【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
「ハリー・オズボーン?」
オズボーン。
……ノーマン・オズボーン。
あぁ、私は知っている。
覚えている。
『グリーンゴブリン』、ノーマン・オズボーンの息子。
ハリー・オズボーンだ。
「……ノーマン・オズボーン……って知ってるかな」
知っているとも。
数ヶ月前、ニューヨーク中を暴れ回り、無差別に爆弾を落として回った
その正体は……兵器会社オズコープ社の社長、ノーマン・オズボーンだ。
「知ってる」
「そう、か。いや、すまない。僕は……その、君に悪意があって近付いていた訳じゃないんだ。……それだけは信じてほしい」
目の前のハリーは凄く……辛そうで、悲しそうな目をしていた。
そうか。
会社の社長もしていた皆に尊敬されていた父、ノーマン。
それが邪悪な殺人鬼として逮捕されたのだ。
彼の心中は穏やかではなかっただろう。
それに、父親がサイコな殺人鬼と言う事で、彼自身に心ない言葉を投げつける人もいたに違いない。
でも、それは……とても悲しい事なのだ。
「……大丈夫、信じる」
「そ、そうか。ありがとう」
そう言って笑うハリーは安心したように笑った。
「……すまなかった。隠していて」
そう言って申し訳なさそうにする、ハリー。
彼は根っからの善人だ。
今、どんな心境なのか……私には深く理解する事は出来ない。
だけど。
「隠し事をする事は、いけないこと?」
「……え?」
「誰だって人に言いたくない事はあると思う。それを言えない、言わないのは……別に悪い事ではないと思う」
……これは昔の、ピーターの受け売りだけど。
それに、
私は
責められるべきは貴方ではない。
私だ。
「……そうか、ありがとう」
安心したかのようにハリーが頭を下げた。
その目は薄らと涙に濡れていた。
「……君の事がもっと知りたくなってしまった、な」
……少し、アドバイスと言うか声を掛けすぎてしまったか。
歯の浮くような台詞に心を込めて言ってくる。
純粋な女でなくとも……気恥ずかしくなって、自身の頬が上気している自覚があった。
「……う、今日は……その」
そう、言外に示した。
「あぁ、すまない。君を困らせたい訳ではないんだ。……そうだな、もし良ければ、今度オズコープ社が開催する夕食会に来てほしい」
「え、えっと……」
ぐいぐいと来るハリーに、私はたじろいだ。
「今日食べられなかったケーキも沢山あるだろうから」
「行く」
行く。
凄く行く。
全然行く。
寧ろ行かせて欲しい。
私は甘味に釣られる尻の軽い女だ。
「良ければ電話番号を交換して欲しい。これが僕の携帯電話の番号だ」
そう言って胸ポケットから出したメモ用紙に、サラサラと万年筆で電話番号を書いた。
「……うん、ありがとう。ケーキも用意してくれたし」
「どういたしまして。こちらこそ、凄く……そうだな、君と出会えて僕は今日、幸せだったよ」
また歯の浮くような台詞を喋って、ハリーは離れて行った。
イケメンは何やっても様になるんだなぁ、と後ろ姿を見て思った。
◇◆◇
まずい!
僕はスパイダースーツから素早く、ジャケットに着替えた。
一応、僕のパーティ用の服装だけど……僕は腕時計で時間を見る。
17時!?
……約束のスイーツフェスタの時間を過ぎているじゃないか。
間に合うか間に合わないかじゃなくて、とにかく急がないと。
僕は猛スピードで走って、ニューヨークの街を駆ける。
そもそも、今日の昼。
警察の電波盗聴イヤホンから、ライノの話を聞いてしまったのが悪かった。
ライノは傭兵上がりのスーパー
僕は既に数度戦っているけど……何度も脱獄して僕に戦いを挑んでくる。
今日じゃなくても良いのに!
何でよりによってミシェルと約束してる日なんだよ!
僕は喉まで出かかった声を飲み込む。
「はぁ……はぁ……なん、とか」
到着した。
息も耐え耐えになりながら、サッと身嗜みを整える。
ミシェルはきっと、先に会場に入っていた筈だ。
僕の事を待ってて……ずっと待っているなんて事はないだろうから。
……すっごく謝って……謝って……許してもらえるのかな。
それに……あんなに楽しみにしてたのに、僕は……。
胃がキリキリと痛む。
そうして、入り口の前が見えてくる。
居た。
ミシェルだ。
僕は声をかけようとして……ミシェルと話してる男の姿が見えた。
慌てて僕は柱に隠れた。
だ、誰だ?
