【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#66 キル・ゼム・オール part5

ヴェノムが腕を振るう。

コンクリートの壁に丸く穴が空くほどの腕力で、ストレートを繰り出した。

 

大振りな攻撃をカーネイジは回避し、触手で薙ぎ払う。

ヴェノムの皮膚が引き裂かれるが……1秒程で傷はなくなる。

シンビオートの再生能力の前では、細かな傷などダメージの内に入らない。

カーネイジは致命傷を狙っている訳ではなく、消耗によるパワーダウンを狙っている。

 

カーネイジは追撃に一歩踏み込み、その爪を構え……グウェノムによって防がれた。

グウェノムがその赤い腕を掴み、捻る。

その勢いのまま、蹴りを顔面へと繰り出した。

 

しかし、カーネイジは腕を掴まれたまま、力任せに腕を振りまわした。

 

 

『あっ!?』

 

 

グウェノムは振り解かれ、投げ飛ばされヴェノムに衝突した。

 

 

『うっ!?』

 

『ぐあっ!?』

 

 

二人と二匹はそのまま絡まるように転がり、壁にぶつかった。

 

ひっくり返ったグウェノムの上に、ヴェノムが倒れている。

 

 

『邪魔だ!クソガキ!』

 

『そっちこそ、早く退いてよ!』

 

 

……まるで、チームワークがなっていない。

片方は我の強い……いや、我が強過ぎる宇宙生物(シンビオート)、もう片方は戦闘経験が殆どない女子高校生。

 

気が合う訳もなく、連携できる訳でもない。

 

 

「ちっ、狙いが定まらねぇ……」

 

 

横を見れば、手甲(ガントレット)を構えながらも、カーネイジを捉えられないハーマン。

 

『ショッカー』は超能力(スーパーパワー)を持たない悪人(ヴィラン)だ。

普通の人間が、ハイテク装備をしているだけに過ぎない。

 

反射神経や動体視力は並だ。

目の前で繰り広げられてる超人同士の戦闘にはついて来れないのだろう。

 

それに……カーネイジに不用意に接近すれば、触手を切り離して攻撃される。

ハーマンでは回避する事も出来なければ、耐える事もできない。

良くて戦闘不能、悪ければ死だ。

 

そんな博打を打てない彼は、距離をとってカーネイジの動きが止まるのを待つしかない。

 

スパイダーマンとハリーも飛び込み、攻撃を仕掛けるも……いなされて、吹っ飛ばされる。

ハリーに至っては血を流している。

 

もう殆ど乱戦状態だ。

フィジカルに優れるスパイダーマン、ヴェノム、グウェノムだけが接近戦を熟せている。

四人共、同程度の身体能力がある……ハリーは一歩遅れていると言った感じか。

 

私も、彼等よりは僅かに身体能力が劣る。

……私はヴィブラニウム製のスーツが無ければスパイダーマンと戦えない。

そして、そのスパイダーマンと同等か、それ以上のパワーを持つカーネイジに勝てる道理はない。

 

 

『カーネイジ』……か。

その姿を見て、私はコミックの記憶を思い出した。

彼はスパイダーマンを学習したヴェノムの子供だ。

なので、彼等と同程度の腕力や俊敏性がある。

スパイダーマンのコピーのコピーだから、当然の話だ。

 

身体能力は互角。

 

だが、スパイダーマンは超感覚(スパイダーセンス)を無効化されて、分が悪い。

ヴェノムとは……カーネイジの宿主、クレタス・キャサディで差が付く。

奴は生まれながらのシリアル・キラーだ。

人殺しに天賦の才がある。

 

人間だった頃から何人もの被害者を殺しながら、生き延びてきた才能……それは洞察力、危機感知能力、戦闘センス、思考パターンだ。

 

ただの新聞記者であるエディ・ブロックには持ち得ないセンス。

そして、キャサディはカーネイジを使い熟している……いや、カーネイジが主体となり、完全に一体化している。

そして、宿主の凶暴性もシンビオートの特性と強く結び付いている。

 

コミックでも、スパイダーマンとヴェノム、二人がかりで何とか倒せたような強敵。

それが『カーネイジ』だ。

 

 

……だが、この世界のスパイダーマンは……まだ若い。

ティーンエイジャーで、戦闘経験も浅い。

ましてや、普段は自分よりも身体能力で劣る悪人(ヴィラン)達を、殺さぬように手加減しながら戦っている程だ。

自分と同等、いや、それ以上の敵と戦うなんて事は殆ど無いだろう。

 

 

……しかし何故、今更。

何故、こんな記憶を思い出したのか?

