【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
そわそわと、僕、ピーター・パーカーは落ち着かず辺りを見渡した。
ガラス張りの屋根。
外も明るいのに、それでも発光している電灯。
学校の体育館ぐらい広い部屋。
材質も分からない白くて滑らかな壁。
全体的にどこか芸術家の手が入ったような曲線がある。
つまり、普通の部屋ではない、と言う事だ。
そして、普通の部屋ではない場所の主も普通ではない。
僕は椅子に腰掛けて、その人を待っていた。
白塗りの壁に線が入って……開いた。
それが自動ドアだった事に今気付いて、開かなければ壁と一体化しているのだろう。
普段使いはしにくそうだな、なんて思った。
しかし、部屋の外から入って来たのは、僕の待ち人ではなかった。
中腰になっていた腰を、また椅子に下ろす。
そもそも入って来たのは人ですらなかった。
ロボットだ。
足の代わりに3つのタイヤがあり、上はアーム一本だ。
机のような取手にはグラスが乗っている。
そのロボットはゆっくりと僕の方へ走って来て、そのグラスを差し出した。
「あ、どうも……」
そう言ってグラスを手に取る。
……黒い、炭酸飲料だ。
多分、コーラ。
いや、十中八九コーラだ。
『こちらはコーラです』
ほらね。
目の前のロボット、ジャービスが喋った。
どう見ても前時代的なロボットだけど、実際は最先端のAIによって動く執事ロボットだ。
この目の前のロボットにAIが搭載されている訳ではなく、本体のスーパーコンピューターと通信し、遠隔操作しているのだ。
僕はコーラを一気に飲んで、グラスをジャービスに返した。
「それで……スタークさんは──
「待たせて悪いね。少し忙しくて」
そう言って少し大きな……自己主張の激しい声の大きさで部屋に入って来た。
年齢は40歳と少し。
髭を短く生やしていて髪も短く整えている。
黒いスーツ姿で、白いカッターシャツ。
だけど、首元にネクタイはなくて第二ボタンまで開けている。
律儀さと、自由奔放さ、その二つが容姿からも見てとれる。
彼が僕の待ち人。
トニー・スタークこと、『アイアンマン』だ。
『アイアンマン』。
ヒーローチーム『アベンジャーズ』の実質的なリーダーの一人で、天才科学者かつ、大企業『スタークインダストリー』の社長だ。
自作のアーマースーツを着て、『アイアンマン』として活動をしている。
僕の尊敬する先輩ヒーローだ。
僕をアベンジャーズに一時参加させたり、正体がバレないよう誤魔化してくれたり、学校の資金援助をしてくれたり。
親のいない僕にとって「父」……ではないにしろ、保護者みたいに思ってる。
一方的にだけどね。
「スタークさん!」
僕は立ち上がろうとして──
「あー、どうどう。ステイ、ステイ。ピーター、僕は男と抱き合う趣味はない」
右手をプラプラとさせながら、スタークさんが僕の前に立った。
指をパチン、と鳴らすと足元の床が開いて椅子が迫り上がってくる。
そのまま椅子にドサっと勢いよく座った。
「君も座りたまえ……あれ?コーラは?」
「……え?ジャービスから僕に渡されましたけど」
先程飲んだコーラを思い出す。
……あぁ、どうやらアレはスタークさんのだったらしい。
「……まぁ、良い。それで?ピーター、今日の用件は?君から来るなんて珍しいじゃないか」
「ま、まぁ……色々ありまして」
僕は目を泳がせた。
本当に色々あったけど。
主に──
「色々って……あれか?ビルをぶっ壊した件か?」
僕は驚いてスタークさんを見た。
知ってて当然、といった顔でジャービスから渡されたコーラを飲んでいた。
「知ってるんですか?」
「まぁ……僕が留守の間、何があったか。その辺はジャービスから教えてもらったよ。あと、ローディからも」
ローディ。
フルネームだと、ジェームズ・ローディ・ローズ。
軍人で、スタークさんの親友だ。
彼は『ウォーマシン』と言う名前でアベンジャーズにも参加しているヒーローだけど……。
