【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#56 バースデイ・ソング part3

私とハリー、二人で会話した結果。

お互いが『S.H.I.E.L.D.』のエージェント、その訓練生だと言う事が発覚した。

 

……フューリーの奴、分かってて黙っていたに違いない。

 

私は、シンビオートの宿主としてのスーパーパワーを。

ハリーは、何か薬?とかで肉体を強化してスーパーパワーを。

 

つまり、『S.H.I.E.L.D.』のエージェント訓練生である前に、スーパーパワーを持った若者と言う事になる。

 

フューリーは若者限定のアベンジャーズでも作りたいのだろうか?

そう、邪推せざるを得ない。

 

そして、私とハリーに共通して発生している問題点。

 

 

それが──

 

 

「感情のコントロール」

 

 

バナー博士がそう、語った。

 

 

「怒るな……そう言うのは簡単だ。だけど、制御するのは難しい」

 

 

手に持ったタブレットを操作して、ホログラムが表示される。

何かの論文だ。

 

 

「怒りのピークは10秒にも満たないと言われている。少し待って、落ち着くんだ。分かるかい?」

 

 

私とハリーは顔を合わせて、頷いた。

 

 

「それでも怒りが抑えきれない時がある。どうすれば良いと思う?」

 

 

バナー博士が訊いてくる。

ハリーは挙手して、返答を口にしようとする。

 

……何と言うか、学校の講義みたいだ。

 

 

「ストレスを発散するために……何か、ルーチンを持つ、とか?」

 

「それもある。だけどね、ハリー……それでも、収まらない怒りは存在する。そうだな……もし、僕が友人を誰かに痛め付けられたとしたら──

 

 

バナー博士が手に持ったタブレットに力を込める。

 

ミシリ、と歪む音が聞こえた。

 

 

「殴り倒して……足を持って振り回し……壁に叩きつけて……引き摺り回す。そしたら、落ち着くだろうね」

 

「そ、そうですか」

 

 

ハリーが引いた様子で口を閉じた。

 

……バナー博士って、見た目は非力そうなインテリ系って感じがするけど……結構パワー系なのかな。

 

 

「怒りには一過性のものと、絶対に収まらない怒りがある。その、絶対に収まらない怒りは……無理に抑え込まなくても良い」

 

「抑え込まなくて良いの?」

 

 

感情をコントロールする訓練、講義のはずなのにそんな事を言って良いのか?

私は訝しんだ。

 

 

「そうさ。それは『正しい怒り』だ。その怒りを持って力を解き放つ……だが、正しい事を成す。そして、必ず怒りの中から戻って来る。コレが大事なんだ」

 

 

体験談のように語るバナー博士に、私とハリーは頷いた。

 

……ハリーは、この人の正体と言うか……どんな人なのか知ってそうだ。

後で聞いてみよう。

 

 

「つまり、君達に必要なのは『怒りを抑える力』じゃなくて、『怒りを正しい行動へ向かわせる力』と『怒りから帰ってくる力』なんだ。今日の講義はその手段、そして心の持ち方について勉強して行こう」

 

 

バナー博士が、資料を私に配った。

 

……訓練と聞いていたけど、やっぱり学校の授業のようだ。

私は頷いて、その資料……手作りの教科書を開いた。

 

 

 

 

 

そして、二時間ほど。

 

 

 

 

 

授業が終わり、私とハリーは研究室を後にした。

バナー博士は座っていた机に向き合って、紙に図面を書き始めた。

 

普通の仕事もしながら、私達の面倒を見るって、凄く……ワーカーホリックなのかな?

 

そんな失礼な事を考えながら、エレベーターに乗る。

 

ハリーと私、二人っきりだ。

 

静かなエレベーターの中で、小さな音量で音楽が響く。

 

 

……そして、徐にハリーが口を開いた。

 

 

「あの、グウェンさん?」

 

「何?」

 

「今日は、その、お疲れ様でした」

 

「うん……まぁ、お疲れ」

 

 

よく分からない世間話に頷く。

聞きたい話の前のワンクッション……そんな言葉が頭に浮かんだ。

 

 

「それで……えっと、お変わりは無いですか?」

 

「……この子と共生したんだから、変わりはあるよ」

 

 

私がタートルネックの首元を下げると、黒い、シンビオートが蠢いた。

『グウェノム』はバナー博士と離れてから、怯えもなくなって元気になっていた。

 

