【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
クレタス・キャサディとの初対面から2日後。
俺はまた、その男の前に来ていた。
「やぁ、また来てくれたね……エディ・ブロック」
「はぁ……俺はもう、二度と会いたくなかったけどな」
目の前で……ガラスの檻に入れられたクレタス・キャサディが笑う。
何が面白いんだか。
シリアルキラーの考える事は、俺には全く分からない。
こんなイカれた奴とは二度と会いたくなかった。
だが……コイツは面会人に俺を指定してくる。
その所為で、未解決事件の手掛かりが欲しい警察は俺に会うよう促してくる。
本当に……鬱陶しい話だ。
「それで……ちゃんと本は持って来たのかい?」
「あぁ、勿論。特例だって看守さんが言ってたぞ……でも、何だ『神曲』って?詩集みたいだけど」
皮の表紙に螺旋が描かれた詩集だ。
少なくとも、俺が本屋で買わないタイプの本だな。
「エディ・ブロック……君は学がないようだね」
「そんな事はない。これでもガキの頃は学校でも指折りだったんだぞ」
「そういう『学』の話をしている訳じゃない。君は愚か者じゃない筈だろう?エディ・ブロック」
何度も何度も名前を呼んでくるクレタス・キャサディに苛ついて、顔を顰めた。
「それで……?今日は何の話をしてくれるんだ?今朝見た夢の話でもしてくれるのか?なぁ?」
「もっと良い話さ……エディ・ブロック。一つ、取引をしよう」
「取引?ダメだな、収監されてる罪人とは取引するなって注意されてるんだよ。それに、俺は檻の中にいる奴とは取引しない……ガキの頃、動物園の猿からそう学んだんだ」
「私は猿ではない……人間だよ、エディ・ブロック。君は社会の『ルール』に縛られているのかな?哀れだ」
「そう言う、お前は檻に縛られてるだろうが。哀れんでやろか?おっと、悪いな。囚人に金は恵んでやれない」
俺は我慢できず、悪態を吐く。
「……それもそうだ。話を戻そう」
「いいや、その話は聞きたくないね」
「良いのかい?スクープを手にするチャンスだぞ?」
スクープ?
俺は金の匂いを嗅ぎつけて、耳を傾けてしまった。
「僕と君。交互に質問して行く……そして、質問には正しく答える。そんな取引さ。一つ知りたい事を話す。君も話してほしい。なぁ、簡単な話だ」
「どんな質問でも良いんだな?」
「あぁ、どんな質問でも良いとも」
「じゃあ、俺から質問だ。今まで殺して来て……まだ警察に見つかっていない死体があるだろ。死体はどこにある?」
俺は恐る恐る……しかし、警察の要求している質問を聞いた。
だが、この情報はコイツにとっての人質みたいなものだ。
全部話せば死刑になる事も、分かっている。
クレタス・キャサディは狂っているが、馬鹿じゃない。
馬鹿ならもっと早く逮捕されていた筈だ。
「少し卑怯じゃないか?死体の場所……そして、動機は教えてやる。だけど、一つずつだ。一つの質問に答えるのは一つだけだ」
クレタス・キャサディが指を一本立てた。
……思ったより、乗り気な返事に俺は内心で驚いた。
「じゃあ、そうだな……二年前、お前が殺したアンナって奴の死体はどこだ?」
「アンナ……あぁ、思い出したよ。可愛いアンナ。彼女は首を裂いて殺した……綺麗だったんだ。頸がね。ウェストコースト、教会の墓に紛れ込ませた」
……俺は気分が悪くなりながらも、手帳に記入した。
本当かどうか、それは調べれば分かる話だ。
「じゃあ、次は私の質問だ。君の名前は?」
「ふざけてるのか?エディだ。エディ・ブロック」
「そうだ、君はエディ・ブロックだ。さて、次の解答を答えよう」
また、自慢気にクレタス・キャサディが語り出す。
「オットー?あぁ、彼はいけすかない奴だった。私と肩がぶつかった時、怯えて謝ったんだ。彼の方が大きいのにね。腹を裂いて腸をバラまいた。彼の店、精肉店の地下にある筈だ。気付いてなかったのかい?」
「アンジェラか……あぁ、思い出した。スーパーで店員相手に怒鳴り散らかしている客がいて……彼女がそれを諌めたんだ。英雄のようだったよ。褒め称えられるような存在だった。あぁ、気持ち悪い。足を削いで、ヘルズキッチンの裏道に放って来たさ。見た目も良かったし……遊ばれた後、死んでいると思うけどね」
「ルーカスは皮を剥いで、海へ投げ捨てた。漁師だったんだ。今は魚の餌だろうね……笑えるだろう?」
「ジョンは──
幾つも、恐るべき犯行を語って行く。
話される度に精神が疲弊していく。
その度に彼は、どうでも良い質問をしてくる。
好きな食べ物。
趣味。
結婚はしているか、とか。
そして。
「さて、私の番だ、エディ・ブロック。君は暴力を秘めている。それも私よりも遥かに強力で、凶悪な……きっと私よりも暴力的だ。違うか?」
俺はペンを動かす手を止めた。
……『ヴェノム』の事を知っているのか?
