【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#57 バースデイ・ソング part4

クレタス・キャサディとの初対面から2日後。

 

俺はまた、その男の前に来ていた。

 

 

「やぁ、また来てくれたね……エディ・ブロック」

 

「はぁ……俺はもう、二度と会いたくなかったけどな」

 

 

目の前で……ガラスの檻に入れられたクレタス・キャサディが笑う。

 

何が面白いんだか。

シリアルキラーの考える事は、俺には全く分からない。

 

こんなイカれた奴とは二度と会いたくなかった。

 

だが……コイツは面会人に俺を指定してくる。

 

その所為で、未解決事件の手掛かりが欲しい警察は俺に会うよう促してくる。

 

本当に……鬱陶しい話だ。

 

 

「それで……ちゃんと本は持って来たのかい?」

 

「あぁ、勿論。特例だって看守さんが言ってたぞ……でも、何だ『神曲』って?詩集みたいだけど」

 

 

皮の表紙に螺旋が描かれた詩集だ。

少なくとも、俺が本屋で買わないタイプの本だな。

 

 

「エディ・ブロック……君は学がないようだね」

 

「そんな事はない。これでもガキの頃は学校でも指折りだったんだぞ」

 

「そういう『学』の話をしている訳じゃない。君は愚か者じゃない筈だろう?エディ・ブロック」

 

 

何度も何度も名前を呼んでくるクレタス・キャサディに苛ついて、顔を顰めた。

 

 

「それで……?今日は何の話をしてくれるんだ?今朝見た夢の話でもしてくれるのか?なぁ?」

 

「もっと良い話さ……エディ・ブロック。一つ、取引をしよう」

 

「取引?ダメだな、収監されてる罪人とは取引するなって注意されてるんだよ。それに、俺は檻の中にいる奴とは取引しない……ガキの頃、動物園の猿からそう学んだんだ」

 

「私は猿ではない……人間だよ、エディ・ブロック。君は社会の『ルール』に縛られているのかな?哀れだ」

 

「そう言う、お前は檻に縛られてるだろうが。哀れんでやろか?おっと、悪いな。囚人に金は恵んでやれない」

 

 

俺は我慢できず、悪態を吐く。

 

 

「……それもそうだ。話を戻そう」

 

「いいや、その話は聞きたくないね」

 

「良いのかい?スクープを手にするチャンスだぞ?」

 

 

スクープ?

 

俺は金の匂いを嗅ぎつけて、耳を傾けてしまった。

 

 

「僕と君。交互に質問して行く……そして、質問には正しく答える。そんな取引さ。一つ知りたい事を話す。君も話してほしい。なぁ、簡単な話だ」

 

「どんな質問でも良いんだな?」

 

「あぁ、どんな質問でも良いとも」

 

「じゃあ、俺から質問だ。今まで殺して来て……まだ警察に見つかっていない死体があるだろ。死体はどこにある?」

 

 

俺は恐る恐る……しかし、警察の要求している質問を聞いた。

 

だが、この情報はコイツにとっての人質みたいなものだ。

全部話せば死刑になる事も、分かっている。

 

クレタス・キャサディは狂っているが、馬鹿じゃない。

馬鹿ならもっと早く逮捕されていた筈だ。

 

 

「少し卑怯じゃないか?死体の場所……そして、動機は教えてやる。だけど、一つずつだ。一つの質問に答えるのは一つだけだ」

 

 

クレタス・キャサディが指を一本立てた。

 

……思ったより、乗り気な返事に俺は内心で驚いた。

 

 

「じゃあ、そうだな……二年前、お前が殺したアンナって奴の死体はどこだ?」

 

「アンナ……あぁ、思い出したよ。可愛いアンナ。彼女は首を裂いて殺した……綺麗だったんだ。頸がね。ウェストコースト、教会の墓に紛れ込ませた」

 

 

……俺は気分が悪くなりながらも、手帳に記入した。

本当かどうか、それは調べれば分かる話だ。

 

 

「じゃあ、次は私の質問だ。君の名前は?」

 

「ふざけてるのか?エディだ。エディ・ブロック」

 

「そうだ、君はエディ・ブロックだ。さて、次の解答を答えよう」

 

