【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
私は今、クイーンズに来ている。
クイーンズ。
それはニューヨークの東部。
比較的大きな区画で、人口も多い。
勿論、活気もある。
あと、この世界で言えば……。
『スパイダーメナスは正体を現せ!法を守らぬ自警団気取りに鉄槌を!』
ビルの壁に作られた巨大な電子掲示板に、白髪の生えた初老の男が映っている。
アレは新聞社「デイリー・ビューグル」の社長、J・ジョナ・ジェイムソンだ。
今日も元気にスパイダーマンへのバッシング報道をしている。
いやぁ、お疲れ様です。
J・ジョナ・ジェイムソンはスパイダーマンにおいて、非常にメジャーなキャラクターの一人だ。
覆面強盗に家族を殺された過去を持っており、マスク姿でヒーローをしているスパイダーマンを目の敵にしている。
……ま、私は嫌いじゃない。
寧ろ、好きだな。
権力や圧力、世論にも負けず、自分の意志を通せる信念があって……。
はぁ、私とは大違いだ。
組織によって飼い慣らされ、自身の命が何よりも大事で、他人の命を無責任に奪い続けている。
憂鬱になりかけた思考を、頭から振り払う。
クイーンズ区。
ニューヨークの行政区域の一つだ。
そして、クイーンズと言えばスパイダーマン。
スパイダーマンの正体……ピーター・パーカーはクイーンズ出身だ。
だからなのか、この世界のスパイダーマンもクイーンズを主に拠点として活動している。
まぁ、ニューヨーク市内で
この間も、ブルックリンで珍獣ハンターみたいな
それはともかく。
何故、私がクイーンズにいるのか。
ヘルズキッチンのあるマンハッタンから離れているのか。
何者かによってヘルズキッチン内の私の拠点が爆破されてしまったからだ。
爆破されたのは……まぁ問題だけど、一番の問題は拠点を発見されて待ち伏せされた事だ。
偶然、私の拠点が発見された。
と考えるよりも何者かが私を探っているのだと考える方が正しいだろう。
私の所属している組織、『アンシリーコート』の指示によって、クイーンズまで引っ越して来たと言う訳だ。
……ま、同じニューヨーク市内だけどね。
あんまり離れすぎると、お仕事に支障が出るからね。
「よし」
私は窓を開けて息を吸い込む。
ん〜〜〜〜げほっ、排気ガスの味。
クイーンズは都会だ。
仕方ない。
今、私がいるのはクイーンズの端の方にあるボロアパートだ。
主に学生とか、一人暮らしのサラリーマンとかが住むアパート。
家賃も安い。
別に組織が金を持っていない訳ではなく、私のような隠れてコソコソやる人間はセキュリティの厳しい最新式のマンションよりも、薄暗くて人気の少ないボロアパートの方が良いと言う話だ。
ヘルズキッチンの時も同様の理由でボロアパートだったし。
引越しの荷物は殆どない。
何故って?
爆破されたからだ。
私のお手製スクラップブックを爆破しやがって……。
思い出してきたらムカついて来たな。
私は机にある袋から飴玉を取り出し、口に含む。
がりがりと噛み砕き、ストレスを抑える。
甘味は私の精神安定剤だ。
落ち着く。
組織から新しくもらった携帯端末を開く。
見た目はスマホみたいだが、独自回線でのやり取りが可能なフィスクの手下用の携帯端末だ。
普通の携帯端末の機能の上に、秘密回線でのレシーバーとしての役割も果たす。
いやぁ、金持ちの
特に新しいメッセージもないため、胸ポケットにいれた。
見た目は完全に既製品のスマホだ。
万が一誰かに見られても怪しまれる心配はない。
部屋に置かれた姿鏡を見る。
下はジーパン、上はセーター。
スカートは何だかスースーするし、未だに慣れないし、ズボンしか履きたくない。
……流石に下着は女物を着ているが。
髪型は今日もセミロング。
一度バッサリ切ってショートにしようと目論んだが……三日で元の長さに戻ってしまった。
