【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
二週間後。
夏期旅行の初日……そして、グウェンが帰ってくる日だ。
私はそわそわとしながら、ミッドタウン高校の校門で待っていた。
キョロキョロと周りを見渡すが、グウェンが来る気配はない。
ピーターとネッドは先にバスへ向かっていた。
今日は朝から集合して、学校の貸し切ったバスに乗って全員で移動する。
……二人で良い席を確保してくれてるらしい。
グウェンからの連絡は無かったけど、父のジョージさんからは連絡があった。
予定通り来れるらしい。
グウェンはスマホも持っていないらしく、ジョージさんも入院先の病院から連絡を貰ったとか、なんとか。
……スマホは、グリーンゴブリンとのゴタゴタで壊れたとの話だ。
なので今、私はジョージさんから預かったスマホも持っていた。
これはジョージさんが買って、契約も更新したスマホだ。
グウェンの新しいスマホで、ジョージさんからの退院祝い。
私はそれを渡す大役を承ったのだ。
予定時間から五分を切った頃……真っ黒な高級車が校門の前で停まった。
窓ガラスはマジックミラーになっていて、中は見えない。
……もしかして、グウェン?
そう思って、でも勘違いしていたら恥ずかしいので……焦ってる様子を見せないようゆっくりと歩いて近付いた。
ガチャリ、と音がして高級車のドアが開いた。
車は防音設備がしっかりしていたみたいで、ドアが開いた瞬間……声が聞こえた。
男性の声と、聞き覚えのある女性の声。
それは……。
「グウェン……」
車から降りようとするグウェンに、思わず駆け寄ってしまった。
……そこには事件前みたいな、健康そうなグウェンの姿があった。
杖も持っていないし、車椅子もない。
「グウェン!」
少し、大きな声で話しかけてしまった。
そして、思ったよりも声が大きくて恥ずかしくなってしまった。
そのまま抱き着こうとして──
「あ……ミシェル!久しぶり!」
「わぷっ」
突然、視界が真っ暗になった。
それがグウェンによって抱きしめられていたのだと、解放されてからようやく気付いた。
夏なのにタートルネックのシャツを着ている。
頭には黒いカチューシャを付けている。
短パンで涼しそうな格好をしているからこそ、首まで覆うシャツに違和感を感じていた。
「ひ、ひさしぶり」
「ミシェル〜!会いたかったよ、ホントに!」
ガシガシと頭を撫でられる。
「う、ぐ、ぐ」
首が左右に揺れて、まともに喋る事も出来ない。
……何だか。
長期間離れていた所為なのか、前よりもスキンシップが激しくなっている気がする。
いや、そもそも。
「グ、グウェン?」
「なに?どうしたの?」
私の頭に手を置いたまま、グウェンが首を傾げた。
「足、大丈夫……なの?」
「え?……あぁ、そう?うん、大丈夫よ。大丈夫」
指でピースを作って、私の目の前で見せる。
……これには凄く驚いた。
だって、グウェンのカルテ……私も見たから。
脊椎損傷による歩行困難……そんな、一ヶ月とかそこらで治療出来る物じゃない。
そもそも治るかどうかも分からなかった筈だ。
それが一ヶ月で元通り?
……私みたいな治癒因子持ちでもないのに。
ヒーローのスーパー医療でも受けて治ったのだろうか?
治療能力を司るヒーローは結構多いし……。
疑問は尽きない。
それでも──
「治ったんだ……良かった」
それでも、良かった。
グウェンがまた、笑顔で歩けるようになって。
……少し、目が潤んでしまうほど嬉しかった。
「ありがとう。でも、治ったって訳じゃないんだよね」
「……え?」
思わず涙を引っ込めて、呆けた顔をしてしまった。
「神経部分は治ってないし、根本的には治ってないよ。でも、歩けるように対処したってだけ」
……私は首を傾げた。
「ど、どういうこと?」
「んー?怪我は治ってないけど、ちょっと体に──
「グウェンさん」
そこで、車の中に居た男性から声をかけられた。
……あ、しまった!って顔でグウェンが口に手を置いている。
車の中を覗きこむと、スーツ姿の男が居て……会釈された。
え?はい?どうも……?
