【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
昨日。
目が覚めると父……ノーマン・オズボーンの姿はなかった。
僕は床に突っ伏していて、記憶も混濁していた。
逃走してきた父。
それを迎え入れてしまった僕。
そして……。
壁の向こうにある隠し部屋。
スーツも、グライダーも無くなっている。
……恐らく、父が持ち出したのだろうか。
いや、父ではなく、グリーンゴブリンなのか。
僕は鏡の飾りにカモフラージュされているスイッチを操作し、ドアを閉じた。
──この部屋はまだ必要だ。
……いや、違う。
必要な訳がない。
この部屋は処分しなければならない。
警察に事情を話して、この部屋のものを証拠品として持ち出して貰わなければならない。
しかし何故、必要だと思ったのか……まるで、自分が自分でないような不思議な思考を否定して、それでもドアは閉じたままにした。
中を覗いていると、父の罪を突き付けられているような気がして気分が悪くなるからだ。
外は……もう明るい。
時計を見れば短針が5時を指している。
意識が朦朧とする中、僕はキッチンまで移動して、水を飲んだ。
少し、頭が冴えた。
僕は玄関まで歩き新聞を拾う。
今朝の朝刊だ。
もしかしたら、居なくなってしまった父の事が書いてあるかも知れない。
僕は、その新聞を開いて……。
父が死んだ事を知った。
僕は今、ニューヨークのメトロポリタン病院まで来ていた。
ここに父の、グリーンゴブリンの被害者がいるからだ。
花屋で一束の花束を買って、失礼のないよう正装をして……病院まで来ていた。
謝罪と賠償……そして誠意を見せなければならないと、僕は思っていた。
父の罪は、子の罪だ。
それに僕は昨日、父を家へ迎え入れてしまった。
昔の情に流されて、犯罪者である父を迎え入れて、凶行の手伝いをしてしまったのだ。
これは僕自身の罪だ。
……父の被害にあった女性、その情報は公には出ていない。
被害者側の家族によって秘密にするよう、口添えされていたからだ。
知っているのは被害者自身と家族、そして加害者の息子である僕だけだ。
僕は、事件の当事者として……そして加害者の息子として。
被害者である女性へ償わなければならない。
だから、僕は花束を握りしめて病院の待合室で座っていた。
……だけど、そこまでだ。
それ以上、僕は踏み込めずにいた。
僕が行く事によって、きっと被害者の女性は不快な思いをするだろう。
僕と父を罵倒するだろう。
これからの人生、その全てを保障すると言っても、何様なのかと怒るだろう。
……彼女の怪我の具合について、僕は医者から聞いていた。
額と後頭部に大きな傷、脊椎の損傷によって下半身の不髄。
取り返しのつかない大怪我だ。
僕は……どう償えば良い?
どうすればいい?
父は何故……。
そうやって悩んでいるだけで、時間が過ぎ去って行く。
僕は臆病者で、卑怯者だ。
決断が出来ず、行動を先延ばしにしている。
ずっと目を伏せて、花を見ていると。
「……何をしているの?」
と声をかけられた。
その声は一番聞きたかった声で。
今は一番聞きたくない声で。
僕の心を掻き乱した。
「……ミシェル、さん?」
そこには……僕が想いを寄せている少女、ミシェル・ジェーンの姿があった。
……僕は、目を逸らした。
「……父が──
僕はポツリ、ポツリと少しずつ語った。
父を迎え入れてしまった事、父が死んだ事、被害が出てしまった事……そして、僕は自分がどうすれば良いか分からない事。
それを聞いたミシェルは。
「……そう」
と、ただ一言、頷いただけだった。
僕は不安になって、ミシェルを見た。
……悲しそうな、憐れむような目をしていた。
「……僕はどうしようもなく卑怯で……違う、こんな話をしたい訳じゃなくて……ただ、自信がなくて……すまない。情けない話をしてしまった」
「確かに、情けない」
そう言われて、僕はまた目を伏せた。
そして、ミシェルが再び口を開いた。
「でも、情けなくても……それは悪い事じゃない」
想像に反した言葉を聞いて……僕は再び視線を上げた。
「責任から、罪からも逃げれば良いのに……逃げずに立ち向かおうとしてる。そこは……ちゃんと、偉いよ。ハリー」
