そして年齢も同じぐらいだ。
敬語は使わなくても良い……だろうか?
「いやいや、そう感謝される立場ではないさ。僕も君をナンパしに来た男だからね」
そう言われて、私は少し距離を取った。
前言撤回、良い人ではないらしい。
「ははは、凄い警戒されちゃってるね。大丈夫、無理に誘ったりはしないさ、待ち人がいるんだろう?」
「……そうです」
「彼氏さんかい?」
「……違う」
「なら、僕にもチャンスはあるかな」
そう言って白い歯を覗かせて笑った。
……イケメンだ。
メチャクチャ、イケメンだ。
私が普通の女の子ならキャーキャー言って付いていくところだが。
生憎、私は『普通』でもないし『女の子』かどうかも怪しい。
「……君の待ち人は何時頃来るんだい?」
腕を組んで、その男が柱に背を任せた。
……イケメンって狡いな。
どんな仕草でもカッコよく見えるんだもの。
「分からないです」
「……そうか」
男が神妙な顔で頷いた。
「なら、先に会場に入っていても良いんじゃないか?」
「……でも私、会場の前で待つって言ったから」
「遅刻するような人間に待ち合わせてあげなくても」
「ピーターは」
私は男の言葉を遮った。
「何の理由もなく、私の約束に遅れるような人じゃない」
「……そうか、ピーター君と言うのか……すまない。知ったような顔をして語ってしまった」
男が頭を下げる。
……本当に、誠実で良い人だ。
きっと、先程の発言も私に対して心配してくれて言ってるんだろう。
「じゃあ、僕は先に会場に入らせて貰うけど……あまり、外で待っていると冷えてしまうよ」
「……大丈夫」
敬語も忘れて、私は強がった。
まぁ、実際に。
超人血清によって強化された身体なら、堪えるような事もないのだが。
男が私から離れ、会場に向かう。
後ろから黒服の男が付いて行って……。
む?
服装と言い、黒服の従者と言い……金持ちの息子なのだろうか?
私達と年齢も近そうな……恐らく、学生だと思っているが。
彼を見送って、私はまた携帯端末を取り出した。
ニュースを再度開くと、ライノとスパイダーマンが争っている姿が見えた。
……正直、どんなエンタメ作品よりも、スパイダーマン関係の報道が一番面白いと私は思う。
◇◆◇
そして、3時間後。
時間は17時過ぎ。
もう、会場も閉まる時間だ。
ニュースではライノがスパイダーマンに倒されて、警察に拘束されていた。
ライノは重厚なアーマーを着込んだ巨体の
タフでしつこく、時間がかかってしまったのだろう。
スパイダーマンはキャスターにインタビューされかけて……急いで、その場を後にした。
普段の彼からは考えられないほど焦っていた。
……もう、スイーツフェスタも閉会式中だ。
急いだ所で間に合わないけど。
ケーキ、食べ損ねてしまったな。
はぁ、とため息を吐いて携帯端末から顔を上げると……先程、私を助けてくれた茶髪の男がこちらに向かっていた。
「あっ」
「待ち人は……どうやら、来なかった……のかな」
「うん」
「そう、か」
男はまた、神妙な顔で頷いた。
私が傷付かないように言葉を選んでいるようだった。
「君に、これを」
そして、男の手から箱が渡された。
白い、箱だ。
「これは?」
「会場内のケーキさ、主催者に言って6つ包んで貰った。味は保証しよう、僕が食べて美味しかったケーキだからね」
確かに、この重みはケーキ6つ分だ。
……箱がひんやりと冷えている。
恐らくドライアイスも入っているのだろう。
「ありがとう」
私は心の底から感謝した。
間違いない。
この男は良いイケメンだ。
私が純粋な女の子なら惚れていたかも知れない。
「……それと、良ければ君の名前を教えてくれないか?」
そう言って、私の目をすっと見つめてきた。
「ミシェル。ミシェル・ジェーン」
「……そうか、良い名前だ」
そう言って、男がニッと微笑んだ。
…………あれ?
この男の人、どうして名乗らないんだ?
「貴方は?」
そう聞くと、男は少し悩むような仕草をして、言いづらそうに口を開けた。
「僕か?僕は……」
深く、息を吸って。
「ハリー……ハリー・オズボーンだ」
好きなスパイダーマンは?
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