「ま、まぁ、そんな感じ。普通に生活する分には変わらないから大丈夫!ミシェルは気にしなくて良いよ!」
「う、うん?」
「ほら、遅刻しちゃったら旅行に行けなくなっちゃうし!行こ、行こ!」
勝手知ったる様子でトランクを開けて、グウェンが鞄を取り出した。
病み上がりだし、持ってあげようと手を伸ばしたけど、グウェンがそのまま鞄を手に持った。
……彼女の方が身長は高いので手が届かなかった。
私は釈然としないまま、彼女の後ろを歩く。
トランクを閉めると、車を運転していた男性が窓から顔を出した。
「それでは、グウェンさん。お気をつけて」
「あ、はいはい!ありがとう、コールソンさん」
「いえ、では」
グウェンが頭を下げたのを確認して、その高級車は走り去った。
エンジンの音は静かだった。
誇示するための高級車としてではなく、実用も兼ね備えている。
私はそう感じた。
「……今の人は?」
私がグウェンに訊くと、少し悩むような素振りを見せた。
「ん?あ、あぁ〜。あの人?コールソンさん」
コールソン?
「……なんの人?」
答えになっていない。
整った茶髪に、黒のスーツ。
着こなされたスーツからは礼儀と几帳面さを感じた。
……只者じゃない雰囲気が漂っていた。
少なくとも医療関係者っぽく見えない。
「えっと、私が入院してた病院のスタッフ?」
……絶対、医療関係者じゃないと思うけど。
ヤクザとかマフィアとかだと言われた方が納得出来る。
でも、まぁ……。
「そうなんだ」
深く聞くのも、グウェンを困らせるだけだと納得した。
……そもそも、病院が変わって面会断絶になったのも訳分かんないし。
一ヶ月で歩けるように戻ってるのも理解出来ないし。
良い結果になっているのだから、それだけで満足して良いかな。
グウェンに隠し事をされている気がして、少し複雑な心境だ。
私は鞄にしまっていたスマホをグウェンに渡す。
ジョージさんからの退院祝いだと聞くと、嬉しそうに喜んでいた。
私はそれを見て満足して頷いた。
私もグウェンの笑っている顔が見れてハッピーだ。
……そう言えば。
「そのカチューシャ、かわいい」
「え?そう?やっぱり?」
グウェンは頭に黒いカチューシャを付けていた。
イメチェン……だろうか?
「これね……?ちょーっと頭に傷が残ってるから、それを隠すのに丁度良くてさ」
「え?うぁ……ご、ごめん」
唐突に話された言葉に、私は思わず謝った。
迂闊に触れて良い内容ではなかった……と後悔する。
「気にしなくて良いって!もう、ミシェルってば」
グウェンが私の頭を強めに撫でる。
ぐ、うぉ、頭が揺れる。
「私もう気にしてないし!良い女の条件はポジティブ、アンド、ポジティブなのよ?」
ニコ、と笑うグウェンからは……確かに、入院時の暗さはもう無かった。
辛さを隠してる……って感じもしない。
入院前と同じぐらい元気だ。
私は安堵してため息を吐く。
「ほらほら、ミシェルも元気出して!……そうだ」
グウェンが手持ちの鞄を漁って、中からビニールの袋を取り出す。
……それは?
