【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#6 ウォッチメーカー

ニューヨークの地下には、一般人の知らない隠された地下通路がある。

それは張り巡らされた蜘蛛の糸のように、広大で複雑な迷宮のような地下通路。

 

私の所属している『組織(アンシリーコート)』や、他の組織が使用している闇組織御用達の通路だ。

 

誰が作ったのか?いつ作られたのか?

それは分からないし、知らない。

そして、知ろうとしてはならない。

 

暗がりの中を私は歩いている。

 

 

外は今……まだ、夕方ぐらいだろう。

 

だが、日光が一切差し込まず、数十メートル毎に薄く光る電灯のみが光源になっている。

そんな暗く、そして幾たびも別れ道が存在する通路を記憶を頼りに歩いていく。

 

 

私は今、『レッドキャップ』としてここに来ている。

マスクも、スーツも、プロテクターも装備している。

 

ただ、ヘルズキッチンで爆破された時の衝撃によって、プロテクターは半壊、スーツも焼け焦げている。

マスクも機能自体は無事だが、表面がひび割れてしまっている。

 

……ドブの臭いがしていたが、必死になって手洗いした結果、マシになっている。

まだほんの少し、臭いが。

 

そんな、側から見れば満身創痍のような姿だが。

私はそのボロボロのスーツを着て、目的地へと足を進めていた。

 

道を曲がり、進み、曲がり、登り、進み、下り、曲がり、曲がる。

 

そして。

 

 

『ここか』

 

 

私は金属で出来た梯子を登り、マンホールを開け、路地裏に到着した。

 

看板のないドアを見つけ、その横のインターホンを鳴らす。

 

少しして、インターホンのライトが緑から赤色になる。

 

……返事はないが、応答はしている状態だ。

 

 

『音痴なラジオを持ってきた』

 

 

暗号を口にして、少し待つ。

 

するとドアの鍵が外れる音がした。

 

 

一見、古臭そうで、テクノロジーとは無縁のような金属製のドアだが……実際は、オートマティック式の鍵が付けられたドアだ。

 

私はドアノブを回し、中に入る。

 

そこは狭い、狭い部屋だ。

 

壁にかけられた、妖精が描かれた絵画を除けると、裏にエレベーターのボタンがある。

 

下矢印のボタンを押せば、部屋全体が下に下がっていく感覚があった。

 

 

登って来て、また降りるのか。

 

 

なんて考えながら、私は壁にもたれかかった。

 

1、2分ほど降り、到着する。

 

再度ドアを開ければ、そこにあったのは、ハイテクな機械が大量に置かれた部屋だった。

 

机に無造作に置かれたレンチ、レーザーカッター。

謎の設計図が空中にホログラムで投射されている。

 

まるで、近未来の工房のような姿だ。

 

そして見渡せば、一人、私に目を向けている何者かがいる。

 

 

黒く、全ての光を吸い込んでしまいそうな金属の鎧を着込み、体の節々から強いエネルギーを感じる紫色の光が発光している。

 

西洋の騎士のように縦に切り込まれた兜の面からも、紫色の光を放っている。

 

そう、彼が。

 

 

『ティンカラー』

 

『初めまして……いや、会うのは初めてだが、喋った事はあるかな。多分、数年前に……スーツのメンテナンスで』

 

 

ティンカラー。

 

彼はこんな見た目をしているが、戦闘員ではない。

それどころか、どの組織にも所属していない。

フリーランスの技術屋だ。

 

 

『随分とお喋りだな』

 

『悪いかい?人となりを知る事、知ろうとする事は社会人の第一歩だ。君がクライアントで、僕は提供者さ。なら、君を知る事は君にあった技術を提供する事に必要な事だ……そう思わないかい?』

 

 

本当によく喋る。

 

彼もまたフルフェイスのヘルメットを被っているが、私と同様に機械音声へのボイスチェンジャーを搭載している。

 

老若男女、そのどれかも分からない。

 

ただ、身長は私よりも高く……おそらく、170cmぐらいだと思われる。

 

……いや、私は言うほど小さくない。

160cmぐらいある。

 

正確には160cmギリギリだが。

……私はチビではない。

スーツの底にある厚底は、決して私が身長を気にして使っているものでは無い。

小柄な私が敵に威圧感を与えるための……。

 

