【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
雨が、降り注いでる。
痛みに、恐怖に、度重なる傷跡に……この街が涙を流しているかのように。
静寂の中に雨音が落ちる音のみ響いている。
赤と青の光が、交互に暗闇を照らしていた。
撥水性の高い青と黒のレインコートを身に纏った警官が空を見上げた。
忌々しげに空を見つめて、溜息を吐いた。
……私はそれを、ビルの上から見ていた。
真っ黒な『ナイトキャップ』スーツは暗闇に紛れるのに最適だ。
貯水タンクの裏から、警官達の動向を窺う。
……クレタス・キャサディの居場所を私は知らない。
恐らく、何かしらの
情報不足は、不測の事態を引き起こす。
彼等の会話を盗み聞き、居場所や能力を探るのが先決だ。
無闇に街を走り回っても、探知能力のない私なら見つけるのに時間がかかる。
ニューヨークは広い。
手探りに探すのは、無謀だ。
……何か近付いている。
それも大きな音を立てて。
破砕音を伴いながら、まるで大型の獣のような荒々しさで迫ってくる。
私は背中の
突如、警察車両が跳ね上がった。
宙を舞い、壁にぶつかり地に落ちた。
大きく鈍い音がして、燃え上がる。
警官は四名、車両は二台。
車両には警官も乗っていた筈だが……あの様子では生存は絶望的か。
衝撃による圧迫死か、炎上による焼死か、酸素の燃焼による一酸化炭素中毒か……いずれにせよ、碌な死に方ではないだろう。
現れたのは灰色の巨体。
タール状の皮膚に大きく裂けた口。
間違いなく、シンビオートだ。
灰色のシンビオートは腕を振り回し、警官に襲い掛かる。
警官達は恐慌しながらも、数度の発砲で反撃を行う。
だが、無意味な抵抗だ。
皮膚に着弾するが、まるでダメージが入っているような様子はない。
液体のように見える皮膚は、衝撃や切断に対する耐性が高い。
そのまま触手が一人を捕まえた。
「いやっ──
バクリ。
と、頭から食われた。
頭部の無くなった肉体が血を大量に流し、雨で濡れた地面に倒れた。
流れ出る血は水に溶けて、下水道へ流れて行く。
そこで、もう一人の警官は抵抗が無意味だと言う事に気付いたようだ。
「ば、化物!」
悲鳴を上げながら、拳銃を捨てて、背を向けて、走り出す。
だが、自身より身体能力が高い化物から逃げられる訳がない。
触手に捕まり、引き寄せられる。
私はそれを眺めていた。
無感情に、無慈悲に、無意味に。
助けなければ、なんて思う事はない。
他人を助ける為に危険を犯すつもりはない。
私は正義の味方ではない。
そして、灰色のシンビオートには見覚えがあった。
記憶を遡り……思い出す。
しかし、頭の奥底にある『コミック』の記憶ではない。
この世界に生まれてからの記憶だ。
あの灰色は以前、ハーマンと共同で『ライフ財団』取引を護衛した際に見た。
アタッシュケースの中にいた五つの液体。
その中にあった灰色の液体、そこには『
あれがシンビオートだとしたら、コイツは『ライフ財団』の……名前は『ライオット』か。
ライオットが口を開いた。
食うのか?と思っていたが、どうやら様子が違う。
『オイ、オマエ……キャサディの居場所をしってるか?』
鈍く重い、人とは思えない声で訊いた。
どうやら、彼等もキャサディを追っているらしい。
「し、知らない!知る訳ない!」
そして、警官もライオットも情報を持っていない事が分かった。
……なら、ここに居座る必要も無いだろう。
私は、ライオットが警官に集中している間に、その場を離れる事にした。
奴らは勘が鋭く、探知能力も高い。
見つかれば面倒だ。
『そうか……なら、もう必要ないな』
ライオットの声と共に、警官の悲鳴が聞こえる。
