【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
私とハリー、二人で会話した結果。
お互いが『S.H.I.E.L.D.』のエージェント、その訓練生だと言う事が発覚した。
……フューリーの奴、分かってて黙っていたに違いない。
私は、シンビオートの宿主としてのスーパーパワーを。
ハリーは、何か薬?とかで肉体を強化してスーパーパワーを。
つまり、『S.H.I.E.L.D.』のエージェント訓練生である前に、スーパーパワーを持った若者と言う事になる。
フューリーは若者限定のアベンジャーズでも作りたいのだろうか?
そう、邪推せざるを得ない。
そして、私とハリーに共通して発生している問題点。
それが──
「感情のコントロール」
バナー博士がそう、語った。
「怒るな……そう言うのは簡単だ。だけど、制御するのは難しい」
手に持ったタブレットを操作して、ホログラムが表示される。
何かの論文だ。
「怒りのピークは10秒にも満たないと言われている。少し待って、落ち着くんだ。分かるかい?」
私とハリーは顔を合わせて、頷いた。
「それでも怒りが抑えきれない時がある。どうすれば良いと思う?」
バナー博士が訊いてくる。
ハリーは挙手して、返答を口にしようとする。
……何と言うか、学校の講義みたいだ。
「ストレスを発散するために……何か、ルーチンを持つ、とか?」
「それもある。だけどね、ハリー……それでも、収まらない怒りは存在する。そうだな……もし、僕が友人を誰かに痛め付けられたとしたら──
バナー博士が手に持ったタブレットに力を込める。
ミシリ、と歪む音が聞こえた。
「殴り倒して……足を持って振り回し……壁に叩きつけて……引き摺り回す。そしたら、落ち着くだろうね」
「そ、そうですか」
ハリーが引いた様子で口を閉じた。
……バナー博士って、見た目は非力そうなインテリ系って感じがするけど……結構パワー系なのかな。
「怒りには一過性のものと、絶対に収まらない怒りがある。その、絶対に収まらない怒りは……無理に抑え込まなくても良い」
「抑え込まなくて良いの?」
感情をコントロールする訓練、講義のはずなのにそんな事を言って良いのか?
私は訝しんだ。
「そうさ。それは『正しい怒り』だ。その怒りを持って力を解き放つ……だが、正しい事を成す。そして、必ず怒りの中から戻って来る。コレが大事なんだ」
体験談のように語るバナー博士に、私とハリーは頷いた。
……ハリーは、この人の正体と言うか……どんな人なのか知ってそうだ。
後で聞いてみよう。
「つまり、君達に必要なのは『怒りを抑える力』じゃなくて、『怒りを正しい行動へ向かわせる力』と『怒りから帰ってくる力』なんだ。今日の講義はその手段、そして心の持ち方について勉強して行こう」
バナー博士が、資料を私に配った。
……訓練と聞いていたけど、やっぱり学校の授業のようだ。
私は頷いて、その資料……手作りの教科書を開いた。
そして、二時間ほど。
授業が終わり、私とハリーは研究室を後にした。
バナー博士は座っていた机に向き合って、紙に図面を書き始めた。
普通の仕事もしながら、私達の面倒を見るって、凄く……ワーカーホリックなのかな?
