【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
グリーンゴブリンの首を掻き切った後、無気力に項垂れるピーターを無視し、私は拠点へと戻った。
……ニューヨークの地下で夜の冷気に当たり冷たくなってしまった荷物を持つ。
可愛らしいスカートや、一緒に選んだ水着。
その全てがグウェンを連想させて胸が痛む。
それと共に、ノーマンを殺した事について『これでよかった』のだと私は納得出来た。
グウェンは善人だ。
非の打ち所がない善人なのだ。
そんな彼女を、何の理由もなく傷付けるなんて……死んで当然だ。
今すぐ、病院にいるグウェンの元へ向かいたい気持ちはある。
だけど、スパイダーマン……ピーターからグウェンの入院した病院は教えてもらっていない。
知らない場所には行けない。
心配になる気持ちと、ピーターだから大丈夫だろうと言う考え、その二つが両立していた。
私は……足元に落ちている携帯端末を拾った。
そこには幾つもの通知があった。
……グウェンの父、ジョージ・ステイシーだ。
通話の途中で切ってしまったから、心配しているのだろう。
私はジョージに電話をかけて……通話を落としたのはショックで気絶してしまった……と言う事にした。
正直、もっと上手い言い訳が考えられたかも知れないが、何も思いつかなかった。
とにかく、グウェンが大怪我をした事。
無事だった事。
入院している病院等。
幾つかの情報を得て、私は通話を終了した。
今日は夜も遅く、グウェンもまだ寝ているため……面会は昼以降でお願いしたいと言われた。
翌日の放課後。
私はピーター、ネッドと共に病院へ向かう事にした。
病院名は『NYメトロポリタン病院』。
マンハッタンにある大きな病院だ。
白塗りの大きな壁を見てネッドが怯んだ。
私とピーターは、レッドキャップとスパイダーマンとして、グウェンの負った傷について知っている。
だから、結構な重傷であり……このような大きな病院へ搬入されている事にも驚かなかった。
しかし、ネッドは違う。
ジョージからは事件に巻き込まれて怪我をした事しか知らされていない。
事件の詳細すら知らない……だから、今、想像以上にグウェンが大事になっているのだと知って慌てていた。
私は受付で面会書類に名前を書く。
待っている間、ネッドがソワソワとした様子でピーターへしきりに話しかけている。
私はそれを横目で流し見ながら、ふと、病院内に置いてある新聞に目が入った。
……グリーンゴブリン。
ノーマン・オズボーンの死。
表表紙に大々的に映ったノーマンの顔……そして、その功罪。
あれ程の人格者であった彼が何故?
そういった特集のようだ。
昨日の夜、殺害したノーマンの死体はそのまま廃駅に放って置いた。
スパイダーマンが片付けて居なければ、そのままだったのだろう。
結局、廃駅に侵入した悪ガキに見つかり、通報される事となる。
叔父と共に現場へ来ていて、壁にスプレーで落書きがしたかったそうだ。
アートは良いが、不法侵入して落書きとは……どうなんだ?
……まぁ、私も不法侵入して、殺人を犯して死体を遺棄している訳だが。
グウェンは起きているらしく、私達は病室まで通された。
搬入されて数時間の後、手術は完了していたらしく、今は病室で安静に……と言った状態らしい。
私達はメトロポリタン病院の廊下を歩く。
薄い緑色の床と、仄かに光る電灯が続く。
「病室番号、121……122。ここ」
やがて、病室に着く。
私が入り口の前で……少し躊躇っていると、ピーターがドアノブに手を掛けて、開いた。
……ベッドの上にグウェンがいた。
上半身を起こして、私達を見た瞬間。
笑顔になった。
……身体中まだ辛いはずなのに。
例え、鎮静剤を打たれていたとしても、体が不調な筈なのに。
気丈に、彼女は笑っていた。
「よく来たね、ミシェル……と残り二人」
努めて明るく、彼女は笑っている。
ただ、声に元気が……いつもより、三割ほど減少していた。
それもそうだ、彼女は……。
「あ、これ?頭に傷がね……」
彼女の額。
前髪の生え際のすぐ側で、縫ったような跡があった。
少し、大きい傷だ。
……もしかしたら、傷痕が残ってしまうかも知れない。
私は息を呑んだ。
彼女は普通の人間だ。
私と違って
顔に、傷が残るかも知れない。
女の子、なのに。
私は心が苦しくなって。
それでも、彼女に何も言えなかった。
だって、傷に言及する事をグウェンが望んで居なかったからだ。
ベッドの側に車椅子が置いてある。
私がそれを見たのを感じ取って、グウェンが口を開いた。
「あ、あー。これ?これ、ねぇ」
言い淀む彼女に、ネッドが問いかけた。
「足も怪我したのか?骨折……とか?」
そう聞いたネッドに対して、私は……違う、と知っていた。