胸は痛まない。
私に助ける義理はない。
……私は、ビルの縁に足をかけて──
その瞬間、何かが視界の隅を横切った。
黒い、女性型のシンビオート。
……私のよく知る少女の姿。
グウェン・ステイシーだ。
私は目で追う。
シンビオートと結合したグウェンが、ライオットに飛び掛かり蹴飛ばした。
細い足からは考えられない程の力があり、2メートル近い巨体が転がった。
同時に、触手を伸ばして警官をキャッチした。
『オマエ……何者だ?キャサディではないな……』
少しもダメージがない様子で、ライオットが立ち上がる。
灰色の肉体に走る黒い血管が脈打つ。
怒り狂っているのが目で分かった。
……まずいな。
私は貯水タンクの上に登り、二体のシンビオートを見下ろした。
その場を「立ち去る」と言う選択肢は、もう頭の中には無かった。
◇◆◇
咄嗟に。
そう、咄嗟に蹴飛ばしてしまった。
隠れているなんて出来なかった。
見過ごす事も出来なかった。
コイツが……目の前にいる灰色のシンビオートが、キャサディじゃないって事は分かっている。
本来の目的にはない敵だってのも分かってる。
だけど……目の前で誰かが死にそうになってるのに、見過ごす事なんて私には出来なかった。
「グウェノム!」
背後からハリーの声が聞こえる。
フライトボードから飛び降りて、私の真横に立った。
……ハリーに外では『グウェノム』と呼んでもらうようにしている。
正体がバレないようにする為だ……が、正直、『グウェノム』という名前も『グウェン』と言う名前も似たような物で、誤差レベルでしかない気がするけど。
まぁ、やらないよりはマシだ。
「急に飛び出すからっ」
『ゴメン、でも待てなかったから』
気を失った警官を地面に下ろして、私は目の前にいる灰色のシンビオートに向き直る。
真っ白な目を鋭くさせて、私を睨み付けている。
体長は……2メートル近い。
私より遥かに大きい。
『グウェノム……?知らない名前だ……『財団』のシンビオートではないのか?オマエ』
……『財団』?
私は聞きなれない単語に困惑しつつも、それを表には出さない。
『そう言う貴方は何様?どう言う要件で警官を襲っているの?』
『フム……『財団』の管理するシンビオートではないなら、持ち帰れば……
私の言葉を無視して、独り言を呟いている。
そして、ニタリ、下品に頬を歪めた。
笑っている。
凶暴に、下劣に。
格下相手を舐めるような顔で、私を見る。
『中身は死んでも良い……引き剥がしてでも、オマエを持ち帰る』
私を指差すと同時に、背中から触手が無数に生えた。
その触手の先は槍のように鋭く尖っていた。
……まずいな、私よりもシンビオートの身体制御が上手いみたいだ。
『随分、物騒な奴ね……ハリー、援護お願い』
「了解。でも、あまり無茶はしないでよ?」
『当然……!』
私は触手を細く、糸のように飛ばして壁に突き刺す。
そのまま身体を宙に投げ飛ばし、灰色のシンビオートに接近する。
私は爪を鋭く尖らせて、引き裂こうと振り下ろす。
灰色のシンビオートも腕をメイスのような形状に変化させる。
私と灰色のシンビオート、二人の攻撃がぶつかった。
『くっ』
私はそのまま弾き飛ばされて、街灯にぶつかった。
……力負けだ。
灰色のシンビオートの方が私達よりも大きい。
力のぶつかり合いは質量が物を言う。
根本から折れた街灯が地面に倒れる。
そのまま先頭の、電灯部分が砕けて破裂した。
灰色のシンビオートは、その隙を見逃さずに私へと突進してくる。
両腕、両足の四足歩行で……まるで獣の様だ。
その瞬間、黒い蝙蝠型のナイフが灰色のシンビオートに突き刺さった。
ハリーの投げた武器だ。