少し、疑問が脳裏を過ぎる。

以前からそうだ。

 

私は前世の記憶を忘れ過ぎている。

……いや、忘れているが、何かの拍子で頭に蘇る。

 

忘れているなら、こんな鮮明に思い出せない筈だ。

 

まるで……何かに鍵を掛けられて、解錠されたような──

 

違う、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

 

恐らく、この世界のスパイダーマンでは、ヴェノムと組んでも勝てない。

かと言って、グウェノムや、ハリーは戦闘力としては不足している。

 

私もヴィブラニウム製のスーツが無ければ……カーネイジと正面からは戦えない。

 

……チッ、スーツさえあれば。

そう考えても仕方のない話だが、思わず愚痴を言いたくなる。

 

それに私を含めて……全員がチームでの戦闘経験が少ない。

故にチームでの戦いに慣れておらず……6人集まっても足して6のパワーは出ていない。

良くて3か2ぐらいだ。

正面から敵にぶつかろうとも、互いに邪魔になり思うように攻撃出来ていない。

 

 

それに比べて、カーネイジはどうか?

……奴は対多人数戦闘において、無類の強さを誇る。

その触手による攻撃は広範囲、かつ連続の攻撃を可能としている。

厄介極まりない。

 

人数の差で有利だとしても、我々が勝てない理由がコレだ。

 

 

ならば、奴に勝つにはどうするか?

 

弱点を突く、これしかないだろう。

 

そして、カーネイジ・シンビオートの弱点と言えば……『炎』と『音』だ。

 

『炎』なら、ハリーの武器に頼る事が出来る。

ゴブリンの使用していた爆弾が該当する。

だが……先程のライオットとの戦いを鑑みるに、有効打とは言えなさそうだ。

もっと強力な……それこそ、ヒューマントーチや、ファイアスターのような炎を司る超人でなければ致命傷を与える事は難しい。

 

 

なら、『音』だ。

 

つまり、『ショッカー』の『バイブロ・ショック・ガントレット』が対カーネイジ戦に於いて重要になる。

ハーマン・シュルツは技術者だ。

この場でシンビオートの嫌がる周波に手甲(ガントレット)を調整させ、攻撃させれば……有効打になりうる。

 

問題は彼の身体能力が一般的な人間レベルだと言う事か。

そこは似非超人である私がカバーすれば良い。

 

……だが、周波数を調整した衝撃波(ショックウェーブ)だけでは、カーネイジの動きを封じられてもキャサディを止める事は難しい。

 

 

カーネイジはヴェノムとスパイダーマン、そしてグウェノムと戦っている。

……息を切らしているハリーに、私は近付く。

 

 

『ハリー、少し良いか?』

 

「う……あぁ、何だ……?」

 

 

眉の下が切れて、血が目に入って鬱陶しそうにしている。

だが、呼吸も荒いまま私を睨み付けた。

 

……まぁ、闘志は十分のようだ。

これなら任せられるか。

 

 

『耳を貸せ……作戦がある』

 

「……信用、して良いんだな?」

 

『少なくとも、奴を倒すまでは』

 

 

私がカーネイジに目を向ける。

 

スパイダーマンが(ウェブ)の反動を活かして跳び蹴りを放っていた。

そのまま足を掴まれて、振り回される。

 

 

「うわあっ!」

 

 

情けない声をあげながら、地面に叩きつけられた。

石のタイルが砕け散る。

……中々、痛そうだ。

 

流石に、このままでは勝てないと悟ったのか、ハリーが深く息を吐いた。

 

 

「分かった、信じる。だが、今だけだ」

 

