【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
僕は自宅のボロアパートの前で項垂れていた。
空は赤い。
太陽は傾いている。
ニューヨークの街並みをオレンジ色に染め上げていた。
しかし、こんな綺麗な景色とは裏腹に。
今日は散々な一日だった。
ピザの宅配バイトをしてる途中に空飛ぶ昆虫アーマーを付けた銀行強盗と遭遇して……スパイダーマンとして戦って……ピザはグチャグチャになって、バイトはクビになって。
先日の戦いの所為でスマホが壊れて、買い直すのにお金がいるのに。
デイリー・ビューグルで、すっかり元気になったジェイムソンの下でバイトしても……大した金は貰えないし。
かと言って、メイおばさんにお金を借りるのも悪いし……ネッドは現在進行形で借りてるから、これ以上借りれないし。
また、ため息を吐いた。
スパイダーマンは無償のボランティアだ。
金持ちにも、恵まれない人にも、サラリーマンにも、ホームレスにも、妊婦さんにも、子供にも。
誰にでも平等に『親愛なる隣人』として手助けをする……それがモットーだからね。
でも、それだけ同年代の学生よりもバイト出来る時間は少ないし……スーツの補修や、
つまり、貧乏という訳だ。
今、もしも、地面に大金が落ちてたら……いや、こっそり懐には入れないかなぁ……困ってる人がいるだろうし。
腹を撫でる。
……何か食べたい。
だけど、節制しないと。
スマホがないと困るし……友人とも連絡を取れない。
代替え機を用意して貰うのにも、お金が掛かるし……初回の費用が払えなければ、分割払いも出来ない。
……そもそも、前回のスマホの支払いだって終わってなかったし。
……考えれば考えるほど、泥沼にハマっていく気がした。
僕は思考を中断し、アパートのドアを開けて──
「「あ……」」
ミシェルと目があった。
彼女は夏らしく、肩まで出した白いフリルの付いた服を着ていて……下はホットパンツだ。
サンダルを履いていて、綺麗な足を惜し気もなく披露している。
グウェンとは違う方向性でスタイルが良い。
スレンダー……と言うべきか。
無駄のない綺麗さがある。
一瞬、目を奪われて……また、ミシェルと目があった。
「……何してるの?ピーター、そんな所で」
「ははは、えーっと……何というか……世界の不条理に嘆いてる?」
「……何言ってるか、よく分からない」
困ったような顔をして、ミシェルが眉を顰めた。
「ミシェルは?……見たところ、今からお出かけ?」
「そう、ご飯食べに行く」
「へぇ……」
……腹が鳴りそうになって、腹筋に力をこめて……無理矢理黙らせた。
近所のスーパーで買ってきた、ロールパンが部屋にある。
レーズンも、バターも入ってない……ただのパンだ。
安くて、いっぱい入ってて、そこそこ美味しい。
……本当にお腹が減ってきた。
昼も食べてないし。
早く部屋に帰ってパンを食べようと思い、ミシェルの横を通ろうとして……。
「ピーターも一緒に行く?」
と誘われてしまった。
……財布の中身を思い出し。
今月、給料日までの残りの日数を思い出し。
……断ろうかと悩みながらも。
「ありがとう、僕も行くよ」
結局、一緒に行く事を優先してしまった。
だって……好きな娘に誘われたら、男は行くしかないじゃないか。
……はぁ。
明日、いつものサンドイッチ屋でパンの耳でも貰おうかな……。
僕はミシェルの横に付いて、歩き始めた。
……明日の食事では、この幸せには代えられないからね。
後悔はない。
◇◆◇
ニューヨーク市内。
旧スタークタワー……現在の名称は。
「へー、ここが『アベンジャーズタワー』」
ニック・フューリーに指定された訓練場所だ。
『アベンジャーズタワー』と呼ばれているが、実際は『S.H.I.E.L.D.』の基地的な要素もある。
だから、ヒーロー以外の従業員の出入りもある。
私はフューリーに渡されていた身分証を、ゲートにかざして入る。
今時の身分証はICカードとしての役割もある。
「えーっと……8階っと」
エレベーターのボタンを押して、少し待つ。
……私は室内にある鏡を使って、髪を少し整えた。
今日はフューリーの言っていた感情をコントロールする訓練の日だ。
講師はブルース・バナー博士だ。
ちなみに会った事もないし、どんな人かも知らない。
「出来るだけ温厚な人でありますように」
だって、ニック・フューリーは陰湿で頑固で陰険な秘密主義者の説教好きだし。
私が祈っていると、エレベーターが到着した。
ドアが開き、私は廊下を歩く。
……人は全然居ない。
でも、時々白衣を着た科学者のような人がいる。
いや、科学者のような……ではなく、本当に科学者か。
そうして廊下を歩いていると……部屋の入り口に『ブルース・バナー』と書かれた部屋があった。
ここだ。
私は息を深く吸い込んで、ノックしようと手を伸ばし……ドアが自動で開いた。
……センサーが手に反応したようだ。
「あ、わっ……」
急に開いたドアに手が空振り、そのまま中に入った。
中には……何やらよく分からないけど高性能っぽいコンピューターやら……空中に表示されたホログラムとか。
かと思えば、金属製の板に手書きの設計図みたいなものも貼られている。
……何と言うかこう、すっごい、真面目と言うか……騒いじゃダメな雰囲気があって、私は更に緊張した。
奥の方で、光と……物音が聞こえる。
「し、失礼しまーす……」
部屋に足を踏み入れて……奥に進んでいく。
そこに居たのは……タコスを食べる中年の男性がいた。
白衣をだらしなく着て、白髪も染めていない。
無精髭を生やした短髪の男性だ。
……この人がブルース・バナー博士?