多分、
でも、まぁ、今日もバッチリ美少女だ。
にへら、とニヤつくと鏡の向こうの美少女が微笑んだ。
これが美少女補正だ。
何をやっても可愛い。
可愛いは正義だ。
……私は
ベージュのコートを羽織り、ショルダーバッグに財布を入れて肩にかける。
財布には金がそこそこ入っている。
組織も無賃で私を働かせている訳ではない。
それどころか、一般的な社会人の数十倍は貰っているだろう。
家に昼食はないので、外食をする事にする。
……ないのは昼飯だけじゃなくて夕飯もだ。
それどころか、この部屋はキッチンすら無いんだけどね。
流石にトイレはあるけど。
……私は料理しない派の人間だ。
朝昼晩と外食している。
一生独り身の一人暮らしだろうし、問題ない。
この身体は女だけど、前世も心も男だし。
それに悪い組織で悪い事やってるんだから、平和な家庭を築ける訳もなく。
とにかく、部屋を出て街へ出た私は軽く食べられる店を探す。
夕食ならまだしも、昼食は控えめが良い。
ふらふらと外を歩いていると、サンドウィッチが描かれた看板が目に映った。
今日はここにするか。
私はドアに手を掛けて、中に入る。
ドアには鈴が付いており、耳心地の良い音がした。
年季の感じる店内には、欠伸をしている店主のおじさんがいる。
カウンターはそこそこ広く、五つほど椅子が並べてある。
テイクアウトだけじゃなくて、イートインも出来るのか。
なんて考えていると、店主のおじさんが声をかけてきた。
「ご注文は?」
とメニューを渡されて、上から見ていく。
『ハムレタス』
『マヨネーズベーコン』
『スクランブルエッグ』
『チキン』
『ベーコンレタストマト』
『ロブスター』
色々あるな、と眺めていると。
『ショートケーキ』
という文字が目に飛び込んできた。
……いやいや、ランチにショートケーキ味はない。
どんなのか気になるけど。
クリームとイチゴの入ってるサンドイッチかな?
でも、いくら甘い物が好きだからって、昼食はオヤツじゃないんだから。
「ショートケーキ」
「あいよ」
気付いたら私はテーブルに座っていたし、目の前にはショートケーキサンドがあった。
なるほど、予想通りのクリームとイチゴが入ったデザート系のサンドイッチだ。
パンはライ麦が入っているのか少し茶色い。
私は皿の上に乗っているショートケーキサンドを手に取り、齧る。
……美味しい。
サンドイッチ屋の癖にクリームが本格的だ。
ベタつかず、甘過ぎない。
特に、ライ麦のしっかりとした味わいがクリームの甘みを引き立てていて……。
チリン、と鈴がなった。
慌てて手についたクリームを舐め取り、紙ナプキンで拭き取った。
レジ前を視界の端に入れてみると、15歳ぐらいの少年が立っていた。
童顔だが……何というか、可愛い系のイケメンだな。
草食系っぽい。
「おじさん、いつもの5番の奴……強めに潰してね」
「あいよ」
店主のおじさんが厨房に入る。
その間、少年は落ち着かない様子で財布を取り出して……ふと、こちらを見て、口を開いた。
「えーっと、どうかした?」
ん?
あぁ、ジロジロと見過ぎてしまったようだ。
「何でもない」
「あぁ、そう……」
少年は頭をかいて、照れ臭そうに顔を背けた。
何だ?よく分からん少年だ。
私は手に持ったショートケーキサンドを食べる。
「あの、それ美味しいの?」
また少年が声を掛けて来た。
ぼとり、とクリームが皿の上に落ちる。
「……どうして?」
「いや、食べた事ないから……」
「店主さんと、仲良さそうだったけど」
「いや、確かに常連だけど……ショートケーキのサンドイッチは食べた事ないよ。いつも、5番」
「5番?」
「BLTね。ベーコンレタストマト。メニューに番号振ってあるでしょ?あ、ショートケーキは7番」
と、どうでも良い会話をしている。
この少年、何で私に話しかけてくるんだ?