『それで十分だ。それと……ハーマン、少しこっちに来てくれ』

 

「ン?オレか?」

 

 

三人が時間を稼いでくれている間に、指示をする。

互いに連携を……なんて話ではない。

ただ単純に、順に的確な行動をするだけだ。

 

チームワークなんかじゃない。

即席チームの連携なんて信用できる物ではない。

私は彼等を駒として、活用する。

彼等は指示された通り、的確に動く。

 

私情を挟まず、アドリブは最小限に……。

それが最善(ベスト)だ。

 

そして、消費すべきリソースを選ぶ。

力で負けて、連携も取れないならば、それ以外の『何か』で埋め合わせする必要がある。

 

彼等の命は賭けられない。

今、最も安全に……そして使い捨てられる物は何か?

 

結論は既に出ている。

 

……私はハリーの鞄から一つ、球体を拝借する。

そして、二人が頷いたのを確認して、私は前線へ向かう。

 

太腿からナイフを引き抜き、片手に散弾銃(ショットガン)を構える。

 

 

『隙を作ってくれ、私が奴を倒す』

 

 

マスク越しに声を出せば、ヴェノム、スパイダーマン、グウェノムが一瞬こちらを見た。

各々、このまま戦い続けても勝てない事は理解している。

 

 

「OK!」

『了解……!』

『…………チッ』

 

 

……返事をしたのは二人。

一人は舌打ちだが……同意と受け取って良いだろう。

 

ヴェノムが腕を振りかぶりカーネイジに叩き込もうとし……振り払われる。

 

グウェノムが爪を硬化させて引き裂こうとするが……触手に防がれる。

 

スパイダーマンが(ウェブ)を放ち、カーネイジの足に引っ掛ける。

そのまま引き寄せて転ばせようとするが、爪で(ウェブ)は切られた。

カーネイジが腕を振るい……両手でそれを受け止めた。

何とか受け止めるだけで精一杯の様子だ。

 

だが、三人がカーネイジの攻撃を食い止めてくれた。

 

……カーネイジは手強い。

安易に隙は作れない。

 

それに、先程、私が声を掛けた所為でカーネイジは私に意識を割いている。

 

だからこそ、だ。

それが狙いだ。

 

 

『全員、離れろ!』

 

 

私はナイフを突き出し、真正面から突っ込む。

一見するとバカな行為だ。

 

先端を硬化させた触手が私に殺到する。

私は半身を逸らし、体を捻り、足を踏み込む。

散弾銃(ショットガン)で目前の触手を吹き飛ばす。

 

だが、これだけでは全てを回避する事など出来ない。

 

散弾銃を投げ捨てて、咄嗟に盾にするが──

 

 

ナイフのような形状をした触手が、アーマーをバターのように貫通して私の身体を切り裂いた。

 

皮膚だけじゃない。

筋肉の繊維ごと切り裂かれている。

 

普通なら激痛で身を悶えさせるような深い傷だ。

 

 

……治癒因子(ヒーリングファクター)は自身の傷を認識して治療部位を集中すれば、効率よく回復できる。

私は皮膚や血管はそのままに、動きに最低限必要な筋肉のみ修復する。

 

表面の傷はそのままで良い。

 

そのまま、触手を踏み台に飛び込む。

ナイフを逆手に持ち、カーネイジの頭に目掛けて振り下ろす。

 

 

『……バカめ!』

 

 

だが、そんな隙だらけの攻撃など、カーネイジからすれば対した脅威ではない。

 

触手の間合いの内に入られたら、腕を振るうだけだ。

カーネイジの爪が私に突き刺さる。

 

腹部の装甲を容易く貫き、私の腹に刺し傷を幾つも生み出した。

 

 

……グウェノムの悲鳴が聞こえた。

スパイダーマンの息を呑む声が耳に聞こえた。

 

だが私は、悲鳴をあげない。

動きも緩めない。

 

 

ハーマンを一瞥する。

……彼は困惑した顔で私を見ている。

目に見えて狼狽えている。

 