彼女は上半身を強くコンクリートの壁に叩き付けられた……下半身に傷は無かった筈だ。
それなら何故、車椅子があるのか。
それは。
「私、さ。もう二度と……歩けない、みたいで」
ぽつり、ぽつりとグウェンが語る。
彼女の脊椎が損傷してしまった事を。
骨が複雑に骨折し、神経に骨片が入ってしまった事を。
そして、それを治療できる医者がいない事を。
「何かさ。この病院に、世界的に凄いお医者さんが居たらしいんだけど……そのお医者さんも、数年前に交通事故で腕の神経に怪我しちゃったみたいで……ははは、運が悪いよね」
そう言って自虐するグウェンを見て。
私は。
「……ミシェル?」
私は涙を流していた。
ぼろぼろと、とめどなく。
「……ミシェル、こっちに来て」
グウェンに手招きされて、私はベッドの側に寄る。
でも、涙が止まらない。
私は服の袖で涙を拭って……。
「あぁ、もう、ミシェル。袖が汚れちゃうから」
枕元のティッシュで涙を拭かれてしまった。
そしてそのまま、グウェンに抱きしめられた。
「ぐ、グウェン」
でも、いつものような匂いはしなかった。
花のような香水の匂いじゃなくて……薬のような匂いがしていた。
それでも、安心するような匂いも、そこにあった。
グウェン、本来の匂いか。
「ミシェル。正直ね、私のために泣いてくれるのは嬉しいの。でもね、泣いてるミシェルを見るのは少し悲しいから」
そう言って離された私の頬を指で優しく摘んだ。
「ほら、笑顔の方が可愛い」
胸が、痛い。
苦しい。
「……というか、そこの二人。何でぼーっと立ってるの」
そう言ってグウェンが後ろの……ネッドとピーターを指差した。
ネッドは……あぁグウェンが「二度と歩けない」という話を聞いた時から呆けていた。
驚愕のあまり、脳がフリーズしているようだ。
ピーターは……私と同じように辛そうな顔をしている。
それでも彼は泣いていなかったが。
それは私よりも薄情だから……では無い。
彼の心が私よりも強いからだ。
罪悪感に駆られながらも、迷惑はかけまいと、我慢しているように見えた。
「はー、呆れた。泣いてる女の子を見たら慰めないとダメでしょ?もう、そんなんだから童……」
グウェンは言葉を繋ごうとして、あっ、とした顔で私を見た。
「ま、いいや。二人がちゃんと心配してくれてるのは分かってるし。今後ちょっと迷惑かけるかも知れないけどさ、その時は──
「迷惑なんかじゃない」
ネッドがそう言った。
「俺がちゃんとする。だからさ、心配しなくても……ええと、心配しなくても良いから」
照れるように、ネッドが言った。
それを聞いたグウェンはポカンとした顔で少し呆けて……直後、笑っていた。
でもそれは、『微笑んでる』と言うよりも『爆笑している』の方が近い。
「ふ、ふふふ、ネッドさぁ。く、ふふ」
「な、何で笑うんだよ」
グウェンは普段の様子と違って、酷く真剣な表情をしていたネッドを見て笑いを堪えられないようだ。
だけどそれは、侮辱しているような笑いではなかった。
「ふふ、ありがとう。ネッドも、そん時はメチャクチャ迷惑かけてあげるから」
「……分かった」
むすっとした顔でネッドが頷いた。
グウェンも茶化してはいるが、その顔は嬉しそうだった。
◇◆◇
病室から出て、私達は待合室に戻っていた。
看護師の人にあまり長居するものではないと言われていたからだ。
怪我人を長時間起こしてはいけない。
安静にするべきなのだ。
……にしても。
病院の待合室にいる人間の殆どが暗い表情をしていた。
……治安が最悪なニューヨークの大病院だからか。
時々忘れそうになるが、この世界のニューヨークは前世の比ではないほど治安が悪い。
それはもう、毎日と言って良いほど強盗が起きるぐらいには。
そんな怪我人続出地域であるニューヨークだから、ここにいる人間も犯罪の被害者……その親族や配偶者、友人ばかりなのだろう。
私達も被害者の友人だし。
そんな悲痛そうな顔をしている人達の中に……見覚えのある顔があった。
「あ」
「ミシェル、どうかした?」
思わず出た声にピーターが反応した。
ネッドも不思議そうな顔をしている。
「……知り合いが居たから話してくる。先に帰ってて」
二人は驚いたような顔をしていて……え?何で驚くの?私の事を三人しか友達のいないボッチだと思っているのか?
実際、それに近いのだが……。
とにかく、二人から離れて、見知った顔……その人に声をかけた。
「……何をしているの?」
彼は手元に小さな花束を持ち、項垂れている。
病院に着てくるには少し正装過ぎる、スーツ姿だ。
「……ミシェル、さん?」
振り返った顔は……以前会った時よりも元気がなさそうで。
その整った顔立ちに影を差していた。
ハリー・オズボーンがそこに座っていた。