【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#4 ピーター・パーカー part2

「ピーター・パーカー……」

 

 

私はその名前を反芻した。

目の前にいる青年を注視する。

髪は茶髪で短髪。

目鼻は整ってるけど……少し子供っぽい。

身長もそれほど高くないから、若く見える。

 

 

「えっと、僕の事を知ってるの?」

 

 

そう聞かれて私は息がつまった。

 

ピーター・パーカーは一般人だ。

初対面の人間、親戚でもなく本当に関わりにない人間が知っているのは異常だ。

 

怪しまれないように、言い訳を考える。

 

 

「いや、知り合いと似た名前だったから驚いただけ」

 

「知り合い?」

 

「そう」

 

 

嘘だ。

そんな名前の知り合いは居ない。

 

好きなコミックの主人公と同名ってだけだ。

 

 

「あ、バイトだから、僕もう行くね」

 

「……うん。呼び止めて、ごめん」

 

「いやいや、全然良いよ!」

 

 

そうやってにこやかな笑顔で、ピーターは手を振り店を出て行った。

 

店主さんはニヤニヤとした顔で私を見ていた。

なんだ?私の顔に何かついているのか?

 

 

 

クリームがついてた。

 

恥ずかしい。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

飯を食べた私はそのままフラフラとクイーンズを歩き回った。

 

やっぱり、知らない街を歩くのは楽しい。

新鮮で、まるで知らない世界に来たような…………私が悪役(ヴィラン)だと言う事を忘れさせてくれる。

 

小さなマーケットで、雑誌を手に取る。

寝ぼけたアジア系のオバちゃん店員に金を払い、店を出る。

 

公園のベンチに座り、雑誌を広げる。

表紙に写っているのはブラックウィドウ……ナターシャだ。

 

この世界でもアベンジャーズは存在していて、街の……と言うか世界の平和の為に戦っている。

 

宇宙人とか、殺人ロボットとか、色々だ。

 

ブラックウィドウはアベンジャーズのメンバーで、黒い衣装に身を包んだ女スパイだ。

 

そして。

 

私とよく似た経歴を持つ女だ。

 

彼女は旧ソ連のKGB、国家保安委員会の一つ『レッドルーム』の『ブラックウィドウ・プログラム』によって育成された最強のスパイだ。

 

私はイギリスの元特務部隊『アンシリーコート』の『レッドキャップ・プログラム』によって作り上げられたエージェント。

 

ただ、明確に違う事があるとすれば。

 

彼女は自分の意思で組織と戦い、決別した。

それに比べて私は自分の意思なんてなく、組織に従順で、未だに誰かを殺して、不幸を撒き散らして生きている。

 

 

スーパーパワーを持っていれば、ヒーローって訳じゃない。

強い意志を持って正義を成す心を持つ者がヒーローだ。

 

誰かが言ってた。

 

……私はヒーローになれなさそうだ。

 

 

ペラペラと雑誌を読んでると、目の前を男が横切った。

白人の男性と、黒人の男性、二人がランニングをしている。

 

 

……いや、少し速いな。

ランニングというより、競争のように見える。

 

 

私は鬱陶しく感じて、ベンチから立ち、その場を後にした。

 

読み終えた雑誌をゴミ箱に入れようか悩んだが、スパイダーマンの特集があった事を思い出し、持ち帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

気づいたら、夕方になっていた。

窓の外から見える太陽は低く、空も赤く染まっている。

 

私は雑誌の特集をハサミで切っていた手を止めた。

特集の内容は『スパイダーマン解決事件簿!』だ。

 

ここはクイーンズのボロアパート。

仮の我が家だ。

 

前の拠点が爆破された為、焼滅したスクラップブックを思い出し、怒りに震えながら新しいスクラップブックを作成していた。

 

……私の数少ない趣味の一つだから。

悪役(ヴィラン)生活の中で、人間性を保つ為には趣味が必要だ。

 