ミシェルが僕の花束を握っていない方の手を握った。
柔らかで、温かくて、思いやりを感じる手だった。
「ミシェルさん……」
「それと、別に『さん』付けじゃなくていい。私はそんな、大それた人間じゃないから……歳下だし」
その言葉に……少し嬉しいと思ってしまった。
だけど、僕はそんなことで喜んで良い人間ではない事を思い出した。
とにかく今は、そんな色恋に目を曇らせず、ただ被害者のために行動するべきだと僕は自戒する。
「ありがとう、ミシェル。僕は……謝ってくるよ。これから、被害者の……彼女が不便なく生きていけるように僕は償うつもりだ。僕の人生を擦り切らしても」
「……うん、それで良いと思う」
ミシェルが手を離して……それに僕は少し、寂しさを感じて。
僕も待合室の椅子から立ち上がった。
「……でも、ハリー?その被害者の部屋の場所って分かる?」
「……あ、いや。そうだな、受付の人に確認して向かうつもりだったけど」
「多分、教えて貰えない。親戚とか友人でもない限りは」
そう言われて、僕は自分の考えの浅はかさに気づいた。
「……しまったな。また出直すか……正式にアポイントメントを取ってから──
「私、知ってる。彼女の病室。だから案内しても良いよ」
そう言われて、僕は……。
待ってくれ。
何故、病室の場所を知っているんだ?
だって、病室を知っているのは……。
「私、彼女の友達だから」
僕は足下から崩れ落ちるような、そんな錯覚をした。
◇◆◇
私はグウェンの病室の前で立っていた。
ハリーとグウェンの会話に私は参加するべきではないと思ったからだ。
そもそも、私が助けるのが遅かったから……グウェンは二度と治らない傷を負ってしまった。
ハリーが彼女に負い目を感じている以上に、私は彼女に負い目を感じている。
それに……ハリーは。
まだ父の事を愛しているらしい。
言葉では父、ノーマンの事を否定しているが……それでも優しかった頃の父を忘れられないのだろう。
そんな父を殺した私が、ハリーと共にいるのも……おかしい話だ。
さっきはただ、ハリーが途方に暮れていたから声を掛けて助けた。
だけど、彼を友人として……まるで親しい人間のように話す事など私には……そんな資格はないだろう。
部屋の中で何かが落ちる音がした。
私は聞き耳を立てる。
「じゃあ……返してよ……」
グウェンの声が聞こえる。
「私の……足を……返してよ……」
彼女の啜り泣く声だ。
……私は、グウェンの事を勘違いしていた。
彼女は私やピーター、ネッドを相手に気丈に振る舞っていた。
だから、彼女は強いのだと……そう思っていた。
だけど、彼女はまだ16歳の女の子で。
急に未来の一部を奪われて。
……お洒落が好きなのに、彼女は、もう。
私は手を握り締めた。
ドアを開けて部屋に入る。
グウェンは……涙を流していた。
グウェンも、ハリーも私を見て驚いたような顔をしていた。
それでも無視して、私はグウェンの元へ歩み寄り……抱きしめた。
「ミ、ミシェル……帰ったんじゃ……」
「…………」
私は何か言おうとして……何も思いつかなくて。
普段、彼女に抱きしめられた時、私は安心できて……嬉しかったから。
だから、私は彼女を抱きしめた。
「ミシェル……?」
「……ごめん」
それでも口から溢れたのは謝罪だった。
彼女が傷を負ったのも……私が助けるのが遅かったからだ。
もっとはやく、現場に着いていれば……こんな事にはならなかった。
泣いてる彼女を抱きしめて、私も泣いてしまって……。
二人で抱き合って、何も言葉を発さず泣いていた。
……数分ほど、そうしていた。
落ち着いたグウェンに、ハリーが私の知人である事を伝えて……彼が優しくて頼りになる人だと伝えた。
……『頼りになる』と言った時に、グウェンがハリーの事を値踏みするような目で見ていた。
……きっと、恐らく、彼が本当に頼りになるか窺っているに違いない。
多分。
グウェンは涙をティッシュで拭いながら、口を開いた。
「正直、ハリーの事を私は信用出来ない。だって私をこうした奴の息子だし……」
「……すみません」
「でも、ミシェルが信じるって言うから。私はハリーを信じないけど、ハリーを信じるミシェルを信じるよ」