いや、まぁ、この話はどうでも良い。

 

とにかく、この目の前の技術屋、ティンカラーは私と同様に徹底的な秘密主義者なのだ。

 

 

『君に以前、提供したその多機能マスク。今も使ってくれてるようで感心したよ。だがまぁ、随分とボロボロになってしまっているね』

 

『なら、分かっているだろう?組織からの依頼は先に送っていた筈だ』

 

『あぁ、そうだとも。君達は僕のお得意様だ。数週間前にメールが来てたさ、準備はOK。万事、抜かりなくね』

 

 

組織からの指令、それは私のこのボロボロになったスーツの補修依頼だ。

 

以前から修理予定となっており、組織からも待つように言われていた。

 

まさか、今日連絡が来て、今日行かなくちゃならないなんて思ってもみなかったけど。

 

 

『それで、直るのか?』

 

『結論から言うと、「直せる」よ。勿論ね』

 

 

私は安心したような、少し苦しいような感情で胸を満たされた。

 

このスーツが壊れている間、私は任務を受けていなかった。

いや、受けられなかったが正しいのだが、束の間の休暇と休息を味わっていたのだ。

 

まるで、夏休み前日まで夏休みの終わりを知らなくて……急に両親から伝えられた子供のような気分だ。

 

 

『でもね、僕は「直したくない」』

 

『……なんだと?』

 

 

そんな私の心境を知ってか知らずか、思わせぶりな発言を続けるティンカラー。

 

ムカついて来て、思いっきり殴りたくなって来たな。ウザい。

 

 

『……おっと、勘違いしないでくれたまえ。僕はそのスーツを「直す」事に魅力を感じていない。だって作ったの、五年前ぐらいじゃないかな?詳しくは覚えてないけど、とにもかくにも「古い」んだ』

 

 

ティンカラーが私のスーツを指差す。

 

 

『技術はね、日々進歩している。素晴らしく、賢く、強く、易しく、そして一新される。君のスーツはもう「古い」。まるでヴィンテージショップで見かけたジーパンみたいに古いね』

 

『では、ど

 

『そこで僕は考えた』

 

 

私の言葉は興奮したティンカラーに遮られた。

こいつ、人の話を聞かないタイプだな。

 

 

『今の君にあった最新のスーツを作る……そう、これがベストってコト』

 

 

ティンカラーは自身の腕に指を這わせると、ホログラムのキーボードが出現した。

それを逆の手で操作し、幾つか入力すると部屋の奥でドアが開く音がした。

 

 

『付いてきてくれたまえ』

 

 

ティンカラーに続いて、私も歩き出す。

 

そして、その先で……壁にかけられたスーツを見つける。

 

 

『どうだい?』

 

 

それは、まるで騎士の甲冑のような硬質的なスーツ。

いや、鎧と言って良い。

現在の防刃スーツの上に、プロテクターを幾つか付けるようなスーツではない。

黒い装甲で全身を覆い、頭は今までのように赤い……だが、現在のようなただの金属のマスクではない。

真っ赤なガラスのような透過した素材が表面に貼り付けられており、その下に薄く透過されて幾つかの電子機器が見える。

 

全身が金属の塊になったようなスーツだ。

……まるで。

 

 

『アイアンマンみたいだな』

 

 

慌てて、私は口を閉じた。

 

技術屋の前で他の技術屋の名前を出すのはご法度だ。

プライドの高い人間ほど怒ってしまう。

 

私はチラリ、とティンカラーを見ると。

 

 

『お?気付いたかい?確かにこれはアイアンマン、トニー・スタークのスーツからインスピレーションを得たモノさ』

 

 

どうやら怒っていないようだ。

ほっと胸を撫で下ろし、ティンカラーの話を聞く。

 

 

『今までの身を守るためだけのスーツとは違う。このアーマーの素材になっている合金にはヴィブラニウムを混ぜてある。ヴィブラニウムには衝撃を吸収し、反射する性質があるんだよ』

 

 

ティンカラーが手元のコンソールを弄ると、部屋の壁面が開かれ、ガラス越しに真っ白な部屋が現れた。

 