 

また、自慢気にクレタス・キャサディが語り出す。

 

 

「オットー?あぁ、彼はいけすかない奴だった。私と肩がぶつかった時、怯えて謝ったんだ。彼の方が大きいのにね。腹を裂いて腸をバラまいた。彼の店、精肉店の地下にある筈だ。気付いてなかったのかい?」

 

「アンジェラか……あぁ、思い出した。スーパーで店員相手に怒鳴り散らかしている客がいて……彼女がそれを諌めたんだ。英雄のようだったよ。褒め称えられるような存在だった。あぁ、気持ち悪い。足を削いで、ヘルズキッチンの裏道に放って来たさ。見た目も良かったし……遊ばれた後、死んでいると思うけどね」

 

「ルーカスは皮を剥いで、海へ投げ捨てた。漁師だったんだ。今は魚の餌だろうね……笑えるだろう?」

 

「ジョンは──

 

 

幾つも、恐るべき犯行を語って行く。

話される度に精神が疲弊していく。

 

その度に彼は、どうでも良い質問をしてくる。

 

好きな食べ物。

趣味。

結婚はしているか、とか。

 

 

そして。

 

 

「さて、私の番だ、エディ・ブロック。君は暴力を秘めている。それも私よりも遥かに強力で、凶悪な……きっと私よりも暴力的だ。違うか?」

 

 

俺はペンを動かす手を止めた。

 

……『ヴェノム』の事を知っているのか?

 

 

「さぁ?知らないな」

 

「エディ・ブロック……それは契約違反だ。YES(はい)NO(いいえ)で答えてくれ」

 

「じゃあ、違う。俺は暴力なんか振るわない」

 

「……へぇ」

 

 

意味深に笑うクレタス・キャサディに不快感を感じながらも、話を進める。

 

そして、次の質問。

 

 

「エディ・ブロック。君は人間か?血は赤いのかい?」

 

「当たり前だ」

 

「本当かなぁ……今すぐ手を裂いて、確かめてみたぐらいだ」

 

 

クスクスと笑うクレタス・キャサディに……俺は怯えた。

 

 

「もう、この話は終わりだ。お前とは話さない」

 

「えぇ?もうなのかい?……じゃあ仕方ない。持って来た本を受け取り口においてくれ」

 

 

俺はゆっくりと檻へ近づき、手に持っていた本をガラスの開いた場所に置いた。

 

 

その瞬間、クレタス・キャサディが近寄って来て──

 

 

俺の手に噛み付いた。

 

 

「……痛ぇっ!?」

 

『テメェ!何しやがる!』

 

 

咄嗟に『ヴェノム』が出てきて、カメラの視界に入らない位置で、彼を強く突き飛ばした。

 

椅子を弾き飛ばし、彼はガラスの壁に激突した。

その瞬間、激突を感知して警報が鳴り始めた。

 

手から血が流れる……瞬時にヴェノムが傷を塞ぐ。

一瞬の後、俺の手の傷は無くなった。

 

 

壁に手を突いて、クレタス・キャサディが立ちあがる。

その顔にあるのは……狂気的な笑顔だ。

 

口からは血が出ている。

誰の血だ?

自分自身の血か?

それとも、俺の血か?

 

 

「ん、んふっ、ふふふっ、血、血の味が違うなぁ……エディ・ブロック。君、人間じゃあないだろ?」

 

「何を……」

 

 

直後、刑務官が現れて、俺を檻から引き剥がした。

 

刑務官が俺に声を掛ける。

 

 

「離れて!離れなさい!」

 

 

俺は自分の手を見た。

……ヴェノムによって傷は塞がれている。

噛まれたと言っても、証拠がないだろう。

 

内心を見透かされないよう、冷静を装って言葉に従う。

 

ガラス張りの檻から離れて……クレタス・キャサディは俺を目で追っている。

 

笑いながら、俺の手を見ている。

無傷の手を。

 

 

「そうか、そうか。エディ、エディ・ブロック……君は特別だったんだ。やはり、私の見る目は正しかった、素晴らしい……最高だよ」

 

「静かにしなさい!受刑番号344!」

 

 

興奮するクレタス・キャサディに刑務官が怒鳴った。

 

 

「私なんかよりも、余程の怪物なのに君はルールに縛られている。法に、規則に。何故だ、エディ・ブロック?教えてくれ……私に答えを──

 

 

バチン!