「さぁ?知らないな」
「エディ・ブロック……それは契約違反だ。
「じゃあ、違う。俺は暴力なんか振るわない」
「……へぇ」
意味深に笑うクレタス・キャサディに不快感を感じながらも、話を進める。
そして、次の質問。
「エディ・ブロック。君は人間か?血は赤いのかい?」
「当たり前だ」
「本当かなぁ……今すぐ手を裂いて、確かめてみたぐらいだ」
クスクスと笑うクレタス・キャサディに……俺は怯えた。
「もう、この話は終わりだ。お前とは話さない」
「えぇ?もうなのかい?……じゃあ仕方ない。持って来た本を受け取り口においてくれ」
俺はゆっくりと檻へ近づき、手に持っていた本をガラスの開いた場所に置いた。
その瞬間、クレタス・キャサディが近寄って来て──
俺の手に噛み付いた。
「……痛ぇっ!?」
『テメェ!何しやがる!』
咄嗟に『ヴェノム』が出てきて、カメラの視界に入らない位置で、彼を強く突き飛ばした。
椅子を弾き飛ばし、彼はガラスの壁に激突した。
その瞬間、激突を感知して警報が鳴り始めた。
手から血が流れる……瞬時にヴェノムが傷を塞ぐ。
一瞬の後、俺の手の傷は無くなった。
壁に手を突いて、クレタス・キャサディが立ちあがる。
その顔にあるのは……狂気的な笑顔だ。
口からは血が出ている。
誰の血だ?
自分自身の血か?
それとも、俺の血か?
「ん、んふっ、ふふふっ、血、血の味が違うなぁ……エディ・ブロック。君、人間じゃあないだろ?」
「何を……」
直後、刑務官が現れて、俺を檻から引き剥がした。
刑務官が俺に声を掛ける。
「離れて!離れなさい!」
俺は自分の手を見た。
……ヴェノムによって傷は塞がれている。
噛まれたと言っても、証拠がないだろう。
内心を見透かされないよう、冷静を装って言葉に従う。
ガラス張りの檻から離れて……クレタス・キャサディは俺を目で追っている。
笑いながら、俺の手を見ている。
無傷の手を。
「そうか、そうか。エディ、エディ・ブロック……君は特別だったんだ。やはり、私の見る目は正しかった、素晴らしい……最高だよ」
「静かにしなさい!受刑番号344!」
興奮するクレタス・キャサディに刑務官が怒鳴った。
「私なんかよりも、余程の怪物なのに君はルールに縛られている。法に、規則に。何故だ、エディ・ブロック?教えてくれ……私に答えを──
バチン!
と、大きな音がした。
彼は糸が切れたように倒れた。
刑務官が檻に電気を流したのか……。
俺は刑務官に連れられて、待合室まで下がらされた。
「エディさん、あまり囚人を興奮させないでください」
「は?え?俺が悪いの?」
「そうだとしても、そうではなかったとしても、です。面会は禁止です。これ以上会うのは囚人にも、貴方にも、良くないですから」
ガシャン、と大きな音がして、門が閉まった。
俺はライカーズ刑務所から追い出されて……入口の前にいる。
「あぁ、クソ……いや、待てよ?二度とアイツと会わなくて済むって話なら、そりゃ良い話か」
俺はため息を吐いて、自身の乗っているバイクへと向かう。
……そこには、パトカーが停まっていた。
俺は心底、めんどくさくなる。
ドアが開き、二人の男性が降りて来た。
一人は……以前会った、パトリック・マリガン刑事。
もう一人は……誰かは分からないが、服装と状況から見るに警官だろう。
俺はバイクの元へ歩いて行き──
「エディ・ブロック。何か分かったか?」
そう言って、パトリックが話しかけて来た。
「あぁ、あったとも」
俺は若干の面倒臭さを感じながら、クレタス・キャサディから話された情報を話した。
パトリックの隣にいた警官が熱心にノートへ書いていた。
……この人は、パトリックと同年代に見える。
「あー、パトリック?」
「マリガン刑事と呼べ。呼び捨てにされるほど親しくないし、気も許していない」
「あぁ、そう?マリガン刑事……その人は誰なんだ?」
俺が指を指すと、パトリック・マリガンが目を細めた。
「関係ないだろう?それと、人に指を指すな」
「まぁ、よせ。パトリック」
もう一人の男性がパトリックを宥めた。
「俺はクレタス・キャサディの担当警部だ。まぁ、早い話が……奴を逮捕した警官だ」
「へぇ、そりゃ凄い。で?名前は?」
俺が聞き直すと、彼は胸元から手帳を取り出した。
「俺の名前はジョージ。ジョージ・ステイシーだ」
そう言って手を差し伸べてくる。
どうやらこっちは……話が分かる人らしい。
◇◆◇
誕生日会は8月10日……3日後、グウェンの家でする事となった。
僕は椅子に腰を掛けて、頭を抱える。
費用、と言うか、パーティに必要な食べ物の持ち込みなんかは、グウェンとネッド……それにグウェンの父であるジョージさんが用意してくれるらしい。
何故、ジョージさんが……と思ったけど、グウェン曰く普段娘が世話になってるからとか何とか。
……金欠だから凄くありがたいけど、グウェンとの付き合いは……その、付き合ってあげてるとか世話してあげてるとかじゃなくて……対等と言うか……あぁ、もう何て言ったら良いのか分からない。
だけど、お金を貰ったり感謝されるために一緒にいる訳じゃない。
ジョージさんも分かってるとは思うけど……こう、ちょっと申し訳なさが出てくる。
会ったら感謝の言葉を伝えておこう。
そう決心した。
さて。
目下、僕は非常に大きな問題を抱えている。
極悪銀行強盗との戦い?