「あれ?アベンジャーズってクリー帝国……だったかの戦いで、宇宙に行ってたんじゃないんですか?」
「ん?あぁ、行ってたよ。大変だったんだぞ?今はそれの後始末で忙しいんだ……分かるだろ?まともに書類仕事が出来るのは僕ぐらいだぞ。後は頭の硬い元兵士とか、宇宙を旅するピカピカ光るモヒカンとか、そんな奴等ばっかりだ」
苦虫を噛み潰したかのような顔でスタークさんが笑った。
そっか。
『ウォーマシン』はアベンジャーズの一員だけど、本職は軍人だから……宇宙に行かなかったんだ。
何となく分かった気がして、僕は頷いた。
「まぁ、その話はどうでもいい。終わった件について僕は興味がない。今は君の話だ、何の用だ?……おっと、可愛い女の子の落とし方は門外不出だ」
「……そんな事言ってると、またペッパーさんに怒られますよ」
ヴァージニア・ペッパー・ポッツ。
スタークさんの秘書で、奥さんだ。
「可愛いペッパーを妻にしたんだから、僕の技術は保証されたようなものだろ?ほら、そう言う事だ」
戯けるスタークさんを見て、僕は苦笑いをしつつ、ここ……スターク・タワーに来た理由を思い出す。
ここ最近。
沢山のスーパーヴィランと戦った。
リザード、ライノ、グリーンゴブリン……そして、レッドキャップ。
特にレッドキャップには負けっぱなしだ。
リザードだって……助けがなければ、グウェンの父、ジョージさんは死んでいた。
……力が必要だって思った。
それは勿論、訓練だってしている。
シニスター・シックスとの戦いの後から、色々頑張ってみた。
今日、ここに来たのも、強くなるためだ。
「あの、スタークさん?」
「何だ?僕は回りくどいのは嫌いだから手短に頼むよ」
「以前、作って頂いたスーツ。頂いても良いですか?」
あれは宇宙から敵が攻めて来た時に、スタークさんに作ってもらった赤と金色のスーツ。
名前は『アイアン・スパイダー』だ。
三つの爪が背中から生えていて……スーツ自体の衝撃吸収能力も凄くて……流石はスタークさんだなって思った。
そのスーツは、ニューヨークでの地道なヒーロー活動、『
「……ふむ、ピーター?前に言ったこと覚えてるか?」
「『スーツがないとダメなら、スーツを着る資格はない』でしょ?」
以前、スタークさんに言われた言葉だ。
本質としては……力がなければヒーローになれないなら、なる資格がない。
過剰な力は、より大きな敵を引き寄せてしまう。
と言う話だ。
「そうだ。それで君は……それでも、スーツが要るのかね?ハイテクスーツが。君のいつも着ている手作りスーツじゃダメなのか?」
スタークさんが僕に問う。
力だけを求めるのは危険だ。
それは、分かっている。
それでも……。
「誰かを助けなきゃならない時。もし、その時までに出来る事があって……それでも、やらなかったとしたら……僕は凄く後悔するから」
もしも、あの時。
落下するハリーを……レッドキャップが助けてくれなかったら。
「誰かを救えなくて、後悔はしたくないんです。そのために、今出来ることは全部やっておきたい」
「そのために、僕の作ったスーツが要ると?」
「そうです。それが今、僕に出来る事だと思って……」
「分かったよ」
スタークさんが椅子を二回ノックして、立ち上がった。
椅子がシュッと下に下がって、床に戻った。
了承を貰えた僕は嬉しくなって、思わず席から立ち上がった。
「本当ですか?助かりま──
「いや、あのスーツはもう処分した。無いよ」
「……え?なんて?」
信じられない言葉が聞こえて、僕は耳を疑った。
「だから『アイアン・スパイダー』だっけ?あれ、もう無いよ。処分したから」
「え!?何でですか!?」
「あー、あ、ちょっとお静かに」
「……すみません」
思わず声を荒らげた僕は……悪くないだろう。
スタークさんが入って来た方の壁に向かって、歩きながら口を開いた。
「だってアレ、古臭いし……急拵えだったから納得行く出来じゃなかったし」
「……そんな」
「まぁ、落ち着け。ほら深呼吸、ひっひっふーって」
「それは深呼吸じゃなくて、妊婦さんのですよ」