もしかして、ナンパ男?
もしそうなら僕が……。
……いや、どうやら男とミシェルは仲良く話をしているみたいだ。
……ミシェルも笑顔だし……困っているようには見えない。
どうしてか、胸の辺りが苦しかった。
締め付けられるような……息苦しいような。
男が笑顔で手を振って、分かれた。
それを見て僕はミシェルの方へ向かって行った。
「……ミシェル!」
「あ、ピーター。遅刻だよ」
ミシェルがムッとした顔で僕を睨んだ。
「ごめん……本当に」
「私ずっと待ってたのに」
……え?
「……会場に入らなかったの?」
「ピーターを待ってるって、メール送った」
そう、そのメールは僕も見た……だけど、そんな。
「ごめん、ミシェル」
僕は頭を下げた。
ミシェルをこんな……ずっと外に放置していたなんて。
あんなに楽しみにしていたスイーツフェスタにも入らず……ただ、僕を持っていた?
そんなの……僕は、酷い奴だ。
ミシェルが一人、外で待っている姿を想像し、罪悪感を感じていた。
僕が頭を下げてる間、ミシェルはずっと黙っていた。
そして。
「……はぁ。ピーター、私、もう怒ってないよ」
「……え?」
僕が頭を上げると……ミシェルが仄かに微笑んでいた。
「ピーターが何の理由もなく……約束を破るなんて、思ってないから。何か、理由があったんでしょ?」
「それは……」
確かに。
スパイダーマンとして街を救うために戦った。
でも、約束を破ってしまったのは事実だ。
それに、この理由は……ミシェルには話せない。
……スパイダーマンの正体を知ってしまったら、この戦いに巻き込んでしまうから。
「だから怒ってない。それに……」
ミシェルが手元に持っていた白い箱を持ち上げ、僕の目の前に持ってきた。
「優しい人に、会場内のケーキ貰ったから」
「……そう、なんだ」
きっと、さっきの男の人なんだろうな。
また少し息苦しくなった。
「だから、ピーター。帰って二人で食べよ?」
努めて笑顔で、ミシェルがそう言った。
普段よりも……ちょっと無理した笑顔だ。
きっと、僕に罪悪感を抱かせないように、笑おうとしてるんだ。
……僕は、僕自身が情けなく感じた。
「ごめん、ミシェル」
「ピーター、違う」
ミシェルが僕の頬を突いた。
「こう言う時は、ありがとう、で良い」
「あ、ありがとう。ミシェル」
「うん」
そう言ってミシェルが満足気に頷いた。
それにしても、今日のミシェルは……普段よりずっと可愛らしい服を着ていて……。
「……可愛い、な」
「ピーター、何か言った?」
「いや、その」
ふと頭にグウェンの言葉が蘇った。
『ちゃんとミシェルのオシャレを褒めなさいよ』
『勿論、声に出して』
あっ。
「えっと、今日のミシェル、可愛いなって……」
「……そうかな?ありがとう、ピーター」
そう言って、ミシェルが頬を緩めた。
その安心しきった、嬉しそうな顔に僕は目を惹かれて……顔が熱くなった。
あ、そっか。
僕はきっと、ミシェルがこうやって幸せそうな表情をしているのが好きなんだ。
……きっと、それは……。
……僕がミシェルの事を好きって事……なのだろうか。
確信は持てない、けど。
ケーキの入った箱を大事そうに抱えるミシェルに並んで、僕達は帰路についた。
◇◆◇
ガタリ、ガタリと車が揺れる。
舗装されていない道を走り、街から離れていく。
私……ノーマン・オズボーンは今、腕を拘束されて輸送されている。
目の前と左右に、武装した警官もいる。
……厳重体制だ。
そこまで警戒しなくとも、『私』は何もしないのに。
ちら、と目前の警官を見る。
「パトリックさん、私はこれから何処に向かうのでしょうか?」
名前は先程、他の警官と話している時に聞いた。
私は今、輸送されているが……実際に何処に輸送されるかは知らないのだ。
「……黙れ、ノーマン。私語は慎め」
そう言って警官……パトリックは眉を顰めて、私の言葉を遮った。
そこにあるのは敵意だった。
それもそうだ。
『俺』は過去に数十人の人間を殺している。
未だに死刑になっていないのは、その特異性の為でしかない。