『フン、邪魔をするな……コイツを引き剥がしたら、直ぐにオマエの相手をしてや──
突如、灰色のシンビオートの頭部が爆発した。
炎を撒き散らし、皮膚を焼く。
ハリーの投げた武器は『レイザーバット』を改修した武器だ。
中心に燃焼する液体と起爆剤が入っている。
以前、一緒に訓練をしている時に教えてもらったが……実際に見るのは初めてだ。
『アアァァ!?』
皮膚を焼かれたシンビオートが奇声と悲鳴を上げながら、身を捩る。
シンビオートは音と炎に弱い。
これは結合している私もよく知っている事だ。
私はその隙に体勢を立て直し、足元の街灯のポール部分を爪で短く切り取った。
即席の槍だ。
切断部分は鋭く尖っている。
そして、私は金属の槍を灰色のシンビオートに向かって……投擲した。
空を裂き、灰色の巨体へ迫る。
『舐めルな!』
だが、シンビオートは背中から触手を伸ばして、それを弾き飛ばした。
弾き飛ばされた金属棒は、そのまま壁に突き刺さった。
……凄い力だ。
完全にダメージを与えたと思ったのに。
『ハァ……小賢しい奴らだ……』
シンビオートが私を一瞥し、その後ハリーを睨み付けた。
背中の触手が、大きな棘の生えた球体のような形状に姿を変えた。
『まずはオマエを叩き殺してやる!』
折り畳んでいたシンビオートの足が伸ばされて、飛び上がる。
コンクリート製の壁を両手で掴み、まるでバターのように抉り取る。
そのまま、砕けたコンクリートの破片をハリーに向けて投げ飛ばした。
「くっ」
『まずっ!』
咄嗟にハリーは避けたが、幾つか命中する。
強化薬によって身体能力が向上しているハリーでも、散弾のように撒き散らされたコンクリート片の範囲攻撃は回避しきれなかったようだ。
私は灰色のシンビオートに向かって走り──
突如、サイレンの音が聞こえた。
それもかなり大きな音で、だ。
それは背後の停まっていた警察車両からだ。
中にいた警官の一人は死に、一人は気絶しているのに。
私は身を震わせて、前のめりに転がった。
シンビオートは火と、『音』に弱い。
結合状態が一時的に不安定になった私は、足が動かなくなり立てなくなる。
音は私達にとって致命傷だ。
だが、それは灰色のシンビオートだって一緒だ。
ハリーへ向かおうとしていた、シンビオートは身を震わせて、壁にぶつかった。
……やはり、相手の方が私よりも結合の度合いが高かったようだ。
音が、より効果的に作用している。
灰色のシンビオートが、音を出しているパトカーを見つけて、その手を振るおうとし──
直後、私も気付いた。
そこに、黒いマスクを被った何者かがいた。
そいつは、右手で見た事のない拳銃を構えていて、左腕に銃身を乗せていた。
ドアの開いた警察車両、その砕けた窓の縁から灰色のシンビオートへ銃口は向けられていた。
瞬間、
発砲音とほぼ同時に、ライオットに弾丸が命中する。
だけど、先程の警官の射撃ではダメージは無かった。
この攻撃も無意味な物ではないか、と思った。
発砲によって跳ね上がった銃口を、即座に左腕に叩き付けるように戻した。
ガキン、と鈍い金属の接触音が聞こえた。
そして、更に追撃の発砲。
『う、グォッ!?』
ライオットが苦悶の声を上げる。
何故か、ダメージが発生しているようだ。
……サイレンによって結合が不安定になっているからか。
弾丸の衝撃は吸収しきれず、宿主にダメージを与えてるようだ。
発砲、そして、更に発砲。
連続で的確に、同じ場所に向かって連続で命中している。
『グッ、オッ!?』
私も訓練の一環で射撃訓練をした事はあるけど……比べるのも烏滸がましい精度だ。
間違いなく、プロだ。
アマチュアの私とは格段に違う。
……もしかして、彼がフューリーの言っていた援軍のエージェントなのだろうか?