「そうだったかな?」
惚けるスタークさんに呆れながらも、僕は首を傾げた。
……すると、ドアが開いてジャービスが戻って来ていた。
「どうもジャービス、ご苦労様」
そう言ってスタークさんは、ジャービスの台座から『何か』を取り上げた。
……それは腕時計だった。
高級品っぽく見えない。
頑丈そうな若者が付ける腕時計だ。
そのまま、手に持った腕時計を──
「はい、これ」
と言って、こちらに向かって放り投げた。
「う、うわわ!」
僕はそれを慌ててキャッチして……その腕時計が驚く程軽くて、中身の入ってない玩具なんじゃないかと疑った。
……表を見れば、ちゃんと現在時刻が表示されていたから、普通の時計なのだと納得したけど。
「……これ、何ですか?」
「ん?そうだなぁ……取り敢えず付けて」
僕は言われるまま、右腕に付けた。
……ちょっとカッコいいかも知れない。
「それで……ダイアル部分を開くんだ。パカって開くから」
「あ、はい……」
時計を開くと、そこには赤、青、黄色のボタンがあった。
「で、それを……青、赤、青、黄色の順に押すんだ」
「分かりました……青、赤?青?黄色……?」
僕はスタークさんに言われた通り、順にボタンを押した。
すると……その瞬間、視界が一瞬、真っ暗になった。
「うわあっ!?」
何かに覆われた。
その事に気づくのに、1秒もかからなかった。
即座に、視界が戻ってくる。
その視界には、まるでゲームのような……飛行機のコックピットのような画面が映っていた。
僕はスタークさんに抗議する。
「な、なんですか!?これ!?」
「おぉっと、まだ分からないか?ジャービス、鏡を」
スタークさんが指を弾くと、目の前にホログラム状の板が現れた。
それは今の僕の姿を写していた。
……スパイダーマンだ。
だけど、僕は今日、私服姿で来ていた筈で。
「これは……?」
それに……いつもの姿じゃない。
ボディ中央の黒い蜘蛛のマークは……白い。
蜘蛛の前腕部は僕の肩まで伸びている。
赤と青の配色は変わっていないけれど、所々に白いラインが入っている。
「そう!ナノマシン製のスーツだ」
「ナノマシン?」
聞き覚えはある。
ナノサイズ……ごく小さな……それこそ微生物レベルの大きさの機械の事だ。
じゃあ、これって。
「凄く小さな金属の集まりで、繊維状に合体している。強靭で壊れにくく……スーツとして着る手間もない。いつでもどこでもスーパーヒーロー活動……どうだ?君に今、一番必要なスーツだろう?」
「あ、ありがとうございます……」
僕は頷いて、礼を言った。
感謝よりも……今はちょっと、驚きの方が優っていた。
「ウェブシューター?だっけ?アレだけ無いから、後追いで用意する必要はあるけど。それぐらいは隠し持って手に装着する感じで。そこを小型化するのは君の課題だ。何でもかんでも僕にやって貰ってたら馬鹿になるからね」
そして、スタークさんがジャービスから紙束を手渡された。
分厚い参考書みたいな……それを、そのまま僕に投げた。
「わっ、ちょっ」
慌てて受け取り、中をパラパラと開く。
……凄い。
このスーツの構造や、メンテナンス方法……ナノマシンの作成方法まで載ってる。
「ナノマシンのメンテナンスキットは、後日君の家に郵送する。ま、ゲーム機程度のサイズだから床が抜ける心配をする必要はない」
至れり尽くせり……と言った内容に僕は感極まってしまいそうだ。
でも、何故、ここまで良くしてくれるのか……。
そう考えた瞬間、見透かしたようにスタークさんが語りかけて来た。
「はぁ……君は将来有望だ。僕ほどじゃないけど。能力がある。心構えもある。善人で……まぁ、ちょっと騙され易そうだけど。科学技術にも明るい。……まぁ、つまり、何だ?」
スタークさんが恥ずかしそうに自分の頭を掻いた。
「そう、ヒーローとしての素質は充分。これから僕がもっと歳を取って……ヒーロー活動出来なくなった時。次にアベンジャーズになるのは君達、若者だ」
「スタークさん……!」