肉体強化薬、と呼んでいる薬がある。
筋肉を強化し、思考すら強化する。
誰でも超人になれる。
夢のような薬だ。
だが、実際に服用した私に待っていたのは、抑えきれない暴力性の強化という副作用だった。
『俺』は自身の邪魔をした人間達を皆殺しにして、民間人を虐殺し…………スパイダーマンに打ち負かされ、逮捕されたのだ。
ガタガタと揺れる護送車の中で、私は後悔に苛まれていた。
クエスト社との軍事兵器採用競争に負けて……いや、彼等がオズコープ社に勝った原因は賄賂だが……しかし、それでも結果的には敗北し、焦る私は自分自身で人体実験を行った。
確かに身体能力は大幅に強化された。
だが、それと代償に暴力性と凶暴性が強化され、私の人格は二つに分離した。
ノーマン・オズボーンと言う『私』と、グリーンゴブリンと言う『俺』に。
『俺』はスパイダーマンによって倒されてから、その姿を潜めている。
だが、またいつ蘇るかも分からない。
私は心に、制御の利かない緑の悪魔を飼っているのだ。
突如、大きな爆発音がした。
ぐらり、ぐらり。
護送車が横転し、ひっくり返る。
耳鳴りがする。
突然の衝撃に吐き気もする。
叫び声が遠くに聞こえる。
怒声と発砲音。
そして金属の擦れる音。
そして、耳鳴りが止んだ。
目の前に血塗れで倒れている警官がいて、私は道路に突っ伏していた。
「……あ……あぁっ!?」
困惑しながら立ち上がり、振り返る。
護送車が燃えている。
警官……パトリックは息があるようだが……動けないように見える。
コツコツと、靴がなる音がして私はそちらを見た。
黒い、タキシードスーツの男だ。
この煙と炎が舞い、血が流れる場所に不釣り合いな、現実離れした男が居た。
「初めまして……ノーマンさん」
そうやって礼をする男……その顔は……酷く、普通で印象の薄い顔をしていた。
「君、は?これをやったのは君なのか?そもそも、目的は?」
「あぁ、そんなに焦らないで……ここには貴方を傷付けるモノはありません」
酷く愉快そうな顔で男が笑った。
「な、何が目的だ?」
「目的?そうですね、目的と言えば……私は貴方を助けたかった。貴方の復讐の手助けがしたいんです」
「復讐……?」
私は不思議に思った。
復讐なんて、何も……いや、一人だけ脳裏に映る姿があった。
スパイダーマン、か?
「そう、彼ですよ。私も彼を憎んでいます。どうですか、共に」
「違う。『私』は貴様とは違う!」
私は大きな声で怒鳴った。
コイツはきっとロクでもない奴だ。
恐らく新聞やマスコミでの悪評を聞いて、私がグリーンゴブリンそのものだと思っている。
だが、違う。
アレは『私』ではない。
断じて認める訳にはいかない。
「……まぁ、良いでしょう。好きになさって下さい」
諦めたような顔で男が笑った。
「ところで、貴方が向かう先は知っていましたか?」
「向かう先?より厳重な刑務所に、と言われていたが……?」
「いいえ、違います。刑務所なんて、そんな甘い場所じゃあない」
呆れたような顔をして、男が言葉を紡いだ。
「『レイブンクロフト精神病院』ですよ。一度入れば出られない厳重な病院。イカれた悪魔を二度と地上に出られぬよう封印する場所です。二度と息子さんにも会えないでしょうねぇ」
息子。
ハリーの顔が脳裏に浮かんだ。
「自身の罪を認める姿勢は素晴らしい。ですが、司法は貴方の敵ですよ、ノーマン。なら、今やるべき事が……貴方には分かる筈だ」
そう言って男は後退り……そしてまるで緑色の霧のようなモノを残して消えていった。
「現、実?なのか?」
私は辺りを見渡す。
この炎の熱も、血の匂いも。
現実だと言う証拠だ。
「う、ぐ」
私は呻いている警官を見つめて、助けを呼ぼうとして……
止めた。
ここから離れろ。
今なら逃げられる。
息子に会いたい。
そんな感情に支配された私は、警官達を見捨てて逃げ出した。
幸い、今この時間は深夜だった。
『俺』は無意識のうちに頬が吊り上がっていた。
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