「……チョコ?」
「そ、チョコでも食べる?」
そう言って、グウェンが袋の中から小分けされたチョコを取り出して、私に近付ける。
……甘い物に目がない私は、思わずそれを手に取ろうとして。
ひょい、と避けられた。
「ぐ、グウェン……?」
目の前でチョコに避けられ、思わず私はグウェンの顔を見た。
まさかこんな意地悪をするなんて。
何というか、グウェンらしくない。
「え?あ、違う違う。これは違うの!ほ、ほら」
そう言って、またチョコを近付ける。
なるほど。
お茶目な悪戯と言う奴か。
私はまたチョコに手を伸ばして。
私の手は宙を空ぶった。
「ひ、酷い……!」
思わず涙目になりながら、グウェンに抗議する。
すると、グウェンが慌てて手を振った。
「あ、ちょっ、ちょっと待ってね……」
グウェンが私に背を向けて、スマホを取り出して耳に付けた。
そのまま、ボソボソと何か小声で喋っている。
……あれ?あのスマホ、渡したばかりだから連絡先なんて、ジョージさんや私ぐらいしか無い筈だけど。
……いや、そもそも。
グウェンがチョコを持っているのが不思議な気がする。
それも、袋が結構大きかった。
お得サイズって感じの、そんな袋だった。
でも、グウェンは甘い物がそんなに好きじゃない筈だ。
好みが変わったのだろうか?
それとも、私の為に買ってきたのか?
……でも、病院から直接、学校に来たのだから寄り道なんてするのだろうか?
あの真面目そうなコールソンって人と?
私が首を傾げていると、グウェンがこっちに振り返った。
「よし。はい、どうぞ」
そう言って、今度はちゃんと私の手にチョコを置いた。
……疑問は尽きない。
でも、彼女が幸せそうならまぁ……良いのかな。
そう思いながら、口にチョコを入れた。
……カカオの風味が強めで、少し苦かった。
◇◆◇
「「え?」」
僕とネッドは……ミシェルの横で「当たり前のように」歩いてきたグウェンに驚いた。
……ネッドに至っては手に持った鞄を落としていた。
「よっ、ナードども!元気してた?」
「あ、うん」
「はい……」
思わず驚いて敬語になってしまったのも、仕方のない事だと思う。
いや、だって……え?
あんなに重傷だったのに?
ネッドも複雑そうな顔をしている。
グウェンが不自由しないように頑張るぞ!
なんて息巻いていたのに。
いやでも、元気な事はいい事だ。
「元気がないなぁ……あ、ちょっとピーターはこっちに」
グウェンに声を掛けられて、バスの裏に連れていかれる。
……ネッドはミシェルに質問を投げかけている。
多分、グウェンの事だろうけど……ミシェルも首を傾げていた。
「ど、どうしたの?」
「ミシェルと、どうなったかなーって」
「どうって?」
僕は質問の意図が掴めなくて、首を傾げた。
「……え?一ヶ月もあったのに何も発展なかったの?」
そこで、グウェンの発言に対する意図が掴めた。
グウェンは僕の恋路を応援してくれている。
……いや、正確にはミシェルが恋人を作るのに応援していると言った感じだ。
別に僕じゃなくても良いらしい。
「……あ、ありえない。どんだけ……?」
勝手にドン引きしてるグウェンに、僕はムッとした。
「で、でも、今回の旅行でちょっとは……」
「今まで何もアクション起こして来なかったのに、夏の雰囲気に騙された程度で何とかなると思ってるの?」
「ぐ、うぅっ……」
ぐうの音も出ない。
「もうホント幻滅したわ。ダメなオタクね。ダメオタク。クソナード。……やっぱ、ハリーの方かなぁ?」
「ちょっ、何でそこでハリーが出てくるんだよ」
「ん?ん〜?高身長、イケメン、高学歴、金持ち、スポーツ万能、コミュニケーション能力は二重丸!ハイスペ男子よ?クソナードと比べるのも烏滸がましい」
「うっ……」
また、ぐうの音も出ない。
喋れば喋るほど、メンタルにダメージが入ってくる気がしてきた。
「ミシェルって自己肯定感低いでしょ?自分を好き好き言ってくれる彼氏でも出来たら、ちょっとはポジティブになるかなぁって思ってたんだけど……はぁ〜、ピーターには荷が重かったかなぁ」
そう言って、目を細めて鼻で笑った。
す、凄くムカつく……でも図星だから何も言えない。
「ぼ、僕だって……!」
「ふぅん?そう思うのなら、ホントに努力しなさいよ?……よし、今回の旅行でジャッジしてあげる。私が協力するに足る存在か、否か」
グウェンが僕の頭を叩いた。
な、何様のつもりなんだ?