甘いもの、スクラップブック作り、後は読書かな。

 

作業をやめて意識を胃袋に集中する。

 

くぅ。

 

と可愛らしい音がした。

空腹の合図だ。

 

ハングリーセンスに感知あり……。

 

しょうもない事を考えながら再度上着を羽織り、ドアノブに手をかける。

 

……あー、でも今から、良い感じの飯屋を探すとなれば閉店までの時間に間に合わないかも。

 

なんて考えながら、ドアを開ければ。

 

 

「あ」

 

 

見たことのある顔の人が、隣の部屋に入ろうとしていた。

 

 

「ピーター?」

 

 

そう、ピーター・パーカーだ。

スパイダーマンの……え?スパイダーマンの隣室なの?私。

 

 

「えーっと、君は、サンドイッチ屋の……」

 

 

そこで、私はまだ彼に名乗っていない事を思い出した。

そもそも……ピーターもサンドイッチ屋で会っただけで、二度と会う機会なんて無いと思っていたんだろう。

だから私の名前を聞かなかったのだろう。

 

私は意を決して、口を開いた。

 

 

「ミシェル」

 

「え?」

 

「ミシェル・ジェーン、私の名前」

 

 

私のクイーンズでの偽名だ。

 

 

「そ、そっか。ミシェルって呼んでいい?」

 

「どうぞ、お好きに」

 

 

これで顔を合わせただけの他人から、見知った人に関係性がレベルアップした。

 

いや、スパイダーマンと関係性が深まり過ぎるのは良くないかも知れないが。

私、悪役(ヴィラン)だし。

正体がバレるかも知れない。

 

でも、私のファンとしての心は、彼を知りたいという欲で満ち溢れている。

浅はかで危機感のないミーハー心だ。

 

そんな考えは表情に出さないように意識する。

コミュニケーションを円滑化させるために、偽の表情を作る。

 

組織でもスパイ活動の為に習った事がある。

いわゆる、人心掌握術って奴だ。

 

もちろん、私は高得点を叩き出していた。

私は完璧なのだ。

 

 

「でも、まさか……隣室だなんて」

 

 

ピーターがそう言って、首を傾げた。

親愛なる隣室ってね。

 

 

「ふ」

 

 

やばい、自分で考えて、自分で笑ってしまった。

 

 

「えっと、どうしたの?」

 

 

そう言って聞いてくるピーターの頬は赤い。

恥ずかしがるな、私の方がもっと恥ずかしいんだぞ。

 

 

「何でもない」

 

「そ、そう?」

 

 

話が繋がらない、めちゃくちゃ気不味い。

なんなんだ、人心掌握術、全然実践できないし役に立たないじゃないか。

 

 

「ピーターの方こそ、どうしたの?それ」

 

 

私は彼の手に持ったカメラを指差した。

ちょっと良さげなカメラだ。

デジカメでも無さそうだし、ちゃんとした本格っぽいカメラだ。

 

 

「これ?バイトでカメラマンやってるんだ。景色を撮ったり、事件現場を撮ったり。新聞社に買い取ってもらってるんだよ」

 

「へぇ、どこの新聞社?」

 

「デイリービューグルってとこ」

 

 

私はそれを聞いて、また笑いそうになった。

 

アンチ・スパイダーマンのJ・ジョナ・ジェイムソンが社長兼、編集長を務めるデイリービューグルに、スパイダーマンが写真を売ってるなんて笑うなと言う方が難しい。

 

 

「それで?バイトは終わったの?」

 

「今日の分はね。今からご飯に行こうかなって思ってる所」

 

 

それを聞いて、私は指を顎に当てて少し考えた。

……今、私も夕飯を外食しようと出ている。

でも、クイーンズに全く詳しくない私は飯屋を見つけるまでに時間を食ってしまい入念に探索することは難しいだろう。

そうなれば最初に見つけた飯屋に入らざるを得ない。不味そうでも。

 