「おっと、勘違いするなよ?まだ素質があるだけで、アベンジャーズに相応しいとか何とか思ってないからな。これからの話だ。君はまだヒヨコだ。僕みたいなニワトリ……あぁ、クソ。例えが悪いな、まるで僕が
「スタークさん……」
結局締まらない……少し、剽軽な態度に苦笑いしつつも、僕は頷いた。
「よし、話は終わりかな。スーツは胸の蜘蛛の部分を自分の指で4回素早くタッチしたら解除されるから」
「え?えーっと、はい」
言われた通り操作すると、スーツが消えてなくなった……元の姿に戻っていた。
「ナノマシンは全部、腕時計の中だ。……特に名前はつけてないけど、『スパイダー・ブレスレット』とか……いや、ダサいな。やめておこう」
笑いながら、スタークさんが歩き出した。
僕も釣られて歩き出す。
「ところでピーター、今日、他の予定は?」
「いえ、ないですけど……」
だって今日は土曜日だ。
学校も休みで……バイトも……バイト先が壊れた所為で無い。
……デイリービューグルのビルはまだ修復中だ。
「じゃあ、昼食でも一緒に食べよう……ハンバーガーは好きか?」
「好きです」
「じゃあ良し。聞きたい話があるなら、その時に聞こう。年長者としてアドバイスぐらいはしてやる……僕って良い奴だろ?」
そう言うスタークさんは……まぁ、本当に面倒見が良い人だから、否定はできない。
「じゃあ、さっきの件で聞きたい事が一つ……あるんですけど」
「さっき?何だ?」
「あの……『可愛い女の子の落とし方』について、ちょっと聞きたくて……」
そう言うと、スタークさんは目を数度パチパチさせて……正気か?と言った顔で僕を見つめて来た。
◇◆◇
「どうだ、ティンカラー」
私は、ティンカラーが……何やらよく分からない装置で、私の……レッドキャップとしてのスーツを弄っている所を後ろから見ていた。
「あー……もう、短期間に何回も壊しすぎだよ」
そう言ってブツブツと文句を言いながら、何やら装置でスキャンしている。
画面上に様々な項目が出ているが……私にはさっぱり分からない。
「……直せるか?」
「どうだろうねぇ」
投げやりな態度に私は不安になる。
「それが……スーツがないと困るんだ。スーツが無ければ……私は」
……
スーツがなければ……私は『レッドキャップ』になれない。
「…………そうか」
呆れたような……納得したような、首を捻って、ティンカラーが頷いた。
「そうだねぇ、修理だけじゃなくて改修も要るんじゃないかな。キャプテンと戦った時も壊れてたし……更なるアップデートが必要。違うかい?」
「……確かに……そう、なのか?」
正直、このスーツに不満は無い。
スーツの衝撃吸収能力には何度も助けられている。
これが無ければスパイダーマンとも戦えない……ジェシカ・ジョーンズにだって一方的にやられていただろう。
「だから、二ヵ月」
ティンカラーが指を二本立てた。
「……長すぎないか?」
「二ヶ月でスーツの改修案の企画!練り上げ!実際の作業!ついでに、武器の用意までするんだ。二ヶ月なんてあっという間さ……寧ろ、短過ぎるぐらいだよ?」
「……確かに?」
普段、ティンカラーの作業速度が早すぎるだけで、勘違いしていたのかも知れない。
「寧ろ、僕に感謝して欲しい位だね。って、事で二ヶ月間はスーツ無いから」
「……だが、スーツがなければ私は」
「
両手をヒラヒラと、ティンカラーが振った。
「丁度、君、もう少しで学校の夏季休暇だろ?」
「……そう、だが」
「良いじゃないか、夏休み。学生なんだから。友達と海に行ったり、山に行ったり……そういうのも大切だと僕は思うなぁ」
私は眉を顰めた。
学生……ミッドタウン高校の高校生……それは偽りの身分だ。
それに執着している事を……
「分かった……」
渋々……と言ったフリで頷く。
……内心は少し嬉しいが、それを隠して返事をする。
ポーカーフェイスは得意だ。
「それじゃあ、完成したら、
ティンカラーが手を振って……私は彼の工房を後にした。
夏が、始まる。
……下水道が熱くて、腐って臭い季節だ。
私は咽せた。