初対面なのに、ぐいぐい来るし。
単にお喋りなだけなのだろうか。
今生の私は口下手で、話が下手なんだ。
あまり話しかけないで欲しい。
「あ、おじさん」
店主のおじさんが帰ってくる。
手には押し潰されて少し薄くなったBLTのサンドイッチ。
あぁ、あれが5番か。
「ほいよ、ピーター、4ドルだ」
少年、ピーターが店にお金を渡した。
「ありがとう、おじさん」
そう言って、少年は店から出ようとして、
「待って」
思わず呼び止めてしまった。
驚いた顔で少年が振り返った。
「え?……どうしたの?」
「あなた、ピーターって名前なの?」
だって、その名前は。
「え?うん、そうだよ……ピーター・パーカー。僕の名前、だけど?」
スパイダーマンの名前じゃないか。
◇◆◇◆
じゃあ、最初から説明しようか。
僕の名前はピーター・パーカー。
2年前、放射線を浴びた蜘蛛に噛まれた時から、ずっとこの街を守って来た、この世にたった一人の「スパイダーマン」だ。
大切な人を失ったけど、もっと多くの人を救った。
街も救った。
何度も、何度も、何度も。
時にはスタークさんと協力して宇宙からの敵とも戦ったり。
あ、スタークさんって言うのはトニー・スタークさんの事だよ。
超ハイテクのアーマーを作って装着して、しかも戦う社長だ。
アイアンマン、って呼ばれてる。
そんな僕だけど、今は16歳。
ミッドタウン高校に通う3
ちなみに一人暮らし。
保護者代わりにメイ叔母さんがいるけど……今はクイーンズのアパートで一人暮らしだ。
学校から近いし、良い経験だからって叔母さんからの仕送りで生活してる。
感謝してもし切れないね。
でもアルバイトはしてるよ。
新聞社に写真を送ってお金を貰ってる。
普通の人じゃ撮れないようなアングルの写真も撮れる。
スパイダーマンならね。
ちなみに、僕の正体を知る人は殆どいない。
キャップすら知らない。
キャップって言うのはキャプテンアメリカ……って、説明不要かな。
スタークさんは僕の正体を知ってるけどね。
さて、そんな僕なんだけど、今日は新聞社のアルバイトで、良い感じの写真を撮りに行こうと出かけてる最中だ。
あ、でもお昼だし……いつものサンドイッチ屋で昼食を買っていこうかな。
あそこは安くて美味しいんだ。
おじさんは、ちょっと無愛想だけどね。
住んでるボロのアパートから徒歩5分。
この距離感も通っちゃう理由の一つだ。
学校に行く前に買って行ったりもする。
そんなに人気のない店だけど、僕はこの店が大好きだ。
なんで人気がないかって?
大通りの外れにあるのと、ここの裏に大手のサンドイッチチェーン店があるからね。
こっちは店もちょっとボロっちいし、狭いし。
おじさんは無愛想だし。
いつも通り、僕はドアに手をかけて店内に入った。
チリンと鈴が鳴って、パンの匂いが鼻に来る。
「おじさん、いつもの5番の奴……強めに潰してね」
そうして、店主のおじさんに「いつもの」メニューを注文する。
5番ってのはベーコンとレタスとトマトのサンドイッチだ。
シンプルでオーソドックス、でもメチャクチャ美味しい。
僕のお気に入りだ。
そうやって注文した後、ふと、店内に他の人がいる事に気付いた。
珍しいな。
この店に他のお客さん、しかもテイクアウトじゃなくて店内で食べてるなんて。
店に対して失礼なことを考えながら、そのお客さんを見ると……。
「わ」
思わず声が出た。
そこにはプラチナブロンドの……多分、僕と同い年ぐらいの美人……いや、美少女がいた。
え?
モデルとか女優さんなのかな?
正直、びっくりした。
目に映えるプラチナブロンドと、青い目が僕の視線を惹きつけた。
手に持ってるのはショートケーキサンド。
……あれ食べてる人、初めて見たかも。
そんな彼女が手についたクリームをペロっと舐めた。
正直、行儀の悪い行為なんだろうけど……なんだろう?
凄く可愛らしく見える。
やっぱり美人は絵になるな、なんて。
……あれ?
というか、この女の子、僕の事をチラチラ見てない?
自意識過剰かも知れないけど、何となくそう思った。
バレないように見てるつもりっぽいけど……。
僕は意を決して、言葉をかけてみる事にした。
いや、可愛い女の子と話したいからなんて……下心は無いと言ったら嘘になるけどね。
「えーっと、どうかした?」
この時の決断が、僕を大きく変える出来事になるなんて……思っても見なかったんだ。
でも、この時の決断を僕は後悔していない。
例え、『あんな事』になってしまったとしても。