ならば。

 

 

「ピーター」

 

「え、何?」

 

「私も夕食に付いて行っても良い?」

 

「え」

 

「私、クイーンズに引っ越して来たばかりだから。この辺り、詳しくない」

 

 

ちょっと上目遣いでお願いする。

ピーターの方が私より、ほんの少し身長が高いからだ。

 

……いや、我ながらあざと過ぎるな。

やめよう。

 

 

「あ……うん。もちろん良いよ。でも、これから行く店ってタイ料理のレストランだけど……」

 

「うん、大丈夫」

 

 

タイ料理……あれ?どんなのだっけ?

馴染みがないから全然分からない。

 

 

「ちょっと辛いよ」

 

「……うん、大丈夫」

 

 

……私、辛いの少し苦手だけど。

ピーターのこと、知りたいし。

スパイダーマンのことも。

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

「からい」

 

 

私は水をドバドバと飲んでいた。

 

私が注文したのはパパイヤのサラダ、ソムタムだ。

そう、パパイヤ。

私のイメージでは熟して甘い果物だ。

 

だが、実際に出て来たのは熟してない青いパパイヤ。

そしてトマト、ニンジン、ピーナッツ。

 

で、輪切りの唐辛子が沢山。

 

ちょっと辛い、ではない。

舌の感覚が無くなるほど辛い、だ。

ピーターめ、嘘を吐いたな。

 

 

「だ、大丈夫?」

 

 

でも、そう言って心配するピーターは良いやつだ。

流石はヒーロー。

 

注文する前にも、「それはやめた方がいいよ」って遠回しに言っていた。

結局のところ、無視した私が悪いのだが。

 

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 

何とか意地で食べきった私はスプーンを皿に置いた。

……今度来たら、ココナッツ系のデザートのみ注文しよう。

 

 

「それで……えーっと、ミシェルは何でクイーンズに引っ越して来たの?」

 

 

ヘルズキッチンの自宅が爆破されたので……とは口が裂けても言えない。

 

組織に予め捏造されているバックボーンを語る事にする。

 

 

「クイーンズの高校に編入するから。近い方が良いと思って」

 

 

組織からはヘルズキッチンでの襲撃犯が判明するまでの間は、普通の一般人に擬態して潜伏するよう指示を受けている。

その為に、わざわざ偽の身分証と、偽の学歴、そして偽装入学まで用意されていた。

 

 

「へぇ、そうなんだ。ちなみに、どこの高校?」

 

「ミッドタウン高校」

 

 

そして、私の編入先はクイーンズでも結構大きめの高校、「ミッドタウン高校」だ。

学生数も多い方が目立たないと言う組織の意図だ。

木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中、年頃の少女を隠すなら大きな学校の中だ。

 

 

「えっ?」

 

 

ピーターが驚いたような顔をした。

 

 

「あ、僕もミッドタウン高校に通ってるんだ」

 

 

マジ?

隣室で学校まで一緒って……。

 

 

「すごい、偶然」

 

「僕も驚いたよ。ちなみに何年生?」

 

「私は……16歳だから三年生(ジュニア)

 

「僕も三年生(ジュニア)だ。いや、驚いたな」

 

 

もしかしたら、同じクラスになっちゃうかもね、なんてピーターが笑いながら言った。

 

いやいや、でもミッドタウン高校の一学年におけるクラス数は7つもある大きな学校だ。

流石に同じクラスにはならないだろう。

 

偶然は何度も続かない。

私はヘラヘラと笑いながら楽観視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から同じクラスになる、ミシェル・ジェーンだ。彼女が困っていたら、みんな、助けるように」

 

「ミシェルです。よ、よろしく……」

 

 

ホワイトボードを前に私はびっしょりと手汗をかきながら目を泳がせていた。

 

クラスの後ろの方、右奥でピーターが笑っていた。

 

偶然って怖い。

私はそう思った。


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