【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
私……グウェン・ステイシーは目前で神妙そうな顔をしている……ミシェルを見ていた。
ここはミッドタウンにある喫茶店。
私とミシェル、そしてナード共もよく来る学生向けの店だ。
値段が少し安め、味はそこそこ。
コーヒーよりも紅茶が美味しい店。
先日……そう、夏期旅行で事件に巻き込まれた後、私達入院組は二週間の入院を余儀なくされた。
私は体の精密検査……ミシェルは傷の治療。
二週間。
長いと見るか、短いと見るか?
私は長いと感じた。
シンビオート……『グウェノム』との結合による身体への負担を調査する、裏ではそう言う名目で検査されていた。
『S.H.I.E.L.D.』が裏でコソコソと何かしていたのは事実だ。
……『S.H.I.E.L.D.』と言えば、勝手に結合レベルを上げた事をニック・フューリーに怒られた。
それはもう、ネチネチ、ネチネチと。
言ってることが正しいから反論出来る訳もなく、実際に私が悪いので……仕方はないが。
ただ、また同じような場面になったら、同じようにすると思う。
後で後悔はしたくない、とフューリーに言えば……呆れながらも頷き、今後のメンタル・トレーニングの量を増やされた。
結合を辞めさせられないなら、コントロールする能力を鍛えるしかないと言う判断だ。
……まぁ、言っても聞かないと思われているのは確かだ。
ミシェルの入院期間も二週間だったのは驚いた。
腹を撃たれて、あんなに血が出ていたのに。
医者曰く、撃たれどころが非常に良くて、重要な内臓に傷がなく……骨にもダメージが無かったのが早期の退院理由らしい。
傷痕も残らなかったし……私は安堵した。
私は首の下や、前頭部に傷が残っている。
……こんな想いは彼女にして欲しくなかったから、嬉しかった。
……ちなみに、グウェノムの存在がミシェルにバレた事は『S.H.I.E.L.D.』に言ってない。
言えば確実に巻き込まれるからだ。
彼女には平和な所で生きていて欲しい。
それだけが私の望みだ。
そうして私達は退院後、他のクラスメイト達とは遅れてニューヨークに戻って来たのだった。
気付けば八月になっていた。
夏季休暇も残り一ヶ月となっていた。
そんな中、夏期旅行後に初めてミシェルに呼び出されたのだ。
「グ、グウェン、話したい事があって……」
プラチナブロンドの綺麗な髪が光を反射させる。
おどおどとしながら、彼女が言葉を紡ぐ。
私は何か……大変な事にでも巻き込まれたのかと真剣に話を聞く事にした。
「信じられない話だけど……まだ確定してるとは言えないんだけど──
私は息を呑んだ。
「ピーターは私の事……好き、だと思う」
そして、ため息を吐いた。
……知ってる。
多分、彼と彼女に関わっている人間の殆どが知ってる。
思わず、声が漏れる。
「はぁ……心配して損した」
「グ、グウェン。私は本気……嘘は吐いてない……!」
信じて貰えてないと思ったのか、彼女が念を押してくる。
「はいはい、分かってるって。知ってる知ってる。ピーターがミシェルの事をLOVEな意味で好きなのは」
「……え?なんで?」
逆に何故、知られてないと思ってるのか。
ピーターがヘタレすぎるのか?
それとも、ミシェルが恋愛ごとに疎過ぎるのか?
両方確かだが、原因は多分、後者だ。
「寧ろ、何で気付いてなかったの……?」
「え、え……?」
困惑したような顔をするミシェルが面白くて、思わず笑ってしまった。
「……グウェン?」
笑った私を見て、ミシェルが頬を膨らませた。
私は慌てて弁明する。
「……ごめん、ごめん、バカにするつもりは無いんだって」
「なら、良いけど……」
渋々、と言った顔でミシェルが頷いた。
「それでぇ……?何で気付いたの?」
「えっと……これ」
ミシェルが服の下、胸元からネックレスを取り出した。
……白く変色してる、青いガラスのバラだ。
「……なにそれ?」
「ピーターがくれた」
「へぇ……あぁ、なるほどね」
私は夏期旅行中、ピーターがミシェルにプレゼントを贈る計画をしていたのを思い出した。
ナードにしては強気な作戦だったので、恐らく誰かの入れ知恵……と思っていたけど、案外馬鹿に出来ない物である。
彼女に好意を意識させたのであれば、100点満点の正解だろう。
色は少し変で、少し割れてるように見えるけど……ミシェルが満足そうに、そして大事そうにしているのを見て。
私は口出しするのは無粋だと感じて、口を噤んだ。
時にはお洒落よりも優先すべき事がある。
気を取り直して、私はミシェルへ声をかけた。
「で?ミシェルはどう思うの?」
「……ピーターのこと?」
「勿論。好きなの?嫌いなの?」
私は少し、意地悪な質問をする。
答えは一つしか出せない。
「す、好きだけど……」
嫌いとは言えないだろう。
友人として、かも知れないが……ミシェルはピーターに気を許している。
「なら良いじゃん。付き合えば?」
だから私は、気軽に……こんな質問をしてしまった。
「……それは無理」
……まさか、悩む素振りすら見せないなんて思わなかった。
当てが外れた私は、思わず首を傾げた。