そう思いながら、声をかけようと近付いて──
『ママ、その人、凄く怖い』
グウェノムが怯えたような声を出した。
殺人ロボットや、ハイテクアーマーを着た極悪犯にすら怯えなかったグウェノムが。
私は、息を呑んだ。
……私の足音に気が付いたのか、バナー博士が私に振り返った。
タコスを口に含みながら。
一瞬、目があって。
「え?……げほっ……」
バナー博士がタコスを飲み込んで、咽せて、水を飲んだ。
「えっと……グウェン・ステイシー?」
「は、はい。グウェンです」
私は頷きながらも……グウェノムが怯えてるという事から、少しも気を緩める事は出来ない。
「あれ?今日の18時って言ってなかった?まだ17時……」
バナー博士が時計を見る。
……17時と55分。
タコスを机に置いて、あっと声を上げた。
「し、しまったな……作業しながら食べるから……時間の感覚がおかしくなっていたようだ」
「は、はは……」
思っていたよりもズボラ……と言うか、ダラしない性格に私は苦笑いした。
「それで……時間まで5分あるし、夕食を食べてても良いかい?待ち合わせする人もいるし」
「あ、はい……どうぞ」
「では失礼」
そう言って、バナー博士がタコスを食べた。
急いで食べている。
しかし……待ち合わせ?
私以外にも訓練に参加する人がいるのだろうか?
……聞いてないけど。
少し、気不味い時間が流れて……まぁ、気不味く思ってるのは私だけみたいだ。
バナー博士は何というか……凄く、マイペースな人だ。
この数分のやり取りで、そう確信した。
もしかしたらコレが、感情をコントロールするコツなのだろうか?
そんな事を考えていると、研究室のドアが開いた。
「すみません、バナー博士。今日もよろしくお願いしま──
そう言って入って来たのは。
「……ハリー?」
「グ、グウェンさん?」
ハリー・オズボーン、その人だった。
……私がこんな事をしている原因を作ったグリーンゴブリンこと、ノーマン・オズボーンの息子だ。
入院中、よくお見舞いに来てくれてたし……彼自身は凄く善良だったから、もう恨んでないけど。
そんな彼が、何故ここに?
「あれ?二人とも知り合いかい?」
そう言うバナー博士は、意図的に私と彼を合わせるつもりは無かったようだ。
偶然だろう。
と、言う事は。
「……フューリーか」
あの秘密主義者の陰険男は……言えば良いのに。
必要な事は何一つとして教えてくれないフューリーに、私は心の中で悪態を吐いた。
「グウェンさん、何故ここに……?いや、そもそも身体は大丈夫なのか……?」
ハリーが困惑している。
あぁ、そう言えば。
シンビオートと結合して、歩けるようになったという事を伝えてなかった。
それよりも。
「ハリーこそ、何でここに……?」
何故、ハリーがアベンジャーズタワーに居るのか。
ここはアベンジャーズか……『S.H.I.E.L.D.』の関係者しか入って来れない筈だ。
私は困惑するハリーから視線を外し、バナー博士へ目を向けた。
「え、えっと、積もる話があるので……少し、話をしてきても良いですか?」
「勿論……いや、しかし、君がハリーと知り合いだったとは……」
「はは……」
ハリーの事を親しそうに呼ぶバナー博士に驚きつつ、私はハリーを引っ張って部屋の隅に移動した。
かくかくしかじか、では済まない量の話をする必要があった。
互いに経験した大きな出来事を共有するために。
◇◆◇
ピーターの顔が、直視出来ない。
見ていると、こう、顔が熱くなるし。
動悸もするし。
それに。
……ありえない程の罪悪感で苦しくなる。
だからこれは、きっと恋じゃない。
私とピーターは、以前も来た事のあるタイ料理のレストランへ来ていた。
今日は前回の失敗……激辛サラダを注文してしまった事を反省し、店員に聞いて辛くない料理を注文した。
……見た目は真っ赤だったけど、確かに辛くはなかった。
目の前にいるピーターを盗み見る。
目があって……私は目を逸らした。
すると彼は少し悲しそうな顔をする。
それは、とても申し訳ないと思うし……もっと、いつも通りでいれたら良いな、とも私だって思っている。
だけど、無理だ。
私の憧れが……言うなら、アイドルが、もし。
もし……自分に好意を向けているとしたら?