弾丸を何発も食らった灰色のシンビオートは、そのまま足を痙攣させて倒れた。
そして、黒いマスクの男がハリーを一瞥した。
ハリーが気付き……シンビオートへ駆け寄って、腰から注射器を取り出す。
そのまま、注射器を灰色の巨体へ突き刺した。
……アレは、私に使う予定だった濃縮されたビタミンCによるシンビオートの鎮静薬だ。
24時間以上、シンビオートの力が使えなくなる。
……私で実証済みだ。
灰色のシンビオートが悲鳴を上げつつ、宿主の身体に逃げ込んでいく。
宿主は……人相の悪い、紺色の服を着た男だ。
警備員のような服装だった。
黒いマスク姿の男がそれを確認し、パトカーの中で何かを操作した。
その瞬間、サイレンの音が止み、私も息を吹き返した。
『う、ふぅ……うぅっ、気持ち悪……』
だけど、短時間とは言え弱点を突かれ続けた私達はかなり疲弊していた。
長時間、揺れる車に乗っていたような……吐き気がある。
ハリーが拘束具で、気絶しているシンビオートの宿主を拘束し……そのまま、黒いマスク姿の男に近付いた。
『…………』
黒いマスクの男は、無言でそれを見ている。
「お前は……レッドキャップ……なのか?」
レッドキャップ?
聞き覚えのない単語に私は首を傾げた。
でも、レッド?……にしては黒いけど。
それに、ハリーの警戒する理由もよく分からない。
だって、私達を助けてくれたのだから……仲間、なんでしょ?
『……ナイトキャップだ』
中性的な機械音声で、そう返した。
……あれ?
じゃあ、ハリーの言っている人とは別人?
「いや……黒くはなっているが、お前はレッドキャッ──
『今はナイトキャップだ』
有無を言わぬように遮り、ハリーが困惑したような顔をしている。
ハリーはそのまま、私を一瞥した。
しかし、私はそもそも『レッドキャップ』という人も知らないし、今何が起こってるかも全く分かってない。
私を見られても困る話だ。
ハリーがため息を吐いた。
「分かった、分かったよ。それで、何の用だ」
警戒したまま、問い質した。
『彼女の力を借りたい』
そう言って、ナイトキャップが私を見た。
『え?私?』
『そうだ、シンビオートはお互いの存在を探知出来ると聞いた……違うか?」
『あ、うん……多分?』
グウェノムの力を借りて、街に感じる『嫌な気配』。
それを辿れば、灰色のシンビオートと遭遇した。
つまり、この『嫌な気配』の正体がシンビオートならば──
『……待って。それじゃあ……この街にシンビオートが沢山いるって事?』
私の言葉にハリーが驚いたような顔をしている。
マスクとゴーグル越しでよく見えないけれど。
『確信は無かったが……そうらしいな』
「らしい、だって?この騒動はお前達の仕業じゃないのか?」
ハリーが怒ったような口調で問いただした。
……仲が、悪いのだろうか?
『違う。私は関係ない』
「……信用は出来ない。それで、グウェノムの探知能力を借りて……シンビオートを見つけてどうするつもりだ?」
確かに、私の力を借りてシンビオートの位置を把握する……と言うのは目的ではなく手段だ。
何を望んでいるかは分からない。
『私はクレタス・キャサディを追っている』
『キャサディ……?』
私達もそうだ。
しかし、シンビオートを探すと言う手段と、キャサディに何の関係が?
「キャサディとシンビオートは関係ない筈だ」
『奴……ライオットはシンビオートを奪おうとしていた。奴等の目的は『財団』の管理していないシンビオートを確保する事だ』
『財団って?』
確かに……灰色のシンビオート……ライオットも『財団』と言っていた。
しかし、私にそれは分からなかった。
しかし、ナイトキャップは私の疑問を無視して話を進める。
『シンビオートを回収しに来た奴等が、キャサディを狙っている』
そして、そこで私とハリーも理解した。
『つまり、キャサディもシンビオートと結合している可能性が高い』
「……なら何故、シンビオートが?お前の言う『財団』の──
『いや、それに関しては偶然だろう。奴等はシンビオートの管理について厳格だ。……野放しになっている別のシンビオートが原因である可能性が高い』
そう言って、ナイトキャップが私を見た。
……え?何で?