「ピーターのこと、異性として見られないの?」
「…………そういう、話じゃなくて」
ミシェルが曇ったような顔で俯く。
……思わず、話を止めてしまいそうになるけど……興味が1割、彼女への心配が9割で話を続けてしまう。
「じゃあ、どうして?」
そう聞くと……ミシェルが俯いていた顔を上げて、口を開いた。
「私と……ピーターでは釣り合わない……から」
美人で綺麗で優しい、頭もいい彼女と。
頭は良いけど、ヘタレな彼は。
釣り合わない……なんて、ミシェルが言う筈がない。
ならばコレは、ミシェルの……自己評価が恐ろしく低いと言う事だろう。
「そんな事ないよ?」
だから私は否定する。
彼女は大切な友人だ。
それこそ、今まで出会った同性の中でも、一番と呼べる程に。
彼女は人を妬まない。
彼女は過剰に自信を持たない。
私を利用しない。
顔色を窺わない。
……それに、少し勝ち気過ぎる自覚がある私に、ずっと一緒にいてくれている。
彼女には幸せになって欲しい。
それが私の望みだ。
「違う。私はピーターや……グウェンが思ってるほど、良い人間じゃない」
……私は、どうすれば良いか分からない。
恋をすれば、この自己肯定感の低さを埋められるかと思ったけど。
まさか……前提として、好意を否定するとは思わなかった。
だから。
「…………あんまり、そう言う事は言わないで欲しいかな」
思わず、心の底からの思いが、口から溢れた。
すると、ミシェルが少し慌てた。
「う、あ、ごめん……その、えっと……」
ミシェルの顔からは、私に嫌われたかも知れないと怯える表情が読み取れた。
だから私は、席を立って……彼女の横に座った。
「え……?グウェン……?」
そして、思いっきり頭を撫でた。
「私はミシェルの事が好きだからね……大切に想ってるから。だから、もっと自信を持って欲しい。それだけ」
手を離すと、彼女は少し名残惜しそうな顔をしていた。
そのまま、向かいの席の紅茶……私が注文したものを手に取って引き寄せた。
あぁ、あとチョコレートも。
私はあまり好きじゃないけど……。
……グウェノムの物だ。
コッソリと隠れて食べさせている。
ボックス席なのに、隣に座ってる様子は変かも知れないけど……そんな人の目を気にするよりも優先すべき事が私にはある。
「もし自分を信じられなくても……ミシェルの事を大切だと想ってる私やピーター、ネッドの事を信じれば良いから。貴方を大切に想ってる人がいるって、覚えていて欲しい」
「…………グウェン、ありがとう」
少し。
ほんの少しだけど、先程よりは確実に良くなった笑顔に私は頷いた。
「どういたしまして」
そう言って、チョコレートを手に取る。
食べるフリをして、机の下に持っていけば……ばくり、とグウェノムが食べた。
ちょっと真面目過ぎる空気を変えたくて、私は話題を変える事にした。
これ以上話しても、彼女の自己肯定感が高まらない限りは無駄だと判断したからだ。
……ピーターには頑張って貰わないとね。
そう、ピーターの話だ。
「そう言えば……ピーターの誕生日って知ってる?」
「……知らない」
「そろそろ誕生日なんだよね、彼の」
ピーターの誕生日は8月の……10日だ。
去年はネッドとお祝いしていた。
今年は……ミシェルも一緒に来て欲しいと。
そう思っている。
そう伝えた。
「……分かった」
「あ、ミシェルの誕生日っていつ?……もしかして、もう終わっちゃってる?」
「私?私は……」
彼女は一瞬、思い出すような素振りをした。
……自分の誕生日を忘れるような事なんてあるのだろうか?
「私は、8月11日……翌日」
「へぇ、凄い偶然じゃない?お祝いしなくちゃ」
「お祝い……?」
誕生日を祝われる事に慣れてないような、そんな素振りを見せる。
私は彼女の中に、闇を見た。
家庭環境を知らないけれど……彼女の自信の無さは、そこから来ているかも知れないと思った。
話したがらないから、聞かないけれど……。
ミシェルだけの誕生日パーティーを開けば……彼女は気後れしてしまうかも知れない。
……私は策を考えた。
「それじゃあ、合同で誕生日パーティしよ?場所は……どうしよう?私の家か、ネッドの家だね、アパートに四人はちょっと狭いし」
一人が無理そうなら、ピーターと合同という形にすれば良い。
「……分かった。私も行く」
「ふふ、ミシェルも主役なんだから当然でしょ?予定が決まったら連絡するから、よろしくね?」
「うん、楽しみにしておく」
祝われるのが楽しみと言うよりは、一緒にいられるのが嬉しいと、そんな素振りだ。
……私は腕時計を見た。
「あ、まずっ……ちょっと、この後予定があるから、帰るね!明日、また何処かに遊びに行こ!」
「うん、今日はありがと」
「こちらこそ」
私は自身の分の代金……に、少し上乗せしてお金を残し、席を立った。
……ニック・フューリーから指示されている訓練の時間だ。
『S.H.I.E.L.D.』の支部へ向かうため、タクシーを停めた。
代金は勿論、『S.H.I.E.L.D.』の支払いだ。
私は車に揺られながら、今日会う予定の……感情のコントロールが得意だと言われている人の名前を思い出す。
ブルース・バナー。
どんな人、なのだろうか?
