【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
結局。
ミシェルは空港に着くまで寝ていた。
バス停に停まってみんなが降り始めても、それでも寝ていた。
小声で声を掛けても起きなくて、肩を叩こうと思ったけど……いや、ちょっと、この状況で触るのは不味いかと何とか躊躇ってたら、グウェンが起こして連れて行った。
起こした瞬間のミシェルは……フニャフニャで意識が朦朧としたまま連れ去られて行った。
グウェンが僕に向ける目はすごく厳しかった。
視線で「情けない」と非難されているように感じる。
……夏なのに背筋が冷えてしまった。
さて。
ニューヨーク市内の空港からマイアミ国際空港まで、飛行機で3時間ほど。
飛行機内の席は決まっていたため、残念ながら僕はネッドの隣だ。
ミシェルはグウェンの隣。
飛行機に乗り込む頃には昼近くになっていて、ミシェルも目を覚ましていた。
機内食を不味そうに食べていたのが印象に残っている。
そんなに嫌なら残せば良いのに、渋い顔をしながら完食していた。
僕はミシェルに聞こえないよう、ネッドとノートで筆談し今後の打ち合わせをしていた。
今日の夕方から、マイアミ市内の大きな商業施設、マイアミ・ベイサイドマーケットプレイスに行くチャンスがある。
勿論、学校での夏期旅行だし、個人での行動は禁止だ。
だけど、自由時間内であれば班行動が可能……つまり、僕とネッド、グウェン、ミシェルの四人なら行動できる。
晩御飯は学校が手配したホテルで早めに食べるので、夕食後にすぐ移動して……そこで、ミシェルへのプレゼントを買うつもりだ。
……勿論、事前に店も決めてあるしリサーチ済みだ。
ただ班行動故に、ミシェルも付いて回る。
いや、それが嫌だとは全く思わないんだけど、ただプレゼントを買っている場面は見られたくない。
ネッドには彼女の気を逸らして貰う事とする。
……後でグウェンにも言っておく必要があるかも。
そうやって作戦を練ったり、飛行機内で映画が見れる事に二人ではしゃいだりしてると飛行機がマイアミに到着した。
フロリダ州、マイアミ。
白い砂浜、青い海。
照り付ける直射日光。
……馬鹿みたいに熱い。
僕は元から薄着だったから大丈夫だったけど、ネッドは暑そうにシャツを脱いでタンクトップ姿になっていた。
グウェンもジャケットを脱いで、手に持っている。
ミシェルは……うん、彼女も丈の短いシャツを着ている。
暑そうに裾をパタパタとしていて──
グウェンに叱られていた。
はしたない、とか、恥じらいを持て、とか。
そう、怒られていた。
……うん、いつも通りだ。
彼女は何故か……自分が年頃の女の子だと言う認識が薄い。
最近スカートを履き始めたけど、その辺も若干心配になる程ガードが甘い。
……中が見たいか?と言えば見たいと言えば見たいし、そりゃ好きな女の子の……まぁ、見たいけど。
それは合意の上で見せて貰う事に意味があって、覗きであったり、彼女の隙を見て盗み見したりとか、そう言うことがしたい訳では──
空港から泊まる先のホテルまで、またバスで移動だ。
今度こそはと意気込んでいると、ミシェルが黙って僕の隣に座った。
バスが動き出して、どうやって話しかけようか……なんて悩んでいると。
「ピ、ピーター?」
ミシェルが話しかけてきた。
「どうかした?ミシェル」
僕は努めて、冷静に返事をする。
「行きのバスでピーターを枕にしてたみたいで……グウェンから聞いたけど……その、ごめん。何時間も。迷惑だったと思う」
……ミシェルは僕よりも身長が少し低い。
160センチあるか無いか、それぐらいだ。
だから、座高もそれなりに低い。
椅子に座って、至近距離の僕と話をする際、必然的に下から見上げるような姿勢になる。
……つまり上目遣いだ。
しおらしい事を言いつつ謝ってくる彼女の、上目遣い。
それは凄まじい破壊力で……僕の頬が少し熱くなった気がした。
「大丈夫だよ。寧ろ全然、枕にして貰って良いって言うか……」
あぁ、拙い。
変な事を口走ってしまう僕に、呆れる事もなくミシェルが笑った。
「ありがとう。ピーターはやっぱり優しい」
そう言って褒めて貰えれば、天に昇るような気持ちになる。
……でも、しかし。
そうやって会話の中で「あれ?この娘、僕のこと好きなんじゃないの?」って思わせるようなワードを連発するミシェル。