そんな失礼な事を考えながら、エレベーターに乗る。
ハリーと私、二人っきりだ。
静かなエレベーターの中で、小さな音量で音楽が響く。
……そして、徐にハリーが口を開いた。
「あの、グウェンさん?」
「何?」
「今日は、その、お疲れ様でした」
「うん……まぁ、お疲れ」
よく分からない世間話に頷く。
聞きたい話の前のワンクッション……そんな言葉が頭に浮かんだ。
「それで……えっと、お変わりは無いですか?」
「……この子と共生したんだから、変わりはあるよ」
私がタートルネックの首元を下げると、黒い、シンビオートが蠢いた。
『グウェノム』はバナー博士と離れてから、怯えもなくなって元気になっていた。
「それは、あの……失言でした。申し訳な──
「謝罪は禁止。ハリーが悪いとは思ってないよ、後悔もしてないし。仕事で同僚になるんだから……もっと気楽に。グウェンって呼び捨てにしても良いし」
いい加減、ハリーの感じている罪悪感にも少し鬱陶しく感じたのだ。
だって私……今は別に不幸じゃないし。
「……ありがとうございます」
「敬語も必要ないんだけど」
「あ、ありがとう?」
「うん、それで良いよ」
ヘラヘラと笑う。
人間関係は、もっと気軽で良い。
勝手に罪悪感を持たれて、申し訳なさそうにされるのも疲れるし。
そして、私は聞きたかった事を思い出し、口を開いた。
「そんな事よりさ、ハリー。ブルース・バナー博士ってどんな人?」
「どんな……?いや、見た目の通り、善良で優しい、頭の良い先生だよ」
「いや、そうじゃなくて……なんかこう、隠してる事と言うか……そう──
私は頭の中で一つ、浮かんだ。
「私達みたいに、怒るとヤバいとか?」
「あ、あぁ……え?グウェンは知らないのか?」
「何を」
「バナー先生のヒーローネームだよ」
ヒーローネーム……?
と、言う事はやっぱりバナー博士はヒーローなんだ。
……でも、私、そんなにヒーローについて詳しい訳じゃないし……知ってるか不安だけど。
「勿体振らずに教えてよ」
「バナー先生は『ハルク』だ」
「……ハルク?」
ハルクって……。
「あの、緑色のムキムキの巨人の?」
「そうだ」
「え?あの、トラックなんかも投げ飛ばしてるあのハルク?」
「その通り」
「う、嘘でしょ?」
「本当だ」
私は目頭を摘んだ。
『ハルク』
緑色の巨人だ。
身長は2メートルぐらい。
筋骨隆々で上半身は裸。
獣のような叫び声を上げて、敵をちぎっては投げるヒーロー。
怒れば怒るほどに強くなると噂の。
……いや、ヒーローと言うにはちょっと、野蛮過ぎるぐらいの。
あぁ、そっか。
ブルース・バナー博士のこと、『アベンジャーズ』の関係者か『S.H.I.E.L.D.』のメンバーだと思ってたけど……違うんだ。
彼自身が『アベンジャーズ』だったのか。
納得。
「……あー、そりゃ、私達に感情のコントロールを教えるには……最適な人だね」
「間違いなく、そうだね……」
ハリーが腕を組んで頷いた。
「でも何で知ってるの?新聞にも本名も顔も載ってないのにさ……本人から聞いた?」
「いや、フューリーから教えてもらったんだ」
……は?
私には何も教えてくれないのに。
今度あったら文句言ってやる。
手をグッと握ると、ハリーが苦笑した。
「……はは、グウェンもどうやら、フューリーの秘密主義には納得が行かないようだね」
「まぁね。ハリーも?」
「あぁ、この間なんて急に飛行機に乗せられて……アフリカまで連れて行かれたよ」
「それは……何と言うか御苦労様」
「彼の無茶振りに共感できる仲間ができて嬉しいよ、僕は」
私とハリーは目を合わせて、苦笑いする。
そして、エレベーターが一階に到着した。
……まだちょっと話したいな。
自然とそう思った。
プレイボーイっぽい雰囲気もあるけど、実際のハリーは好青年で裏表のない良い性格をしている。
……私としては、ミシェルにはピーターよりもコッチを選んで欲しいけど。
「ハリー、時間はある?」