◇◆◇
『あーかったりぃ』
「そう言うなよ、仕事だ。仕事」
俺はバイクから降りて、停める。
門の前にいる刑務官に手帳を見せて、身体検査を受ける。
『オイ!コイツ、ケツを触りやがったぞ!』
「あーはいはい、そうだな」
……思わず返事をしてしまったが、側から見れば俺は独り言を言っているようにしか見えない。
刑務官が訝しんだ……いや、違うな。
俺を頭がおかしい奴だと思ってる顔だ。
ため息を吐きながら、刑務所の中に入る。
『陰気臭ぇクズばかりだ!檻がないなら全員食っちまいてぇぐらいに!』
脳裏に響く声に、俺は呆れて話しかける。
「……頼む、少し静かにしてくれ、『ヴェノム』」
『あぁ!?何だってんだよ、エディ!オレに文句があるのか!?』
そりゃあ、もう。
沢山ある。
少し前にスパイダーマンを倒す為……変な奴らの仲間に入れられたのも怒ってるぐらいだ。
結局、人間火薬庫みたいな奴と戦って逃げ帰ったし……俺は得るものは無かったし。
俺は、エディ・ブロック。
デイリー・グローブ社で働く新聞記者だ。
……まぁ、専属の新聞記者と言うよりは、フリーのジャーナリストだけど。
主にデイリー・グローブに記事を売ってるだけだ。
そして。
『エディ見て見ろ!あの女!尻がデカ過ぎるぞ!』
脳裏ではしゃいでいる声……コイツは俺のイマジナリーフレンドではない。
コイツは『ヴェノム』……そう自称している。
『シンビオート』という異星生命体らしく……人に寄生して生きる寄生生物でもある。
俺とコイツが出会ったのは一年近く前。
ライフ財団とか言うゴシップのあり過ぎるヤバい会社に潜入して……まぁ、そこで会った訳だ。
そして。
「エディ・ブロックさん。囚人との直接のやり取りは禁止されています。会話だけに留めてください。そして……お気をつけ下さい」
「はいよ」
俺は刑務官の発言に頷いて、開け放たれたドアを潜る。
……広い広間のような部屋の中心に、ガラス張りの部屋が一つ。
プライバシーの一欠片も存在しないような部屋だが、俺は全く同情しない。
こうなって相応しいような奴が、中に収容されているからだ。
俺は、ソイツに声をかける。
「初めまして……クレタス・キャサディさん。少し、お話よろしいですか?」
ガラス張りの檻の中で……新聞を読んでいた男が振り返った。
頬骨の張った顔。
ギョロリとした目。
痩せた身体。
一目見た感想は『ヤバそう』これに尽きる。
『クレタス・キャサディ』は連続猟奇殺人犯だ。
数えきれない数の殺人で告訴されている。
恐らく、警察が発見出来ていないだけで、もっと多く殺しているだろう。
老若男女。
未来ある子供も。
年老いた老人も。
屈強な男も。
美しい女性も。
分け隔てなく、平等に殺した。
イカれたサイコパスだ。
実際、彼は以前まで『レイブンクロフト精神病院』に入院していた。
あそこは精神病院と言っているが……社会に出してはならない異常者を拘束する刑務所みたいな場所だ。
そこを脱走し……事件を起こした。
今はこのニューヨーク、ライカーズ刑務所に拘束されているが……いずれ、『レイブンクロフト精神病院』に戻る事となるだろう。
『レイブンクロフト精神病院』は一度入ったら二度と出られない……そして、外部との連絡も不可だ。
俺は『クレタス・キャサディ』に興味があるんじゃあない。
『レイブンクロフト精神病院』に興味がある。
中がどうなっているのか?
問題はあるのか?
そう言った事を聞こうと思って、ライカーズ島まで態々来た訳だが……。
既に少し、後悔している。
『初めまして、エディ・ブロック。すごく……会いたかったよ』
ガラス張りの部屋越しに、クレタス・キャサディは獰猛に笑った。
……あぁ、動物園の檻の中にいる肉食動物の方が、まだ大人しく感じる。
そう、思った。