中央には金属の板が存在してる。

 

 

また、彼がコンソールを弄ると強烈な炸裂音がガラス越しにも響き、何かが発砲された事に気がついた。

 

だが、部屋の中央に置かれた金属板は無傷だ。

 

 

『徹甲弾さ。戦車すら貫く強力なエネルギーが魅力的。だけど、そんな近代兵器最高クラスの破壊力でもヴィブラニウムの金属板にダメージを与える事すらできない。それに、見てくれ』

 

 

ティンカラーが指を指した先には、ヴィブラニウムの金属板……そして、下には。

 

 

『ただの木だよ。固定具はね。何の変哲もない木材さ。不思議だろう?あんな固定具が徹甲弾の衝撃を受けても折れていない。全ての衝撃はヴィブラニウムが吸収しているのさ、凄いだろ?』

 

 

確かに、凄い。

 

率直に感動してしまった。

 

そして、ただの板状に加工されたヴィブラニウムですら徹甲弾を防げるのなら。

曲面のように加工され、衝撃を逃すように作られたこのアーマーは。

 

 

『例えハルクのスマッシュを食らっても壊れないよ。ミサイルの爆風を食らっても壊れない。数十メートルの高さから落下しても無傷だ。詳しくはマニュアルをどうぞ』

 

 

机に置いてあった書類を、私に投げつける。

 

私はそれを手に取り、開く……。

 

 

何で図解とかあるんだ。

しかもカラーだし。

凝り性なんだな、コイツ。

 

 

『マスクも凄いぞ。脳波を読み取る特殊な装置が内蔵されている。頭の中で考えるだけでアーマーを動作させる事が出来る』

 

 

また、ティンカラーがコンソールを操作する。

 

 

『今は僕の手動だけどね。足の上部が……ほぉら自動で開いた。突き出してるのはナイフの柄さ。特殊合金性。すっごく硬いよ。投擲物として使い捨てる事も想定してるから、ヴィブラニウム合金じゃなくて炭素系の特殊合金なんだけどね』

 

 

そう言って言葉を一つ区切った。

 

 

『ヴィブラニウムって凄い貴重な金属なんだ。ユリシーズ・クロウって言う闇の商人から購入した……もう、ほんの少ししかない超貴重な金属だ。キャプテンアメリカの盾にも使われてるんだ。凄いだろ?是非とも僕に感謝してくれたまえ』

 

 

『あぁ、凄いな』

 

 

ティンカラーがあまりにもお喋りで疲れてきて、返事が適当になってきている。

 

あぁ、そう考えるとネッドのお喋りは可愛いもんだな。

 

ティンカラーは過剰だ。

不快なレベルでお喋りなのだ、コイツは。

 

 

『そんな素晴らしいスーツがもう、君の手に。もう直ぐね』

 

『もう直ぐ?未完成品なのか?』

 

 

そう私が尋ねると、待ってましたと言わんばかりにティンカラーは声を弾ませた。

 

 

『後は君の体格に合わせるだけ。その為に今日来てもらったのさ』

 

 

ティンカラーが上機嫌で話しかけてくる。

 

 

……ん?体格に合わせる?

フィッティングさせるって事か?

……という事は。

 

 

『今のスーツ、脱いでくれるかな?』

 

 

ですよね。

 

 

 

私はひび割れたマスクに手を触れて……。

 

 

『どうしたの?』

 

 

目の前にいる、私と同様にマスクを被った男……いや、男か女か分からないけど、とにかくマスクを被った男が訝しげに首を傾げた。

 

 

『……ティンカラー、マスクの下について何故、知りたがる?体格のデータなど、私自身が調べれば良いだろう。私の容姿を知る事によって何も利点は無いはずだ』

 

『ふむ、それもそうだね』

 

 

ティンカラーは納得したように頷いた。

だが。

 

 

『でもね、僕は知りたいんだ。端的に言えば知的好奇心さ。僕は君の素顔が知りたい。それはどんなに金を積んでも知られないし、この機会を逃せば二度と知ることは出来ないだろ?』

 

 

マスクによって中性的な機械音声に変換された声が、私の感情を逆撫でした。

 

 