『ちょっと、私はキャサディと面識なんて──
「そうか……アイツか?」
私の言葉を遮り、ハリーが頷いた。
『ヴェノムだ』
その名前には聞き覚えがある。
頭の中でグウェノムが『パパ!』と言っている。
私は直接会った事はないが、彼等は面識があるらしい。
『恐らく。何かしらの接触があり、結合した可能性が高い。キャサディ、そして結合したシンビオートを追うのであれば……蛇の道は蛇、シンビオートの協力が必要だ』
「……なるほど」
ハリーが頷いたのを見て、私も頷いた。
分からない単語が出てきたが、兎に角、この目の前の……ナイトキャップ?は協力してくれるらしい。
『じゃあ、よろしく……?』
私は、ナイトキャップに手を伸ばし──
「ちょ、ちょっと、こっち来て!」
私がナイトキャップに握手を申し込もうとしたら、ハリーに首の根っこを掴まれて路地裏まで連れてこられた。
『な、何?協力するんだから、握手ぐらいは──
「君は奴の怖さを知らないんだ」
ハリーが真剣な顔で……怯えたような表情で言うのだから、私は驚いた。
こんな顔をしたハリーを見るのは初めてだった。
『こ、怖いって?彼、良い人なんでしょ?』
「……いや、全然、全くだ。彼は……悪人だ」
『悪人?』
私達を助けてくれたのに?
「彼は……仲間を刺殺した事だってある。何人もの人間を殺してきた、殺し屋だ」
『こ、殺し屋って……そんな』
そんな、スパイ映画に出てくるような存在が……人殺しで生計を立てるような奴がいるなんて。
正直、信じられなくて。
「冗談で言ってる訳じゃないんだ。僕だって殺されかけた……あまり、信用しない方が良い」
『え、えっと……うん、分かった』
あまりに熱弁するのだから……それだけ、真剣な話だと分かって……ハリーが警戒しているのも分かった。
誇張でもなく、本当に悪い人間だとハリーは認識している。
そして、私に危害が及ばないように忠告してくれている。
……だけど、どうしても、彼が悪い人間だとは思えなかった。
助けてもらったから?
いや、それだけじゃなくて……何だろう?
分からない……勘、だろうか。
「……ただ、僕達だけでは力量不足なのは事実だ。気を付けながら、不意打ちされないようにしつつ……協力はしてもらおう」
『……難しい事、言うね』
私とハリーが警察車両の前に戻ると、ナイトキャップが私達へ顔を向けた。
『話は終わったか?』
「あぁ……協力はする」
『そうか』
ナイトキャップが、警察車両のボンネットに腰掛けた。
私の方へ顔を向けて、口を開いた
『では、この付近にいるシンビオートの位置を──
「うわぁああ!?」
悲鳴が聞こえた。
……気絶していた警官が目を覚ましたようだ。
腰が抜けているようで、座ったまま後退りをしている、
ハリーが慌てて駆け寄り、話しかける。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ!?え?……あぁ、い、いや」
震えながら、倒れているライオットの宿主を一瞥した。
……あの姿では彼がシンビオートの正体だとは分からないだろう。
「さ、さっき巨大な化物がいた筈なんだよ!何処に行ったか知らないか……?」
「あぁ、それなら──
ハリーが口を開こうとした瞬間、警官が私の方へ目を向けた。
「あ、あぁ!化物だ!」
化物……?
あ、あぁ……今、私の姿はグウェノムと結合している姿だ。
無理もない話だ。
「お、落ち着いて下さい……!」
「ひ、ひぃっ」
ハリーが話しかけるも、恐慌状態のままだ。
そして、そのまま警官が腰に手を伸ばし──
拳銃を取り出した。
その銃口は私に向いている。
指は、引き金に掛けられている。
撃たれる、と思った。
拳銃を……しかも、一般人から向けられるのは初めてだった。
だから、どうすれば良いかも分からなくて脳裏に迷いがあった。
そして。
その瞬間、背後から寒気がした。
即座に振り返ると、ナイトキャップが拳銃を構えていた。
ハリーに先ほど言われた言葉が脳を過ぎる。
彼は、善人ではない。
ナイトキャップの持つ拳銃は、警官へ向けられていた。
『待っ──
発砲音が、夜のニューヨークに響いた。