「あるよ……どうかしたのかい?」
「ミシェルの話、聞きたくない?」
ぴくり、と頬が動いた。
やっぱり。
私と話してる時、聞きたそうにしてたからね。
……それでも、女性の前で他の女の話をしようとしないのは彼のポリシーか、思いやりか。
ま、私はそんなの気にしないけど。
私はハリーに顔を向けて、アベンジャーズタワーの1階にある一角を指差した。
「あそこの喫茶店……奢ってくれるなら、話してあげても良いけど?」
「……分かった。任せてくれ、こう見えても少しは持っているから」
「どう見ても、でしょ?良い所の坊ちゃんっぽいし」
「ぼ、坊ちゃん……?僕、一応歳上なんだけど……?」
私は笑いながら。
ハリーは少しショックを受けた顔で。
二人で喫茶店に入った。
……ハルクの抹茶ラテ。
みたいな『アベンジャーズ』を意識したメニューがあって、私は失笑してしまった。
ちなみに、美味しかった。
◇◆◇
……俺は、エディ・ブロックは。
刑務官へ挨拶をして、ライカーズ刑務所から出た。
苦虫を噛み潰したような、そんな不快感を感じながら。
『オイ、エディ……さっきの男、相当ヤバい奴だな』
「あぁ、それは同感。初めて会ったよ……あんな、ヤバい奴」
クレタス・キャサディ。
連続殺人犯のサイコ野郎だ。
頭がおかしいってのは知ってたけど……想像以上だ。
好きとか嫌いとか、そんなんじゃない。
理解出来ない気持ち悪さがある。
……今まで、新聞記者という職業柄、色んな犯罪者と話した事はあるが……こんな気持ちは初めてだ。
俺はバイクに跨って……側に警官が寄って来た事に気付いた。
髭を生やした、初老の男だ。
「エディ・ブロックだな?」
「……そう言うアンタは?まずは自己紹介をするべきだろ」
「私はパトリック・マリガン……ニューヨーク市警の刑事だ」
警察手帳を見せてくる。
確かに。
本物か偽物かなんて、俺には見抜けないが。
「クレタス・キャサディから、何か話はあったか?」
「何かって?」
「……奴はまだ幾つもの未解決事件を抱えてる。死体の場所も分からない」
「あぁ、なるほど」
俺は勝手に納得した。
クレタス・キャサディは警察相手に黙秘してるし、記者との面会を拒否している。
何故か、俺だけが許されている。
何の関係もない筈の俺だけが。
だからこそ、警察はクレタス・キャサディから……何か情報を盗めていないか、俺を気にかけているって訳だ。
「このままだと奴は、レイブンクロフト精神病院に逆戻りだ。あそこは警官ですら入れない。それまでに手掛かりが欲しい……」
「そいつは……俺に期待しても無駄だと思うけどな」
「……余罪を追求出来れば、奴を死刑にだって出来る。このまま未解決事件の情報を、司法取引でもされれば……無期懲役ぐらいになるだろう」
「確かに」
「奴は死んだ方がいい人間だ、被害者の家族の為にも」
「……うわ、警官が死ねって言うのか?」
「警官だって人間だからな」
悪びれる様子もなく、パトリックが頷いた。
『コイツ、偉そうだが、おもしれぇな』
ヴェノムの声が頭に響く。
返事はしない。
コイツの声は外へ聞こえてないからだ。
返事をすれば異常者扱いされる。
「だからエディ……何か分かったら教えろ」
「どうも。分かったら、ね……そんな時は来ないだろうけど」
パトリックに手を振り、俺はバイクへ跨った。
そのままエンジンを吹かして、ライカーズ刑務所から離れる。
こんな所、二度と来たくないね。
◇◆◇
ガラス張りの独房で、頁を捲る。
話が進む。
私は。
今日出会った……エディ・ブロックについて思い出す。
奴は普通じゃない。
何か。
異様な、凶暴性を秘めている。
私と同じように。
だけどそれは……私以上の強い暴力を兼ね備えている。
始めて写真を見た時。
その目が、表情が、全て。
やはり、私の人を見る目は正しい。
私は彼を知りたい。
彼の力を。
そして、暴力の正体を。
頬が自然に吊り上がる。
口が三日月のように裂けた。