だけど、女子友達なんてグウェンぐらいしか居ないし……従うしかない。
「取り敢えず……バスの席ね。ピーターはミシェルの隣に座りなさい」
「え、ちょっ、隣!?ミシェルの隣はグウェンが座るんじゃないの!?」
「バカ、そうしたいのは山々だけど……いっつも私がべったり張り付いてたら、いつまで経っても進捗ないでしょ?そこはほら、勇気を振り絞って、ね?」
「わ、わかった」
僕は首を振って頷いた。
それを見て、グウェンがニヤリと笑った。
「よし、じゃあ戻るよ。私はネッドの隣に座るから」
僕とグウェンがバス前に戻ると、丁度ミシェルとネッドの話も終わっていた。
鞄をバスの下部分に入れて、乗り込む。
……レゴのミニフィグ、小さな人の形をした玩具が置いてある席がある。
ネッドがそれを手に取って、鞄に片付けた。
そして、それを見たグウェンが目を細めてネッドをつついた。
「……ねぇ、何それ?」
「え……?ボバフェットと、パルパティーン皇帝?」
「いや、そうじゃなくて……もしかして、これ置いて席の確保してたの?」
「そうだけど」
グウェンが口を開こうとして……閉じて。
呆れたような顔をして、目を逸らした。
……うん、まぁ、ちょっとだけ気持ちは分かる。
何で旅行にレゴ持ってきてるんだって話だよね。
「あ、ミシェル。ちょっと良い?」
「ん……何?」
「私、窓際が良いからネッドの隣座るね」
「ん、わかった」
グウェンがごく自然に窓際に座り、ネッドが隣に座った。
よくよく考えるとミシェルの隣に座らない理由にはならないのだが、物事は勢いが大事だ。
さも当然のように話す事で、疑問を抱かせずに物事を成し遂げる……いや、そんな大それた話ではないんだろうけど。
「じゃあ、私。ピーターの隣で良い?」
そして、消去法的にミシェルは僕の隣へ座る事になった。
心の中でガッツポーズしつつ……僕はニヤついた顔を見せないよう努めて凛々しく頷いた。
そして、全員がバスに乗り込んで……出発した。
目指すは、ニューヨーク空港。
そこからマイアミの国際空港へ……そしてまたバスに乗ってホテルへ。
それが今日の予定だ。
ホテル到着時には夕方ぐらいになってるから、特に何処にも行けないけれど。
実際に自由時間があるのは明日からだ。
僕はグウェンに言われた通り、ミシェルに話しかけようとして……こつん、と重い何かが僕に傾いてきた。
それは後頭部だった。
薄い色素の金髪の……頭だ。
「えっ」
それがミシェルの後頭部だと気付いて、心臓がバクバクと大きく音を立てた。
……な、なんで!?
そう思って、顔を覗き込むと──
ミシェルは口を半開きにして寝ていた。
あ、うん、そうだよね。
今日の集合時間は早かったし。
朝も早かったし。
仕方ないよね。
はは。
……はぁ。
僕はミシェルを起こさないよう、静かに過ごす事にした。
……仄かに、女性物のシャンプーの匂いがして頭がくらくらする。
前の席からグウェンが覗き込んできて、僕の顔を見た。
そして、ミシェルを一瞥して……ため息を吐いて顔を逸らした。
こうして僕は、この夏期旅行の始まりで。
幸先の全く良くないスタートを切ったのだった。