逃走する指名手配犯とのカーチェイス?
迷子の女の子の両親を捜索?
どれもこれも、大した悩みじゃない。
半日もかからない話だ。
スパイダーマンならね。
それで、今僕が何を悩んでいるかと言うと。
「ミシェルへの誕生日プレゼント……どうしよう」
そう、これだ。
数週間前にプレゼントは渡したばかりだ。
青いバラのネックレスだ。
……彼女は毎日着けてくれている。
きっと気に入ってくれていると思って良いだろう。
だけど、それの所為でお金がない。
スマホも壊れちゃったし、もう僕自身で手一杯だ。
いまから、お金を捻出しようとするのは無理だ。
消費者金融に借りるぐらいしか選択肢はない。
だけど、借金でプレゼント……?
そんな事をして、バレたら……ミシェルに軽蔑されてしまう。
だから、用意できるのは金の掛からないプレゼントだけ。
……スタークさんの言っていた恋愛術は金の掛かる物ばかりだ。
本人が金持ちだから問題ないのだろうけど、僕みたいな貧乏学生には厳し過ぎる。
今、この状況では役に立つ内容が思い当たらない。
僕はげんなりとしながら、壁側に置かれたカメラを見た。
数万円するカメラだ。
貧乏学生が持つには少し、いやかなり高めの高級品。
だけど、最近のカメラよりは古い……ちょっとしたアンティークみたいなカメラ。
僕自身が写真を撮るのが好きだってのもあるけど、アレはデイリー・ビューグルで仕事をする際に必要な仕事道具でもある。
……これは、メイおばさんの家から持ってきたカメラで……遺品だ。
誰の遺品か?
……ベンおじさんの遺品だ。
僕の育ての親で、僕がスパイダーマンである理由の一つ。
僕がクモの力を手に入れてから……自惚れていた時期に。
僕は目の前を横切った強盗を、関係ないからと見過ごして。
……その夜、ベンおじさんは強盗に殺されてしまった。
僕の責任だ。
だけど、僕の……後悔の言葉にベンおじさんは許してくれた。
そして、『大いなる力には、大いなる責任が伴う』事を教えてくれた。
力ある者には……誰かを助ける責任がある。
その言葉を胸に、今も僕はスパイダーマンをしている。
そんなベンおじさんが遺したカメラ。
メイおばさんの家にある僕の成長アルバム……その中にある写真も、このカメラで撮った。
大事で大切なカメラ。
僕はそれを手に取った。
……僕はミシェルとの、今までの出来事を思い出す。
彼女の出会いから、まだ一年も経っていない。
だけど、色々な事があった。
僕は彼女に、急速に惹かれて行った。
彼女の容姿が綺麗だから?
いや、違う。
それだけじゃない。
きっと、初めて恋愛感情を自覚したのは……リザードが学校に現れた時だ。
彼女はスーパーパワーもないのに、親しくもない知人であるフラッシュを助けるために危険を冒した。
その優しさと、自己犠牲の心に……彼女は心の底から善人なんだって……好意を持った。
そして、スイーツフェスタでの出来事も。
僕がライノと戦って……遅刻して、それも予定の会にすら参加出来なくて。
普通なら怒って、僕をビンタしたっておかしくない。
酷い奴だと思われても仕方ない話だ。
それなのに彼女は……僕がただ、遅刻するような人間とは思わないからと言う理由で……何かあったのだと察してくれて、その上で聞かずにいてくれて…………それは、凄くありがたい思いやりだった。
彼女はスパイダーマンじゃなくて、僕を信用してくれているのだと、そう感じたんだ。
笑顔で許して、僕を慰めて……その時から、彼女は僕の特別になった。
他にも色々な出来事があった。
思い出を重ねる度に僕は彼女を好きになって行った。
きっと僕は、彼女を知れば知るほど……好きになる。
彼女の事が大切なんだ。
……一緒にいたいと、そう思ってる。
願わくば、高校生活が終わっても……。
僕はカメラを弄る。
幾つか、彼女の写真もこのカメラで撮った。
旅行の時に、祝い事の時に、イベント事でも。
ふと、名案が思い付いた。
ミシェルはスパイダーマンが好きだと言っていた。
ファンだって……。
それなら。
……僕はカメラを片手に……机の上で充電していたスーツの入った腕時計を取って、部屋を出た。