 

と、大きな音がした。

 

彼は糸が切れたように倒れた。

刑務官が檻に電気を流したのか……。

 

 

俺は刑務官に連れられて、待合室まで下がらされた。

 

 

「エディさん、あまり囚人を興奮させないでください」

 

「は?え?俺が悪いの?」

 

「そうだとしても、そうではなかったとしても、です。面会は禁止です。これ以上会うのは囚人にも、貴方にも、良くないですから」

 

 

 

ガシャン、と大きな音がして、門が閉まった。

 

俺はライカーズ刑務所から追い出されて……入口の前にいる。

 

 

「あぁ、クソ……いや、待てよ?二度とアイツと会わなくて済むって話なら、そりゃ良い話か」

 

 

俺はため息を吐いて、自身の乗っているバイクへと向かう。

……そこには、パトカーが停まっていた。

 

俺は心底、めんどくさくなる。

 

ドアが開き、二人の男性が降りて来た。

 

一人は……以前会った、パトリック・マリガン刑事。

もう一人は……誰かは分からないが、服装と状況から見るに警官だろう。

 

俺はバイクの元へ歩いて行き──

 

 

「エディ・ブロック。何か分かったか?」

 

 

そう言って、パトリックが話しかけて来た。

 

 

「あぁ、あったとも」

 

 

俺は若干の面倒臭さを感じながら、クレタス・キャサディから話された情報を話した。

 

パトリックの隣にいた警官が熱心にノートへ書いていた。

……この人は、パトリックと同年代に見える。

 

 

「あー、パトリック?」

 

「マリガン刑事と呼べ。呼び捨てにされるほど親しくないし、気も許していない」

 

「あぁ、そう?マリガン刑事……その人は誰なんだ?」

 

 

俺が指を指すと、パトリック・マリガンが目を細めた。

 

 

「関係ないだろう?それと、人に指を指すな」

 

「まぁ、よせ。パトリック」

 

 

もう一人の男性がパトリックを宥めた。

 

 

「俺はクレタス・キャサディの担当警部だ。まぁ、早い話が……奴を逮捕した警官だ」

 

「へぇ、そりゃ凄い。で?名前は?」

 

 

俺が聞き直すと、彼は胸元から手帳を取り出した。

 

 

「俺の名前はジョージ。ジョージ・ステイシーだ」

 

 

そう言って手を差し伸べてくる。

 

どうやらこっちは……話が分かる人らしい。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

誕生日会は8月10日……3日後、グウェンの家でする事となった。

 

僕は椅子に腰を掛けて、頭を抱える。

 

費用、と言うか、パーティに必要な食べ物の持ち込みなんかは、グウェンとネッド……それにグウェンの父であるジョージさんが用意してくれるらしい。

 

何故、ジョージさんが……と思ったけど、グウェン曰く普段娘が世話になってるからとか何とか。

 

……金欠だから凄くありがたいけど、グウェンとの付き合いは……その、付き合ってあげてるとか世話してあげてるとかじゃなくて……対等と言うか……あぁ、もう何て言ったら良いのか分からない。

 

だけど、お金を貰ったり感謝されるために一緒にいる訳じゃない。

ジョージさんも分かってるとは思うけど……こう、ちょっと申し訳なさが出てくる。

 

会ったら感謝の言葉を伝えておこう。

そう決心した。

 

 

さて。

 

 

目下、僕は非常に大きな問題を抱えている。

 

極悪銀行強盗との戦い?

逃走する指名手配犯とのカーチェイス?

迷子の女の子の両親を捜索?