 

「それは、あの……失言でした。申し訳な──

 

「謝罪は禁止。ハリーが悪いとは思ってないよ、後悔もしてないし。仕事で同僚になるんだから……もっと気楽に。グウェンって呼び捨てにしても良いし」

 

 

いい加減、ハリーの感じている罪悪感にも少し鬱陶しく感じたのだ。

だって私……今は別に不幸じゃないし。

 

 

「……ありがとうございます」

 

「敬語も必要ないんだけど」

 

「あ、ありがとう?」

 

「うん、それで良いよ」

 

 

ヘラヘラと笑う。

 

人間関係は、もっと気軽で良い。

勝手に罪悪感を持たれて、申し訳なさそうにされるのも疲れるし。

 

そして、私は聞きたかった事を思い出し、口を開いた。

 

 

「そんな事よりさ、ハリー。ブルース・バナー博士ってどんな人?」

 

「どんな……?いや、見た目の通り、善良で優しい、頭の良い先生だよ」

 

「いや、そうじゃなくて……なんかこう、隠してる事と言うか……そう──

 

 

私は頭の中で一つ、浮かんだ。

 

 

「私達みたいに、怒るとヤバいとか?」

 

「あ、あぁ……え?グウェンは知らないのか?」

 

「何を」

 

「バナー先生のヒーローネームだよ」

 

 

ヒーローネーム……?

 

と、言う事はやっぱりバナー博士はヒーローなんだ。

 

……でも、私、そんなにヒーローについて詳しい訳じゃないし……知ってるか不安だけど。

 

 

 

「勿体振らずに教えてよ」

 

「バナー先生は『ハルク』だ」

 

「……ハルク?」

 

 

ハルクって……。

 

 

「あの、緑色のムキムキの巨人の?」

 

「そうだ」

 

「え?あの、トラックなんかも投げ飛ばしてるあのハルク?」

 

「その通り」

 

「う、嘘でしょ?」

 

「本当だ」

 

 

私は目頭を摘んだ。

 

 

『ハルク』

緑色の巨人だ。

身長は2メートルぐらい。

筋骨隆々で上半身は裸。

獣のような叫び声を上げて、敵をちぎっては投げるヒーロー。

怒れば怒るほどに強くなると噂の。

……いや、ヒーローと言うにはちょっと、野蛮過ぎるぐらいの。

 

あぁ、そっか。

ブルース・バナー博士のこと、『アベンジャーズ』の関係者か『S.H.I.E.L.D.』のメンバーだと思ってたけど……違うんだ。

彼自身が『アベンジャーズ』だったのか。

納得。

 

 

「……あー、そりゃ、私達に感情のコントロールを教えるには……最適な人だね」

 

「間違いなく、そうだね……」

 

 

ハリーが腕を組んで頷いた。

 

 

「でも何で知ってるの?新聞にも本名も顔も載ってないのにさ……本人から聞いた?」

 

「いや、フューリーから教えてもらったんだ」

 

 

……は?

私には何も教えてくれないのに。

 

今度あったら文句言ってやる。

手をグッと握ると、ハリーが苦笑した。

 

 

「……はは、グウェンもどうやら、フューリーの秘密主義には納得が行かないようだね」

 

「まぁね。ハリーも?」

 

「あぁ、この間なんて急に飛行機に乗せられて……アフリカまで連れて行かれたよ」

 

「それは……何と言うか御苦労様」

 

「彼の無茶振りに共感できる仲間ができて嬉しいよ、僕は」

 

 

私とハリーは目を合わせて、苦笑いする。

 

そして、エレベーターが一階に到着した。

 

 

……まだちょっと話したいな。

自然とそう思った。

 

プレイボーイっぽい雰囲気もあるけど、実際のハリーは好青年で裏表のない良い性格をしている。

……私としては、ミシェルにはピーターよりもコッチを選んで欲しいけど。

 

 

「ハリー、時間はある?」

 

「あるよ……どうかしたのかい?」

 

「ミシェルの話、聞きたくない?」

 

 

ぴくり、と頬が動いた。

 

やっぱり。

 

私と話してる時、聞きたそうにしてたからね。

……それでも、女性の前で他の女の話をしようとしないのは彼のポリシーか、思いやりか。

 