チッ、『私が隙を作る』と言っただろうが。

細かな詳細を伝える時間は無かったが……今はどう見ても好機だろう。

 

私は血を吐きながら、ショッカーに声を出した。

 

 

『やれっ、ハーマン!』

 

 

血でくぐもった声は、マスクによって調整され機械音声として出力された。

……喉元まで血が昇っており、口の中で泡のようになっている。

 

私は腹に突き刺さったカーネイジの腕にナイフを突き立てる。

そのまま、アーマーのクローと結合し、引き剥がせないよう固定する。

 

 

ハーマンが我に返る。

即座に手甲(ガントレット)を構えた。

 

カーネイジが状況を理解し、焦る。

咄嗟に腕を引き抜こうとするが、無駄だ。

 

私はナイフを持っていない方の左手に握っている球体を起動した。

ハリーから貰ったパンプキンボムだ。

 

瞬間、爆発音と共に肉の焼ける音がした。

 

 

『ガッ!?』

 

 

パンプキンボムの内部には、可燃性の粘着物質が入っている。

焼夷弾と同様の仕組みだ。

それは炎上しながら周りに撒き散らかされた。

 

左腕のアーマー部に付着しており、絶えず燃焼している。

 

が、これ、は、拙い。

ショックで気を失、い、そう、だ。

 

私は舌を強く噛んだ。

激痛と共に、口の中に鉄の味が広がる。

無理矢理目を覚まして、腕の激痛から気を逸らす。

 

どうせ、治癒因子(ヒーリングファクター)で治る。

痛いのは、今だけだ。

 

左手を一瞥する。

幸い、表面のアーマーにダメージは殆どない。

だが、このアーマーはヴィブラニウムではない。

貫通した熱が、合金で出来た装甲の下にある腕を焼いている。

オーブントースターに腕を突っ込んで起動したような状況だ。

 

インナーと皮膚が溶けてグチャグチャになり、アーマーと癒着している。

 

 

ハーマンは手甲(ガントレット)を私と、カーネイジに向けている。

 

そうだ。

私が隙を作って、彼の手甲(ガントレット)で攻撃する。

それが作戦と呼ぶには単純過ぎる……狙いだ。

 

……だが、撃たない。

ハーマンは手甲(ガントレット)を構えたまま、腕を振るわせて、私を見ている。

 

何故、撃たないんだ?

まさか、怖気付いたのか?

 

……いや、私が巻き込まれる位置にいるから撃てないのか?

 

 

カーネイジが焼けた体皮を削り捨てて、その爪を振るった。

 

ブチリ、と何かが切れる音がした。

それは、肉が断ち切られた音だ。

 

宙に『何か』が飛んだ。

……ナイフを突き立てていた、私の右腕だ。

肘から先がカーネイジに刺さったナイフと結合したまま、切り離されたのだ。

 

支えを失った私は、地面に投げ出されつつ……咄嗟に、地面で燃えている可燃性の液状爆薬に傷口を突っ込んだ。

 

治癒因子(ヒーリングファクター)で治している余裕も、時間もない。

傷口を焼いて無理矢理止血するが、カーネイジが私へと腕を振り上げる。

 

 

『まずはお前だ!』

 

 

防御体勢を取ろうとするが……左腕は神経まで焼けて動かない。

右腕は断ち切られてしまった。

 

 

『ちっ──

 

 

頭上からカーネイジの爪が振るわれて──

 

 

咄嗟に、何かに引き寄せられる。

爪は私の居た場所に、大きな爪跡を残した。

 

私を引き寄せたのは……(ウェブ)だ。

スパイダーマンに引き寄せられたのか。

 

 

……助けられたのか、私は。

 

 

直後、強烈な衝撃波(ショックウェーブ)がカーネイジに命中した。

 

 

『ギャアッ!?』

 

 

ハーマンめ、遅い。

遅過ぎる。

 

後で殴……腕がないな。

左腕に感覚はない。

右腕はそもそも肘から先がない。

 

……蹴り飛ばすか。

 

 

ハーマンは身を捩り苦しむカーネイジに対して、そのまま衝撃波(ショックウェーブ)を浴びせ続ける。

 