実際は、恐らく何も難しい事を考えていないけど……無防備だ。
グウェンが危機感を覚えているように、僕も彼女を守らなければ……と思ってしまう。
そこまで全部折り込み済みで、彼女が意図的に思わせぶりな発言をしているなら、相当な悪女という事になりそうだけど。
……空港内で買っていた、キャラメルとピーナッツをチョコでコーティングした菓子を貪るミシェル。
口が小さいからか、まるでリスみたいな仕草だ。
そんな姿からは悪女の才能なんて1ミリも無いように見えるけど。
「……ん?」
僕の視線に首を傾げながらも、ミシェルはチョコ菓子を食べていた。
……アレ、僕が食べるとクチャクチャと咀嚼音を立ててしまうんだけど、彼女は無音で食べていた。
コツとかあるんだろうか?謎だ。
◇◆◇
マイアミ・エピック・ホテル。
海が見えるホテルだ……いや、別のビルに邪魔されて、あんまりハッキリ見えないけど。
窓から見える景色の半分が海で、半分はビルの壁だ。
まぁ、あんまり良いホテルとは言えない。
この夏期旅行は学生が積み立てた学費と……国からの支援で成り立っている。
それほど贅沢は言ってられないのだろう。
「水しかねぇ!」
ネッドが部屋の冷蔵庫を漁って文句を言っている。
僕達学生……教師も含めて、みんな二人一部屋取っている。
相部屋、もしくはツインって奴だ。
僕の相方はネッド。
ミシェルはグウェンと。
部屋の割り当ては結構自由だったから、友人間で決めていたりする。
……これ、ハブられてる人いるかも知れないなって思うと結構胃が痛いけど。
ネッドが水を開けて飲んでいる。
部屋の冷蔵庫にはミネラルウォーターが四本入っていた。
……見た事ない会社のラベル。
どう見ても安物だ。
ホテルにチェックイン後、晩御飯を食べて今は部屋に戻ってきている。
今は夜の7時だ。
自由時間は10時まで。
10時にはホテルのロビーで点呼に出なければならない。
三時間しか自由時間はない。
ミシェルとスマホで連絡を取って、ロビーで集まる。
女子の部屋は男子と別フロアになっている。
ちなみに、女子側は男子フロアへ入っても良いけど、男子側は女子フロアに入ってはならない。
エレベーターに乗って降りてきたミシェルとグウェンと合流し、ベイサイドマーケットプレイスに移動する。
幸い、僕達の泊まってるホテルは目的地に近い。
既にリサーチ済みの僕は、パンフレットをグウェンに渡した。
楽しそうに「ここ行こ!あそこにも!」なんて言ってるグウェンを見ると……元気になって良かったな、って思う。
少なくとも、この時はそう思っていた。
そう、この時は。
女性向けの服屋に直行するグウェンに引き摺られるミシェル。
そして、追いかける僕とネッド。
何やら買って手荷物が増えていくグウェン。
そして持たされるネッドと僕。
流石にムカっとして抗議した。
そしたら、ミシェルが──
「ごめん。これ私のだから、私が持つね……」
って言うから。
僕とネッドは押し返せずに、結局持つ事になった。
何でも、ミシェルの服をグウェンが選んでいるらしい。
ミシェルはそれの言う通りに買っていると言う訳で。
一ヶ月もミシェルと離れていたから、凄まじく飾りたい欲求が暴走しているらしく、僕達には彼女を止める事が出来なかった。
元気すぎる。
元気過ぎて僕らが困るほどに。
僕とネッドはため息を吐きながら、グウェンについて回った。
そうして、2時間が経過した。
……流石に危機感を持った僕は荷物をネッドに預けて、グウェンに駆け寄った。
このままでは目的が果たせない。
幸い、ミシェルは試着室に入っている。
今がチャンスだ。
「グ、グウェン。ちょっと良いかな……」
「ん?何?ピーター」
悪びれる様子も一切なく、こっちに振り返った。
「あの、ミシェルの事なんだけど──
そこで僕の計画について話した。
プレゼント計画だ。
「……なーるほど?ちなみに、アクセサリーって何を買うつもり?」
「えーっと、ネックレスかな」
これはスタークさんからの助言だ。
服や、指輪、腕輪みたいなのは調整が利きづらく、本人が試着してから選ぶ必要があってサプライズプレゼントには向かないとか。
それを誰から聞いたか、とかは抜いて話すと──
「ふーん?ナードにしては結構考えてるじゃん。良いよ、協力してあげる」
グウェンが頷いた。