『顔を見せてくれないなら、君のスーツは作ってやらない。組織にも協力しない。でも、困るだろうねぇ……君の上司も怒っちゃうかも知れないよ』

 

『チッ』

 

 

私は舌打ちをして、マスクに手をかけた。

 

 

『先に言っておくぞ、ティンカラー』

 

『なんだい?』

 

『私の素顔……そして、正体に対しては他言無用だ。もし話せば……必ず、殺す』

 

『いいよ、誰にも話すつもりはないからね』

 

 

へらへらと笑い声を交えながら、ティンカラーは了承した。

 

……本当に分かっているのか、心配だ。

まぁ、でも、本当にもしもの時は組織が始末する。

その時は仕事として、私が彼を殺す事になるのだろうが。

 

 

私はマスクの後ろ……首の裏にある着脱スイッチを押す。

空気の抜けるような音と共に、マスクの後頭部が展開し、そのままマスクを脱ぐ。

 

 

「……満足か、ティンカラー」

 

 

機械音声ではない、私自身の声が部屋に響いた。

マスクの下に収納されてたセミロングの頭髪がばさり、と肩にかかった。

 

私は苛立ちから、自身の眉間に皺が寄っている事を自覚した。

 

そんな私を見たティンカラーは無言で、そのまま動かず立ち尽くしていた。

 

 

……いや、動かなさすぎだろ。

反応が全くない。

 

 

「……おい、ティンカラー?」

 

『…………』

 

 

……ティンカラーって実はロボットで、処理エラーで動かなくなったりでもするのか?

なんて思ってしまう程に無反応だった。

 

マスクの下を見せろと強要して来た割に、何の反応も示さない姿に苛立ちが抑えられなくなってくる。

 

 

「おい、返事をしろ。ティンカラー」

 

『……え?あぁ、すまない。驚いたよ』

 

 

少し、元気のない様子でティンカラーが返事をした。

 

……何だ?

 

 

「不満があるのか、ティンカラー」

 

『いや、そう言う訳じゃない。君が女性だって事、知ってたんだよ、僕は』

 

「そうなのか?なら、どうしてそんな……落ち込むような事がある?」

 

『心外だな、落ち込んでなんていないさ。ただちょっと、昔の知り合いに似てたから驚いただけさ』

 

「昔の?」

 

 

秘密主義者である私とティンカラー、その間では自身の話なんて殆ど全くしない物だと思っていたが……予想に反して、ティンカラーは自身の過去を話し出した。

 

 

『そう。僕がまだ幼い頃にね……もう亡くなっているんだけど。大切な…………って、こんな話をしたい訳じゃないんだ』

 

 

そうやって話を中断させるが、何となく、ティンカラーがちゃんと生身の人間だと言う事を認識出来た気がした。

 

フルフェイスのマスクを付けて、肌を少しも出していないから人間っぽく見えないんだよな。

目とか紫色に光ってるし。

実はロボットだったと言われれば信じてしまうだろう。

 

 

『うん、君の容姿については納得した。ありがとう、僕の知的好奇心は満たされた……けど、体の測定は……僕がやるのはダメそうだね』

 

「何故だ?」

 

『え?いや?だって僕、男だし』

 

 

あぁ、やはり男だったのか。

 

 

「私は別に構わないが」

 

『嫁入り前の女の子の身体をベタベタ触れる訳ないだろ?バカなのかい、君は』

 

 

というか、そう言われると尚更なんでマスクを脱ぐ必要があったのか謎だ。

そもそも、最初っから女性だと知っていると言ってたし、どうするつもりだったんだコイツ。

 

目の前の変人の奇行に、私は頭を痛めた。

何か目的があるのか?それともイカれてるのか?

 

 

『あそこに更衣室あるから。そこで……えーっと、この電子メジャーを身体に通して。あ、勿論全裸で……データの方はなるべく僕は見ないようにするから』

 

 

異常な程に私に配慮し出したティンカラーに首を傾げながら、彼が手に持っている機具を受け取った。

 

機械で出来た輪っかのような物だ。

これを身体に潜らせると、輪の中の物体を3Dスキャンするらしい。

 

手に受け取ったリングを片手に、私はパーティションで仕切られた更衣室に入って行った。


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