 

「……ハッ、精々、苦しみやがれ」

 

 

ハーマンが息を切らしながら、足を踏ん張っている。

 

カーネイジは堪らず、キャサディの中に逃げ込んだ。

やはり、衝撃波(ショックウェーブ)攻撃の効果は、シンビオートに対して絶大のようだ。

 

姿を見せたキャサディは……囚人服の姿のままだ。

宿主の内部にシンビオートが隠れた事によって、衝撃波(ショックウェーブ)の効果が薄れた。

 

そのまま逃げ出そうとして──

 

 

ハリーに掴まれた。

 

 

「ぐっ!?」

 

「逃す訳、ないだろ!」

 

 

幾らシリアル・キラー……殺しの才能があると言っても、キャサディ自身は超人ではない。

比べて、ハリーは強化薬を服用した超人だ。

 

衝撃波(ショックウェーブ)によって動きが鈍いカーネイジが迎撃しようとするが、それよりもハリーの動きが速かった。

 

そのまま地面に引きずり倒して、ハリーは腰から注射器を取り出し……突き刺した。

 

 

「あ、がっ!?」

 

 

キャサディは苦悶の表情と、苦しげな声を出している。

だが、注射器に入っているものは毒物ではない。

 

ただのビタミンCだ。

……まぁ確かに、過剰摂取すれば毒にもなるかも知れないが。

 

だが、シンビオートに対しては下手な毒物よりも遥かに強力な鎮圧剤となる。

彼等は宿主の血中にあるビタミンCの濃度が上がれば、結合していられなくなる。

シンビオートの特性だ。

 

カーネイジが悲鳴をあげて、キャサディの体から這い出てくる。

 

 

『引き剥がしてやる!』

 

 

瞬間、ヴェノムが飛び出し、カーネイジを掴み……キャサディから引き剥がした。

ブチブチと繊維が千切れる音がする。

 

 

『ギャアァッ!?』

 

 

キャサディから本体を引き剥がされたカーネイジは、そのまま壁に投げ捨てられた。

赤い液状の寄生生物が、壁に掛けられている傷だらけの宗教画に張り付いて……地面に落ちた。

 

そのまま、パンプキン・ボムによって発生した炎に落下した。

 

 

『あッ、熱い、熱……い』

 

 

悲鳴を上げながらカーネイジが燃えていく。

ドロドロに溶けながら、まるで可燃性の液体のように大きく火を撒き散らしながら身体を捩っている。

 

それを、横たわったままキャサディは見ていた。

 

 

「……あ、あ、あぁ、そんな」

 

 

手に入れた力が目の前で燃えていく。

その事実にショックを受けるキャサディを…………私は見下ろしていた。

 

すぐ、側で。

 

 

「……あっ──

 

 

キャサディが私に気付いた。

だが、深く結合していたシンビオートが引き剥がされた直後だ。

身体が上手く動かせないようで……顔だけをこちらに向けて、体は横たわったままだ。

 

私はキャサディの首に足を乗せようとして──

 

 

『なっ、何してんの!』

 

 

グウェノムに飛び掛かられた。

私とグウェノムは転がりながら、壁にぶつかった。

 

 

『…………』

 

 

私は無言のまま、グウェノムと目を合わせた。

 

スパイダーマンと、ハリーの私を見る視線が厳しくなる。

先程までは確かに協力していた。

 

だが、ハリーには言った筈だ。

信用して良いのは(カーネイジ)を倒すまで、だと。

 

 

『今、殺そうとしてた……でしょ?』

 

『それが、どうかしたか?』

 

 

私は悪びれる事なく答えた。

そもそも、私は悪人を殺す事を『悪い事』だと思っていない。

 

人を殺すような屑は殺されても仕方がないのだ。

私や、キャサディ……こんな奴らは死んだ方が良い。

 

 

『どうしたって……約束、したのに!』

 

 

……あぁ、そう言えば。

警察車両の中で「殺さずに捕まえる」なんて言っていたな。

 