「私がここでミシェルを止めておくから、今のうちにネッドと行ったら?……ネッドの持ってる荷物は私が預かってあげるから」
そう言って、ネッドから荷物を引ったくった。
……元々、ミシェルのために買ったとは言え、グウェンの手荷物じゃないか。
何て、口が裂けても言えないけど。
とにかく、僕とネッドは服屋から離れた。
少し早足で離れていると、ネッドが僕に質問した。
「で、ピーター。目星の店ってのは?」
もちろん、リサーチ済みだ。
マイアミで結構有名な、ティーンエイジャー向けのアクセサリー店。
「あ、えーっと、パンフレットによると……ここ──
臨時閉店中。
そう、看板には書かれている。
シャッターも閉まっている。
「……なんだけど?」
「ダメじゃん」
僕は足元から崩れ落ちた。
「お、終わった……」
「ど、どうすんだよ?」
呆れた様子で問いかけてくるネッドの声も遠い。
「二人の所へ帰ろう……」
「ピーター、ちょっと諦めんの早すぎだぞ……お前」
だ、だって。
僕、女性向けアクセサリーの良し悪しなんて分からないし。
評判が良い店だから、多分喜ばれるかな、なんて考え方で来たし。
ここ以外の店は分からないし、情けないけど僕の計画はここまでのようだ。
僕はとぼとぼと歩いて、グウェンたちの元へ戻る事にする。
「……そこの兄さん、そこの店が閉まってて困ってるのかい?」
……そう声を掛けてきたのは、露店を開いている年配の女性だ。
木でできた屋台の前で絨毯を広げて、地べたに座っている。
「あの、すいません……急いでるので」
怪しげ……とまでは行かないが、ちゃんとした店よりは信頼し辛いのは確かだ。
ベイサイドマーケットプレイス内に開いている事から、露店商売の資格はちゃんと持ってるんだろうけど。
持ってないと警備員に取り締まられるからね。
「まぁまぁまぁ……あそこに行くって事は、気になる女の子へのプレゼントだろう?違うかい?」
「……分かるものなんですか?」
図星を指された僕は、興味本位で店員さんに近付く。
ネッドも胡散臭そうな顔をしながら、続いて来る。
「あんな所へ男だけで行くのは、女性経験のない男ぐらいだからね」
「……うっ」
「大方、評判が良いからって何も考えずに来たってことだろう?間違ってはないけどね。彼女へのプレゼントなら、彼女を連れてくる筈さ」
ズバズバと言い当てられて、僕は少し気まずくなって頬を掻いた。
「……ウチにあるよ、女の子向けのアクセサリー」
「……本当ですか?」
運の良いことに、この露店はアクセサリー商だったらしい。
……いや、運じゃないな。
普段繁盛してるアクセサリー店が閉まってるから、その近くで客寄せしてる賢しい人なんだろう。
年配の店員さんが屋台からアクセサリーを幾つか見せてくれる。
「あ、でも僕、そんなにお金は……」
自分の財布事情から少し遠慮をしてしまう。
「青春してるガキンチョを応援するのが楽しいのさ、この歳になるとね」
そう言って店員さんがケラケラと笑った。
……かなり胡散臭い笑い方をするけど……うん、ちゃんと露店商の資格を持ってる人だから詐欺とかはしない筈……だよね?
「……ほい、これはアクリルガラスのアクセサリーだね。値段もそんなにしない」
そう言って出してきたのは、バラを象った綺麗な、透明なガラス細工のネックレスだ。
「……良いかも」
「だろう?」
そう言って、箱から二つ、色の違うネックレスを取り出した。
赤いバラと、青いバラだ。
「バラには花言葉があってねぇ……赤は『愛』とか『恋』だよ」
「……愛、恋」
復唱してると、少し恥ずかしくなって目を逸らした。
「なんだい、恥ずかしがり屋だねぇ。好きな女の子へのプレゼントなら、それぐらい情熱的なのが丁度いいのさ」
「……そ、そうですか。じゃあ赤を──
「待ちな。せっかちな男は嫌われるよ。青も聞いてからにしな」
「は、はい」
すっかりペースを握られてしまった僕は、露店商の言う事に耳を傾ける。
「青は『奇跡』さ」
「……奇跡、ですか?」
「そう、『奇跡』。でも昔は『奇跡』じゃなくて、『不可能』だったのさ」
「……え?全然真逆じゃないですか?」
僕は困惑して聞き直した。
「うむ。元々ね、青いバラは自然界に存在しなかったのさ。だから『不可能』って意味を持っていたのさ。だけどね、ちょっと前に遺伝子改良によって誕生した……それこそ、不可能と信じず成し遂げた奴らがいるのさ」
露店商が青いバラのアクセサリーを手に持つ。