ようやく、グウェンが少し、笑顔を見せた。
それからハリーは、グウェンの入院費や医療費、その他援助を惜しまない事を伝えた。
金で全てが補填できるとは言わないけれど、先立つものが無ければ辛いのは確かで。
グウェン自身もこれからの人生……家族にかかる負担を考えれば、ハリーの申し出はありがたい事だった。
最後にまたグウェンと抱き合って、今度こそ別れた。
また明日くる、と伝えれば「そんなに来なくても良いよ」なんて言いながら、彼女は嬉しそうに照れていた。
何か欲しいものがあるか、と聞けは「ミシェルが来てくれるだけで嬉しい」なんて事を言われて照れてしまった。
私はハリーを連れて、病室を出た。
窓の外を見れば、うっすらと夕焼けが見えた。
思ったよりも長く居着いてしまった。
そう思いながら、隣にいるハリーを見る。
今日初めて会った時よりも、幾分かマシな顔色をしていた。
私が顔をジッと見ている事に気付いたのか、ハリーは真剣な顔で口を開いた。
「ミシェルさ……ミシェル、は……その、グウェンさんと本当に仲が良いんだね」
名前に敬称を付けようとして……思い直して呼び捨てにし直したハリーを見て、私はちょっと笑ってしまった。
何というか、彼自身の真面目さが表れているような気がしたからだ。
「そう?」
「うん、凄い……互いを思い遣ってる。良い友人だと思った……僕は、少し……その、羨ましいと思えるほどに」
そう言ってハリーは目を伏せた。
ハリーは前に少し語っていた。
彼にも仲の良い友人は居た……『居る』ではない。
『居た』のだ。
彼の父がグリーンゴブリンとして罪を犯した後、彼の周りから人が離れていった。
友人だと思ってた人も、信頼していた執事も……誰も彼もが居なくなってしまった。
彼は今、孤独を感じている。
そして、精神的に追い詰められている。
彼には……必要だ。
私は少し悩んで、その後、口を開いた。
「ハリーも、私の友人」
「……ミシェル?」
私は彼の友人になる資格なんて無いだろう。
それでも、彼には必要なのだ。
「だから、貴方の事を思っている。困った時……辛い時、言ってくれれば手助けはする」
彼には優しくしてくれる友人が、必要だ。
でも、誰も友人になれないのであれば……私がなるしかない。
それに、彼は善良だ。
私としても彼自身は好ましい。
私の言葉に彼は……涙を流した。
声をあげる訳でもなく、ただ耐え切れなくなったのか、目から涙が零れ落ちていた。
「……ありがとう」
「ん……でも、私が大変な時はハリーも助けてね」
「勿論だとも」
そう言って、ハリーは今日、初めて笑った。
二人で待合室まで戻る。
「家まで送ろうか?」
「……どうしようかな」
ハリーの申し出に悩む。
彼自身、下心なんて無く、純粋に心配して言ってくれているのだろう。
外は夕焼け、帰る頃には暗くなっているだろう。
……この世界のニューヨークは治安が悪い。
そう考えると、彼の申し出は当然のものであった。
でも、さらりと、そう言える所は……やっぱり、彼は優しくて頼りになると思った。
「タクシーでも拾って、僕がお金を払っても……」
「ミシェル?」
と、そこで私は声を掛けられた。
……あれ?帰った筈ではなかったのか?
そう思って聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはピーターが居た。
ネッドは居なかった。
ハリーも遅れて、その声に振り返った。
「あ、ピーター?先に帰ったんじゃ……」
「いや、ネッドは帰ったけど……ミシェルを一人で帰らせるのはどうかなって思って……所で、その人は?」
ピーターがハリーの方を見た。
……何だか、少し警戒しているように見えた。
「この人はハリー」
だから敢えて、名前だけを開示した。
オズボーン……つまり、ノーマンの息子である事は隠して、紹介する事にした。
「ハリー、この人はピーター」
ハリーにもピーターを紹介する。
「……なるほど、彼がピーター、か……」
紹介されたハリーはピーターの事を警戒するように、小声で呟いた。
ピーターも顔は笑っているが……警戒するような空気を醸し出している。
お互いに笑顔だが……。
…………あれ?
何故か、ピリピリとした空気が漂い始めた。
私は困惑していた。