……まさか、本当に信じているとは。

グウェノム……いや、グウェンが少し心配になる。

こんなに怪しい風貌の、悪人の言葉を信じては良い訳がない。

 

いつか、詐欺師に騙されてしまわないか私は心配に──

 

 

『本当は良い人だって、思ってたのに……!』

 

 

……本当に、彼女は。

人を見る目がない。

 

 

『嘘に決まっているだろう?退け』

 

 

唯一無事だった足でグウェノムを押し退けて、距離を取る。

カーネイジとの戦いで力を使い果たしてしまったのか、無抵抗のまま地面を転がる。

……そして、ハリーに抱き止められて、停止した。

 

 

これでようやく……と思いたいが、生憎、スパイダーマンとハリーが私を止めようとしている。

 

二対一……無理だな。

肉体の損傷的に、彼等を無視してキャサディを殺す事は難しい。

 

ならば、仲間を増やせば良いだけの話だ。

 

 

『ヴェノム、お前もキャサディを喰い殺したいのだろう?手伝え』

 

『俺達に命令するんじゃねぇ!だが……奴を殺すのには賛成だ!奴は俺が喰い殺す!』

 

 

ヴェノムもキャサディを喰い殺したくて我慢出来ない様子だ。

それはそうか。

彼等に『人殺しはダメ』という考えはあっても、それ以上に『悪人は喰い殺す』と言う欲望の方が強い。

 

 

『ハーマン、お前はどうする?』

 

「オレは……態々、もう戦えねぇ奴を殺すってのは好きになれねぇ」

 

『……そうか』

 

 

想定外の発言に私は驚きつつも、頷いた。

 

仕方ないか。

 

手負いの私とヴェノム。

スパイダーマン、グウェノム、ハリー。

 

……手数が足りない。

せめて、誰か一人を戦闘不能に出来たら。

 

 

『く、うぅっ……』

 

 

グウェノムがハリーの側で唸る。

苦しそうだ。

 

直後、アラーム音が聞こえた。

その音はグウェノムから聞こえる。

……恐らく、中でスマホが鳴っている音だ。

 

 

「まずっ、グウェノム!」

 

 

ハリーが咄嗟に、グウェノムへと駆け寄った。

 

そして……シンビオートの結合が解除された。

 

 

「もう3時間経ったのか……?」

 

 

以前、言っていた結合時間の限界か?

ハリーの言葉から推測しつつも、想定外の事態に私は動けずに居た。

 

素顔になったグウェンの服装は……誕生日会の時と変わっていない。

ハリーのようなエージェントの服装じゃない、普通の私服姿だった。

 

そのグウェンの口からは、血が垂れていた。

カーネイジと戦っている間に口を切ったのか?

傷口自体はシンビオートの再生能力で治っているようだが……それでも痛々しい。

 

そう、思いつつも。

 

この場で一人、彼女の正体を知らず……それでも彼女と仲の良い友人がいた。

 

ピーター・パーカー、スパイダーマンが……グウェン・ステイシーを呆然と見つめていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私、ナターシャ・ロマノフは『ブラックウィドウ』として完全装備でニューヨークまで来ていた。

 

その理由は、この──

 

 

「シッ!」

 

 

私は電撃を纏ったスティックを、短い呼吸と共に振るう。

そして、緑色のシンビオートに叩きつけた。

 

怯みながらも、背中から鞭のようにしなる触手が飛んでくる。

その触手に足を掛けて飛び上がり、シンビオートの頭に踵を叩きつける。

 

 

『ぐあっ』

 

 

小さく悲鳴をあげたシンビオートに、右腕を押し付ける。

そのまま、右腕に装着された腕輪『ウィドウズ・バイト』を起動する。

 

スパークが発生して、シンビオートの宿主へダメージを与える。

 

 

『ぎゃああっ!?』

 

 

断末魔が聞こえて、シンビオートが動きを止めた。

……中の宿主が気絶したようだ。

 

呼吸を整えながら、拘束具を腰のポーチから取り出し──

 

その瞬間、緑色のシンビオートが宿主から分離して私に飛び掛かった。

 

 

「……ッ!」

 

 