アクリルガラスのバラが、光を乱反射して輝く。
「……だから『奇跡』なのさ。不可能を可能にする人間の力って事だよ」
「それって……なんか、良いですね」
「だろう?」
僕は頷いた。
……凄い、良いと思えた。
『奇跡』か……。
「じゃあその、青い方を……」
それに、ミシェルの目も綺麗な青だ。
そういう意味でミシェルっぽくて良いかも知れない。
「毎度ぉ。値段はコレね」
そう言って、露店商が伝票を見せた。
……う、ギリギリ予算から足りない。
「……ネッド?」
「ん?なんだよ」
呼んだら後ろから、ネッドがやって来る。
そして、財布を取り出して固まっている僕を見て……察したようで、呆れてため息を吐いた。
「貸し、一つな」
そう言って、僕に100ドル札を1枚渡してくれた。
「あ、ありがとう!絶対返すよ……」
「当たり前だ。再来月までには返せよ?デススターの発売日なんだよ」
頷きながら、露店商に金を払い、そのアクセサリーを買った。
小さな木箱に入っていて……うん、凄く良い雰囲気だ。
露店商に感謝を告げて、僕達はグウェン達の所へ戻る事にした。
……ちょっと想定より遅れてるから、少し早歩きで移動して、元の場所に来た。
けど。
「あれ?二人は?」
居なかった。
少し心配になってスマホを取り出すと……。
ちょっと別の店も見てくるね〜!(笑顔)
と、ミシェルから通知が来ていた。
……いや、これ絶対グウェンが打ってるだろ。
ミシェルはもっと簡潔で、他人行儀なメッセージを……うっ、言ってて悲しくなってきた。
時間は20分前。
……僕らが露店へ向かって直ぐじゃないか。
まぁ、別行動を促した僕も悪いけどさ?
学校側から、元々班行動するように注意されているのに。
慌てて僕はミシェルに電話を掛ける。
グウェンがスマホを新しくしたのは知っているけど、連絡先を交換し忘れていたのだ。
多分、グウェンがミシェルのスマホを使ってメッセージを飛ばしてきたのも、それが原因だと思う。
二度のコールの後、誰かが出た。
「はひ、もひもひ」
……何かを口に含んでいる。
「あの、ミシェル?」
「……んく、はい?」
何かを飲み込んで……ミシェルが返事をした。
「あの、今どこにいるの?」
「えっと……アクセサリー店に来たんだけど……閉まってて……」
僕は頭を抱えた。
……完全に入れ違いじゃないか。
ミシェル達は僕達が先程まで居た場所にいるらしい。
「グウェンもそこにいる?」
「ん、いる。代わる?」
「……いや、代わんなくていいよ」
僕は、ため息を吐きつつ、元の場所に向かった。
……グウェンが手荷物を幾つか持っている。
ミシェルも持っている。
二人は紙袋を横に下ろして、椅子に座っている。
ミシェルは……何だかカラフルなアイスを食べていた。
若干、毒々しい虹色をしている。
グウェンはそれを向かいで見ているだけだ。
何も食べていない。
「ふ、二人とも……」
「ん?あ、ごめんごめん!服屋見飽きて移動しちゃった」
「……はぁ」
楽しそうに笑うグウェンを見て、僕はため息を吐くしか出来なかった。
文句なんて言えない。
だって、彼女は昨日まで一ヶ月も入院していたのだから。
久々の自由で気が緩んでしまっているのだろう。
間違いない。
グウェンは反省の色を見せず笑ってる。
ミシェルは……申し訳なさそうな顔をしながら、アイスを食べる手を止めない。
……あ、うん、そうだね。
溶けるからね、アイスは。
時間が無くなったので、僕達はホテルに戻る事となった。
……いや、ネッドは完全に付き合わされた形で申し訳ないな。
ネッドがグウェンから荷物を押し付けられて持っている。
……彼女が怪我で困ってたら俺が助けるぞ!
なーんて言ってたから……まぁ、うん。
役には立ってるから……微妙な形とは言え、果たせているのだろうか。
僕もミシェルの荷物を預かった。
女の子に荷物を持たせないのが男の嗜み……ってスタークさんが言ってた。
多分、スタークさんに言われてなくても荷物は持ってたと思うけど。
ミシェルはグウェンと違って、本当に大丈夫?って顔をしていた。
申し訳なさそうにしつつ、僕が持ちたがってる事を察して、それ以上は何も言わなかったけど。
グウェンに連れられて、僕達はホテルへと戻った。
……ちなみに、本当に点呼ギリギリになってしまって慌てる羽目になってしまった。
お陰で疲れて、夜はぐっすりと眠れたけどね。