ま、私はそんなの気にしないけど。

 

 

私はハリーに顔を向けて、アベンジャーズタワーの1階にある一角を指差した。

 

 

「あそこの喫茶店……奢ってくれるなら、話してあげても良いけど?」

 

「……分かった。任せてくれ、こう見えても少しは持っているから」

 

「どう見ても、でしょ?良い所の坊ちゃんっぽいし」

 

「ぼ、坊ちゃん……?僕、一応歳上なんだけど……?」

 

 

私は笑いながら。

ハリーは少しショックを受けた顔で。

 

二人で喫茶店に入った。

 

 

……ハルクの抹茶ラテ。

みたいな『アベンジャーズ』を意識したメニューがあって、私は失笑してしまった。

 

ちなみに、美味しかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

……俺は、エディ・ブロックは。

 

刑務官へ挨拶をして、ライカーズ刑務所から出た。

 

苦虫を噛み潰したような、そんな不快感を感じながら。

 

 

『オイ、エディ……さっきの男、相当ヤバい奴だな』

 

「あぁ、それは同感。初めて会ったよ……あんな、ヤバい奴」

 

 

クレタス・キャサディ。

連続殺人犯のサイコ野郎だ。

 

頭がおかしいってのは知ってたけど……想像以上だ。

 

好きとか嫌いとか、そんなんじゃない。

理解出来ない気持ち悪さがある。

 

……今まで、新聞記者という職業柄、色んな犯罪者と話した事はあるが……こんな気持ちは初めてだ。

 

俺はバイクに跨って……側に警官が寄って来た事に気付いた。

髭を生やした、初老の男だ。

 

 

「エディ・ブロックだな?」

 

「……そう言うアンタは?まずは自己紹介をするべきだろ」

 

「私はパトリック・マリガン……ニューヨーク市警の刑事だ」

 

 

警察手帳を見せてくる。

確かに。

 

本物か偽物かなんて、俺には見抜けないが。

 

 

「クレタス・キャサディから、何か話はあったか?」

 

「何かって?」

 

「……奴はまだ幾つもの未解決事件を抱えてる。死体の場所も分からない」

 

「あぁ、なるほど」

 

 

俺は勝手に納得した。

 

クレタス・キャサディは警察相手に黙秘してるし、記者との面会を拒否している。

 

何故か、俺だけが許されている。

 

何の関係もない筈の俺だけが。

 

だからこそ、警察はクレタス・キャサディから……何か情報を盗めていないか、俺を気にかけているって訳だ。

 

 

「このままだと奴は、レイブンクロフト精神病院に逆戻りだ。あそこは警官ですら入れない。それまでに手掛かりが欲しい……」

 

「そいつは……俺に期待しても無駄だと思うけどな」

 

「……余罪を追求出来れば、奴を死刑にだって出来る。このまま未解決事件の情報を、司法取引でもされれば……無期懲役ぐらいになるだろう」

 

「確かに」

 

「奴は死んだ方がいい人間だ、被害者の家族の為にも」

 

「……うわ、警官が死ねって言うのか?」

 

「警官だって人間だからな」

 

 

悪びれる様子もなく、パトリックが頷いた。

 

 

『コイツ、偉そうだが、おもしれぇな』

 

 

ヴェノムの声が頭に響く。

返事はしない。

コイツの声は外へ聞こえてないからだ。

返事をすれば異常者扱いされる。

 

 

「だからエディ……何か分かったら教えろ」

 

「どうも。分かったら、ね……そんな時は来ないだろうけど」

 

 

パトリックに手を振り、俺はバイクへ跨った。

そのままエンジンを吹かして、ライカーズ刑務所から離れる。

 

こんな所、二度と来たくないね。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ガラス張りの独房で、頁を捲る。

 

話が進む。

 

私は。

 

今日出会った……エディ・ブロックについて思い出す。

 

奴は普通じゃない。

 

何か。

 

異様な、凶暴性を秘めている。

 

私と同じように。

 

だけどそれは……私以上の強い暴力を兼ね備えている。

 

始めて写真を見た時。

 

その目が、表情が、全て。

 

やはり、私の人を見る目は正しい。

 

私は彼を知りたい。

 

彼の力を。

 

そして、暴力の正体を。

 

頬が自然に吊り上がる。

 

口が三日月のように裂けた。


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