想定外の攻撃に驚きつつも、そのシンビオートを蹴り飛ばした。

そのまま壁にぶつかり、トマトのように潰れた。

 

そして、ドロリ、と溶けるようにマンホールへと吸い込まれて行く。

 

……蓋の隙間から、下水道へと流れていく。

 

 

取り逃がした。

 

だけど……シンビオートは、宿主が居なければ長時間生きる事すら出来ない。

一先ずは安心と言った所か。

 

 

「全く……何がちょっと殺人犯を捕まえるだけ、よ……あの()と同じ、シンビオートが居るなんて聞いてないわよ」

 

 

誰に言う訳でもなく、一人愚痴る。

 

 

「……もしかして、キャサディもかしら?」

 

 

ため息を吐きながら、電磁警棒を腰に仕舞う。

 

日中はニュージャージーに居たのに……ニック・フューリーに呼ばれて、私は急いでニューヨークまで来た。

グウェン・ステイシーの父を殺害した脱獄犯の捕縛……それと、彼女が暴走しないように監視すること。

これが私に課せられた任務だ。

 

……初っ端から、全く知らないシンビオートと戦わされるし、想定外の事ばかりだけど。

 

 

直後、爆発音が後ろで聞こえた。

 

思わず両手で耳を覆う。

 

振り返ると、ビルの三階の窓ガラスが割れた。

爆風に吹き飛ばされたガラス片が地面に落ちて、細かく砕ける音がした。

そして、その窓から粘性の何かが飛び出した。

 

 

『キ、キェエ……』

 

 

それは焼け焦げて……色も分からなくなっているシンビオートだ。

 

窓の縁に足を掛けて、男が立っている。

黒いジャケットを着た男だ。

口と鼻を覆うマスクまで着けているが……目付きは鋭く厳つい顔をしているのが、マスクの上からでも分かる。

その右手には『S.H.I.E.L.D.』の標準装備である火器が握られている。

 

 

……まぁ、全く焦る必要はないけれど。

私達の仲間だ。

 

そのまま飛び降りて、彼は左腕を地面に突き立てて着地した。

そこそこの高さだ。

衝撃が相当ある筈だが……堪える様子はない。

あの特異な左腕の性質故か。

 

私は彼に声を掛ける。

 

 

「あんまり目立つ事はしないって、言わなかった?焼夷弾は目立たない武器かしら」

 

「そうも言ってられなくなった……相手はシンビオートだ。油断すれば逃げられる」

 

「うっ……まぁ、そうね」

 

 

実際、私は取り逃がしてしまった。

……死に際を確認できなければ、死んでない可能性が出来てしまう。

 

心配性で秘密主義者な上司は、それをどう思うだろうか?

……また、面倒な事に巻き込まれなければ良いけれど。

 

彼が足元の焼け焦げて動かなくなったシンビオートを踏み躙る。

……完全に殺したようだ。

 

そのまま私を見て、声を掛けてきた。

 

 

「それで、君の弟子の場所は?」

 

「弟子って……部下か、せめて後輩って呼んで欲しいわね」

 

 

確かに私はグウェン・ステイシーを指導したが……自分が師匠だなんて思った事はない。

そもそも、私は教師役なんて柄ではない。

彼女は『S.H.I.E.L.D.』の後輩で……部下みたいな物だ。

それだけの関係だ。

 

 

「そうなのか?随分、他人行儀だな……君達は仲が良さそうだったが」

 

「……はぁ、彼女は、こっちの教会の方に居るわ」

 

 

私は手元の小型端末を見る。

……彼女の首に埋め込められたマイクロチップのGPSだ。

プライバシーの侵害……かも知れないが、それだけシンビオートは危険な存在で、宿主も含めて管理しなければならないと言う訳だ。

フューリーだけじゃなく、面倒な国防長官にも危険視されている。

 

 

「そうか、急ごう。ナターシャ」

 

「……えぇ、そうね。急ぎましょ」

 

 

私はため息を吐いて、先行する彼に付いていく。

 

彼が左の肩を解すように回した。

サイバネティック・アームの軋む音が聞こえた。


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