 

どれもこれも、大した悩みじゃない。

半日もかからない話だ。

スパイダーマンならね。

 

それで、今僕が何を悩んでいるかと言うと。

 

 

「ミシェルへの誕生日プレゼント……どうしよう」

 

 

そう、これだ。

 

数週間前にプレゼントは渡したばかりだ。

 

青いバラのネックレスだ。

……彼女は毎日着けてくれている。

きっと気に入ってくれていると思って良いだろう。

 

だけど、それの所為でお金がない。

 

スマホも壊れちゃったし、もう僕自身で手一杯だ。

いまから、お金を捻出しようとするのは無理だ。

 

消費者金融に借りるぐらいしか選択肢はない。

だけど、借金でプレゼント……?

そんな事をして、バレたら……ミシェルに軽蔑されてしまう。

 

だから、用意できるのは金の掛からないプレゼントだけ。

 

……スタークさんの言っていた恋愛術は金の掛かる物ばかりだ。

本人が金持ちだから問題ないのだろうけど、僕みたいな貧乏学生には厳し過ぎる。

 

今、この状況では役に立つ内容が思い当たらない。

 

 

僕はげんなりとしながら、壁側に置かれたカメラを見た。

数万円するカメラだ。

貧乏学生が持つには少し、いやかなり高めの高級品。

だけど、最近のカメラよりは古い……ちょっとしたアンティークみたいなカメラ。

 

僕自身が写真を撮るのが好きだってのもあるけど、アレはデイリー・ビューグルで仕事をする際に必要な仕事道具でもある。

 

……これは、メイおばさんの家から持ってきたカメラで……遺品だ。

 

誰の遺品か?

……ベンおじさんの遺品だ。

 

 

僕の育ての親で、僕がスパイダーマンである理由の一つ。

 

僕がクモの力を手に入れてから……自惚れていた時期に。

僕は目の前を横切った強盗を、関係ないからと見過ごして。

……その夜、ベンおじさんは強盗に殺されてしまった。

 

僕の責任だ。

 

だけど、僕の……後悔の言葉にベンおじさんは許してくれた。

そして、『大いなる力には、大いなる責任が伴う』事を教えてくれた。

 

力ある者には……誰かを助ける責任がある。

その言葉を胸に、今も僕はスパイダーマンをしている。

 

 

そんなベンおじさんが遺したカメラ。

 

メイおばさんの家にある僕の成長アルバム……その中にある写真も、このカメラで撮った。

 

大事で大切なカメラ。

 

僕はそれを手に取った。

 

 

……僕はミシェルとの、今までの出来事を思い出す。

 

 

彼女の出会いから、まだ一年も経っていない。

だけど、色々な事があった。

 

僕は彼女に、急速に惹かれて行った。

 

彼女の容姿が綺麗だから?

いや、違う。

それだけじゃない。

 

きっと、初めて恋愛感情を自覚したのは……リザードが学校に現れた時だ。

彼女はスーパーパワーもないのに、親しくもない知人であるフラッシュを助けるために危険を冒した。

その優しさと、自己犠牲の心に……彼女は心の底から善人なんだって……好意を持った。

 

 

そして、スイーツフェスタでの出来事も。

僕がライノと戦って……遅刻して、それも予定の会にすら参加出来なくて。

普通なら怒って、僕をビンタしたっておかしくない。

酷い奴だと思われても仕方ない話だ。

それなのに彼女は……僕がただ、遅刻するような人間とは思わないからと言う理由で……何かあったのだと察してくれて、その上で聞かずにいてくれて…………それは、凄くありがたい思いやりだった。

彼女はスパイダーマンじゃなくて、僕を信用してくれているのだと、そう感じたんだ。

 

笑顔で許して、僕を慰めて……その時から、彼女は僕の特別になった。

 

 

他にも色々な出来事があった。

思い出を重ねる度に僕は彼女を好きになって行った。

きっと僕は、彼女を知れば知るほど……好きになる。

 

 

彼女の事が大切なんだ。

……一緒にいたいと、そう思ってる。

 

願わくば、高校生活が終わっても……。

 

 

僕はカメラを弄る。

幾つか、彼女の写真もこのカメラで撮った。

旅行の時に、祝い事の時に、イベント事でも。

 

 

ふと、名案が思い付いた。

 

 

ミシェルはスパイダーマンが好きだと言っていた。

ファンだって……。

 

それなら。

 

……僕はカメラを片手に……机の上で充電していたスーツの入った腕時計を取って、部屋を出た。


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