それも、私の最低な部分を少しも見ずに。
……私は、貴方に好意を向けて貰えるほど、良い人間じゃない。
そう言いたくなる。
……だけど、それは決して、ピーターを悲しませたい訳じゃなくて。
目の前のミニトマトを転がす。
沈黙に耐えられなくなって、私は口を開いた。
「そう言えばピーター……誕生日、もうすぐって聞いた」
「ん?あぁ、そうだよ。今月の10日だけど……」
「私も。今月の11日」
「へぇ、そうなんだ……凄い、偶然だね」
ピーターが無理矢理話題を膨らませようとしてるのは薄々勘づいている。
……私も、ピーターとは話したいし、今まで通り……だから、その姿勢は歓迎している。
「それで、グウェンが……誕生日会しようって言ってた」
「……ミシェルの?」
「私と、ピーターの。合同で……」
「そっか……それは……嬉しい、かな」
ピーターが考えるような素振りをしている。
……何を考えてるかはちょっと分からない。
ぼーっと、ピーターを見ていると、彼が口を開いた。
「……この夏休みが終われば、僕達は四年生だよね?」
「そう……だけど?」
ピーターが何を言いたいか、分からなくて問う。
「これから……集まって遊べる機会も減っていくと思うんだ。バラバラの未来へ、進んでいくと思うから」
ピーターの言葉に、私は頷いた。
……幾ら仲が良くても。
別の学校、仕事……卒業すれば別の場所へ分かれて行く。
会えなくなる訳じゃなくても、会える機会は減って行く。
……普通の学生ならば。
「だから、集まる機会が出来るのは僕は嬉しい」
「……そうだね」
私も頷いた。
あぁ、そうか。
ピーターが急に……夏の間に、私へアプローチを仕掛けてきたのは。
友人という関係では会う機会も減ってしまうから……恋人という関係にしたかったのだと、そう思った。
……それだけ、ピーターは私のことを、す、す、好き、なのかな。
頬が熱くなる。
「……ミシェル?」
また、目を逸らしてしまって、ピーターが困ったような顔をする。
……私はピーターに、そんな顔をして欲しい訳じゃない。
必死に首を戻して、ピーターを直視する。
私今、変な顔、してないかな?
そう心配しつつも……目を合わせる。
でもやっぱり、彼の顔を見ていると私は気が動転してしまう。
「ピーターは高校卒業後……何したい?」
だから、私は誤魔化すためにも話を進める。
「卒業後?えっと、僕は……大学に行こうと思ってるんだ」
「どこ?」
「エンパイア・ステート大学かな」
エンパイアステート大学……ニューヨークにある大学だ。
今住んでいる場所からも、それほど遠くはない。
それにしても、スパイダーマン生活もしつつ、受験勉強をしているのか。
素直に尊敬する。
そう思っていると、ピーターが口を開き──
「ミシェルは?将来、何をしたいの?」
そう、訊き返してきた。
将来?
私が、何をしたいか?
「私は……みんなと一緒に居られれば、それで良い」
……グウェンと、ネッドと、ピーターと。
ずっと一緒にいたい。
馬鹿な話をして。
お洒落なんかして。
美味しいご飯を食べて。
美味しかったね、なんて話して。
叶わない夢だとしても。
今、私が学生で居られるのは奇跡のような物だ。
組織の誰かが、何かの思い付きで、私をこの高校へ隠している。
だけど卒業すれば……また、私は『ミシェル・ジェーン』では無くなる。
私の言葉を聞いたピーターは、少し笑った。
「それは……僕もそうだけど、そうじゃなくて……えっと、卒業後の事を聞きたくて」
「卒業後……?それなら──
夢と現実が剥離して行く。
私は夢見がちな少女ではない、
夢を見るには……この身も、心も汚れ過ぎている。
だから──
「仕事……してると思う」
私は、現実から逃れられない。